ダンジョンで王冠を継ぐのは間違っているだろうか 作:白黒ととか
49階層の死闘が終わっても、ロキ・ファミリアの一同はまだ興奮と驚きの只中にいた。
特にあの“ラグナロク”――炎の巨人と共に振り下ろされた蒼き大剣の一撃は、誰の記憶からも簡単に消えることはない。
全員が息をつく暇もなく、私に視線を向けていた。
巨躯を揺すったガレスが唸る。「見事なもんだった。だがありゃあ人の常識を超えとるぞ……!」
ティオナは目をきらきらと輝かせてこちらを見る。「ねえねえアッシュ、その“ラグナロク”って何!? あんなの見たことないよ!」
大きな翠の瞳を驚きでひらきながら、レフィーヤも寄ってくる。「ものすごい魔力と炎……まるで御伽噺みたいでした」
アイズも、いつもの静かな表情のままだが、じっと私の返事を待っていた。
中心に立つフィンが、慎重な声色で私に問いかける。
「アッシュ、率直に聞きたい。“ラグナロク”と呼んだあの技は一体……君の、何なんだい?」
他のメンバーも動きを止め、静けさの中に揺れる期待と好奇の空気。
火照った体に夜風を感じながら、私はゆっくりと言葉を探した。
「……あれは、私の技じゃない。戦友が使っていた技を……形だけ、真似たものだ」
一拍。
皆が一斉に息を呑む。
「戦友……?」
ティオナがぽかんと呟くと、私は遠く過去に思いを馳せるように、そっと視線をそらす。
「リヴェリアの詠唱にあるだろ?焼き尽くせ、スルトの剣って」
「そうだが、それがどうした?」
「あの技はスルトという友人が使ってた技なんだ。自分すら焼きながら敵を滅する業火の剣。リヴェリアの詠唱を聞いて懐かしくなった」
「私には本物の様にはできないけど、あの時は……どうしても“ああ”したかったんだ」
アイズが、どこか納得したように微笑む。
「……誰かの想いを受け継いだ技、素敵だと思う」
リヴェリアも品のある穏やかな笑みで頷いた。
「あなたはその技を、私たちを守るために使った。だからこそ、形だけであろうと“本物”だった」
フィンはいたずらっぽく親指を擦りながらも、「頼れる仲間がまた増えた、それだけで十分だね」と微笑んだ。
空に昇る焚き火の煙の中、みんなが“次”の一歩を感じ、ともに肩を並べている実感があった。
日は傾き、隊は50階層に到達する。
ここはますます過酷な未知の領域。だが、魔物は一時減り、準備と休息のために野営の陣が築かれていく。
拠点設営が進み、テントや焚き火、物資の山が整然と並ぶ。
警備担当も組まれ、食事も次々に調理されてゆく。
私もレフィーヤやラウル、他の数人と食器や休憩用の道具を運ぶ手伝いをした。
騒がしい中、各自が今回の遠征の規模や特別さを噛みしめていた。
「アッシュさん、テントはご自分で張ったりしますか?」
「昔の戦場では、ほとんど野宿だったよ。慣れているから任せて」
肩を並べていたラウルが冗談まじりに言う。「アッシュさん、本当に冒険者歴長いんじゃないかってくらい様になってるッすね」
私は肩をすくめて笑った。「まだまだ、ここじゃ新米だよ」
野営の拠点がようやく完成すると、本隊幹部たちを中心に円陣が急ごしらえされる。
闇色の天幕の下、焚き火の明かりを中心にして、フィンは全隊員に向き直った。
「では、明日51階層以降に進むパーティーを発表する」
厳粛な空気が流れる。
フィンがはっきりと声を張る。
「僕、リヴェリア、ガレス」
「うむ」
リヴェリアは静かに、ガレスは頷き答える。
「アイズ、ベート、ティオネ、ティオナ、アッシュにも同行してもらいたい」
「わかった」
私は、剣の柄にそっと手を置きながら、“後悔のないよう全力を尽くそう”と密かに心に誓った。
「それから、サポーターとしてラウルとレフィーヤ」
「うッす」
「…? レフィーヤ?」
「は、はい!」
レフィーヤはどこか心ここにあらずといった様子で返事をする。
「鍛冶師としてツバキにも同行してもらう」
「うむ、任された!」
ツバキは立ち上がり答える。
「以上だ」
場が静まりかえる。選ばれた面々と、その場にいる仲間たちが思い思いの眼差しを向ける。
深層遠征を前に、夜の野営地にはただならぬ緊張と高揚が入り混じっていた。
その中心で、鍛冶師ツバキは大きな箱を前に腕を組み、ぐるりと選抜メンバーを見渡した。
「では、渡すものを渡しておこう」
そういうと天幕の中へ進む。
入るとそこに並べられた大剣に短剣、戦斧や大楯といった数々の武具。
「注文されていた品だ。シリーズ名はローラン」
「すべて剣姫のデスペレードと同じデュランダル、不壊属性を施してある」
ツバキの説明を聞きながらガレスは戦斧を持ち上げる。
「ほぉ、思ったより軽いのぉ」
それに続くようにそれぞれの得物を手に取っていく。
「これならこの大きさでも扱いやすいわ」
「ほんと、いい感じ」
「ありがとうツバキ、これならあの新種と戦っても溶ける事は無いだろう、要望通りだ」
「材質にこだわって威力を突き詰めた、軽くとも攻撃力は保証しよう」
自身の扱う得物を確認している中、ツバキはアッシュへ声をかけた。
「すまん、アッシュ」
「ん?なんのこと」
「お前の分の武器がないことについてだ」
どこかバツの悪そうな顔をしたツバキになるほどと理解を示す。
「それについてはかまわない。もともとこの剣以外を握るつもりはないからな」
「ふふ、そうか。いらぬ心配をしたようだ」
私はつい、自分の肩の黒剣――ニェンの遺志を想い指でなぞる。
それぞれの得物を試すために天幕を出るファミリアの仲間たちとともに天幕の外へ出る。
そこでアイズの得物デスペレードを研いでいるツバキとそれを見るアイズが目に入る。
「それにしても、あの小娘が今や都市を代表する冒険者かぁ、唾を付けておけばよかったか?」
「9年前か…あの時のお主は抜き身の剣の様だった。刃がボロボロになっても戦い続ける、あれは死ぬと早々に思ったものだ。」
「アイズにもそんな時があったんだな」
「アッシュ」
ツバキの話が聞こえたと伝え木箱の上に座りつつ話に混ざる。
「武器そのものでしかなかった。いつ折れるかだけが気になった」
「…」
「だが、変わったなお前は」
彼女たちの話を聞くアッシュはどこか他人事の様にはいられなかった。
自身の過去を思い起こせば今の話に似た経験を幾度となくしていたからだ。
特に、ロドスに入る前やそれ以前の組織に席を置いていた際に…。
「鋭さはなくなったかもしれん、だがそれは剣でいうところの鞘を見つけたということだ」
「つまるところ、仲間というやつだ」
私は話を聞き終えると自身のテントの中へ戻り、先ほどの話を思い出す。
あの船で共に過ごした彼ら、彼女らはすでにいない。
それでも記憶とともにココにあると信じることはできた。
そうして夜はゆるやかに更けていった。