「パイソンは元々玲の乗機として構想されていた」という情報と、メカコレDXに感動したので書いた短編です。
どこかしらのカラーは、やはり赤くなるんでしょうか?
"コスモパイソン"の名は実に言い得て妙だと、その機体を見た山本玲は思う。白銀に染め上げられた機影が纏うのは、大蛇の鱗の妖しい輝きそのものだった。
連邦軍直轄の工廠に足を運んだ玲は、そこで組み上げられた新型機を目の当たりしていた。西暦2204年3月。激務の合間に捩じ込まれた予定は、玲本人の強い希望による。
「勇名高い"ヤマト"航空隊の方が視察に?それはもう、こちらが頭を下げてでもお願いしたいくらいですとも」
アポイントを取った際、開発に携わった技師が応対してくれた。通信機の向こうから流れてくる声は、底抜けに晴れがましく、根拠を伴った自信に満ち満ちていた。
「これまで磨き上げてきた従来技術の信頼。将来を担う新機軸の精華。両者がきわめて高い水準で融合した機体だと自負しております」
当日現れた案内人が、視察を快諾してくれた彼だとすぐに分かった。その時は音声だけでやり取りをしていたが、弾むような声から玲が想像したのと、全く同じ表情を浮かべている。"ヤマト"クルーで言えば掌帆長の榎本と同年代だろうが、どこか少年らしい無邪気さがあった。
改めて、研ぎ上げられた白刃のような機体を観察する。草案の段階から念入りに無駄を削ぎ落とされているであろう流麗な形状は、それだけでも高いステルス性を窺わせる。側面のラインをなぞるように正面に出、機首と向かい合った。
「三胴型なんですね」
「両側のものは兵装ベイになってます。従来の空対空ミサイル、多弾頭ミサイルとの互換性もありますよ」
ツヴァルケやゼードラーといった、ガミラスの航宙機と似た構造である。同盟国の機体の武装配置を、参考にしている所もあるのだろう。
正面に回って分かったのが、従来の機体とは一線を画する関節構造だった。機首、胴体、両翼。主要ユニットが薄手の関節により繋ぎ合わさっている。技師に言わせると、それこそがパイソンの眼目なのだという。
「状況に応じ各部を可動させ、機動に応じて形状を最適化できるのです。無論、パイロットの判断次第で、リアルタイムでね。鳥や昆虫の挙動も大いに参考にしてまして、これは自然が再生したからこそとも言えますな」
PDA上のシミュレーションを見る。パイソンが直進して敵機とすれ違った、その瞬間だった。機首を内側へすくめ、両翼をいからせ、機体はコンパクトなシルエットに変貌する。高機動形態。
直後の旋回は敵機に回避の暇を与えないほど速く、そして鋭い。機関砲六門の斉射で背後から敵機を蜂の巣にすると、すぐさま各部を戻して加速し、戦域を離脱していった。
旋回の際に機首をもたげたように見えたのは、玲の錯覚ではなかった。機体の方向転換に素早く追従できるよう、機首はきわめて広い可動域を有している。これにより、従来機より遥かに小さい半径での旋回を可能にしているのだ。"ニシキヘビ"の名はこれに由来するのだろう。
特徴的な機首の下を覗き込めば、鋭利な牙を思わせる砲門がこちらを舐めつけてくる。固定武装としては相当な大口径だ。戦いの記憶を思い出しながら、玲はその正体に気づいた。
「陽電子機関砲ですか。コスモゼロの?」
初航海の折、玲が乗機としていたコスモゼロの機首には20mmの陽電子機関砲が備わっていた。パルスレーザーとは比較にならない威力の陽電子砲弾は、100mクラスの揚陸艦を容易く貫通し、砕き散らす。
「こちらは57mm口径です。狙い澄ませば駆逐艦だって沈められますよ」
それが豪語に留まるものではないことを、玲は認めた。拡大された口径のみを見ても、二十倍を超える威力の砲弾が飛び出すのだ。現行機を上回る攻撃性能を秘めた銀翼。
「……と、ここまでご説明させていただいたわけですが。パイロットの方ともなれば、操縦桿を握るだけで分かってしまうものですよね。ね?」
両手で恭しく差し出されたのは、空戦用のヘルメットだった。
「どうでしょう、フライトの準備は完璧です。いつでも乗っていただけますよ。いえ、是非とも動かしてやってください。"ヤマト"の勇士を乗せて、恥ずかしくない機体に仕上がっていますから」
捲し立てる技師を笑うつもりにはなれない。航空隊の正装だと称して紅いパイロットスーツを纏った玲に、それを申し出るつもりは確かにあったのだ。
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羽を生やしたような身のこなしで、玲はコックピットに身を滑り込ませる。慣性制御がカットされた、宇宙艦艇の格納庫に慣れている証だ。
シートに座す。キャノピーを下ろせば、閉塞感がむしろ居心地の良さを齎してくれる。
サイドレバー方式という操縦系統は、先の戦役で玲が乗機としていたコスモタイガーⅠと共通していた。とはいえ、右手の操縦桿、左手のスロットルレバーはファルコンやタイガーⅡのそれと大差ない。
コンソールも同様で、従来の二機種を乗りこなせるなら、問題なく扱えるということだ。
ただし、照準をつけるHUDはない。
「パイソンは透過型HMDを採用してます。パイロットの視覚そのもので、敵を捕捉するんです」
システムの起動と共に眼前に現れるレティクル。手を振っている技師に目を留めると、表示される彼の所属と官姓名。キャノピーを隔てているとは思えない反応速度だ。
左右を見渡す度、こちらを見つめてくる幾人もの整備士の顔がフォーカスされるのを面映く感じながら、玲は乗機と共に宇宙へ飛び込んだ。
後方に過ぎ去ってゆく星空。
滑らかだ。玲はスロットルレバーを押し込みながら、速い、と感じる前にそう思った。
推進原理は従来機と同様、ヒッグス理論に基づく慣性制御である。試行を重ねた末の機体形状、補機との連動によって、効率的な加速を実現しているのだ。そうして生じた動力の余裕が、搭載兵器のエネルギーにも転用されているのだろう。
長距離巡航形態から機首をすくめ、通常戦闘形態に移行する。操縦桿を握る手応えの変化に、半瞬戸惑った。
暫く、自由に飛ばしてみる。機体の癖を把握するように。あるいは、己の癖を教え込むように。
機首の可動による鋭い方向転換の妙は、手ずから動かしてみればよく分かった。航宙機として素直な挙動をするファルコンやタイガーⅡ、規格外のパワーを強引に振り回すタイガーⅠとも異なる飛行感覚。
パイロットの意思を機動として反映させるまでの時間的誤差、それが従来機よりも遥かに短縮されているのだ。
そして、高機動形態に移行した際の体感の変化は、先程の比ではなかった。全く違う機体に乗り換えたようだ。あちらに飛ぶ、そう思った時には既に動いている。
思考を超えた、パイロットの心身に染みついた勘とでも呼ぶべきものに、忠実に従う。そうとさえ思った。
己が身一つで宇宙に躍り出て、飛び回っているような感覚。その萌芽を自覚した玲は、心中で己の頬を叩く。生き残るために欠かすべからざる戒めだ。
『間もなく一一:◯◯です。演習宙域まで合流してください』
「了解(ラジャー)」
機首と両翼を戻し、指定された宙点に移動する。演習のために設けられた、仮想空間の入口。
障害物のない開豁宙域に湧き出てくる影。400mクラスの大型戦艦一隻。功名心を満たす餌として取り残されているようであったが、要達成目標は「敵艦の撃沈」ではなく、「演習終了時刻までの生存」である。その違いの裏にある意図を見出すことから、演習は始まっている。
巡航速度を維持しつつ、無造作の体で敵艦に近づく。手の内を見定める最初の探り。反射衛星砲のような超長射程兵器か、高度なステルス性を備えた航空戦力だろう。後者であれば、交戦範囲に入りながら敵の戦い方を洞察せざるを得ず、機に臨んでの回避と攻撃が求められる。
無心でありつつ、考えながら飛ぶ。二度の戦後を経て人の上に立つことになってしまった玲が、立ち向かうべき命題だった。
果たして、敵機の群れが玉虫色の光と共に姿を現した。転送システムによる奇襲への対応は、これからの演習には当然盛り込まれることだろう。前方左右に三機ずつ、敵艦の反対側に四機。直掩としては些か奇妙な布陣である。
眼前にぶわりと現れた光点の群れは、敵機から放たれた空対空ミサイルの斉射だった。睨め付ける。視覚に呼応した索敵システムが迫るミサイルを過たず捉え、簡易的な弾道予測まで示してみせる。
着弾までの僅かな時間差を見て取った玲は機体を10時方向に滑らせ、尾部の機銃を一閃して三発のミサイルを叩き落とした。同時にフレアを射出し、後方から迫るミサイルの軌道を歪める。
初撃を躱した玲は操縦性に満足しながら、続く敵の銃火が徹底さを欠いていることを察知した。敵艦への雷撃を遮る、重層的な防空態勢からかけ離れている。
その事実は玲に当惑ではなく、一つの確信を与えた。接近を続け、少しずつ大きさを増してゆく敵艦に目を凝らし、砲撃に対する早期警戒を行う。
動き始めたのは二基の主砲塔だった。砲口に灯る光を玲は見ていない。「要砲撃警戒」の表示が走る前に操縦桿を倒し、迸る砲火から逃れている。数秒前にパイソンがいた空間そのものが光で塗り潰され、煮え立っていた。
艦空一体となって相手を懐に抱え込み、艦砲の攻撃圏内に追い詰めるという戦術は見切った。編隊のいずれかを突破しようと図れば、数の差に手こずるところに砲撃を叩き込まれて終わる。仮想空間の住人である敵が、同士討ちを厭う訳もないのだ。
しかしながら、敵にはこちらを落とすための明確なプランがあり、それを逸脱する行動を取ることはあるまい。隙があるとすれば、そこだろう。
エンジンを噴かし、対空砲火の豪雨を躱しながら、敵艦の頭を飛び越す。包囲から逃すまいと立ち塞がる敵四機との距離が少しずつ、少しずつ近づいてくる。心臓の鼓動。刻まれるリズムでタイミングを測る。
玲の視界から、敵が消えた。敵の視界からも、玲が消えた。
敵を間近に望みながら乗機を高機動形態に変形させた玲は、ほぼ垂直の軌道を取って機体を急上昇させると、鋭く弧を描きながら敵艦に飛び込んだのだ。
舷側すれすれを滑降して下方に出ると、艦底からの迎撃を避けつつ、再び上昇する。目まぐるしく転回する視界、上下左右からのGの殴打を浴びながら、玲の呼吸には僅かの乱れもない。
敵艦を軸とする強烈な車輪の回転に、玲は機体を乗せているようだった。纏わりつく、としか形容し得ない機動の前に、敵機は明らかにたじろいでいる。
ミサイルなど使って誤射でも起こせば、艦砲に追い込むという戦術が瓦解しかねない。あるいはそれを曲げて空戦を仕掛けようにも、巨大な砦に身を隠しては飛び出すパイソンを捉えきれない。
既に二機が仮想空間から消失している。一方は突出したところにパイソンの銃火を食らい、もう一方はパイソンを狙ったはずの対空砲火に巻き込まれた。
敵艦を盾に、あるいは人質に取って遊んでいるかのような玲の狙いは、敵編隊を振り回し、司令塔にあたる機体を探ることにある。どうにかパイソンを艦から引き剥がそうと苦心し、僚機を嚮導する三機。玲は見抜いた。
紅の瞳で見据えた事実は索敵システムを導き、忽ち三機を照準の虜とした。視界の外に逃げようと、どこまでも追随して離さない。
トリガーを引き絞る。両翼の兵装ベイが吐き出した六発のミサイルは光の尾を曳いて飛翔し、定められた獲物を目掛けまっしぐらに進む。格闘戦能力向上のため、徹底的に機動性を追求して新開発された、高機動ミサイル。
小型のスラスターを噴かして弾道を制御し、撃ち落とそうとする銃火をも躱す。まるで生命を持っているようにも、強靭な不可視のワイヤーで制御されているようにも見えた。
一機につき二発のミサイル。ある敵機は両側面から挟み込まれ、またある敵機は逃走を図る行手を遮られ、爆炎と微かな破片を残して砕け散った。捕捉していた反応三つが消失。HMDの表示は無機質なだけに、事実を冷然と伝えてくる。
パイソンに肉薄されて満足な応射もできぬまま、航空戦力を実質的に喪失した敵艦。対空ミサイルでもって排除しようとVLSを開いた、その瞬間に玲は動いた。機首をもたげて艦上に踊り込み、57mmの砲口を向ける。飛び出すミサイル、吠える機関砲。光と熱がその強さを競い合う。
撃ち放たれた砲弾は敵艦に達すると、自らの、そして折れ砕けたミサイルの破壊力を艦内にぶちまけた。内から食い破るように立ち昇る火柱。
敵艦は航行に支障こそないが、それだけだった。動力系統がずたずたにされたのだろう、主砲塔から対空砲に至るまで、砲門に光が灯ることはない。万策尽きたという現実をプログラムに刻まれた敵機は無益な抗戦を経て、演習終了時刻となるまでに総計八機が撃墜されていた。
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工廠に戻ってきた玲を、技師と整備士達はあらん限りの賛辞で出迎えた。組織人としての節度か、あるいは照れによるものかは分からないが、勝利を収めた新鋭機への誇りは言葉にしない。晴れがましい笑顔のみが、雄弁に語っていた。
「素晴らしい機体に乗せていただきました」
本心から玲は笑みを浮かべた。烏滸がましいことを言えば、玲は現在の地球において有数のパイロットである筈だ。その考えを忠実に実行に移し、激しい機動を完遂してみせたパイソンの潜在能力は、並大抵のものではないだろう。
「ですが、まだまだいけます。さらに試験や実戦でデータを集めて、こいつや後継機種は更に強くなる筈です」
「目下の課題は、乗る人間をどう揃えるかですか」
実際に動かしてみて分かったことだが、パイソンは熟練者の力を拡大してくれる機体ではあっても、新人の力を引き上げてくれるような機体ではない。Gに耐え切れなければ卓絶した機動性も宝の持ち腐れだし、形態移行に伴う操縦性の変化に適応できるかどうか。
稀代のトップエースである加藤三郎を始め、熟練したパイロットを数多失った地球に、パイソンを駆るだけの力量を持つ者がどれ程いるだろう。
「こいつはある意味、一つの指標としての意味を持つことになるとも思ってます。乗りこなせる人間が数百人でもいれば、地球はパイロットの再育成に成功したと言ってよいでしょうな」
地球復興の一環として進められた再軍備は、波動砲艦隊構想を絶対の指針としていたもので、航空戦力の拡充化はその附属物でしかなかった。
月面で新人パイロットの育成にあたっていた玲だが、本来ならば専門の教導部隊を設けるべきところだ。前線勤務に就いている玲が、片手間でやってよいことではない。
航宙機に携わる技師や整備員としては、腹に据えかねるところがあったのだろう。玲にも、その気持ちは分かる。その感情をプラスに転化させ、新機軸を打ち出した情熱は、中々見上げたものだと思う。
人材不足から目を背けるような無秩序な軍拡は終わり、艦隊の有り様も変革を迫られている。航空隊もきっとその存在意義を見直され、あるいは新たな役目を与えられる日が来るだろう。玲は純朴にそれを信じていた。
とはいえ、そうした改革は数年がかりで進めるべきものである。半人前達を率いて空を翔け、生きて帰るという唯一絶対の鉄則……鶴見には教えきることができなかった……を叩き込む玲の日々は、暫く続くのだ。
指揮機として搭乗するのは、やはりタイガーⅡとなるだろう。訓練以外の軍務で、玲がパイソンの操縦桿を握る機会は、そうそう来そうもなかった。
微かな名残惜しさを覚えつつ、玲は教え子達の待つ任地へと戻ってゆく。