TS転生魔改造毘沙門天なりきりセット装備・アマテラス風味 作:葛城
さて、そんな感じで、だ。
縁もゆかりもない相手とはいえ、生まれたばかりの赤子と、出産で消耗している女性を放置していけるほど、私は薄情ではない。
大正時代ですら、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまう母親が相当数居たのだ。
それよりも前の時代……江戸時代なのか、もっと前なのかは分からないけど、とにかく母親もそうだが、乳幼児の死亡率もべらぼうに高かったのは、想像するまでもないだろう。
それは、縁壱とかいう人の姿をした化け物を旦那さんにしている女性とて変わりな……ん、失礼だって?
分かるんだ、毘沙門天セットを身に纏った私には……この男が、人間とは名ばかりの化け物だってことが。
私の目から見ても、『こいつ……マジで強いぞ!?』と、長年にわたって磨き続けてきた強敵センサーがレッドランプを点灯させるぐらいだとしても、奥さんは普通の人っぽい。
だから、色々と手助けせねばと思うわけだ。
これで奥さんまで、この何を考えているかよく分からん縁壱と名乗る人の形をした化け物と同じ感じだったら、私はとっくにこの場を後にしているところだ。
とまあ、そんな感じで、だ。
2,3日ほど様子を見て、『コンビニ・エンス』にて食料品とかその他諸々を出産祝いとして渡してから、縁壱夫妻宅をおさらばしたわけだが……ここで一つ、分かった事がある。
それは──化け物は……あ、この化け物は縁壱の事ではなく、縁壱の奥さんである、うたさん、を襲った化け物のことね。
その化け物だが、どうやら1体、2体の話ではない、ということ。
なんでソレが分かったのかって、それは夫妻宅よりおさらばする前にやってきた、腰に刀を下げた武士たちより教えてもらえたからだ。
具体的には──
『ごめんくださ──な、なにやつ!?』
『やあやあ、我は毘沙門天なるぞ』
『び、毘沙門天様とな!? ははぁ! (土下座)』
『え、いや、そんな頭を下げなくても……』
──という経緯の後に、色々と教えてもらったわけだが……で、簡潔にその内容を語ると、だ。
まず、武士たちの正体だが、名を『鬼殺隊』。
先ほどの化け物と思っていたアレは、『鬼』という存在で、その鬼を退治するための組織……それが、鬼殺隊とのこと。
この『鬼』というのは生物的なアレでもなければ、昔話に出てくる金棒担いだ鬼とかでもない。
この鬼は人から変容した怪物であり、人だけを狙って襲い掛かり食い殺す化け物なのだそうな。
その力は強大で、見た目が子供であろうとも侮るべからず。
子供でも、鍛えた武士を片手で放り投げる怪力を有し、手足を切られてもすぐに再生し、疲れ知らず。
また、時には面妖な妖術を使う鬼もいるらしく、鬼は総じて特別な条件を満たさねばけして死なない不死身である……らしい。
しかし、言い換えたら、条件を満たせば鬼は死ぬということ。
その条件は、二つ。どちらか一つでも、死に至る。
一つは、日の光……すなわち、太陽の光を浴びること。
どんな鬼であろうとも、日の光を浴びればたちまち全身が燃え上がり、逃げる間もなくあっという間に灰になって消滅してしまうのだという。
そして、二つ目は……特殊な武器を用いて、首を落とすというのも。
なんでも、1年を通して太陽の光を浴び続ける場所より獲れる鉄を使って精製した刀……名を、『日輪刀』。
この刀を用いて首を落とすことができれば、どんな強大な鬼であろうとも身体が灰のように朽ちていき、そのまま死に至るのだとか。
そして、最後に。
これらの鬼には親玉がいるらしく、その名を『鬼舞辻無惨』。全ての鬼は、この無惨の手で作られた存在らしい。
つまり、鬼舞辻無惨を退治しなければ、鬼は永久的に作られ続け……ゆえに、無惨を退治するための組織があって、鬼の噂を聞きつけて鬼殺隊がやってきて……というのが、一連の流れだというわけであった。
……で、だ。
(はぇ~……なるほど、私が使っていたアレは日輪刀で、『トレーニング・ルーム』で仕留めていたアレは鬼だったのか……)
一通り話を聞いて、今まで分かっていなかった事が判明して、目から鱗みたいな感覚を覚えていた私だが……そこでふと、己に向けられる視線に気付く。
それは、鬼殺隊からの……なんだろう、キラキラとした眼差しだ。
はて、なんで私がそんな目を向けられているのか……そう思って鬼殺隊の武士たちを見やれば、深々と頭を下げた後で……おもむろに、尋ねられた。
──毘沙門天様は、もしや鬼退治のために天より降臨されたのですか……と。
それを聞いて、私は内心に首を傾げ……それから、あっ、と遅れて心の中で理解した。
前世の記憶を思い出しつつ考えてみたら、当たり前だ。
毘沙門天は戦の神という側面、仏教を守る守護神の側面の他に、悪鬼や邪気を踏みつけ退治する神という側面もある。
武士たちからすれば、『天の国より鬼を退治するために、戦の神が降臨してくださっている』……というようにしか見えないだろう。
そのうえ、神通力によって、見たことも聞いたこともない神の道具(要は、『コンビニ・エンス』の商品)をどこからともなく取り出し、惜しみなく母親に与えているのだ。
これで、『キサマ、毘沙門天を語る偽物か!?』と思う者が居るだろうか……いや、居るわけがない。
むしろ、本物の神をこの目で見る事ができて、誰も彼もが感激に総身を震わせているぐらいで……恐る恐るといった問い掛けすらも、どこか畏れ多い……みたいな感じですらあった。
……で、だ。
さて、どうしたものか……髭面に厳つい身体に鋭い目つきの武士たちから向けられるキラキラな視線を前に、私は考える。
だって、特に理由があって毘沙門天を名乗ったわけじゃないし。
例えるなら、鎧武者のコスプレをしているから『拙者は……』という口調をしていたり、忍者のコスプレをしているから『──の術!』といった言葉を使っただけの感覚である。
そりゃあ、自分から毘沙門天だぞと名乗りはしたが……なんだろう、あまりにもガチな目で見られると、少々腰が引けるというか、なんというか。
(……でもなあ)
正直、実は恰好を真似ているだけのパチモンなんすよねえ……と言いたいところだが……それも、眼前の男たちの視線を前に、できなくなった。
(この人たちからしたら、本当に藁にもすがるような思いなんだろうなあ……)
だって、本当に、これでもかと期待が込められていて……客観的に考えたら、そらそうなるよなあ……ってな話だから、余計にそう思う。
だって、刀で首を落とすか、日光に当てるか、どちらかでなければ殺せない化け物……鬼と戦うのだ。
しかも、鬼は鍛えた武士よりはるかに強く、妖術まで使うときた。一体の鬼を倒すために、何人もの犠牲者を出している可能性は極めて高い。
そのうえ、鬼は倒しても倒しても、無惨という親玉が生きている限りは新たに増え続ける……なんという、徒労な話だろうか。
なにせ、仮に襲ってきた鬼を倒したとしても、親玉に対しては毛ほどのダメージも与えていないも同じ。
あくまでも想像の域だが、相当にやるせない思いをしたのは一度や二度ではないだろう。
だからこそ、神仏の類……この場合は毘沙門天だが、天の存在が本当に助けに動いてくれたかも……という話を耳にすれば、厳つい武士たちの反応も、さもありなん……といった感じで。
「……そうだ!
「おお!! さすれば!?」
「察しのとおり、我は鬼を退治するためにやってきた。しかし、鬼はどうやら我を恐れているようでな……どこに隠れているのか、それが分からず、こうして探し回っているのだ」
「おお……なんと、嘆かわしい……!!」
さすがに、そういうのを察してしまった以上は……せめて、彼らに夢を見せたままでいようと私は思ったわけだ。
その結果、おいおいと……それはもう、罪悪感を覚えてしまうぐらいの男泣きをされてしまい……私は、こう、なんというか、困ってしまったわけだ。
そりゃあ、ゴールド稼ぎに鬼を倒すのは良い。
しかし、私は『トレーニング・モード』という、安全な稼ぎ方があるから、武器を震え、殺されるかもしれない戦いに出られるだけで……とてもではないが、生身で殺し合う度胸はない。
勝ち負けの問題ではなく、リスクの問題だ。
それしか無いならともかく、私にはもう安全なゴールド稼ぎがあるわけで……ぶっちゃけ、なんか軽い気持ちでやった事がめっちゃ大事になりそうな気配がビンビンして、嫌になってくる。
けれども、だからといって、このままこの場を誤魔化して去るのも……しかし、そんな親玉を殺したいほど、私には理由が……いや、待てよ。
そこまで考えた辺りで、ピーンと脳裏に妙案が浮かんだ私は……ぬぼーっとした様子で成り行きを見ている縁壱へと視線を移した。
「縁壱、彼らに剣術を、戦い方を、教えなさい」
「え?」
突然のことに首を傾げる縁壱(うたも)。それは、今まで男泣きしていた鬼殺隊の武士たちもそうだが。
(……言っておいてなんだけど、縁壱って剣は使えるよな……いや、この体格だし、使えるだろ)
口走った私自身、けっこう驚いていた。
いや、まあ、アレだ。
プロ格闘家みたいな滅茶苦茶鍛えられた体形しているのに、『いや、僕は格闘技だなんて……』とかいう、アレ。
お前の身体でそんな言い訳通るわけないやろ……みたいなアレ。
伊達に、ステータスを底上げしまくったわけではない。こう、見ただけで、なんとなくだが、私はある程度相手の強さが分かる。
その私の目から見て、縁壱は……うん、おまえ登場する作品を間違えていないかっていうぐらい、強い判定である。
例えるなら、『ちい○わ』の世界のキャラ造形しているくせに、『幽遊白○』のS級妖怪なみに実は強いといった感じだ。
これでおまえ、剣術とかそういうのを大して学んでいないフィジカルモンスターだったら、故障覚悟のうえで死にもの狂いに鍛え続けている剣士たちが哀れすぎるではないか。
せめて、見た目からして強そうなオーラを発していたらまだ折り合いがつくかもしれないが……残念がら、縁壱の見た目は、のほほんとしてサボテンみたいで、覇気がまったく無い。
こんなのおまえ、仮に身近な……そう、『俺が助けてやらなきゃ(迫真)』みたいな気持ちのお兄ちゃんが居て、実際には自分よりもはるかに強いなんて発覚した日には……御労しい事になりそうな気配がビンビンである。
まあ、あくまでも例え話だし、今はまだそこまで御労しくはないのかもしれないが……話を戻そう。
とにかく、そんな可能性をまるっと無視した私は、彼らに構わず、キッパリ強引に押し通す。
「縁壱、貴方は強い。貴方の戦い方は、必ず彼らの助けになる。そして、彼らの手を借りて、妻の身柄を守りなさい」
「うたの?」
「そう、貴方自身は類稀なほどに強くとも、貴方の妻は違う。鬼殺隊とやらに属せば、うたの身の安全も今より確保されるでしょう」
「……そう、ですか」
私の提案に、縁壱はナニカを考え込むかのように視線を落とし……それから、小さな声ではあるが、小さく頷いて了承した。
……。
……。
…………それを見て私は、今更ながらちょっと早まっちゃったかなあ……と思ってしまった。
なんとなくだが、『継国縁壱』という男は、私の目から見ても頭おかしくなるレベルで強いのを感じとれたのだが。
同時に、もしかしたら『切った張ったとか嫌いなんじゃないかな?』というのも、今更ながらに感じ取れて……う~ん、まあ、口に出してしまった以上は仕方がない。
言い訳になるかもしれないが、私が縁壱に出した条件は誤魔化すとかではなく、親切心な部分が大きいのだ。
実際、縁壱は強い。でも、妻のうたは強くない、普通の女性だ。
今回は私が居たからなんとかなったけど、この先、縁壱が居ない間に鬼に襲われる……なんて可能性は、0%ではない。
ならば、鬼殺隊という組織に入り、少しでも妻の身の安全を確保した方が良い。
ついでに、鬼殺隊の者たちを指導して底上げしてしまえば、無惨とやらもあっさり討伐出きるようになるかもしれない……というか、そうなってほしい。
縁壱の戦い方とか口走った私自身、『縁壱の戦い方とは何ぞや?』と内心にて首を傾げているぐらいだから……正直、そういうのは本職に任せたい気持ちばかりであった。
……なので、だ。
これにて、伝えるべき事は全て伝えたと一方的に宣言した私は、名残惜しそうに手を伸ばす彼ら彼女らから逃れ、えいやと空へと逃亡したのであった。
……。
……。
…………さて、そんなわけで、再び一人旅を始めたわけだが。
(……何処も彼処も争い過ぎぃ!!!)
正直なところ、不満ばかりが溜まる旅になってしまった。
なんでかって、兎にも角にも争いもそうだが、人がポンポン死に過ぎなのである。
田舎侍の予定調和的な戦がほとんどだが、それでも本物の武器を使うわけで、少数ながらも死傷者が出る。
要は、『俺たちこんだけ武力あるから襲うなよ』を双方が見せて、互いに釘を刺しているわけで……これは、他所に対しての威嚇にもなるから、手を抜くなんてこともできないわけで。
つまり、けっこうな頻度で死体を見掛けるわけだ。しかも、死体はそれだけではない。
『コンビニ・エンス』がある私は例外として、この世界……いや、今の文明レベルだと、毎日飯を食えるということが、とても恵まれた立場なのだ。
ぶっちゃけると、天候不順とかで不作になると、それはもう餓死者がゴロゴロ出てくる。そこまで行かなくとも、肋骨や頬骨などがくっきり浮き出てくるぐらい痩せた人ばかりになる。
だから、奪う。
死にたくないから、有るところから奪おうとする。
でも、奪われた側はそれだと死んでしまうから、死にもの狂いで抵抗するわけで……当然、死者も出るわけだ。
また、少しでも不作になりたくないから、あらゆる手を使おうとする。
肥料となる草花の独占、水の奪い合い、それらもまた、争いの原因となり、また死者が出るわけで。
もうね、気が滅入るなんてレベルじゃない。
うっすらと察していたというか、想像してはいたけど、実際に目にするともう……ねえ?
しかし……1人2人ならともかく、さすがに目に付く者たちを片っ端から助けることなんてできない。
ていうか、そういう助け方は駄目。
確実にこっちに依存してきて、無限大に欲望と要求を上げ続けるから、いつか絶対に破綻する。
伊達に、前世の記憶があるわけではないし、様々な人たちの体験談を見聞きすることができるインターネット世代ではないのだ。
なので──私は、あまり人前に出る様なことはせず、基本的に日中は姿を隠し、移動は夜間に行うという……昼夜逆転生活になった。
それでは本末転倒ではないかと言われそうだが、これもまあ致し方なし。
だって、冷静に考えてみてほしい。
仮に私が毘沙門天の恰好を捨ててブラブラ日中を歩いてみろ。一週間と経たないうちに襲われているだろう。
なにせ、今の私は『コンビニ・エンス』で一日3食食べていて、お風呂もバッチリ入っている。今の基準で言えば、貴族顔負けレベルで超身綺麗にしている、年頃の女だ。
そんなんおまえ、いつ死んでも不思議ではない、この戦国の中で……死ぬ前にと我を忘れて襲い掛かってくる者が出てきて当然である。
だから、自衛のために移動は夜間に限定し、日中は人の目が入らないよう隠れているわけだ。
もちろん、本当にそれだけだと退屈なので、町や村に入る時だけは日中で、毘沙門天の恰好のままで行くわけだが……まあ、とにかく、だ。
時には、たまたま立ち寄った村の人たちから『毘沙門天様!? へへぇ! (土下座)』みたいな態度を取られたり。
時には、御上と結託して村人たちを搾取していたお屋敷に押し入り、『成敗!』といった感じでお仕置きしたり。
時には、時には、時には。
そんな感じで、特にしたい事もないし、『トレーニング・モード』でバチバチとゴールドを稼いでは移動式キャンプ生活を送りつつ、北に南に東に西にとブラブラし続け……それから、しばらくして。
「──ほう、こんな夜更けに1人で出歩く女が居るとはな」
竹林の中を歩いている時に、なんか妙にえらそうな雰囲気を放っている謎の男と謎の女に遭遇した。
戦国の世では滅多に見掛けない、栄養が全身に行き届いたボディ。着物の裾から見える部分、相当にムキムキだ。
妙に青白い顔をしているが、体質的なモノなのだろう……食っていなければ出せない体格、私の目は誤魔化せないぞ。
そして、それは隣の女も同様だ。
こちらも同様に青白い顔をしているが、明らかに食っている顔だ。場所が場所なら、お姫様をやっていても不思議ではない、そんな美貌であった。
……。
……。
…………さて、と。
そんな怪しさ全力の二人と遭遇した私だが、現在の私、実は顔どころか全身を羽織で覆って隠している。
なんでそうしているかって、最近はなんか私の事がいたるところで噂になっているせいで、名乗ってもいないのに『毘沙門天様!? ははぁ! (土下座)』する人が増えたからだ。
別に誰かに羨まれたいわけではない私としては、あまりにも過度な扱いはうっとうしいだけであり、最近では羽織を頭から被って移動するようになっていた。
ちなみ、なんでその状態で女なのかとバレたのか……それはまあ、羽織りのガラが女モノだからとしか言い様が……で、だ。
(……あれ? 女の方は知らないけど、男の方はなんか見覚えがあるような……)
なんかニヤニヤしながら見てくる男の姿に、少しばかりデジャヴュな気持ちになった私は、しばし考えた後……ああ、と思い出した。
そうだ、こいつ『レア個体』だ。
『トレーニング・モード』に出てくる時の姿と違うからちょっと考える必要があったけど、顔が同じなのは見分けがしやすくて有り難い。
以前はけっこう手強かったが、今の強さ的には、中の下ぐらいに位置するレア個体である。
なんで中の下かって、既に『トレーニング・モード』に出現するレア個体には、こいつ以上のやつがけっこうな頻度で出現しているからだ。
たとえば、戦士として強き者と戦うこと、それこそが我が喜び……みたいな感じの、以前は柱に埋まっていたらしい風を操る地底人とか。
たとえば、様々な超能力を持ち、『鬼』と同レベルの再生能力を持ち、コイツの強みである毒攻撃もほとんど効果が無い、自らを貴族と名乗る吸血鬼とか。
あとは、サングラスを付けた身長が2m近い長身の妖怪……筋肉操作が得意で、100%になったそいつが放つ威圧感に比べたら……ぶっちゃけ、中の下でもオマケしている評価である。
ていうか、コイツ……私の記憶が確かだと、なんかスーツというか、燕尾服っぽい恰好をしていたような……あっ。
──なんか、伸ばしてきた触手を三つ又槍でぶった切る。
常人なら知覚する前に即死している速さだが、今の私には遅い。
なにせ、指を弾いただけで、これ以上の速さで空気の弾丸を撃ってくるやつが『トレーニング・モード』では出現していたわけだし……まあ、そんな事よりも、だ。
「──っ!? こ、これは!?」
先程までの余裕綽々顔から一転して、驚愕に目を見開いて硬直するその姿……今ので、分かった。
コイツ、『鬼』だ、間違いない。根拠は、私の三つ又槍で容易くぶった切れたから。
というのも、毘沙門天セットで付いてくるこの三つ又槍は、悪鬼に対して特攻的な効果をもたらす。
具体的には、槍に触れるだけで鬼の身体が燃える。軽く叩きつければ、まるで霞(かすみ)を切るかのように手応えなく、スパッと刃が通り……そのうえ、切った部分の再生を阻害し、同時に、耐えがたい激痛を残す。
強い鬼だと、日輪刀で切ってもあまり痛みを覚えない場合が多いが、この槍はそうではなく……たとえ傷を治したとしても、正気を失いかねないぐらいの強烈な痛みがそのまま残り続け……ん?
実際、どれぐらい痛いのかって?
『トレーニング・モード』で現れたコイツの腹に実験的に三つ又槍をブッ刺した際、なんとか傷を塞いでからも、私が首を落とすまでずっと激痛にのたうちまわって何もできなかったぐらい……と言えば、想像出来るだろうか。
「……っ!! ぐっ、ごっ……!!!」
その証拠に、触手を切られたコイツは、顔中から脂汗を流して歯を食いしばっている。
さすがに永続的ではないだろうけど、それでも、それほどの激痛なら1分続くだけで常人なら心が折れる……まあ、しかし、だ。
「逃がさん、おまえだけは……(要約:ゴールド寄越せ)」
今まで好き勝手してきたのは想像するまでもないので、なんの罪悪感も抱かなかった私は……降って湧いたゴールドを逃がしたくないので、毘沙門天の姿へと瞬時に姿を変えた。
「──ひっ、び、毘沙門天……!!!」
途端、そいつはタダでさえ青白い顔をさらに青ざめ……もはや、土気色と称してもおかしくないぐらいに顔色を悪くした。
どうやら、私の事は鬼たちの間でも有名なようだ。
まあ、様々な場所で様々な人から『なにやつ! 妖怪か!?』と刃を向けられるたび、『やあやあ、我は毘沙門天なるぞ』と誤魔化していたから、知っていても不思議ではないだろう。
「イヤー!」
「グワー!!」
まあ、だからといって、手加減も情けも掛けるつもりはないけど。
逃げようとしたのだが、それよりも速く回り込んだ私のアンブッシュからの、カラテ・ジツによって、彼の身体は速やかに3回転半して地面を転がった。
……『カラテ・ジツ』とはなにか。
それは『コンビニ・エンス』にて購入した、『実践カラテ・ジツ:ニュービー編』という指南書より会得した、格闘術である。
なんでそんなモノを会得したかって、それはゴールドのためだ。
というのも、『トレーニング・モード』において、常に万全の状態で最後まで戦えることはあまりない。
今でこそ安定するようにはなったが、当初は途中で武器が破損してしまい、敵の猛攻を捌きながら武器を用意する……といった非常事態が多発した。
『実際、武器があれば素手より強い』という、伝説の武士ミヤモト武蔵が残した言葉(実践カラテ・ジツ本より)はあまりにも有名だが、同時に、もう一つ格言を残している。
『武器が無ければ、素手で殴れば良い』
これが、武器を失ってもカラテ・ジツがあれば、己そのものが武器となる……という、真理を見事に言い当てた言葉である。
これに感銘を受けた私は、その日より『カラテ・ジツ』の鍛錬を始めた。
いざという時、素手でも己の身を守れるように……そんな思いから、トレーニングという名の実践にて、磨き続けた私のカラテは。
「イヤー!」
「グワー!!」
「イヤー!」
「グワー!!」
「イヤー!」
「グワー!!」
もはや、全身からなんかタコみたいに触手を出す眼前のレア個体なんぞ、敵ではなかった。
──カラテを極めし者は、実際、ツヨイ!!
その言葉通り、私のカラテと、三つ又槍の猛攻は、コイツから着実に体力を奪い続ける。
こいつの強みは、なんと言っても『鬼』の中では別格の再生能力と、別格の身体能力と、体液が毒であるということ。
言い換えれば、この三つを完封できれば勝利は揺るがない。
日輪刀で首を落とそうが全身をバラバラにしようが死なないけど、私の三つ又槍によるダメージは再生能力を上回るらしく、突き刺せば刺すほど、苦悶の色が濃くなる。
別格の身体能力とて、磨いたカラテ・ジツのおかげもあって、余裕を持って対処可能。むしろ、長引けば長引くほど、相手の動きが鈍くなってゆく。
加えて、既に幾度となく戦った相手だから、手の内は完全に読み切っていた。そして、実はもう私には、こいつの毒を受けても問題ない。
これも、長年に渡るステータス底上げのおかげである。
毘沙門天なりきりセットの補正もあってか、むしろ私に触手を差したりすると、触手の方が爛れてしまうぐらいだ。
(──ヨシ! ゴールドゲットだぜ!!)
だからこそ、私は勝利を確信し、トドメを刺さんと溜めを入れた──その時であった。
『 ボバン !!! 』
前触れもなく、いきなりそいつの身体が膨らんだかと思えば──次の瞬間、まるでポップコーンのように弾けて、周囲に肉片が飛び散った。
「はっ?」
これには、さすがの私も呆気にとられた。
というか、『トレーニング・モード』でも一度も見たことがない新技である。もしかしたら、その間に開発したのかもしれない。
とりあえず、たまたま目に留まった心臓を槍で一突きし、後は宝塔よりペカーッと光線を放ち、飛び散った肉片を灰へと変えてゆく……が、しかし。
さすがに、いきなりの事で初動が遅れたせいで……全ての肉片を焼き切ることはできず、一部は逃れてしまったようだ。
(ゴールドは手に入らなかったか……)
残念ながら、ゴールドを獲得するためには、対象を倒しきらなければならない。
どれだけダメージを与えたところで、倒しきれずに逃げられてしまえば、それで終わりなわけで……う~ん、戦いはいつも空しい。
「……ん? あれ、燃え尽きないな、これ」
そうして、ふと……何気なくと三つ又槍を見上げた私だが、その三つ又の中央の槍……その根元部分にまで突き刺さったままの心臓を見て、私は首を傾げた。
どうしてかって、この槍は悪鬼に対して特攻。触れただけで焼け爛れ、突き刺さろうものならその部位より炎が噴き出し、そこから灰になってゆくからだ。
なので、突き刺さったままの心臓は、そのまま炎に包まれて灰になるのだとばかり思っていたが……メラメラと炎に包まれてはいるが、肺になる気配がなく……とりあえず、そのうち燃え尽きるだろうと……あ、忘れていた。
そこまで考えた辺りで、私は……先ほどのやつの傍に居た女鬼へと視線を向ける。
旦那(?)が逃げ出したけど、向かってくるのだろうか。
そう思って警戒していると、その女鬼は、何を思ったかその場にうずくまると。
「──あの野郎! なんて、なんて生き汚い男なの!! 弱点を克服していた! あんな、あんな逃げ方を考えていたなんて! 畜生! 死ね! さっさと死ね! 畜生! 畜生!!!」
なにやら、涙をボロボロ流しながら……今はいない、先ほどのアイツを罵倒し始めたのを見て。
「えぇ……(ドン引き)」
──痴情のモツレとか、勘弁やで。
私は思わず、女鬼から一歩距離を取ったのであった。
なお、しばし泣き叫んで落ち着いた後で、似たような事を言ったら、それはもう相手が毘沙門天だろうと関係ないぐらいに怒られたことを、ここに記載しておく。
怒髪天を突くっていう言葉を体現した人を見たのは、それが初めてであった。
ちなみに、槍に突き刺さった心臓は、無惨と繋がったままだよ。肉体的なモノではなく、魂的な繋がりなので、24時間ず~っと胸をかきむしって中身をえぐり出してもなお堪らないぐらいの激痛が続くだけだよ。隠れ潜むのは勝手だけど、その間もず~っと痛みは変わらないんだよね、仕方ないね。