宇宙世紀に転生し、自分から強化手術を望んだ異常TS少女の話   作:Xn

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エピローグ:偽物の見る夢

パプテマス・シロッコの死と、彼が率いたシロッコ派のティターンズの消滅は、地球圏に大きな力の空白を生み出した。

 

エゥーゴは、多大な犠牲を払いながらも、ティターンズの暴走を止めたという大義名分を得てその発言力を増していた。

しかし、彼らもまた、長きにわたる戦いで疲弊しきっており、地球圏全域を完全に掌握するには全く至っていなかった。

 

そして、そんな混乱の中から、新たな勢力が静かに、しかし確実にその姿を現し始めていた。

 

リリア・アストレア率いる、かつてのティターンズを母体とした新たなる組織「A.E.G.I.S.(アイギス) - Alliance for Earth's Guardianship and Integrated Space (地球圏後見及び統合宇宙連合)」である。

 

リリアのこれまでの度重なる介入――ティターンズの権威失墜阻止と離脱者削減、バスク・オムを始めとした過激派の迅速な排除と独自勢力形成、そしてエゥーゴとの共闘――は、旧ティターンズが無用に戦力を失うことを防いできた。

その結果として、原作の歴史におけるものよりも多くの艦艇とMS、そして熟練した兵員を連邦軍/ティターンズに残したまま、グリプス戦役を終結させるという奇跡的な状況が生み出されていた。

 

 

 

リリアは、シロッコの最期の思念による精神汚染から、奇跡的に回復を遂げた。

 

いや、正確には「回復」という言葉は適切ではないかもしれない。

彼女の精神は、シロッコの負の遺産によって深く傷つけられ、その一部は永遠に塗りつぶされた。

 

そして、彼女の意識の奥底には、あの「時空の歪み」の光景と、かつての自身の最期、そして名も知らぬ少女の空白の肉体に自らの魂が宿った瞬間が、決して消えることのない原風景として刻み込まれていた。

それは、彼女にとっての十字架であり、同時に、生きるための楔そのものでもあった。

 

目を覚ました今、強化人間になったことへの安い後悔は、もはや彼女の心には存在せず、ただ自らが背負った罪と犠牲の重みを、歪んだ使命感へと昇華させてそれに替えていた。

 

その美しく幼さも残る顔には、常に深い憂いとどこか人間離れした静謐さが漂い、碧い瞳の奥には、常人には理解できない決意の光が宿っていた。

 

 

 

目を覚ました数日後のリリアの個室。

リリアの傍らには、彼女の身柄を保護し、限定的ながらも協力を約束していたジャミトフ・ハイマンがおり、車椅子に座って静かに彼女を見つめている。

 

「……目が覚めて早速新組織の立ち上げとはな、リリア・アストレア。いや、A.E.G.I.S.の指導者殿、と呼ぶべきかな」

 

ジャミトフは、掠れた声でそう言った。

 

「ジャミトフ元総帥……。」

 

リリアは、この戦争の元凶の一人と再び対峙する。

 

「お前は、何日も眠り続けていたらしいな。シロッコの怨念は、それほど強かったということか。

だが、お前は生き残った。目を覚ました。

そして、旧ティターンズもまた、お前という存在によって、A.E.G.I.S.として新たな道を歩み始める。

……しかし、アイギス、か。ギリシャ神話のゼウスが持つ、あらゆる邪悪を払う聖なる盾の名だな。あるいは、アテナの持つ、メドゥーサの首がはめ込まれたそれか。

なかなか示唆的だ」

 

リリアは、ジャミトフに改めて顔を向ける。

 

「元総帥、私はA.E.G.I.S.を率い、旧ティターンズを再編します。

腐敗した組織を浄化し、真に地球圏の平和と秩序を守るためのシステムとして、生まれ変わらせます。

先の密談でお話しした通り、あなたの用いた手段は決して認めることはできません。だけど、その根底にある地球への想いは、私の中にも確かに刻まれています。

その遺志を、歪んでいるかもしれませんが、私なりの形で引き継ぎたい。

そのためには、あなたの力も……悔しいですが、引き続き必要です。

ティターンズという組織を知り、地球連邦の暗部を理解するあなたの知見が、この難事業には不可欠なのです」

 

「ふん……小娘が、随分と大きなことを言う。儂の遺志を引き継ぐ、だと?

あの時、儂はお前の『融和』という甘言が地球を危機に晒すと警告したはずだが。

その覚悟は変わらぬか?」

 

そうして、ジャミトフはリリアの目を見た。

リリアは、その視線を、逸らさず受け止めた。

 

ジャミトフは、しばらく沈黙した後、深く、そして長い息を吐いた。それは、長年一人で背負い込んできた重荷を初めて下ろすことを許され、安心したかのような、そんな吐息だった。

そして、静かに語りだす。

 

「……儂は、誰にも理解されぬまま、この道を歩んできた。

バスクのような連中は儂の理想など理解せず、シロッコは儂を野望のための道具としか見ていなかった。ずっと、独りだったのだ」

 

リリアは、彼の言葉に、ただ静かに耳を傾けていた。そこに見たのは、粛清者の後悔ではなく、理想に殉じようと暴走していた一人の男の、深い孤独だった。

 

ジャミトフは、車椅子をゆっくりと回転させ、壁に映し出された宇宙の映像へと目を向けた。そこには地球も映っている。

彼の瞳には、今までリリアが見たことのない、痛切なまでの想いが浮かんでいた。

 

「見ろ、あの青を……。あれこそが、我ら人類の唯一の故郷だ。だが、殆どの者はその価値を忘れ、ただの資源としか見ておらん。宇宙(そら)に出てもなお、その矮小な魂は地球の重力に引かれたままだ」

 

その声は、憤りとも、悲しみともつかない響きを帯びていた。

 

「儂のやり方は、間違っていたのかもしれんと、ようやく思えてきた。焼きが回った、というところか。

……リリア・アストレア。貴様が、儂の果たせなかった理想を。この地球を、救ってみせろ」

 

それは、弱りきった老人の命令であり、懇願であり、そして、自らの夢を託す者の最後の遺言のようでもあった。

 

「儂の持つ知識、人脈……そして、ティターンズが流した全ての血の業。その全てを、貴様が背負え。これは儂からお前への『呪い』だ。その呪いを乗りこなし、貴様の道を征け」

 

ジャミトフは、そう言って、リリアの申し出を受け入れた。

それは、彼自身の野望の残滓か、あるいはリリアという異質な存在への最後の賭けか、それとも地球の未来への悲壮な祈りだったのか。

いずれにせよ、この老人は、リリア・アストレアという孤独な指導者にとって、唯一その新総帥という役割を脱いで弱音を吐け、時に発破をかけてくれる、何物にも代えがたい最大の「仲間」となるはずだった。

 

 

 

リリアは、ジャミトフの協力を得て、A.E.G.I.S.内部の旧ティターンズ勢力の粛清と再編を断行した。

特に、バスク・オムを始めとする強硬派のもとで不正や非道な行為に積極的に手を染めた者たちは徹底的に排除され、組織の「浄化」が進んでいった。

その手法は、時に強権的で冷酷なものであり、一部からは猛反発も招いたが、リリアは一切の妥協を許さなかった。

「犠牲は最小限に」という彼女の信念は、組織全体の腐敗を取り除くためには、時に非情な決断も「最小限」必要であるという形で具現化されていた。

 

そして、リリアは、ジャミトフの内心にあったであろう地球環境回復の理念を、自らの政策の根幹に据えた。

 

ただし、ジャミトフのそれとは異なり、過激な地球人類の宇宙への強制移住は否定し、かつスペースノイドとの融和を重視した、より現実的な、A.E.G.I.S.らしい強権的なアプローチを取ることを宣言した。

 

 

 

グリプス戦役は、旧ティターンズの内部崩壊とA.E.G.I.S.への再編、そしてエゥーゴの疲弊により、原作とは異なる形で終結を迎えている。

 

戦役終結からしばらくして権力掌握が済んだ後、リリアは約束通り、エゥーゴとの公式な対話の席を設けた。

 

疲弊した両組織の代表者が集う会議室の空気は、互いの腹を探り合う無言の圧力に満ちていた。

 

エゥーゴは、ティターンズの暴走を止めたという共通の目的と、リリア率いるA.E.G.I.S.が提示したスペースノイドへの融和的な姿勢を、ひとまずは評価している。

 

しかし、彼らの目に映るリリアは、依然として「ティターンズ」という巨大な力の後継者であり、その瞳の奥には、理解しがたい深淵が広がっているように見える。

隔たりは大きい。

 

また、議題は、戦後の地球圏の未来を左右する、重いものばかりである。

 

口火を切ったのは、エゥーゴの強硬派として知られる文官であった。

 

「まず我々が要求するのは、30バンチ事件をはじめとする、ティターンズが犯した戦争犯罪に関与した全人員のリストの開示と、その身柄の引き渡しだ。

裁きは、我々エゥーゴが主宰する法廷で行う」

 

旧ティターンズの最大の罪を突きつける、鋭い追及に会議室の空気が張り詰める。しかし、リリアは動じなかった。

 

「戦争犯罪の追及は、A.E.G.I.S.にとっても最優先事項です。関連記録は、誠実に開示しましょう。ですが、身柄の引き渡しは認められません」

 

リリアはきっぱりと言い放った。

 

「裁きは、我々A.E.G.I.S.自身の手で地球連邦の司法制度に則って行います。

自らの手で組織の膿を出し切ることこそが、我々がティターンズの過去と決別する、最初の試金石となるからです。

もちろん、その過程の透明性を担保するため、エゥーゴからの査察団の派遣を歓迎いたします」

 

その返答は、ティターンズの罪を認めつつも主導権は決して渡さず、逆に連邦の司法制度を重視し「組織の自浄」をするという大義名分で切り返すものであった。

 

この例を皮切りに、議論は加熱していった。

 

両組織の際限なき軍拡競争を防ぐための、軍縮と戦力均衡に関する条項。いずれ必ず再起するであろうハマーン・カーン率いるアクシズへの、共同防衛体制の構築。そして、各宙域における両者の活動領域を定める、緊張をはらんだ権益の線引き。

話し合いは一進一退を繰り返したが、互いの事前の準備交渉もあり、少しずつ判断が進んでいった。

 

なおシャア・アズナブルは、ほとんど口を開かなかった。

 

彼は、ネオ・ジオンに行くわけにもいかないからか、はたまたリリアが目立ったことで矢面に立たずに済んでいることを理由にしてか、グリプス戦役終結後もエゥーゴに留まっていた。

 

また、かつて彼が抱いた地球人類への絶望や復讐心は、リリア・アストレア率いるA.E.G.I.S.の出現と、その歪んだ形であろうとも人類を導こうと恨みと重責を一身に受ける姿、そしてカミーユ・ビダンというニュータイプの可能性を目の当たりにしたことで、僅ではあったが変化と留保の兆しを見せていた。

 

やがて、長い議論の最後に、それまで沈黙を守っていたシャアが静かに口を開いた。

 

「我々は、君を監視し続ける」

 

その言葉は、エゥーゴ全体の総意であり、リリアがこれから背負い続ける宿命でもあった。

 

「望むところです。私もまた、あなた方を監視させていただきますから」

 

リリアは、微笑みを浮かべてそう返した。

 

こうして、A.E.G.I.S.とエゥーゴの間には、完全な和解ではなく、互いの力を認め、牽制し合うことで秩序を保つという、極めて危ういバランスの協力関係が築かれた。

 

ただ、その協力関係は、決して盤石なものではない。

いくら合意を積み重ねようと、A.E.G.I.S.の出自がティターンズであるという事実は、エゥーゴ内に根深い不信感を残し、両者の間には依然として深い溝が存在し続ける。

 

そして何より、エゥーゴの舵取りの一端を担うシャア・アズナブルという男の存在そのものが、最大の不安定要素であった。

彼がいつまでその「道化」のような役に耐え、エゥーゴに留まり続けるのか、それは誰にも分からない。

 

A.E.G.I.S.内部では、この危うい均衡の上の秩序を良しとせず、エゥーゴを完全に排除すべきだという強硬論が常に燻っていた。

だが、リリアはそれを退けていた。彼女にとってエゥーゴは、監視すべき競合相手であると同時に、A.E.G.I.S.が再びティターンズのような圧政に堕ちることを防ぐための、不可欠な「外部の目」でもあったのだ。

 

二つの勢力が牽制し合う緊張関係こそが、腐敗を防ぎ、地球圏全体の健全な秩序を保つという、彼女なりの統治哲学であった。

 

 

 

こうして対外的な均衡を模索する一方、リリアはA.E.G.I.S.を地球圏の新たな機構の一つとするべく、その主戦場を連邦議会へと移していた。

 

その活動の前提として、リリアがまず成し遂げたのは、A.E.G.I.S.の完全なる合法的な地位の確立であった。

 

そして、熱心な働きかけの甲斐もあって、戦後の混乱と連邦軍の疲弊を背景に、A.E.G.I.S.はティターンズの資産と人員を正式に継承する組織として、連邦議会に承認された。

 

表向きの理由は、リリア自身の手によってバスク派の徹底的な粛清という「自浄作用」を証明したことと、創設者であり強い政治力も依然として維持しているジャミトフ・ハイマンによる『支持』という、正統性であった。

しかしその裏には、「A.E.G.I.S.を敵に回すより、制御可能な形で体制内に取り込む方が賢明だ」という連邦の冷徹な政治判断があった。

 

こうして盤石な法的基盤を固めたA.E.G.I.S.は、様々な政策を地球連邦政府と議会に提唱し、世論を巧みに誘導する情報戦略、そして疲弊した地球圏の現状を憂う一部議員やエゥーゴ穏健派との水面下での利害調整を粘り強く実行して、その実現を目指していった。

 

無論、地球連邦は、その広大な統治範囲と多様な価値観を内包する民主主義体制を採っているが故に、意思決定プロセスは煩雑であり、A.E.G.I.S.といえども、それを意のままに操ることなど到底不可能である。

 

だが、皮肉なことに、A.E.G.I.S.の前身があの「ティターンズ」であるという事実そのものが、何よりその活動を強く後押ししていた。

「その気になれば、彼女たちはかつてのような非道な行いも辞さないのではないか」という根深い恐怖心はスペースノイドのみならず連邦議会にも残っており、それがリリアの掲げる改革という名の要求を、単なる理想論として無視できない重圧に変えていたのだ。

この「脅し」もA.E.G.I.S.が連邦に認められた理由でもあるだろう。

 

もっとも、それは「ティターンズの亡霊」という非難を甘んじて受け入れることとのトレードオフでもあった。

 

こうした複雑な背景の末、多くの議論と反発を乗り越え、辛うじて可決・施行にこぎつけた具体的な主な政策を、三つ紹介する。

 

 

第一にリリアが断行したのは、「地球環境再生計画」の推進である。これはジャミトフの悲願でもあり、最初に手をつけることとなった。

 

これは、度重なる戦争によって汚染された地域の徹底的な浄化作業、大規模な植林事業と海洋生態系の回復プロジェクトを国家予算の最優先課題として実施するものであった。

その財源確保と実効性を担保するため、A.E.G.I.S.は「地球環境保全及び再生に関する特別措置法」の制定を主導。

 

同法は、地球上での大規模開発や資源採掘を制限し、A.E.G.I.S.内に新設された地球環境監視局がその許認可と監視を行うことを定めた。

 

この監視局の権限は強大であり、一部議員からは「A.E.G.I.S.による新たな専横の始まりではないか」という深刻な懸念も表明されたが、リリアは「地球の未来のためには、時に断固たる措置も必要である」と強弁し、反対意見を押し切った。

 

ただ、その裏では監視局の権限の一部を共有する形で、A.E.G.I.S.、連邦政府、そして主要出資企業からなる「地球環境再生理事会」の設置を認めざるを得なかった。

A.E.G.I.S.は常に議会や企業の代表と主導権を争わなければならず、その意思決定は常に遅滞と妥協を強いられることになる。

 

また、地球環境再生の一環として、A.E.G.I.S.傘下の旧ティターンズ系研究機関の、その技術力の一部を平和利用へと転換させ、「環境再生に特化した新技術開発」をすることが国家プロジェクトとして推進された。

 

 

第二に、段階的な宇宙移民の促進と、地球居住者への「環境維持貢献税」の導入。

 

地球連邦政府は、A.E.G.I.S.からの強い働きかけを受け宇宙への移住を希望してくれた市民に対し、コロニー公社を通じた住居提供の優先枠拡大や、職業訓練プログラムの充実、そして移住一時金の大幅増額といった手厚い支援策を打ち出した。

 

特に、地球環境への負荷が高い旧来型産業に従事する者を優先的に対象とし、彼らの宇宙での生活再建を後押しした。

 

一方で、地球に居住し続ける者、特に一定規模以上の土地を所有し、あるいは環境負荷の高いライフスタイルを送る富裕層や法人に対しては、連邦税法を改正し、「環境維持貢献税」を課すことが決定された。

 

この税収は、地球環境再生計画の財源及び宇宙移民支援に充てられるとされ、その使途の透明性はA.E.G.I.S.と連邦会計検査院による二重の監査を受けることとなった。

 

この「環境維持貢献税」は、地球連邦議会で激しい議論を呼んだ法案の一つであり、連邦の議員の大反対や、地球に経済基盤を持つ大企業からの猛烈なロビー活動に直面した。

 

A.E.G.I.S.は、世論調査の結果や環境汚染のデータを公表し、「地球のためになる」事実を盾に議論を進めたが、最終的には税率や適用範囲において非常に大きな妥協を余儀なくされた。

 

これは、A.E.G.I.S.の強大な軍事力をもってしても、民主主義的な手続きと世論の動向を完全に無視することはできないという、地球連邦体制の限界と、民主主義のプロセスを尊重するリリアの姿勢を示すものでもあった。

 

それと同時に、民衆の判断を変えなければ、世界は変わることはない、という当然の現実を、リリアに突きつけるものでもある。

彼女は「今すぐ愚民ども全てに叡智を授けてみせろ」という言葉、そして「教えてくれよ、この仕組みの深さを破壊する方法を」という言葉を思い出しつつ、政策実現をゆっくりと目指すことになった。

 

 

第三に、スペースノイドの自治権拡大と、地球連邦政府との新たな関係構築のための「地球圏協調会議」の設立。

 

A.E.G.I.S.は、地球連邦政府に対し、各サイド及び月面都市の自治権を大幅に拡大し、彼らを(地球連邦の主権を前提としつつも)より対等に近いパートナーとして扱う新たな連邦体制への移行を強く促した。

この提案は、連邦議会内の地球出身議員や、特権意識を持つ勢力から、「スペースノイドへの過度な譲歩であり地球の権威を失墜させるものだ」「第二のジオンを生み出す危険な思想だ」と、最も激しい反発を受けた。

 

しかし、リリアは、グリプス戦役で露呈した地球中心主義の限界と、スペースノイドの不満が新たな戦乱の火種となり続ける現実を冷静に指摘。

 

そして、A.E.G.I.S.が保有する「秩序維持能力」による脅しと、エゥーゴ穏健派や一部コロニー政府との水面下での交渉を通じて、「宇宙諸地域自治法」の改正案をなんとか可決させた。

これにより、各コロニー政府の立法権・行政権の範囲は(連邦法に抵触しない範囲で)拡大され、独自の警察組織の増強が認められた。

ただし、この警察組織の規模や装備、交戦規定については、連邦軍の厳格な監督下に置かれるという条件が当然付された。

 

また、地球連邦議会における各サイドからの代表議員の枠が作られ、彼らの声が連邦の意思決定により反映されやすい仕組みが作られた。

これについても、「地球の議席が不当に奪われる」といった反対意見は根強く、最終的な議席配分は地球側の影響ばかり大きくなり、極めて政治的な妥協の産物となった。

 

さらに、地球連邦政府、各サイド代表、そしてA.E.G.I.S.が参加する常設の協議機関として「地球圏協調会議」が設立された。A.E.G.I.S.は、この会議において、地球と宇宙間の利害調整、紛争の平和的解決、そして共通の課題(宇宙資源開発、環境問題、安全保障など)への取り組みを主導する役割を担った。

しかし、この会議の議決はあくまで「勧告」に留まり、最終的な決定権は地球連邦議会が保持するという建前は、地球側の強い抵抗により維持された。

 

A.E.G.I.S.は、その軍事力と情報力を背景にその会議の議論をリードしようとしたが、各サイドの代表者たちはそれぞれのコロニーの利害を最優先に主張し、時にはA.E.G.I.S.の「旧ティターンズ」としての出自を厳しく追及し、その強引な手法に公然と反発することも当然あった。

 

リリアは、ティターンズ時代の恐怖政治や一方的な弾圧とは異なる、より高度で複雑な政治的駆け引きと、各勢力の利害を調整するための粘り強い説得、そして時には「アメとムチ」を使い分ける非情な決断の必要性を、日々痛感することになる。

 

 

彼女が目指すこととした「強権的な統治」は、民主主義という名の迷宮に閉じ込められ、常にその実現可能性を試され続けるのだった。

 

リリアにとって、このような終わりなき交渉事は決して得意な分野ではなかった。だが、その複雑さや遅々として進まぬもどかしさは、引き金を引けば全てが終わる戦場の殺戮に比べれば、遥かに「健全」で、希望に満ちた営みに思えた。

彼女は、その人間社会らしい煩わしさを、むしろ享受していたのかもしれない。

 

A.E.G.I.S.の方針は、一部の地球至上主義者や特権階級から猛反発を受けた。

ティターンズの行った過去の犯罪的虐殺行為は消えず、スペースノイドからの敵視も続いた。

 

特にリリアに苛立ちを覚えさせたのは、地球帰還を狙うスペースノイドもおり、彼らの目標は特権の簒奪にすぎないことであった。

 

だが、戦乱に疲弊し、新たな秩序を求める少なくない人々からは、驚きと共に、ある種の期待をもって受け止められた。

それが、A.E.G.I.S.の力となった。

 

 

 

A.E.G.I.S.は、その保有する強大な軍事力を背景にしつつも、まずは対話を行うことを是とした。

 

その中核を担うのは、かつてティターンズの狂気に抗い、リリアの元に集った者たちだった。

バスクの圧政に異を唱えた歴戦の艦長。リリアの信念に未来を託した若い士官たち。そして、彼女の生存を陰で支え続けた技術者たち。

A.E.G.I.S.とは、リリアがティターンズという泥の中から拾い上げた、最後の『良心』の集合体でもあった。

 

先程述べたように、ティターンズの過去の所業を知るスペースノイドたちはA.E.G.I.S.を信用せず敵視していたが、戦争の英雄と化したリリアが、掲げた融和的政策を着実に有言実行していったことで、少しづつではあったが、対話は進んでいった。

 

リリアは、可能な限り流血を避けようと努めたが、彼女の理想を実現するためには、時に非情な決断を下し、特にテロリズムに対しては武力を用いることを躊躇しなかった。

 

その姿から、彼女は一部から「碧き独裁者」と非難を受けることもあった。

 

だが、スペースノイドに対して融和的な姿勢を示したことは、エゥーゴとの関係改善にも、少しづつではあったが、繋がった。

A.E.G.I.S.の青臭い理想には、やがてはスペースノイドからの広範な支持も達成できる可能性も秘められていた。

しかし、それは同時にA.E.G.I.S.内部に残り続けた旧ティターンズ守旧派からの反発を招く行為であり、組織の完全な一枚岩化にはまだ時間を要するだろう。

 

 

 

そうした危うい均衡を、月の静寂から見つめる、もう一つの巨大な影があった。

 

リリアの執務室の端末に、一本の暗号通信が入る。発信元は、アナハイム・エレクトロニクス会長、メラニー・ヒュー・カーバイン。

文面は、改めての戦勝への祝辞と、A.E.G.I.S.が主導する「地球環境再生計画」への積極的な技術協力と、軍需物資の取引を今後も続けていく、という極めて丁重かつ慇懃無礼なものだった。

 

「……死の商人が、戦後社会に向けて、根を張ろうと言うわけですね」

 

リリアは、その文面に透けて見える巨大資本のしたたかな計算を読み取り、誰に言うでもなく冷ややかに呟いた。

 

シロッコやハマーンとは質の違う、より巨大で、そして捉えどころのない新たな「敵」、あるいは「パートナー」。

彼女の戦いが、軍事のみならず政治経済へとその舞台を移しつつあることを、その短い通信は雄弁に物語っていた。

 

リリアは、端末で、続いてニュースをチェックする。

そこでは、中立的なジャーナリストが、厳しい口調で論評している。

 

『……A.E.G.I.S.の掲げる理想は、確かに魅力的に映ります。しかし、我々は忘れてはならない。その力の源泉が、グリプス戦役を血に染めた旧ティターンズそのものである事実を。

アストレア総帥は、果たして地球圏を導く聖女なのか。それとも、より巧妙に仮面を被った、第二の独裁者なのか。

我々は、その動向を厳しく監視し続ける必要があります』

 

リリアは、その声を静かに聞き届け、端末の電源を切った。

ティターンズという結果至上主義の組織で、反抗的な態度を実力で受け入れさせていた彼女は、信頼とは言葉ではなく結果でしか勝ち取れないことを、骨身に染みて知っていた。

 

 

 

そうした監視を受けつつ、リリアの内部改革は続く。非人道的な強化人間研究は、彼女の命令によって停止された。

 

ムラサメやオーガスタ、オークランドといった関連研究施設にも粛清の嵐が吹き荒れ、その技術は封印されるかに見えた。

 

しかし、リリアは、自らが強化人間であるという事実と、ロザミアをはじめとする多くの強化人間たちの悲劇を目の当たりにしてきた経験から、単純な技術の封印ではなく、これまでの研究成果を人道的な目的のために徹底的に再検証し、副作用の治療法開発へと転換させることを決断した。

 

また、副作用と人権問題の解決が見られれば、という留保付きで、将来的な「人造ニュータイプ」の開発再開も示唆された。

 

彼女の強いリーダーシップと、A.E.G.I.S.が保有する(比較的)潤沢な予算と人材、そして地球連邦軍の一部組織が密かに収集していた旧ジオン公国のフラナガン機関の研究データなども活用され、強化人間の治療研究は急ピッチで進められた。

 

その結果、数年のうちに、強化人間の副作用を部分的に軽減し、その平均寿命を(依然として短いものの)わずかながらも延長させ、多量の薬物の助けのもとでとはいえ、人間らしい生活を送るための基礎的な治療法が確立されるという、画期的な技術革新が得られた。

 

リリア自身も、この新たな治療法によって、強化人間としての身体的な副作用から、ある程度は解放される兆しが見え始めていた。

 

それは、多くの犠牲の上に成り立った、ささやかながらも確かな希望の光だった。

 

 

 

カミーユ・ビダンは、グリプス戦役の終結後、ファ・ユイリィと共に戦場を離れた。シロッコの最期の思念波による精神的なダメージは彼にとっても深刻だったが、彼の純粋な魂と、ファの献身的な支えによって、彼は元気を取り戻しつつあった。

 

しかし、彼の心には深い傷跡が残り、二度とMSに乗ることはなかったと言われている。彼は、地球圏の行く末を、静かに見守り続けることになるだろう。

 

 

 

そして、ハマーン・カーン率いるアクシズ(ネオ・ジオン)は、グリプス戦役の混乱の中で漁夫の利を得ようと画策していた。だが、リリア率いるA.E.G.I.S.が予想以上に強大な戦力を保有・維持し、さらにエゥーゴとも一定の協力関係を築きつつある現状を目の当たりにし、地球圏への本格的な侵攻を一時的に断念せざるを得なかった。

 

また、シロッコからのコロニーレーザー攻撃で、少なからぬダメージを負っていたことも、無視できない要因であった。

 

A.E.G.I.S.とエゥーゴが、形はどうあれ「連合」に近い形で地球圏の守りを固めた場合、現時点での損耗したアクシズの戦力では、多大な損害を被る全面衝突には到底耐えられず、負ける可能性が高いと判断したのだ。

 

彼女は、ミネバ・ザビを擁し、戦力を再建しながら、再起の機会を虎視眈々と窺うことになるだろう。

 

リリアにとって、ハマーンとアクシズは、将来的に対峙するやもしれない脅威の一つであり続ける。

そして、ハマーンのプレッシャーは、戦場を離れてなおリリアの精神に暗い影を落とし続けるのだった。

 

しかし、同時にその存在は、A.E.G.I.S.の権力基盤を固める上で有効な「カード」ともなっていた。リリアは、アクシズという明確な外敵を口実にすることで、連邦議会におけるA.E.G.I.S.の軍縮要求が「行き過ぎる」ことを防ぎ、その軍事力を維持し続けた。

その力こそが、彼女の進める改革を担保する最大の圧力であったが、それは同時に、エゥーゴやスペースノイドから「第二のティターンズ」として警戒される最大の理由でもあり続けた。

 

理想と現実の狭間で、彼女はそのような危険な綱渡りを続けるしかなかったのだ。

 

 

 

さて。

リリア・アストレアは、A.E.G.I.S.の最高指導者として、その若すぎる肩に、地球圏の未来という重すぎる荷を背負うことになった。

 

彼女の心に残る仲間の死、強化手術を受けたボロボロの体、そして「偽物のニュータイプ」としてのコンプレックス、シロッコによって植え付けられた精神的な呪縛。数多の枷は完全に消え去ることはない。

 

特に、シロッコの最期の言葉と、彼のビジョンは、時折悪夢となって彼女を苛み、彼女の判断に僅かながらも影響を与えることがあった。それは、彼女が最も警戒すべき、内なる敵だった。

 

 

ふと、かつてシャア・アズナブルに投げかけられた言葉が、リリアの脳裏をよぎる。

『貴様がやっていることは、泥舟の穴を必死で塞いでいるに過ぎんと、何故気づかない!』

 

ジャミトフ元総帥もまた、ティターンズを『沈みかけの船』と評し、その無謀さを指摘した。

 

彼らの言う通り、この巨大な組織は、未だ多くの矛盾を抱え、いつ沈むともしれない危うさを孕んでいるのかもしれない。

 

だが、リリアは静かに首を横に振った。

 

(それでも、私はこの泥舟を漕ぎ続ける。

この行いが、どれほどの偽善を内包していようとも。理想だけでは、この宇宙世紀の現実は変えられない。

ティターンズが築き上げた巨大な軍事力と、権勢と、地球圏全体に張り巡らされた組織網。それは、使い方を誤れば世界を破滅させる凶器だが、上手く導ければ、これほど強力な秩序維持の力はない。)

 

彼女の進めるA.E.G.I.S.らしい改革は、一部からは熱狂的な支持を得ても、多くの反発を今後も生み続ける。

 

しかし、彼女は地球環境の保護とスペースノイドとの融和という理想を、より現実的で、そして多くの人々に希望を与えうる形で実現しようと、孤独な戦いを続ける。

 

いつアクシズが侵攻してくるか分からない。

そして、このように世界の大勢に逆らっては、いつ暗殺されるか分からない。

そんな、心細い戦いを、続ける。

 

 

彼女の執務室の片隅には、一つのホログラムが静かに浮かんでいる。

 

それは、修復中のアストライアーの設計図だった。失われた部位の修理も兼ねて、新生ニュータイプ研究所の技術の粋を集めた、機体のアップデートプランが進められている。

だが、その心臓部であるMSI制御コアに埋め込まれたシロッコのバックドアや、精神干渉や未知の機能の解析は遅々として進んでいない。機体の完全な再生には、まだ長い時間が必要である。

 

リリアは、時折その設計図に目をやり、自らの半身の帰りを待つかのように、静かに宇宙の映像を見つめた。

 

……ふと、光沢ディスプレイにかすかに反射した自分の姿に、彼女の視線が止まった。

そこにいるのは、銀色の髪を持つ、見慣れたはずの美しい少女。

だが、その碧い瞳の奥深くには、平和な日本で、何者にもなれずに死んだ、一人の青年の面影が、今も静かに揺らめいている。

 

彼が最期に抱いたのは、無力な人生への痛切な「無念」。そして、目覚めた先にあったのは、宇宙世紀の世界で名前も戸籍もない戦災孤児になったという「絶望」。

その二つこそが、彼女に力を渇望させ、強化人間という偽物になる茨の道を選ばせた原動力だった。

争いと灼熱の中、少女の身体で、魂が理想を追い求める。

その歪さこそが、リリア・アストレアという人間の本質だった。

 

青年だった「彼」が抱いた『無念』を晴らすため、「彼女」の身体が背負う『絶望』に抗う。

その痛みも、罪も、全て。

 

二つの人生の記憶を抱いて、今の「リリア」は、ここにいる。

 

 

 

碧き死神と呼ばれた強化人間は、今、地球圏の未来を形作ろうともがき続けている。

 

その道が、いかなる困難と悲劇に満ちていようとも、彼女はその歩みを止めることはないだろう。

 

なぜなら、彼女は自らその道を選び、生き延び、そしておびただしい犠牲の上に立ってしまったのだから。

止まることは許されない。

 

かつて、ニュータイプは人類の革新とも呼ばれた。その超常の力が、人と人とを理解させ、悲劇を終わらせるのだと。

だが、歴史が証明するのは、その逆だった。

ニュータイプ同士なら分かりあえるというのは幻想だ。英雄は粛清を夢想する。奇跡の光が、憎しみの連鎖を断ち切ることはない。

 

だからこそ、リリアはこの道を選ぶ。

奇跡ではなく、システムを。理想ではなく、秩序を。人の善意に期待するのではなく、人の愚かさを管理する、冷徹で、強大な仕組みの「力」を。

 

それこそが、最も困難で、しかし最短距離を走れる道だと信じるから。

 

 

寿命問題は決して解決してはいない。

例え暗殺されることがなくとも、強化人間である彼女に残された時間は決して長くはないだろう。

 

しかし、権力というものが本質的に抱える「悪」を活用しつつ、その総量をほんの少しでも減らし、よりましな未来へと舵を切ろうとする、終わりなき闘いは続く。

 

そんな彼女の見る夢が、世界を「善」へ近づけているのか、それとも新たな悲劇を生むのか、それはまだ、誰にも分からない。

 

 

ただ、宇宙世紀の歴史が、一人の異常な転生TS少女の登場によって、大きく、そして確実な変化を遂げたことだけは、事実であった。




完結です。

力を尽くしましたが、至らない点も山積していたのだろうと自省しております。

ここまで読んでくれた方に、心からの感謝を申し上げます!
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