ヴィシア戦記 鬼神と呼ばれた男   作:kiakia

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第十四話 歩み寄り

 

 

 

 

 海面を焦がす熱風と、重厚な硝煙の匂いが海原を支配する波を蹴立てて展開する敵艦隊は、まさに隙のない精鋭そのものだ。幾重にも重なる重厚な陣形、寸分の狂いもなく交差する対空陣地と主砲の射線。量産艦の密集陣形を盾にしつつ、陣形の奥からkansenたちが放つ砲火は、海面を絶え間なく爆炎で覆い尽くしている。

 

 

 

 並の艦隊であれば、その圧倒的な密度の弾幕を前に接近すら叶わず、一瞬で海の藻屑と消されていたはずだった。だが、その破砕の嵐を切り裂いて進む一筋の影があった。

 

 

 

 ――ガスコーニュ。

 

 

 

 彼女の眼前に広がる世界は、肉眼のそれとは大きく異なっていた。彼女にとっては敵艦の速度、風速、波高、主砲の旋回角、さらには弾丸の飛翔予測線までもが瞬時に数値化され、青い光の列となって流れていく。

 

 

 

『北西の敵第二列、機関部へ向けて主砲三斉射。精度を最優先だ』

 

 

 

 耳奥に埋め込まれた通信機から、指揮官の声が響く。一切の揺らぎも迷いもない、その指示は図らずもガスコーニュが脳内で導きだした最適解の更に上をいく。

 

 

「了解。目標確認、戦術コマンド確認――射撃シークエンス移行」

 

 

 感情を削ぎ落とされた平坦な声とともに、ガスコーニュの艤装が重々しく駆動した。敵精鋭艦隊が放った重砲弾が、彼女のわずか数メートル横の海面を穿ち、巨大な水柱を打ち立てる。

 

 

 激しい水沫が視界を奪おうとも、彼女の黄金の瞳は揺るがない。まばたき一つせず、敵が完璧な連携で敷いた防衛線の僅かな隙を弾道予測線で捉え切っていた。

 

 

 ドォン――ッ!

 

 

 背後の主砲が一閃する。空気を引き裂く咆哮とともに放たれた大口径砲弾は、正確無比な放物線を描き、迫り来る敵量産艦の装甲の最も薄い部位へと吸い込まれた。直後、内部の弾薬庫に引火した激しい大爆発が巻き起こり、巨大な鉄の塊が一瞬にして炎の渦へと呑み込まれていく。

 

 

 

 残された敵kansenが即座に陣形を組み直し、完璧なタイミングで挟撃の魚雷線を展開する。洗練された回避不能の交差点。しかし、ガスコーニュは脚部の高出力ブースターを一瞬だけ点火し、あざ笑うような鋭角の横滑りでその間隙をすり抜けた。

 

 

 

 

『敵旗艦の左舷の装甲を狙え。ガスコーニュ、そのまま抑え込め』

 

 

 

「了解。敵旗艦への制圧射撃を実行」

 

 

 

 

 ガスコーニュは連続して砲火を叩き込む。相手が死力を尽くして放つ反撃の弾幕すらも、最小限の体さばきと弾幕で完封し、ただ淡々と、機械的に敵の戦力を無力化していく。

 

 

 精鋭たちの必死の抵抗は、彼女という切り札の前では単なる処理すべきデータの一群に過ぎなかった。精密機械が部品を組み上げるような効率さで敵の艦列が次々と炎上し、沈黙していく。

 

 

 そして、崩壊の序曲は今始まる。完全に陣形を破壊され、退路を断たれた敵の旗艦。その懐深くへと、一筋の紅蓮の光線が海面を滑るように乱入した。

 

 

 

「これで……これで、終わりです!!」

 

 

 

 戦場に響き渡ったのは、マルスの叫びだった。ガスコーニュと指揮官が作り出した絶好の死角。そこへ超高速で滑り込んだマルスは、手に保持した武装から至近距離で魚雷を一斉に解き放つ。

 

 

 白波を立てて突き進む複数の魚雷が、敵旗艦の水線下へ容赦なく突き刺さる。

 

 

 

 命中。そして轟音。

 

 

 海原を激震させる凄まじい大爆発。水柱と黒煙が天を突き、敵旗艦の艤装から全ての光が消え去ると同時に、その巨大な船体はゆっくりと海傾していった。

 

 

 

 

 ……静寂が、訪れる。

 

 

 

 

 

「ふぅ……! 大成功、ですね指揮官! ガスコーニュさんとの連携も完璧でした!」

 

 

 

 

 槍を納め、額の汗を拭いながら満面の笑みで駆け寄ってくるマルス。その姿を横目に、ガスコーニュはゆっくりと主砲を下ろし、喉元から感情を一切感じさせない声音で口を開く。

 

 

 

「演習終了。データ収集完了――主(メートル)、次の命令を」

 

 

 一切の乱れもない足取りで静止する彼女の背後には、ただ青く平穏なヴィシアの海が広がっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手元の書類に視線を落としながら、ラ・ガリソニエールは大きな溜め息とともに、緊張感のない声を吐き出した。

 

 

 

「あーもう、勝てないなぁ!」

 

 

 

 書類を片手に持ち、パイプ椅子に背もたれ深く預けながら、彼女は呆れたように肩をすくめていた。今回の模擬戦において、敵陣営の指揮官役を務めていたのが彼女だ。

 

 

 クレマンソー率いる暗部組織審判廷に所属する彼女は、その飄々とした軽薄な言動とは裏腹に、鋭い洞察力と確かな戦術眼を持ち合わせている。

 

 

 

 審判廷のトップであるクレマンソーからも深く信頼されており、裏の仕事から今回のような秘匿演習の相手役に至るまで、重要な局面で重用されている実力者だった。

 

 

 

 だが、結果はご覧の通りの惨敗である。

 

 

 

「前回の模擬戦を覚えてる? こっちが動く前に、そっちがいきなりジャン・バールに長距離狙撃を命じて旗艦をぶち抜くなんて無茶な案を出したせいで、戦術も何もなく演習自体が台無しになったじゃない」

 

 

 ガリソニエールは白けたような、苦笑いを浮かべながら、手にした演習結果の書類をパサリとデスクに放り投げた。

 

 

「だから今回はさ、審判廷の面目にかけても『ちゃんとしたルール』を設定して、正面から精鋭とそっちを上回る数で陣形を組んで挑んだんだよ? 奇策も長距離狙撃もなし、純粋な戦力と指揮のぶつかり合い。……それなのに、蓋を開けてみればあのザマかぁ…」

 

 

 

 彼女はため息まじりにデスクの上の書類を見やった。そこには、先ほどまで彼女が指揮していた防衛線が、跡形もなく崩壊した記録が冷たく記載されている。

 

 

 

「しかもさ、そっちはローンもジャン・バールも動かしてないじゃん。完全に手を抜かれて完敗とか、ちょってヘコむんだけど……あたしも、指揮の勉強やり直そうかな」

 

 

 心底呆れたように吐き捨てたガリソニエール。彼女とてバトルマニアではあるものの、それ相応の努力をしてきたつもりではあるし、自身が負ける事は笑い事ではないと自覚している。

 

 

 今回の演習はある意味クレマンソーの顔に泥を塗ったのだ。勝たねばならぬ時に勝てなかったと、悔しさを滲ませるガリソニエールに対して、デスクの向こうの指揮官は表情一つ変えず、ポツリと言葉を返した。

 

 

 

「手を抜いてなどいない」

 

 

「……は?」

 

 

「ジャンには、マルスの突撃が失敗した場合の即時脱出ルート確保と援護射撃を命じていた。ローンは状況が瓦解した際の予備戦力として待機させていただけだ」

 

 

 

 淡々と事実だけを並べ立てる指揮官の言葉を聞いて、ガリソニエールは一瞬口を半開きのまま固まり――それから大きな溜め息と共に、机の上に思いきり突っ伏した。

 

 

 

「……あー、なるほどね。手を抜かれたわけじゃなくて、そっちが本気を出す前にあたしらが崩壊して負けたってワケだ。余計に酷いじゃん」

 

 

 

 机に突っ伏したまま、ガリソニエールはくぐもった声でぼやきを続ける。

 

 

 

 以前はあまりの空気の読めなさにガリソニエールがフォローしなければいけなかったが、今回は完全に力を見せつけられた形となる。いくら最新鋭の特別計画艦であるガスコーニュが指揮官直属になっているとはいえ、事実上だった二人に艦隊をズタズタにされたという事実は変わらない。

 

 

 

 イーブンではない。三倍以上の戦力を保持した上での敗北はもはや書類やデータの上では計り知れない、指揮官の指揮能力の高さを裏付けると同時に、生半可な戦力では彼らに最早立ち向かえないという事実を物語る。

 

 

 

「正直さ、同数プラス量産艦程度の有利じゃ、もうあんたの部隊には勝てないよ。いっそ次はさぁ、あんたの直属艦隊 vs その他全てくらい無茶な条件にした方が、ちゃんとした演習になるんじゃない?」

 

 

 

 半ばヤケクソの冗談として口にした言葉だった。だが、指揮官は手元の書類を整理しながら、ごく自然な調子で呟いた。

 

 

「……それもそうか」

 

 

「ちょっと待って、そこは普通『無茶言うな』とかツッコむとこでしょ!? 本気で検討しそうな勢みなの、地味にムカつくんだけど!?」

 

 

 

 突っ伏していた顔をバッと跳ね上げ、ガリソニエールは眉をひそめて指揮官を睨みつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルセルケビールの海戦が終わってから、一ヶ月以上の時が流れていた。あれほどの激闘が繰り広げられたのが嘘であったかのように、現在、レッドアクシズとアズールレーンを隔てる戦線は、不自然なほどの静寂に包まれている。

 

 

 

 

 だが、その沈黙の理由は火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

 

 大規模攻勢へと打って出たはずのロイヤルネイビーは、その代償としてあまりにも致命的な痛手を負った。亡命軍の指導者であるリシュリューを捕縛されただけでなく、戦場へと投入した派遣戦力の実に9割を戦闘不能へと追い込まれたのだ。

 

 

 

 

 さらに、彼女たちが誇る切り札――特別計画艦モナークまでもが、この海原で戦死を遂げた。

 

 

 

 

 誰がどう見ても、ぐうの音も出ないほどの大失敗。

 

 

 

 

 この惨劇を受け、ロイヤル本国ではクイーン・エリザベスが凄まじい対応に追われていることだろう。敗戦による国内外への言い訳や過剰なまでのプロパガンダ、壊滅した部隊の再編、そして何より急落した威信を取り戻すための説得工作。

 

 

 

 

 

 物理的にも政治的にも、アズールレーン側、いやロイヤル側は現在もはや新たな行動を起こすだけの余裕など残されていなかった。

 

 

 

 

 そして――何より重く重く伸しかかっているのは、「ヴィシアの防衛に鉄血が派遣されていた」という厳然たる事実だ。

 

 

 

 ヴィシアを単独で切り崩す目論見は完全に潰え、背後に潜む鉄血という巨人の存在が浮き彫りになった以上、ロイヤルもこれ以降の戦略には慎重の上に慎重を重ねざるを得ない。

 

 

 

 

 まるで爆発の直前のような静けさ。彼らは知る良しもないのだが「本来の歴史において」、または「特殊な状況下で」起きたはずの数多くの戦いがロイヤル側の戦線の縮小の結果、未実装に終わることになる。その結果ナルヴィク海戦と呼ばれる戦いや「とある空母の暗殺計画」が行われることも無く、鉄血内である部隊が平穏無事に設立されたのはまた別のお話だろう。

 

 

 

 

 だからこそ、このロイヤルの小休止という決定的な空白期間は、鉄血とヴィシアの連携をさらに強固なものへと押し上げる結果となったのだ。

 

 

 

 今回の模擬戦においても、鉄血側から最新鋭の判定機器や分析システムが惜しみなく搬入されており、そればかりか、極秘裏に開発された自立型のヒヨコ型労働用ロボット――『マンジュウ』の現物も、少数ではあるが技術提供の一環として派遣されてきている。

 

 

 

 戦力という面だけで見れば、現在この地に駐在している特別計画艦ローンを除き、鉄血側にも決して余力があるわけではないため、追加の艦隊派遣は行われていない。だが、いざという事態になれば、陣営代表であるビスマルクは一切の躊躇いもなくヴィシア救援のために本隊を派兵するだろう。

 

 

 

 ガリソニエールとのやり取りを終え、書類整理などの事後処理をすべて片付けた指揮官は、ひとり現状を振り返っていた。

 

 

 

 ――だが、この静寂はあくまで次の激戦の前に訪れた、束の間の仮初めに過ぎない。

 

 

 

 指揮官はそれを嫌でも理解していた。

 

 

 

 今回の大敗を経て、ロイヤル側が指を咥えて引き下がるはずがない。次に来る時は、壊滅した派遣戦力など比較にならないほどの大規模な戦力を整えて押し寄せてくるはずだ。

 

 

 

 さらに最悪の予測を立てるならば――ロイヤル単独ではなく、同じアズールレーンに所属するユニオン、あるいは重桜にまで戦力派遣の要請を出すことすら十分に考えられた。

 

 

 今回は勝てた。事前の策略も、メルセルケビールの海戦も、今日の模擬戦ですら勝利を収めた。

 

 

 

 だが……もしも敵が戦術も戦略もすべて放り捨て、雲霞の如き圧巻の物量作戦を仕掛けてきた場合、現在のヴィシアの戦力では間違いなく押し潰され、敗北する。

 

 

 

「チッ……」

 

 

 

 静寂の広がる執務室に、指揮官の苛立ちを含んだ舌打ちが冷たく響く。

 

 

 

 かといって、ヴィシアの現状はあまりにも綱渡りだった。ただでさえリシュリュー一派の亡命騒ぎによって軍内部は混乱し、残された戦力だけではヴィシア領海内で活性化するセイレーンへの対処すらギリギリの状況なのだ。攻勢計画など、文字通り夢のまた夢でしかない。

 

 

 

 どれだけ指揮官が、セイレーンを地獄の底へ叩き落とすためだけに研ぎ澄ませてきた復讐の刃を祖国防衛のために振るおうとも、物理的な限界は確実に存在した。ヴィシア単独の力では、眼前に降りかかる火の粉を払い落とすことが関の山であり、火事の大元である根本的な脅威を消し去ることなど不可能に等しい。

 

 

 

 同盟国である鉄血もその窮状を正確に理解しているのだろう。彼らからは「まずはヴィシア国内の防衛を最優先にしてほしい」との通達が届いていた。

 

 

 

 だが――だからと言って、この窒息しそうな閉塞感が解消されるわけではない。

 

 

 

 じわじわと外堀を埋められ、圧倒的な物量に押し潰される未来を待つだけの現状。それを打破するための有効な解決案など、今の指揮官の手元には何一つとして存在しなかった。

 

 

 

 

 思案を打ち切り、今日の執務をすべて終えた指揮官は、重い腰を上げた。これ以上頭を抱えていても進展はない。特別予定のない夜だ、部屋に戻って大人しく待機しておこう――そう思い、廊下へ出た指揮官の背後から、柔和な声が滑り込んできた。

 

 

 

 

「お仕事お疲れ様です。指揮官」

 

 

 

 振り向いた指揮官の視界に飛び込んできたのは、重厚な鉄血の軍服を脱ぎ捨てたローンの姿だった。

 

 

 通常、彼女たちkansenは非番であろうと軍港内では独自の軍服や装備を身に纏っていることが多く、私服で歩き回る姿は否応なしに目を引く。だが、彼女はあくまで鉄血からヴィシアへと遣わされた『パイプ役』であり、同時に『監視役』という特殊な立ち位置だ。

 

 

 模擬戦への参加もヴィシア側の要請に応じたものに過ぎず、軍規の枠から半ば浮いた存在である彼女は、最近こうして私服で過ごすことが多くなっていた。

 

 

 

 その身に纏っているのは、ヴィシアの街で買い求めたのであろう、しなやかなニット地のドレスだ。肩のラインを大きく覗かせるオフショルダーの胸元からは、白く滑らかな肌と豊満な肢体が惜しげもなく露わになっており、身体の曲線を強調するタイトなシルエットが、彼女の持つ艶やかさをいや増している。穏やかな笑みを湛えた琥珀色の瞳。一見すると、優美で包容力に満ちた仕草を見せる女子そのものだ。

 

 

 だが、その柔らかな笑顔の奥底に、常人には決して踏み込めない底知れぬ狂気と威圧感を秘めていることを、指揮官は痛いほど理解していた。彼女の戦闘の際の狂気と正気を内包した姿を見れば、それが偽りであるのか素であるのか指揮官もわからないのだ。

 

 

 

「これからお部屋に戻られるのですか? ふふ、よろしければ……私もご一緒させていただいても?」

 

 

 

 両手を身体の前で静かに重ね、ローンは甘い香りを漂わせながら、静かに首を傾げた。

 

 

 

「必要ない」

 

 

 

 指揮官は足を止めることなく、短くそう言い捨てた。

 

 

「あら、冷たいですね……別にハニートラップを狙っているわけではありませんよ?」

 

 

 

 ローンはクスリと可憐に微笑むと、一体どこに隠し持っていたのか、手際よくガラス瓶を一本取り出してみせた。深緑色の瓶の中で揺れる琥珀色の液体――鉄血特有の重厚なラベルが貼られた、酒類である。

 

 

 

「鉄血から陸路で様々な物資が送られてきているのですが、その中に、私が以前よく嗜んでいたビールも届いたんですよっ。せっかくの上等なお酒ですし、一人で静かに飲むのも勿体ないでしょう? ですから……貴方と少し、親睦を深めたいと思いまして」

 

 

 

 指揮官はなおも無言のまま、冷ややかな視線を彼女に向けた。その沈黙に含まれた警戒心と拒絶の色を察したのか、ローンは誇張するように軽く肩をすくめてみせる。

 

 

 

「ふふ、気持ちはわかりますけど、そんなに警戒なさらないでください。……では、こうしましょうか。私の部屋や貴方のお部屋ではなく、食堂へ行きませんか? あの場所なら、この時間でもまだ人も結構居ますし……衆人環視の中でしたら、私が貴方に変な手出しをすることもできませんよね?」

 

 

 

 整った顔立ちに浮かぶのは、どこまでも穏やかで、しかし底の知れない笑みだ。指揮官は一瞬だけ瞳を細め、抑えた声で問いかけた。

 

 

 

「……どうして俺を選んだ。他に酒に付き合う奴など、いくらでもいただろ」

 

 

「他、ですか?」

 

 

 

 

 ローンは首を傾げ、指先をあごに添えながら、さも当然といった風に理由を並べ立て始めた。

 

 

 

「ジャン・バールさんは、私と話すことを露骨に嫌がってますし。マルスちゃんは、どう見てもお酒を飲むようなタイプでもないですし……それに、ガスコーニュちゃんに関しては……そもそも鉄血所属である私と二人きりで接触させるのは、ヴィシアの立場的にも色々と問題があるでしょう?」

 

 

 

「……なるほどな」

 

 

 

 

 指揮官は納得する。ローンとガスコーニュは、共に最先端技術を応用して生み出された特別計画艦という規格外の存在だ。だが、その置かれた環境は対極にある。

 

 

 ローンは代表であるビスマルクからの確かな信頼と期待を背負って派遣されてきた、自立した能力を持つ重巡洋艦。対してガスコーニュは、産み落とされたばかりで精神的にも情緒的にも幼く、さらにはヴィシアが極秘裏に施した「感情抑制モジュール」というブラックボックスを抱えた、機密の塊のような存在だった。

 

 

 

 当然、ヴィシア側がその存在や仕様の全てを鉄血に明かしているはずもない。ローンもまた、ガスコーニュの特殊さを察しているのだろう。演習の前後などでは、素直でどこか危うい彼女に対して甲斐甲斐しく世話を焼く姿も見られたが、それ以上のプライベートでの接触は、余計な摩擦を避けるために最小限に留めているようだった。

 

 

 

「……それに、私とて本音を言えば、ですけれど」

 

 

 

 ローンは手にしたビール瓶を愛おしそうに撫でながら、ふっと小さく、どこか儚げな吐息を漏らした。

 

 

 

「鉄血にいた頃は、同胞のみんなと賑やかにお酒を酌み交わす機会も多くありましたけど……こうして異郷の地で一人で静かに過ごしていると、少し寂しくなってしまいましてねぇ…」

 

 

 

 包容力に満ちた笑みの奥に滲む、ほんのわずかな孤独の影。それが本心からの吐露なのか、それとも人を揺さぶるための巧みな演技なのか、指揮官には判別がつかない。

 

 

 

 だが――断り切れない空気を作られたことだけは確かだった。

 

 

 

「チッ……」

 

 

 

 抑えきれない苛立ちを込めて軽く舌打ちを鳴らすと、指揮官は歩みを止め、軽く頭を掻いた。

 

 

 嫌でもわかる。嫌でもわかってしまう。たった一人で孤独な環境に取り残される虚しさと、そんな時に全てを拒絶しつくした自分。それに比べてローンは損得はあるかもしれないが、他者に歩み寄り、孤独は嫌だとはっきりと口にしている。

 

 

 

──我が同胞のために鉄血の力とならん事を。

 

 

 

 鉄血は何よりも同胞との絆を重視する勢力だ。そんなローンのスタンスに指揮官は……何処か苛立ちを感じつつも拒絶する事は何故かできなかった。

 

 

 

「言っておくが、俺だってそこまで酒が飲める口じゃないぞ」

 

 

 

「っ!?ふふ、ありがとうございます!やっぱりお酒はみんなと飲むのが一番楽しいですからねっ」

 

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ローンはぱっと表情を華やがせ、まるで少女のように弾んだ声音でそう言った。彼女はしなやかな足取りで指揮官の隣へと滑り込み、甘い体香を漂わせながら「では、まいりましょうか」と笑顔を見せるのであった。

 

 

 

 

 なお、ローンはもしも、指揮官がそれでもなお酒の付き合いを拒絶していた場合。ジャン・バールに黙って娼館に通っていた事を口にする予定だった事は秘密なのであった。

 

 





・指揮能力
 基本的に指揮官さえいれば三倍程度の戦力ならば割と普通に撃破可能なくらいには優秀だったり。とはいえ損害無視でロイヤル側が物量作戦を行ったり、重桜やユニオン。恐らく部隊は派遣できませんが北方連合など他国の戦力とタッグを組んでヴィシアに殺到した場合確実にヴィシアは全滅します。だからこそヴィシアは鉄血と組まざる得ないですし、鉄血も明らかに自国の指揮官よりさらに優秀な彼に注目していたり。


・ローン
 ローンちゃんに関しては今回は単純に一人でビールを飲むのが嫌だなぁと思って誘っただけのこと。とはいえジャン君はマジで嫌がりますし、ガスコーニュは接触はもっと嫌がられ、マルスはどう見てもお酒最高!なタイプではありませんし指揮官を選んだのでした。一応ガリソニエールやダンケルクならば普通にお酒を楽しく飲みながら交流できたはずですが、ローンとしても個人的に興味を持った指揮官との親睦を優先したのでした。

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