迅雷の戦鬼、桜花を背負い我が道を征く   作:桐谷 アキト

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4話 雷電

 

 

 

黄緑の濁流が地響きを鳴らしながら蠢く。

灰色の森林の間を蠢き高台に殺到するのは醜悪な怪物。

巨大な体躯はぶくぶくと膨れ上がっており、柔らかそうな緑の表皮には、所々に濃密な極彩色が刻まれており異様に毒々しい。

無数の短い多脚からなる下半身は、芋虫の形状にも似ており、長い下半身に乗る格好の上半身は小山のようにもりあがっている。

厚みのない扁平状の腕が左右から伸びており、先端には4本の切れ目が走っている。

そんな醜悪な芋虫型のモンスターが群れをなして蠢いており、高台に殺到していた。

それを迎え撃つのは複数の種族からなるヒューマンと亜人の一団だ。

 

「団長ぉ‼︎もう限界ですぅ‼︎」

「弱音を吐くな‼︎」

 

団員の弱音を一蹴するのは1人の金髪の小人族。

彼こそこの一団、道化の神ロキが眷属【ロキ・ファミリア】を率いる団長ー【勇者】フィン・ディムナだ。

勇敢にして、冷静、優秀な指揮官である彼は、神々にすら見事と言わしめるほどに統率する手腕に長けていた。

その手腕をもってして彼は今もなお苦しめるイレギュラーに対して、1人の死者も出さずに凌いでいた。

 

突如発生した未知の魔物の軍勢。

負傷者多数、物資も多数損失したが、それでも死者は出ておらず、第一陣は彼の迅速な判断により窮地を脱することができた。

しかし、第一陣を殲滅したのも束の間、すぐさま51階層の通路から第二陣が押し寄せてきたのだ。その規模は第一陣よりも大きく、ある程度まで後退していた【ロキ・ファミリア】は第二陣の進行速度に追いつかれ、やむなく防衛戦を再開。

即座に陣を再構築し、いまだ1人の犠牲も出さずに着実に殲滅していた。

とはいえ、それももうじき限界が迫っている。

 

今は第一陣の時と同じように一方向から迫ってきていないから対処はできている。だが、仮に高台を囲む群れが一斉に進行し、全方位から囲まれて仕舞えば防衛陣は瓦解するだろう。

 

しかし、フィンの心に焦りはまだない。

打開策はいくつかある。いずれも時間はかかるが、この群れだって殲滅できよう。

故に、フィンは冷静に状況を見て団員達の士気を維持しつつ、思考をフル回転させていくつもの策を練る。

いくつもの打開策が導き出され、出来によって消去・修正を行いつつ作戦として構築していく中、彼は奥底に秘めた唯一の予備策についても思考を巡らせる。

 

(救援を出して二日。彼の足ならば、あと一日ほどで着くだろう)

 

フィンは第二陣が襲来した瞬間に『彼』への救援要請書を書き上げて、足の速い団員に持たせてギルドへと走らせていた。

彼らの足ならばギルドには二日、多少のアクシデントがあっても三日でたどり着くことができるだろう。そうすれば救援要請は彼の元に届くはず。

用心深いギルドのことだ。オラリオ二大派閥の危機とあれば、是が非でもなんとかしようと奔走する。都合よく強制任務という形で彼に依頼を出してくれることだろう。

そこから彼が依頼を受理したとして、彼のスキルと魔法があれば一日あれば辿り着ける。

それを成せるだけの突破力と速力を出せることをフィンは知っている。

 

とはいえ、彼の救援をあてにしているわけではない。

救援はあくまで保険。敵の規模を見るに今の陣形であれば時間はかかれど撤退への移行もできるはずだ。

救援に向かう彼とは帰還の途中で会うことになる。その時は、護衛を頼むことになるだろうとフィンは想定している。

今はとにかくこの場を切り抜けることを最優先して作戦を練ればいい。

 

 

そう思った時だ。

 

 

 

————————————‼︎‼︎‼︎

 

 

 

雷鳴が轟いた。

 

 

  

▼△▼△▼△

 

 

それは刹那の間に起きた。

49階層へと通じる通路から赫い稲妻が迸り、一条の雷光が飛び出したのだ。飛び出した雷光はそのまま稲妻となって、高台までの進路上にいた新種のモンスター達を横から文字通り貫く。

稲妻が駆け抜けた後、進路上にいたモンスター達は一拍遅れて破裂していき連続で爆発が起こる。さながら、花道のように爆発が連続し、黄緑の濁流に肉の花が咲き乱れた。

 

『『『——————ッッ⁉︎』』』

 

腐食液が飛散し、周囲のモンスター達から悲鳴が上がり、団員達が何事かと驚く中、黄緑の濁流の中から赫い稲妻が上空に飛び出し、フィン達の目の前に降り立った。

ダンと重い音を響かせながら着地しフィン達【ロキ・ファミリア】の前に立つのは、赫く光る一本角と赫い瞳を有し、黒金の鎧を鮮血に濡らした一人の鬼人だ。

その鬼人は言わずもがな、【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】団長【惨鬼】ナルカミ・翠月だ。

彼は虚な眼差しをフィンに向けながら淡々と告げる。

 

「【コノハナサクヤヒメ・ファミリア】団長ナルカミ・翠月。【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナの救援要請に応じ馳せ参じた」

「ナルカミ・翠月。救援に来てくれて感謝する。とはいえ、まさか半日で到着するとはね。僕の予想としては一日はかかると思ってたんだけど」

「戦闘は最小限にしたからな」

「なるほど、それなら半日も納得だね。それはそうと……」

 

お互いファミリアの団長として社交辞令の挨拶を交わした後、フィンは翠月の頭からつま先まで視線を動かす。

 

「翠月、装備を新調したんだね。前とは印象がガラリと変わるよ」

 

黒金色の深い光沢のある鎧に身を包んでおり、以前の防具よりも遥かに刺々しく、禍々しい凶悪なものとなっている。

彼の纏う刀の如き鋭い覇気が、纏う防具によってより一層凶悪なものになったとフィンは感じた。

 

「ああ、今日新調したばかりだ。ちょうどいいから試運転がてらに使うことにしたんだよ」

「そうなんだね。まぁ、君が嬉しそうなら何よりだよ」

 

武具を新調したからか、心なしか嬉しそうにしているのがフィンには分かった。とはいえ、それは15年以上の長い付き合いがあったからこそ。

他の関わりの少ない団員達からすれば、翠月の姿はただただ恐ろしかった。

最小限と言っていたが、ここに来るまでに数多のモンスターを轢き殺したのだろう。

大量の返り血に鎧を濡らしている。しかし、その血の量に反してその細身の体に傷は一つもなく、軽い息切れしか起こしていなかった。

たった一人とはいえ、それでも50階層に到達するにはかなりの労力がいるはず。歴戦のファミリアたる【ロキ・ファミリア】ですら50階層までは最低五日はかかるし、それなりに物資の消耗、怪我人だって出る。

なのに、彼は50階層までの道程をわずか半日で、尚且つ無傷で踏破し、たった一人超然とした様子でこの場に悠々と立っているのだ。

噂以上にとんでもない怪物だと団員達は内心で怯えてすらいた。

 

「まぁ、装備のことは置いとこう。とりあえず、俺はあの芋虫共を片付ければいいんだな?」

「ああ、状況は依頼書に書いた時よりはマシになったけど、依然不安定だ。アイズ達が前線で踏ん張ってくれてはいるが、そもそも敵の物量が多すぎる。精神力が先に尽きる可能性の方が高い。だから、君にはアイズ達の援護に向かって欲しいんだ。その後「いらん、邪魔だ」……だが」

 

無慈悲にフィンの指揮を一蹴する。

なおも言い淀む彼に翠月は先ほどまで雑談していたとは思えないほどに冷徹な眼差しを向けて、彼に、正確には【ロキ・ファミリア】全員に向けて容赦ない言葉を放つ。

 

「足手纏いは邪魔だ。団員共を死なせたくないなら全員下がらせろ。あの芋虫共は全部俺が片付ける」

「………だが、君もここに来るまでに相応に精神力を消費しただろう。アイズやリヴェリア達と連携をとった方が確実かつ迅速に突破できる」

「必要ない。俺なら連携をとるよりも迅く殲滅できる。わざわざ詠唱を待って退避するのも面倒だ」

 

連携して強力な魔法を放つ為の時間稼ぎすら彼は無駄だと断じる。

そんなことに時間をかけるぐらいならば、自分一人で駆け回り殲滅した方が早く片付くと彼は確かな自信で言い放ったのだ。

それは先ほど群れをぶち抜いたときの感触があったからこそ。その上で、彼は自分ならばできると判断した。

 

「それに今さっき群れをぶち抜いたが、大した強さじゃない。あの程度なら千匹どころか一万匹群れていようが俺にとっては何の問題もないな」

「………翠月、君は…」

「救援要請を出したのはあんただ。なら、ここは俺のやり方で好きにやらせてもらう。文句はないな?」

「…………」

 

あくまで自分達は救けを乞うた側であり、翠月は救けに応じた側。

その立場である以上、戦闘の指揮権はある程度は翠月に委ねられることになる。仕方のないことだ。何せ、自分達では手に負えないからと、彼に救援を頼んでしまったのだから。

周囲の団員達が二人の中に漂う重い空気に我らが団長はどうするのかと固唾を飲んで見守る中、フィンが折れた。

 

「…………分かった。すぐに撤退の合図を出そう」

「それでいい。俺はもう行くから、あんたらはとっとと撤退しておけ。仮に俺がくたばっても撤退できるようにはしておくから心配はいらん」

 

フィンの承諾を得るや、彼はすぐに反転しその場から駆け出していった。

崖際を蹴り空高く跳ねた彼はそのまま高台から飛び降り、濁流の如く蠢く黄緑のモンスター達の群れに自ら降りていった。

 

「………フィン、良かったのか?彼を一人で行かせて」

 

その背を無言で見送るフィンに団員達を掻き分けた一人の麗人のエルフが横に立ちながら声をかける。

【九魔姫】リヴェリア・リヨス・アールヴ。団長であるフィンと同じく【ロキ・ファミリア】の中核を担う三首領の一人だ。彼女は心配そうに翠月が飛び降りた方角を見ながらフィンに問うた。

 

「……無理だよ。彼は僕達の言葉では変わらない。僕達では、()()()()()()

「だが……いくらあの子でも、奴らの性質を考えると万が一があるだろう」

「そうだね。万が一、彼が下手をうってあの体液を浴びて負傷する可能性はある。それでも、彼は僕らの援護を受け入れない。死ぬその時まで決して止まらない。それは君も分かってるだろう?」

「…………」

 

リヴェリアは反論できずに苦い表情を浮かべてしまう。

彼女も、フィンと同じように、いやフィン以上に関わりがあるからこそ、彼の性質をよく理解していた。

フィンは彼女から視線を外し、再び眼下のモンスターの群れを見下ろす。眼下では先程、群れを貫いた赫い稲妻が再び迸り群れを蹂躙していた。

その稲妻の中にある彼の姿を見ながら、フィンはリヴェリアにだけ聞こえる程度の小さい声量で自嘲気味に呟く。

 

「それに、彼が……あの子がああなってしまった原因は、僕達だ。僕達があの子の心を壊した要因を作ったんだよ。そんな僕達にできるのはあの子が乗り越えるその日まで、死なせないようにすることだけだ」

「そうだな……」

 

彼の胸中を物語るように槍を握る手が強くなり、槍からギッと小さな音が鳴る。

その様子を見たリヴェリアは、悔恨の滲む表情を浮かべながらフィンに頼み込む。

 

「………私とアイズは最後まで残らせてくれ。万が一の時援護に回れるようにしたい」

「それくらいなら構わないよ。彼も文句は言わないはずだ」

 

彼には撤退の最後尾を務めていると言えばなんとでもなる。

リヴェリアの頼みを快く了承したフィンは他の団員達に撤退の準備をさせつつ、前衛で防衛戦を張っているメンバー達に撤退の合図を出させた。

眼下の黄緑の濁流の中では依然変わらず、赫雷が荒れ狂っており先程よりも一層激しく迸っていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

高台より飛び降りた翠月は、その身に風を感じながら眼下で激しい地響きを鳴らしながら殺到する芋虫の大群を見据えながら唄を歌った。

 

「【轟け】——————【雷電(ライデン)】」

 

足元に鬼を象った赫色の魔法円が出現し、雷電が迸る。

彼の全身から赫い雷電が迸り、大気を焼き焦がしながら激しく荒れ狂った。

雷電は鎧の如く彼の全身を覆い、瞳からも赫い眼光が溢れ、雷光の尾を引いたのだ。

 

【雷電】

 

ナルカミ・翠月の有する魔法の一つ。

一言の超短文詠唱を引き鉄に発動する迅雷の加護。

対象者を守る鎧になり、道を切り開く刃にもなり、駆け抜ける脚にもなる、彼を彼たらしめる原点である『雷』の付与魔法だ。

迷宮内に蔓延る怪物達に天から裁きを下すが如く迸る迅雷を纏いながら、手に持つ『骸狩』を構え振り上げた。

チャキと音が鳴り、黒紫の刃が赫雷を纏って禍々しく輝く。

 

「———鏖殺を始める」

 

淡々と呟き、一息に薙刀を振り下ろした。

雷電が唸り一筋の落雷となって群れに堕ちた。猛る雷轟が群れを吹き飛ばし、地面をモンスター諸共撃砕する。

落雷の着弾地点にいたモンスター達は例外なく魔石ごと焼かれ、爆発する間も無く灰になる。周囲にいたモンスター達は落雷の衝撃で捲れ上がった地面に打ち上げられ無様に宙を舞った。

疣足と鰭腕をばたつかせて空中でもがくモンスター達だったが、地面に落ちるよりも先に地面から放たれた雷光の斬撃に悉く切り裂かれ絶命し破裂する。

内包されていた腐食液が地面に降り注ぐが、被害を受けたのはモンスター達のみでそこにはすでに彼の姿はいなかった。

赫い稲妻と化した翠月は既にその場から移動しており、稲妻の如く戦場を駆け抜け、一枚岩の周囲で蠢いていたモンスター達を片っ端から蹂躙する。

僅か30秒で計100体は斬り伏せた翠月は手に握る新たな相棒を見ながら笑みを浮かべる。

 

「ハハハッ、いい手応えだ。これなら、想定よりも早く片付けられるな」

 

纏う【雷電】のお陰で溶解液の影響は受けず、一切の刃毀れもなし。以前の千鳥参式よりも【雷電】が纏いやすく、切れ味もより鋭くなった愛刀の感触に彼は満足げに笑って一層赫雷を激しく迸らせ、大群を蹂躙していく。

やがて、大群を蹂躙する雷鳴の轟きは前線で防衛線を張っていた者達の耳にも届いた。

 

「アイズー‼︎早く撤退しないと巻き込まれるよー⁉︎」

「…………」

 

褐色肌のアマゾネスの少女ーティオナが一人の少女に声を張り上げる。

アイズ、と呼ばれた金髪の女剣士は銀の剣を振るってモンスターを斬り伏せており、一向に撤退をする様子がなかった。

つい先程、撤退の合図となる閃光が打ち上げられ、前衛で防衛線を張っていた面々はまだ殲滅できてないのに撤退するのはなぜかとフィンの合図を疑った。

しかし、その直後、高台の傍で落ちた赫雷の存在に状況を察した一人が声を張り上げて周囲のモンスター達を倒しながらフィン達がいる本陣に戻ろうとしているのだが、アイズと呼ばれた金髪の少女だけが撤退を拒みモンスターを倒し続けていたのだ。故に、他の面々も撤退することができず戻りあぐねていた。

彼らの実力ならば新種のモンスターであっても各々の戦い方で蹂躙できるが、武器の損耗、精神力の枯渇を考えればこれ以上の長期戦闘は厳しくなる。だからこそ、早く戻るべきなのだが………

 

「………ティオナ達は先に戻ってて。私は援護をする」

「いや、駄目だって⁉︎あの人援護受け付けないの知ってるでしょー⁉︎」

 

アイズは断固として戻ろうとせずに、援護すると言い出す始末。しかし、それが無駄だということはティオナですらわかってるゆえに頭を抱えた。

そうこうしている間に赫雷が群れを引き裂きながら、アイズ達の眼前に飛び出してきた。

 

「………お前ら、何故まだここにいる。撤退の信号は出ていたはずだ。とっとと戻れ」

 

赫い雷電を纏う鬼人ー翠月は未だキャンプに撤退せずにいるアイズ達を見るや咎めるような眼差しを向ける。

アイズは髪の奥から覗く虚ろな瞳に少し怯みながらも金髪金眼の美少女ー【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは食い下がる。だが、

 

「み、翠月兄、私も一緒に戦っ「邪魔だ。失せろ」……っ」

 

冷徹な声音が威圧を伴って放たれ、アイズの懇願は一蹴される。

赫い瞳が冷酷な闇を宿してアイズ達を見下ろしており、その瞳が言外にお前達程度の援護などいらないと物語っていた。

 

「翠月兄っ‼︎」

 

短く、突き放すように言い放った翠月はすぐに視線を外し、再び殲滅に駆け出してしまう。

アイズが手を伸ばしても雷速で駆けた彼は瞬く間に群れの中に消え、蹂躙を再開した。再び雷鳴が轟き、モンスターが爆散する音が幾度となく響く。アイズは尚も追いかけようとするも、肩が背後から掴まれ止められた。

 

「アイズ、やめておくんじゃ」

「ガレス…」

 

止めたのは逞しい体つきのドワーフ。三首領の一人【重傑】ガレス・ランドロックだ。

彼は戦斧を肩に担ぎながら、アイズを宥める。

 

「気持ちは分かるが、翠月がここにいるのはフィンの判断じゃろう。ならば、儂等は下がるぞ。ここにいてはあやつの邪魔になる」

「でも……」

「アイズ、今のお主じゃ翠月の援護はできん。大人しく下がるのじゃ。ほれ、お前ら巻き込まれる前に急いで戻るぞ‼︎」

 

そう言うと有無を言わさずにアイズの手を引き、他の面々と共に本陣に引き上げていく。

力自慢のドワーフの腕に掴まれてはさしものアイズも抜け出せず、なすがままついていくことしかできなかった。

 

「翠月兄……」

 

アイズはガレスに腕を引かれながら、翠月の方を悔しさを堪えながら、心配そうに見るが、視線の先では彼女の心配なんて意に介さないと言わんばかりに変わらず赫雷が激しく迸っていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

ナルカミ・翠月が参戦したことにより、戦闘の様相は一変した。

恐ろしい勢いで同胞を蹂躙していく鬼人に高台に殺到していたモンスター達は反転し、こぞって襲いかかってくる。

より脅威だと認識したのだろう。モンスター達は本能に従って、この場において最大の脅威たる翠月を殺さんと殺到した。

 

だが、暴れ狂う鬼人の狂進は止められなかった。

腐食液は纏う迅雷の鎧によって彼に届く前に焼かれ、届かない。むしろ、腐食液諸共モンスターの方が焼かれる始末だ。

その巨躯で押し潰そうにも迅雷の加護が加わった剛体の前には無意味。他のモンスターを巻き込みながら例外なく殴り飛ばされるか、蹴り飛ばされるのみ。

数の暴力で包囲し逃げ場を潰そうかと思えば、鋭すぎる迅雷が群れを内側から容易く喰い破り、雷刃をもってその巨躯を斬り裂いていく。

 

まるで相手にならない。

あれだけ辛酸を舐めさせられた新種のモンスター達は悉く雷電の化身と化した鬼人の暴力に屈し蹂躙されていく。

抵抗は無意味。反撃も無意味。

あらゆる手段を真っ向から捻り潰され、数の暴力すら個の圧倒的な暴力に敗北する。

そんな圧倒的な鏖殺劇を、フィンの指示のもと、安全圏まで撤退した【ロキ・ファミリア】の面々は見守りながらも戦慄の表情を浮かべていた。

 

「嘘、だろ……あの群れを一人で蹂躙してやがる」

「噂には聞いてたけど、なんて強さなの……」

 

血色に猛る雷電が雷鳴を轟かせながら、黄緑の濁流を縦横無尽に喰い散らかしていく。肉の花が咲き乱れ、宙を舞う灰の粉塵が赫雷の鬼人を彩った。

その動きに一切の無駄はなく、足運びは荒々しくも清廉であり、薙刀を巧みに振るう姿は完成された舞踊のよう。

それは、幾千、幾万と繰り返した修練の果てに辿り着いた『武』だ。

高いステイタス、スキルはあくまでそのお膳立てに過ぎず、彼の本領は猛々しく迸る『雷』と雅の如く極まった『武』の融合だった。

 

あれが、Lv.6。

あれこそが、【惨鬼】。

孤独に戦うことを極限まで突き詰めた狂者。

『雷』と『武』を巧みに使いこなす最強の魔法剣士。

死ぬまで戦い狂うことをやめない修羅道に堕ちた破綻者。

迷宮都市オラリオの最強の一角に名を馳せる死に急ぐ怪物。

たった一人でオラリオ二大派閥と肩を並べるまさに一騎当千の豪傑の強さだった。

そんな圧倒的なまでの鏖殺劇を他の団員達と同じように見守っていたフィンは言った。

 

「皆にはっきりと言っておく。君達は彼の戦い方を目標にするべきではない」

 

忠告じみた言葉は彼が思っている以上に震えていて、拳を強く握り、団員達を見渡しながら続けた。

 

「あれは………失った果てに一人で戦うことを選んだ者の強さだ。誰かに頼ることをやめ、一人で全てを背負う道を選び、突き進むための強さだ。だからこそ、はっきりと言わせてもらう」

 

一度口を閉じ、再び翠月の方を見ると憂いを帯びた表情ではっきりと言った。

 

「彼の強さは僕達のファミリアではあってはならない強さだし、目標にしてはならない強さだ。団長としてでもなく、冒険者としてでもなく、一人のフィン・ディムナとして、僕は君達に彼のように堕ちてほしくはない。それだけは覚えていてほしい」

 

団員達の胸にフィンの忠告、いや、懇願は刻まれた。

目指してはならない強さ。確かにその通りだ。彼のような戦い方を続ければいつか死ぬことなど目に見えているし、誰にだってできるような戦い方ではない。

眼下では一方的な鏖殺は続き、赫雷の暴威が止まることは決してなかった。

確実に、迅速にモンスター達が蹂躙されその数を僅かにまで減らされていった時、戦場に変化が起きる。

 

「あ、あれって‼︎」

「アイズが倒した人型のっ⁉︎」

 

蠢く黄緑の濁流から少し離れた灰色の樹海の奥から、木々を薙ぎ倒しながら新たなモンスターが出現する。

芋虫を彷彿させる下半身と女体を模した上半身を併せ持った四枚の扁平状の腕を持つ醜悪な怪物だ。

それは、第一陣の最後に出現し、アイズが単独で討伐した女体型のモンスターだった。

 

「……アイズが倒した奴よりもでけぇな」

「二体同時って、さっきよりもやばいじゃないっ」

 

灰色の獣耳と尻尾を生やす狼人の青年ーベートとティオナの双子の姉ティオネが唸るように呟く。

そう、出現した女体型はアイズが倒したものよりも一回り大きく、一体ではなく、二体同時に出現したのだ。

一体ですらアイズ以外脅威たりえたのに、それが二体。

いくら彼でも危険ではないのかと、多くの団員が焦る中、直後の光景に団員達は目を丸くする。

 

 

赫い稲妻が女体型の一体に突撃し、ドゴンと鈍い音がはっきりと聞こえた直後、その巨躯が大きく吹っ飛んだのだ。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

木々を薙ぎ倒して突如として出現した女体型のモンスター。

9Mはあろう巨体が二つ。地を這う多脚、揺らめく複腕、極彩色に彩られた怪物的な威容。

迫る巨大な敵を前に、翠月は気負いも動揺もなく、ただ静かに淡々と見上げた。

 

「………少しは骨のあるやつが出てきたか?」

 

口から溢れるのは余裕に満ちた発言。

今まで鏖殺した芋虫ははっきり言って相手にならなかった。相性が良かったのもあるが、これでは拍子抜けもいいところだったのだ。

だからこそ、少しは歯応えのある奴が出てきたのか?と淡い期待すら抱いていた。

そして、翠月を見据え対峙する女体型達が震えた次の瞬間、

 

「———雷よ」

 

雷電が激しく迸り、彼は勢いよく身を屈め地を蹴った。

瞬間、彼の体は一条の稲妻と化し、女体型が動き出すよりも迅く懐に接近し、盛り上がった腹部に鋭い蹴りを叩き込んだ。

 

『———ッ⁉︎⁉︎⁉︎』

 

鈍く重い音が響き、女体型の上半身がくの字に折れ曲がる。

その勢いを殺しきれずに地面から多脚が離れ、9Mの巨体が宙を舞った。

灰色の森の上を飛び越え、後方の崖に落ちて土煙を巻き上げる女体型の様子に自由落下する翠月はつまらなそうに吐き捨てる。

 

「………何だ。案外軽く飛ぶんだな」

 

心底つまらないと呟く彼にもう一体の女体型が遅れて動く。

その巨体からはおおよそ想像つかないほどの俊敏さで右半身を捻り、2本の複腕を振り抜く。だが、赫雷が迸り赫い軌跡が縦に奔ったかと思えば、その2本の複腕は既に中程から斬り落とされていた。

 

「遅い」

『——————ッァァァ⁉︎』

 

女体型から絶叫が溢れる。

切断面から大量の体液を噴き出しながら複腕が地に落ちるとふわっと極彩色の粒子群を舞いあげて、3秒後に爆火し紅の華を咲かせた。

懐で巻き起こった爆発の連鎖に女体型が悶え苦しむ中、翠月は爆炎に巻き込まれたにも関わらず、平然とした様子で頷く。

 

「なるほど、爆発性の粉塵も撒けるのか」

 

雷電の鎧で事なきを得た彼は偶発的に確認できた敵の情報を更新しながら、再び地面を蹴って今度は残った左半身の複腕を根本から斬り飛ばした。

女体型が反応する間もなく斬り飛ばされ、再び地面に落ちた粉塵が舞い上がり爆発し、管の髪を振り乱して悶え苦しんだ。

 

『——————ッッ‼︎‼︎』

 

女体型の後方に着地し、背後から攻撃を仕掛けようとした翠月に蹴り飛ばされたもう一体が迫る。

腕を広げ、蠢くように多脚を動かしてこちらに進行するもう一体は、無貌に見えた顔面を開き口腔を出すや、鉄砲水の如き勢いで腐食液を撃ち出した。

 

「………」

 

量、速度共に芋虫の比ではない。翠月は回避を選択し、真横へ疾走。途方もない溶解音が轟き、彼が一瞬前まで立っていた地面をどろどろにして大きく抉り黒い湯気を立ち昇らせる。

だが、それで終わらず、疾走する翠月を狙って頭部を傾けて追撃を仕掛ける。

しかし、掠りもしない。疾走の速度が迅すぎるために追いつけないのだ。

やがてモンスターは根負けして、腐食液の砲撃を切り上げて、翠月に突貫する。

 

「———ッッ‼︎」

 

だが、それと同時に翠月も女体型へと進路を直角に変えて、勢いを殺さずに転身。稲妻の如き速度で瞬く間に距離を詰めた。

接近する彼に腕で迎撃しようとするモンスター。可動範囲の広い腕を重ねて前方の地面ごと叩き潰そうと複腕を振り下ろす。

しかし、翠月を押し潰すことは叶わず、逆に薙刀の振り上げに弾かれ大きく仰け反ってしまう。

その隙を彼は見逃さない。

 

「シィッ」

 

短い呼気の音と共に、軽く前傾して地面を踏み砕き爆進。

モンスターの反応を置き去りにして、左脇を通過して地に縫いつく多脚を横薙ぎに斬り落とした。

 

『ァァァ⁉︎』

 

片側の足を全て失いバランスを崩したモンスターは傾いた巨躯を支えようと同側の複腕で支えようとするが、翠月が後方から急発進し根本から斬り落とす。

そうすれば、もう一体の時と同様に地面に落ちた瞬間に大爆発が巻き起こり、こちらの女体型も地面に倒れながら悶え苦しんだ。

そして、今度はもう一体の女体型が肩口や腕の断面から体液をこぼし振り撒きながら宙を舞う翠月に突貫し、後頭部から生える管状の髪を蠢かせ、腐食液を撃ち出したのだ。

腐食液が滝のように降り注ぐが、それは雷電の鎧の前に焼け焦げて消え、お返しと言わんばかりに薙刀を振るって放たれた無数の雷刃が管の髪を斬り落とした。

直後、空中にいる翠月の両脚に宿る雷光が弾ける。

足場などないにも関わらず、翠月の体は撃ち出された矢の如く宙を飛翔し、髪を切り落とされ悶える女体型に一気に接近して、頭から下半身の末端まで駆け抜けて切り刻んだ。残っていた右側の複腕すらもついでと言わんばかりに切り落とされる。

 

『——————ッァァァァァァァァァ⁉︎⁉︎⁉︎』

 

全身から大量の溶解液を噴出させ、暴れ悶える女体型。

そんな女体型の後方に着地し、地面を削って勢いを殺した翠月は薙刀を振りかぶり、全身から雷電を一層激しく迸らせた。

雷鳴が如き轟音を轟かせ、余波で周囲の地面を砕きながら、雷電が暴れ狂う。

瞬く間にチャージを終えた翠月は未だ悶えるモンスター達をその赫い瞳で見据えながら、淡々と呟いた。

 

「拍子抜けだったな」

 

迸る雷電に宿る絶大なまでの威圧と魔力の高まりを本能で感じ取った女体型達は、悶え苦しみながらもどうにかせんと反転、あるいは身を起こして口腔から腐食液を放とうとする。

だが、その時にはすでに鬼人は雷電を解放する直前だった。

 

「——————消えろ」

 

無慈悲な一言ともに、彼は猛る雷轟を振り下ろした。

耳を聾する程の轟音を鳴り響きかせながら、雷電の斬撃は放たれる。それは、かつてウダイオスを両断せしめた極太の斬撃には劣るが、それでも女体型を飲み込んであまりあるほどに巨大だった。

雷電の斬撃は放たれた腐食液の砲撃を焼き焦がし、地面を削りながら迫り、女体型は回避する間も無く飲み込まれた。

 

『『—————————ッッ⁉︎⁉︎⁉︎』』

 

絶叫すら掻き消すほどの雷鳴がアイズ達の耳に届くほど激しく轟き、収まった時にはそこには灰の山が二つあるだけだった。破裂する間もなく、魔石を両断された結果、灰になったのだ。

50階層に静寂が戻る。

灰色の森林に蠢いていた黄緑の群れは一人の鬼人によって蹂躙され、醜悪な肉片と腐食液と灰の山があちこちに散乱していた。

 

死屍累々とした惨状の中心で佇むのは一人の鬼人。

その身に纏う黒金の鎧には一切の傷がなく、ましてや肉体にも傷ひとつない。

その手に持つ黒紫に輝く薙刀と禍々しく迸る赫色の雷電を以て屍山血河を築き上げた一人の怪物の勝利に、誰も声を発することができず、ただただ畏怖の眼差しを向けていた。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

黄緑の群れを鏖殺し、突如出現した女体型二体ですら容易く屠った翠月はすっかり静かになった周囲の惨状を見渡しながらため息をつく。

 

「……この程度か。大したことないな」

 

フィンが救援をよこすからどんなモンスターが出てきたのかと思えば、相性の問題はあるのだろうがそれでも決して難敵ではなかった。

溶解液が突出して厄介なだけで、それを除けばただの鈍重で皮が分厚いだけの芋虫だ。翠月の相手にならない。

女体型に関しても同じ。ただ図体がでかく、その巨体に見合う溶解液と爆粉を使えただけで何の障害にもなり得ない。

50階層まで一直線に駆け抜けた割には手応えのなさすぎる相手だった。

 

「これは俺が行かなくても、切り抜けれるレベルだったな。まぁ、死者が出なかっただけマシか」

 

翠月とサクヤの予想通り、自分が参戦しなくても遠からず殲滅し切り抜けることはできただろう。ただ、その場合だと死者が出る可能性も否めないため、死者ゼロという結果は翠月がいてこそのものだった。

更に、

 

「『骸纏』に『骸狩』。想定以上の仕上がりだ。リナは本当にいい仕事をしてくれた。これなら、十分通用するどころか、もっと強くなれる」

 

リナに新調してもらった装備は実に満足がいくものだった。

翠月の【雷電】は装備にも纏えるが、その分装備にはそれなりの負担がかかり、損傷は普通に使うよりも早く蓄積する。

だからこそ、幾度となくリナに『調整』してもらっていたのだが、わずか半日使ってみた感触でいえば新調した装備は以前よりもはるかに摩耗の速度が遅い。

これならば、もっと戦えるし、強くもなれる。

想定以上に良い仕事をしてくれたリナに感謝しつつ、翠月は仮面の下で口唇を裂いて獰猛に嗤った。

 

「他は現れる様子もないな。とっとと戻るか」

 

感動に喜ぶのも程々に翠月は周囲で更なる増援が湧かないことを確認し、49階層側の通路付近にある高台にフィン達【ロキ・ファミリア】の道化師のエンブレムが刻まれた旗が立っていることを確認しそちらへと歩みを進める。

灰色の森をしばらく歩き、高台の麓まで来た時、こちらに近づく気配を二つ感じ取った。しかも、見知った気配のものだ。

 

「翠月兄っ!」

 

自分の名を呼び近づいてくる一人の金髪少女とその後ろからついてくる翡翠髪のエルフ。予想通りの二人だった。

金髪少女ーアイズは翠月のそばまで駆け寄ると心配そうに見上げた。

 

「どこも怪我はしてない?大丈夫?」

 

心配そうに気遣う少女に翠月は翡翠色に戻った瞳を向けると、穏やかな様子で応え彼女の頭にポンと手を置く。

 

「………問題ない。あの程度いくら束になろうが相手にならん」

「………よかった」

 

彼の言葉が嘘ではないことを理解したアイズは彼に頭を撫でられながら安堵の表情を浮かべる。普段は表情が乏しい彼女だが、幼い頃から兄と慕う翠月や、母親同然のリヴェリアの前では年相応の表情を浮かべることが多い。

今回は自分も女体型のモンスターと戦ったからこそ、翠月の身を案じていたのだ。

そんな彼女の後ろから翡翠髪のエルフーリヴェリアも近づいてきて声を掛ける。

 

「………翠月、後でフィンからも言われるだろうが、私からも言わせてくれ。ファミリアの窮地を救ってくれてありがとう。お前のおかげで誰も死なずに済んだ」

「………別に、あんたらの実力なら俺が行かなくても遅かれ早かれ突破はできていただろう」

「そうかもしれん。だが、事実窮地を救ったのはお前だ」

「………強制任務だったから来ただけだ」

「そうだな、それでもありがとう」

「…………」

 

リヴェリアの掛け値なしの感謝に翠月は鼻を鳴らして目を逸らす。彼としては特段感謝されるようなことをしてないと思っているゆえに、感謝される道理はないと感じていた。

だが、事実は事実なのでリヴェリアは淡く微笑んで謝意を伝える。

 

「疲れただろう。飲むか?」

「もらっておく」

 

そう言ってリヴェリアが翠月に渡したのは精神力回復薬の小瓶が数本。翠月は短く返して小瓶を受け取ると、面頬を外して数本まとめて豪快に飲み干す。

 

「とにかく戻ろう。どうせあんたらはこのまま撤退だろ?」

「そうだな、物資や装備も心許ない。今回の遠征はここまでだ」

「だろうな。実際どれだけやられた?」

「ああ、それは———」

 

翠月に促されリヴェリアとアイズは彼と横並びに歩きフィン達が待つ高台へと歩いていく。

そんな中、リヴェリアと雑談を交わしていた翠月に横からアイズが尋ねた。

 

「ねぇ、翠月兄、その装備はどうしたの?」

「これか?つい今日新調したばかりのものだ。前のがかなりガタが来ていたからな」

「そう、なんだ。何の素材を使ったの?」

 

アイズは彼の頭から足までを見回しながら迫る。

装備を新調するのは冒険者ならば何らおかしいことではない。気になったのは彼が纏う大元の素材だ。

ただならぬオーラを漂わせる装備。素材となったモンスターはかなり上位のものだ。強さを求める少女にとっては気にならないはずがなかった。

 

「そういえば、未確認だったウダイオスのドロップアイテムをお前が持ち帰った話は聞いていたが、まさかその装備がそうなのか?」

「ああ、リナが2ヶ月かけて仕上げてくれた。良い出来だろ?」

 

リヴェリアが遠征前に聞いた翠月の偉業を思い出して問えば、彼は頷き自慢げに肩の鬼面のプロテクターにコツンと拳を当てた。

 

「……なるほど。だからそのオーラか」

 

リヴェリアは第一級冒険者だからこそ、その装備の凄まじさがよくわかった。

 

「…………」

 

それを聞いていたアイズは驚きで沈黙していたが、その瞳に危険な光を宿し始める。

しかしーーー、

 

「アイズ、やめておけ」

 

瞬間、鋭い言葉が彼女の頭上からかけられる。

ハッとなって見上げれば、翠月が虚な眼差しを自分に向けていた。その瞳は鋭く細められており、まるでアイズの思考を咎めているよう。

 

「………翠月兄」

 

一瞬過った心の動きを見抜かれ、アイズは少し居心地が悪くなる。翠月はまさに兄が妹に言い聞かせるように強く念押しするように言った。

 

「お前ではまだ勝てない。気持ちは分かるが今は大人しくリヴェリア達を頼れ」

「でも……」

「俺とお前は違う。お前は1人で強く在る必要はない。仲間がいるだろう。ならば、頼れ。お前はそれが許されるし、そうするべきだ」

 

突き放すようにはっきりと言う。

彼女が強さに執着していることは当然知っている。だが、自分と彼女とでは置かれた立場が、環境が違う。

自分のように団員が1人しかいないわけではない。リヴェリアを筆頭に頼れる仲間が大勢いる。

ならば、彼らと共に冒険をして強くなれと、翠月は強い口調で言ったのだ。

だが、アイズは彼の言葉に納得できなかった。

 

「………翠月兄は、私達を頼らないの?」

「………」

 

翠月は沈黙する。

だが、僅かに眉がひそめられたのを、2人は見逃さなかった。しかし、2人が何かを言うよりも先に、翠月はアイズから視線を外し冷たく返してしまう。

 

「………お前らが頼めば手は貸す。だが、戦いにおいて俺から頼ることはない。これからもそれは変わらん」

「なんで……」

「話す気はない」

「ぁ……」

 

アイズの疑問すらも冷たく突き放した彼はそのまま足を進めてしまう。

さっさと歩いて行く翠月にアイズがか細い声を上げながら、必死に手を伸ばそうとするが、それは隣から伸びたリヴェリアの手に止められてしまう。

 

「リヴェリア……」

「……………」

 

リヴェリアはアイズの手を掴んだまま目を伏せて首を横に振る。

アイズは何か言いたげだったが、結局何も言えずに悲しげに俯いて大人しく彼の後をついていき、フィン達の元へと戻った。

 

 

▼△▼△▼△

 

 

翠月はアイズ達と共に高台で待っていた【ロキ・ファミリア】の元まで戻る。

団員達が数歩後ずさる中、フィンは謝意を込めて彼の奮闘を労う。

 

「翠月、君のおかげで助かった。改めてありがとう。相変わらず見事な戦いぶりだったね」

「相性が良かっただけだ」

「そうかもしれないね。それで、この後のことなんだけど、流石にこれ以上の遠征は続行できないと判断し退却することにした」

「だろうな」

 

リヴェリアと話した通りだ。

食料は迷宮内で調達できるが、武器や道具はそうもいかない。消耗品である以上、整備をしなければ超規模の戦闘には耐えられない。

今回は武器を溶かす溶解液を吐く芋虫型の新種モンスターのせいで装備が殆ど使い物にならなくなったのだ。

 

「護衛は必要か?俺も大した準備はしていないから、今回はこのまま戻るつもりだが」

「それならぜひお願いしたい。装備も心許ないからね。手間をかけてしまうが、もう少しだけ君の力を借りたい。頼めるかな?」

 

フィンの頼みに翠月は快く頷く。

 

「承った。同行しよう」

「ありがたい。なら、早速退却だ」

 

翠月の承諾を得たフィンは素早く団員達に指示を出して、地上への帰還行動に切り替え、50階層を後にした。

こうしてまだ帰還への道のりはあれど、【ロキ・ファミリア】を苦しめていた芋虫型の大群は翠月の手によって鏖殺され、フィン達は危機を脱することができた。

 

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