くじらとダンスは踊れない   作:勇気生命体

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4話連続更新の4話目です。


決断の果てに人生は佇む

 クルックーにバランスブレイカーのことを頼んでから、その返事が来るまでに、一か月以上時間があった。

 その間にセナ達はカスタムに戻り、三人で生活するようになっていた。幸いなことに、大体七か月程度あった挑戦旅行の間に貯めた資金があるので、セナはずっとミリの傍に寄り添うことが出来た。だがその時間がセナの心をゆっくりと弱らせていっていることは、誰の目から見ても明らかだった。

 それでも、セナがミリから離れなかったのは、お互いがそれを強く望んでいたからだ。

 

 そんな頃にクルックーからの手紙は届いた。

 ミリの病状に有効そうなバランスブレイカーを見つけたこと。セナの提案が法王に認められそうなこと。本当にその気があるならば近いうちに返事がもらいたいといった内容が記された手紙は、この一か月間の思考に決着をつけた。

 

 なんて馬鹿な考えなのだろう。自分を犠牲にしてミリが助かった所で、彼女が喜ぶはずもない。わかっていながらも、思考の終着点は変わらなかった。

 ミリに死んでほしくない。永遠に生きてほしいわけじゃない。ただ出来るだけ長く、生きて笑ってほしい。

 

 セナは手紙の返事を書いた。

 

 

 〇

 

 

 出発の日の前日、外はひどい雨だった。セナはミリの眠る部屋に居る。静かに椅子に腰かけて、ミリの寝顔を見ていた。初めて会った頃よりも、頬がこけている。顔色も悪い。髪の毛の水気もなくなってしまった。

 ミリは多くを失っていっている。だがセナは以前と変わらず──いや、前よりもずっとミリのことを愛しく思った。

 

 彼女がもう一度冒険に向かう姿を想像した。なんて素敵な光景なんだろうか。

 

「どうした? 何かいいことあったか?」

「あ、ごめん起こしちゃった?」

「いいや……」

 

 そう言いながら、ミリは体を起こした。そうできる日も最近は少なくなっている。

 

「お前のせいで起きたんじゃねぇよ。ただ夢を見終わっただけだ……覚えてるか、あの────」

 

 そこまで言って、ミリはひどく咳き込んだ。咳の中には血が混じっている。セナは彼女の背中さすりながら、傍に置いてあるタオルで、ミリの口元を拭ってやった。

 そのことについてどちらも何も言わない。こうしたやり取りも、もう慣れてしまった。

 

「あの、キナニ砂漠の夢を見たよ。お前たちは見間違いだなんて言ったけど、確かにオレは見たんだ」

「砂漠の街?」

「そう。くっくっく……ゴホゴホ。いつかきっとあの街から誰か来て、オレの言葉が間違ってなかったって証明するぜ」

「……かもね。私よりもミリの方が、ずっと冒険がうまいから、そっちの方が合ってるかも」

「なんだよ、ずいぶん素直だな」

「偶には譲ってあげてもいいと思ってね。さぁ、また寝なきゃ」

「いいや、寝ねぇよ」

「ミリ────」

「────寝ねぇ。お前がオレに隠してること、全部話すまでは起きてる」

 

 セナは咄嗟に反応できなかった。ミリに隠し事がバレることは多々あった。だがこんな風に確固とした意志を持って指摘されたのは初めてだった。彼女はどこまで自分の考えを知っているのか、それをどう思っているのか。

 何もわからないままのセナに、ミリは笑いかける。

 

「わかるよ、それくらい。お前とオレの仲だ。いままでの隠し事とはわけが違うってこともな」

「ち、違う」

 

 誤魔化しでしかない言葉を吐いても、ミリの表情は少しも変えられなかった。

 

「よっぽどオレには話したくないことなんだな。でも、関係ないね。聞かせろよ、セナ」

 

 激しく燃える紫の瞳だけは、出会った頃と変わらずセナを見据えた。この色に迫られるだけで、セナはすべてを与えてしまいたくなる。

 胸の奥から沸き上がる欲求に耐えながら、セナは小さく首を振った。

 

「……じゃあ、当ててやるよ。ここを出ていく気なんだろ。それで、きっともう戻らない。違うか?」

「…………」

「さすがにオレも、お前が今更オレに愛想を尽かしたなんて思わねぇよ。だから、お前が出ていくのはオレのためだ。何かオレを治せる方法でも見つかったんだろ。でも、教えてくれねぇってことは、真っ当な方法じゃ手に入らないわけだ」

「……そう」

「ほらな、当たりだ。お前のことなら、なんだってわかる」

「そんなことやめろって言うんでしょ?」

「……お前もオレのことならなんだってわかるな」

 

 ミリは昔みたいに笑い声をあげたが、すぐに咳き込む。その姿が痛々しくて、ますますセナの気持ちを強くする。

 

「ミリが私の立場だったら、それで諦められるわけ?」

「……いいや、何を差し出してもお前を治すだろうな」

「じゃあ、止めないでよ」

 

 言いながら、セナは熱くなる目頭を押さえる。この人の前でだけはこんな涙を見せたくなかった。

 ミリはそんな様子を複雑そうに眺めている。

 

「そりゃあ、止めるだろうよ……」

「うるさい、バカ」

「おいおい……なぁ、セナ」ミリは一度セナから目線を外すが、もう一度彼女をしっかりと見る。「頼むよ」

「うるさい」

「頼む。この通りだ。行かないでくれ。一人にしないでくれ」

「ミルちゃんが居るでしょう?」

「それでも、行かないでくれ。頼むよ。最期まで一緒に居てくれ」

 

 セナの意地など関係なく、涙が頬を伝った。ミリに心の内がバレた時点でこうなることはわかっていたのに。

 わずかに残った力でミリはセナを抱き寄せる。

 

「自分勝手。ミリが居なくなった後、私はどうやって生きればいいのよ」

「ごめんな。ほんと、悪いと思ってる」

 

 お互いの体温感じあう。まだお互いが生きていることを確かめている。

 耳元に口を寄せ、ささやくようにミリは話す。

 

「オレが一人の女にこんなに入れ込むなんて、想像もしてなかったよ」

「じゃあ、いつから私を想ってたの?」

「……あの日、あの戦いの後……お前の青い瞳を覗き込んだ時さ」

「……一緒ね」

 

 耳をくすぐるような笑い声をミリは上げる。

 

「お前はオレの墓標だ。長く長く生きてくれ。出来るだけ、幸せに」

「自分勝手な女」

 

 雨が強く降っている。これが止むのは次の日の朝のことだった。

 太陽が出ても、セナはミリの手を握っていた。

 

 

 〇

 

 

「もう! いつまでそうしてるつもりなの!」

 

 ミルの怒りがセナに炸裂する。ミリの葬式が終わってから一か月もの間、セナは剣を振ることと踊ること以外はダラダラと過ごしてきた。

 

「うえーん。ミリ~ミルちゃんがいじめるよ~」妙に明るい表情のミリの遺影に向かって、セナはそう言った。

「そんなこと言ったって、勘弁してあげないよ! 第一、私はねーちゃんから、セナのこと頼まれてるんだから! しっかり、しゃかいせーかつに戻ってもらいます!」

「そうは言っても、まだ貯金はあるし……」

「お金の問題じゃない! 心の健康に悪いって言ってるの! ただでさえ精神病の病歴があるんだから、気をつけなきゃいけないの!」

 

 そう言いながら、ミルはごろごろと転がるセナの横に座った。そして、手に持っている二つの便箋を手渡す。

 

「はい。セナ宛のやつ」

「ありがとう。珍しいね。私宛の手紙なんて」

 

 一通目の差出人を見て、セナは眉を顰める。クルックー・モフスの名が書かれた便箋は、個人としての好悪はともかく、組織への負い目を刺激する。

 

「AL教からか……」

「なんか約束ぶっちしたんだっけ? バランスブレイカー? とかの」

「そうなのよ……クルックー司教様は気にしてないって言ったけど、絶対面倒ごとになってるわよねぇ。あー、見たくない。でも、私の責任だから見なきゃだよね」

 

 セナは手紙を読んでから、体を投げ出すように伸びをした。

 

「また私がちょっと問題視されてるから、あんまり派手に動かない方が良いって。クルックー司教様は本当に優しいわ。あーあ、活動できなくなっちゃったなー」

「アピールしてもだめだよ。何かしてください」

 

 口をとがらせながら、セナは二通目の便箋に目を通す。こちらは以前世話になったキースギルドからのもので、本部移転と勧誘についてが内容だった。

 

「この前で来たCITYって街あるじゃない? そこにキースギルドが移転するから、正式に所属にならないかってさ」

「へー。いいんじゃない? あのギルドマスターはしっかりした人だから。ひきしおの迷宮の情報不足についても補填してくれたしね」

「うーん。でも、CITYってちょっと通うには遠いし……クルックー司教様から目立つなって言われてるし」

「行くならあっちで部屋借りようよ」

「え、でもお店は?」

「ねーちゃんから頼まれてるって言ってるでしょ。それに一人で行けるの? 新しく出来た街なんて」

「行けない……」

 

 そんな会話をしていると突然二つの手紙から素晴らしいアイデアを思い付いた。その閃き顔を見て、ミルは呆れた表情を浮かべる。こんな顔した時のセナは、大抵びっくりするほど馬鹿である。

 

「私、ギルドの受付になるわ」

「ええ?」

「だって、そうすればギルドで働けるし、目立つなってお願いにも答えられて、一石二鳥! いや、社会生活にも戻れて三鳥!」

「キースさんが求めてるセナって多分受付じゃないと思うけど」

「大丈夫、大丈夫。そうじゃなくても、きっと雇ってくれるって! ラークくんにもお願いしよ!」

 

 わざとお気楽にセナは言った。出来うる限り、天国のミリが笑ってくれるようなそんな人生が歩みたいと思うようになっていた。

 

 セナ・ベリウールという英雄の歴史において、ゼスでの魔人カミーラ撃退と後々に起こる第二次魔人戦争の間は、あまり語られない休息期間と言われることが多い。

 しかし、本人にとって、LP5年からの二年間は愛する人と生きた黄金のような時間だった。

 死の直前に思い出せるような、そんな時間だったのだ。




 これにてミリ編終了です。
 リーザス陥落編を書いている時は、セナは戦国ランス~ランスクエスト中盤まで己の危険性に嫌気がさしてAL教による封印を受け入れるというプロットを考えていました。
 それがどういうわけか踏みとどまってしまった。
 ひとえにミリが想定外の動きをしたからです。ずっとこの女プロットを破壊してくるな……。

 ランスクエストは基本お気楽な話になると思われます。更新までしばらく間があると思いますが、どうぞ次章もよろしくお願いします。
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