クリスマス休暇明けのホグワーツは、思った通り一面真っ白の雪景色だった。
尖塔の屋根にも、石造りの手すりにも、中庭を囲む回廊にも、夜のあいだに積もった雪がまだ柔らかく残っている。ほとんど毎日のように雪が降り、外に面した廊下を歩くときなど、魔法がかかっていなければ耳の先まで痛くなりそうな風がびゅうびゅうと吹いていた。吐く息は白く、石床は底冷えし、窓の外では禁じられた森の梢が寒々しく揺れていた。
そんな冬の朝だというのに、デイヴとディーンの声だけはやけに熱かった。
ディーンの隣を歩きながら、デイヴは休暇中に見ることのできたユナイテッドの試合を得意げに語り、ディーンも負けじとウェストハムの試合について語る。どちらも一歩も引かず、まるで自分がピッチに立っていたかのような口ぶりだ。シェーマスが置いてけぼりなのはご愛敬だった。二人の後ろで、彼らの口から飛び交う名前がいまいちよく分かっておらず、ぶすくれた顔で肩をすくめている。
「で? まだ言い訳考えてんの? 十二月にうちがユナイテッド倒した件」
ディーンが勝ち誇ったように言うと、デイヴは鼻で笑った。
「は? mate、その一試合で一生イキる気かよ。うるせえな」
「一試合で十分だろ。デフォーの一点、忘れたとは言わせないぞ」
「忘れるわけねえだろ。でもそのあと見たか? ユナイテッドはきっちり勝ってんだよ。六点ぶち込んで、エヴァートンも片した。dead*1 goodな年末だったわ」
「こっちだって悪くなかったよ。ダービーで四点だし、リヴァプール相手にも引き分けたし」
「で、元日リーズにぶっ飛ばされた。nice one, lad」
「うるさいな。そっちはそっちでウェストハムに負けてんじゃん」
「一点だけ取って大騒ぎすんなよ。長いシーズンってのは、フォームがモノ言うんだよ、わかるか?」
「言っとくけど、勝ち点落としたのはそっちだからな」
「言っとくけど、最後に上にいるのはどうせユナイテッドだ。賭けるか?」
「いいよ。負けたほうが今週の朝飯でトースト奢り」
「安っぽい賭けだな、お前。まあいい。受けてやるよ、ぼっちゃん」
「その呼び方やめろって」
「じゃあ何だよ、ハマーズ坊や」
「今すぐ撤回しろ」
二人は肩をぶつけ合って、どんどんヒートアップしていく。
厚手のローブ越しの小競り合いは、喧嘩というより悪友同士のじゃれ合いに近い。けれど声だけはどんどん大きくなり、石壁に反響して、寒々しい回廊の空気を妙に騒がしくした。
「大体勝ち点一ばっか拾ってるくせに、胸張りすぎなんだよ。CL*2どころかUEFAカップ*3すら出れねぇくせによ」
「そんなにうちに負けたのが悔しいわけ? まあそうだよね。“Red Devils”って名乗ってるくらいだし」
「るせぇよ、パイント工房がよ。無駄口叩いてる暇あんなら、スタジアムでもでかくしたらどうだ? ああ、無理か。イーストロンドンの貧乏どもだもんな」
「なんだと? 君らだって冬はあんまり勝ててなかったじゃないか」
「そりゃ不調なんてどのチームだってあるだろ。それに相手は同じBIG4が大半だし」
「うちもいるけどね」
「うるせぇよ」
言い合いは止まらない。
ディーンはむっとしてデイヴの肩を小突き返し、デイヴはそれを受けてにやにや笑う。売り言葉に買い言葉、買った言葉にまた売り言葉。端から見れば子どもの喧嘩そのものだが、本人たちは真顔で大真面目だった。
「ねえ」
ついにたまりかねたように、後ろからシェーマスが口を挟んだ。
「さっきからデフォーだのリーズだの何だの言ってるけど、君ら誰の話してんだよ。全然わかんないんだけど」
二人は揃って振り返った。
「お前が分かんなくても別に困らねえだろ」
「シェーマスはサッカー見ないからな」
「見ないっていうか、今の話、半分くらい人名なのか地名なのかもわからないんだけど」
シェーマスが本気で不服そうに言うと、ディーンは吹き出しかけ、デイヴは露骨に呆れた顔をした。
「かわいそうにな、シェーマス。人生の半分損してるぞ」
「うるさいよ。君らが勝手に盛り上がってるだけだろ」
そのとき、向こうの角から数人の下級生がやってきて、うるさい二人を避けるように壁際へ寄った。デイヴとディーンはそれにも気づかず、まだ火花を散らしている。
「とにかく」とディーンが言った。「君は悔しいんだよ。うちが勝ったから」
「とにかくじゃねえよ」とデイヴは即座に返した。「お前はその一勝だけ抱いて寝とけ。こっちはそのあと普通に持ち直してんだ」
「でも負けた」
「でもそのあとリーズに三つ食らった」
「でも勝った」
「でも七つ食らったことあるだろ」
「それは今関係ない」
「俺にはある」
シェーマスはとうとう天井を仰いだ。
休暇前から、二人はこんなふうに、贔屓にしているチームのことでしょっちゅう火花を散らしていた。一週間に一度は小競り合いになっていたし、昨年、些細な試合結果がきっかけでまるまる一週間口を利かなかったことなど、まだ昨日のことのように思い出せる。
「二人とも!!」
とうとう堪えかねて、シェーマスは全身で不満を表すように二人の間へぐいと割って入った。
話に置いて行かれるのも癪だったし、一年生になってからもう何度目かわからないこの言い争いに、毎度毎度付き合わされる身にもなってほしい。しかも、こうして間に挟まれたときの気まずさといったらなかった。
「そんなことより「そんなことってなんだよ」そんなことより!」
「クィディッチの二回戦目だぞ! どっちが勝つと思う?」
「次、僕らどことだっけ」
「レイブンクローじゃね?」
「そうだっけ。ハッフルパフじゃなかった?」
「どっちでも変わんねぇだろ。ガリ勉か数が多いかの二択」
「言いすぎだろ」
デイヴは露骨に興味がなさそうな顔でピアスをいじっていたし、ディーンもいちおう相槌は打ったものの、目つきは今にもフットボールの話へ戻りたがっている。
このままでは話題転換も失敗に終わる。そう悟って、シェーマスは半ば焦るように言葉を継ぎ足した。
「聞いた話によるとさ、今回は審判がスネイプらしいよ」
「はぁ?」とデイヴ。
「どういうこと?」と顔をしかめるディーン。
食いついた。
シェーマスは内心でにんまりした。やっと二人の意識が同じ場所へ向いたのだ。
「この間の試合、ハリーが箒から落ちそうになったろ? で、それが問題視されたのか、スネイプが審判を買って出たらしいぞ」
「へー、あのセブルス・スネイプがね。優しいとこあるんだ」
「わかんねぇぞ。あいつのことだ。髪が赤いからとか、傷跡がムカつくからって理由でPKとかレッドカード出すかもな」
「ありえるね」
「でもそんなことするか?」
「ガキいじめんのが趣味の男だぞ。するに決まってんだろ」
たちまち話題はフットボールからスネイプへすり替わり、三人は今度はそちらでやいのやいのと盛り上がり始めた。
どこの寮へ行こうと、どの学年を見回そうと、教師の悪口というものはたいていよく弾む話題の一つである。
「大体あいつ気持ち悪ぃんだよな。ブスでクズでさ」
「どうしようもないよね」
「でっかいコウモリみたいだよね」
「髪も脂ぎってるからな。どうしようもねぇぜ」
「大体魔法薬のときも細かすぎるよな」
「そのくせスリザリンには甘いし」
そんな愚痴をこぼし合いながら、三人は談話室へ続く階段を上っていった。
石の階段は冬の冷気を吸ってひやりとしており、さっきまで廊下に吹きつけていた風のせいで、ローブの裾にもまだ冷たさが残っている。
だが、談話室の入口近くまで来たところで、三人は揃って足を止めた。
中が、ちょっとした騒ぎになっていたからだ。
人だかりの向こうで、ハーマイオニーがしゃがみこんだネビルに杖を向けている。
何があったのかと首を伸ばすディーンの隣で、デイヴは事情を察するより先に、面白そうだと言わんばかりに口元を歪めた。
そして、ハーマイオニーに声をかける。
「何やってんだ、ハーマイオニー。公開処刑か?」
デイヴがにやにやしながら声をかけると、ハーマイオニーは顔だけ上げて、きっと睨んだ。
「違うわよ。見れば分かるでしょ」
足をきっちり揃えたまま、ネビルが床の上でぎこちなく転がるようにしゃがみ込んでいた。膝から下がぴたりとくっついていて、まるで一本の棒のようだった。顔は真っ赤で、今にも泣き出しそうに見える。
「マルフォイ?」とディーンがすぐに言った。
ネビルは悔しそうにうなずいた。
「図書館の前で……また、ばったり会って……」
「うわ、最低」とシェーマスが顔をしかめる。
ハーマイオニーはネビルの足へ杖先を向け、短く呪文を唱えた。次の瞬間、固まっていた脚がふっとほどけ、ネビルは情けない声を漏らしながらその場にへたり込んだ。
「もう、本当にあきれるわ」とハーマイオニーは言った。
「やられっぱなしでいちゃだめよ。あなたは少し、ああいうのに言い返す練習をしたほうがいいわ」
ネビルはしょんぼりとうつむいたまま、自分の膝を見つめていた。
「でも僕、あいつみたいに強くないし……」
その言い方に、少しだけ場の空気がしぼんだ。ロンは気まずそうに鼻をこすり、シェーマスも口をつぐむ。ディーンは眉を寄せたが、うまい言葉が出てこないらしかった。
そんな沈黙を破ったのは、意外にもロンだった。
「ちゃんと言い返さなきゃだめだよ、ネビル」
ロンが意外にも勇敢なことを言ったので、デイヴは片眉を少しだけ上げた。
「あいつは平気でみんなのことをバカにしてる。だからっておちこんでりゃいいってもんじゃないだろ?」
「僕がグリフィンドールに似合わないことくらい、僕が一番わかってるよ。マルフォイにだってそう言われたさ」
ネビルは声を詰まらせ、今にも泣きそうな顔でそう言った。
「そんなことないよ。現に君は今この寮にいるじゃないか」
ディーンはやわらかな声でネビルを慰めた。
「それとも組み分け帽子が君を間違えてここに入れたって言うのか? それこそお笑いだろ。もう千年もあの帽子は組み分けしてるんだぞ? 間違うわけないのさ」
シェーマスが続ける。
ハリーは、それほど長いあいだ組み分けをしてきたのなら、たぶん何十回かは間違えたことくらいあるんじゃないか、と思った。口には出さなかったが。
「な、そう思うよね。デイヴ」
シェーマスは、黙ったままのデイヴにも何か言うよう促した。だが、デイヴは鼻で笑っただけだった。
「弱い奴は嫌いでね。かける言葉なんかねぇよ」
それだけを置いて、デイヴはさっさと背を向けた。
一拍遅れて、背中へ向かって一斉に文句が飛ぶ。
「何だよそれ!」とロンが噛みつくように言い、
「最低だぞ、お前!」とシェーマスも続いた。
ハーマイオニーは眉をつり上げて、「ほんとに信じられない」と吐き捨てる。
だがデイヴは振り返りもしなかった。ただ片手だけをひょいと後ろへ上げ、肩越しに中指を立てる。それがいかにも彼らしい、腹の立つほどぞんざいな返事だった。
「何だそれ!」とロンはさらに怒鳴ったが、デイヴはもう聞いていない。ローブの裾を翻し、そのまま男子寮の階段を上がっていく。足音だけが、石段の上で乾いた調子で遠ざかっていった。
その場には、妙に気まずい静けさが残った。
ネビルはますます小さく縮こまり、ほどけたばかりの足を両手で抱え込むようにしている。ハーマイオニーはまだ怒りの収まらない顔で階段のほうを睨んでいたし、ロンは憤然としたまま鼻息を荒くしていた。
その隣で、ディーンだけがくすくすと喉の奥で笑っていた。
「何がおかしいのよ、ディーン」
ハーマイオニーがぴしゃりと言うと、ディーンは肩をすくめた。
「いや、だって、あいつ正直でいいじゃないか」
「正直なら何を言ってもいいわけじゃないわ」
「それはそうだけどさ」
言いながらも、ディーンの口元にはまだ笑いが残っている。ハーマイオニーはそれを見て、ますます腹立たしそうに目を細めた。
ハリーはそのやり取りを聞きながら、なぜか胸の奥がひやりとした。
弱い奴。
たったそれだけの言葉なのに、自分へ向けられたもののように聞こえた。ネビルに向けて言われたはずなのに、どこか、自分のなかの頼りない部分まで一緒に見透かされたような気がしたのである。
彼はその感覚を振り払うように、ローブのポケットへ手を突っ込んだ。休暇中にもらった菓子の残りがまだいくつか入っている。指先に紙箱の角が触れ、ハリーはそれを引っぱり出した。
「ほら」
ネビルの前へ差し出されたのは、カエルチョコだった。
ネビルは目をぱちぱちさせた。
「え……?」
「食べなよ」とハリーは言った。「少しはましになるかも」
「ありがとう……」
ネビルはおずおずとそれを受け取った。包み紙を握る指先が、まだ少し震えている。
「マルフォイが十人束になったって君には敵わないよ。さっきシェーマスが言った通り、組み分け帽子が君をグリフィンドールに選んだんだ。マルフォイは腐れスリザリンだ」
ハリーは続ける。
「さっきのジョンソンだってさ、きっと調子に乗ってるだけだよ。思い出し玉のときは庇ってくれたろ?」
「気にするなよ」とディーンが言う。「あいつは誰にでもああなんだ」
「そうそう」とシェーマスもすぐに乗った。「君がどうこうっていうより、あいつの口が悪すぎるだけだって」
「でも……」
「でもじゃないよ」とシェーマスは言った。「さっきも言ったろ。君はグリフィンドールだ。それでマルフォイは?」
「そうだよ」とディーンも頷く。「マルフォイのほうが百倍当てにならない」
ネビルはまだ心細そうではあったが、それでも少しだけ顔を上げた。ハリーはその様子を見て、ほんの少しほっとする。
ロンはなおも不機嫌そうに階段を睨んでいたが、やがて「ほんと感じ悪いやつだな」と吐き捨て、ようやくネビルのほうへ目を向けた。
ハーマイオニーもしゃがんだまま、いくらか声をやわらげる。
「とにかく、マルフォイに何かされたら、すぐ誰かを呼ぶのよ。黙って我慢しちゃだめ」
ネビルは小さく頷いた。
そこでようやく場の張りつめたものが少しほどけ、談話室にはまた暖炉のはぜる音が戻ってきた。赤々と燃える火の光が敷物の端を照らし、外の冷たい雪景色とは別の、寮らしいぬくもりをつくっている。
シェーマスはその空気を見計らって、ディーンの袖を引いた。
「ほら、行こうぜ」
「どこに?」
「寝室だよ。あの感じ悪いの、一回くらい文句言っとかないと気が済まない」
「僕は別にいいけど」
「僕がよくないんだよ」
ディーンはまた笑ったが、結局はおとなしく引っぱられていく。二人はネビルに「じゃあな」と声をかけ、男子寮の階段を上がっていった。
談話室に残ったのは、ハリーとロンとハーマイオニー、それにネビルだった。
ハリーはまだ、さっきの言葉の棘が胸の奥に引っかかったままでいた。けれど、今はそれより先にネビルのそばにいてやるほうが大事だと思った。だから自分の気分には蓋をして、カエルチョコの包みを開けるのを手伝ってやる。
一方その頃、男子寝室では、当の本人がまるで何事もなかったかのようにくつろいでいた。
ドアを開けると、デイヴはもう自分のベッドの上へ長々と寝転がっていた。靴も脱ぎきらないまま片脚を投げ出し、両腕を頭の後ろへ回してぐっと伸びをしている。黒い髪が枕に広がり、左耳のピアスが暖炉の火を受けて鈍く光った。
そのまま大きなあくびまでしてみせるのだから、シェーマスの腹は立つ一方だった。
「お前さあ!」
堪えきれず、シェーマスはずかずかとベッドのそばまで歩み寄った。
「今の、何なんだよ!」
デイヴは悪びれもせず、目を閉じたまま言った。
「何って、言ったとおりだろ。弱い奴は見ててイライラするから嫌いなんだよ」
その言い方があまりにも平然としていたので、シェーマスは一瞬、言葉を失った。怒鳴り込んできたはずなのに、まるで壁に石を投げたみたいに手応えがない。腹が立つのは、相手が怒りもしないからだった。
「嫌いとかそういう話じゃないだろ」
「そういう話だよ」
「ネビルは落ち込んでたんだぞ」
「知るかよ」
デイヴはそこでようやく薄く目を開けた。だが、シェーマスを見上げる青い目には、後ろめたさの色はひとつも浮かんでいない。面倒くさそうな、少し眠たげな色があるだけだった。
「落ち込んでるから何だよ。慰められて、よし頑張ろうってなるなら、とっくにあいつは言い返してるだろ」
「だからってあんな言い方――」
「甘やかして何か変わんのか?」
ぴしゃりと返されて、シェーマスはむっと口をつぐんだ。
部屋の入口のあたりに立ったまま、ディーンはそのやり取りを聞いていた。ついさっきまで談話室でくすくす笑っていたくせに、今はさすがに少しだけ眉を上げている。
「お前さ」とディーンが言った。「正直なのと、わざわざ刺すのは別だろ」
「刺さるなら、図星ってことだ」
「最低だな」
ディーンは呆れたように息を吐いたが、それでもどこか面白がっている気配が抜けない。そこがまたシェーマスには癪に障った。
「お前も笑ってる場合じゃないだろ」
「いや、笑ってるわけじゃないけど」
「笑ってただろ」
「ちょっとだけ」
「お前らうるせえな」
デイヴは寝返りを打って、今度は壁のほうを向いた。ローブの裾がめくれて、長い脚がベッドの端から少しはみ出す。ほんのさっきまで談話室であれだけ棘のあることを言っていた男とは思えないほど、くつろぎきった背中だった。
「説教ならハーマイオニーに任せとけよ。ああいうの好きだろ、あいつ」
「話をずらすなよ!」とシェーマスが食ってかかる。
「ずらしてねえよ。事実だろ」
デイヴは肩越しにそれだけ返して、また大きくひとつあくびをした。
シェーマスはとうとう堪えきれず、ベッドの柱をばんと叩いた。乾いた音が寝室に響く。冬の冷えた空気が、窓際でかすかに震えた気がした。
「お前、ほんと最悪だな」
「知ってる」
「開き直んな」
「じゃあ何だよ。泣きながら背中さすってやりゃ満足か?」
その言葉に、今度はディーンの顔からもさすがに笑みが引いた。
しばらくのあいだ、誰も何も言わなかった。
暖炉の火のはぜる音が、遠く階下からかすかに届いてくる。窓の外では、また雪が降り出したらしい。ガラスに当たる微かな音が、静まり返った寝室にやけにはっきりと響いた。
やがて、シェーマスは低い声で言った。
「……お前さ、本当はああいうの、見るの嫌なんじゃないのか」
デイヴの背中が、ほんのわずかに止まった。
デイヴは鼻で笑った。寝返りを打ったまま、枕に頬を押しつけるようにして、ぞんざいに言い捨てる。
「弱い奴はな、イライラすんだよ。いじめられてるだけでやり返しもしねぇ。女々しい奴は嫌いだ」
その言葉は、さっき談話室で吐いたものよりもずっと冷たく、寝室の空気を一段ひやりとさせた。
シェーマスは目を丸くし、それからすぐに顔をしかめた。
「だからって、あんな言い方しなくたっていいだろ」
「なんで?」
「なんで、じゃないよ。あいつ泣きそうだったじゃないか」
「だから何だよ」
デイヴはようやく体を起こした。黒い前髪が少し乱れて額にかかり、青い目だけがいやに醒めている。
「泣きそうだから優しくしてやる? 慰めてやる? で、明日また同じ目に遭って、またしょぼくれて終わりだろ。そんなの見てるほうがよっぽど腹立つわ」
「お前なあ……」
シェーマスは言葉に詰まった。怒っているのに、うまく返せない。デイヴの言い分が乱暴すぎるのは間違いなかったが、乱暴なぶんだけ、変に骨が見えてしまうのが始末に悪い。
部屋の入口近くに寄りかかっていたディーンが、肩をすくめる。
「ほんと、言い方が最悪なんだよな」
「中身は間違ってねぇだろ」
「そうやってすぐ勝った気になるの、嫌われるぞ」
「別にお前に好かれたくて生きてねぇよ」
ディーンはくくっと笑ったが、その笑いも長くは続かなかった。デイヴは笑わせようとして言っているわけではない。そこにあるのはただの棘で、触れた相手の皮膚を引っかくためだけのものだった。
「でもさ」とディーンは言った。「ネビルはお前みたいにはなれないだろ」
「なる必要もねぇよ。せめて噛みつけって言ってんだ」
「噛みつけないから困ってるんじゃないか」
「じゃあ一生やられてろ」
ぴしゃりと言い切られて、シェーマスはとうとう腹を立てた。
「お前、本当に感じ悪いな!」
「知ってる」
デイヴは短く返し、またベッドに倒れこんだ。片腕を額に乗せ、もう話は終わりだと言わんばかりに目を閉じる。
シェーマスはしばらくその姿を睨んでいたが、やがて大きく息を吐いた。怒鳴り返したところで、この男は一歩も引かない。それどころか、面白がってもっとひどいことを言うだけだ。
「……もういい」
「Ta」
「Taじゃない!!」
吐き捨てるように言って、シェーマスはくるりと踵を返した。ディーンも壁から背を離す。
だが、出ていく前に、ディーンは一度だけ振り返った。
「お前、ほんとは弱いやつが嫌いなんじゃなくて、見てられないだけなんじゃないの」
その一言に、デイヴは答えなかった。
ただ、額に乗せた腕の下で、口元だけがかすかに歪んだ。笑ったのか、舌打ちしたのか、それすらわからない曖昧な影だった。
「行こうぜ」とシェーマスが言う。
「ああ」
二人が寝室を出ると、扉は重たい音を立てて閉まった。
そのあとに残った静けさの中で、デイヴはしばらく身じろぎもしなかった。窓の外では雪が降っている。白く曇った硝子の向こうで、塔の影がぼんやりと滲んでいた。
やがて彼は片目だけをうっすら開け、誰もいない部屋に向かって低く吐き捨てる。
「……くだらねぇ」
それきり、本当に目を閉じた。
朝から、城じゅうがそわそわしていた。
日曜の冷たい光が、高い窓から細く差しこんでいる。夜のうちにまた降った雪は、校庭も禁じられた森の手前の芝地も、クィディッチ競技場へ続く道までも、ためらいなく白く塗りつぶしていた。空気はきんと張りつめ、吐く息はすぐに薄い霧になる。生徒たちは厚いマントにくるまり、寮の色のマフラーを首に巻いて、朝食を済ませるなりぞろぞろと競技場へ向かっていた。
グリフィンドールの赤と金は、その流れの中でもよく目立った。
デイヴは肩をすくめながら、石段を下りていた。耳の先が冷たくてたまらないくせに、顔だけは妙に機嫌がいい。試合そのものを見るのが楽しみというより、こういう朝の浮き足立った騒ぎが嫌いではないのだろうと、隣を歩くディーンには何となくわかった。
「にしても、クソ寒ぃな」
「ホグワーツの冬って、ほんと容赦ないよね」
「マンチェスターでもここまでじゃねぇよ。風が性格悪すぎる」
その後ろで、シェーマスが鼻の頭を真っ赤にしていた。
「僕もう戻りたいんだけど」
「まだ始まってもいねえぞ」とデイヴが振り返りもせずに言う。
「始まる前が一番つらいんだよ。席、絶対冷えてるし」
「お前が一番楽しみにしてたじゃねぇか」
「朝早いし寒いし最悪だよ。寒いし!」
「文句ばっかだな、お前」
「だって冷たいの嫌いだもん」
ディーンは吹き出した。
そんな他愛ないやり取りをしているあいだにも、競技場へ向かう人波はどんどん厚くなっていく。遠くからすでに歓声のようなざわめきが聞こえ、旗のはためく音が風に混じっていた。
競技場は、雪と色彩の塊になっていた。
高く組まれた観客席には、各寮の色がまだらに揺れ、グリフィンドールの赤と金、ハッフルパフの黄と黒がひときわ多い。冷たい朝の光の下で、旗もリボンも、いつもより鋭く見えた。霜をかんだ木の椅子にはうっすらと白いものが残っていて、生徒たちはそれを手袋で払いながら席を取っている。
ロンとハーマイオニーは、すでにネビルのいる列まで来ていた。
その上のほうに、シェーマスとディーンが並び、その端へデイヴが当然のような顔で腰を下ろす。
「うわ、つめたっ」
シェーマスが飛び上がるように言ったが、デイヴは気にも留めず、前のめりに競技場を見おろした。
グリフィンドールのゴールポストは霜を帯びて鈍く光り、芝の色は雪の名残のせいでところどころ鈍っている。その上を、試合前の選手たちが小さく動いていた。まだ本格的には飛んでいないが、赤いローブがひときわ目を引く。
「ハリー、顔色悪くなかった?」とハーマイオニーが言った。
「そりゃそうだろ」とロンが答える。「スネイプが審判なんだぞ」
「マダム・フーチじゃないの、ほんと変だよ」とネビルが不安そうに言う。
「変どころじゃねぇだろ」
デイヴが鼻で笑った。
「俺がウッドなら、試合始まる前に一発殴っとくね」
「やめてよ」とディーンが笑う。「試合にならないだろ」
「だったらせめて箒の点検くらいさせろって話だ。あの脂っこい野郎、まともに笛吹く顔してねぇもん」
「確かに公平そうではないよね」とディーンが言う。
「公平? あいつに?」とロンが吐き捨てるように言った。「冗談だろ」
ハーマイオニーは唇を引き結んだまま、下のピッチを見つめていた。
スネイプの名前が出るたび、彼女の眉間には薄い皺が寄る。前の試合のことを思えば、誰だっていい顔はしない。
そのとき、観客席のざわめきがふっと一段高くなった。
先生たちが入ってきたのだ。
一番目立ったのは、やはりスネイプだった。黒いマントが風を受けてはためき、その姿は朝の光の中でも妙に影めいて見える。いつものように蝙蝠じみた痩せた輪郭、黒い目、鼻筋の険しさ。観客席のあちこちで、あからさまな不満のざわめきが起こった。
「ほら見ろ」とロンが低く言う。
「うわ、本当に来た」とシェーマスが顔をしかめる。
「嫌なもん見たな」とデイヴが言った。「朝飯返せ」
「食べてないじゃん」
「そうだった」
ディーンは肩を震わせたが、ハーマイオニーは笑わなかった。
「冗談言ってる場合じゃないわ。ハリーがちゃんと無事に飛べるかどうか――」
「飛べるさ」とロンが言った。言い切る声だったが、強がりも少し混じっていた。「ハリーだぞ」
「それはそうだけど」
「大丈夫だって」とネビルも、おそるおそる言う。「ハリー、すごいし」
「すごいのと、スネイプがまともかは別問題だろ」
デイヴはそう言って、肘を膝に乗せた。
ピッチの中央では、両チームの選手がそろい始めている。グリフィンドールの赤いローブに混じって、ハッフルパフの黄色が朝の光にひどく鮮やかだった。対照的な色合いは見栄えがいいが、見ている者の胸の内は穏やかではない。
ディーンは身を乗り出し、選手の数を目で追った。
「ハッフルパフ、けっこうでかいの多いね」
「だから何だよ」とデイヴが言う。
「何だよって、ちょっと圧あるじゃないか」
「体がでかくても、飛べなきゃただの荷物だろ」
「その言い方は感じ悪いなあ」
「今さらだろ」
シェーマスは手袋のまま両手をこすり合わせていた。
「僕、もうハリーがすぐスニッチ取って終わらせてくれることしか考えてない」
「それが一番いいよね」とネビルもすぐに言う。
「五分で終われば最高だな」
「お前、それはそれでつまんないとか言うだろ」
「言う」とデイヴは即答した。「でもスネイプに長く試合いじらせるよりマシ」
その答えに、今度はハーマイオニーまで小さく息を漏らした。笑ったのではなく、呆れと同意が半分ずつ混じったような音だった。
下では、ウッドがあちこちに声を飛ばしているらしく、遠目にも落ち着きがない。ジョージとフレッドが箒の上で少し大きく旋回し、アンジェリーナたちは肩を寄せて何か短く言葉を交わしていた。ハリーだけは、見える場所に出てきても、どこか他の六人より細く見える。
「ハリー、緊張してるかな」とネビルがつぶやく。
「してるだろうね」とディーンが言った。「でも飛び出したら忘れそう」
「ハリーはそういうとこあるわ」とハーマイオニーが頷く。
「ないと困る」とロンが言った。「ほんとに」
ほんの少し、列の空気が静かになった。
その沈黙のあいだ、観客席のあちこちでマフラーが翻り、誰かの笑い声が風に流され、遠くでホイッスルの乾いた音が一度だけ鳴った。試合が始まる直前のざわめきは、いつもどこか胸を落ち着かなくさせる。
デイヴは頬杖をついたまま、ぼそりと言った。
「ま、ハリーが落ちるとこなんざ見たくねぇな」
「珍しいこと言うね」
「別に珍しくねぇよ」とデイヴは言う。「うちの寮が負けんの見たくねぇだけ」
「はいはい」
「あと、あのべたべた頭にいい顔されるのもムカつく」
「それが本音だろ」とロンが言った。
ロンは、自分のことのように緊張しているせいか、落ち着かない様子で身を乗り出していた。視線はずっとピッチの上に貼りついたままで、試合の行方から一瞬たりとも目を逸らしたくないらしい。
「まあ、とにかくプレイボールだ!あいたっ!」
不意に背中を小突かれ、ロンは思わず振り返った。
「悪いな、ウィーズリー。きづかなかったよ」
そこには、意地悪そうに笑うマルフォイと、相変わらず馬鹿そうな面をしたクラッブとゴイルがいた。
「この試合、ポッターはいつまで箒にしがみついていられるかな?ウィーズリー、どうだい?賭けてみるかい?」
だが、ロンはその戯言を見事に無視した。視線の先では、さっきスネイプにブラッジャーをぶっ放したとして取られたペナルティシュートが、ちょうど始まろうとしていたからだ。ハリーのことで頭がいっぱいで、いまはマルフォイの相手などしていられないのである。
「あの双子も馬鹿だなぁ。嫌がらせはバレないようにやらねぇと」
デイヴは片肘を椅子の背もたれにのせ、組んだ足をぶらぶらさせながら言った。
「君だったらどうする?」
ディーンが面白そうに聞く。
「そうだな、シーカーならあの金玉「スニッチよ!」うっせえな。スニッチを見つけたってうそぶいて突っ込んでもいいし、ビーターなら……。わざと避けて当てるとかな。チェイサーは無理だな。審判に何かするより、マリーシア狙った方が得だ」
「クィディッチにマリーシアなんかあるのかな」
「あんじゃね?ぶつかられて箒から落ちたりとか」
「流石に危なすぎて誰もやらないでしょ」
「やるかもしんねぇだろ。ブラジルの魔法使いとか」
ロンやネビルに絡むマルフォイを横目に、ディーンとデイヴはそんなことを話していた。ちなみにシェーマスは、試合にのめり込みすぎていて、隣で交わされている会話など耳に入っていない。おめでたい奴である。
「グリフィンドールの選手がどうやって選ばれてるか知ってるかい?」
これみよがしに、マルフォイがそう言った。ちょうどそのとき、スネイプが何の理由もなくハッフルパフにペナルティシュートを与えたところだった。
「気の毒なやつが選ばれてるのさ。わかるだろう?ポッターは両親がいない。ウィーズリー家は骨董品の箒を使い続けるような貧乏家庭。他のメンバーもどうせ似たようなもんだろう?」
マルフォイは、ひどく楽しそうにほくそ笑みながら続けた。
「ネビル・ロングボトム、君もチーム入り出来るんじゃないか?どう考えても普通の魔法使いより劣ってるんだから」
ネビルは顔を真っ赤にして、座ったまま振り返った。そしてマルフォイの顔をじっと見つめ、言った。
「マルフォイ、ぼ、僕は君がじゅ、十人束になったってかなわないくらい価値があるんだ」
ロンはハリーが心配で心配で、試合から目を離す気にもなれなかったが、「ネビル、もっと言ってやれ」と口を出した。
マルフォイは一瞬きょとんとした。だが次の瞬間には、ゴイルとクラッブと一緒にゲラゲラと大笑いした。
「ロングボトム!君がまさかそんな殊勝なことが言えるなんて思いもしなかったよ!」
笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、マルフォイはなおも言葉を重ねる。
「もし君に僕が十人束になってもかなわないなら、それこそ魔法界の終わりってもんさ!ウィーズリー、君が入れ知恵をしたのかい?ハハハ!」
マルフォイは笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、なおもにやにやしていた。クラッブとゴイルもそれにつられて、品のない笑い声をあげている。
その甲高い笑いが耳障りだったのか、デイヴがようやくそちらへ顔を向けた。青い目がうっとうしそうに細まる。
「黙ってろよ、マルフォイ」
吐き捨てるみたいな声だった。
そのとき、突然ハーマイオニーが叫んだ。
「ハリーが!」
グリフィンドールの男子は、みな立ち上がったり前のめりになったりしてハリーを探し、そして見つけた。
はるか上空、灰色の冬空を裂くみたいに、ハリーの箒が急降下していた。
赤いローブが風をはらみ、細い身体が箒にぴたりと伏せられている。落ちる、と思った次の瞬間には、もう誰の目にも、それが落下ではなく獲物に飛びかかる猛禽の軌道だとわかった。
「行け、ハリー!」とロンが叫ぶ。
「そのまま!」とハーマイオニーも声を張る。
ネビルは息を止めたまま、両手で観客席の端をぎゅっとつかんでいた。
ハリーは地面すれすれまで落ち、芝をかすめるようにして身体を起こした。
次の瞬間、審判の笛も、観客のどよめきも、すべてを突き破るような歓声が競技場いっぱいに爆発した。
「取った!」
「ハリーが取った!」
「グリフィンドールだ!」
赤と金の波が、観客席のあちこちで一斉に跳ねた。
シェーマスなど、さっきまで隣の揉め事に気づきもしなかったくせに、いまや誰より大きな声でわめきながら両腕を振り回している。ディーンも思わず立ち上がり、笑いながらデイヴの肩を叩いた。
「五分どころじゃないんじゃないか、今の!」
「すげぇな、あいつ」
デイヴも、さすがに少し目を見開いていた。
その青い目が一瞬だけ、心底楽しそうに光る。
だが、その歓声の只中で、すぐ後ろから、水を差すような拍手が三つだけ、わざとらしく鳴った。
ぱち、ぱち、ぱち。
「感動的だね」
マルフォイの声だった。
歓声に紛れて消えそうでいて、それでも妙に耳につく、冷たい声音。
「まぐれでスニッチを取っただけで、この騒ぎか。グリフィンドールって本当に安っぽい」
ロンが振り返る。
その顔には、試合の勝利の喜びより先に怒りが浮かんでいた。
「黙れよ」
「なんで? 本当のことだろう」
マルフォイは肩をすくめた。
クラッブとゴイルも、その後ろでにたりと笑っている。
「ポッターはたまたま運がよかっただけさ。もっとも、あいつの取り柄なんて、有名な名前と死人の親くらいしかないんだから、それでも上出来かもしれないけどね」
空気が変わった。
ロンの顔が一気に強張る。
ネビルも、さっきまで真っ赤だった顔から、こんどは血の気が引いたみたいに見えた。
「おい」
低く言ったのはデイヴだった。
彼は立ち上がりもしないまま、ただ顔だけを少し後ろへ向けた。声は大きくなかったが、さっきまでの軽口とは違う、底の低い響きがあった。
「黙ってろよ、マルフォイ」
ロンはまだピッチのほうに視線をやったまま、けれど苛立ちを隠しもせず続ける。
「そうだそうだ、もっと言ってやれ」
マルフォイは、そこでほんの少し口元を引きつらせた。
だがすぐに、いつものいやらしい笑みを作り直す。
「へえ、言うじゃないか」
マルフォイは目を細めた。
「気の毒なグリフィンドールは、互いを庇いあうのがお好きらしいね。ロングボトム、よかったじゃないか。バカそうなのが二人も味方してくれたよ」
クラッブとゴイルが笑った。マルフォイはデイヴのほうに顔を向けて、鼻で笑いながら続ける。
「聞くところによれば、ジョンソンも貧乏なんだろう?それに父親もいないらしいじゃないか。グリフィンドールは貧乏人を助ける寮なのかい?」
デイヴは片眉をあげた。
一瞬ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、ハロウィンのときに一度やらかしているので、ひとまず我慢した。
一方ロンはハリーのことが心配で、神経がはちきれんばかりになっていた。
「マルフォイ、それ以上何か言ってみろ――」
だがマルフォイはやめなかった。
むしろ、面白がっているように見えた。
「何だい、図星か? ウィーズリーだって同じだろ。ポッターのそばをうろついてれば、自分も少しはましな人間になれた気がするんじゃないのか?」
ロンが立ち上がる。
椅子がぎい、と嫌な音を立てた。
「それにジョンソン」
マルフォイの灰色の目が、今度はまっすぐデイヴを射た。
「父親に捨てられたくせに、ずいぶん偉そうだな。ポッターも君も、いない親に縋ってる者同士、気が合うのかい?」
言い終わるより早く、ロンとデイヴは同時に飛び出していた。
ロンはまっすぐマルフォイに突っ込み、ためらいもなく拳を振り抜いた。乾いた音がして、マルフォイの顔が後ろへ弾かれる。ほとんど同時に、デイヴは椅子を蹴って立ち上がりざま、ゴイルの腹へ深く蹴りを突き刺した。鈍い手応えが靴底に返り、ゴイルの巨体がくの字に折れて、そのまま後ろの椅子へ背中から叩きつけられる。
ネビルは一瞬、二人の剣幕にびくりとした。けれど次の瞬間には唇を引き結び、椅子をまたいでクラッブへ飛びついていた。
原作では、こういう取っ組み合いになると、むしろ押し負けるのはロンとネビルのほうだった。
だが、デイヴがひとり混ざるだけで、喧嘩の空気そのものが変わってしまう。
ゴイルは腹を押さえながら立ち上がり、唸り声を漏らしてデイヴに殴りかかった。
けれどその拳は、驚くほどあっさり空を切った。デイヴは半歩だけ身を引き、肩を沈める。まるで最初から軌道が見えていたみたいな、無駄のないスウェーだった。避けざま、デイヴの右拳が下から鋭く跳ね上がる。
顎だった。
骨にぶつかる重い音がして、ゴイルの頭ががくんと跳ねた。頬の肉がぶるりと震え、焦点を失った目が白く泳ぐ。その巨体は二、三歩よろけたあと、糸の切れた操り人形みたいに真横へ崩れ、椅子を巻き込みながら倒れこんだ。
デイヴはそちらをもう見もしなかった。
倒れた相手を確認するより、次を潰すほうが早いとでも言うみたいに、すでに身体は動いている。
クラッブに食らいついていたネビルは、見た目にはどうしたって分が悪かった。腕力も体格も向こうが上で、すでに目のあたりが青くなりかけている。それでも、しがみつくみたいにして離れない。クラッブが怒鳴りながら振りほどこうとした、その瞬間だった。
後ろから伸びた手が、クラッブの首根っこを乱暴につかんだ。
デイヴがクラッブを引き剥がす。勢いのまま前へ引きずり、逃がさないうちに、自分の額を思い切り後頭部へ叩きつけた。
鈍い、嫌な音がした。
クラッブの身体がぐらりと揺れる。
デイヴはその隙を逃さず、椅子へ無理やり座らせるように押しつけた。背もたれに沈み込んだ顔面へ、間髪入れず拳が入る。一発。二発。三発。どれも大ぶりではない。だが街で喧嘩慣れした人間の拳で、確実に急所だけを叩く打ち方だった。鼻先、頬骨、口元。クラッブの頭がぶれるたび、血が飛び、歯のぶつかる嫌な音が混じる。
その横では、ロンとマルフォイがもつれ合うようにして殴り合っていた。
喧嘩慣れしているのはどう考えてもマルフォイではないが、体格が近いぶん、あちらはあちらで泥くさい取っ組み合いになっている。ロンがマルフォイのローブをつかんで引き倒しかければ、マルフォイも必死で顔を狙って爪を立てる。二人とも鼻血を流し、息を荒げ、椅子の間に半分転がるような格好だった。
「ロン、どけ」
デイヴは短く言うと、マルフォイの肩口をつかんで強引に引き剥がした。ロンは勢いで横へよろけ、観客席の端に手をついて踏みとどまる。次の瞬間には、デイヴの両手がマルフォイの胸倉をつかみ上げていた。
ぐい、と。
ほとんど獲物でも吊るすみたいな乱暴さだった。
デイヴの背の高さと腕の長さのせいで、マルフォイの身体はあっさり宙へ浮いた。つま先が板張りの床につくかつかないか、そのぎりぎりのところでぶら下がる。マルフォイの顔から血の気が引き、さっきまでの嘲るような色はきれいに消えていた。
デイヴの青い目は、冗談みたいに冷えていた。
マンチェスターの裏通りで何度も殴り合ってきた人間の顔だった。
勢いで頭に血がのぼっているようでいて、実際にはひどく静かで、どこをどう痛めつければ相手が黙るかを知っている目だ。怒鳴り散らすより先に、先手で鼻を折り、顎を揺らし、立ち上がる気力ごと刈り取る。そういう喧嘩を、何度も何度もやってきた人間の動きだった。
マルフォイの身体は、思っていたよりあっさり宙へ浮いた。
胸倉を両手でつかみ上げられ、つま先が板張りの床をかすかに掠る。首が締まり、顔色は悪くなっているくせに、それでもマルフォイの灰色の目には、あの忌々しい高慢さがまだ残っていた。
息を詰まらせながらも、唇の端だけは無理やり吊り上げる。
「……こんな事したら、どうなるかわかってるんだろうな、ジョンソン」
デイヴはそれを聞いて、かえって口元を歪めた。
怒鳴り返しもしない。ただ、相手を見下ろす青い目だけが、ぞっとするほど静かだった。
「へえ」
短くそう言って、胸倉をつかむ手にわずかに力を込める。
布が喉元へ食い込み、マルフォイの顔が苦しげにしかめられた。
「どうなるんだよ。言ってみろよ」
マルフォイは喉を鳴らした。
苦しいはずなのに、負けじと顎を上げようとする。
「僕に手を出したこと、父上が知ったら——」
「で?」
デイヴはぴしゃりと遮った。
その声の冷たさに、近くで見ていたロンでさえ一瞬黙る。
「お前の父親が何だって?」
「……っ、ただで済むと思うなよ」
「ただで済まねぇのは今お前だろ」
デイヴは鼻で笑った。
その笑い方が、マルフォイを馬鹿にするためだけに磨かれたみたいに嫌に鋭い。
「ほら、続けろよ。どうなる? 退学か? 停学か? 親父が来て泣きながら先生に言いつけんのか?」
「貴様……!」
「それとも自分じゃ何もできねぇから、また親父の名前借りて吠えるだけか?」
その一言で、マルフォイの顔色がさっと変わった。
怒りでなのか、屈辱でなのか、頬がまだらに赤くなる。
クラッブは鼻血を垂らしたままうめき、ゴイルはまだ椅子のあいだで伸びている。さっきまで後ろ盾のように侍っていた二人がこの有様では、マルフォイの強気も薄っぺらく見えた。
だが、それでもマルフォイは意地を張った。
「放せ! 今すぐ放せ、この——」
「この、何だよ」
デイヴはぐいとさらに持ち上げた。
今度こそ、マルフォイの足は完全に床から離れた。板を掻こうとした靴先が空を蹴るだけで、何にも届かない。
「言えよ。さっきみてぇにぺらぺら喋ってみろ」
「……僕を、敵に回して——」
「敵?」
デイヴは、その言葉に本気でおかしそうに笑った。
だが目だけはまったく笑っていない。
「お前が?」
その言い方は、拳よりよほど人を苛立たせる種類の侮辱だった。
「父親のケツなめて、スネイプのナニでもしゃぶって俺を退学させようってか?すげぇな。見下げ果てた根性だ」
「僕はそんなことはしない!後悔するぞ……!僕だけでなく父や先生まで侮辱して!」
「どうやって?」
デイヴは顔を寄せた。
吐く息が触れそうな距離で、低く、ねじ込むみたいに言う。
「俺をどう後悔させるのか、ちゃんと説明してみろよ。親父に泣きつく以外でな」
マルフォイの唇がわなないた。
言い返したいのに、言葉が続かない。喉を締め上げられているせいだけではなかった。真正面からこんなふうに詰められたこと自体、ほとんどないのだろう。
デイヴはその沈黙を見て、ますます冷たく笑った。
「ほらな」
そう言って、頬を軽く叩く。
子ども扱いするような、腹立たしい手つきだった。
「でけぇこと言うわりに、中身は空っぽじゃねぇか」
「……っ、このっ」
「お前が喧嘩売ったんだろ。最後までやれよ、金髪」
ロンは鼻血を拭いながら、「そのままやっちまえ」と吐き捨て、ネビルは青くなった目の下を押さえたまま、それでも目を逸らさなかった。
他のみんなは口々に喜びを口にして、飛び、抱き合い、肩を叩いている。
マルフォイは苦しげに息を吸い、なおも高慢に言おうとした。
「……ジョンソン、お前——」
「俺がどうした」
デイヴは即座に返す。
「何も言えねぇんだろ。この薄っぺらのゲイ野郎が。さっさと失せろ」
マルフォイはまだ何かを言いそうに口を動かしたが、結局やめ、クラッブとゴイルを置いて走り去ってしまった。
置いて行かれたクラッブとゴイルも、すぐに目を覚まし、マルフォイの後を追って走っていった。見た目通りの頑丈な奴である。
あとに残ったのは、勝利の熱気と、喧嘩のあとの荒い息だけだった。
ロンは鼻の下を袖で乱暴にぬぐい、まだ興奮の冷めない顔で吐き捨てた。
「ざまあみろってんだ」
ネビルは目のあたりを押さえたまま、ぽかんとマルフォイたちが消えた方を見ていた。自分があの場でちゃんと食らいついたことすら、まだ信じられないようだったし、目の前で起きたことも半分ほどしか飲み込めていないらしい。シェーマスはようやく我に返ったように息をつき、ディーンは口元に笑いを浮かべたまま、感心したようにデイヴを見ている。
「お前、ほんと容赦ないな」
「向こうが売ってきたんだろ」
「それはそうだけどさ」
デイヴは肩をすくめただけだった。拳の骨を軽く鳴らし、何でもないことのようにローブの裾を払う。その顔には、やりすぎたかもしれないという反省も、少しはまずいかもしれないという焦りも、ほとんど見えなかった。
そのとき、ピッチのほうから歓声がさらに大きく湧きあがった。
ハリーが、赤いローブをひるがえしてこちらへ戻ってくるのが見えたのだ。
ロンはさっきまでの喧嘩など半分忘れてしまったように、身を乗り出した。
「ハリー!」
ネビルも、青くなりかけた目元の痛みを忘れたみたいに、ぱっと顔を上げる。ハーマイオニーはようやく強ばった息を吐きだし、胸の前で組んでいた手をほどいた。
ハリーは上機嫌だった。
五分も経たずにスニッチを取ったのだから当然である。けれど、観客席のあちこちに妙なざわめきが残っているのを見て、すぐに眉をひそめた。
「何かあったの?」
「何かどころじゃないよ」とロンが言った。「マルフォイが——」
「後でいいだろ」とデイヴが遮る。「今は勝ったんだから、それでいい」
ハリーは怪訝そうな顔をしたが、周囲の赤と金の熱狂に引き戻されるように、すぐさまあちこちから肩を叩かれ、背中を押され、飲み込まれていった。
フレッドとジョージが大声で何か叫び、ウッドは泣きそうな顔で選手たちを抱きしめている。リー・ジョーダンの甲高い声がまだどこかで響いていて、観客席は勝者の浮かれた騒がしさでいっぱいだった。
その喧騒の中で、デイヴは一度だけ鼻を鳴らした。
「ったく、騒がしいな」
そう言いながらも、その横顔には、ほんの少しだけ機嫌のよさが滲んでいた。
やがて生徒たちは、試合の余韻をたっぷり抱えたまま、ぞろぞろと観客席を降り始めた。
木の階段には霜が白くこびりつき、踏みしめるたびにきしきしと乾いた音がする。空は低く、色の薄い冬の日差しが雪の上をぬらりと光らせていた。グリフィンドールの生徒たちは、誰も彼も頬を赤くし、興奮した声で今の試合について話している。ハリーの急降下、スネイプの不公平な判定、ウッドの顔、そして最後の鮮やかな勝利。
ロンはその流れの中でも、まだ少し鼻息が荒かった。
「でも、あいつ今度会ったらただじゃおかないからな」
「さっき十分ただじゃなかっただろ」とディーンが笑う。
「それはそうだけど」
「お前も鼻血出してたしね」とシェーマスが言う。
「うるさいな」
ネビルはそのやり取りを聞いて、小さく笑った。
ほんの少しだけだったが、それでもさっきまでの沈んだ顔よりずっとましだった。ハーマイオニーはそれを見て、怒っているのか安心しているのか分からない複雑な顔をしつつ、ネビルの目元をもう一度ちゃんと見せなさいと言っている。
デイヴは先頭でも最後尾でもない、妙な位置を歩いていた。
誰かの輪の真ん中にいるでもなく、かといって完全に離れるでもない。ローブのポケットに手を突っ込み、時折耳のピアスをいじりながら、雪に縁どられた競技場の出口へ向かっていく。
彼の足元には、踏み荒らされた雪が泥まじりに溶け、無数の足跡が重なっていた。勝利のあとの浮き立った空気も、喧嘩の熱も、吐く息といっしょに少しずつ白く薄まっていく。けれど胸の奥にはまだ、何かがざらついたまま残っていた。
競技場の外へ出るころには、風はいっそう鋭くなっていた。
マフラーを押さえながら、生徒たちは城へ戻っていく。白く煙る冬空の下で、ホグワーツはいつもより遠く、いつもより古く見えた。
グリフィンドールは勝った。
ハリーはスニッチを取った。
マルフォイは逃げた。
けれど、ただそれだけで終わる日ではないような気もした。
デイヴは振り返らなかった。
背後に残る競技場の歓声も、雪に沈む足音も、そのまま冬の空気へ溶かしてしまうように、黙って城への坂を上っていく。
白い息だけが、ひとつ、またひとつと、冷たい午後に消えていった。
ジージェネ一周年ガチャ引いた?俺は一応PU全部出たけど被りがゼロカスだけで泣いた。マスリ完凸ダブルオーライザー多すぎて驚き。しばらく凸素材はダブルオーに消えそう。
Ex-Sはなんと10連と大規模攻略戦のガチャチケで当たったので大勝利。かなり良き。
暇ならコメ欄に結果書いてくれろ。これ読んでる人ガンダム好きな人いんのかな。
ちなイーフトはオルモ逃しました。1760くらいまで言ってディビ1狙ってたら大沼はまって1620フィニッシュとかで萎え。今回のギラシも取れませんでした。クソわよ。
最近はずっとDAYBRESK'S BELLばっか聞いてる。
My wishes over their airspace~♪
後もうだいぶ前からストラングラーズのGolden Brownにはまってんのよね。指輪物語とかハリポタの雰囲気にぴったりじゃない?それにGolden Brownってのが結構ぴったりよね。誰にとは言わないけどさ。
HBO版ハリポタ、みんな見た?
スネイプがな……。黒人なのはマジでよくわからないけど横転女子高生御大がGoサイン出したなら、俺は受け入れるよ……。
正直アランリックマンが完璧すぎたってのはあるし、外国だとアダムドライバーが押されてるけど、あれは正直アランにイメージを引っ張られすぎてると思う。でも俺もアダムでいいとは思っちゃった。正直ね。
というかこういう黒人にするしないとか、DEIとかのせいで余計なノイズが生まれるのが癪だよね。あと映画版ハリポタにとらわれてるやつがインスタとかでドラマ版の子役たちをディスってんのきつすぎ。永遠に映画版だけ見ててください。
俺的には映画版のほうは好きだけど、こっちもこっちでトリオとかほかのメンツがJKローリングのこと貶したり貶めたり、エマワトソンなんか差別主義者だとかローリングのこと言っておきながら、LGBT運動が下火になってきてポリコレが嫌悪され始めたら急にすり寄り始めたし、あいつマジでなんなん?彼氏もコロコロ変えてるし。どうしようもねぇな。代表作ハリポタか美女と野獣だけなんだからさっさと研究者にでもなってくれよ。ワイはJKローリングの熱狂的ファンなので、JKローリングがトチ狂ってナチス礼賛とかしない限りずっとJKローリングの味方です。
エマワトソン好きだったんだけどなぁ。ローリング自身フェミニストで、エマワトソンも国連とかで女性権利の向上とかを訴えてて、なんか後継者っぽくてさ。頭もよくて、すごい尊敬してたのになぁ……。がっかりだぜ……。
まあそれはそれとしてHBO版だけどさ!ダドリーによるハリー狩りとかもしっかり描かれそうでいいよね!ホグワーツの内装とか見た目とかもがらっと変わるのかな。見た感じそうっぽいよね。それに見慣れたホグワーツの寮章が変わるのは寂しいね。でもそれ以上にワクワクもしてる。是非期待を裏切らず、想定を超えるようなものをお出ししてほしいくらいです。
読んでくれてありがとうございました!感想お待ちしてます。感想くれると執筆スピードがあがる……。かも、しれません。ではまた。