妖しげな空気をたっぷりと含んだ魔法の森の並木道を、一人の男が歩いていた。普通の人間なら森に蔓延する妖力によって活力を奪われてしまうが、彼はこれといった反応は見せていない、まるでこれが日常であるかのようだ。
それもそのはず、彼は一見して妖怪の類には見えないが妖怪の血を引いた人間である『半妖』であり、むしろこの森の空気は彼に活力を与えていた。彼の名前は森近霖之助。この森のはずれ、人里近くの空き地で『香霖堂』を経営している道具マニアである。
彼は、幻想郷と外の世界の境界が緩い場所から入り込んでくる外の世界の道具、雑貨類、果ては衣服などを収集することと、これまた外の世界で存在を忘れ去られ、幻想郷に流れ着いた魔道具などを保管することを生きがいとしており、今日もそれを行った帰りだった。
外の世界ではいくらでも手に入りそうな凡庸なガラクタと、それに対して外の世界では決して見ることのないような、魔術的な装飾があしらわれた特異な形状の魔道具を両手いっぱいに持ち歩く彼の足取りは、軽かった。
くせもの揃いの幻想郷では貴重な常識人として扱われ尊敬されている彼だが、この趣味に関しては、あまり気の合う相手が多くはなかった。これまでは、魔法の森のはずれでほぼ何でも屋のような魔法店を開いている魔法使いの少女、霧雨魔理沙が収集癖の唯一の理解者だったが...
最近、彼には魔理沙に次ぐ新たな理解者が現れた。しかも幻想郷でも外の世界の出身でもない、未知の異世界からの来訪者ともいうべき特異な存在。霖之助は彼の持つ様々な
それからというもの、霖之助はいつにもまして
「ちょっとそこのメガネ、私と取引してくれない?あんまり手荒なことはしたくないからさ、素直になってくれると助かるんだけど」
「......とても取引に来たとは思えないね」
荷物を抱えて歩く霖之助の前に、二本の白い角を携え、白と赤が少しずつ混じった黒髪の少女が踊り出た。彼女は取引をすると言っている。
だが、幻想郷の住人お決まりの浮遊能力で宙に浮き、右手に赤黒い魔力を漂わせているその姿からは、霖之助の言う通りとても取引を行う姿勢には見えない。これは脅しだ。火を見るよりも明らかだ。
「とりあえず、何が必要なのか聞いてみようかな」
このような状況でも霖之助は冷静に言葉を紡ぎ、その裏では彼女の正体とその処置について冷静に思考している。彼の言葉を受けた少女は、う〜んと考え込む様子を見せており、若干の猶予があった。
──彼女の顔......見たことがある。天狗の書いた新聞だったかな。確か天邪鬼の妖怪で......一度異変を起こして霊夢に退治されていたはずだけど...
レンズの下の細められた瞳で彼女の顔を観察して、その情報を自分の中の記憶と結びつける。大まかな容貌は記憶と一致しており、目の前の彼女がその天邪鬼の妖怪であると判断を下そうとするが、その直前で強烈な違和感が彼を襲った。
──あの天邪鬼の妖怪は悪知恵を働かせて、ほかの妖怪を誑し込んで異変を起こしたらしい。つまり彼女自身はそこまで強力な妖怪ではなかったはずだけど......この気迫はなんだ?
記憶の中の弱々しい姿とは違い、身体も力も成長したように見えるその姿に霖之助の身体は独りでに防御反応を起こし、冷たい汗が頬を伝い、背筋が張りつめていた。外見的な特徴と不遜な態度は記憶と一致しているが、その他の要素がことごとく違う。
何かがあった。そう判断した霖之助は、荷物を投棄して応戦するか否かの判断に迷う。今日はいいものが採れたと感じていた彼は、名残惜しい気持ちを抱きつつも、背に腹は代えられないと投棄しようとする。
しかし、その寸前で新しい友人の姿が脳裏によぎり、放そうとした手が止まる。そうしているうちに、彼が稼いだ時間は過ぎ去った。
「やっぱ全部かなぁ...」
少女はそう宣告して、ニタニタと歪んだ悪辣な笑みを浮かべた。そしてその直後、右手に漂わせていた魔力を無数の棘のように分解し、弾幕のように射出した。
「ぐ...ぁっ」
心に迷いが生じていた霖之助は荷物で手が塞がったままであり、回避行動も防御行動もできずに弾幕の嵐に晒されてしまう。魔力の棘は彼の体に命中するたびに小規模な爆発を起こし、その勢いに耐えきれなかった彼の体は、後方へ吹き飛ばされてしまう。
「うっ...!」
身体が宙に浮いてから数秒ほど経ったところで、脇道にそびえていた木々に身体が衝突する。その衝撃で霖之助がうめき声を上げると同時に、強く打った頭部から出血する。メガネのレンズもひび割れており、かなりの怪我だ。
「じゃあ、この道具は私の偉大なる反逆のために役立たせてもら......うわっ!」
少女は霖之助が耐えられずに手放した道具とガラクタの山に、ハイエナのように飛びつくが、吹き飛ばされた先で霖之助は懐にしまっていた魔道具を取り出し、魔法弾を連射して少女に反撃する。その行動の裏には、道具をぞんざいに扱われた怒りがたぎっていた。
「まだまだ元気だなぁ...」
邪魔をするなら仕方がない、といった様子で道具を漁るのを一旦止め、少女は再び霖之助をターゲットに据える。彼女は彼を元気だと評したが、どう見ても重症である。天邪鬼とは文字通り、性格も天邪鬼な妖怪だ。
程なくして、少女と霖之助の争いは弾幕の打ち合いに発展する。先制攻撃で重傷を負い機敏に動き回ることができない霖之助は、明らかに不利な状況に置かれている。
しかし、それでも臆することはなく、手にした筒状の魔道具で弾幕を張って、彼女の魔力の針に命中させることで相殺していく。
だか、やはり彼女は成長している。徐々に弾幕を抑えきれなくなり、何発かの弾幕が、彼の頬を掠める。そのうえ、対抗するのに魔力を使いすぎたのか、威力が不安定になってきている。この状況では、彼女を力で打ち負かすのは無理だと霖之助は直感していた。
「ずいぶんと長く楽しませてくれるねぇ...!」
何らかの理由で強い力を得ている天邪鬼の少女だったが、彼の予想外の反撃によって思うように事が運ばず、フラストレーションが募って攻撃をさらに激化させる。
──さすがにこれ以上は対抗できそうにないか...
勢いを増した弾幕に耐えきれないと踏んだ霖之助は、ある行動に出る。懐から淡い青色に輝く宝玉を取り出したかと思うと、それを彼女に向かって投げつけた。調子づいた彼女は取るに足らないものだと、強化された弾幕でそれを撃ち落とすが...
宝玉に封じ込められていた光が解放され、薄暗いこの森の一帯を、青い光で染め上げた。強烈な光によって二人の影が強調される。そこには慌てふためく少女の影があった。
「!?......な、なんだ!目が...見えない!」
霖之助が放ったのは、友人から譲りうけた
対象の視界を覆う眩い光で敵の目を眩ませ、戦闘からの離脱を手助けする、『くらましの玉』の効果によって、天邪鬼の少女の視界は奪われ、前後不覚に陥って混乱している。
──今だ!
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「不覚!逃げられてしまうとは......!」
霖之助が逃走してから数分後、視力が回復した天邪鬼の少女が目にしたのは、血の跡とガラクタの山だった。試みが失敗したことを突きつけられた彼女は、当たり散らして残されたガラクタの山を蹴り飛ばす。
「この血の痕を辿ればあのメガネのところまで辿り着けると思うが...反撃の構えを取られていても困るな...だがそれなりに手傷は負わせた、すぐには準備できないかもしれない。追撃するなら弱っている今か...?」
力任せの行動だったが、ガラクタの山は思いのほか重量があり、足に衝撃が来る。その痛みで我に返った彼女は、芝居がかった尊大な口調で大きな独り言を呟いて思案する。
「追いかけるか...!悪は急げ!」
悩んだ末、彼女は霖之助を追跡することを選択した。 血の跡を追って、彼女は人間などが通行するのに用いられている並木道から外れ、草木が生い茂る道なき道を進んでいく。
歩いていくとなると、背の高い草や木の根に足を取られてしまうが、飛ぶことが出来る彼女にはお構いなしだ。ぽつぽつと残されている点を辿るのが面倒なだけで、特に難しいことではなく、彼女はすいすいと進んでいく。
しばらく辿っていると、残っている血がまだ新鮮なものに段々と変わっていることに気づく。標的が近づいていることを悟った彼女は、またしてもニタニタと悪辣な笑みを浮かべるが...
「お前は誰だ?」
「お前こそ誰?」
突然、後方から不躾にも自分を呼び止める男の声が聞こえ、彼女は水を差された怒りから不機嫌な態度を隠そうともせずに男に吐き捨てる。
「人に名前を聞く前にまずは自分か...ら......」
この人と会話するマナーがなっていない男が、どんな不細工な顔をしているのか一目見るために、男の方へ振り返る。そして、彼の姿を目撃した瞬間、彼女に異変が起きた。
「な、なんだ...頭に...声が...」
──殺......
──...せ
──殺せ!
──あの悪魔を!
彼女の頭の中に、威厳に満ちた厳しい声が鳴り響き、それに呼応するかのように体中に魔力が駆け巡っていく。自分の意識とは関係がない身体の反応に、この声は自分に力を与えた存在から発せられているのだと彼女は判断する。
「必要な事なのか?」
少女は、その声の主と交信すべく、顔を伏せて誰もいない場所に向かって言葉を発する。急に動かなくなったと思えば、ここにはいない誰かに語りかけているような行動を取る少女。
その行動に、ストライプ柄のジャケットをまとった男は言葉の代わりに目を細めた訝しげな視線を向けていた。
──コイツに何があるっていうんだ...?ヒョロくてパッとしないし、外来人みたいな格好だし...私の力と何か関係があるのか?
自分の中の力の源は、目の前の男を殺せと急かすが、少女にはその理由がつかめずにいた。その男はあの道具屋と比べて価値のある物を持っているようには見えないし、何か特別な力を秘めているようにも見えなかった。
──その悪...魔は...おぬしと...同じく...我の...加護を与えらし...者
──だが......我の見込み...違いであった...
──奴から...我が...力の一端を奪い返すのだ...
「あいつを倒せば、もっと強くなれるってことか...そうか...」
声に唆され、その声に従うことを選択した少女は、標的である男に悟られないように心の中で呟いた。そして、男の警戒を解いて不意打ちを狙うべく、得意の嘘八百で彼を言いくるめようと試みるが...
「あれをやったのは、お前か?」
彼女の言葉を男は一蹴し、ある場所を指さす。男が指したその先には、力なく横たわっているメガネの男──森近霖之助の姿があった。彼は眠っているようだが...
「............チッ」
であれば、まだ目の前の男には事実が知られていないかもしれないと考え、またウソを紡ぎだそうとする。だが言葉の代わりに出てきたのは、苛立ちがこもった舌打ちだった。
力を得たことで気が大きくなっていた彼女は、回りくどい策を弄することが面倒になり、純粋に力で叩き潰す事を選んだのだ。そして、霖之助にそうしたように、またしても赤黒い魔力の針を目の前の男に向かって撃ち出す。
霖之助の時とは異なり、既に戦う覚悟を固めていた男は下半身に力を込めて地面を踏みしめ、体を支える。そして大きく息を吸い込みながら両腕を胸の上で組む事によって、弾幕を防御する姿勢を取った。
男は回避ではなく防御する事を選んだため、当然ながら無数の魔力の針が全身に浴びせかけられる。命中した弾幕はやはり、そのたびに小規模な爆発を起こして彼を打ちのめす。
しかし、全身をしっかりと固定しているため、怯むことは無かった。さらに男は、弾幕の合間を縫って体内で変換、凝縮していた息を吹きかけた。それはたちまち周囲を凍てつかせる極寒の吹雪となり、一帯は氷霜で覆われた。
「全然効いてない!?へこむなぁ...」
とは言うものの、少女はまだ悪辣な笑みを崩してはいない。氷の息で彼女を牽制した男が、距離を詰めようと体を動かそうとする。
──何だ...?
しかし、彼女の笑みの意味を明らかにするように、男は違和感に苛まれていた。身体が思うように動かない...否、動かそうとした逆の方向に動いている。男は少女との距離を詰めるはずが、逆に自ら距離を離して、弾幕の射程内に戻ってしまったのだ。
「わたしの力がオマエを殺せ殺せってうるさいんでね、悪く思わないでくれ!」
これを好機とみたのか、力強く宣言して、再び魔力の針を乱射する少女。。頭の中で響いたあの声は、彼を殺せと言っていた。であれば、先の道具屋のように手加減してやる理由もない。反撃される前に、撃ち尽くしてしまおうという考えだった。
貴重な行動の選択肢を少女の術によって無駄にしてしまった男の眼前に、無数の魔力の針が迫る。男は咄嗟に何かを構えようとしたが、あと一歩間に合わなかったのか、そのまま弾幕に飲み込まれた。その様子を遠巻きに眺めていた少女は、勝利を確信してニヤリと歯茎を見せながら笑みを浮かべた。
「ぇ...?」
だが、次の瞬間に彼女が感じたのは、浮遊感だった。既に浮遊しているのに、なぜこんな感覚がするのか。それは自分が吹き飛ばされているからだと彼女が自覚した瞬間、針に刺されたような痛みが全身を駆け巡った。
「はぁ?......っ!」
痛みで我に返った少女の眼前には、無数の弾幕が迫っていた。完全に意識の外からの攻撃で頭が回らなかった彼女は、なぜこうなっているのかが理解できなかった。
──跳ね返した...!?
やがて、その弾幕をすべて受け切り、宙に浮いた自分の体が後方へ向かって加速していくのを感じた時、これは自分が放っていたものであると理解した。
「クソッ...お前なんかなんともないんだからな!このザ~~コ!」
自分のペースを完全に崩された少女は、何度も地面を転がりながらも何とか受け身を取って立ち上がり、捨て台詞を吐いて、そそくさと撤退した。その様子をじっと見つめていた男は、今一度周囲の安全を確認すると、霖之助を担いでその場から去っていった。
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「はぁ....はぁ...はぁ」
男のもとから逃走した天邪鬼の少女は、魔法の森の最深部から繋がる、幻想郷の中でも特に危険度が高い地域の、{『無縁塚』まで逃れていた。乱射した弾幕をすべて跳ね返され、一身に受けることになった彼女の体は、同じ攻撃を受け続けた霖之助と同等の負傷を負っていた。彼女は近寄ってくる低級の妖怪を弾幕で追い払い、荒い呼吸をしながらある場所を目指す。
「............あの悪魔...人修羅に後れを取ったようだな、我が因子を持つ者...鬼人正邪よ」
天邪鬼の少女──
「ヒトシュラ... あぁ、あの顔面発光タトゥー男のこと?あいつに何されたんですか、神様?いきなり殺せ殺せって.........あっ」
相手が相手なのか、ややへりくだった態度で接する正邪に神様と呼ばれた石像の欠片は、怪しく光る金色の瞳に怒りを滾らせていた。彼女はその憤怒を察知して、慌てて言葉を取り消し、話題を切り替えた。
「っていうかここに来なくても喋れるんですか~?」
「我を焦がす、あ奴への怒りが我を動かしたのだ」
「そうですか...ハイ...」
その話題も、結局人修羅という人物への話題に帰結し、石像の怒りは収まることを知らなかった。手足も胴体もない頭半分の姿だというのに凄まじい気迫を見せるその石像に、以前よりも成長したはずの正邪も縮こまっていた。
「よいか......次こそあ奴を抹殺するのだ...お前の力には、あ奴に対抗しうる可能性がある。この先は,、これを持ち歩くがよい...我がおぬしに助言をくれてやろうぞ.」
「はいっ!神様の一部だと思って大切にいたしま~~す!」
石像は謎の石片を浮かせて、正邪の前に突き出した。彼女はそれを大げさなセリフを吐きながら、平伏して拝領する。
「そうだ、其れは我の一部...間違っても喪失することのなきよう、注意を払うがよい...」
「はい...」
正邪は凄まじいプレッシャーを感じながらも、震える手でそれを懐にしまいこみ、無縁塚を後にした...
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