私はそれから数日、万事屋に寄りつけないでいた。自分自身の心が信じられないからでもあったし、そんな私を見た銀さんが傷付くのも嫌だったからだ。
代わりに真選組の屯所に寄り付くことが多くなったが、野郎ばかりであそこには癒しが少ない。吉原にでも行ってちやほやしてもらおうかな。
そんな事を考えながら歩いている時だった。
「あー、元気だったか?」
「お陰様で?」
ばったりと、銀さんに出会ってしまった。
お互い気まずい挨拶を交わす。
私自身はどうしようか迷っていた。さり気なく別れるのも意識しているようで嫌だったし、会話を続けてボロがでない保証もなかった。
先手を打ったのは銀さんだった。
「少し話せるか?」
銀さんの提案に素直に頷く。その時は拒絶することが怖かったのだと思っていた。
あとになって思えば、私は何か気持ちに区切りを付けたかったのだろう。銀さんにそのきっかけを求めていたのかもしれない。
歩き出した銀さんの背中を見ながら喋りかける。
「神楽ちゃん元気?」
「この前まで少しむくれてたけどな、今日も炊飯器ごと茶漬けにして食べてたよ」
「新八くんと定春は?」
「なんで俺がここにいると思う? あいつに依頼でも取ってこいってケツ叩かれて追い出されたからだよ。定春のやつそんな俺にケツ向けて、でけーくそ捻りだしてた」
変わらない様子に安心する。
「銀さんは?」と続けて聞こうか迷い、止めた。
しばらく無言で歩いていると、河川敷に差し掛かる。
相変わらず川には空き缶やビニール袋が浮いており、河川敷には冷蔵庫まで捨ててあった。
銀さんは立ち止まり、土手に腰を下ろすとこちらを一瞥する。隣に腰を下ろすか迷い、半歩だけ位置をずらして座った。
風が心地よかった。
「皆、元気そうで安心した」
当たり障りのない言葉で場を取り繕う。不自然にならないか? そればっかり気になってしまう。
「お前も、元気そうで良かったよ」
私より取り繕うのが上手な銀さんは、苦労せずそんな言葉を返しているように見えた。
「川、汚いねぇ」
「町内会で今度清掃するらしい。ご苦労なこって」
「そっか、綺麗になるといいね」
空き缶もビニール袋も、冷蔵庫も片付けられてしまうのだろう。それを少し寂しいと思ってしまった。
何かが変わることにきっと敏感になっているのだと思う。
風景を切り取り写真に残すように、この想いもどうにか綺麗な形で残しながら、変わってしまえたら良いのに。そう思ってしまった。
「この前は悪かった」
「神楽ちゃん? 全然だったよ」
何の謝罪か分からず、私は返事を間違える。
「いや、それもそうなんだが……。そうじゃねぇ。俺は、何も持たないなりに、お前になにか与えてやれるんじゃねぇかと自惚れていた。結果、お前をよけいに傷つける羽目になっちまった。それを謝りたかった」
銀さんがなんでそんなことを言ったのか分からなかった。
けれど、思いの外抵抗なくその言葉を受け取れている自分に安心する。
「銀さんがそうやって私のために何かしてくれようとしたことが嬉しかったし、私は救われてもいたんだ。だから謝らないで」
自身の罪悪感のために謝罪する人間じゃない。
私を心配しているのだろう。相変わらずだ。
「今度さ、みんなでプール行こうよ。バイト先でさ割引券貰ったんだ」
関係性を取り戻したかったし、単純に楽しそうだと思ったんだ。
将軍様はさすがにいないだろうし、神楽ちゃんとアグレッシブな遊びをするには体力が持たなそうだけど、楽しそうだと思ったのだ。
「プールかぁ、それもいいけどよ。その前にちょっとだけ俺の話に付き合ってくれねぇか」
珍しいと思った。銀さんから何か積極的に話そうとすることもそうだし、それを頼むこともそうだ。
けれど、関係性の位置決めに頭を悩ませていた私はその警告を見落としてしまった。
「なぁ、キリ」
すごく優しく名前を呼ばれた。
銀さんの顔を思わず見上げるが、銀さんはまるで川と対話するように、遠くをじっと見つめていた。
私に向けられての言葉であることは確かなのだが、目に見えない何かを手繰り寄せようとしているように感じた。
だから、私はその続きをゆっくりと待った。
「俺には分からねぇんだ。俺はお前を大切にしたいと思うし、笑っていて欲しいと思う。けど、それがお前と同じ「恋」という奴なのか分からねぇんだ」
素直な言葉だった。捻じくれた銀さんの心の中にあるものを水にさらしたような。
きっと銀さんはその気持が恋であれば、私を救えるのだろうと思ったのではないか?
けれど、私はその優しさを否定することしかできなかった。
「銀さんのそれは「恋」じゃないよ」
「どうしてお前はそう簡単に言い切れるんだ?」
私が銀さんに欲を見つけられなかったから。
それを直接伝えるのは憚られたので、割砕いてその本質とも言える部分を取り出した。
「銀さんはさ、私のことを特別だって思ってないからだよ。銀さんは誰か一人を特別にできないじゃない」
今この場に必要な言葉だとはいえ、それは私は銀さんの特別になりたかったんだと告白するようなもので、欲に塗れた浅ましさに羞恥がつのる。
けれど、こちらを見た銀さんは、呆れたように言った。
「お前な、そりゃどこの銀さんだよ。俺だって依怙贔屓ぐらいすらぁよ」
いつだって見透かすのは銀さんで、見透かされるのは私だった。
坂田銀時を私は本当に知ってるだろうか? 絶対だと思っていた根底を覆され、混乱する。
「でも、だって……そうだったとしても、それは私のために無理やり「恋」にしようとしてるだけじゃない」
「そうだったとしても、それは俺を不幸にするのか? 俺はお前の隣りにいて苦痛だと思ったことは一度もねぇよ」
「そんなの……だって」
恋をすることが不幸になるのか? 人類繁栄の根本に対する挑戦だ。矮小な人間はそれを肯定できない。
聞き逃した警告が最大音量で鳴り響く。この先はきっと後戻りができなくなる。そんな予感がした。
「なぁ、キリ、教えてくれよ。この想いはお前と同じものなのか? そうじゃないのか? 再びお前を傷つけることになるかもしれない。俺は、それだけがこえーよ。それでも確かめずに終わらせたくはないんだ。なぁ、キリもう一度だけ一緒に確かめさせてはくれねぇか」
「そんなの……ずるい」
私は傷付くことを恐れない。それを知った上での銀さんの『願い』だ。
断れる訳がないのだ。
誰も不幸にならず、取りこぼさず、幸せになる可能性を銀さんは探し当て、私に示してくれた。
「返事は?」
「言わない」
せめてもの抵抗が口をつくが、泣き崩れた私の心なんて全て見透かされているのだろう。
だって、坂田銀時なのだから。
真っ青な空に飛行機雲が一直線に線を描く。気持ちいい風が吹いていた。