狐人と物狂いの帝 ~二人で一人の安倍晴明、仇を探す旅路にて空海と出会い、暴悪無双の上皇と相対する事~ 作:木下望太郎
――我々の知る歴史において。
元慶四年、西暦にして880年、十二月四日。清和上皇崩御。
この直後に陽成天皇より、右大臣たる摂政・藤原
が。
異常である。一度であれば謙遜を示す儀礼的態度として理解されるものであるが、これほど辞退が繰り返されることは考えられない。
そればかりか。
我々の知る歴史において、その原因を記した史料は現在のところ発見されていない。――
あの夜、やり過ぎてしまったか。貞明は――後に陽成天皇と送り名される今上の帝は――そう思っていた。
摂政・藤原
が、だからといって。
「ね。あれは、やり過ぎだったよね」
賀茂忠行はわずかに身をかがめ、貞明の言に、じっと耳を傾けていた。どこか困ったような、穏やかな笑みを浮かべて口を開く。錆びたような低い声が、しかし淀みなく流れた。
「お優しいことです。ですが、
筋金を入れたように背筋を伸ばす。貞明と違ってすでに元服を済ませ、かちり、と糊の利いた
「自身の氏族の繁栄のみを考え、いえ、氏族内ですら蹴落とし合う様すら見受けられる……藤原氏の専横にはいささか目に余るものがあるかと。あれぐらいの目に遭わせて丁度良いのでは、と」
真っ直ぐに腰を折り、深く頭を下げてくる。
「貴方様こそが、日の本の主なのですから」
物々しい口調に貞明は苦笑したが。口を開く前に、別の男が口を挟んだ。調子を取るように、自らの掌に扇を打ちつけながら。
「いやっ、正にそう! そのとおりで御座いますとも、私めもあのお方は少々やり過ぎかと! 思っておった次第に御座います!」
細い目をさらに細めて笑うのは貞明の
またも扇を手に打ちつける。
「あれだけ威張りくさっておいて、いざ帝の御力を目の当たりにしては怯えて慌てて引きこもって! なんとも
それでも、年上の
何のかのと言って、
だいたい、摂政が
母、
それゆえ貞明は、他の臣が要請する
その後いくらか語らった後、それぞれの役目へと戻り。
行事へ形ばかり臨席しながら、貞明は二人との会話を噛みしめるように思い返し、一人微笑んでいた。
何しろ、友がいる。自分と同じモノを見てくれる友が。
忠行には何度か、陰陽の術を手ほどきしてくれるよう頼んだが。そのたびに腰より深く頭を下げられ、丁重に断わられていた。
「そのようなことは我ら陰陽師の技、
「何より。過ぎたるは及ばざるが如し、大き過ぎる力というものはとかく忌まれるもの。摂政殿が、主上の御力を目の当たりにされたときのように」
もっともな意見ではあった。
貞明も、以降人前で力を使うことはなかった。もっとも陰陽師の術と違い、神器や霊剣の類がなければ何ができるわけでもなかったが。
ただ、忠行が時折送ってくる式神――折紙細工を
忠行の言をこれらが伝え――それらが指や尾で、宙や床に光る
今も、儀式に連なる公卿らが、帝の独り言――と見えるだろう――と忍び笑いに、密かに
一度だけ、人前で力を使ってみせたことがある。
元慶五年――上皇崩御の翌年。引きこもっていた
いわく。いつぞや内裏に家鳴りや
宙に浮かんだ光る
「ほほう!」
供の者らを置き去りにして駆け出し、清涼殿へと戻る。
笑みが止まらなかった。忠行から、友から頼られていると思うと。
ばたばたと音を立てて廊下を駆け、紫宸殿へと至る。足音のせいではなく、かすかに建物が震えていることに気づいた。あのときと同じ、家鳴り。
百官が居並ぶ広間には――まるで見世物のように中央に、しかし誰一人として気づいた様子もなく――あのときの大蛙がいた。背を草と苔に青々と彩られた、平たい尾のある蛙。
その尾が床から飛び出た金釘に引っかかり、逃れられずにもがいている。その周りから鉄の鱗を
尾を釘に絡めたまま、血相変えて蛙は暴れ。家鳴りが紫宸殿の床を震わせ、柱を揺らした。
貴族らが辺りを見回し、あるいは駆け込んできた帝へ目を向ける中。
鎌首もたげた蛇どもが次々に蛙へと飛びかかり、草の伸びる皮膚に牙を立てた。
蛙がいっそう身をよじり、居並ぶ人々には聞こえぬ声でげこげことわめき。尾をひどく引くも釘は食い込んで外れず、跳び上がっては何度も体を床に叩きつけた。そのたびに床が軋み、壁が震える。
貞明は声を上げていた。
「やめろ! よせ、お前たち!」
一際大きく跳びはねた蛙が体を床に叩きつけたとき。その震動は床はおろか、柱から伝わって天井を揺らし。床下へと向かって
ご、という揺れを前触れのように発した後。地の底をつかんで揺さぶるような
「くそっ!」
貴族らが突然の揺れに床へ手をつき、あるいは立ち上がろうとして転び、顔から床へ倒れるのを横目に、貞明は霊剣の袋を解いた。
半ばほどまで引き抜いた刃から無数の
やむを得ず剣を取り直し、刀身の全てを抜く。切先を蛙へと向けて狙いを定めた。
剣を振るうと同時、放たれた金気の
大蛙は身を震わせ、虫食いのように欠けた尾を打ち振るいながら広間を跳び出し、紫宸殿の外へと逃げていった。
――大事がなくて良かった。
息を深く深くつき、額の汗を拭って貞明は笑い。
駆け去った帝を追ってきた
床へ転んだままの貴族らは、目を円く開いて貞明を見上げ。
摂政・
辺りを見回した後、どう説明したものか貞明が考え始めたとき。
貴族らは我先に、何事か叫びながら広間を駆け出ていった。押し合って倒れる者、落とした
がらんどうの紫宸殿で貞明は、はたと気づく。
貴族らには逆にこう見えてしまったのかも知れない。帝が叫んだ後、突如として
苦笑しながら剣を納める。
皆にも知れてしまったかな。私の力、というか霊剣の力が。まあ、いいか。
――我々の知る歴史において。
元慶五年、西暦にして881年、四月七日。成選
原因についてそれ以上の記述はない。なお、儀式は二日後に改めて執り行なわれ、一応は事なきを得ている。
一方、その後に摂政・藤原