セイア「君が望むのなら、殴り合うとしよう、ナギサ」 作:Rayu278
相も変わらず、忙しい日々。先生のお力添えのお陰で、校外での野暮用は殊の外早く片付いた。後は、部屋に残った書類の山を片すだけ……と、ノブに手をかけ扉を開き、机の前で椅子を引いた────その時。
「……付箋?」
桃と、黄色。二色の付箋が、書類の束の上に貼られているのが目に入る。
……よく見れば、記憶にあるよりもやけに書類が整っているような。少なくとも、二山に分けて並べ置いた覚えは無かった。
特徴的な筆跡。桃色の方には丸みを帯びた文字と、簡易的な顔文字。モモトークでよく見る文体だ。黄色の方は整った達筆で、端的な報告と伝達が残されている。
『またセイアちゃんにパシられた~~~!><。』
『←承認、非承認→ 確認したら、テラスに来るように』
────また、やられた。溜め息が漏れ、口角が上がる。
不在の間に、何者かが勝手に仕事を終わらせる。今でこそ躊躇い無く名前も出して、最早隠す気が有るのか無いのか、と突っ込みたくなるが────初めのうちはそんな怪奇現象紛いの何かを装っていた様だ。
…終えた仕事の存在を忘れているのではと、自身の記憶障害を疑った私の狼狽ぶりを見てからは、『
椅子に腰を下ろし、ざっと目を通す。完璧だった仕分けは几帳面なセイアさんの仕事だろう。印はところどころにがさつさが見て取れ、パシられたとはこの事かと苦笑いがひとつ。
────随分と楽になった仕事を手早く片付け、書置きにあったテラスへ足を運ぶ。
「────絶対、海だって!」
「────いいや、山だね」
扉越しに、二人の言い合いが聞こえてくる。何のことか、と聞き耳を立てつつ、ゆっくりと扉を開けた。
「なんでさぁーっ!可愛い水着着て一緒に泳ぐの、良いじゃん!先生も呼んでさっ!」
「一面の緑に触れるのは良い事だ。友人からも話を聞いたが、日頃パソコンの前に座りきりの先生にも、良いリフレッシュになるだろう」
「……ただセイアちゃんが泳げないから、先生を理由に山が良いって言い張ってるだけじゃないのー?」
「雨間の海原の様に常々荒れ模様の君の心も、自然に触れれば多少は落ち着くだろうさ。友人の気遣いを無碍にする気かい?」
「はぁ~~~~!?」
……やれやれ、と肩をすくめながら、声を上げる。
「……書類の件、ありがとうございます、二人とも」
「おかえり、ナギサ。……はて、皆目見当もつかないな。ミカ?」
「んー、そうだねぇ~。何の事だろ~?」
……一応、隠すつもりではいるらしい。直前まで言い争っていたくせに、によによと笑みを浮かべてしらばっくれる二人。なんだか楽しそうだから、放っておく。
「それで……旅行のお話、ですか?」
「そうそう、聞いてよナギちゃん!セイアちゃんが、ミレニアムの子達が行ってたからーって、山でキャンプしたいって聞く耳持たなくてぇ~!」
二人の善意の悪戯のお陰で、明確に私にも時間が出来た。本人たちは認めないが、そのお礼として、空いた時間に私が企画したのが────先生を交えた、四人での小旅行。その、行先について揉めている、という話らしい。
「分からず屋は君の方だろう、ミカ。海の方が優れているというのなら、その根拠を示したまえよ。子供じゃないのだから、私の様にプレゼンをだね」
「あーもー、話になんない!こうなったら…!」
痺れを切らしたミカさんが、机に両手を突いて立ち上がる。……その顔は、何故かにやりと笑っていて。
「────決闘で、決めよ?」
「…!?み、ミカさん!?」
まさかの切り口に、仰天。しかし、その宣戦布告を受けたセイアさんはというと────。
「……良いだろう。かの“ダブルオー”直伝の、この正拳が火を噴く時が来たようだ」
「セ、セイアさんまで……悪ノリはやめてください、二人とも……」
……自虐も込みの天丼なのだろうが、直近、同じ事をした自分にもダメージが入る。
「冗談じゃ~ん!私とセイアちゃんじゃ、一瞬で決まっちゃうしね☆」
「ふふ。私は試してみても良いがね。あの時とは違うという所を、見せてあげられるとも」
……どうやらあれ以降セイアさんは、時折ネルさんと会うたびに、格闘の指南を受けているらしい。尚、当人のこの自信に対して、ネルさんの見解は「……まぁ、筋は悪くねぇけどよ。そもそもが細すぎるし、正直話になんねぇな」との事だったが。
「そうそう、それで!ナギちゃんは、どこか行きたい所あるのかなーって聞きたくて、待ってたの!先生は、”みんなが行きたい所に着いて行くよ”って言うからさっ」
「そもそも君主導の旅行だからね。私達の意見も、案の一つくらいに受け止めてくれ。……ほら、先ずは座りたまえ、ナギサ」
セイアさんが引いてくれた椅子に、ゆっくりと腰を降ろせば────すっかり見慣れた、茶会の場。
「そう、ですね……私は────」
さて、どちらの肩を持ったものか。或いは、更に一石を投じてしまおうか。そんな事を考えながら、ポットを手に取り、紅茶を注ぐ。
……雨は過ぎ去り、固まった地を三人で踏み締める。
置いて行くのではなく。先を進むのではなく。足並みを揃え、同じ方向を向いて。
晴れ渡る空の下で、今日も────飴色の水面は、暖かく凪いでいる。