マグル学のすゝめ   作:バナナ牛乳

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第四十二話 それぞれの理想論

 

「私、変じゃないよね? ローブにゴミはついてない? 寝癖も無いよね?」

 

 朝食中、コーディはソワソワしながらハリーに尋ねた。今日は待ちに待ったマグル学の授業だ。初回の授業を欠席してしまったのだ、少しの粗相も許されない。

 

「うん。頭も光ってないし」ハリーが笑顔でそう答えた。

 

 コーディはママレードトーストにかぶりつきながら、ハーマイオニーの方を横目で伺った。いつも通り日刊預言者新聞を読んでいるが、今日は何やら難しい顔をしている。気になる記事でもあったんだろうか。

 

 実はあの後、コーディは図書館でソーフィン・ロウルの裁判記録をハリーと二人で探した。ハーマイオニーの言う通り、閲覧出来る棚にはソーフィン・ロウルの裁判記録は無く、シリウス・ブラックのも無かった。ダンブルドアの考えだろうか。ソーフィン・ロウルの方はコーディへの、ブラックの方はハリーへの配慮だろう。

 ハーマイオニーが何故ソーフィン・ロウルの裁判記録が無いことを知っていたかは聞かなかった。同部屋に犯罪者の娘がいれば気になってしまうのは仕方ない。

 

「ジョージなら何か知ってるかも。アイツ、入学してすぐ閲覧禁止の棚の本を無断で読みまくって、マダム・ピンスをカンカンにさせたって伝説があるんだ」

 

 談話室で二人を待っていたロンはそう言った。ジョージはソーフィン・ロウル_____母親を傷つけた男について調べただろうか? もしジョージが全て知っていたなら、どんな気持ちでコーディに話しかけたんだろうか……。

 

「魔法省監査部にマグル生まれが半数も採用ですって!」ハーマイオニーが突然大声で言ったので、コーディはびっくりしてトーストを落としそうになった。

 

「それって凄いことなの?」

「知らない。魔法省って言ったら、マグル製品不正使用取締局と、魔法大臣室と、忘却術師と、魔法生物部……? くらいしか出てこないや」

「私も知らない。少なくとも、ルシウスさんの話に出てきた事は無かった……と思う。あんまり真面目に聞いてないから分からないけど」

 

 ハーマイオニーは呆れて、「あなた達、もっと魔法界の政治に関心を持つべきだわ!」と言った。それから、「ロン。魔法生物部じゃなくて、魔法生物規制管理部よ」とも。

 

「最近新設された、魔法省の役人を見張る役割よ。役人たちが不正をしないようにね。ヴェネナタさんが部長を務めるみたい!」

 

 ____ヴェネナタ・ザビニが魔法省で部長を務めるだって? 

 確かあの女は魔法省勤務ではなく、あくまでイギリス魔法界唯一の心理カウンセラーとして、アドバイザーとして出入りしていただけのはずだ。

 それがいつの間にかホグワーツに入り込み、今度は魔法省で部長とは。ルシウスさんは今頃頭痛に悩まされているだろう。

 

「ハーマイオニー、なんでここだけ切り抜いてるの?」

 

 ロンがそう尋ねると、ハーマイオニーは顔を真っ赤にした。切り抜かれた場所の下には、“新たな呪文を開発したギルデロイ・ロックハート氏、新設されたマグル犯罪対策室室長に任命───増加するマグル生まれの魔法使いによる犯罪……”と書かれている。

 

「マーリンの髭! ハーマイオニー、まだ懲りてなかったんだね」

「でも、あいつ……ロックハートが呪文を開発って? 授業で一回も杖を出さなかったのに?」

「私はとても興味深い記事をスクラップしただけよ! それに、あれは斬新な授業スタイルよ! ____あら、もう授業が始まるわ。行かないと!」

 

 

 マグル学教室には、生徒はそう多くはなかった。グリフィンドールからはコーディ、ディーン、ハーマイオニーの三人だけだし、レイブンクローに至っては二人、ハッフルパフは一番多いけどそれでも五人、スリザリンは勿論ゼロ_____ではなかった。奇妙なことに、ブレーズ・ザビニが席について教科書を開いている。

 

「やあ、髪の毛は治ったみたいだね」ブレーズがにこやかに話しかけてきた。

 

「一応」コーディはそれだけ言って離れた席に座った。

 

 もしかしたらブレーズの方は母親とは違っていい人間かもしれないけど、それでも嫌だ。コーディを避けたり悪口を言ったりする人たちも、こういう気持ちなのかもしれない。

 

 チャイムが鳴り、バーベッジ先生が入ってきた。優しそうな女性で、動く____車輪のついた椅子? に乗っている。

 

「さて、今回はマグルの移動手段について学びましょう! 何せ、マグルは魔法が使えませんからね……苦労して色々な、手間のかかる移動手段を開発しています。とても面白いですよ! 勉強は楽しんでするのが一番! 今回も楽しみましょう!」

 

 コーディはウキウキして小さく拍手した。バーベッジ先生はとても優しそうな上、マグルの事も本当に好きそうだ。何より「勉強は楽しんでするのが一番!」という言葉が良い。スネイプにバーベッジ先生の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

 しかし、コーディ以外の生徒はほとんど興味がなさそうな顔をしている。ディーンは既に寝そうだったし、レイブンクロー生の一人は他の科目の宿題をしていて、ハッフルパフ生たちも似たような様子だった。真面目に聞いているのはコーディ、ハーマイオニー、レイブンクローのアンソニー・ゴールドスタインと、なんと、ブレーズ・ザビニの四人だけだった。

 

「マグルの乗り物を知っている人はいますか?」

 

 コーディは真っ先に手を挙げた。「自転車です! とっても、優れていると思います」

 

 それからブレーズ・ザビニがモーターボート、ゴールドスタインがパラシュートと答えた。ハーマイオニーは何故か挙手をしなかったが、ゴールドスタインの回答に鋭い指摘をした。「パラシュートは、厳密には、移動手段とは言えないと思います」

 

「いいえ。空を飛べないマグルが空を飛ぶための道具ですから、移動手段と言えると思いますよ。アンソニー、ありがとう」

「パラシュートは“空を飛ぶ”と言うよりは、空から降りるために使うもので……」

「ハーマイオニーも、ありがとう。マグル生まれのあなたの意見ですもの。もちろん参考にさせてもらうわ」

 

 ハーマイオニーは不満げに座り、バーベッジ先生は不真面目な生徒たちを注意することもせず、マグルの乗り物について説明を始めた。

 

「____そう、空を飛べないマグルは空を飛ぶための道具を開発しました。まず、これが『ヘリコプター』! そして次に、これが『飛行機』です……見てください、とてもおかしい形をしていますね! マグルの道具って本当に変で面白い……」

 

 コーディはクィレル先生を思い出した。クィレル先生だってきっと、素晴らしい授業をしただろうけど、バーベッジ先生もそんなに悪くない。寧ろ良い。ただ、言葉に出来ない小さなしこりが心の奥に出来たような……。

 

「飛行機に乗るのは手間がかかる上、とても危険だと言われています」

 

 クィレル先生から聞いた話と違うぞ、とコーディは思った。クィレル先生は「飛行機事故は実はとても少ない」と教えてくれたはずだ。あれはもう二年も前だから、何か事情が変わってしまったんだろうか? 

 

「先生、飛行機事故はとっても少ないって聞きました」____でもやっぱり、クィレル先生が間違っているとは思えなかった。

 

「いえ、まさか! 飛行機はとーっても危険です! 乗っていると頭がとても痛くなりますし、何より歴史に残る数々の事件があります。飛行機事故が毎年毎年何件も起きています……」

 

 バーベッジ先生が様々な飛行機事故の実例を挙げてくれたので、コーディはしゅんと席に座った。ゴールドスタインは心底恐ろしそうに、「だから、魔法無しで空を飛ぶなんて無茶なんだ!」と言った。

 

「先生、飛行機事故は大々的に報道されがちですが、決して多いというわけではありません! 寧ろ、たくさんの飛行機が飛んでいるのにそれだけで済んでいるのは凄いことです!」またしても、ハーマイオニーが指摘した。

 

「それに、体調が悪くなる人もいれば、そうでない人もいます。私は何度も飛行機に乗ったことがありますが、とても快適でした。箒よりもよっぽど! 

 

 ハーマイオニーは苛立っているのか、やや語気が荒くなっている。眠っていたディーンも目を覚まし、「落ち着けよ」と小声で注意した。

 

「貴重なご意見をありがとう、ミス・グレンジャー。そうね、マグルからしたら、これは少ないうちに入るのかもしれません____ですが、我々からすれば、空を飛ぶだけでこんなに人が死ぬなんて、信じられない事なんです。それに、箒に乗っていて頭が痛くなることもありませんから……」

 

 授業はあっという間に終わってしまった。宿題は「自分の好きなマグルの乗り物について」のレポートで、コーディは自転車について書くつもりだ。自転車のベルが“乗っている時退屈しないために奏でる楽器”という説は、我ながらとても画期的だと思う。

 

「先生、初回は参加出来なくてすみません。でも、とっても良い授業でした!」

「まあ、ありがとう。貴方のことはダンブルドア先生から聞いていたの、クィリナスとも親しかったって」

 

 それからしばらくして、コーディはバーベッジ先生の部屋を訪れた。初回の授業を受けられなかったお詫びを言いたかったし、二人でマグルの道具や文化についてたくさん話してみたかった。

 

「クィレル先生と親しかったんですか?」コーディは驚いてバーベッジ先生に尋ねた。

 

「ええ、レイブンクローの後輩だもの。物静かだけど、とっても賢い子だったわ……それに、ユーフェミアも。貴方にそっくりだったの」

 

 コーディはますます驚いた。ユーフィおばさんがレイブンクロー寮生だったということすら知らなかった。当たり前のようにスリザリンだと思っていた。

 

「これまでさぞ大変だったでしょうね……これ、マグル生まれのお母様を持つ友人からもらった茶葉で淹れたの。良ければ飲んで」

 

「ありがとうございま____ウ゛ンッ……美味しいです」____不味い。まあ、そういう事もある。

 

「魔法で淹れるお茶には全く及ばないでしょう? でもね、魔法を使わないからこそのおかしみがある気がするわ。そこがマグルの()()()()()ところだと思っているの」

 

 紅茶は本当にまずかったので、いくらマグル製品とはいえ素敵だとは全く思えなかったが、コーディは黙って話を聞いた。考え方は違っても、同じくマグルの道具や文化を愛する仲間なのだ。

 

「マグルは魔法を使えないから、色々面白い物を生み出すわ。どの道具もユニークで、面白くて、おかしい! そう思わない?」

「はい。私も、冷蔵庫や電子レンジが大好きです」

 

 それから、コーディとバーベッジ先生はマグルの道具について沢山話した。噛み合わない所もいくつかあったけれど、マグルの道具について話せるだけでコーディは満足だった。

 

「でもね、どの道具も、魔法の力を使えばもっと素晴らしくなるはずよ。魔法使いとマグルもそう_____マグルの苦しみ……例えば、ずっと起きているくだらない戦争、飛行機の時の頭痛、不味いお茶。魔法使いがマグルに力を貸し、教え導けば、世界は理想郷になるはずだと、私は信じているの」

 

 バーベッジ先生の考えはクィレル先生とは全く違うようだった。でも_____多分、「魔法使いとマグルは仲良くするべき」という意味のはずだ、きっと。コーディは不味いお茶のお礼を言って、バーベッジ先生の部屋を後にした。

 ユーフィおばさんについて聞くのを忘れた事に気づいたのは、部屋を出た少しあとだった。

 

 

「ハーマイオニー、人間の手は二つしか無いんだよ」

 

 談話室に戻ると、マグル学の教科書・数占い学の教科書・『マグル乗り物辞典』・『クィディッチ今昔』・『恐ろしい箒事故百選』、更には編みかけの帽子を机に広げているハーマイオニーを見て、ハリーが顔を引き攣らせていた。

 

 ハーマイオニーはマグル学の授業でバーベッジ先生に何度も敗北したので、どうにか言い負かしてやろうと箒事故と飛行機事故について必死に調べているらしい。

 

「それに、なんで編み物なんかしてるんだい? 君、手編みのマフラーを渡す相手なんかいないだろ」

 

 コーディは「あー……私、用事があるんだよね」と言って立ち上がった。ハリーも「僕もクィディッチの練習が……」と出ていこうとした。

 

「いいえ、二人にも関係がある話なの。私たち、この頃忙しくって、全然活動出来ていなかったでしょう?」

「何の?」

「冗談でしょう、ロン! もちろん、S.P.E.W.(ハウスエルフ福祉振興協会)よ!」

 

 ロンが「忘れてた、ネビルとお勉強の予定があったんだった!」と逃げようとしたが、ハーマイオニーの眼光には負けてしまった。少しの間その話題(S.P.E.W)を控えていたハーマイオニーだったが、彼女の闘志は燃え尽きてはいなかった。

 

「ドビーについて知って、いろいろ考えたの。この頃彼、ますます素敵になったと思わない?」

「おったまげー、ロックハートの次はドビーかよ!」

 

 レッドキャップの形相になったハーマイオニーがロンに杖を向けたので、コーディは慌ててハーマイオニーを取り押さえた。

 

「ドビーはとても生き生きしているでしょう? ファッションもそうだし、自らダンブルドアに給料の交渉をしたらしいの!」

 

 ハーマイオニーはなんと、時間がある時に厨房に行ってドビーに対して屋敷しもべ妖精の労働の実態のインタビューをしているらしい。あまり厨房には行けなくなるぞ、とコーディはとても残念に思った。

 

「屋敷しもべ妖精が給料だって!? マーリンの髭! ペットと飼い主は似るって聞いたことがあるけど、ドビーってコーディよりよっぽど____」

「ハウスエルフよ、ロン! それに、ハウスエルフはペットじゃないわ!」

 

 ハーマイオニーが再びレッドキャップの形相になりそうだったので、ハリーがわざとらしく咳払いをした。「それで、何を考えたの?」

 

「ドビーが特に素敵になったのは、“ようふく”になってからなのよ!」

 

 三人は絶句した。ドビーのことをろくに知らないロンだって、ドビーがとても特殊な例だと知っている。屋敷しもべ妖精を百人“ようふく”にしても、ドビーのようになるのはたったの一人もいないだろう。

 

「ハーマイオニー、その編み物って……まさか、ホグワーツ中の屋敷……ハウスエルフをようふくにするつもりじゃないだろ?」

「鋭いわね、ロン。彼らにはきっかけが与えられるべきよ。今の彼らはいわば、洗脳状態にあるの。彼らを解放してあげるのが、私たちの務めだわ。魔法界はとても差別的で_____」

 

「止められるのは君だけだよ」とハリーが言ったが、コーディは止める気は無かった。

 

 屋敷しもべ妖精はホグワーツ生に雇われているわけではなく、ダンブルドアに雇われているのだ。ルシウスさんがしたように、代理にようふくにさせる事もあるにはあるけど、ただの生徒がようふくに出来るわけがない。

 そう教えてあげれば、ハーマイオニーは編み物はやめて新しい方法を模索するだろう。でも、S.P.E.W.をやめるわけではない。

 

「思い切りやって失敗した方がいいと思う」

 

 コーディが言うと、ハリーは納得したように頷き、占い学のレポートに取り掛かった。ロンはハーマイオニーから「ハウスエルフの自由と解放について」を延々と語られている。

 コーディも魔法薬学の教科書を開いた。レポートの方はまだ三十文字程度しか進んでいない。また薬の実験台にされるのはごめんだ。

 

「これ、何だい?」教科書から落ちた紙をハリーが拾い上げた。

 

 ピンク色の羊皮紙に、ミミズの絵____じゃない、曲がりくねった文字でなにか書いてある。

 

自由な屋敷しもべ妖精、ドビーは、コンコーディア・ロウルの家族として、ホグズミード行きを許可します。 ドビー

 

「これ、マクゴナガル先生に提出するの?」

「勿論しないよ。屋敷しもべ妖精が保護者なんて、絶対認められないし」

 

 そう言いつつも、コーディは心がポカポカ暖かくなるのを感じた。魔法界の法律に認められなくたって、ドビーのサインには確かにコーディを元気づける力があった。

 コーディが丁寧に折りたたんで仕舞おうとした瞬間、ハーマイオニーが目ざとく羊皮紙を見つけた。

 

「これって……本当に素晴らしいわ! ねえコーディ、もちろんマクゴナガル先生に提出するわよね?」

「するわけないよ。だって、意味ないし」

 

 ハーマイオニーの優しい笑顔は、一瞬にして恐ろしい怒りの形相に変わった。

 

「意味ないですって? あなたがそんなに酷いことを言うなんて思わなかったわ_____私がこれを見せて、マクゴナガル先生を説得してみせます! もし認められなかったら、酷い人権侵害よ」

「でも、屋敷しも……ハウスエルフは人じゃないから、人権なんて無いだろ?」

「ロナルド・ウィーズリー、そこに正座しなさい!」




やっと『マグル学のすゝめ』っぽい回です。

S.P.E.W.否定派ってわけではないけど、S.P.E.W.が出てくると毎回ふざけてしまう。ハウスエルフの権利について考えることは大切だと思っているのに……。
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