ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本   作:じゃあな・アズナブル

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第十九話 一年の終わり、それぞれの視点

ホグワーツから帰る日の朝は、どこか寂しげな空気に包まれていた。大広間での朝食を終えると、生徒たちはトランクを抱え、ぞろぞろと外へ向かっていく。

ハリーは、ロン、ハーマイオニー、ネビルと並んで歩いていた。列車の出発時間までは、まだ少しあった。

けれど、どの生徒も落ち着かない様子で――別れを惜しむように、ホグワーツの塔や湖を何度も振り返っていた。

 

「……じゃあ、本当にこれで一年、終わりなのね」

 

ハーマイオニーのつぶやきに、ハリーはふと歩みを緩めて、湖を見やった。

 

「うん。でも――終わりじゃなくて、始まりなんだと思う」

 

自分の口から出たその言葉に、我ながら少し照れた。でも、嘘じゃなかった。心から、そう思っていた。

やがて一行は赤い機関車――ホグワーツ特急に乗り込む。車窓の外、景色がゆっくりと後ろに流れていく。

見慣れた城、塔、森、湖……そのすべてが遠ざかっていくたびに、胸の奥が少しだけぎゅっと締めつけられた。

 

「ま、また来年すぐ戻ってくるんだし!」

 

ロンがやたら明るい声で言う。隣でハーマイオニーがふっと笑い、ネビルもコクリとうなずいた。

たった一年。けれど、その一年が、自分を大きく変えた。魔法を知り、学び、そして――仲間ができた。

それだけで、この世界に来た意味はあった。ハリーはそう思った。そして午後、ロンドン・キングズ・クロス駅に到着する。

9と3/4番線の仕切りを抜けた先には、いつもの“普通の世界”が広がっていた。きょろきょろと辺りを見回し――すぐに見つけた。バーノンおじさんが、どこか不機嫌そうに腕を組んで立っている。

 

「……ああ、きたか」

 

近づいてきたバーノンは、荷物とケージをちらっと見るだけで、ハリーの顔は一度も見なかった。

そして、ぶっきらぼうに言う。

 

「さっさと来い。駐車場代がかさむ」

 

その後ろから、ふてぶてしい顔をしたダドリーが現れる。

 

「で、お土産は? あるんだろ?」

 

ニヤリと笑いながら、ハリーの肩を軽く小突いてくる。その仕草と一言が、いかにも“日常”の匂いをまとっていて――ハリーは、思わず苦笑した。

――ホグワーツでの冒険は、いったん終わった。けれど、次の一年が――もう、始まっている。

 

***

 

ホグワーツの時計が、午後を告げる鐘を鳴らしていた。生徒たちを乗せた列車は、すでに遠くへ旅立っている。

静まり返った校舎の廊下を、アルバス・ダンブルドアはゆっくりと歩いていた。グリフィンドールの塔、スリザリンの地下牢、使われていない古い教室、魔法生物の飼育場。

どこも、いつも通りの風景だった。けれど――どこか、ほんのわずかに違っていた。何かが、確かに変わった。それは目に見える変化ではない。だが、世界がほんの少し、希望のほうへ傾いたような、そんな感覚があった。

やがて、ダンブルドアは“みぞの鏡”が置かれていた部屋の前で足を止めた。扉は固く閉ざされている。

今はもう、鏡もなければ、石もない。けれど――あの場で交わされた言葉の余韻は、今も耳に残って離れなかった。

 

「……予言の子、か」

 

老いた校長は、静かに独りごつ。あの少年は、まだほんの一年生。だが――あの目は、試練の後も曇っていなかった。怒りでも、怯えでもない。そこにあったのは、確かな“意志”。無謀な強さではない。誰かのために戦う、まっすぐな心。

 

「恐るべき子じゃよ……」

 

あの年齢で、ヴォルデモートと対峙し、そして退けた。もちろん、完全に打ち倒したわけではない。

あの男は今も、生きているとも死んでいるともつかぬ形で、世界のどこかを彷徨っている。

――だが、少なくとも今のヴォルデモートは、恐れている。“愛”に守られ、“仲間”を得て、なお鍛錬を欠かさぬ少年を。

 

「戦いは、これからじゃな……だが、光は――消えておらん」

 

そう呟き、ダンブルドアはゆっくりと背を向けた。その背には、変わらぬ重荷があった。けれど――その歩みは、どこか、ほんの少しだけ軽やかだった。

 

***

 

列車はすでに走り出していた。窓の外に広がる風景が、夏の光の中を後ろへと流れていく。

ドラコ・マルフォイは、スリザリンの生徒たちが集うコンパートメントに腰掛けていたが、会話には加わっていなかった。他の生徒たちが楽しげに談笑する声も、どこか遠くの音のように聞こえる。

頭の中に浮かんでいたのは――あの四人の姿だった。ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、ネビル・ロングボトム。

 

「ねえ、ドラコ。元気ないけど……どうかしたの?」

 

隣の席から、控えめな声が聞こえる。

 

「……なんでもないさ」

 

マルフォイは短くそう答えると、また窓の外に視線を戻した。流れていく風景の向こうに、自分の中で揺れ始めた“なにか”を感じながら。

キングズ・クロス駅のプラットフォーム。9と3/4番線の柱を抜けると、懐かしい匂いとともに家族の姿が見えた。

 

「ドラコ!」

 

母・ナルシッサが、柔らかく微笑みながら手を振る。その隣に立つルシウス・マルフォイも、口元にわずかな笑みを浮かべていた。

 

「……どうだった?」

 

静かに問う父の声に、ドラコは一瞬だけ言葉を探す。そして、うつむき気味に口を開いた。

 

「……すみません。スリザリンは、今年優勝できませんでした」

 

短い沈黙。ルシウスはふう、と鼻で笑った。

 

「気にすることはない。お前のせいではない……あれは、ダンブルドアの出来レースだ。あの老人め、都合よく点数を操作しおったわ」

 

その目には、あからさまな怒りと軽蔑が宿っていた。だが、その矛先は息子ではなく、“校長”へと向いていた。

 

「来年は……必ず、取り戻します」

 

その言葉は、決意というより――自分自身に言い聞かせるような響きを帯びていた。両親の後ろについて歩きながら、マルフォイはふと振り返る。

駅のホームには、まだ数人の生徒が残っていた。遠くの方で、グリフィンドールの制服を着た四人が、並んで歩いていくのが見えた。

――また、目で追ってしまっていた。

マルフォイは、そのことに気づいて、眉をひそめる。不快……というより、妙な違和感。わからない。自分でも、なぜ気になるのかは。

だが次の瞬間、思わず――ほんの、ほんのわずかに、口元が動いた。その微笑を、誰も見ることはなかった。

 

***

 

地下の私室に、蝋燭の炎が揺れていた。セブルス・スネイプは、デスクに座ったまま、しばらく身じろぎもしなかった。目の前の羊皮紙には、ポッターの名が記された成績表。

――お前が、クィレルを倒した。

信じがたいことだった。だが、それは紛れもない事実。闇の魔術に立ち向かい、しかもヴォルデモートに抗って、生き延びた。

(リリーの息子に、そんな力が……)

リリーの目を持ったあの少年は、想像以上に鋭く、そして強かった。幼さと無謀さに満ちてはいたが、それでも――

(あいつとは違う)

その思考に至った瞬間、スネイプは不快げに顔をしかめた。まるで、自分がハリー・ポッターを認めたかのような気がして、内心がざわつく。

(違う……あいつの息子だ。ジェームズ・ポッターの。傲慢で、軽薄で……)

けれど、それでも――

(リリーなら、あの子を……)

指先が、無意識にわずかに震えた。スネイプは立ち上がり、棚の奥から古びた銀の小箱を取り出す。

中には、リリーからかつて贈られた一通の手紙がしまわれていた。読むことはない。内容はとうの昔に、すべて暗記している。ただ、箱の蓋に手を置いたまま、目を閉じる。

――もし、リリーが生きていて、今のハリーを見たなら。

きっと、誇らしく微笑んだだろう。だが、自分にはそれができない。認めたくはなかった。あの少年の中に、光を見てしまったことを。

危うく、拙く、愚かとすら言えるような未熟な光。だが確かに、彼は立ち向かった。命を懸けて。

(あれは、あいつの血か? それとも……)

思考が、そこで止まる。いや――違う。

あれはきっと、リリーが最期に守った“何か”が、今もその中で生きているのだろう。スネイプは、自嘲気味に笑った。ここまで縛られ続けている自分に、いっそ呆れてしまいそうだった。

(結局、吾輩は何を望んでいた?)

復讐か。贖罪か。それとも――救済か。

あの少年に、何を見て、何を託したいのか。自分でも、もうわからなかった。だが、一つだけ確かなことがある。

――あの子は、これから幾度も戦いに巻き込まれる。

そしていつか、“あの人”と再び対峙することになる。そのとき、自分はどうする?守るのか。憎むのか。見捨てるのか。

……答えは、出なかった。

スネイプはそっと目を閉じ、ただ静かに、深く息を吐いた。蝋燭の炎が揺れている。部屋には、静寂だけが取り残されていた。

 

 

***

 

闇の中を、意識だけが彷徨っていた。形はない。声もない。ただ、存在だけが――細く、冷たく、執念深く、しがみついていた。

失った。またしても、目の前まで迫っていた“完全なる復活”を、取りこぼした。クィレルは壊れた。肉体は脆く、信仰はなお脆い。役立たずめ。何ひとつ為せなかった。

――いや、ひとつだけ為した。

わずかとはいえ、“奴”に触れた。ハリー・ポッター。あの忌まわしい少年に。幼すぎる。未熟すぎる。

だが、あれは――

(……拒絶した)

俺様の存在そのものを、焼くような力があった。ただの魔法ではない。呪文でもない。あれに触れた瞬間、クィレルの肉体が――俺様の媒介が――焼かれ、砕けた。

なぜだ? なぜ、俺様が……?――あの女か。あの母親が、身を挺して施した“何か”。

愛、だと?くだらん。そんなものが魔法になるはずがない。

……だが、現に俺様は傷を負った。この身に――いや、この魂にさえ、痕が残った。

(……認めるものか)

俺様は恐れない。愛など、弱者の幻想。それを信じたから、あの女は死んだ。そしていずれ、あの子も同じ運命を辿るだろう。

だが、それでも――

あのときの痛みを、俺様は忘れられない。焼けつくような拒絶。“俺様を受け入れない”と、あの子の血が、肌が、魂が、叫んでいた。

(……愛の魔法、か)

馬鹿げている。だが、確かに――それに触れた。俺様は死んでなどいない。俺様は、ここにいる。

遠く、暗く、深い場所で――力を取り戻すその日まで、息を潜めている。愛があの少年を守ったというなら――

次は、その愛ごと、打ち砕いてやる。闇は消えない。俺様が、それを証明してみせよう。




いつも読んでくださってる方、感想を書いてくださる方、評価を押してくださる方、本当にありがとうございます!
これにて賢者の石編は完結です。
次回からは『秘密の部屋』編に入っていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
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