それからというもの、私たちは九ちゃんの様子を探ることにした。
もし犯人がそうなら、新八君を見張るよりは手っ取り早いはずだ。
パターン一。買い出しに出かけた新八君が九ちゃんと出会う。
「こんにちは、新八君」
「こんにちは。最近よく会いますね」
「そ、そうかな。実はね君にこれを渡したくて。眼鏡専用洗浄スプレー。セレブ御用達の最新鋭ナノテクノロジーで作られた、どんな汚れも一発で落とす代物だ」
「へぇー、なんか凄そう。でもいいんですか? こんな高そうなもの」
「君に使ってもらえるなら……。もちろん使わなくても構わないのだが」
「いえ、ありがとうございます。最近、曇りが気になっていて助かります」
「本当か! 良かった! じゃあ、また」
偶然を装っていたが、九ちゃんは電信柱の影に隠れ、新八君が通りがかるのを待っていた。
手渡したのは金色の高級そうなスプレーボトル。
受け取ってもらうと九ちゃんは破顔したように笑い、嬉しそうに去っていった。
パターン二。帰宅途中の新八君に偶然九ちゃんが出会う。
「やあ、偶然だね新八君」
「たしかに偶然ですね。どうしたんですかこんなところで」
「め、眼鏡が曇ってるみたいだから拭いてあげようと」
「あ、本当だ。でも大丈夫ですよ。ちゃんとメガネ拭き持ってるんで。それに、この前のスプレーもちゃんと」
「ちゃんと使ってくれてるんだ……嬉しい」
「貰ったものですから。重宝してます。ありがとうございます」
プレゼントを使ってもらえてると知ると、両手を前で握り嬉しそうに頬を染めていた。
もちろん、新八君の帰宅途中を待ち伏せしていたのを私たちは見ていた。
「隊長パターン青だと思いますが、どうでしょうか」
「青とか赤とか知らねぇけど、まあ十中八九あいつだな」
「新八にぶちんアルな。あそこまでされてなにも気付いてないアル」
私と一緒に物陰に隠れていた銀さんと神楽ちゃんは、どうするかと相談していた。
「アイツんち金持ちだからよ。黙認してやるから金よこせっていったらあっさりくれるんじゃないか」
「銀ちゃん新八を売るアルか! そんな、酷いアル!」
「売るんじゃねぇよ。公認してやるだけだ。大体アイツも『実害ないし、仕事しましょう』つってたじゃねーか。いいじゃねぇか姉から弟に対象が移っただけだろ、問題ねぇーよ。それよか金入ったら焼肉食いにいこーぜ」
「焼肉……。ぱっつぁんお前の犠牲は忘れねーぜ」
銀さんの焼肉の一言で神楽ちゃんは手のひらを返した。
それにしても気になる。様子が明らかに変だ。金をせびりに柳生家にいくというなら、ついて行ってみようかな……。
予定を合わせて柳生家に付いて行く。門番の人達は相変わらずの態度だったが、通りがかった東城さんをどうにか掴まえ、中に入れてもらう。
「久兵衛の親父さん出せや」
「出せや」
「万事屋がなし付けに来たって伝えろや」
「伝えろや」
通された座敷で東城さん相手に銀さんが凄むと、呼応するように神楽ちゃんがメンチを切った。
まるでヤクザの押し入りである。
東城さんは九ちゃん絡みということで、渋々
「なにかね。セレブを呼びつけるとは庶民らしからぬこと。これで大した用がなければそれ相応の責任を取ってもらうぞ」
相変わらず背は小さいが、態度は大きい人である。
「気取ってられんのも今のうちだぜ。お宅の久兵衛さんがよ、うちの新八の後をつけてるそうじゃねぇか。挙句、屋敷に侵入し物品を盗んでいる疑惑まで持ち上がってる」
「そのことか……」
「お? 認めんのか、ならどうするべきか分かってるよな」
頭が痛いと輿矩さんは首を振る。
銀さんは俄然勢いを増し調子付く。
「君たちは確か万事屋をやってるね」
「そうだが」
「頼む、あの子を救ってやってくれ。どうかこの通りだ」
急に態度を翻し、
銀さんはその様子を見て、態度を改めた。
「……話を聞こうじゃねぇか」
頭を上げ、
「これは、セレブ御用達通販で売られていたものだ。『
そう言って取り出したのは、映写機のような機械。
「
聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまう。
まじまじと見つめる私たちに、
「子どもの好き嫌いをなくすための機械で、人参やピーマン、セロリなどの写真をここに投入し、ここから出る光を見つめることで、嫌いな食べ物が食べられるようになるという触れ込みだった。事実口コミも良く、何も問題らしいことも久兵衛以外には起きていない」
「好き嫌い激しそうには見えねぇが、セレブの口に合う飯以外は受け付けねぇとかそーいう奴か?」
「いや、あの子には好き嫌いなどない。
そこで
「じゃあ、何に使ったんだよ」
「新八君だ……。正確には『男性』に対する苦手意識をなくそうと、ここに新八君の写真を入れたのだ。結果、ご覧の有様だ。出力を最大化して使ったため、対象に対する好意や恋愛感情、果ては執着心まで生まれてしまった」
ようやく謎が解けた。久ちゃんの態度はこの機械によるものだったのか。
「それは久兵衛も了承したのか」
「そうだ……。だからといって責任がない訳ではない。あの子は家の為と了承してくれたのだ。見合いが来ているのだ。断るにしても、一度は顔見せせぬと面子が立たぬ。かといって暴力沙汰になれば一大事だ。だからと……」
「ふざけんな。親であるテメェがアイツの気持ちを一番分かってるんじゃねぇのか」
「分かってる。分かってるつもりだった……。それなのに、何ということをしてしまったのか。だから頼む。どうにかあの子を元に戻してくれ」
再び地面に擦り付けるように、深く頭を下げた。
銀さんはそれを見て、なんとも言えない顔をし、「わかったよ」とぶっきらぼうに頷いた。
「もう一度、新八君の写真を入れ、出力を最低にして照射することで効果が上書きされる。我ら一門は全員、警戒され近寄ることもできない。申し訳ないが頼む。重ねて済まないがこの事は内密に……」
そう言って、もう一度
帰り道、銀さんは頭を悩ませていた。
「銀ちゃん、どうするアルか」
「とりあえず、アイツを掴まえて無理やりにでも機械にかけりゃあいいんじゃねぇの」
「可哀想だよ。女の子だよ九ちゃんは」
「かといって素直に聞いてくれる状態じゃねぇだろ。機械を持って近寄った門下生全員ボッコボコにされてたぞ」
銀さんの言う通り、後から東城さんに案内してもらった道場では怪我人が大勢寝かされていた。
背後から近づいた時が一番ひどいそうだ。対象者を認識する前に倒そうとするため、加減が利かないとのこと。
『バックで! バックで近づいてはなりません! 背面から! 背面からあああああ!』と興奮した東城さんは銀さんの木刀に刺されていた。
「新八君にも話して、取り敢えずそれから考えてみない?」
「そうだな……。そうするか」
万事屋に戻ると、新八君も戻っていた。
今朝、自宅の草むしりをすると言っていた。広い敷地だから、暇を見つけては少しずつ片付けているらしい。
「少し聞いて欲しい話が……」
戻ってきた私たちを見るなり、新八君はそう切り出した。
いつになく真面目な顔をしている。
新八君に促され、私たちはソファーに腰を下ろした。
「実は……今日、久兵衛さんに告白されまして。僕たち、付き合うことになりました」
向かいに座った新八君は、少し照れくさそうにはにかむ。
一瞬、何を言われたのか理解できず、私たちは誰からともなく顔を見合わせた。
「……お付き合いってのは、どつき合いの聞き間違いじゃねぇのか」
「嫌だな銀さん。お付き合いはお付き合いです。彼氏、彼女として付き合っていこうと、そう約束しまして」
「ぱっつぁん、女一人養うってのは大変なことヨ。生半可な覚悟だったらやめとくヨロシ」
「その覚悟はできてます。贅沢はさせきれないけど……二人で一緒ならきっと」
どうしよう。覚悟の決まった純粋な目をしている。ものすごく言い出しづらい。
「あのよ……新八君」
銀さんが切り出してくれたか。
「どうしたんですか?」
「実は……喜んでるところ悪いが、今、アイツは普通の状態じゃねぇ。あんま真に受けない方がいいんじゃねぇかなぁー」
と、思ったらものすごい日和った。
「確かに恋は盲目っていいますもんね」
「いや、そうじゃなくてさぁ。恋が盲目つーか、最初から盲目つーか、右目に最後に映ったのはテメェを投映した光だったつーか」
「何、意味のわからないこと言ってるんですか。そうそう、僕、明日デートなんで今日は早めに失礼しますね。じゃあ」
そう言って新八君は帰っていった。
「ヘタレ」
ぼそりと言うと、銀さんは逆ギレする。
「じゃああてめぇが言えよな!」
「言ってあげても良かったんだけど、タイミング的に逃しちゃったんだよね」
「上手な言い訳だな、オイ。気配殺してたのは分かってんだよ」
「バレてたか。まあ……でも、言えるわけないよね。だって、新八君とっても嬉しそうだったもん」
「だよな……。どーするよこれ」
結局新八君のデートをこっそり後ろから様子を見ることに。
最近誰かの後をつけてばかりである。ストーキングスキルを習得しそうだ。
「でね、昨日神楽ちゃんが……」
「ふふ。本当に面白いな君の話は」
九ちゃんと二人河川敷に座り、仲良くデートをしている。
「仲良しアルな」
「いいね。青春って感じで」
「言ってろ」
木の陰に隠れてそれを三人で見守る。
「新八君、眼鏡に花びらが」
「あ、ほんとうだ。白い……あの木かな? 何という花だろう」
「少し、待っていてくれるか?」
新八君の眼鏡に、白い花びらが一枚ついていた。
隠れている木を見上げる。何の木かは分からない。ただ、枝という枝に白い花が咲きこぼれていた。
風が吹くたび、細かな花びらがちらちらと舞っている。
「やべっ、こっちくるぞ」
慌てて場所を移そうにも移動できる場所がない。
九ちゃんが木の前でピタリと足を止めた。
バレたのだろうか。
息を潜めた、その瞬間だった。
急に頭を押さえつけられる。
頭上を刀が通り過ぎ、空気を切り裂く音がした。
遅れて、木が倒れる。
見上げると、中腹から木がばっさりと斬り倒されていた。
カチリと九ちゃんが刀を鞘に収める音が聞こえた。
「ぶねぇええ」
銀さんが小さく声を漏らす。
神楽ちゃん共々、頭を押さえつけられていた。
どうやら庇ってくれたようだ。
冷や汗が出る。
「安心してくれ、これでもう君の眼鏡を汚すものはいない」
「いやいやいや、いやいやいや」
九ちゃんのキリリとした台詞に、ツッコミも忘れ、新八君は首を振っていた。
それから安全のため、少し距離を取り二人をつける。
水やりをしていたしぶきが眼鏡にかかると、ホースが切り裂かれる。
さらに、冷たい店内に入って眼鏡が曇ると、今度はクーラーが切り裂かれる。
「君のことは僕が護る」
「あ、ありがとう」
新八君もさすがに様子がおかしいと気づいてはいるのだろう。
それでも、初心を貫こうと、往生際悪くデートを続けていた。
「ねぇ、前から気になってたんだけどさ」
私が続けようとすると、銀さんが「言うな」と首を横に振った。
けれど、神楽ちゃんがそれを無視して真実を告げる。
「あれ、新八を好きというよりも、新八の眼鏡を気にしてるだけにしか見えないネ」
あーあー、言っちゃったよ。
私も銀さんも見ないフリをしていたのに、神楽ちゃんがぶっ込んでしまった。
「新八君少し可哀想だね」
「そうやって人間は大人になって行くんだ。甘ったれたことを抜かすな」
私の言葉に、銀さんは世知辛い言葉を返す。
だが、そうやってふざけていられたのもそこまでだった。
「やめてください久兵衛さん」
「止めるな新八君、今コイツが何をしたのか分かってるのか」
抜け道として使った裏路地で、チンピラに絡まれる。
チビスケと揶揄された九ちゃんを庇おうと、新八君が間に入ったところで、男の一人が吐き捨てた唾がたまたま眼鏡にかかった。
それを見た瞬間、久ちゃんの表情が変わった。
腰の刀を抜き放つ。
迷いのない太刀筋が男たちを斬り裂く、その寸前だった。
新八君がとっさに腰へしがみついた。
そのため、振り下ろされた刃はわずかに軌道を逸れ、男たちの眼前を通り過ぎた。
「流石にやべえな。止めにいくぞ」
「ほいさ」
銀さんと神楽ちゃんが駆けていく。私も後を追う。
取り敢えず、銀さんがチンピラを木刀で殴り倒し、取り巻きを神楽ちゃんが沈める。
「銀さん」
「君たちは……」
突然現れた私たちに新八君は、だが、ほっとした表情を浮かべた。
「つけてたんですね……。でも、助かりました。ありがとうございます」
「つけてなんかいねぇよ。たまたまだ」
銀さんはバレバレの嘘を付くが、新八君にとってはどうでもいい話のようだ。
対して久ちゃんは敵意をこちらへ向ける。
「君たちも僕らの邪魔をするのか!」
久ちゃんは真剣を握り直す。
二人のデートに割って入った人間に見えている?
「てめぇらのことなんて知ったこっちゃねぇが、逢引の最中に血を流すなら
銀さんが倒れたチンピラを一瞥し、それから久ちゃんへ視線を戻す。
「今すぐその汚らわしい口を閉じろ。さもなくば……」
刀を構え、久ちゃんが一歩踏み込む。
「おいおい、こんな真っ昼間から
「関係ない。僕は新八君を護らなければならない。汚らわしい存在など新八君の前にあってはならないっ!」
言葉の途中で、刀が振り下ろされた。
「銀さん!」
銀さんは身体を捻ってかわす。
「いきなり斬りかかる奴があるかよ」
「皆、邪魔なんだ、僕はただ新八君と二人きりになりたいだけなのに……」
「目がイッてるぞ、やべぇな」
銀さんが抜いた木刀で二合目を弾き飛ばす。
久ちゃんは構えを崩さない。
「新八君には指一本触れさせない」
「いや、俺らは別にぱっつぁんに何かしようとしてねぇんだけど」
「黙れ。この薄汚いドブネズミが!」
話を聞く気もないようで、袈裟斬りからの燕返し、更に横薙ぎ。
防戦一方となりながらも、なんとか銀さんはその太刀を受け続けている。
「やめてください!」
新八君の声にも耳を貸さず、久ちゃんは銀さんへ向かって踏み込んだ。
「新八君を邪魔する奴らは全部排除して、完璧な世界で、二人っきりで汚れのない世界で」
「くそっ、やり辛れぇ」
銀さんは受けに回るが、神速と呼ばれる太刀に細かな傷を増やしていく。
「神楽ちゃん、ごめん。一瞬注意を引ける? その間に私が変灯機を使うから」
「任せるアル」
念のためと持ってきた機械に新八君の写真を入れ、出力を設定する。
斬り合いの合間に、綺麗に九ちゃんだけを狙えるか。
「こっちアル!」
神楽ちゃんが注意を引く。
その間にボタンに指をかけ、狙いをつける。
けれど、腰を落とし避けられる。
そのまま地を這うようにこちらに向かってくる。
早いっ!
再び狙いを定めようとするが間に合わない。九ちゃんが目の前まで迫った瞬間、咄嗟に鬼火のような炎を散らした。
顔を庇ったおかげで、刀の狙いがそれる。だが、その一閃は私が構えた変灯機を真っ二つにしていた。
「もう、うんざりだ。汚い世界も。そうやって僕らを引き裂こうとする世界も」
再び刀が振り上げられる。割り込み、銀さんが鍔迫る。
「やめて九ちゃん!!」
その時、聞き覚えのある声が響いた。
路地の奥から、お妙さんが出てくる。
その顔には、普段の穏やかな笑みはなかった。
「九ちゃん、やめて!」
久ちゃんの動きが止まる。
けれど、銀さんへ向けた刀は下がらない。
「姉上……」
「私も後をつけてきたの。新ちゃんと九ちゃんと付き合うことになったって聞いて。ここのところ様子もずっとおかしかったし」
お妙さんは息を整えながら、一歩ずつ近づいていく。
「もうやめましょうこんなことは」
「新八君の姉君でも、許さない」
低い声だった。
「僕らの邪魔をする者は許されない。例えそれが新八君の姉君であっても、それは同じだ!」
握られた刀に力がこもる。
「九ちゃん……」
「僕は新八君を護らなければならない。僕らの邪魔をするものから。新八君を傷付けるものから。だから――」
「私のことを忘れたの?」
お妙さんの言葉に、久ちゃんの眉がぴくりと動いた。
「私のことを忘れたの、九ちゃん」
「……」
「その左目も、その絆も、全部忘れてしまったの?」
左目。
その言葉を聞いた瞬間、久ちゃんの表情が強張った。
かつてお妙さんを庇い失った目。
「違う……」
「なら、思い出して」
「違う!」
久ちゃんが頭を振る。
「僕は……僕は新八君が好きなんだ。新八君を護る。新八君を傷付けるものは許さない。だから……だから、お妙ちゃんのことなんて――」
そこで言葉が途切れた。
新八君の姉君ではなく、ようやくお妙さんの名前を呼んだ。
「なんで……」
久ちゃんが頭を抱える。
「なんでだ……僕は……僕は……」
「久兵衛さん」
その隙を、新八君は見逃さなかった。
銀さんから離れ、久ちゃんへ駆け寄る。
「もう、わかったでしょう。刀、危ないですから、離してください」
新八君の手が、刀の柄へ伸びる。
指先が触れた。
その瞬間、久ちゃんの顔が歪んだ。
「僕に触るなぁあああああ!」
咆哮とともに新八君の腕を掴む。
「うわっ!」
そのまま新八君の身体が宙に浮き、投げ飛ばされた。
派手な音をたてて、止めてあった自転車をなぎ倒す。
「いてててっ」
「新ちゃん!」
お妙さんが叫ぶ。
久ちゃんは振り抜いた自分の腕を見つめていた。
そして、ゆっくりと新八君へ視線を向ける。
「僕は……」
倒れている新八君と、涙を浮かべるお妙さんに挟まれ、九ちゃんは苦悩していた。
刀を握る手が震え始める。
「僕は、何をやっていたんだ……」
刀が、手から滑り落ち、乾いた音が路地に響く。
新八君が身体を押さえながら立ち上がる。
投げ飛ばされた痛みよりも、目の前にいる久ちゃんの方が気になっているようだった。
九ちゃんは、自分の手を見る。新八君を投げ飛ばした手だ。
「僕は……新八君を護るはずだった」
ぽつりと呟く。
「傷つける奴から護るはずだったのに……」
そこで顔を上げる。
「僕自身が……」
言葉が続かない。
新八君はしばらく久ちゃんを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「久兵衛さん」
「……すまない」
「そんな顔しないでください」
久ちゃんの瞳が揺れる。
「僕は確かに、あなたと付き合うって決めました」
「……」
「だから、やっぱり貴方には笑っていて欲しいんです」
その言葉に、久ちゃんの唇がわずかに震えた。
「許してくれるのか……こんな酷いことをした僕を」
「許すもなにもありません。貴方は僕を護ろうとした。ただそれだけじゃないですか」
「護ろうと……けれど、結果として君を傷付けてしまった」
「間違いなんて誰にでもあるものですよ」
九ちゃんは新八君の言葉に視線を落とし、やがてお妙さんを振り返る。
「お妙ちゃん……」
「うん」
「僕は……君のことを忘れようとしていた。矛盾する想いに耐えきれず、君を」
「いいのよ」
「許さないでくれ」
「いいのよ、九ちゃん。そんなの、どうだっていいわ。私は貴方が幸せでいてくれたらそれでいいの」
「ありがとう」
お妙さんは少しだけ困ったように笑った。
久ちゃんは俯く。
その言葉を聞いて、銀さんが頭を掻いた。
「ったく……」
木刀を腰に差し、よろめく新八君に手を貸す。
「随分と派手にふっとばされたな。新八」
「はい」
「怪我は?」
「大丈夫です」
少し情けない顔をして新八君は笑う。
九ちゃんは足元に落ちた刀を拾い上げ鞘に収める。
そして、銀さんに頭を下げた。
「……すまない。僕は、本来向けるべきでない刀を向けてしまった」
「気にしちゃいねぇよ。それだけテメェが真剣だったってことだろ。だったら、そこから先は自分で考えろ。誰を好きなのかも、どうしたいのかもな」
久ちゃんが顔を上げる。
新八君が銀さんを見上げ、物珍しそうな顔をしていた。
「なに見てんだ。俺だってたまには真面目なこと言うんだよ」
「違いますよ。他人事なら好いた惚れたを扱えるんですねと、感心したんです」
「給料減らすぞ」
「減らす給料、貰ったことないんですけど」
いつもの調子が戻る。
けれど、久ちゃんはまだ顔を曇らせていた。
「……僕は」
ゆっくりと刀から離れる。
「僕は、何を見ていたんだろうな」
その問いに、誰もすぐには答えなかった。
白い花びらが、路地の入口から一枚だけ風に乗って入り込んでくる。
それは久ちゃんの足元に落ちた。