聖闘士星矢異伝 〜聖域なき聖域改革、時代遅れの場所には住みたくない〜 作:斉宮 柴野
暴走するアテナの意思により、少年・星矢は神の処刑装置と化す!
絶望に沈む戦場へ立ち塞がる者──
死の蟹、蒼き祭壇、そして美の黄金。
三つの小宇宙が重なり、禁断の咆哮を呼び覚ます!
神に従うか、人に殉ずるか!
世界の命運を決する、人類史最大のエクスクラメーションがいま放たれる!
次回──『女神の盾、死への断罪』
人間の誇りよ、神を穿て!
空間を焼き尽くすほどの閃光が収束し、世界が白から極彩色へ、そしてまた白へと明滅する。物理法則が悲鳴を上げ、大気はプラズマ化し、重力さえもが意味を失ったカオスの中心で、一つの決着がつこうとしていた。
轟音。いや、それは音と呼ぶにはあまりにも暴力的すぎた。大気が圧縮され、解放される衝撃波。それが、デスマスクを直撃した瞬間、聖域の岩盤が波打つように隆起し、そして砕け散った。
ドゴォォォォォン!!
「ぐううう!!!!」
デスマスクが誇った黄金聖衣。オリハルコン、ガマニオン、スターダストサンドといった伝説の金属で構成され、太陽の輝きを宿すと謳われた最強の鎧。
無残にも砕け散っていく。肩のアーマーが弾け飛び、胸のプレートに亀裂が走り、足の具足が粉砕される。
黄金の欠片がキラキラと空中に散らばり、デスマスクの吐き出した鮮血と混ざり合って、残酷なほど美しい死の芸術を描き出す。
「これが……伝説の神聖衣。すげぇ……体が軽いなんてモンじゃねえ。まるで重力がないみたいだ。沙織さん、見てくれたか?これが俺たちの……奇跡だ!」
彼女は、自身の胸に突き刺さった黄金の矢の痛みも忘れ、星矢の姿に見惚れていた。瞳が潤んでいる。それは、危機を脱した安堵からくる涙か、それとも目の前の英雄に対する憧れか。
彼女の頬が、ほんのりと朱に染まる。今の彼女は、地上の愛と正義を守る女神アテナではない。ただの、恋する乙女の顔をしている。
「星矢……カッコいい……!信じられない……本当に、神話の天使みたい……」
「へっ、そうか?天使ってガラじゃねえけどよ。でも、これならデスマスクにも勝てる。沙織さんを守り抜けるぜ!」
「うん……とっても……見事です、ペガサス。貴方は私の……自慢の聖闘士です」
スイッチが切り替わる。OSが入れ替わる。潤んでいた瞳から、ハイライトが一瞬にして消え失せる。頬の朱色が引き、白磁のような冷たい肌色へと戻る。口角が、感情のない水平なラインへと戻る。そこにいるのは、城戸沙織ではない。彼女の肉体を器として利用している、高次元のシステム管理者。女神アテナ。
黄金の矢による生命力の低下が、皮肉にも人間の自我の抵抗力を弱め、神の意識の完全な浮上を招いてしまったのだ。彼女の口から紡がれる言葉の温度が、絶対零度まで下がる。
「さあ、そこにいる蟹座と祭壇星座を殺しなさい。神罰です。彼らは神に弓引く大罪人。生かしておく価値はありません。徹底的に、魂の欠片すら残さぬよう、消滅させなさい」
「え……?沙織さん……アテナ……?な、何言ってんだよ。勝負はついたぜ?デスマスクはもう動けねえ。これ以上やる必要なんて……」
彼の知る沙織は、敵であっても慈悲をかける優しい少女だ。無抵抗の相手を、しかも「魂まで消滅させろ」などという残虐な命令を下すはずがない。星矢は、沙織の元へ歩み寄ろうとする。「どうしたんだよ、沙織さん」と声をかけようとする。
だが。体が動かない。いや、動く。星矢の意志とは無関係に、勝手に。ドクン!!心臓が早鐘を打つ。神聖衣が、星矢の肉体に食い込むように強く脈動する。アテナの血によって進化したこの鎧は、アテナの意思と直結している。いわば、マスターとスレーブの契約だ。アテナの命令は、星矢の脳を経由せず、直接聖衣へと伝達され、聖衣が星矢の肉体を強制的に駆動させる。
「う……あ……。なんだ……これ……体が……勝手に……!熱い……小宇宙が……暴走する……!」
自分の意志で小宇宙を燃やしているのではない。外部からのハッキングによって、強制的にオーバークロックさせられているような感覚。血管が浮き上がり、筋肉が悲鳴を上げる。限界を超えたエネルギーが、星矢の体の内側から溢れ出し、彼の自我を塗り潰していく。
「星矢………??」
沙織の内なる声が、微かに響く。それは、システムの奥底に封じ込められた、本来の所有者の悲鳴だ。彼女もまた、自分の口が勝手に動き、愛する星矢に残酷な命令を下していることに恐怖している。やめて。そんなこと言わないで。星矢を苦しめないで。彼女の魂が叫ぶ。だが、その声は、圧倒的な管理者権限を持つ女神の前では、ノイズとして処理される。
「邪魔。黙りなさい、小娘。これは聖戦です。神の権威を示すための、必要な儀式なのです。慈悲などという不確定要素は、排除します」
アテナが冷酷に切り捨てる。沙織の意識は、再び深い闇の底へと沈められる。そして、アテナの瞳が、青白く発光する。それに呼応するように、星矢の瞳からも生気が失われる。少年らしい輝きが消え、ただ神の命令を実行するためだけの、無機質な光が宿る。システムリンク、完了。ペガサスは、天馬ではなく、神の戦車を引くただの馬となった。
「はい……アテナの……御心のままに……。敵を……排除……します……」
星矢の声から、抑揚が消える。彼はゆっくりと、崩れ落ちた岩壁の方へ向き直る。そこには、全身血まみれになりながらも、瓦礫を押しのけて体を起こそうとしている男がいる。
デスマスクだ。黄金聖衣は砕け、体中が傷だらけだが、その瞳の闘志だけは消えていない。彼は見ていた。星矢の変化を。沙織の豹変を。そして、神聖衣という奇跡の力が、結局は「神の鎖」でしかないという残酷な現実を。
「くっ!神の操り人形かよ……!笑わせやがる……!奇跡の聖衣だなんだと持て囃されても、結局はご主人様の言う通りに動くだけのラジコンじゃねえか!」
彼の怒りは、自分を倒した星矢に向けられたものではない。星矢という人間の尊厳を踏みにじり、道具として利用する「神」というシステムそのものに向けられている。
これだ。これこそが、アッシュが、サガが、そしてデスマスク自身が憎み、変えようとした「神の支配」の正体だ。人間を愛していると言いながら、その実、人間を駒としか見ていない。自我を奪い、命を消費させ、それを正義と呼ぶ傲慢さ。
「見ろよ、星矢!てめえの守りたかった女神様は、てめえを壊してでも俺を殺せと言ってんだぞ!それがてめえの信じた正義かよ!」
だが、その言葉は星矢には届かない。今の星矢は、受信機だ。アテナからの送信データを受信し、実行するだけの端末。
「死すべし……。アテナに仇なす者は……等しく……死すべし……」
星矢が無慈悲に右拳を上げる。そこに収束するのは、先ほどの彗星拳をも凌ぐ、純粋な破壊のエネルギー。神の力によって増幅された、処刑の一撃。デスマスクは動けない。聖衣を失い、ダメージは限界を超えている。回避も防御も不可能。だが、彼は目を逸らさない。神の横暴を、その目に焼き付けるために。そして、人間の意地を見せつけるために、震える足で仁王立ちする。
「来やがれ、ポンコツ神!俺の肉体は砕けても、俺たちの『改革』の意志は砕けねえ!人間の時代は、必ず来る!!」
◆
「そうはさせんよ。受け給え。赤きバラの恐怖。ロイヤルデモンローズ」
殺伐とした戦場の空気が一変する。芳しい香り。死臭と焦燥感に満ちたこの場所に、あまりにも似つかわしくない、甘美なバラの香り。
ヒュンッ!
真紅の閃光が走る。それは星矢の顔面、眉間のあたりを正確に狙って飛来する一輪のバラだ。美しい。だが、その美しさには猛毒が秘められている。触れるだけで五感を奪い、死に至らしめる魔宮のバラ。タイミングは完璧だ。星矢が拳を振り下ろそうとした、そのコンマ一秒の隙を突いている。
だが。神の代行者は、その程度の奇襲では動じない。星矢の瞳が、僅かに動く。視線が、飛来するバラを捉える。ただそれだけだ。回避もしない。手で払うこともしない。ただ「見た」だけ。
フワッ……。
星矢の視線から放たれた不可視の衝撃波が、真紅のバラを空中で解体する。毒の棘も、美しい花弁も、茎も、すべてが瞬時にバラバラになり、ただの無害な花吹雪となって散っていく。物理法則を超えた防御。いや、これは防御ですらない。神の御前に、不浄なものが近づくことすら許されないという、絶対的な結界だ。
「……!」
ただ、邪魔が入ったことを認識し、その発生源へと顔を向ける。無機質な瞳。そこに感情の色はない。デスマスクが、驚きと共にその方向を見る。岩の上。逆光の中に立つ、黄金のシルエット。風になびく水色の長髪。そして、口元に咥えられた一本のバラ。その立ち姿は、戦場にあってなお、一枚の絵画のように美しい。
「あ……アフロディーテ」
デスマスクの声が震える。安堵か、それとも呆れか。そこには、魚座の黄金聖闘士、アフロディーテが立っている。聖域随一の美貌を誇り、そして「力こそ正義」を信条とする男。彼は優雅に岩から飛び降りると、デスマスクとエレナの前に音もなく着地する。ふわりとマントが舞う。その仕草一つ一つが、計算されたかのように洗練されている。
「無事か?エレナ、デスマスク。こっぴどくやられたようだな。美しくない」
その口調は辛辣だ。彼にとって「美しさ」とは絶対的な基準であり、血と泥にまみれた姿は、たとえ仲間であっても評価の対象外となる。しかし、その瞳の奥には、確かな同僚への気遣いが見え隠れしている。
「面目ない……。しかし、助かりました」
エレナが、痛む体を引きずって立ち上がる。彼女の白銀聖衣は砕けている。だが、その知的な瞳の光は失われていない。彼女はデスマスクに肩を貸し、彼を立たせる。
「ふん、遅えんだよナルシスト野郎。もう少しで俺が三途の川で、アッシュに愚痴をこぼすところだったぜ」
ボロボロになりながらも、いつもの憎まれ口が叩けるなら、まだ大丈夫だ。三人は並び立つ。黄金聖闘士二人と、それに匹敵する実力を持つ白銀聖闘士一人。聖域を守る「改革派」の主力メンバーが、ここに集結する。
「さて……あれは勝てそうにないな」
彼は冷静だ。ナルシストではあるが、決して馬鹿ではない。むしろ、戦況を分析し、損得勘定を弾き出す能力においては、アッシュ参謀長にも引けを取らないリアリストだ。
目の前にいるのは、ペガサスの聖闘士ではない。神聖衣という理外の鎧を纏い、アテナという神の意思によって駆動する、殺戮マシーンだ。放たれるプレッシャーが違いすぎる。美しさのベクトルが違う。アフロディーテの美が「華麗な技」であるなら、今の星矢の美は「冷徹な機能美」だ。勝てる気がしない。本能がそう告げている。
「おいおい!いきなり白旗かよ!らしくねぇな、美の戦士様がよ!」
彼は諦めていない。何度叩きのめされようと、何度絶望を見せられようと、噛み付くのが彼のスタイルだ。
「お前がそんなにボロボロになる相手に挑もうとは思わんよ。私の美学に反する。それに……割に合わない。ボーナスにもなりそうにないしね」
アフロディーテが肩をすくめる。現代的な言葉選び。アッシュの影響で、聖闘士たちの間にも「労働対価」という概念が浸透しているようだ。命がけの戦いに、見合うだけの報酬があるか。リスクとリターン。それを天秤にかけた時、今の星矢と戦うのは、明らかに「大赤字」の案件だ。
「ではどうするのです?この状況、逃げることはできませんよ?」
星矢は、ただ立っているだけではない。全身から放たれる小宇宙で、空間をロックしている。逃げようと背中を見せた瞬間、光速の拳が背後から貫くだろう。それに、ここで彼らが退けば、アテナはそのまま十二宮を突破し、教皇の間へと至る。それは、彼らの愛する「人間の聖域」の崩壊を意味する。
「無論。逃亡に美はない。背中の傷は戦士の恥……なんて古い言葉もあるが、何より美しくないからね」
アフロディーテが、咥えていたバラを捨てる。
「……やるしかないだろうね。赤字覚悟の大盤振る舞いだ。アッシュには後で、特別手当を請求するとしよう」
アフロディーテが両手を広げる。黄金聖衣が輝きを増す。同時に、デスマスクとエレナも小宇宙を高める。三人の小宇宙が共鳴し始める。デスマスクの蒼白い「死」の小宇宙。アフロディーテの真紅の「美」の小宇宙。そして、エレナの漆黒に輝く「知」の小宇宙。
「構えろ二人とも……。通常の技では、あの化け物には届かない。ならば、我々が持てる全てを、一点に集中させるしかない」
アフロディーテが、独特の構えを取る。両手を前に掲げ、小宇宙を練り上げるポーズ。それを見て、デスマスクが目を見開く。
「おいおい、マジかよ。その構えは……アレか?正気かよアフロディーテ!アレを使えば、俺たちは……!」
「その構えは……禁忌の……!」
聖闘士の歴史において、決して使ってはならないとされる技。あまりの破壊力ゆえに、アテナ自らが禁じた究極の影の闘法。
通常、それは三人の黄金聖闘士が揃わなければ放てない。だが、ここには黄金が二人、白銀が一人。条件は満たしていない。しかし、エレナの実力は黄金に匹敵する。理論上は可能だ。だが、その代償は計り知れない。聖闘士としての誇りを捨て、ただ勝利のみを追求する、卑劣な技という烙印。
「躊躇している暇はない!相手は神だ!神聖衣だ!奇麗事で勝てる相手ではないことは、デスマスク、お前が一番よく知っているはずだ!」
そうだ。自分の最強奥義「積尸気転霊波」すら、正面から打ち破られた。個の力では、もうどうにもならない。ならば、群れで狩るしかない。プライドも、名誉も、聖闘士としての美学も、すべてドブに捨ててでも、勝つ。それが「人間の聖域」を守るということだ。
「……チッ、わかったよ!やってやるよ!地獄の底まで付き合ってやらぁ!」
デスマスクが吠える。彼は残った小宇宙の全てを振り絞る。エレナもまた、覚悟を決める。
「計算終了。勝率は……この技を使えば、0%ではありません。やりましょう。私たちが、終わらせます」
三人が三角形の陣形を組む。先頭にアフロディーテ。その左右にデスマスクとエレナ。三位一体。彼らの小宇宙が混ざり合い、巨大な一つのエネルギー体へと昇華していく。
黄金と白銀の光が螺旋を描き、天を衝く柱となる。
その輝きは、もはや個人の技の範疇を超えている。小宇宙の爆発的な膨張。ビッグバンの再現。
アテナのシステムが、脅威度を再計算しているのだ。単体では脅威ではない。だが、三つが重なった時、そのエネルギー係数は測定不能の領域へと跳ね上がる。神聖衣が警戒の光を放つ。
『三位一体で放つ究極の奥義。かつてアテナがその破壊力を恐れ、永遠に封印した禁忌の技。その名は「アテナ・エクスクラメーション」。だが、今ここで彼らが放とうとしているのは、正規のそれではない。黄金と白銀、そして人の執念が編み出す、独自の影の闘法。神を討つための、人による、人のための絶叫』
「行くぞ!!我らの小宇宙を極限まで高めろ!!」
◆
「……!」
アテナの表情が、険しくなる。彼女は「城戸沙織」という少女の肉体を借りているが、その中身は今、完全に神としてのシステムに置き換わっている。感情のない、冷徹な管理者としての瞳が、目の前の現象を解析し、その危険度を判定する。彼女のデータベースが、その陣形の意味を弾き出す。
該当データあり
カテゴリー:禁忌
危険度:測定不能
そして何より、それは彼女自身が太古の昔に禁じた、忌まわしき技だ。
「アテナエクスクラメーション……。私が禁じたそれを使うなど……正気ですか?」
アテナの声が、氷のように冷たく響く。怒りではない。理解不能なバグに対する、システムからの警告だ。
「聖闘士の証は剥奪され、死後は未来永劫、畜生の烙印を押されることになります。正義の名の下に戦う聖闘士が、勝利のために人数を頼りにし、誇りを捨てるなど……。それは聖闘士の道に反する行いです。やめなさい」
それは慈悲からの忠告ではない。ルールの提示だ。この技を使えば、お前たちは英雄ではなく、汚れた獣として歴史に刻まれることになる。名誉も、誇りも、死後の安寧も、すべてを失うことになる。それでもやるのかと、神は問うている。
「ふっ。単なる『神の機工』が言うなど笑止」
アフロディーテが、鼻で笑う。彼は三角形の頂点に立ち、両手を広げ、美しくも禍々しい小宇宙を練り上げている。その顔には、悲壮感など微塵もない。あるのは、自分の美学を貫く男の、涼やかな覚悟だ。
彼はナルシストであり、美を何よりも愛する男だ。本来なら、泥臭い多人数攻撃や、汚名を着るような真似は最も嫌うはずだ。だが、今の彼は笑っている。神という絶対者が決めた「美しさ」の基準など、彼にとっては紙切れ同然なのだ。
「私が美しいと思うものこそが正義であり、私が守りたいと思うものこそが美だ。神が決めた『聖闘士の道』などというマニュアルに、私の美学は縛られないよ。それに……畜生の烙印?上等じゃないか。神の庭で飼われるペットになるくらいなら、荒野を駆ける野獣の方が、よほど美しい生き様だとは思わないかい?」
彼は知っている。アッシュやサガたちが築き上げようとしている「人間の聖域」が、いかに泥臭く、しかし生き生きとしているかを。それを守るためなら、汚名などという飾りは、喜んでドブに捨ててやる。それが、魚座のアフロディーテが見つけた、新しい「美」の形なのだ。
「私はルシファー討伐戦の時に、ムウ達と共に一度使っていますからね。今更、罪の一つや二つ増えても問題ありません」
かつて、魔界の王ルシファーが復活した際、アッシュと共に戦い、禁忌を犯してでも世界を救った経験。彼女にとって「アテナエクスクラメーション」は、単なる破壊兵器ではない。大切な人を守るために、境界線を越えた記憶の象徴だ。
「それに、アテナ。貴女は計算違いをしています。私たちは『聖闘士の証』のために戦っているわけではありません。夫が、仲間たちが、そして私たちが愛するこの世界を守るためなら、地獄の底だろうと、畜生道だろうと、喜んで進みましょう。それが、人間が持つ『愛』という名の、最強のバグですよ」
彼女は賢い。この技を使えば、どうなるかは理解している。それでも、彼女は迷わない。彼女の背後に浮かぶ祭壇星座の幻影が、銀色に輝き、黄金の小宇宙と融合していく。その光は、神への供物を捧げる祭壇ではなく、神を討つための断頭台のように冷たく、鋭い。
「へっ。エレナよう。今はそんなこと言ってんじゃねえよ。真面目かよ、お前ら」
デスマスクが、ニヤリと笑う。彼は血まみれだ。神聖衣の一撃を受けて、内臓も骨もボロボロのはずだ。だが、その立ち姿は、この場の誰よりもエネルギッシュで、楽しそうだ。
「畜生?烙印?ハッ、俺にゃあお似合いの肩書きじゃねえか!元々『正義』なんて柄じゃねえんだ。悪党上等、外道上等!俺の人生、いつだって綱渡りよ!」
デスマスクが小宇宙を爆発させる。彼の背後に、巨大な黄金の蟹の幻影が浮かび上がる。それは、死者の魂を喰らい、冥界を渡り歩く、不吉にして最強の甲殻類。
彼の小宇宙が、アフロディーテとエレナの小宇宙を繋ぐ接着剤となり、さらにその熱量を爆発的に高めていく。彼は叫ぶ。神への恐怖も、死への不安も、すべてを笑い飛ばすように。
「盛り上げようぜ!!神様が見てる前で、派手な花火を打ち上げようじゃねえか!これが俺たちからの、最後の手切れ金だ!!」
三人の小宇宙が、完全に同期する。蟹座。魚座。祭壇星座。三つの星座が空中で重なり合い、融合し、巨大な一つの光球へと変貌していく。それは太陽だ。地上の人間たちが、自分たちの手で作り出した、神に抗うための人工の太陽。
その熱量は、周囲の空気を焼き焦がし、地面を溶解させ、聖域の結界さえも歪ませる。
「愚かな……。自ら破滅の道を選ぶとは。理解不能です。非合理的です。やはり人間は、管理されなければ自滅するだけの、不完全な存在ですね」
アテナが、無情な結論を下す。彼女には、彼らの熱い想いは届かない。ただのエラー。ただの暴走。処理すべきタスクが増えただけだ。
「やりなさい。ペガサス。最大の出力で、彼らを消去しなさい。跡形もなく」
アテナの命令が、星矢の脳髄に直接書き込まれる。拒否権はない。
「………ペガサス流星拳」
その声には、感情がない。だが、構えられた拳には、全宇宙を粉砕しかねないほどのエネルギーが圧縮されている。神の小宇宙を宿した、一撃必殺の流星。いや、それはもう流星群ではない。銀河の崩壊そのものを拳に乗せた、神罰の鉄槌だ。
「行くぞ!!タイミングを合わせろ!!」
デスマスクが吠える。彼の全身から血が噴き出すが、構わず小宇宙を練り上げる。
「小宇宙の全てを注ぎ込んで!私たちの命も、魂も、未来も!全部、この一撃に乗せなさい!」
エレナが叫ぶ。彼女は、鬼気迫る美しさを湛えている。
「この地上の、人間の尊厳を守るため!誰かに決められた運命じゃない!私たちが選び、私たちが歩む、私たちの世界のために!」
アフロディーテが叫ぶ。彼の美しい髪が逆立つ。バラの香りが、火薬の匂いへと変わる。美学の極致。それは、泥にまみれて戦う姿の中にこそある。
「神と決別する、人間の歩みのために!!」
デスマスクが、最後のトリガーを引く。三人の意識が一つになる。もはや個人の名前はない。彼らは一つの「意志」の塊だ。
「今こそ燃えろ!!黄金の小宇宙よ!!!」
カッッッ!!!!
世界が震える。三人の影が一つに重なる。ビッグバンのごときエネルギーが、臨界点を超える。制御不能。限界突破。すべてを賭けた、乾坤一擲。
「アテナ!!エクスクラメーション!!!!!!!!」
三人の口から、禁断の技名が放たれる。同時に、融合した光球が、一直線のビームとなって発射される。その輝きは、本物の太陽すらも霞むほどの、絶対的な光。神の理をねじ伏せ、運命を焼き尽くす、人間の咆哮。
「うおおおおおおおおっ!!!!」
ズドォォォォォォォォン!!!!!
激突。神聖衣の流星拳と、アテナエクスクラメーションが、広場の中央で正面衝突する。音が消える。あまりのエネルギー密度に、音が伝わる媒体である空気そのものが消滅したのだ。
静寂の中で、光だけが膨張する。白。純白。聖域そのものが消し飛びかねない閃光が、十二宮の麓を、そして空を、大地を、白一色に染め上げていく。拮抗している。神の力と、人の力。本来なら勝負にならないはずの両者が、今、互角にせめぎ合っている。三人の黄金・白銀聖闘士の命を削ったエネルギーが、神聖衣という奇跡の力に食らいついている。
「押し込めェェェェ!!!」
「負けるなぁぁぁ!!!」
「美しく散るな!!勝って生き残るんだよォォ!!!」
光が、さらに強くなる。視界が完全に奪われる。その白光の彼方で、何かが砕ける音がした気がした。それは聖衣の砕ける音か。
それとも、神と人を隔てていた、見えない壁が砕ける音か。誰も知らない。ただ、圧倒的な光だけが、すべてを飲み込んでいった。
アッシュ「……禁忌をぶっ放すとは思ってたけど、まさか三人揃ってやるとはね。やれやれ、給料査定がまた大変になる。」
サガ「ふん……お前の改革派らしい選択だ。だが、あれほどの覚悟を見せられては、俺も文句は言えん。」
アッシュ「今の星矢を見たか?完全に神の端末だった。ああいうのが俺は一番嫌いなんだ。人間が自分の意思を奪われる光景ってのは、ね。」
サガ「……分かるぞ。俺もかつて神に選ばれた器と囁かれ、自分を見失った時期がある。あれは、誰にとっても幸せな姿ではない。」
アッシュ「それでも人間は抗う。デスマスクはあれで義理堅いし、エレナは俺に似て非合理を愛せる女だ。そしてアフロディーテ……あいつ、お前より美学が強いよ?」
サガ「認めよう。人間の意志は、時に神を超える。だからこそ、面白い。」
アッシュ「さて。次は星矢の心がどう動くか。それが戦況を全部ひっくり返す鍵になる。」
サガ「ほう……ならば見届けよう。少年が、神の呪縛を打ち破る瞬間をな。」