『俺達に明日はいらない』(偽原題:Bomber and Cradle)   作:ばばばばば

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12.クソ映画の果てのアサイラム

 マキマは攻撃を命令するために口を開こうとしたその時、チェンソーマンの心臓についていた一欠けらの肉片が煙を立てて炸裂する。

 

 スターターについた指はそのまま勢いよく吹き飛び、エンジンは音を鳴らす。

 

 

 すると黒いチェンソーマンの動きが止まった。

 

 

 殻のように作られた黒いチェンソーマンの巨躯、それがグズグズに溶けだし、心臓に纏わりついていく。

 

 

 姿を見せたのは赤いチェンソーマン。

 

 

 全裸のデンジであった。

 

 

 

 その様子をマキマはただ見つめた後、大きなため息を一つついた。

 

 

「なんでデンジ君に戻ってるのかな……?」

 

「簡単ですよ、マキマさん」

 

 

 デンジは語りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの夜のデンジはなすがまま、色におぼれた。

 

 今のいままで考えていた問題のその全てが融解していく。

 

 あれだけ真面目に考えていたものが逆らえない本能により台無しになっていく。

 

 

 

 

 そこでデンジはある一つの事実を思い至る。

 

 

 

 最近のレゼは常にデンジの隣にいた。

 

 朝も昼も夜もデンジにベッタリ。

 

 ということはつまり、デンジは一人きりになる時間が無かったということ。

 

 

 

 ――そういえばオレ、最近ずっとオナニーしてねぇな

 

 

 

 それに気づいた瞬間、その桃色の脳細胞に電流が走る。 

 

 

 

 ――ひょっとして、オレが最近なんか夜とかに色々考えちまうのは別に平穏がどうとか、幸せがどうとかなんて関係ないんじゃねぇか……?

 

 

 

 デンジは物理的、あるいは科学的に考えて一つの結論に至った。

 

 

 

 ――オレがなんか元気ねぇのはシコってないからでは?

 

 

 

 

 

 

「つうか、オレがこの生活で幸せにならなかったのって、こんなに可愛い彼女がいるのにエッチが出来なかったからだと思ったんすよね」

 

 

 

 その言葉を聞いて、マキマは無言。

 

 平穏の悪魔は顎が外れんばかりに口を開けていた。

 

 

 

「マキマさん……、昨日は最高でしたよ、互いを理解してやるエッチ、気持ちよすぎてもう心残すことねぇなと思いました。だからポチタが出てこれた」

 

「……そう」

 

「でもオレぁね、でもね死ぬ直前でちょっと思ったんですよ」

 

「なにかな?」

 

「ブラのホック外すの手間取るオレ、めちゃくちゃダサかったなぁ……、って」

 

 

 その一言にマキマは無表情でデンジを見る。

 

 

「だからオレもっとレゼとエッチして、そこらへん何とかしたいんで戦うために蘇りました」

 

 

 崩れてゆく黒いチェンソーマンから現れたチェンソーマン、その手には片手に収まる小さな黒い塊。

 

 脈動するそれをデンジは握っていた。

 

 ちょうど手榴弾サイズ、いや、サイズどころか正にピンがついたそれは手榴弾そのものである。

 

 

 それは爆弾の悪魔の心臓そのものであった。

 

 

 

「ほんとなら今すぐレゼを蘇らせたいけど、蘇らせたらマキマさんレゼを操るでしょう? そしたらオレと殺し合わせたり人質にしたりするわけじゃないですか? 」

 

「そうだね、でもだったらどうする気かな?」

 

「こうします」

 

 

 

 デンジは躊躇なくピンを引き抜くと平穏の悪魔に向かって投げつけた。

 

 反射的にマキマは支配の鎖をレゼ、正確には爆弾の心臓に伸ばそうとするが……、それは弾かれた。

 

 

「さっき言ったじゃないですか、死んだレゼを支配するのは契約違反ですよね? 」

 

「なっ!?」

 

「ボムちゃんが死んでる間に平穏の悪魔を殺して私の支配の序列をうやむやにする気かな?」

 

 

 

 そしてマキマは瞬時に選択をする。

 

 

 黒服の一団の中から一人の人間が飛び出すと、爆弾の心臓に覆いかぶさる。

 

 

 爆音に混じる肉の弾ける湿った音と共に肉片があたりに散らすが、ただそれだけ、平穏の悪魔には届かない。

 

 安堵の表情を浮かべる平穏の悪魔、しかし彼が横を見るとマキマと目が合い、己の結末を理解する。

 

 マキマは平穏の悪魔にその冷たい目を向けた。

 

 

 取るに足らない、つまらないものを見る様なその無感情な視線。

 

 

 

「ま、マキマ様まっ――」

 

「平穏の悪魔、私に全てを捧げると言いなさい」

 

 

 平穏の悪魔の体が萎れてゆく。

 

 

「――あっ、あぁ……、マキマ様に全てを捧げます……」

 

 

 平穏は支配のもと成り立つ。

 

 だが完全な支配による平穏なユートピアという概念は、未だこの世のどこにも存在していない。

 

 

「あぁ……、私が壊れてゆく」

 

「これで平穏の悪魔の契約する人間は私の支配下になった」

 

 

 まるで体の水分が蒸発していくように平穏の悪魔の体が萎み、干からび、小さくなっていく。

 

 

 最後に残ったのは干からびかけた小汚い小鳥の姿、檻の中で死にゆく哀れな命だけであった。

 

 

 

「これでお終い、もう平穏の悪魔を殺しても無駄だよ、全部私のモノになったから」

 

 

 

 爆発の後、周りの血をかき集めながらレゼは再生していく、その姿をマキマは眺めたまま待ちながらデンジに問いかける。

 

 

「デンジ君彼女が生き返ったら直ぐに私が直接支配します」

 

「そりゃそうでしょうね」

 

「貴方は彼女と前みたいに戦える?」

 

「もう絶対無理っすね」

 

「これから私は支配してる早川君やボムちゃんを使って貴方の幸せを取り上げます。本当はこんなことしたくないけど、デンジ君がチェンソーマンを返してくれないならしょうがないんだよ」

 

「それはイヤっすねぇ……」

 

 

 デンジは首を回して操り人形のように立つアキ、その陰に隠れるパワーを見つける。

 

 

「前に早川君と話したんだ」

 

「なにをすか?」

 

「わざわざ東京にまで戻って私に土下座して頼み込んできたの、君とボムちゃんが一緒に戻るのを許して欲しいって」

 

「アキが?」

 

「うん、だからね、まず初めにボムちゃんにアキ君を拷問してもらうから、デンジ君にはそれを見てもらいます」

 

「うーん……、そうなったらオレ、さすがにちょっとマキマさんを嫌いになるかも……、いやすんません、ウソっす」

 

 

 これから行われるであろうことを説明しようが、普段通りの表情を浮かべるデンジにマキマは目を細めた。

 

 

「マキマさん、オレも扉の奥でポチタと話したんです」

 

「……チェンソーマンと?」

 

「まぁ、ダメ元で、心臓も貸してもらってワリィけど、今日だけもうちょい貸してくんねぇかってね」

 

「貸す……?」

 

 

 マキマが疑問を浮かべたその一瞬の呼吸の合間、デンジは片腕を一閃し、チェーンを伸ばす。

 

 

「ギャッ!?」

 

 

 伸ばされた先にいるのは平穏の悪魔、マキマの支配で死に体の姿であったそれは何の抵抗もなくデンジの元へと引き寄せられる。

 

 

 

 

 

「ポチタの胃を借りました。これからこの世の平穏は消えます」

 

 

 

 

 

 その一言を聞き、マキマのその目がようやく揺れた。

 

 

「レゼを操るのをやめてください、じゃないとコイツ食いますよ」

 

 

 息も絶え絶えな平穏の悪魔は絶叫する。

 

 

「ばっ……、馬鹿かい君は!?」

 

「えー、だってしょうがねぇだろ、アンタがいるとレゼがヤベぇんだし、存在ごと消して契約をパァにさせてもらうぜ」

 

 

 動揺しあたりに叫び散らしている小さくなった悪魔をデンジは片手で摘まむ。

 

 

「平穏が……! この世から平穏がなくなったらどうなる!? そんなことが許されてッ!?」

 

「あー、店長の都合はワリィけど知んねぇよ、オレ達に関係なくね?」

 

「一生恨まれるぞ! 君は人類から消してはいけないものを消すんだ!」

 

「へー、それで? オレになんかあんのか?」

 

「う、恨まれて……、世界中から命を狙われて……! 死ぬより恐ろしい目にあうぞ!!」

 

 

 それを聞いたデンジは口の端を吊り上げた。

 

 

 

「じゃあ今となんも変わんねぇから、やっぱオレ達にゃなんの関係もねぇよなぁ……?」

 

 

 

 その言葉を聞いた平穏の悪魔は口をパクパクと開け閉めした。

 

 

「は? ……あ? え?」

 

「平穏の悪魔、今すぐ自害しな――」

 

 

 

 デンジの丸のみはその場にいる誰よりも素早かった。

 

 

 そして、この世から“平穏”は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

――平穏の消失1分前、日本標準時 9:36 日本の首都東京、ある平和講演会、第一次世界大戦の遺族による講話、その音声記録にて――

 

 

「本日ここに、私たちは静かに、そして確かに集いました。この場所に流れる風は、あの戦争から変わらず、人々の願いを運び続けています」

 

 

 一人の老人、深い皺の刻まれたその目には確固たる意志があった。

 

 

「戦争が残した傷跡は、数字で語られるものではありません。失われた命、帰らぬ家族、言葉にならない悲しみ……、その一つひとつが、この国の記憶を形づくっています」

 

 

 己の体験が目の前の若人たちが作る先の世界に、僅かな糧となる様に願いながら声をあげる

 

 

「互いを理解しようとする努力、違いを受け止める勇気、そして、誰かの痛みに耳を傾ける優しさ。その積み重ねによって、初めて根づくものです」

 

 

 熱を込めた演説は最後に老爺の祈りとして雄々しく響いた。

 

 

「今、戦争が起きていないこの貴重な時間は、ただ“争いがない状態”ではありません……!」

 

 

 

 ――9:36 平穏の消失

 

 

 

「そう……、これは次の戦争のための準備期間!! 我々は次の争いに向けて備えなければいけません!!」

 

 

 そう強く言い放つ老人に、聴衆たちは深くうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同刻、アメリカ、ホワイトハウス――

 

 

「我々は常に備え、抗わなければいけない」

 

 

 執務室のデスクに座る男はまるで夢から覚めたように顔をあげる。

 

 

「猶予はない、悩む必要も、調整する時間すら惜しい、我々こそがアメリカを体現する」

 

 

 彼の目には先ほどあった責任から来る苦悩や恐れは存在しない。

 

 

「正義とは奪い合いの勝者、自由とは他人を黙らせる権利、アメリカはもっとも正しくもっとも自由な国でなくてはいけない」

 

 

 男の言葉がおかしいのではない、平穏の消えた世界の正義と自由はそのような形をしていたことになった。

 

 

「銃の悪魔よ、私以外のアメリカ国民の寿命を1年与える。支配の悪魔を殺せ」

 

 

 

 アメリカ合衆国大統領は己を何一つ疑わず、その判断を独断で下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか、めちゃくちゃ喉がイガイガすんな、オレ今なんかをこの世から消したんすよね」

 

 

 デンジは平然とした顔で喉をさすってあたりを見回す。

 

 

 それを見るマキマの表情は険を帯びていた。

 

 

「……デンジ君、きみは大切なものを食べたんだ。それは人の営みにとって不可欠なものだった。人が危機を感じず、呼吸は軽く、静かな白い時間、それを表すモノはもうこの世に存在しない」

 

「……? すんません、よくわかんないっすけど、眠くてボーッっとしてるってことすか?」

 

 

 マキマは今、強い怒りと悲しみを感じている。

 

 消えてしまったソレはいつか自分が味わうべきものであったのだと、欠けてしまった記録から理解する。

 

 

「まぁオレが何消したか知んないすけど、オレが次にすることも決めてます。……おっ来ましたね」

 

 

 デンジが見つめる先は海、正確にはそこに浮かぶ巨大な鋼の悪魔。

 

 

「銃の悪魔……」

 

「分かんねぇんですけど、オレが食って消した奴……、そいつが消えると銃の悪魔が来るんでしょう? たしかアキが言ってた気がします」

 

 

 マキマは海上で作り上げられていく銃の悪魔を見て少し苛立った様子で呟く。

 

 

「……とんでもないことをしてくれたねデンジ君」

 

「ヴォエッ!! オゴッ! ヴォエェェェ!!」

 

 

 だがマキマの話をよそにデンジはえづきながら腹の中にあるものを吐き出す。

 

 

「あー、そうだった。平穏だ平穏、ワリィな店長、食っちまって、ヘヘっオレの特技なんすよ一度飲み込んだの吐くの」

 

「う、うぅ」

 

「アンタも字を教えてくれたから、見えない場所でレゼの背中に文字書いて作戦立ててたんだ。言葉以外で誰かに何かを伝えることが出来るのはステキだったぜぇ、サンキューな」

 

 

 

 胃液に塗れ、死にかけた小鳥は震え、しばらくして絶命した。

 

 

 平穏が支配を受け、その概念に矛盾が生じた時点でその結末は定められていたモノであった。

 

 

 ――平穏の悪魔はあっけなく死に、そしてこの世に平穏が戻る。

 

 

 

「これで契約はおしゃかですね」

 

 

 もちろんそれで目の前に迫る命の危機が去るわけではない、いや、状況で言えばさらに悪化させているのは他ならぬデンジだ。

 

 

 

「多分、今、みんなびっくりしてると思うんすけど、やっぱりきちまったもんはしょうがねぇから向こうはオレ達を殺しにくると思いますよ」

 

 

 マキマは無言で、先ほどから全く理解できない行動をし続けるデンジを見た。

 

 

「どうしますマキマさん、ここで殺し合いますか? オレはマキマさん達と戦いたくないんですけど、やるなら全員でサバイバルになりますよ」

 

 

 計画をご破算にされた怒り、この状態で三つ巴で戦うリスク、様々な感情がマキマをめぐる。

 

 

「別によくない? ここでマキマが死んでも」

 

 

 レゼを支配する機会を失ったマキマは横に並ぶ二人を睨む。

 

 

「おっレゼ、蘇ったか、……マキマさん、正直イヤなんすけど後ろの奴らの上着貸してくんねぇすか?」

 

「いやぁ……、お互い木っ端みじんになったからデンジ君も素っ裸だね」

 

「野郎共にレゼの裸見せたくねぇからこっち来い」

 

「わーい、デンジ君やさしー」

 

 

 二人のやり取りを見て、マキマの表情が僅かに歪む。

 

 だがすぐにその感情を押し殺し、マキマは上着を前に放り投げた。

 

 

「ことが終わるまでは攻撃はしません、でもね、こんなことをしたんだ。これが終わったら覚悟してね?」

 

「えー、マキマの服とか絶対嫌なんだけど……」

 

「えーじゃあアキのでも借りるか……」

 

 

 デンジは公安の一団から表情が抜け落ちた男の前に向かって歩き出す。

 

 デンジが近づくと、アキの陰に隠れている人影が見えた。

 

 

「で、デンジ……、ウヌはバカか……! 銃の悪魔に……、それにマ、マキマに立てつくなど殺されるぞ……!!」

 

 

 傍に立つパワーをみて、デンジはその頭に手を置いた。

 

 

「まぁ、見てろよ、あー、でももし途中でオレの血が足りなくなったら血くれね?」

 

「お主死ぬ気か……!」

 

「んなつもりねぇよ、……アキ、ワリィけど上着借りるわ、あとは……、おっ、あったあった」

 

 

 命令がなければ動かぬ人形と化したアキから剥ぎ取った上着をまさぐると、そこには一本の五寸釘が入っていた。

 

 

「やっぱりあったでしょ呪いの悪魔の釘、性格終わってるよね」

 

「そこまで言うことないんじゃねぇか? 一応決戦って感じだし……、念のため用意しただけじゃ……」

 

「へぇーマキマを庇うんだ……」

 

「そんなことねぇけど……、あっ、なぁレゼ、マキマさんの服着ねぇならオレが着ても――」

 

「絶対ダメ」

 

 

 その道具はマキマがデンジを追い込む為にアキに用意させたものであった。

 

 

「これってオレでも使えるのか?」

 

 

 アキの上着をレゼにかぶせたデンジは自身の掌に釘を何度か擦る。

 

 

《――ゼロ》

 

 するとデンジの耳にだけ、どこからか聞こえる地獄から響くような声が聞こえる。

 

 

「おっ、あっ! 体がハリツケになってくよオ~」

 

「おー、デンジ君浮いてる。……ってそんなことしてる場合じゃないでしょ」

 

 

 レゼは浮かび上がるデンジの胸元のスターターに手をかけると、後方に潜む捩じれた双頭の頭蓋を持つ悪魔へ向かって攻撃を加える。

 

 

「ギャァァァァ!!」

 

「ほらデンジ君も働いて」

 

 

 呪いの悪魔の力でデンジの全身から血を吹き出すと同時、レゼは胸のスターターを勢い良く引いた。

 

 

「アァァァァァ!! うらぁぁぁッ!!」

 

 

 のけ反るデンジはその頭部から突き出したチェンソーを呪いの悪魔の骨に突き刺す。

 

 

「逃がす訳ねぇだろうがよおッ?」

 

 

 怯んだ悪魔にデンジは逃がさぬよう食らい付き、その凶悪な刃と顎で呪いの悪魔をかみ砕いてゆく。

 

 

「人を呪うとバチが当たるんだよ、バーカ!!」

 

 

 バリボリと音を立てて咀嚼するデンジ。

 

 呪いの悪魔は耳を覆いたくなるような絶叫を響かせる。

 

 

「えー、呪いの悪魔、彼の先輩さんからとった寿命返してくれない? じゃないとこの世から存在が消えるよ」

 

 

 砕かれゆく悪魔はまさに呪いの悪魔と言った様子で怨嗟に塗れた声をあげる。

 

 

「あー、なにか勘違いしてるみたいだから言うけど、別にデンジ君恨んでないよ? 多分あなたがムカつくだけ、ほら」

 

「コイツぁフライドチキンの骨食ってるみてぇで楽しいぜレゼェ!! ギャハハハ!!」

 

「どうする? デンジ君はあなたを呪ってすらいないけど、そんな馬鹿みたいな感じでこの世から消えたい?」

 

 

 呪いの悪魔が笑いながら齧りつくデンジを見る。

 

 その犬のような姿を見て悪魔は初めて呪詛以外の感情を抱く。

 

 

 《――かえす》

 

 

 こんなことには付き合ってられないと悪魔は答えると、レゼは骨に夢中なデンジの体を引きはがした。

 

 

「おっ、もう終わりか? じゃあいい加減戦うか」

 

「作戦通りね、まぁ問題はここからなんだけど」

 

「まずは足だな」

 

 

 デンジはあたりを見回した後、大声で叫ぶ。

 

 

「ビィィィィム!! どっかいるなら出てこい!!」

 

 

 デンジの叫びの後、しばらくして砂浜の上にちょこんと特徴的なヒレが突き出す。

 

 

「うっ……、あっ……」

 

「なんだよいるじゃねぇか、よぉビーム、銃野郎殺すのに足が必要なんだ」

 

 

 顔を出したかと思えば、デンジに見つかった瞬間、ビームは頭をひっこめる。

 

 

「チェ、チェンソーさま助けたらマキマ様に……」

 

「あー聞こえねぇなぁ? マキマさん! 別にビーム借りていいよなぁ?」

 

 

 先程から繰り広げられる乱痴気騒ぎを何も言わずに眺めていたマキマに表情はない。

 

 

「ビーム君が良いと思うなら良いよ、思うならね」

 

 

 否定も肯定もしない、しかし冷たい温度だけは確かに伝わる声色にビームは怯えたように身を震わせる。

 

 そんなビームにデンジは無遠慮に近づいて言い放つ。

 

 

「おいビーム、オレぁレゼと違って飛べねぇからよ、お前が必要だ」

 

「チェンソー様、ビーム、ひ、必要……?」

 

「やっぱサメが最強なのは海だろ、のせろよビーム」

 

 

 その一言を聞いてビームは勢いよく飛び上がった。

 

 

「チェンソー様最強! 最高!」

 

「さらにオレが乗れば無敵だよなビーム!」

 

「無敵! 無敵! ビームとチェンソー様で最強無敵!!」

 

 

 

 体を悪魔化させたビームはデンジの横に付けるように体を寄せた。

 

 

「じゃあ銃の悪魔ぶったおしてくるんで、なんならマキマさんは見ててください」

 

「そう……」

 

 

 もはや言葉少なく感情の見えない笑みを浮かべるマキマにデンジは笑った。

 

 

「よっしゃレゼ!! さっさと銃野郎ぶっ殺そうぜ!」

 

「はぁ……、デンジ君には敵いませんよまったく……」

 

 

 そういいながらも笑みを浮かべるレゼ。

 

 

 

 

 

 サメに乗る電鋸男(シャークonチェンソーマン)()爆弾女(ボムガール)それに対するは(VS)銃悪魔( ガンデビル)

 

 

 

 三流映画に相応しい戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「映画を知らねぇのかよ銃野郎! 銃は人殺す武器だけど、チェンソーは怪物切る武器なんだぜぇ……!!悪魔と戦うなら怪物用のが強いに決まってんだろぉがよぉッ~!!」

 

 

 マキマは目の前で繰り広げられる理性が蒸発した戦いをただ眺めた。

 

 

「ビーム!!死ぬ気で突っ込め!!」

 

「ち、チェンソー様!? 死ぬ! 突っ込んだら死んじゃいます!?」

 

「サメが銃で死ぬ訳ねぇだろバカヤロウ!!」

 

 

 これは紛れもないクソ映画だ。

 

 

「怪物殺す最後なんて爆発に決まってるよなぁ! サメも銃では死なねぇけど爆発だと死ぬんだよ! サメ映画で知ってるぜぇ!! 行くぞレゼェ!!」

 

「えー? それだと死んじゃうのデンジ君たちじゃん」

 

「あー? ハッピーエンドはイケメンと美女が勝つから問題ねぇ!!」

 

「アハハハ!なにそれ! デンジ君アホすぎ!!」

 

 

 行き当たりばったりのストーリー。

 

 観客が置いてけぼりに行われる喧嘩や恋愛。

 

 重大なテーマを扱ってるくせに浅い展開。

 

 とにかくうるさく感情で押し切る演者。

 

 

 まさにそれはクソ映画だった

 

 

 

「 これがオレらのォ……、愛ん力だああああ!!」

 

 

 だがマキマは何故かその様子をみても手を出さずに最後まで見てしまった。

 

 

 切り刻まれ、最後は大爆発に包まれる銃の悪魔。

 

 悲鳴をあげながらその巨体は海の中へと沈んでゆく。

 

 

 そして濛々と立ち込める煙を背に、デンジ達は現れた。

 

 

 

「あー、キツかった……、ポチタがレゼとオレに力貸してくんなかったら死んじまうとこでしたよマキマさん」

 

「そう」

 

 

 短く答えたマキマは、鋭利な表情でデンジを見る。

 

 

「ご苦労様デンジ君、でもね、じゃあ次は私だね」

 

 

 マキマの目的は変わらない。

 

 例え有用な犬であろうとマキマにとってはやはり犬でしかない、自身の目的の為にデンジを使いつぶすことに何のためらいもなかった。

 

 

「えー、オレ銃の悪魔ぶっ殺したんですよ? もうちょい優しくしてくれませんか」

 

「ごめんね、でも私の夢にデンジ君が邪魔なの」

 

「はぁ……、じゃあ仕方がねぇっすね」

 

 

 デンジは明らかに傷ついた表情を浮かべ肩を落とし、そして顔をあげる。

 

 

 

「マキマさん、オレは銃の悪魔を殺しました。だから何でも一つ願いを叶えてください」

 

 

 

 デンジの言葉を聞いてマキマは少しだけ笑みを浮かべる。

 

 確かにマキマはデンジとそんな約束をしたことがあった。

 

 しかし、そんな口約束を叶えてやる必要はマキマにはない。

 

 

 

「オレとした約束は守ってください、これはさっきオレとマキマさんがした契約ですよ」

 

「――え?」

 

 

 

 その一言でマキマの表情が固まる。

 

 

 ――オレとした約束、ちゃんと全部守ってくださいよ?――

 

 ――あぁ、約束はちゃんと守るよ――

 

 

 マキマはその理屈に思い至り、彼が何をしたいのか理解してしまった。

 

 

「まちなさい、私はそれを契約とは認識して――」

 

「約束を破るんですか?」

 

 

 契約は、互いの認識により発動する。

 

 

 悪魔の本能がマキマの体を縛る。

 

 

 今、この時に至って既にマキマはデンジと自分が契約を交わした事実に相違はないと認識してしまっていたのだ。

 

 

 

「こんな……、こんな取るに足らないことで……」

 

 

 

 マキマの額に僅かな粒のような汗が浮かんだ。

 

 どんな願いもかなえる。

 

 自身の全てを捧げる様な事になろうと、今この瞬間、マキマはデンジに逆らえない。

 

 

 

「マキマさん、オレの願い、聞いてもらえますね」

 

 今、マキマはデンジに支配されていた。

 

 

 

 マキマはデンジを無言で睨む、支配の悪魔は契約に則り、契約を履行しようとしているこの男の言葉を聞かなければいけない。

 

 

「……マキマさん、オレは……」

 

 

 マキマの表情が悔し気に歪んだ。

 

 

 

「オレあ……! オレえ……、ホントはマキマさんを彼女にしてえんですっ!」

 

「は――?」

 

 

 マキマは驚きの余り固まってしまう。

 

 

「ホントはダメだけど! ひでえ事だけど……! レゼとマキマさん、彼女が二人ほしいぃ……!」

 

「絶対許さないからね?」

 

 

 悔しさの余り、顔を涙で濡らすデンジは膝をついて両腕を砂浜に叩きつける。

 

 

「でもぉ……、オレはもうレゼが彼女だから……、嬉しいけど無理だから……、だからマキマさぁんッ!!」

 

 

 顔をあげたデンジは歯を食いしばりながら全力で叫んだ。

 

 

「オレとマキマさんは付き合えませぇぇん! ごめんなさい! 友達のままでお願いしまァす!!」

 

 

 マキマは普段の彼女ならあり得ない、口をポカンと開けた表情でデンジを見る、

 

 

「友……、達……?」

 

「友達だからぁ……、そういう消すとか殺すとか物騒なのはナシでぇ……、普通に遊んで……、相手が笑ってると嬉しい感じの……、エッチなしの女友達でぇ……」

 

「エッチがないのは当たり前だからね? あと彼女の断りもなく女の子と会うのもダメだから」

 

 

 絶対に許可を出すわけがないと絶対零度の表情を浮かべるレゼの足元でデンジはすすり泣いた。

 

 

 冷たい目で見下ろすレゼ、その足元で泣くデンジ

 

 それを見るマキマはレゼに支配の鎖を伸ばそうとして――

 

 

 

 

「くだらない……」

 

 

 その伸ばしかけた腕を下げた。

 

 

 

 

「東京に帰ります」

 

 

 そんな様子を見て、デンジは恐る恐る釈明の言葉を伝える。

 

 

「ま、マキマさん、さっきは振ったみたいになりましたけど……、オレぁマキマさんのことが嫌いなわけじゃ……」

 

「そう、私は君の事ちょっと嫌いになっちゃった。友達なのにね……」

 

「お゛わ゛ぁ゛ぁぁぁ!! ワルいとこ! ワルいとこあったら直しまァす!」

 

 

 無表情のままその場から踵を返したマキマは肩越しからチラリとデンジを見る。

 

 

「服も着てないし、言ってる言葉の意味が何一つわからない」

 

 

 そして冷たい目線をもってデンジを刺す。

 

 

 

「デンジ君、君ってやることなすこと、全部めちゃくちゃだね」

 

 

 

 そのまま絶叫しながら崩れ落ちるデンジをしり目にマキマは立ち去る。

 

 

「レゼちゃんって言ったっけ? 君達は今世界中から狙われている。君が望むかは分からないけど、必要そうなら公安の門を叩いてみるといいよ」

 

「魔女の下につくわけないでしょ」

 

「そう、契約のせいで私は友人の恋人である君に対し、友好的でないといけないから言っただけだからね」

 

 

 いまだに砂浜を叩いているデンジを背にしながら、マキマは歩き去っていく。

 

 

 

 

 

 既に二人から離れたその場所でマキマは独り言ちる。

 

 

「こんな不愉快な気持ちは初めてです」

 

 

 そんな風に呟くとマキマに近づく者がいた。

 

 

「マキマさん!」

 

 

 突然別の場所で目覚めてしまい困惑した様子の早川アキはマキマを見かけると駆け寄ってくる。

 

 

「……マキマさんこれは一体……? マキマさん? 何故笑っているんですか?」

 

「早川君の言う通りだね、デンジ君は本当につまらない、まるで出来の悪い映画みたい」

 

「はい? デンジ……、そういえばデンジは……!」

 

 

 アキにその口元を描く弧を指摘されたマキマは彼女は口を引き締める。

 

 

「私はチェンソーマンを諦めません、契約にも抜け道はあります。……彼の方からこの友人関係を解消させればいい……、例えば彼が私を嫌うようなことを……」

 

 

 そこまで考えてマキマは初めてデンジの顔を思い出しながら、彼の余りにも楽観的な考えと犬のように根拠のない自分への好意を思い出す。

 

 

「……これは難しいですね、なら逆は? 私が彼を奪ってしまえば――」

 

 

 誰にも聞かせない、自分の思考を纏めるための小さな呟き。

 

 そこまで考えてマキマは口を閉じる。

 

 

「……私が? そんな方法を? フフッ……、本当に面白くないね」

 

 

 しかし最後には堪え切れず、マキマは小さく吹き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街並みの喧騒、二人の若い女が口さがない噂話をしている。

 

 

「またチェンソーマンが悪魔を倒したの!?」

 

「チェンソーマンって人間なのかなぁ」

 

「趣味で悪魔を倒してるらしいよ」

 

「女の子しかたすけないんだって!」

 

 

 ある場所で悪魔が街を破壊し人々に襲い掛かる。

 

 

「――でもね、ボムガールがいる時は男も助けるらしいよ、すごく嫌そうに!」

 

 

 その大混乱の中、二人の人影が流れに飲まれず立っていた。

 

 

「ねぇ聞いた聞いた? 二人は今は高校生で恋人同士って噂だよ!」

 

 

 

 学生服に身を包んだ男女は手をつないだまま、ビルの高さを優に超える悪魔を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「デート中に悪魔とか、マジでさぁ……」

 

「ね? でももう慣れたよね、こういうの」

 

「はぁ……、せっかくレゼと喫茶店デートだっつーのによぉ……」

 

「さっさと片付けて、マスターのとこ行こ?」

 

 

 仕方がなく変身のため手を放そうとする彼女、しかし男はその手を離さない。

 

 

「デンジ君?」

 

「もう開き直って、手ぇつないだまま戦うか?」

 

「戦いながら?」

 

「戦いながら」

 

 

 二人は相手の胸と首筋に互いに手を伸ばす。

 

 

 

「いいじゃん、そのまま行こ、デンジ君」

 

「やりぃ」

 

 

 

 電鋸の嘶きと爆弾の爆音が鳴る。

 

 

 血煙の中で笑った二人は、もう二度と互いの手を離さなかった。

 

 




『俺達に明日はいらない』(偽原題:Bomber and Cradle) 完
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