森の中を1人の男が叫びながら走り抜ける。その背後には一定の距離を保って追尾する人影があった。男はその人影に向かって大声で呼び掛ける。
「はぁはぁ、待ってくれ!何かの間違いだ!もう一度!もう一度調査をしてくれ」
「否だ。貴様が私利私欲に駆られ利己的な狩猟を行ったことは明白。よってギルドナイトの名の下に貴様を粛正する」
(くそ!何だってこんなことに!)
逃げる男はハンターであった。特定の村や町を拠点に活動しているわけでなく集会所と呼ばれる各地に点在するハンターズギルドの拠点で依頼を請け負いしばらくすると別の集会所に赴き狩りをする根無し草で、腕前はそろそろ上位が見える程度。掛けられた容疑に対する心当りは全く無かった。
「やるしかねーか!」
背中に背負うランスと大楯。駆け出しの頃拾い集めた骨の素材で作りに幾度も強化を繰り返したそれを抜刀し反転する。
相手はモンスターではなく人間。故に狙いは致命傷や後遺症が生まれそうな突きではなくなぎ払い。盾で攻撃を弾いてからのカウンターでダメージを与えハンターズギルドまで逃げる。そこから再調査を依頼すれば容疑も晴れるであろう。男は瞬時にそう考えた。そう考えてしまった。
男の勘違いは1つ。相手は獣ではなく人であるを真に理解していなかった。たったそれだけの事。それは根無し草故に人と深く関わらず狩りもソロだ行う事がほとんどだった彼には気付くことが出来なかった。よって彼はモンスターとの戦いで培われた経験を遺憾無く発揮し、次の瞬間地面に仰向けで寝かされていた。
視界に映る追跡者は銃をこちらに向けている。モンスター相手であれば牽制程度にしかならなそうなそれは自分1人の命であれば容易に奪うだろう。
呆然と頭に向けられる銃口を見つめていると突然追跡者が動揺し始める。
「なんだ、この音は?いやッ、まさかそんな筈、実在したのか!」
追跡者の顔はみるみるうちに歪んでいきポツリと
「ああ、お許しを…」
そう呟いた瞬間にその首は宙を舞った。
ーーー
誰にも見られぬようにハンターを1人殺し、財を奪う。
私欲のために1人を殺す。
最初からこんなことを考えていた訳ではない。
いつの間にか、いつの間にかである。
始めは小さな事だった。任務で粛正したハンターの抵抗が思いの外激しくかなりの手傷を負っていた。そこで目に入ったのがハンターの持っていたいにしえの秘薬である。規則に触れないか不安になりながら飲み干し帰ろうとしたところで1本取ったのであれば何本でも同じと考え懐の回復薬を何本か抜き取った。
それからは任務の度に回復薬を着服し続けたが一向にばれる様子はなかった。着服をするものは増えて行きお守り、金、装備、幾ら奪っても咎められず次第にこれは任務を果たした自分に与えられた正当な権利の様に錯覚した。
そして今回、ついに任務外での粛正という名の略奪を計画した。
計画は順調だった。
森の中、粛正を宣告されたハンターは逃げるのを止めこちらに武器を向ける。
ハンターは接触のタイミングに合わせ身を隠すように盾を構える。盾を構えたことでこちらへの視線は切れている、双剣を担ぐ私に対してまるでモンスターの突進を受け止めるかの様に体を力ませる、何より人相手にどう考えても過剰火力のランスを手放さない。人との戦闘に慣れていない最もやり易い手合い。これまで経験からそう判断する。
双剣を抜くまでもない。
盾を避けるように懐に入り込む。
武器を握る手を叩き握力の緩んだ隙に奪い取り放り捨てる。
相手の攻撃を弾くため力んだ体は盾の内側の出来事に対応できない。空になった手を掴み足を掛け地面に叩きつける。
ハンターは呆然と何をされたか分からない様子でこちらを見ている。
ポーチから小型の銃を取り出し、止めを刺そうと引き金に指をかけた瞬間だった。
ゴォーン!
鐘の音が聞こえた。
「なんだ、この音は?いやッ、まさかそんな筈、実在したのか!」
声が聞こえる。
『死したものが奪われるのは自然の摂理。死者は生者の糧となるもの。容認はせずとも黙認はしよう。しかし、汝が奪うのは生きる為に非ず。番人たるギルドナイトが欲に目を眩ませ蛮行に走るなどあってはならん。悔い改めよ』
死を感じる。
(なぜこうなったのか分からない。計画は完璧の筈。解からない分からないわからない。いや…)
ゴォーン
再び鐘の音が響く。
(そうか、私は道を間違えたのか)
ハッキリと存在を感じる。
剣を振り上げる死神を認識する。
「ああ、お許しを」
ーーー
ギルドナイトの正面に死神が現れる。否、現れるというのは正確ではない。死神は始めからそこにいた。ただの認識できていなかっただけ。
死神は片手剣と呼ぶには少し長い剣を地面に突き刺し両手をその上に重ねていた。オストガロア装備をベースに改造を重ねて黒く染め上げ外套を纏った容姿はおぞましく。されどその存在に感じるのは確かな美しさ。まるで瞬きをすれば消えてしまうかの様な儚さすら感じた。
だから、死神の次の行動に面を食らったのはきっと珍しい事ではない。
死神はこちらに向き直ると声を発した。
「すまなかったハンターよ」
「えへぇっ!?」
思わず変な声が漏れてしまった。
「これは詫びの品である。受け取るがいい」
そういって死神は1枚の紙を差し出す。
「ええっと、これって?」
「ギルドチケットGである」
ギルドチケットG、それはギルドから力を認められた超一流のハンターのみに与えられる最高の証である。
「いやいやいや、こんなの…」
尻すぼみに声が小さくなる。状況が飲み込めない。
「受け取れぬというのか?」
骸骨の兜の目が光る。
めっちゃ怖い。
「受け取れぬというのか?」
ループ入った?
めっちゃ怖い。
「受け取れぬと…」
「いーえいえいえいえいえーい、是非受け取らせて頂きます」
怖すぎて謙遜してたら喜んでしまった。
困惑が恐怖に負けチケットを受け取ると死神はこちらに背を向ける。
「ではさらばだ、貴殿がギルドナイトに狩られる存在にならぬことを願っている」
そうして歩き去る死神は3歩で影に溶けるように姿を消すのだった。
嵐が過ぎ去った様な感覚の中で思い出すのはハンターズギルドでまことしやかに囁かれるある噂。
自然の番人たるギルドナイト。
その職務には自然との調和を図るハンターが悪に堕ちた時に粛正を行うだけでなく、存在するだけ自然を大きく乱す古龍の狩猟を含まれる。
故にギルドナイトはその全員が超一流のハンター、その上ハンターと戦う都合上対人戦にも精通しているハンターズギルドの秘密兵器。所属者、所在、規模、何一つ分からない。しかし確かに存在し力を持つ組織。
そんなギルドナイトに関する噂は多く存在するがその中で複数の噂によって示唆される1人の人物が存在するという噂。
曰く、ハンターズギルド成立当初から所属している創設メンバーである。
曰く、始まりのギルドナイトである。
曰く、単独で古龍を狩猟する。
曰く、四肢を捥がれても戦闘力が落ちない。
曰く、骸骨頭である。
曰く、目が光る。
曰く、幽谷の境界を歩む。
曰く、人の法と自然の法の両方に精通する。
曰く、現れる前に鳴り響く鐘の音が聞こえる。
曰く、ギルドナイトが獣に堕ちる時に現れ殺す、即ちギルドナイトを殺すギルドナイトである。