証拠がなければ捕まらないよね   作:アパオシャ

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第七話

Side スプモーニ

 

しくじったか。だがまあいい。まだ手は残ってる。

 

彼の名前は平井 健一。黒ずくめの組織に所属している幹部の一人。荒事に関して少々雑な対応をする悪癖があるものの、機械にネット、臓器・銃器・違法薬物の密売買など幅広い分野でかなりの好成績を叩き出し、組織の資金の1割を彼一人の働きで稼ぎだす有能幹部の一人。

 

そんな彼だが、今や警察から追われる身となってしまった。

 

いつも通りの取引で彼の仕事は終了し、受け取った代金を所定の場所まで運搬するだけだったはずなのだが、取引相手がいきなりスプモーニに向け発砲したのだ。幸い、射手の技量は初心者に毛が生えた程度のお粗末なものであり、彼に弾丸が命中することはなかった。

 

しかし、銃声を聞きつけた警官に取引相手を始末する瞬間を目撃され、残弾も少なく逃走せざるを得なかった。

 

無事に警察を撒くことができたが警察に捕まれば最悪死刑、組織に捕まれば口封じで殺される。

 

普通の組織メンバーであればこのまま命を落とすだけだが、彼は違った。

 

彼が組織の仕事上で得たコネや隠し財産はおよそ個人で持つことはできない規模に至っている。

それを駆使すれば、警察はもちろん、組織の逆鱗に触れることなく逃げ切ることが可能である。

 

 

そんな彼はちょうど今、とある路地裏に入っていった。

逃走経路の1割がすでに組織や警察に潰されているが、その程度。セーフハウスのビルに立ち寄り物資を補給した後、いざ出発しようとドアノブに手をかけた瞬間、扉の向こうから声が聞こえてきた。

 

 

「居るのはわかってますよ。早く出てきてください」

 

 

その声を聴いた経験はほとんどないが、その主についてはよく知っている。

組織の探り屋として有名な幹部、バーボン。彼がこうして接触してきたという事は、すでに詰んでいるという事。

 

一瞬顔を歪ませたスプモーニだが、半ばやけになりつつも笑顔を作り扉を開け男の前に出る。こうなってしまった以上、コネやら口八丁手八丁でうまく切り抜ける以外に生き残る道はない。

である以上、どんなに可能性が低くてもやるしかない。

 

バーボンの様子を確認すると、既に銃を向け引き金に指を掛けている。しかも丁寧に消音器をつけており、いつでもこちらを殺せる状態だ。

 

震えそうになる体を抑え、命乞いをするべく息を吸った瞬間、空から何か降ってきた。

 

 

Side 少女

 

もはや少女と呼ぶには苦しくなってくるほど成長した彼女は、焦っていた。狩りのために潜んでいた建物の中に男が入り、順調だと思っていた矢先、外から警告が飛んできたのだ。

 

心臓の鼓動が早くなるのを感じつつ、考えを加速させる。

 

あの一件を除き遺体などの痕跡は残しておらず、携帯を始めとする電子機器は壊してから運搬し、クレカなどは一切使わずどこにも捨てていない。喰種の存在を知らないここの警察では自分にたどり着けるわけがない。

 

となると答えは限られる。一つは男に対しての警告の場合。これならば安心だ。自分はたまたまそこに居ただけなのだから。

 

しかしこちらの場合は話が別。

相手が喰種捜査官の場合だ。

自分がこの場所に迷い込んだように捜査官が迷い込んで来ないと考えるのはあまりにも楽観的。可能性は十分にある。

 

であるならば、後手に回るのは悪手。また室内の男が外に出る前に出たら襲われ、応戦している間に色々と目撃した男が逃げる可能性が高い。考えられる答えは一つ。男と同時に外に出て、そいつを盾に立ち回る。男が死んだら本気で戦い、捜査官が男を守ろうとするなら逃走する。

 

成長とともにサイズが合わなくなり、新調した仮面を被り、階段を駆け上がり最上階の窓から飛び降りる。これに驚けば捜査官ではないだろう。ビルから飛び降りても喰種ならばちょっと痛い程度で済むというのは捜査官であれば当然知っており、特段驚くことはない。

 

結果としては男は驚いたらしく、飛びのくと同時に銃の構えを解いてしまった。おそらくは自分を追ってきた捜査官ではないと判断し、男が気を取り直す前に扉から出てきた男の背後を取り、盾にする。

 

「ぐえっ!」

 

背後を取った男が思わず声を上げる中、銃を構え直した男が問いかけてくる。

 

「何者ですか、貴女は?」

 

完全に隠れているため表情は伺えないが、かなり苛ついている声色だった。

 

「答えるわけないでしょ?銃ぶっこ抜いてるお兄さん?」

 

「ブフォオ!」

 

その問いかけに答えた彼女の声は、地声を誤魔化す裏声になっており、シリアスな場面との落差で盾にした男が思わず吹き出したかと思うと体が震えだす。

彼女からは見えないもののよほど恐ろしい表情をしているようだ。みるみるうちに顔色が悪くなっていく。

 

「まあ、そう言ってくるってことは私を追ってきたというわけではないか。じゃあ、銃を下ろしてくれれば私は帰るよ?」

 

とりあえず捜査官ではないと判断した彼女はそう言ってこの場から離れようとするが、そうは問屋が卸さないようだ。

 

「そう言ってくれるのはありがたいのですが、いろいろ見られてしまった以上、はいそうですかと受け入れるわけにはいかないのですよ」

 

一息入れてある程度頭に上った血が下がったのか、声色はまだ荒立っているものの、言葉遣いは丁寧なものだ。

 

金髪の男は彼女の提案にあまり乗り気ではないようだが、盾にされている男のそれはもっと乗り気ではないようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ここはひとつ俺を生かす方向で話をしないか?

手前味噌だが俺は裏社会での金稼ぎのスキルに優れているぞ?

その力を使えば更なる躍進が約束されるといっても過言ではないぞ?

他にも様々なスキルがあってとにかく生かす価値はとても高い。

ぜひここは生かすべきだろう」

 

そんな命乞いに耳を貸す金髪…バーボンではない。彼の本業は日本の国益を守る公安。善良な国民を食い物にする存在を許す道理はない。

 

しかし、この場には国民を文字通りに食い物にする存在がいる。

 

「…拝借したクレカからお金を引き出すのは?」

 

「初歩技術」

 

「…高級コーヒーは?」

 

「一日2リットル込みで高級タワマン最上階の生活を提供できる」

 

「…遺体の処理は?」

 

「半日で捕まらなくなり、二日で何もかも無くなる」

 

バーボンから見ることはかなわないが、彼女の眼は欲望に染まり、その手はスプモーニと握手を交わしていた。

 

 

ところでバーボンは一連の流れを見てただ傍観するだけの愚か者ではない。

男を取り逃すことで失われる国益と反社と思しき女性の身の安全、それを考えると引き金を引く理由はあれど引かぬ理由はない。

 

よってバーボンは引き金を引く。

消音器で消しきれない銃声があたりに響くが、ここはスプモーニが隠し拠点の一つに選ぶ場所。多少の発砲ですぐさま警察や野次馬がやってくることはない。

 

放たれた銃弾はスプモーニの心臓付近に当たるはずだったが、女が無理やり押し倒すことで壁に着弾。

続けて放たれた銃弾は女の背中に次々と突き刺さるが女は呻き声の一つさえ上げない。

 

リロードを行う瞬間に女はスプモーニとともに消えた。

 

正確には、跳び上がった。人間の肉体構造上、上下に急激に移動すると見失いやすい。

人間離れした跳躍力で跳び上がったことに気づいたときには、すでに女はスプモーニを抱え逃げ出していた。

 

こうなってしまってはバーボンにできることはない。

銃をしまうと、代わりにスマホを取り出し、電話をかけた。

 

「ヒロ。どうだ」

 

「すまない。見失った。男一人抱えてビルを飛び移りながら北へ逃げた」

 

「そうか。追跡は難しいな。化け物じみた女の捜索の経験なぞあるわけない。何者なんだ彼女は」

 

「…それなんだが、俺から女を見たんだが、仮面を被ってた。そしてその仮面なんだが、細部は違うがあれに似ていた。

俺がNOCバレした件で遭遇した少女の仮面に。もし彼女が身長相当の年齢だったとしたら今の身長になっていてもおかしくない」

 

「なっ…そうか。詳しくは後で話すとしよう。撤収だ」

 

 

通話を終えたスマホをしまうと、バーボンは歩き出す。

銃声が呼んだ警察のサイレンをBGMに、今後の対応を考えながら。

 

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