クールを気取って距離を縮めてくる後輩女子の策略が、妹を通じて俺に筒抜けな件について 作:古野ジョン
騒がしいグラウンドが、少しずつ遠くなっていく。俺は悠を抱えたまま、校舎の脇を通って昇降口の方へと向かっていた。
生徒のほとんどはグラウンドにいるから、俺たちの周りには誰も歩いていない。悠と二人で、余韻を噛みしめるように歩を進めていた。
「本当によかったね、一着になって」
「はい。先輩のおかげです」
「ん、随分と素直だね」
「そうしないと、このまま怪しい所に連れて行かれそうなので」
「やっぱり素直じゃない!」
なんて言いつつも、悠は安心したような顔つきで俺の顔を見上げていた。いろいろな緊張から解き放たれたんだろうな。俺はまだ、悠を保健室に送り届けるまでは安心できないけど。
「柚希は大丈夫かなあ」
「心配なら、私なんか置いて助けに行ったらどうですか」
「すねてる?」
「別に」
悠は唇を尖らせ、不満そうな目つきを見せた。せっかく二人きりなんだから、他の女の名前を出すなと言いたいんだろうか。親友に対してなかなか情けのない後輩である。
「ま、大丈夫だ。それに、捻挫した人間をほっぽりだすような真似はしないよ」
「そうですか」
「うん、そうです」
「真似しないでください」
他愛もない会話にも、どことなく幸せを感じる。思えば最初からこうだったな。まだ互いのことを知らない時でも、不思議と会話がかみ合っていた。俺が悠のことを好きになったのは、ある意味では必然だったのかもしれない。
「あの、詩音先輩」
「なに?」
不意に名前を呼ばれて、思わずその場に立ち止まった。悠は真剣な眼差しで、じっと俺の目を見つめている。数秒の間、互いに見つめ合ってから――悠は静かに口を開いた。
「本当に、ありがとうございました」
悠は微かな笑みを浮かべた。たった一言。でも、俺にはそれで十分だった。
「こちらこそ、どういたしまして」
「一つ、聞いていいですか」
「なに?」
そう聞き返すと、悠は目をつむって大きく息を吸った。そして自分の心を落ち着けるように、ゆっくりと吐き出していく。スッと目を開くと、俺に改めて問うた。
「どうして、私に優しくしてくれるんですか」
……参ったな。後輩だからだよ、なんて言うことも出来るけど、
おにいはきっと悠のことを好きになる、柚希はそう言った。結局はアイツの言う通りになってしまったなあ。
一瞬だけ、目を閉じた。悠と同じように気持ちを落ち着けてから、言葉を紡ぐ。
「好きだから、だよ」
――その瞬間、悠が目を見開いた。綺麗な瞳で俺の表情を真っすぐに捕らえて、離してくれない。
「せっ……」
「ん?」
「先輩は、私のことが……」
「好きだよ。大好きだ」
「嘘じゃ、ないですよね……?」
「好きな人に嘘なんか言わないよ」
「……!」
悠は腕の中でさらに縮こまるようにして、身もだえている。照れている、という言葉では言い表せないくらいに頬が真っ赤に染まっていて、愛らしくて仕方ない。
「そっ、そんなに言うならもっと早く言ってください……」
「何を?」
「すっ、『好き』って……」
「お互い様じゃん」
「うっ、うるさい! 先輩なんかっ、先輩なんか……」
何か言い返そうとしていた悠が、だんだん勢いを失っていく。本当に可愛い。何時間でも見ていられるな、この後輩は。
「さっ、行こうか。早く手当てしてもらわないと」
「まっ、待ってくださいっ!」
「だーめ。怪我人が文句言わないの」
「なっ、なんで先輩はいつも通りなんですか……!」
「俺は自分の気持ちを話しただけだし」
「説明になってないっ……!」
やいのやいのと文句を言っている悠を、大事に大事に抱きかかえる。じゃあ、改めて保健室に――
「――っ!?」
突然、唇に柔らかいものを感じた。微かに甘い味がして、思わず力が抜けそうになる。気づいた時には、悠に強くしがみつかれて――唇を奪われていた。
「んんっ!?」
「ぷはっ。詩音先輩、やっと顔が赤くなりましたね」
「ゆ、悠……」
してやったりと言わんばかりに得意げな悠。そうだよな、たしかに「今度は私からした方がいいのかな」とか柚希に言ってたもんな。……まんまと不意を突かれたわけか。
「あのな、間違って落としたらどうす――」
「好きです、詩音先輩。一目見たときから、ずっと憧れていました」
「!」
悠は再び真面目な表情に戻り、はっきりとそう言った。ずっと憧れていました……なんて、なんだか不思議な気分だ。たった今気づいたような気もするし、ずっと昔から気づいていたような気もする。
「……ふふっ」
「なっ、なんですか。ニヤニヤして」
「別に。なんでもないよ」
「そうですか」
「ほら、さっさと行くよ」
俺は一歩を踏み出して、再び進みだす。悠も「好き」だって言いたかったのかな。だからってキスをしてまで足止めするなんてなあ。なかなか強引な後輩だ。可愛い奴め。
「あの、詩音先輩」
「なに?」
歩いていると、悠が再び問いかけてきた。俺から視線をそらすようにして、もじもじとしている。今度は何だろう?
「きょ、今日から恋人同士……ですよね?」
「!」
……また不意打ちを食らった。そっか、そうだよな。俺は悠の彼氏で、そして――
「もちろん。悠は彼女さんだね」
「か、彼女……」
「ご不満?」
「違いますけど。……あんまり、調子に乗らないでください」
「悠は乗ってないの?」
そう問うと、悠はパッと顔をそらした。向こうを見たまま、呟くように一言。
「……人生で、一番調子に乗ってます」
やっぱり、悠の耳たぶは真っ赤に染まっていたのだった。
***
こうして、俺と悠は恋人同士になった。まさか体育祭がああなるとは思っていなかったけど、結果オーライってやつかな。
……そう、全てがうまくいきすぎたのだ。二人三脚のレースを一着で駆け抜け、好きな後輩が恋人になった。そんな都合の良い話は、どうやらこの世に存在してはいけなかったらしい。
「文芸部の雫石です」
「はーい、どうぞ~」
生徒会室の扉をノックすると、中から春先輩の返事が聞こえた。体育祭から数日が経った、ある日の放課後。生徒会長から直々に呼び出しがあったので、こうして馳せ参じたというわけだ。
「失礼します」
扉を開けると、正面に春先輩の姿が見えた。窓を背後にして机に向かっており、両手に顎を乗せている。いつも通りにニコニコしているから、なんだか不気味だ。
「詩音くん、急に呼び出してごめんねっ!」
「いえ……」
部屋の両サイドに並んでいる生徒会役員の面々が、俺のことをぎろりと睨んでいる。なんだ? 二人三脚でお姫様抱っこをしたこと、そんなに悪かったのかな? ……なんて、そんなわけないよな。
「そんな出口の前にいないでっ、こっち来たら?」
「は、はい」
言われるまま、一歩ずつ春先輩に近づいていく。やはり両脇にいる役員たちの鋭い視線が気になるな。少なくとも、好意的なそれではない。やや警戒心を抱きつつ、春先輩の前に立った。
「それで、今日はどうしたんですか」
「本題に入る前に、詩音くんに聞きたいんだけどっ」
「なんでしょう?」
「――うちの妹と、付き合ってるでしょ?」
春先輩はニコニコ笑顔を崩さぬまま、じっと俺の目を見つめていた。まさかそれを聞くためだけに? いや、「本題に入る前に」という言葉があったし……流石に違うか。
「はい、妹さんとお付き合いさせていただいてます」
「おっ、あっさり認めたっ!」
「隠しても仕方がないので。本人から聞いたんですか?」
「んーん、あの子とそんな話しないもん。まあ、雰囲気で分かるって感じかなっ」
「へえ……」
関係がぎくしゃくしていようとも、やはり姉妹は姉妹ということか。もっとも、悠が家の中でとんでもなく浮かれていたという可能性もあるが……。
「それで、本題というのは」
「あっ、そうだった!」
春先輩はハッと目を見開いた。それと同時に、役員たちからの視線が一段と集まった気がする。……本当に何なんだ?
「あのねっ、今日は伝えたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「単刀直入に言うね! 雫石詩音くん、君を――」
椅子から立ち上がった春先輩が、ニッコリとほほ笑む。それと同時に、両手で俺の身体を掴み――口を開いた。
「生徒会副会長に任命しますっ!」
これにて第一章はおしまいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今作の第二章につきましては、今までよりペースを落として執筆しようかと思います。連載開始まで時間がかかるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
また、昨日から新作ラブコメの投稿を始めました。
お姉さんに甘やかされる話ですので、よければそちらも読んでいただけると大変嬉しいです。
よろしくお願いいたします!