征途日本召喚   作:猫戦車

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独立愚連艦隊

 第一次新世界大戦における船団護衛の代表例として挙げられる一連の戦闘、そこには数多くの思惑、計略が入り乱れ、誰もが思い描いたことのない結末を辿った。

 

 ある意味で悲劇的、または喜劇的な運命を辿った者、これから示すのはその一例に過ぎない。

 

 

 

 

第一文明圏 ムー大陸より東に2000キロ地点 USS 〈キラー・ホエール〉

中央暦1642年/西暦2023年 5月30日

 

 合衆国海軍シーウルフ級攻撃型反応動力潜水艦(SSN)〈キラー・ホエール〉は、この世界に転移して初の戦闘航海(コンバット・クルーズ)を行っていた。

 

 彼女が現在航行しているのは、第一文明圏とムーを含む第二文明圏の境目から少し過ぎたところであり、そこは既に潜水艦の航行に適する深度を確保できるとされていた。

 

 〈キラー・ホエール〉の付近にはもう一隻、海上自衛隊初の反応動力潜である〈たいげい〉が存在している。目的は一つ、グラ・バルカス帝国の反応弾施設の破壊である。

 

 彼女達が搭載しているトマホーク巡航ミサイルによって、対グラ・バルカス戦における最大の障壁を取り除こうというのだ。

 

だが、〈キラー・ホエール〉艦長ラニー・ブレイン中佐は当初、自らの艦に割り当てられた任務に対して快くは思っていなかった。

 

 〈キラー・ホエール〉本来の任務とは、敵反応動力潜の追尾、排除に加え、対艦ミサイルと魚雷による水上艦への攻撃だったからだ。

 

 本来ならば、このような任務に〈キラー・ホエール〉が投入されることはまずない。

 

 それに、ブレイン中佐の〈キラー・ホエール〉はベストな機材とは言えない。

 

 近年になって垂直誘導弾発射システム(VLS)の搭載改修を受けた〈たいげい〉はともかく、トマホークの運用こそ可能ではあるが、彼女はあくまで純然たる攻撃型反応動力潜水艦である。

 

 合衆国海軍創設以来の悪夢となった統一戦争。

 

 その直後に進められた戦力回復の一環として追加建造が認められたシーウルフ級である彼女が、以上の点を踏まえてもなお反応弾施設攻撃に駆り出されたのは、現在の日本が投入可能な反応動力潜水艦が圧倒的なまでに不足していたのが理由だった。

 

 日本が反応動力潜水艦(SSN)の配備の方針を固めたのは統一戦争の頃まで遡る。

 

 同戦争において赤い日本が配備していた多数の反応動力潜水艦は、その趨勢を左右するほどに猛威を奮った。

 

 〈真岡〉を筆頭とした八月十五日級による反応弾攻撃により合衆国軍部隊は壊滅したし、海上自衛隊もまた、〈やまと〉や〈しょうかく〉を筆頭に反応動力潜水艦による雷撃を受けていた。

 

 幸いにして両艦とも撃沈を免れたものの、これだけの成果を挙げた反応動力潜水艦の対応策について、海上自衛隊は従来の方策以上のものを用意する必要に迫られた。

 

 豊原政権崩壊と同時に降伏した〈真岡〉の解析を鏑矢にした反応動力潜水艦研究が開始されたのもこの時期からだった。

 

 様々な技術的、政治的制約の中進められた研究の成果は、2018年に進水を果たした〈たいげい〉級反応動力潜水艦に現れていた。

 

 本級は、〈おやしお〉級と次級の〈うずしお〉級といった以前の海自通常動力型潜水艦で培われた経験を活かし、敵反応動力潜水艦から航空護衛艦含む水上艦を護衛するのに必要な性能を有していた。

 

 おおよそ優秀な攻撃型反応動力潜水艦と言ってよかった。

 

 しかし、ここにきて海上自衛隊の方針に変化が見られるようになった。

 

 極超音速滑空体を始めとするスタンド・オフ兵器の発展を鑑みて、〈たいげい〉を始めとする反応動力潜水艦に長距離巡航ミサイルを搭載する事が決定されたのだ。

 

 現在4隻が就役済みの〈たいげい〉級のうち、完全な巡航ミサイル運用能力を有しているのは〈たいげい〉のみだった。

 

 他の艦は船体に20セルの垂直発射システムを埋め込むための改修中か、もしくは慣熟航海の最中であり、実戦に投入できる状態では無かった。

 

 この不足を補うため、日本は在日合衆国海軍へと協力を仰ぐ必要があった。これらの事情により、〈キラー・ホエール〉が駆り出されることとなったのだ。

 

 ブレイン中佐は手元の腕時計を確認した。予定であれば、もう10分もすれば本国からの衛星通信が行われる筈だった。それを探知するには、一度艦を浮上させねばならない。

 

「浮上準備」

 

「サー、艦長」

 

 彼は命じた。各部からの報告が響き、直ちに浮上用意よしの報告が上がる。

 

「時間だ。浮上せよ」

 

 たちまち〈キラー・ホエール〉は海面へと浮かび上がった。哨戒長が潜望鏡にて艦体の浮上を確認したのち、通信員を艦橋へと向かわせた。

 

「艦長、横田からの通信です」

 

 数分も経たずに艦橋から戻った通信員が言った。

 

「言ってみろ」

 

「サー。本日1800より、本艦はムー方面へと転進、同海域にてミリシアル方面に退避中のムー国船団を援護せよとのことです」

 

「援護?」

 

 ブレインは訝しげに尋ねた。

 

「ええと、民間人の退避のためにムーから支援要請があったそうで、それで一番近い本艦に命令が……」

 

「分かった。ありがとう」

 

 ブレインは納得したように見せた。

 

 民間人を乗せた避難船団の護衛に関して、ムー国臨時政府は日本政府に対しても救援要請を出していた。現状の戦力では充分な避難民を他文明圏へ疎開させるのは困難……そう考えたのだ。

 

 避難船団の援護か、ブレインは笑みを浮かべた。

 

 まあ悪い任務ではない。民間人を守るために戦えるのは軍人にとって幸福なことだろう。

 

 なにより、この〈キラー・ホエール〉にトマホークの運搬じみた任務は似合わない。

 

 こいつは世界最強の反応動力潜水艦だぞ。

 

 そこまで思考を巡らせたのち、彼はある事実に気が付いた。

 

 全く皮肉なことに、彼の祖父ロディ・ブレインは同じサブマリナーであり、乗っていた艦も同じ〈キラー・ホエール〉という名前だった。

 

 そして祖父が最後に行った戦闘航海(コンバット・クルーズ)で……彼と〈キラー・ホエール〉は日本の疎開船を撃沈していたのだ。

 

 あの信心深かった祖父、毎日のように神に告解するかのような祈りを支えていた祖父が、自分が海軍兵学校(アナポリス)への進学が決まった夜に、悲しそうにこの出来事を話していたのをブレインは思い出した。

 

 ブレインは思った。なんとまあ運命的なもんだ。俺も爺さんも同じ潜水艦乗り、同じ名の船。

 そして、俺たちは今、女子供を満載した船を狙う敵艦を狩ろうとしている。

 

 なあ神様、これもあんたの思し召しなのか?俺と〈キラー・ホエール〉に80年前の贖罪をしろと言っているのか?

 

 そうだとしたら、俺に出来ることなど一つしかない。ひたすらに任務を全うすること、それだけだ。それ以上に示さなければならないものなど存在しないだろう。

 

 彼はある決意を固めた。奇しくも、それは80年前の祖父が抱いていたものと同じものだった。

 

 まず第一に合衆国軍人であること。それこそが、ブレインにとってなによりも重視するべきものだったのだ。

 

 

ーーーーーーーーー

 

ムー大陸沿岸部 グラ・バルカス帝国 戦艦〈メイサ〉艦橋

中央暦1642年/西暦2023年 6月2日

 

 グラ・バルカス人が全世界に対して無謀とも思える戦争を仕掛けた約一月後、オリオン級戦艦〈メイサ〉はムー国の沿岸海域にいた。

 

 彼女を筆頭として単縦陣を組んだ艦艇の群れ……グラ・バルカス帝国海軍第52地方艦隊が、陸軍部隊の進路上にある沿岸部の都市に対して艦砲射撃を実施するために展開していたのだ。

 

 爆炎、そして砲声。少し間を空けて陸地に閃光。

 

 〈メイサ〉の36センチ砲から駆逐艦の主砲に至る砲門が地上へと指向され、無抵抗の市街地へと次々と砲弾を送り込む。

 

 無数の爆炎の下には、まともな避難勧告すら送られないまま海からの猛射に晒される民間人が多数いた。

 

「15射目、間も無く着弾します」

 

「了解。次で最後だな」

 

 艦橋にて着弾観測を行っていた士官の1人が言った。直後に窓に映る爆煙。それがもたらす衝撃を体で感じながら、オリオン級戦艦〈メイサ〉艦長オスニエルは憂鬱な気分になった。

 

 結局、異世界に行こうがやる事は変わらんのか。

 

 彼ら第52地方艦隊、通称イシュタムは、グラ・バルカス帝国が植民地警護……実際には植民地反乱の鎮圧、またはその気力を削ぐことを目的に編成された艦隊だった。

 

 そうは言っても、実際に行う任務内容は酷く単純だ。反乱を起こした都市の沖合に進出し、市民諸共艦砲射撃か空母艦載機による空爆で吹き飛ばす。それだけだ。

 

 これらの任務を達成するための都合上、イシュタム艦隊には相当数の艦艇が与えられている。

 

 グラ・バルカス海軍艦艇の中では古株ながらも強力なオリオン級戦艦の〈メイサ〉、帝国主力空母であるペガサス級航空母艦の〈シェアト〉を中核に戦艦、正規空母、軽空母一隻、重巡洋艦、軽巡洋艦がそれぞれ3隻、駆逐艦12隻という分厚い陣容を揃えていた。

 

 空母艦載機に関しては一線級とは言い難いものの、依然として協力なアンタレス戦闘機とリゲル艦上攻撃機を多数装備している。

 

 弱体なムー海軍が勝てる相手ではない……少なくとも、グラ・バルカス海軍はそう考えていた。

 

 話を戻すが、転移によって無数の植民地を喪失した後でも彼らの任務は変わらなかった。むしろ、手持ち無沙汰になった事により追加の任務……通商破壊までもを押し付けられる形になっていた。

 

 任務そのものに不満はない。オスニエルもまた、弱者を甚振ることを至上とするイシュタム艦隊の例に漏れない加虐性愛者(サディスト)であり、自らの攻撃で民間人がいくら死のうが、微塵も気に留めようとは思わなかった。

 

 では、何が憂鬱なのか。

 

 自らが捨て駒として扱われている自覚があったからだ。

 

 もとより、イシュタム艦隊は軍内部で忌避されている節があった。

 

 民間人の区別なく反乱を鎮圧するイシュタムの姿勢には国内外から非難する声はあったし、海軍の良識ある(少なくとも、彼らはそう自負している)一派など、海軍の名誉を穢す存在として即時の解散を要求している程だった。

 

 海軍の最底辺、それがイシュタムの(様々な機関からの)評価だった。

 

 それに加え、カルトアルパスでの惨敗後に振られた今回の任務、暗に死ねと言っているのに等しかった。

 

 正直、オスニエルはイシュタム艦隊に居ることに疲れていた。いくら加虐趣味があると言えど、名誉など望むべくもない場所に身を置き続けて平然としていられるほどではなかった。

 

 まともな任務を割り振らないくせに、忠実に職務をこなしても蔑みしか返してこない上層部に対する失望もあった。

 

 オスニエルがそう考えてる時、突如、艦橋に右舷側から連続した破裂音が響いた。

 

 何が起きたかと窓から見れば、最近になって増設された連装40ミリ機銃のうち1基が、勝手に射撃を行なっていたのだ。

 

「馬鹿、何をしている」

 

オスニエルはスピーカーのスイッチを押して怒鳴った。すぐに担当の士官が艦橋に上がってきた。

 

「どういったつもりだ。少なくとも、俺は対空銃座に射撃許可なんぞ出しておらん」

 

「艦長、申し訳……」

 

「どうして撃ったのだ?」

 

 オスニエルは尋ねた。

 

「砲員が退屈のあまり、突然に」

 

 恥じ入った様子でその士官は答えた。

 

「怠慢だな」

 

 嘆息する様にオスニエルは答えた。イシュタム艦隊は元々練度の高い部隊ではない。補充される人員は人格破綻者か、もしくは他の艦で問題を起こした連中に限られる。

 

 加えて、転移後にその必要性の薄れたイシュタム艦隊への予算が減らされた結果、本当に海兵団を出たのかと言いたくなる様な質の海兵で溢れていたのだ。

 

「まあ、いいじゃないですか」

 

 彼の背後から声が掛かった。艦隊司令のメイナードからだった。病人のような青白い顔をした男で、イシュタムの別名である〈死神〉を彷彿とさせるような人間である。

 

 彼はこともなさげに言った。

 

「我々イシュタムはこうでなければ。このくらいの気概が無いと、原住民共を抑えることなどできませんよ」

 

「そうですか」

 

 オスニエルは答えた。

 

「それで、司令はどうして艦橋に?先程まで司令室にいたのでは」

 

「少し、貴官に伝えねばならないことがありましてね」

 

 メイナードは言った。

 

「マイカル沖を航行していた潜水艦から連絡が入りました。大規模な輸送船団が一つ、この大陸から脱出しようとしていると」

 

「本当なのですか?」

 

「ええ、格好の獲物です。少なくとも輸送船が40隻、護衛艦艇も含めて50隻強。オスニエル艦長、君にとっては取るに足らない相手でしょう?」

 

「そうですが」

 

 オスニエルは答えた。

 

「小官には少し気掛かりがあります。この時期にこれだけ大規模な船団、何らかの意図を感じざるを得ません」

 

「もしかしたら、民間人でも乗せているのかもしれませんね」

 

 メイナードは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「そうだ、どうせならもっと面白い方法で仕留めるのはどうでしょう?この〈メイサ〉と航空隊で、味方の潜水艦が展開している海域まで追い立ててやればいいのです。相手は対潜装備の概念すら無い劣等種、面白い事になりますよ」

 

 現在、ムー沖合に進出しているグラ・バルカス海軍部隊はイシュタムのみではなかった。先のカルトアルパスの戦闘で生き残ったシータス級潜水艦が8隻、海上封鎖を目的に展開していたのだ。

 

 この潜水艦は現在、不幸にもイシュタムの指揮下に存在する。東部方面艦隊が指揮機能を喪失した東征艦隊から移行したのだ。

 

 彼らはミリシアル相手に勇敢に戦ったが、日本相手に一戦も交えることなく退却したこともあってか、このような任務を押し付けられたのだ。

 

 この男が言うように上手くいくのか、オスニエルは疑念を拭えないでいた。

 

 先のカルトアルパスでの敗北は記憶に新しいし、先程の件もあるように、現在のイシュタム艦隊の練度は低下の一途を辿っている。

 

 なにより、オスニエルはこの恐ろしき司令を信用していなかった。

 

 彼の加虐趣味はオスニエルすら嘆息させるものがあったし、時にそれを合理性より優先させる節があった(現在の艦砲射撃だって、メイナードが陸軍に申し出る形で行ったものだった)。

 

 オスニエルの予感は、彼が予想するよりも早い段階で訪れた。船団の発見をした潜水艦が一隻、その報告の後に完全に消息を絶ったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 同日 マイカル沖合

 

 避難民を満載した船団が出港を開始したのはこの日の午前5時からだった。

 

 〈ラ・カサミ〉改が先陣を切る形で出港した船団は、送れて出てきた輸送船の群れと合流し、自らに守り従う牧羊犬(シープドッグ)と汽笛による挨拶を交わした。

 

 船団航行が開始されたのはこの日の正午。洋上は晴れ渡っていたが、波頭は白く砕けている。

 

 最初の関門は3時間後に訪れた。先頭を航行中の〈ラ・カサミ〉改が不審な音紋を探知したのだ。

 

「不明音一つ、左8度、距離不明」

 

「潜水艦か?」

 

「おそらく、そうと思われます」

 

 新たに増設された水測室、そこからの報告を聞いたミニラルの背筋に冷や汗が走った。彼は、艦橋と一体化する形で増築された戦闘指揮所内にいた。

 

 本来ならばヴァイタル・パート内に設置されて然るべき場所なのだが、あまりにも短い改装期間がそれを許さなかった。

 

「総員配置につけ。各艦に発光信号で伝達」

 

 彼は艦内電話で命じた。すぐに警報が鳴り響く。総員配置につけ。

 

 あちらこちらでラッタルを駆け降りる音、未だ慣れないままの水兵を怒鳴りつける下士官の声が響く中、ミニラルは現状への対処法を考えていた。

 

 船団の対潜装備は少ない。

 

 まともなソーナーと短魚雷を装備している〈ラ・カサミ〉改を除けば、護衛艦艇の半数に装備されているソーナーは民生品の改造だった。

 

 対潜兵器に至っては骨董品もいいところの71式ヴォホース・ロケットランチャーが備え付けられていた。

 

 本来は短魚雷発射管を搭載する予定だったのだが、急な改装で対潜システムへの接続が上手くいかず、仕方なく対潜迫撃砲の搭載となったのだ。

 

 無論、これでもグラ・バルカスの潜水艦相手ならどうにかなる。

 

 だが現在は出港したばかりであり、この先の道程は果てしなく長い。貴重な短魚雷を使用すべきか、ミニラルは悩んでいたのだ。

 

 ならば、どうすればいい?

 

 ミニラルは通信員に命じた。

 

「すまん。〈ラ・トウエン〉に通信を繋いでくれ」

 

「〈ラ・トウエン〉にですか?」

 

 通信員は尋ねた。

 

「ああ、対潜哨戒機を上げてもらう。本艦のソーナーの情報を基に、爆雷を落としてもらおう」

 

 通信員は即座に〈ラ・トウエン〉へと連絡を入れた。既に発艦準備を整えていた機体が飛び立ったのは、それから10分後の事だった。

 

 

 

15分後

 

 〈ラ・トウエン〉から飛び立った対潜哨戒機……マリン艦上戦闘機に戦闘爆撃機としての改装を施した、通称ボム・マリンが5機、高度800メートルで不明音が確認された地点へ向かっていた。

 

 そのうちの1機は他の機と違い、胴体下のパイロンに爆雷ではなく、突き出した瘤のような形のレドームを備えている。

 

 これはムーが独自開発した試作品の対潜水艦用レーダーであり、潜望鏡やシュノーケルを突き出した潜水艦を探知するには十分な性能があった。

 

「こちらドッグ1、目標地点に到達した」

 

 その特異なマリン戦闘機、呼出符牒ドッグ1の操縦席の操縦席に乗った男が母艦へと連絡を入れた。未だ海面に潜水艦は見えない。

 

「えーと、飛行長」

 

 後部座席から声が響いた。後ろでレーダーの管制を行なっている観測員だった。

 

「まだレーダーにはなんも映りません。感なしです。奴さん、まだ潜ったみたいです」

 

「まじかぁ」

 

 飛行長は項垂れるように言った。これでは、対潜爆雷を打ち込みようがない。

 

 そのまま旋回しているうちに、今度は〈ラ・カサミ〉から連絡が入った。

 

どうやら、敵潜水艦の正確な位置が分かったらしい。即座にドッグ1から指示を受けたドッグ3……ボム・マリンのうち1機が緩降下を実施した。発煙弾を打ち込む。

 

「ドッグ3、見事」

 

飛行長は伝えた。

 

「じゃあ、発煙弾の位置を基準にして、そっから東に150。一撃一投弾でよろしく」

 

 ボム・マリンは再び降下した。胴体下から1発の爆雷が放たれる。

 

既に対潜兵器として地球では廃れて等しい航空爆雷だったが、あくまで第二次世界大戦期の可潜艦の域を出ないグラ・バルカス海軍相手には有効だった。

 

 爆発、そして見事なまでの水中爆発。よく見ると、海面に油らしきものが浮かび始めているのが見えた。

 

「どうやら、撃沈できたみたいだね」

 

 随分とあっさりした感想を飛行長は口にした。

 

「自分たち、本当にいるんすかね?」

 

 観測員が疑問を口にした。ある意味で当然な疑問だった。

 

 なぜなら、先程の潜水艦を完全に探知したのは〈ラ・カサミ〉改であり、この機体がやったことなど、通信の中継に過ぎなかったからだ。

 

「うーん」

 

 後部座席からの問いに飛行長は唸った。少し間をおいてこう返す。

 

「まあ、このボム・マリン自体があれなんだ。仕方ないさ」

 

 ボム・マリンは、戦前のムー海軍が急降下爆撃の可能な高速機として、既存のマリン戦闘機を改造する形で開発した試験機だった。

 

 当時としては早いマリン戦闘機の速度をそのまま、従来の水平爆撃よりも高い命中率を期待できる急降下爆撃を付与することで航空母艦の戦術的価値を高めようという野心的な計画だったが、結論から言えばこの計画は失敗した。

 

 何故なら、急降下爆撃を行うのに必要な機体の堅牢さを確保した場合、必然的に機体重量は重くなり……その分、速度は鈍くなるからだ。

 

 強力なエンジンでもあれば別なのだが、不幸なことに当時のムーにはマリンに搭載されているもの以上のエンジンは存在せず、のちにマリンⅡ用に用意された新型エンジンも、生産の都合上搭載されることはなかった。

 

 結果、ボム・マリンは戦闘機としても爆撃機としても中途半端な機体として仕上がった。

 

 幾つかの機体が対潜戦闘用に改造されたのも、ボム・マリンが好きにいじくり回していい機体とみなされていただけだったからだ。

 

 ドッグ1の機体である対潜哨戒型はもっと酷かった。胴体部に搭載されたレーダーの重量が、その操縦性を著しく悪化させていたのだ。

 

 また、技術的課題から本来搭載されるべき磁気探知機が未搭載であり、十分な対潜戦闘が可能とは言えない状態だったのもまずかった。

 

 ムー海軍があまりにも対潜戦闘に疎かったために、仕方なく空母に搭載されている機体なのである。

 

「どうせなら、この機体で思いきり急降下できたら気持ちがいいんでしょうね」

 

 観測員が叶わぬものをいうように呟いた。実際のところ、彼らはこの機体と試験機時代からの長い付き合いであり、そのような芸当は不可能なことを熟知していた。

 

 階級の離れた者同士がこのような愚痴を言い合うこと自体、実験部隊に配属されて以降に培われた2人の信頼がなければできないことだった。

 

 ある意味、一蓮托生の機内の関係では理想的とも言えるかもしれない。

 

 飛行長は操縦桿を操った。ゆっくりと旋回。そのままUターンし、母艦へと戻るのだ。

 

 決して英雄的な情景ではなかった。本人達もそのつもりだった。2人は、この後の戦闘でも大した活躍はしないと高を括っていた。

 

 しかし、この航海で彼らは英雄となる定めを与えられていた。




キラー・ホエール→シーウルフ級の4番艦。名前の由来は征途一巻に登場するガトー級潜水艦〈キラー・ホエール〉。
 
たいげい級反応動力潜水艦→征途世界の日本が初めて建造した反応動力潜水艦。外見はロサンゼルス級原子力潜水艦並みに大きくなったたいげい型潜水艦。現在4番艦までが就役中。

うずしお級潜水艦→史実のそうりゅう型潜水艦。

オスニエル→原作と違って色々と嫌気がさしている。

ボム・マリン→ムー海軍がマリンを改造して作った戦闘爆撃機。何もかもが中途半端。
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