銀河英雄伝説 〜無能なる俗物が勘違いで英雄に祭り上げられ、気づけば貴族連合盟主としてラインハルトと雌雄を決する件について〜 作:斉宮 柴野
カリンに与えられた特殊戦艦《クイーン・エメラルダス号》
その最初の任務は、地球教本部への潜入と現総大主教の抹殺だった。
【自由惑星共和国・ネオフリー特区】
宇宙暦八〇一年一月。
足場からでは、艦の全体を見渡せなかった。深紅の船腹に沿って整備用のアームが動いている。
巡洋艦を改装する程度だと思っていたカリンには、予想外の大きさだった。
「……これが、そうなの?」
「はい。特務強襲巡洋戦艦《クイーン・エメラルダス号》です。特高および軍首脳部からの極秘任務、地球教本部制圧のために建造いたしました。資金の出所を伏せる必要があり、手配には随分と苦労したそうですが、技術部としては望み得るものを揃えていただきました」
「どれくらいの性能なの?」
「最新鋭の光学ステルス機能に電磁波吸収装甲、重砲火力を備えています。数ヶ月に及ぶ単独航行を想定し、整備も艦内で行いやすくしてあります。補給基地へ頻繁に戻る必要はありません」
「へえ……そこまでの性能なら、共和国軍の次期主力艦として量産すればいいじゃない。ローエングラムの艦隊とも、正面から互角以上に撃ち合えるわよ」
「ええ、性能の上では申し分ないのですが……本艦一隻の建造費で、トリグラフ級標準戦艦の五倍以上を費やしております」
「……五倍?」
「以上、でございます。量産については、財政を担当する方々と十分にご相談いただかないと」
量産を勧めたことを、少し後悔した。
「そこまで高くする必要、あったの?」
「単艦で行動できるように、とのご注文でしたので」
「安く仕上げろとは言われなかった?」
「帰還を優先するように、と」
それを聞くと、値段への文句も続けにくかった。帰り道で故障するよりはいい。
もっとも、乗る本人に聞く前に注文を済ませてしまうあたり、いかにもユリアンらしい。
「よくわかったわ。請求書だけは、私に回さないでね」
「カリン、気に入ってくれたかな?」
振り向くと、ユリアンとデグスビィがいた。主教の服装は、今日はスーツだった。
「それはもう。特殊任務に単独で赴くには、これ以上ないほど頼もしい船だと思うわよ。……デグスビィ主教も、乗っていらっしゃるの?」
「本来であれば、私も地球への水先案内を務めたいところなのですが、今、私が長く姿を消せば、他国の諜報機関に怪しまれます。現地で何かあった際、私の不在と結びつけられては困りますので。本日はミンツ大佐とともに、お見送りに参りました」
「そう。まあ、宗教家が戦艦に乗って前線へ突っ込むのも不気味だしね」
「ところでユリアン。渡されたクルーのリスト、見たんだけど」
「うん? 何か不備でもあったかい?」
「艦長から操舵手、砲術士から機関兵まで、全員が若い女の子ばかりなんだけど。これ、間違いなくあなたの指示よね?」
「そうだよ?」
「慰安施設で、私が女の子たちとシャンパンタワーで騒いでいた時、文句を言っていたのは誰だったかしら。女の子たちを侍らすのは、次元が違って心配になるからやめてくれ、って」
「それはそうだけど……」
「今度はあなたが揃えてくれるわけ?」
「でも、これから何ヶ月も君を送り出すんだよ。僕以外の男がいる密室に君を置くのは……精神衛生上、どうしても耐えられないんだ」
「じゃあ、あなたが女の子ばかりの艦に乗って、何ヶ月も出かけるのはどうなの?」
「僕はそんなことをしないよ」
「私が名簿を作ってあげても?」
「……それは、任務のために?」
「あなたと同じよ。私の精神衛生のため」
このくらいで困るなら、初めから自分にも相談してほしかった。
人選まで済ませておいて、気に入ったかと聞く順番がおかしい。
「カリン、怒った?」
「呆れてるの。私がどこにいても、誰と一緒でも、婚約者が変わるわけじゃないでしょう」
「それは信じてる」
「だったら、もう少し落ち着きなさいよ」
信じているという言葉を疑う気はなかった。なのに安心はできないらしい。慰めてやりたい気持ちまで湧いてきて、余計に腹が立った。
技師長もデグスビィも黙っている。二人の前で、この話を続けるのはやめたかった。
「……乗組員の腕は確かなんでしょうね」
「もちろん。そこは心配しないでいい」
「なら、この話は帰ってからにするわ」
「で、帝国が仕掛けてきたキャプテン・ハーロックに対抗して、今度は私にも宇宙海賊をやれと。そういう作戦なのね?」
「そう。孤高の女宇宙海賊、クイーン・エメラルダスを名乗ってもらう。その身分で地球へ突入し、現総大主教を確実に殺害する」
「エメラルダス、ね。あなたも、これからそう呼ぶの?」
「必要な時にはね」
「うっかりカリンなんて呼ばないでよ。せっかくの芝居が台無しになるから」
偽名を使うくらい、難しくないと思っていた。
だが、ユリアンにまで別の名で呼ばれるのは、気に入らなかった。
「その後、サイオキシン麻薬の製造プラントを含めて、地球教本部を完全に破壊してほしい。終わり次第、速やかに脱出するんだ」
「それで、空いた席にデグスビィ主教が収まるのね」
デグスビィに異存はないらしい。
「主教。本当にいいの? あなたの教団でしょう」
「現在の総大主教が権力を握っている限り、いずれ取り返しのつかないことになります。私どもも、決断をしなければなりません」
「決断するのはあなた。実行するのは私たち、ね」
「……ご苦労をおかけいたします」
詫びてほしいわけではない。終わってから、そんなことまで頼んでいないと言われては困るのだ。地球で何が起きるのか、この男にも承知していてもらう必要があった。
「でも、それだけでうまくいくの? 公国にはドヴィリエ大主教、帝国にはゴドウィン主教がいるんでしょう。二人とも、黙って席を譲ってくれるとは思えないけど」
「そこで、第二段階だ。地球本部を壊滅させた後も、君たちには海賊活動を続けてもらう」
「……地球から帰って終わりじゃないのね」
航海が長くなるのは覚悟していたが、任務が増えるとは聞いていなかった。
頭を、切り替えなければならない。
「まだあるなら、今のうちに全部言って。出航してから追加の注文をされても、聞いてあげないから」
「うん。ドヴィリエ大主教とゴドウィン主教を、頃合いを見計らって順番に暗殺してほしい」
「ほう……」
「共和国軍として動くわけじゃない。この艦にも、君たちにも、軍の所属を示すものは残さない。表に出るのはクイーン・エメラルダスと、その一味だけだよ」
「それで通すつもり?」
「共和国政府は、無関係な過激派海賊の単独犯行として関与を否定する。万が一のことが起きても、共和国の手は汚れない」
捕まったとしても、共和国には頼れない。自分だけでなく、乗組員も同じだった。
「本人たちにも、説明してあるの?」
「うん。その上で引き受けてくれた人たちだよ」
「それならいいわ。私からも会って話す」
若い女ばかりだからと、名簿の性別に気を取られていた。
彼女たちにも、送り出す恋人や家族がいるかもしれない。艦に乗ったら、まず名前を覚えよう。こちらだけ偽名では、妙な挨拶になりそうだが。
「全員連れて帰るわよ。戻った時に、知らない人間扱いしないでよね」
「君たちの居場所は、僕が用意する」
「そこは政府の発表じゃなくて、あなた自身の約束として聞いておくわ」
「まったく……自分の婚約者を、全銀河を敵に回すような汚れ役に駆り出すなんて。あなた、私のことを一体どう思っているのよ?」
「もちろん、誰よりも心から愛しているよ、カリン」
胸元を小突くつもりが、手を握られてしまった。
「この任務を無事に終えて帰ってきたら、正式に結婚しよう」
もっと別の場所で聞きたかった。出発前でも構わないが、せめて二人きりの時に。
それに、帰ってきたらという条件までつけなくても、答えくらいわかっているはずだ。
「任務に成功しなかったら?」
「帰ってきてくれればいい」
「さっきの命令と、随分違うじゃない」
「今は、僕たちの結婚の話をしてるんだ」
そういうところだ。笑って許してしまうには、まだ少し悔しい。
「ふん。調子のいいことを言って、無事に帰ってきた途端、国家の体面を守るために極悪な海賊として公開処刑、なんてオチは勘弁してほしいわね」
「大丈夫だよ」
何が大丈夫なのかと聞き返す前に、唇を塞がれた。
少し冷えた唇だった。握られた手を握り返し、離れるまで目を閉じていた。
「……もう、相変わらずずるい男ね」
顔が熱い。そっぽを向くと技師長と目が合い、ますます困った。
「僕自身が総統補佐として、ここを動けないからこそ頼むんだ。世界で一番信じているカリン、君に」
「帰ったら、今の約束を忘れてたなんて言わせないからね」
「忘れないよ」
「あなたの方こそ、待っている間に無茶しないで。帰ったら倒れていた、なんていうのも御免だから」
「気をつけるよ」
「ちゃんと寝ること。仕事が終わらないからって、食事まで抜かないこと」
「わかった。カリンもね」
けれど、こうして口を挟めるのも出航までだ。
「それと、海賊をいつまでも続けろなんて言わないこと」
「約束する」
「わかったわよ。受けて立つわ」
下では乗組員たちが搭乗を始めていた。そろそろ、自分も行かなければならない。
「どちらにせよ、銀河の覇権を握るためにも、人類の発祥地である地球は、我が共和国が押さえておかないとね」
クイーン・エメラルダス。呼ばれて返事をしそこねないよう、覚えておかなくては。
お読みいただきありがとうございました。
今回はカリンに与えられた《クイーン・エメラルダス号》と、地球教をめぐる共和国の作戦を描きました。
ユリアンとカリンのやり取りや、クイーン・エメラルダスとして始まる新たな任務について感想をいただけると嬉しいです。