愛の重いヒロインしかいないエロゲ世界に転生した純愛主義者   作:十前

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その後

 ◆◆◆

 

 

 ラキス・ファビオは素早い動きで会場から離れていた。

 メイドに抑えつけられた後、衝撃を受けたタイミングで気を失ったフリをした。そうして様子を伺っていたらメイドの手が離れたので抜け出してきたのだ。

 

 何が起きたのか、意味がわからない。

 

 途中まではうまくいっていたはずだ。龍人種の姫であるマグノリアを決闘場まで連れ出し、あとは【龍化】を使わせて暴走させるだけだった。観客は息のかかった派閥の者ばかりだから、暴走の内容は幾らでも誇張して伝えることができる。元が事実だからマグノリアも否定できない。

 そうして味方がいなくなったところで手を差し伸べるだけで良かったのに。

 

「くそっ、クソクソクソがぁっ!」

 

 鼻の下に暖かいものを感じて拭うと、血がついていた。あのメイド、こちらの首を不躾にも抑えつけてきた。女とは思えない力で結界に叩きつけられ、今も鼻血が止まっていない。

 

(しかも一緒にいたのは──カルマ・レイヴンか?)

 

 あんな無能のクソガキに邪魔をされたのか──そう思うと頭の中に血が上ってくる。隣には学園長の孫娘までいた。なぜあそこが繋がっているのか? 全く想像がつかない。

 

「くそっ……!」

 

 会場の外へ抜け出し、ひとまず夜闇に染まる森に紛れる。この後はどうするべきか? 何よりもまず──あの人に報告という名の言い訳をしないといけない。首飾りを貸し出された時に言われたではないか。これを貸すのだから、必ず成功させてくださいよぉ、と。

 

「物に当たるのはいけませんねえ──」

 

 耳元で声がした。ぞわりと鳥肌が立つと同時、その場を飛び退く。

 夜闇の黒より暗い、さらに深い色合いのローブを着た男が立っている。

 もう、気づかれたのか――!

 

「ち、違う!」

「何が違うとぉ?」

「私は成功していたんだ! それなのに外部から邪魔が」

「目的を果たせずぅ、証拠まで残していく間抜けのどこが成功ですかぁ?」

「──【サンド・ブラスト】!」

 

 無理だ。早々に対話を諦めて細かい岩を散弾上に叩きつける魔法を放つ。拡散する弾は狙いをつけずとも相手に当たっていたが、男は立っているだけで目の前で闇の中に吸い込まれて消えていった。

 

「あなたはコネだけはありましたが……有能ではありませんでしたねぇ」

 

 また、耳元で声がする。

 背後にいたはずの男が隣にいる。

 驚いて口を開こうとした瞬間、男の声が耳に届く。

 

「【シャドウ・コフィン】」

 

 途端、周囲から音が消えた。さっきまで僅かに見えていた木々の輪郭が無い。完全な闇に囚われていた。それだけでなく、壁が迫ってきている。自分を捕らえている空間が縮小しているのだ──そう気づいた時にはもうどこにも逃げ出す隙間は無かった。叫び声は無音の闇に取り込まれて消えた。最後まで見えたのは何もない闇だけだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「――あー、やられた」

「…………」

 

 学園の中央棟。

 一番大きい棟の、一番上の、一番奥の部屋。

 

 二人の少女が大きなソファーに座っている。一人は何かを失敗したような声を出して額を叩き、もう一人は胡乱な目で何もない空間を見つめている。

 

 雰囲気は全く似ていないが、二人とも耳が長いという共通点があった。

 

「ねぇベリアー、反応くらいしてくれてもいいんじゃなーい?」

「……ん? 世界の危機?」

「大げさすぎ! 違う! 違うけど学園でこのセシリアさんが出し抜かれたんだ!」

 

 そう言ってようやくベリアが表情を変えた。と言っても、胡乱げだった目が少し大きくなっただけだが。

 

「出し抜くとは」 

「生徒が一人、魔法が使われた後に消滅した」

 

 一瞬の出来事で使い魔をけしかける暇すらなかった。

 ベリアがかくんと首を傾ける。

 

「再現魔法は」

「やってはみるけど、犯人特定は難しいだろうなぁ」

 

 再現魔法はその場に残った過去の映像を映し出すだけだ。音声は聞き取れず、映像に手を加える事もできない。フードやローブで顔を隠されていたら、あまり参考になる情報は手に入らない。

 

「そうか……」

 

 ベリアは少し遠くを見つめていたが、面倒になったのだろう。また胡乱な瞳に戻ってしまった。これでもいざという時は頼りになるので、よき親友ではあるが。

 

 あの男はこの学園に通う者ではないだろう。通う者なら学園長である自分にわからないはずはない。あの魔法だって見覚えは無かった。自分の見覚えがない、というのはそれだけで大きな異常でもある。

 

「邪魔が入ってきてるなぁ」

 

 内部の生徒なら、何をしようと私はお咎めを与えない。

 貴族が派手にパーティを開こうが、そこで誰かを陥れようが、私は関わらない。

 そういうルールを自分に課している。

 

 青春に大人が介在するのは間違いだと思っているからだ。

 

 だというのに、可愛い可愛い生徒たちの青春を邪魔しようとする奴がいる。

 

(せっかく見ていて面白い子も見つけたのに!)

 

 悪評ばかりだった――あの少年。

 一体全体、どうしてあんなに女の子達から好かれているのだろう?

 振る舞いだって全然違うじゃないか。

 私の孫すら骨抜きにされてしまいそうだ。

 

 面白そうだから結婚すればいいと思ったが、そう伝えた手紙は無視されてしまったようだ。また送ってやろうかと思ったが、そもそも面白がるためとはいえ手紙を送るのもルールとしては怪しい。

 

 いずれにしても、そういう私の楽しみを邪魔する奴を許してはおけない。

 

「このセシリアさんの目を盗むとはいい度胸だな」

 

 私の学園で私の趣味を邪魔しようとは、見下げ果てた馬鹿である。

 立ち上がって口の端を歪める。

 

 この学園では私がルールだ。

 

「学園長の名において――貴様は捕まえ次第、凄惨なキルを約束しよう」

 

 学園長――セシリア・リステリアは見知らぬ男に殺意の籠った笑みを向けた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ……俺は一体、どうなったんだっけ?

 

 何度目かの起床。また俺は見慣れてきた天井の下、つまりは自分の部屋のベッドに寝ていた。

 漫然と顔をしかめて天井を眺めていたら、ドアが開いて白髪のメイドが入ってきた。

 

「あっ」

 

 ……と思ったらそれだけ口にしてくるりと回って出て行った。

 一体なんなんだ。怪訝に思いつつドアの方を見ていたら……今度はどたどたばたばたと家を駆けてくる音が聞こえてきて。

 

「か、カルマ! 起きたって本当!?」

「ご、ご主人様! ご無事ですか!?」

 

 金髪ツインテエルフとグレーの髪のメイドが勢いよく部屋に入ってきた。

 アイビーはともかく、ノエルがこんなに慌てて足音を鳴らしているのは珍しい。

 

「……無事? まぁ特に体に違和感はないけど」

「よ、よかった……」

 

 へなへなとへたりこむアイビー。隣でノエルは起き上がろうとした俺の肩を抑える。

 

「ま、まだ寝ていてください……。ご主人様は三日寝込んでましたので」

「三日!?」

 

 そんなに寝る事があるのか。人ってそんなに寝れるものなのか。

 というかそもそも何が起こってそんなことに。

 

(ああ……そうだ。俺、すごい強い奴と戦ったな)

 

 寝起きでぼやけていた頭がようやく焦点を捉えてまとまってくる。

 相手はマグノリアの師匠。ミズリと言ったか。ギリギリの勝負だった。相手は操られていて本来の実力を出せなかったとはいえ、とんでもない格上だった。俺の攻撃を角で受けるってどんな身のこなししてんだ。勝てたのは俺が魔眼によって相当上振れて動くことができたのと……あとは、二人がいたからか。

 

「……アイビー、ノエル。ありがとう。二人のおかげで勝てた」

 

 目を丸くする二人。

 思っていたのと違う反応をされて困惑する。なんだその顔は。

 アイビーがもじもじしながら呟く。

 

「なんか……その、普通にお礼言われると、照れるね」

「そんなにひねくれた人間じゃないつもりなんだが」

「でもキミって、険しい顔してる時多かったから」

 

 言われてみればたしかに、バッドエンド三人衆と会う時はこいつらはバッドエンドにしてくるのだという心積もりで出会っていた。気づかない間に皺が寄っていてもおかしくない。

 なんて思っていたら二人がゆっくりと身を乗り出して顔を近づけてくる。

 

「ご主人様は……」「カルマって……」

「な、なんだ?」

 

 二人はじっと俺の顔を見つめながら、

 

「……気を抜いた顔が、けっこう可愛らしいんですよね」

「は、はぁ?」

 

 ノエルが真面目そうな顔でそんなことを言って。

 

「……さっき少し微笑んだ時の表情、だいぶ、まずいと思う」

「な、何が!?」

 

 アイビーが緊張したような顔でそんなことを言ってくる。

 言いながら二人ともじりじりにじり寄ってくるから、俺は布団を剥いでゆっくりベッドの後ろへ下がっていた。

 

「ご主人様……」「カルマ……」

「な、なんなんだよ! 顔が怖えよ!」

「もう少し、お顔をじっくり見させてくれませんか?」

「もう一回だけ、さっきみたいに笑ってくれない?」

「――断固、断る!」

 

 意味の分からない要求には明確にNOを突き付け、俺はベッドを飛び降りて部屋から逃げ出した。

 

 

 ◇

 

 

 急いで着替えて、家を出てから一息吐く。

 

「……あいつら一体なんだったんだ」

 

 ノエルにアイビー。お礼を言ったら、二人ともなぜか目の色を変えてにじり寄ってきた。

 

 特に二人のルートを進めたわけじゃない。何かのフラグが立ったわけではないだろう。一体どういうことか。俺の顔面が何だって言うんだ。

 

 そうして家の外を出歩く。ただ、学園入学前の俺はまでそこまで探索しきれているわけじゃない。足が向く先はなんとなく見覚えのある方向へと向かっている。

 

 辿り着いたのはマグノリアと修行していた広場だった。

 そこに丁度、見覚えのある二人がいた。

 

「――カルマ!」

 

 マグノリアと、そしてミズリだ。マグノリアはなんだか戸惑うようにミズリの後ろに隠れていた。声を掛けたのはお前なのに、なんで子供みたいに隠れてるのか。

 

 ミズリは隠れてるマグノリアを意に介さない風にして歩み寄ってくる。

 そうして直角になるまで深々と頭を下げてきた。

 

「この度は、大変ご迷惑をお掛けしました」

「……災難でしたね」

 

 ミズリがラキスに操られていたこと。それ自体はもう起こった事なので気にしていない。というか、こっちが先んじて動けていたらもっと早めに対処できたかもしれなかった。どちらかというと申し訳ない気分なのはこっちなのだ。でも説明もしづらいので災難という言葉に落ち着いた。

 

「気にしていないのですか? こちらは全裸で土下座をする準備もしていたんですが」

「ぜ、全裸!?」

「冗談です」

 

 まったく冗談を言う雰囲気の顔ではない。

 

「もちろん、お詫びをしなければとは思っています」

「……お詫びですか」

「今回私は、取り返しのつかない失敗をしました。まさかラキス殿の言う契約がここまでの効力を発揮するとは思わず。それを予想せず軽率に契約を結んだのは私の責任です」

 

 ミズリが何もない首元を撫でる。あの、首飾りの形をした魔道具を思い返しているのだろう。

 俺もまさか、こんなところで見覚えのある魔道具が出てくるとは思わなかった。

 あの魔道具の持ち主はラキスじゃない。本編で現れるのはもう少しだけ先――というか、第一章が始まってからだ。

 

(……会いたくない奴が増えるなぁ)

 

 『尻ア』のキャラはだいたいヤバいが、そいつらがいるのは学園の中だけじゃない。

 敵対する組織にだって、やべー奴はいるのだ。

 

「……とりあえず、無事でよかった」

 

 いずれにしたって、ミズリというキャラが無事でいたことは僥倖だ。本編に現れなかったということは、あのイベントの中で退場したか、あるいはラキスに操られたままだったかもしれない。マグノリアのメンタル的にも、信頼できる人が傍にいるのはかなりプラスになるだろう。

 

 ミズリがわずかに目を丸くしたままこっちを眺めている。

 

「本当に気にしていないのですね。私に差し出せるものならなんでも差し出しますが」

「別にいいっすよ。まぁ……何かあったら助けてもらえれば」

「……そうですか」

 

 かなり冷たく見える無表情だが、なんとなく不満そうな雰囲気は感じ取れた。なんでも、の部分を強く言われていたけど、本当になんでも言うわけにはいかない。……全裸土下座したかったのか? そういうわけじゃないよな?

 

「ちなみにですが、私は一応ここにいるお嬢様の剣の師匠という立ち位置ですが」

「はぁ」

「弟子を、募集しています」

「……はい?」

「あまり多人数だと教えも散漫になりますから、人数は少なめ。一人ということで。先着順を予定しており」

「もしかして」

 

 ずいぶん含みのある言い方なので尋ねてみる。

 

「……勧誘されてます?」

「そうとも言います」

 

 一瞬、魅力的かもしれないと思ってしまった。ミズリとの闘いで俺の剣術は飛躍的にレベルアップしたと思う。ただ、あの精度で戦うのはおそらく難しい。危険が迫っていて、目の前に見本がいた。そんな状況はまず起こらない。

 

 でも、ミズリの弟子になれば、着実に強くなることはできる。

 

 ……できるが。

 

(キャラが渋滞してるんだよなぁ……!)

 

 こうして話してる時点でもミズリも癖が強そうなキャラをしている。果たして俺が取り扱える範囲なのか? でも剣術は魅力的だ。だがしかし……。

 

 と悩んでいたらミズリがぽんと手を叩いた。

 

「では、仮であなたを弟子にしましょう」

「……え?」

「他に弟子が決まるまで、あなたに剣というか刀を教えます。あなたは強くなるし、私は暇が潰れる。一石二鳥ですね」

「……ええ!?」

 

 突然何を言い出すのか。

 驚いている内に「そうしましょうそうしましょう」とか頷きながらミズリは立ち去ってしまった。

 ……また俺は変な奴に目を付けられてしまったのではないか?

 

「……えっと、カルマ」

 

 そんな不穏な気配を感じていたら、さっきからずっと静かだったマグノリアが声を掛けてきた。いつもと違ってずいぶんしおらしい。これはこれで、逆に何が起こるのかと不安になる。

 

「ありがとう。助けてくれて」

「……ああ。それは別に」

「カルマが来てくれた時、私はすごく嬉しかった……」

「…………」

 

 やっぱりマグノリアらしくない。いつものマグノリアはもっと勢いよく飛びついてくる大型犬のような奴なのだ。こんな頬を染めて上目遣いでこっちを窺ってくるような奴ではないはず。胸を押さえて、何かを言おうとして迷って、口を開いたり閉じたりする奴ではないはず。

 

「……カルマ。やっぱり、変だ……!」

「な、何が」

「……なんだか、胸がどきどきしていて……」

 

 ああ、これを素知らぬフリが出来たらどれだけ楽か。

 

 残念ながら、俺はマグノリアルートだってクリアしている。ある程度、マグノリアの感情がどんな風に変わっていくのかわかっている。

 だからこれが――マグノリアの好感度が上がってる証拠だというのがわかってしまう。

 

(……まだフラグも立ってないんですけどね!)

 

 落ち着け。俺はマグノリアとのフラグが立つ、その前のイベントを破壊したのだ。ならそのフラグは消えたんじゃないのか?

 

(……前倒しとか言わねえよなぁ!)

 

 非常に不穏な仮説が頭に浮かび上がってきて、俺はさりげなく踵を返そうとした。――しかし。

 

「――待ってくれ」

 

 ぎゅっと、掴まれる腕。

 

「どこに、行くんだ?」

「いや……えっと、家に……帰ろうかな……って」

「……行かないでほしい」

「えぇ……!?」

 

 腕を掴んでいる力が少し強まる。振りほどけそうで、振りほどくことはできない力。

 至近距離にいるマグノリアが、濡れたような瞳で見上げてくる。

 

「……もう少しだけ、私と、いてほしい」

 

(ええええええええ……!?)

 

 ああ。

 俺の胸もドキドキと高鳴っているのは、どういう理由によるものか。

 目の前で立ち止まれていたはずの深い沼に、いつの間にか足を踏み入れていた感覚だった。

 

 もちろん、逃げ出せようはずもなく。

 俺は呆然と澄んだ青空を見上げるのだった。

 

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