「·········ここじゃ狭すぎるね」
周囲の空間。
壁に囲まれていることに対して息苦しそうに無一郎が呟いた。
「庭に出よう。あそこでなら思う存分動ける」
無一郎は手元の真剣を壁際の隊士へと無造作に放り投げると、自らが振るうべき本物の得物、鉄穴森の手によって研ぎ澄まされ、『惡鬼滅殺』の文字を刻んだ日輪刀へと歩み寄った。
「中途半端な鉄じゃ本気でやれないと思うから、お互いに自分の日輪刀で勝負しよう」
淡々とした、けれど覚悟を宿した者だけが口にすることが出来る言葉。
「「「「「「「「「「·········ッ!!」」」」」」」」」」
「ッ!!」
周囲にいた隊士達も、そして二人とは特に仲が良い炭治郎でさえも、誰一人として声を上げることができなかった。
木刀ではなく真剣での立ち合い。
常軌を逸した申し入れであることは誰の目にも明白だったが、二人の間に立ち込める尋常ならざる気迫がその場にいる全員の喉を縫い留めていたのだ。
冗談や戯れ言の類ではない。
ここにいる全員に『命を奪う覚悟と、命を繋ぐための研ぎ澄まされた戦い』を肌で刻みつけるための、一切の妥協を排した試み。
そして何より。
無一郎が今まで出会った中で、リンクこそが最高の好敵手なのだと。
故に互いが持てる全てをぶつけ合うための儀式であるということが、その沈黙そのものが物語っていた。
「·········」
リンクは板の間から静かに立ち上がり、無一郎の背中を追うように歩みを進めた。
青年が向かった先には、鋼鐵塚から授かった自身の日輪刀がある。
手にした瞬間、己の身体の一部のように馴染むその柄。仮初の剣ではない。数々の死線を共に潜り抜けてきたリンクに、己の魂を預けるに相応しい重みを秘めた半透明の刃を腰へと佩く。
二人は言葉を交わすこともなく、並んで道場の出入り口へと向かい、照りつける陽光の下、砂の広がる庭へと降り立った。
じゃりっと、砂を踏み締める重い足音。
二人が醸し出すただならぬ気配に呑み込まれるように、道場にいた隊士達全員が息を殺したまま後を追い、庭の周囲を幾重にも取り囲んでいく。
燦々と降り注ぐ光の下、互いに十歩ほどの間合いを取って向かい合った。
無一郎が自らの日輪刀の柄に手を添え、涼やかな瞳でリンクを見据える。
「手加減はしないよ。貴方が相手なら、そんなもの欠片も必要ないはずだから」
年若き柱の静かな言葉に、リンクもまた唇を引き結び、返答の代わりに日輪刀の鯉口を僅かに切った。
鋼が擦れ合う、澄み切った硬質な音が庭の空気を震わせる。
互いに嘘偽りなく、全身全霊を尽くすこと。
命のやり取りの本質を、その刃の交錯をもって眼前の全員に刻みつけること。
交わされた視線の中で、二人の剣士は無言の誓いを結び合っていた。
□■□■□■
青空に浮かぶ太陽から容赦のない光が真っ直ぐに斜めへと差し込み、地面の砂粒があまりの緊張感に霧のようにして陽光の筋の中に浮かび上がらせていた。
新人である外人隊士と現役の柱が戦うということで、今回の戦いは苛烈を極めるものになると察したのか、被害がこちらにまで及ばないように周囲にいる隊士達はできるだけ広く円形に並ぶ。彼の屋敷の塀が見えなくなるほどに円の陣を形成したことで、逃げ場は失くされた。
皆が息を呑む中、二人は微動だにせず対峙していた。
リンクはすでに右手には鋼鐵塚から貰った日輪刀の柄を固く握り締め、抜き放った半透明の刃を一切揺らさず、正面に構えていた。その鋭い眼光は大空の光を浴びて透過する刀身の先で限界まで研ぎ澄まされ、眼前の相手の一挙手一投足に集中している。
彼の蒼色の服が、隊士達の隙間から吹き込む風にパタパタと小さく揺れていた。
対するは、時透無一郎。
その手にもすでに柱の刀にだけ『惡鬼滅殺』の文字が刻まれた刀が抜き放たれ、深い霧のような白と水分を吸い取ったような薄水色を陽光に晒しながら、静かに下段へと構えられている。
彼なりに動きやすさを重視した隊服に身を包んだ無一郎の顔には、この場の張り詰めた緊張感とはあまりにも不釣り合いな、無垢で楽しげな微笑みが宿っている。
この決闘は皆に意識を改めさせることを目的としていたが、彼もまた、リンクの真の実力を見たかったのだ。
あの時、刀鍛冶の里で見せてくれた圧倒的な身体能力。
呼吸もなしにあれだけ動き、上弦の伍を討ち倒しただけでなく、意味不明な竜までも退治した。
あの時とは違って、今の彼にはかつての無関心さはない。炭治郎の言葉や優しさに救われ、そして背中を預けて共に上弦を倒したことでリンクに対して純粋な興味を持ち、心優しい性格と強い意志を取り戻したのだ。
故に、そのあどけない表情の裏にある彼への関心を、より鮮明に際立たせている。
「それじゃあ───行くよ」
無一郎が稽古の開始を告げるかのように滑らかに、小さく丁寧に頭を下げた。
その丁寧な一礼の動作が終わるか終わらないか、その直後だった。
静寂はあまりにも唐突に、そして強引に爆散した。
シュン!! と。
静寂を裂いたのは、あまりにも軽やかで気配も感じさせない少年の素早い突進であった。
その音が空間に溶け切るよりも早く、勝負の天秤は一気に傾いた。
ヒュオッ、と乾いた突風のような音が響く。
無一郎が左の足裏を地面へと猛烈な力で叩きつけたのだ。足元の細かい砂粒が爆発したように後方へと弾け飛び、彼の身体は制動を失った矢のように一瞬にしてリンクの視界からその姿を消し去った。
人間の視界が捉えられる移動の限界を遥かに超越した神速。
それは風を切り裂く音さえも置き去りにするほどの突進であった。
(───速いッ!!)
リンクの脳がその事態を把握するよりも前に、数々の戦場で培われた天才的な直感が彼の全身の骨格を強制的に捻じ曲げていた。
ガキィンッ!
金属同士が正面から激突する、耳を聾するほどの高音が平庭に炸裂した。
そこからは両者共に素早い剣撃の応酬が始まる。
リンクは身体を左へと激しく転回させながら、右手の刀を斜め上方へと突き出すようにして無一郎が放った目にも留まらぬ一撃を辛うじて受け止めていた。昼間の明るい時間帯の中ですらはっきりと視認できるほどの鮮烈な火花が二人の顔の間で弾け、一瞬だけ周囲の景色を白く飛ばす。
しかし、これほどの重量を伴った衝突でありながら、無一郎の勢いは微塵も衰えなかった。
少年は自身の刃が受け止められた瞬間の反発力をそのまま腰の回転へと滑らかに同化させ、身体を地擦りの高さまで低く沈めながら次の一撃を横一線に薙ぎ払ってきた。
狙いはリンクの右の足首を断ち切ること。
模擬戦であるにも拘らず、彼は容赦しない。
理由は········信用しているからだった。
この程度で足を斬られるようならば見込み違い、それまでの男だったというだけで終わる。
しかしそうはならないと確信していたからこそ、少年はリンクに容赦のない一撃を放ったのだ。
「ッ!!」
リンクの口から異様な呼吸音が放たれる。
ゴオオォォォッ!! と、微かに大気に響いた一瞬の轟音。
「────え?」
その呼吸音、それに対して目を見開く者がいた。
円形に囲む隊士達に混じって二人の試合を見ていた、炭治郎だった。
驚愕に息を呑んだ彼の鼻孔を、ただの肺呼吸とは明らかに異なる異様な熱気が突き抜ける。
全集中の呼吸とも、鬼殺隊の誰が使う呼吸とも、文字通り根本から違う。
まるで肺そのものが高熱を帯びた鞴となり、体内の血と熱を強制的に燃え上がらせているかのような、禍々しくすら感じる轟音。
「────ッ!?」
一瞬思考が吹き飛んだ。
あの異国の青年が吐き出した呼吸音。
それは自分が必死に死線を潜り抜ける中で身体能力を極限まで引き上げるために身につけた────『日』の息吹。
その尋常ならざる音の正体に、炭治郎は鳥肌が立つのを抑えられなかった。
しかし、立ち合う当人同士に他者の視線を気にする余力などない。
足首を薙ぎ払う刃が肉を裂く寸前、リンクは息を吐き出しながら軸足にしていた右足で爆発的に地を蹴り、垂直に宙へと身を躍らせた。
足元をすれすれで通過する白刃の風圧。
跳躍の勢いで数本の髪の毛がふわりと虚空へと舞い上がる。
(すごい反射神経········ッ!! 避けられるのは予想してたけど、擦り傷すら与えられないなんて!!)
無一郎が心の中でリンクに対してそう称賛するも、空中に身を躱したリンクは着地の瞬間すら待たなかった。
空中で身体を丸め、足裏が砂礫に触れた瞬間の反動を余すところなく全身のバネへと変換する。跳ね上げるような下段の斬り返しと見せかけ、受け流しを予期したリンクは滑らかに軸を旋回させた。
青年の口から技の名など一切紡がれない、そもそも知らないのだから。
だがその淀みない足運びと、重心を低く沈めながら美しい円弧を描いていく刃の軌跡を捉えた瞬間、観戦していた炭治郎の背筋に鋭い戦慄が駆け抜けた。
(あれは········ッ!?)
炭治郎の脳裏に、かつて父が舞い続けた神楽の姿、そして己が幾度も命を懸けて振り抜いてきた太刀筋が鮮明に重なり合う。
叫ぶことなどなくとも、その動きの本質は明白だった。
身体を球体のように丸め込み、回転の勢いをそのまま刀身に乗せて円を描くように上段から一息に断ち切る一撃。
ヒノカミ神楽────“円舞”
“始まりの呼吸”の基本にして、円を描く絶技。
それを異国の青年が、まるで呼吸法など最初から己の血肉であったかのような精度で繰り出していた。
半透明の刀身が陽光を孕んで鮮烈な弧を描き、無一郎の頭上へと容赦なく振り下ろされる。
ガキィンッ!!
無一郎は左の掌を躊躇いなく砂礫が散らばる地面へと突き、ほとんど真横に身体を傾けた体勢のまま、自身の刀でその猛烈な振り下ろしを的確に捉えた。
単に受け止めるのではない。
叩きつけられた力の方向性を瞬時に見極め、自身の刀身を僅かに傾けることでその威力を右斜めへと受け流したのだ。
リンクの日輪刀が鋭く滑っていく。
その隙に入り込もうとする無一郎だったが、リンクの口から再び燃え上がるような音が轟くと爆発的に速度が跳ね上がった。高速の捻りと回転による立ち直りで瞬時に姿勢を戻したリンクは、起き上がりざまに刀を無造作に振るう。
それは攻撃を当てるためではなく、単に間合いを詰め寄らせないようにするための鋭い牽制の薙ぎ払いだった。
そこからは二人の重心が地を這う高さで目まぐるしく入れ替わり、互いの履物の底が砂を噛み、細かな石が四方へと派手に散らばる。
「ハァッ!!」
「セヤァ!!」
一度距離を置いて呼吸を整えるという選択肢は、この二人の間には初めから存在しなかった。
両者は手加減もせず、間合いは常に零を保とうとする。
互いの衣服の擦れ合う音どころか呼吸をする音すらもが耳元で聞こえるほどの至近距離で、肉体の限界を挑むかのような剣撃戦へと突入していく。
「「ッ!!」」
真昼の太陽の下、舞い上がる白い砂塵の中に二人の影が激しく交錯する。
リンクは防戦に回りながらも、無一郎の変幻自在な足捌きに一歩も遅れを取るまいと、的確に地を蹴り続けた。
□■□■□■
無一郎は短い気合と共に槍を突き出すかの如く鋭い突きを放つ。慣性力と捻転力、そして照準が尋常でないほど正確だった。彼の卓越した足捌きによって太刀筋は視認することすら至難の業で、続く攻撃は回避不可能となるものばかりだ。
リンクは彼の捉えようのない動きに翻弄され、思考が一瞬止まる。
無一郎の思惑通りリンクが足を止めたところで、狙い違わずに続く一撃が迫り来る。
「········」
だが。
その切先がリンクの胸元を捉える直前、その刃は虚空を斬った。
「········!?」
手応えのない感触に、無一郎の瞳が一瞬大きく見開かれた。
確かに捉えたはずだった。
一切の狂いもなく急所へと吸い込まれたはずの切先は、リンクの蒼い衣服を掠めることすらなく、ただ空気を引き裂いただけに終わっていた。
そこに残されていたのは、陽光の中でふわりと揺らめき、陽炎のように掻き消えていく“残像”。
(残像········!? 高速の捻りと回転による、視覚の錯誤────!?)
観戦していた炭治郎の胸が、激しく跳ね上がった。
かつて自身が上弦の鬼との死闘の中で繰り出した、高速の身躱しによる幻惑の技。
相手の動体視力が優れていればいるほど、その視界に残像を焼き付けて錯覚させる回避の型。
ヒノカミ神楽────“幻日虹”
それを意識することすらなく、ただの直感と超人的な身のこなしだけで、リンクはこの場で瞬時に再現してみせたのだ。
虚空を突いた無一郎の体勢が、ほんの僅かに前のめりへと流れる。
その死角、少年の真横。
すでに実体を滑り込ませていたリンクの蒼い影が、音もなく立ち上がっていた。
「················」
無言のまま、リンクは手にした日輪刀を滑らかに反転させる。
刃を殺し、平らな峰を相手へと向けた。
真剣勝負の中にあっても命を奪うことではなく、ただ勝負の理を示すためだけに選ばれた一撃。空気を切り裂く澄んだ風切り音と共に、半透明の刀身の峰が無一郎の無防備な側腹部へと容赦なく叩き込まれる。
「ぐ········っ!!」
だが無一郎はその打撃が届く寸前、常人にはあり得ない反応速度で自らの身体を独楽のように高速回転させた。叩き込まれる峰の軌道に対し、背後からの遠心力を乗せた一撃を力任せにぶつけ、リンクの刀を強引に撥ね退けたのだ。
ガギィンッ!!
互いの刃が正面から噛み合った状態で、二人の動きが僅かな時間停止した。
至近距離での視線の応酬。
鍔迫り合いの状態から、リンクは無一郎のその瞳を見つめる。
(やっぱりこの子········本物の剣の才の持ち主。このままいけば、英傑以上の存在になれる素質がある)
リンクの額からは大粒の汗が流れ落ち、衣服は土煙で白く汚れ、呼吸は確実にその深さを失いつつあった。
人間の肉体が発揮できる速度の限界を維持し続けることの代償が、確実に彼の全身へと蓄積している。しかし眼前の少年は、その息一つ乱さぬまま相変わらず穏やかな微笑を浮かべていた。
そこには戦いへの焦りも恐怖も、あるいは闘争に伴う傲慢さすらも存在しない。
ただ。
リンクという存在に対する、どこまでも純粋で、どこまでも深い興味だけがその眼の奥に灯っていた。
「フッ!!」
先にその静止を破ったのはやはり無一郎であった。
彼は噛み合っていた刀を強引に引き剥がすと、今度は右足の裏を地面に鋭く滑らせ、一瞬にしてリンクの左側へと回り込んだ。
そこから放たれる、視覚の隙を突くような高速の三連撃。
一撃目がリンクの左肩を狙い、二撃目が脇腹、三撃目が首筋へと迫る。
(········でもッ!!)
それをリンクは後ろへと下がるのではなく、敢えて前へと一歩踏み出すことでその連撃の間合いを内側から潰しにいった。
元々リンクは両手を使って戦う戦法を得意としている。片手に剣、片手に盾という基本の型が彼の戦技であり、しかし今彼の左手には何もない。
だからこそ、防ぐ手段はないように思えた。無一郎的にもそれを見抜き、左側を攻めたのだ。
しかしその程度の攻め、リンクには通用しない。
「·······ッ!!」
リンクは即座に左手を腰のベルトに差していた黒塗りの鞘へと持っていく。
二撃目の受け止めは間に合わない。無一郎ほどの天才ともなれば、二段階目の速度は目にも止まらぬ速さへと到達することなど造作もないはずだ。
だからこそ一撃目を刀の柄頭で斜めに弾き、次に来る二撃目を鞘の先端で滑らせるように受け流し、直後の三撃目に対しては鞘を空中に置き去りにするように手放して両手で日輪刀をしっかりと保持し、己の全体重を乗せて真っ向から迎え撃った。
キィィィィィィィィン────────ッ!!
これまでで最も高く、そして庭の全ての空気が震えるような、鋭い衝撃音が轟いた。
二人の足元から砂塵が円形に吹き飛び、周囲の観客である隊士達の衣服が一斉に風圧で後ろへと波打つ。眩い光の中に、互いの全てを賭した刃が交わったまま、再び時間が止まったかのような錯覚が訪れる。
じりじりと、鋼が互いを削り合う不穏な振動がリンクの両腕を通じて伝わってきた。
しかし、無一郎の攻勢はここからさらに加速する。
少年は刀を交差させたまま、にこりと笑った。
「やっぱり凄いね。じゃあこれはどう?」
「!?」
直後。
無一郎の身体が、まるで最初からそこに霧が立ち込めていたかのように、ふわりとその身をぼやけさせた。
────霞の呼吸の真髄。
固有の歩法によって緩急を極限まで狂わせるその動きは、リンクの天才的な直感にさえも『一瞬の遅れ』を生じさせる。先程まで鍔迫り合い状態だったのに、無一郎の姿が引き伸ばされた残像のように見えた次の瞬間には、すでにリンクの死角である右斜め後方へと移動を完了させていた。
まさに霞。
存在を疑いたくなるような、捉えようのない速度。
無一郎の鋭い突きがリンクの背後から放たれる。
「っ!!」
リンクは振り返る時間すら惜しみ、ただ身体の感覚だけで日輪刀を背後に回した。
右手に持った刀を背中越しに廻し、
ガキィンッ!!
背中で刃を受け止めた衝撃がリンクの背骨を揺らす。
細かい振動がリンクの背中を何度も叩きつけ、微かな痺れが生じる。それは僅かな間の隙となり、無一郎はそのまま流れるように刀を引き、今度はリンクの首を真横から刈り取るような薙ぎ払いを放ってきた。
「はあ!!」
リンクは身体を前方へと大きく投げ出すようにして前転し、その一撃をスレスレで回避する。地面を転がる蒼い衣服が砂埃に塗れるが、その動作の中ですでにリンクは次の行動へと移っていた。
起き上がりざま、地面に片膝をついた姿勢のままリンクは片手で日輪刀を逆手に持ち替えようとする。前に手放すような動作で刃が下に向かって落ち、柄頭に手を添えて軽く押すようにして回転させ、そのまま柄を掴むと、後方から追撃してくる無一郎の足元を狙って円を描くような一閃を放った。
地を這うような鋭い回転斬り。
刃を向けていたらまず間違いなく両足は綺麗に切り裂かれ、だが逆手に持ち替えた際にその向きは逆となったので、最悪の場合骨が折れる程度に収まる。
「!!」
だが無一郎はそれを予測していたかのように、軽々と真上へと跳躍した。
さっきのリンクと同じ回避行動、真昼の太陽を背負う形で宙へと舞い上がった無一郎の衣服が大きく広がる。
逆光の中で、少年の持つ『惡鬼滅殺』の刃が眩い閃光を放ちながら地上を見下ろしていた。
「こっちも上から行くよ!!」
空中からの容赦のない叩きつけ。
重力と跳躍の勢いを全て乗せた、鋭い垂直の斬撃。
「·······ッ!!」
リンクは両足でしっかりと砂利の地面を踏み締め、逆手に持っていた刀を瞬時に順手に戻すと、頭上へと刀を水平に突き上げた。
ドォォンッ!!
激突の衝撃によりリンクが踏み締めていた地面が広範囲に渡って僅かに陥没し、砂が爆発したように跳ね上がった。頭上で無一郎の刃とリンクの半透明の刃が激しく押し合い、ギチギチと音を立てて互いを拒絶し合う。
無一郎は空中で一回転し、リンクの刀を踏み台にするかのようにして鮮やかに着地した。
着地と同時に、草履の底が再びシュンと音を立てて地を滑る。
息を整える間すら与えない、地獄のような応酬が続く。
無一郎が着地の勢いのまま放った斜めからの斬り上げを、リンクは半歩身を引くことで鼻先で回避した。
風圧でリンクの額の髪が大きく割れる。
回避した瞬間、リンクは即座に右腕を突き出し、無一郎の胸元へと放ち返した。
しかし無一郎もまたその突きを予測しており、自身の刀身を傾けてリンクの刃の側面を叩き、その軌道を左へと強引に弾き飛ばした。
カアァンッ!
弾かれた衝撃で互いの体勢がほんの僅かに崩れる。だが二人はそれを修正するための無駄な動きを一切挟まなかった。崩れた体勢のまま、出せる最大の速度で次の刃を繰り出す。
右から左へ、左から右へ。
斜めの斬り下ろしに対し、斜めの斬り上げ。
互いの意地と技術が完全に正面からぶつかり合っていた。
ガガガガガッ!! カンッ!! ガギィッ!!
激突のたびに散る火花が二人の真剣な眼光を明滅させる。
リンクの半透明の刃は太陽の光を透過させながらも、無一郎の放つ猛攻を一枚も通すことなく全て跳ね返していた。
無一郎の『惡鬼滅殺』の文字が、火花の中で何度も不気味に浮かび上がる。
戦いが進むにつれ、周囲で見守る隊士達の緊張感も頂点へと達していた。息をすることすら忘れ、ただ二人の天才が繰り広げる神速の世界に呑まれている。
ガギィィンッ!!
連続の撃ち合いの最中、二つの強烈な一撃がぶつかり合ったことで生まれた衝撃が二人の間から全方位へと吹き荒れ、これまでの比ではない猛烈な反発力には流石のリンクも強引に身体を押し戻され、地面を大きく削りながら一歩、二歩と後方への後退を余儀なくされた。
互いの間合いが十歩ほどの距離まで、一気に開く。
「·······」
「·······」
二人はその場にピタリと足を止め、激しい戦闘の余韻を背負ったままじっと見つめ合っていた。
周囲を取り囲む隊士達の壁からは、ただの一音も漏れてこない。
ずっと変わらずに降り注ぐ陽光に晒されながら、リンクの額から大粒の汗が顎を伝って土へと滴り落ち、衣服に付着した白い砂塵がその眩い光に照らされてきらきらと輝いている。
これほど激しく動き、息を整える暇もなく相手に斬り込んでいったその体には確実な重荷が伸し掛かりつつあった。
しかし、リンクの眼に宿る闘志の炎は一切の衰えを見せていない。
対する無一郎もまたその澄んだ瞳を大きく見開き、胸の高鳴りを隠そうともせずにリンクを注視していた。
かつての世界への無関心さは跡形もなく消え去り、今の彼の心にあるのは、炭治郎に教えられた温もりと外人剣士に対する純粋無垢な敬意と興味。
ただそれだけだった。
「ふぅ·······」
一瞬の静寂の中、二人の肉体が同時に僅かな弛緩を見せた。限界まで引き絞られていた弦を一度緩めるかのように姿勢を崩し、肩の力を抜く。
それは激闘による疲弊からくるものではなく、次の一撃に全ての威力を集約させるための、前触れを孕んだ脱力であった。
その緩みは果たし合いの終わりを意味してはいない。
呼吸を一度。
それだけの後、二人は同時にこれまでで最も深い、決定的な構えを取った。
間合いを一気に詰め、決着させる最後の一撃を放つために。
「··············」
リンクは自身の左足を引き、身体を深く沈め込んだ。
彼の左手には今、鞘はない。先程手放した鞘は地面のどこかに転がっている。
しかし、長年培われた彼の戦技は、物理的な鞘の不在など容易に超越する。
彼は日輪刀の刀身の腹を自らの左の掌と腰のベルトの隙間にそっと添わせた。まるでそこに目に見えない漆黒の鞘が存在するかのように、そしてハイラルで何度も手にした風斬り刀の記憶、あの研ぎ澄まされた抜刀術の型が彼の肉体の深層から呼び覚まされていく。
半透明の刃が太陽の光を孕み、一瞬にしてその存在感を鋭く尖らせた。
(ま、そう来るよね·······なら)
対する無一郎は、ただ一点への突き刺しによって間合いを最速で潰すため、両手でしっかりと柄を握り締めた。
上体を真横へと向け、前方への露出を最小限に抑えた半身の構え。
深い霧のような白と薄水色の刀身が、彼の細い身体の前に一本の鋭い針のように一直線に突き出されている。
悪鬼を滅殺せんとするために鍛え上げられた柱の意地と、友への関心がその鋭利な構えの姿形をかつてないほど鮮明に際立たせていた。
「「··············」」
音が完全に消え去ったかのような、奇妙な静寂が庭を包み込んでいく。
ずっと周囲に何重もの壁を作っている隊士達も、この瞬間に漂う密度の高い緊張感に気圧され、ただ一人として喉を鳴らす者もいなかった。
彼らの視線はただ前方で低く身を沈める異国の剣士と、針のように刃を研ぎ澄ませる年若き柱の姿だけに釘付けにされていた。
誰もが、次に起こる事態の壮絶さを予期していた。
居合斬り。
刀を素早く放ち、一撃で相手を迎撃する、最後の戦い。
その時、隊士達の壁のさらに外側、屋敷の境界を静かに護る古い巨木の枝が、通り抜けた気まぐれな風に小さく揺らされた。緑の葉の間に混ざっていた一枚の茶褐色に乾いた枯れ葉が、その揺らぎに耐えかねるようにして枝から離れる。離れた葉は太陽の光を何度も反転させながら、ひらひらと緩やかに重力に従って宙を舞ってきた。
それはまるで、時が引き延ばされたかのような、あまりにも緩慢な動きであった。
枯れ葉は都合良く、二人のちょうど中間の空間、張り詰められた空気の境界線を縫うようにしてゆっくりと降下を続ける。
リンクの瞳が、その軌道を静かに映し出す。
無一郎の澄んだ視線もまた、その葉の動きを捉えていた。
カサリ。
乾ききった庭の地面に、その枯れ葉が完全に接触し、微かな音を立てた。
それが。
静寂に染まった世界を再開させる決定的な合図であった。
ドンッ!!
二人の足元から同時に砂が激しく爆発した。
踏み込みの凄まじい衝撃により、地面の石礫が周囲の隊士達の足元まで弾け飛ぶ。
人間の視覚が捉えられる限界を遥かに置き去りにした、文字通りの神速。
二人の衣服の色彩が、陽光の中で一本の線となって一瞬で間合いを潰しにいく。
無一郎の半身の構えから放たれた突きは、まるで白い稲妻であった。
霞の歩法によって位置すらも誤認させるような錯覚を伴いながら、鋭利な槍と化した『惡鬼滅殺』の刃が、リンクの胸元の一点を目指して直線的に突き進む。
風を切る音さえも追いつかないほどの、最速、最短の必殺の一突き。
それを。
リンクの研ぎ澄ました集中力は、その一撃が放たれる予兆を完全に捉えていた。
(────今だ!!)
リンクは前進の勢いを寸前で斜め前方へとずらし、上体を驚異的な柔らかさで右へと捻った。
ヒュオッ!!! と。
衣服を切り裂かんばかりの烈風が無一郎の刀身から巻き起こり、リンクの左脇腹をスレスレで通過していく。
擦り傷どころか、衣服の傷すらも許さぬ紙一重の回避。
突きを完全にいなしたその体勢のまま、リンクは腰の強靭な捻りを一気に解放した。
左の掌とベルトの隙間に添えられていた日輪刀の柄が肉体のバネの解放と共に、空間を圧縮する速度で引き抜かれる。
ハイラルで幾度も死線を潜り抜け、数多の強敵達を打ち倒してきた記憶のままに、半透明の刃が太陽を思わせる円を描いた。
抜刀術からの滑らかな連携による、全てを巻き込む“回転斬り”。
腰に添えた左手の隙間から滑り出た刀の柄を右手で力強く引き抜き、放たれた日輪刀の刃は無一郎の突きが通り過ぎて無防備になった刀身の側面へと、凄まじい遠心力を伴って叩きつけられた。
遠心力とリンクの肉体の重みが、半透明の刃の一点へと余すところなく集約される。
パキィィィィィィィン────ッ!!
打ち合った刀の中心から、とても冷たく、しかし決定的な音が響いた。
無一郎が握り締めていた『惡鬼滅殺』の文字が刻まれた刀身の真ん中に一筋の亀裂が走ったかと思うと、鍛え上げられた鋼はリンクの渾身の一撃の威力に耐えかね、真っ二つにへし折れた。
折れた先端の刃が光を美しく反射しながら虚空を幾度も回転し、地面へと突き刺さる。
「·············」
リンクは振り抜いた姿勢のまま、半透明の刃を低く構えて静止している。
対する無一郎は、手元に残された折れた刀の柄をじっと見つめていた。
衣服は汚れ、髪は風に煽られていたが、
「···········すごいね」
その顔にはどこか吹っ切れたような、そして霧が晴れたような。
明るくて心優しい純粋な笑みが広がっていった。
□■□■□■
庭を取り囲んでいた隊士達は、眼前で起きた事態の大きさに言葉を失い、誰一人として呼吸すらできずに立ち尽くしていた。
柱の振るう日輪刀が、真っ二つにへし折られた。
その信じられない事実が、彼らの頭の理解を遥かに追い越していたのだ。
地面に突き刺さった切っ先の冷たい輝きと、手元に残された柄。その二つを見比べる隊士達の顔は例外なく蒼白に染まり、庭には墓場のような静寂が居座り続けていた。
そんな彼らの凍りついた空気を破るように、無一郎は折れた刀の柄を軽く持ち上げ、取り囲む隊士達へと静かに視線を巡らせた。
「·······見たでしょう?」
少年の声は平坦だったが、その響きにはこれまでのどの指導よりも重い説得力が宿っていた。
「一歩でも間合いを誤れば、首が飛ぶ。躊躇えば、自分が両断される。木刀での打ち合いじゃ決して味わえない·······これが本当の『命のやり取り』だよ」
息を呑む隊士達一人一人の目を、無一郎は逃さずに捉えていく。
「僕達は鬼を相手に、これ以上の速度と恐怖の中で戦わなきゃいけない。刀を握る覚悟、相手を殺し、自分が死ぬかもしれない覚悟っていうのはこういうことなんだ·······今日僕が見せたかったものを、みんな忘れないでね」
柱としての役目を果たすように淡々と告げられたその言葉は、茫然自失となっていた隊士達の胸に深く重く染み渡っていった。
命の重さとは何なのか。
刀を握る、その本当の理由とは。
そして、己が強くなるべき真の目的とは一体何であったのか。
彼らはただ、鬼という怪異への恐怖に追われ、死にたくないという一心だけで今日まで木刀を振るってきたに過ぎなかった。『鬼を滅する』という基本の部分、それすらも忘れてしまったかのように、皆が堕落していた。
痛みを避けるための甘え、無意識に手心を期待していた姿勢、そして年若き柱の厳しい物言いを理不尽だと恨んでいた己の浅ましさ。
その全てが、粉々に砕け散った刀身の破片と共に白日の下に晒されていた。
刀は、ただ敵を切り刻むための鉄片ではない。
自らが背負うべき他者の命、そして自らの儚い命そのものを預け、誰かを護るために血を流す覚悟の象徴なのだ。
あの一歩を誤れば肉が裂け、躊躇えば首が落ちていたはずの死線の交錯。
そこに一切の私情や驕りはなく、ただ研ぎ澄まされた覚悟と、互いの命を尊重し合う真剣さだけが刃に宿っていた。
自分達は今まで、本気で生きようとしていただろうか。
本気で刀を握り、仲間の命を、そして人々の命を護ろうとしていただろうか。
「「「「「「「「「「··············」」」」」」」」」」
隊士達は、己の固く握り締めた両の掌を見つめ直した。
滲み出る脂汗と、僅かに震える指先。
しかしその瞳の奥に宿っていたのは、先刻までの逃避や弱音ではなく、自らの未熟さを認めた上でなお前へと進まねばならないという、消えない決意の灯火であった。
皆が認識を改めた。
稽古はただ惰性で成り立つものじゃない。言われた動きを形だけなぞり、決められた日課をただやり過ごすための時間などでは決してなかったのだ。
生き残るための術とは、自らの弱さと向き合い、振るう刃の一つ一つに、己の命と責任を乗せること。
その当たり前でありながら目を背け続けてきた事実に、彼らはもう逃げることなく前を向いた。
そこへ、
「ぎゃぁぁぁあああああああああッッッ!? わ、私の打った刀がァァァアアアアアッッッ!!???」
小屋から転がり出るようにして、血相を変えた鉄穴森が飛び込んできた。
凄まじい金属の破砕音を聞きつけてきたであろう男は円形に並んでいた隊士達を吹き飛ばすようにして突っ込み、地面に突き刺さる自身の傑作の残骸を目にした瞬間に両手でひょっとこの面を挟み込み、腰を抜かさんばかりに取り乱して絶叫した。
「な、何が起きたのですか時透殿ォォォッ!? 何故折れているのですか!? よりによって真ん中から真っ二つにへし折れるなんて、私の刀の何が不満だって言うんですかァァァアアアアアアッッッ!!???」
面の下から吹き荒れる激しい動揺を前に、無一郎は手元に残された折れた刀の柄を軽く掲げ、悪びれる色もなく淡々と口を開いた。
「あぁごめん、真剣にやりすぎて壊しちゃった」
あまりに軽いその一言に、鉄穴森は『壊しちゃったで済む話ですかァァァッ!?』と絶句した。
しかし、次の瞬間。
ひょっとこの面がぎちぎちと不穏な音を立てて横へとずれていき、その視界に無傷の半透明の刃を手に持ったまま立ち尽くす異国の青年の姿が捉えられた。
ぴたりと、職人の動きが止まる。
そして解析が始まる。ひょっとこの面の内側で思考がものすごい速度で回転を始める。
周囲の隊士達は鉄穴森の迫力に腰を抜かしてへたり込んでいるか、呆然と口を開けて震えているだけ。そもそも柱である時透無一郎に刃を向ける度胸など、彼らにあるはずもない。
それで目の前には、地面を何度も踏み締めた足跡と、激しい打ち合いの余波で舞い散った砂。
その中心で、今まさに刀を構え解いたばかりの姿勢で佇む青年。
その手元で鈍い光を弾いているのは、傷一つついていない透き通るような刃。
そしてさっきまでの轟音。
交錯の残滓。
二人が立っていた位置関係。
全ての状況証拠が、寸分の狂いもなく一つの結論へと瞬時に結びついていく。
己が丹精込めて研ぎ澄ました『惡鬼滅殺』の刃を真っ二つにへし折った、その元凶。
「····························」
沈黙はほんの一瞬だった。
面の下から青筋が浮かび上がるのが見えるほどの激昂と共に、鉄穴森は跳ね起きるようにしてリンクへと指を突きつけた。
「何さらしとんじゃワレェェェェェェエエエッッッ!!!!」
「え!?」
先程までの敬語も悲哀もどこへやら、鬼も裸足で逃げ出すような怒号が庭に木霊した。
いきなり標的を変えて猛烈な勢いで詰め寄ってきた職人の気迫に勇者であるはずのリンクもたじろぎ、両手を前に突き出して待ってくれとばかりに後退りする。
そんな殺気立った刀鍛冶の尋常ならざる剣幕に、我に返った隊士達が慌てて割って入った。四、五人がかりで左右から腕を掴み、腰にしがみついて必死に引き留めるが、愛刀を折られた男の怒りと怨嗟は生半可な力では収まらない。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!?」
「これ稽古なんです!! 立ち合いだったんですから!?」
「やかましい!! 刀を大事に扱わない奴はどんな事情があろうとボキャボキャにするわァァァアアアアアアッッッ!!!!!!!!」
手足を激しくバタつかせて暴れ狂う鉄穴森と、必死の形相で引き剥がそうとする隊士達の怒号が入り乱れる。
その横で無一郎は折れた刀の柄を指先で弄びながら、他人事のように首を傾げていた。
「あ、あはは··············」
と、乾いた笑いを零しながら、隊士達が必死に人間の壁となって鉄穴森を食い止めてくれている隙にリンクは抜いたままだった日輪刀を静かに鞘へ戻した。
透明な刀身が擦れ合う微かな金属音と共に、腰の鞘へと滑らかに刃を収める。
数多の魔物や死線を潜り抜けてきた勇者も、味方である刀鍛冶の理不尽なまでの激情の前には形無しだった。冷や汗を拭いながら呆気に取られたように頬を緩め、困ったような苦笑を浮かべることしかできない。
「··············」
騒然とする庭の片隅。
引き留める怒号と鉄穴森の喚き声が入り乱れる喧騒の中にあって、炭治郎だけが微動だにせず立ち尽くしていた。
少年の赫い瞳は、暴れ回る刀鍛冶でも、涼しい顔で佇む無一郎でもなく、ただ一人。
苦笑いを浮かべながら息を整えるリンクへと向けられている。
立ち合いの最中、リンクの口元から放たれたあの熱を孕んだ“呼吸”。
風に煽られた烈火の如き轟音と共に、肉体の限界を爆発的に引き上げた尋常ならざる息吹。
(どうして··············リンクさんが?)
心の奥で、疑問と戦慄が冷たく渦巻いていた。
あの音、あの熱気。
何もかもが間違いなく自分が必死に手繰り寄せてきたものと同じものを宿していた。
現代の鬼殺隊の誰にも扱えず、己ですら未だ充分に掴みきれていないはずの──────“日の呼吸”。
呼吸法という概念すら知らぬはずの異国の剣士が、何故あの技を、あれほどまでに純度の高い『日』の熱量を放つことができたのか。
炭治郎は拭い去れぬ疑問を瞳の奥に宿したまま、ただ静かにリンクの横顔を見つめ続けていた。