「神奈子さん、頼む」
「ああ、わかった」
龍の意識が文と諏訪子の弾幕に向いたタイミングを突き、神奈子は露伴の右手を握る。そして、底なしの
「どうだろう、このくらいあれば十分か?」
「それくらいでいい。むしろ多すぎるってくらいだ」
「ならば良い」
彼女が頷きパッと手を離すと、先程まで露伴に流れ込んできていた魔力の流れが嘘のように消え去った。いささか急ではあるがしかし、彼の体には『高級マッサージ店で全身の疲れを癒してからふかふかのベッドで八時間眠った後』のように活力が漲っていた。
「では、私も諏訪子達の加勢に行く。確認だが、先ほどと同じように穴を空ければいいんだな?」
「それで合ってる。ただそうだな、なるべく早くしてくれると助かる」
「勿論だとも」
神奈子は自信満々に頷き、龍の方へと飛んでいく。
しかし一方で、アリスは龍を冷めた目で見つめ続けるだけだった。
「で、アリス君。君はここで見つめてるだけか?」
「当たり前でしょ、私に出来ることあると思う?」
アリスが見つめていたのは龍ではなく、この戦いそのもの。
神二柱と幻想郷最速、そしてそれらを相手に余力すらあるように見える龍。幻想郷の上澄同士による戦いに自分が参加出来るわけがないことに、彼女はとっくに気が付いていた。
「という訳で、帰っていいかしら」
「冗談はよしてくれ、今は一人でも人手が欲しいんだ。別に逃げたっていいが、せめて代わりを用意してからにしてくれると助かるね〜ッ」
「は?逃げるとか一言も言ってないけど?」
「なんでお前そんなキレんだよ……」
何故か露伴相手になると熱を持ちやすくなるアリスに呆れつつも、魔理沙は箒に噴射用の魔力を貯め続けていたのだが……その間にも。
「全く!思ったよりも硬いですね!」
空を軌跡が残るほどの速度で舞い、繋がって線に見えてしまう程の物量の弾幕で龍の纏う地盤の鱗を砕きながらも、文がヤケクソ気味に叫んでいた。
迅符『無双風神・サルタクロス』は、とにかく龍にダメージを与える為に『無双風神』と岐符『サルタクロス』の二つのスペルカードを即興で組み合わせた合体技。
しかもそれを本気で行使しているのだから、威力速力ともにまさに『必殺技』に相応しい筈なのだが……残念ながら超弩級の龍が相手では、表面に傷を作るので精一杯だった。
「……であれば!」
スペルカードが通じないのなら、と文は龍の顔の前に陣取る。そしていつの間にやら取り出した団扇で空を仰いだ瞬間……
龍は一瞬、ほんの一瞬瞠目するが───獲物を前にしたライオンのように瞳を鋭くして、文を見据えた。
「あ、これやば───」
「そこをどけ!」
「───!?」
名を叫ばれた文が慌てて飛び上がった直後、龍が『無』に吹き飛ばされた───いや、違う。『大気』だ。圧縮され固まった『大気の拳』に殴り飛ばされたのだ。
その現象をや目の当たりにした文は、思わず声のした方向───即ち、神奈子に顔を向けた。
「あやや、神奈子さん!?そんな事まで出来るんですか!?」
「いいから退け!巻き込まれるぞ!」
「はい!? ……あ、そういうことですか!」
『─────!』
顔を刻まれ、大気に殴り飛ばされ。
すでに龍の怒りは有頂天に達しかけていた。今視界に入って来たものは、何者であろうと粉々に噛み潰してやるという決意があった。
だからこそ、わざわざ視界内まで諏訪子が降りてきた時……龍の視界は真っ赤に染まった。
『Gaaaaaaaaaaa!!』
目的すらも忘れて、龍は癇癪を起こした様に諏訪子へ突撃する。
「うるさ、そんな怒るかな……やっぱり経験が足りてないよ経験が。私みたいに長く生きないと」
呆れた諏訪子が指を鳴らすと、龍の進路……何もない空から突如として水とマグマが湧き出した。それは、彼女の能力によって無から生み出された自然。
無論、怒り心頭の龍はそんな物お構いなしと言わんばかりに突っ切り、大きな口を開ける。
「ま、今から起きる事には別にそんな関係ないんだけどさ」
龍が無理矢理に突っ切った事で背中に降りかかった大量の水とマグマ。
それらが体の上で揺れ動き、流れ、混ざり合った瞬間。
『─────!?』
諏訪子が食われるよりも先に、龍の背中から蒸気が吹き出し……爆音と共に龍の体がくの字に折れ曲がった。同時に何百何千もの破片が飛び散り、地面に落ちていく。
「おお!やりやがった!」
「……水蒸気爆発まで出来るのか」
ここまでかなり無茶苦茶していた諏訪子を見てきた露伴でも、流石に空中で水とマグマを生み出して水蒸気爆発を起こすなどと言う荒技には驚愕を禁じ得なかったらしい。
「さて、私は要らなそうね。それじゃ」
そしてこの爆発は、アリスの脳内に僅かに芽生えていた「何とか戦ってやろう」という小さな心遣いまでもをも吹き飛ばしてしまったらしい。
「おい待てって!」
「何よ、こんな物私にはどうしようもないでしょ!?研究に戻らせてもらうわ!」
「だー待て待て待て!あー、じゃあアレだ!あのデケェ奴持ってこいよ!」
「あのね、あれはまだ実験中!大体───」
(……こいつら、マジで言ってんのか?)
事ここに至って起きながら何故か言い争いを始める二人に、露伴はこれ以上ない程に冷たい視線を向けた。
が、そんな場合ではないと思い直し、再び眼下に視線を向ける。
(あの規模の爆発を連続で喰らったんだ、どうにか弱ってくれると助かるんだがな……)
などという事を、考えながら。
そして、そんな事を考えていたのは彼だけではなく。
「さてどうかなー。あの爆発なら流石に……」
爆発の張本人たる諏訪子とて、同じ考えであったが……
「……って、そんな事言ってる場合じゃないか」
やはり、そううまい話はないらしい。
ボロボロの背中から未だ立ち上る蒸気を切り裂いて、龍は起き上がる。
それ自体は想定内だったが、同時に龍の姿を見た諏訪子は少しの違和感を覚えた。
別に龍の姿が変わったとか、そういうことではない。しかし一つだけ違う所があった。それは、眼。真っ赤になってみたり血走ってみたりと中々に感情を反映していた龍の眼だが、今は違う。
『殺意』だ。その眼にあるのは膨らみきった殺意のみ。しかし、その殺意に囚われている訳でもない。極めて冷静沈着に、眼前の敵を排除することにのみ集中している。
(……これは、中々に不味いかもなあ。アレが出てきてからまだ八分経ったか経ってないかくらいなのに、これほどの成長……)
どうやら、眼前の龍は既に自らの感情を『操り、活かす』ことが出来るようになったようだ。それも、大凡の生物よりも遥かに上手く。
つまりは、このまま成長を続けていけば誰にも手に負えなくなるという事実を、改めて突き付けられた形となる。
……しかし、それなら尚更考えていても仕方ない。
(水蒸気爆発の結果は上々。一番硬いであろう背中側にあれだけの傷を加えられたのなら、それよりも層が薄い腹側に穴を開けるのは容易いはず)
何にせよ、目的は露伴を早苗の元まで送り届けること。
その道筋は描けたし、加えて神奈子と文も彼女の近くに控えている。
何も心配する必要はない。露伴から意識を逸らしつつ、穴を開ければいいのだ。
「さて、次はどうするのかな?」
あえて手招きをして、さらに怒りを沸かせて気を引こうとする。しかし龍の眼が彼女の狙いに反してブレることはなく……代わりに、その大きな口を開いた。
「んん?何をするつもり?」
噛みつき?いや、それならばその場に留まる訳がない。
威嚇?だったら雄叫びも上げるはずだ。
(ってことは、大方───光線とか?)
龍が炎やら光線やらを吐く、なんてのは最早一般的なイメージである。仮にこの龍に「いきなり吐けるようになりました」なんて言われても、「まあ、龍だしな」と何故だか納得出来てしまうほどに。
(うーん……水鏡作れば反射できたりするかな?いや、別にそう決まった訳じゃない。今は……)
何が来ても対処出来るように、諏訪子は大地を巻き上げて自身の周囲に浮かび上がらせる。加えてそこから更に防御陣を組み立てようとしたところで───
突如、
そして、その事に疑問を覚える前に……天を揺るがす爆発が起き、
「───は?」
恐らくは、水とマグマの球体を口内に何らかの方法で生み出し、同時に高速で放った。そうして先ほど諏訪子自身がやって見せたように巨大な水蒸気爆発を起こしたのだろう。
と、神奈子達がこの状況を理解した時には……傷を負った諏訪子が大きく吹き飛び、今この瞬間も地面に向かって力なく墜落していた。
「諏訪子!」
「諏訪子さん!」
神奈子が大気を固めるよりも速く飛び出したのは、文だった。
自慢の翼を羽ばたかせて、黒い翼となって諏訪子の元へと急行する。
(このままだと最悪、下の木々に突き刺さる……!絶対に助けないと!)
ソニックブームを轟かせ、文はより速度を上げる。当然ながらその速度は、諏訪子が落ちていく速度を凌駕している。
(間に合う───!)
その速度のまま、彼女は両手を突き出して……何とか、諏訪子をキャッチした。
「よかった、ギリギリセーフで───」
多少バランスが崩れ高度が下がってしまいはしたものの、とりあえず一難は去っただろうと、文はため息をつく。そしてそのまま神奈子の元へ戻ろうと、文が能力行使と同時に翼を一際大きく羽ばたかせた。
……この時文は知らなかったのだが、その森には先ほどの嵐による倒木が彼女の下に偶然何本も転がっていたのである。
「───、───!」
「……?」
その内の一本に、彼女が生み出した風が吹いた。倒木は転がり、前にある倒木に当たる。するとその倒木も前に転がり、また別の倒木に当たる、それを何度も何度も繰り返していき……あるタイミングで、最後の倒木がある木の根元に当たった。何故か分からないが根元が折れかけていた木に。
「───て……!」
「……諏訪子さん?」
その衝突が最後の一押しとなって、木が根本からへし折れ倒れていく。そしてその木の先端は、ちょうどよく文の前に突き出された。
そのタイミングはまさに神がかっていて、文による回避も諏訪子による防御も間に合わないジャストタイミングであり。
「避け、て……!」
またそこに至るまでの間……喉を焼かれ声が出せない中で諏訪子が必死に発していた警告は、
「あ───」
諏訪子の鳩尾と文の胸を、自然の槍が深々と突き刺す。しかも音速に耐えきれなかった槍が砕け散り、彼女らの全身にその破片が食い込んだ上で、大きな煙を巻き起こしながら何十メートル先まで吹き飛んだ。
「貴様ッ────」
叫ぶよりも遥かに速く、神奈子の能力が発動され───そしてそれすらも上回る速度で、何処かから飛んできた刀が彼女の喉に一本の紅を引いた。
(刀!?一体何処から……いやなんの、これしき───)
当然ながら、この程度では神を止める事は叶わない。それは神である神奈子自身分かっていたし……龍も理解していた。だからこそ。
「────!?」
彼女の頭上目掛けて落ちてくる、赤い『次』。
(馬鹿な、鳥居が───)
守矢神社に立っていた大きな赤い鳥居。それが鷹の如く天から舞い降り、神奈子を巻き込んで地表に激突した。
そして、巻き上がった土煙が風に流されると……遠目からでも見えてしまった。砕けた鳥居のその下に、紅い液体が円形に広がっているのが。
「……オイ、オイオイオイオイ、冗談だろうっ」
露伴の額を一筋の汗が伝う。僅か一分にも満たぬ時間で行われた『奇跡』による蹂躙、それは彼にとって即座に受け入れられる物ではなかった。
「………………………」
「ちょっと魔理沙!何ぼーっとしているの!?速く逃げるわよ、彼女達がやられた今、次狙われるのは───!」
龍の視線が、上に向く。
「───僕たちかッ!」
この時、露伴は自身が持ち得る全てを用いて超高速で思考をしていた。
(どうする、何が出来る?龍の体に穴を空けるのは今の僕たちじゃあ不可能だ、考えるまでもなく火力が足りないし……というか、そもそも他の奴らは何をしているんだ?……あんまりにも恐ろしいってんで、ビビって隠れてんのか? ………………いや、今はそんな事考えてる場合じゃあない。とにかく距離を取らなくては……!何ら恥じることは無い、息を整えるように、落ち着いて距離を─────)
更に絶望的な事に、露伴の思考は僅か0.8秒という極めて短い時間でしか行われていなかったにも関わらず、既に龍は彼らに向けて『奇跡』を起こす準備を整えていた。
果たしてどんな『奇跡』が彼らに降りかかるかは分からない。雨が体を貫通するのかもしれないし、カタツムリになってしまうのかもしれない。しかし確実なのは、どんな『奇跡』であれども必ず命を刈り取るという事。
もしかしたら『奇跡』相手には逃げ場などないかもしれないが……少なくとも、逃げないよりかはマシだろう。
けれども、そんな中で。
彼の視界に再び、砕けた鳥居が目に入った。
「─────────────────」
あの下には、神奈子がいる。
全身が下敷きになってしまっているのだ、いくら神とて死んでいる可能性も十分にあり得る。
吹き飛んだ文と諏訪子もそうだ。遠目から見た限り、あれも十分致命傷になり得るだろう。
それらは『奇跡』……龍が起こした『奇跡』による物だ。そして何より……あの龍の中には、早苗がいる。
その事を思い出したと同時に……露伴の中で、何かが動いた。
「………………………僕は……」
「……ちょっと?」
「僕は、東風谷早苗という人間をあまり知らない。普段何をしているのか、何が好きで、何が嫌いかも見当がつかない。共に過ごした時間だって、二日……いや、一日あるかどうかだった」
「あなた、急に何を……」
「だが、分かる事だってあるんだ。彼女は僕のファンで、現人神。そして───見知った天狗に、そして心の底から慕う神々に対して『殺意ある奇跡』を起こすような……ましてや、自ら進んで幻想郷を破壊しようとするような奴じゃあ絶対にない」
不思議な事に、そのことを思い出した時には既に「距離を取る」などという思考が消え去り、代わりに前向きにギアが回り始めていた。
考えてみれば理由は様々ある。『博麗大結界を壊されたくない』だの『外の世界に被害が出るかもしれない』だのと。
だが、それ以前に一人の漫画家として。
「魔理沙」
「分かってる」
そしてそれは、魔理沙とて同じこと。
「
彼女は迷いなく、
「はあ!?ちょっ……!?」
「馬鹿正直に飛び出したって事は、何か策があるんだな」
「さっきミニ八卦炉に急ピッチで改造して来たっつったろ」
「だがあれは壊れて───」
「ああ、壊れた。これ以上ケチのつけようがないくらい完璧にな。だがな、誰も
彼女の手に再びミニ八卦炉が握られる。
先ほどと違うのは、八卦炉が既に発光していることと……幾重もの魔法陣が、魔理沙の腕を中心に展開されていること。
「ギリギリ修復が間に合ったらしい。今から私は残りの魔力をフルで使って最大最強のマスタースパークを放つ。所謂背水の陣ってやつだよ」
✒︎
龍は、目の前の光景に首を捻っていた。先ほどまでのような怒りではなく、ただ理解が出来なかった。それは、今こちらに向かってくる人間達について。
先ほど、龍は確かに神々と天狗を叩き潰した。早苗と関係があったようだが、今やどうでもいい事だろう。そんなことより、そいつらは確かに強かったはずなのだ。少なくとも、人間などよりかはよっぽど。
だというのに、箒に乗った人間どもは一切の恐れなくこちらに向かって来ている。それが何より理解できなかった。
龍は考える。この愚か者どもをどう扱えばいいのかと。
少なくとも『脅威』ではない。さりとて向かって来ている以上、見逃す理由もない。であれば、ここはさっさと『奇跡』を起こしてしまうべきだろう。
『─────!』
首をほんの少し傾けて、目の焦点を愚か者共に合わせる。
元々『奇跡』を起こすのにこのような手順は不要だったが、龍が進化した事により『奇跡』の規模が上がり、自ら制御する必要が出た。
対象を定め、どのような事象を起こすのか。そこまで指定しなければ、龍自身にすら被害が及ぶかもしれないからだ。
とはいえ、その手順は全てを省略せず行ったとしても十秒を切る。何ら問題はないと、龍が口を歪めた時───
「ああもう!何で私ってこんなバカなのかしら!!」
それよりも近く、頭上からアリスの声が響き渡った。それは勇気を振り絞ったというよりは、どちらかといえば自らの浅慮な行動を咎める意味合いを持っていた。
彼女は魔理沙達に向かって降下しながら、悔やむように叫んだ。
「行きなさい、『ゴリアテ』───!」
アリスの服の中から飛び出した一体の人形。背後の魔法陣が起動するとそれは急速に巨大化し、龍の鼻頭に二本の剣を突き立てた。
鋼をぶつけ合ったような衝突音が鳴るも、双剣は鼻頭に突き刺さる事はなく……その表皮の上で刃が震えているだけだった。
「今の音は───」
「よそ見すんじゃあねえぜ露伴!黙って前向いてろ!」
元々試験中であった『ゴリアテ人形』。アリスにとってそれはあくまで人形の一つでしかなく、切り札たり得るものではない。
しかしながら、無謀にも飛び出した魔理沙と露伴を見た彼女は───半ば反射的に飛び出し、魔法を起動してしまっていたのだった。
『…………………』
「……ッ!」
龍とアリスの目が合う。
たったそれだけの事で、アリスの全細胞が縮み上がった。
龍は軽く頭を振ってゴリアテを空に放り上げると、ゴリアテが体制を整えるよりも早く噛みつき、粉々に砕く。
巨体を構成していた布や綿、魔法陣、そして両手に持つ鋼の双剣。それら全てが、容易く粉微塵となって消えた。
「───まあ、でしょうね」
ゴリアテが羽虫のように破壊された事、龍が人形の次に
その全てに奇妙な納得を示したアリスは、何の抵抗もせず龍に飲み込まれ───
「…………………………?」
手を伸ばせば牙の先端に触れられてしまいそうな程の距離でありながら、その牙達がアリスを貫く事はなく。思わず彼女は首を捻った。
「これは、一体─────」
「信仰されているのは何も
その時、聞き覚えのある声が空に鳴り響いた。
どこか親しみやすくも厳かな声。もしかすると、もう聞けないかもしれないと思っていた声。
「私達にだって、信仰は届いている。普段なら致命傷だったかもしれないが───今の私なら、ギリギリセーフだ」
「……貴方は!」
砕けた鳥居の破片。その横に寄りかかりながらも、血塗れの右手を天に向けて伸ばしている彼女こそ……
「神奈子!」
「そうだとも!」
『─────!?』
その名乗りにはアリスも、龍の腹部に潜り込みかけていた魔理沙と露伴も驚いた。しかし、今この場で最も驚いていたのは、他ならぬ龍。
確実に『奇跡』で仕留めた。仕留められなければならなかった筈の神が、今まさに自らを脅かそうとしていたからだ。
「どうだ!?いくら龍とて、
彼女の言葉通り、龍がどれだけ身を捩らせようとも体はコンクリートで固められたようにピクリとも動かない。
そして彼女
「今だ!
「……ありがと……これで、最後に一発、かませる!」
『───!!』
遥か遠くの、森の中。
砕けた木々の山に、
「喰らえッ、バカやろー!!」
傷だらけの文に支えられながら、諏訪子は思い切り腕を振った。
球体は鮪のように一直線に、それでいて高速で空を駆け抜ける。そして魔理沙達の横スレスレを通り過ぎ、まさにたった今魔理沙が狙いを定めていた龍の腹部、そのすぐ前で球体同士が融合し……最後の花火を打ち上げる。
『Gaaaaa───!?』
背中の厚い岩盤すら吹き飛ばした爆発が、それよりも層の薄い腹部で炸裂する。しかしながら、諏訪子は立ち上がるのがやっとな状態。そんな状態では想定よりも少ない水とマグマしか出せず、腹部貫通にはわずかに至らなかった。
……そう、至らなかった。
この瞬間、龍は再び勝利を確信した。イレギュラーこそあれど、そのどれもが自身を脅かすまでには至らなかったのだ。小さな神はガス欠、大きな神の方はまだ余力がありそうではあるが疲弊している。この金縛りも数分持つか持たないかに決まっているだろう。そして金縛りが解け次第、再び『奇跡』を起こせばいい。
結局、勝負が決まったのは今の一撃だ。あの爆発で穴を開けられなかった時点で、奴らは早苗の元にまで行けなくなった。願いを妨害されることもなくなったのだ。つまり、こちらの勝ちだ。
龍は、そう結論付けた。
「いいや、
……それが、致命的な判断ミスだとも知らずに。
「そうだぜ、なんせ傷さえつけば後は───私が吹き飛ばすだけで良くなるからなァッ!!」
魔理沙の叫びと共に、幾つもの魔法陣が彼女と腹の傷の間に現れた。
「決めるぜ──────」
ミニ八卦炉が展開し、炉心が露出。それどころか八卦炉全体が形を変え、まるで水晶の薔薇のような複雑な砲身を形取る。
合わせて、彼女の腕にあった魔法陣が凝縮され一本の輪となり、八卦炉を中心として回転を始めた。
彼女に残る全魔力、それを飛行に必要な最低限の量を残してすべて八卦炉に注ぐ。箒から噴き出す彗星が途切れたと同時に、八卦炉に増幅され溢れ出した魔力が昼の晴天に星空を描き出した。
『─────!』
ここまでの間に、龍は三つのミスを犯していた。
一に、初手の時点で露伴達を制圧しておかなかった事。
二に、諏訪子と神奈子と文の力量を推し量れず屠損ねた事。
三に、その状況で勝利を確信した事。
そしてここから、さらに二つのミスを重ねる事になる。
魂の底から搾り出した魔理沙の叫びと共に放たれた、正真正銘の切り札。腕も八卦炉も犠牲にしたその光は、今まで露伴が目にしてきたどんな光よりも眩しく、そして激しかった。
荒ぶる光線が傷ついた腹部に直撃。そして、拮抗すら挟まず貫いて……そのまま背中の岩盤すらもぶち抜いて、遥か天へと伸びていく。
光線の威力を見誤り、まんまと体を貫かれた事。
『──────!!??』
龍の脳裏で何度も警鐘が鳴った。
ここに来て初めて、願いが叶えられなくなるかもしれないと思ったからだ。
願いを叶えれば自由になり、救われる。だがもし叶えられなければ───この先一生迷い苦しみ続け、救いを得られなくなってしまうかもしれない。
それだけは、なんとしても防がなければならない!
『Gaaaaaaaaaaa!!!!』
「馬鹿なッ!こいつ、ここに来てなお力が……いや違う、大気か……!?」
全身全霊の力で体を動かし、同時に
「ぐっ、ぐぐぅ……があっ!?」
金縛りが、崩壊する。
『Gaaaaaaaaaaa!!!!』
それと同時に、両腕を魔理沙と露伴目掛けて即座に振り下ろす。『奇跡』を起こすには数秒必要であり、またその数秒を許容できる程の余裕は龍にない。
「クソッ────」
「ヤバ─────」
だがこれなら、二人が対応するよりも速く叩き潰せる。これこそが誰から見ても疑いようのない最適解である。
右腕が
左腕が
同時に弾かれ、行き場を失った!
「─────!!」
誰の仕業かなんてことは薄っすら分かるし、そんなことは後でいい!とにかく大事なのは、龍に隙が出来たこと!
最後に残しておいた僅かな魔力を使い切って魔理沙、穴のすぐ前まで飛び込んだ!
「よっしゃ来たぞ露伴!このまま穴の中に───」
「
「…………………………はあ?」
……………
……………
……………
……………
一体、何を言っているのか?
もはや穴が目と鼻の先にあり、手を伸ばせば入れそうな程の距離しかないのにも関わらず露伴が口走った「ここまで」という言葉。
冷や水をぶっかけるような言葉の、その意図があまりにも分からなかった魔理沙は思わず振り向いて───
「ってお前、何立ち上がってんだ!?」
何故か箒の上に立ち上がっている露伴を見た。
「分かってんだろ、自分が限界だってことくらい」
視線を穴に向けたまま、露伴は膝を曲げる。
「何を───」
「魔力がすっからかんなんだろ?こんな『トロい』箒に乗ってれば嫌でもわかるさ。そんなのに乗ってくくらいなら───」
「……おい待て、お前まさか───」
「
魔理沙の手が彼の服を掴むよりも速く、露伴は箒から穴の中に飛び降りた。
階段の一段下に向かってジャンプするように、軽やかに、なんでもないように飛び込む。
そこに恐れはなかった。
何故なら、すでに一度やったからだ。
「何してんだテメッ……………!?」
焦った魔理沙がなおも露伴に手を伸ばすも、唐突に彼女の体が箒ごと
「……まさか、そんな馬鹿なッ!?露伴、お前───!?」
だんだんと遠のいていく慟哭を無視して、露伴は落ちていく。
そうして落ちて、落ちて、落ち続けて。
やがて、深海よりも遥かに真っ暗な空の中に、だんだんと淡い光が浮かび上がって来た。
その辺りで、露伴は思い出したように口を開いた。
「……そうだ。せっかくだから、教えといてやろう。僕の『
それは自らに対する呟きであり、同時に龍に対する種明かしでもあった。
『
「僕は『
岸辺露伴は『魔法』を使えない。勿論、『魔法を使えるようになる』と書き込んでも使えない。それは、『魔法』がどんなものか想像出来ないからだ。
けれど。
もし、
「せいぜい、覚えときなよ。人だろーが神だろーが、『油断』ってのは致命的な隙になるんだぜ」
露伴は勝利宣言を終え、フォームを変える。着地を目的とした物ではなく、『飛び込むこと』を目的としたフォームに。
すでに纏う服の色まで分かるようになった、宙に浮く彼女に辿り着くために。
「それで……早苗君」
ゆっくりと、手を伸ばす。
「悪いが君は、今の僕にとってただの『ファン』でしかない。君がどれだけ僕の漫画を読み込んでいようが、僕の人生という本の中では君についての記述は一ページにも満たないだろうな」
それでも、手を伸ばす。
「だがそれでも、君には目を覚ましてほしいと思ってる。別に善意とか、道徳心がどーとか、そんな話じゃあない。ただ───」
その顔に、笑みはない。さりとて、憎しみもない。何の色もない、ただの真顔でしかない。
「
露伴の手がブレて、少年のイメージが姿を現す。
目の前の等身大の◼️◼️が大好きな漫画の主人公と、そっくりな姿で。
「東風谷早苗ッ!」
息を吸って、露伴は叫んだ。自分がすべきことをするために。
「君が何に悩み、何に苦しみ、何から逃げて来たのかなんて知らないが───いいや、
微睡む◼️◼️の瞳が、僅かに開く。
ただ、言ってしまえばこれは無意識的な行動に過ぎず、◼️◼️の意識はまだ夢の中で揺蕩っている。
……でも、無意識だろうが何だろうが、◼️◼️は見たのだ。確かに彼の姿を。
「
露伴と◼️◼️の間にはもはや、木一本分くらいの間しかない。このまま落ちていけば、容易く彼女の頰に触れられるだろう。
しかし、そこに一つの異変が起きた。
かつて魔理沙がそうなったように、巨大な魔力の渦が空間を満たしたのだ。
「フン───」
恐らくは、龍の保険だろう。露伴には何も出来ないと分かっているが、一応渦巻く魔力で露伴を粉微塵にしてやろうという訳だ。
もし露伴が手ぶらだったなら、ここで終わりだっただろう。しかし露伴は構わず渦に左腕を突き刺した。
そう……
「ぐっ!」
左腕を力任せに押し込み、
「グゥッ───!!」
無論穴を作った所で渦が消え去る訳ではない。変わらず荒れ狂う魔力が露伴の全身を引き裂く。その痛みも苦しみも到底心地よい物ではないが、大部分が布から放たれる神力に防がれている上──そもそも、彼はすでにこの痛みに
渦から、露伴が飛び出した。
「読ませてもらうぞ───」
『
だが龍は露伴が魔法を覚えている事を、その魔法が『精神干渉魔法』であることを知らない。だから一瞬、戸惑うだろう。「何故外の人間が魔法を使える?」……と。
そして、その一瞬。ほんの一瞬の隙さえあれば。
魔法プラス『
漫画家というのは、素早いのだ。
眼前にまで迫った涙を流して笑う◼️◼️の頰に向けて、全力で右手を突き出して。露伴はその名を叫んだ。
風邪「ほ、本当に今治れば……続きを投稿するのか……?」
作者「ああ〜約束するよ〜 俺の『養分』と引き換えのギブ アンド テイクだ 治れよ……早く治れ!」
風邪「だが断る」
作者「ナニッ!!」
というわけで、風邪をあり得ないくらい拗らせた上諸々忙しくなり更新が遅れました。3月中には早苗戦終わらせるつもりだったのになあああ〜〜〜ズッケェロさんよォォォ〜〜〜(八つ当たり)
また、ここすきやコメントに対してまだ反応返せておりませんが全て目を通させていただいています。ありがとうございます!