レイチェル・ラインゴッドは魔女である。   作:冬月之雪猫

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第二十二話『不安』

 アリスとプリシラが眠った後、わたしはアルフレッドと共にコッソリとトランクの中へ入った。

 中に入ると、勝手に灯りが灯る。そこは談話室になっていた。右の方にはキッチンがある。冷蔵庫の中身はとっくに空っぽ。ママが入れておいてくれたニシンのパイはとっくにわたしのお腹の中だ。

 キッチンを横目に見ながら、傍にある階段を登る。すると、広々とした空間に出た。四方には扉が並んでいる。その内の一つにはわたしの名前が書いてある。中に入ると、そこは寝室だった。

 ベッドの上には実家で使っていた毛布が置いてある。机の上の写真立てにはパパとママの間に挟まれたわたしとアルフレッドの姿が写っている。

 

「ママ……、パパ……、会いたいわ」

 

 いつも、アリスとプリシラが傍にいる。シャノンは事ある毎にわたしの面倒を見てくれる。

 ハンナやスーザン、アーニー、ジャスティン、他にも友達が増えて来ている。

 だから、寂しいわけではない。ただ、恋しいのだ。

 わたしはアルフレッドに縋りついて、泣きじゃくった。共用の部屋では出来ない行為だから、わざわざトランクの奥までアルフレッドに来てもらった。

 

 さんざん泣いた後、顔を洗ってからトランクの外へ戻った。

 どこからか風の音が聞こえる。音を追い掛けてみると、ベッドの上の絵画からだった。そっと触れてみると、絵画は溶けるように消えてなくなり、代わりに窓が現れた。

 わたしは驚きのあまりに言葉を失った。そこから見えたのは湖だった。左の方に目を凝らしてみると、鐘楼塔へ続く高架橋が見える。

 寮の入口が地下にあるから、てっきり寝室も地下に埋もれているものとばかり思っていた。窓は開閉式になっているけれど、外は相当に風が強そうだからやめておく。

 

「ビックリね、アルフレッド。明日、アリスとプリシラにも教えてあげなきゃね」

「ワン」

 

 涙を流してスッキリした上に、予想外の発見で胸が高鳴り、わたしはグッスリと眠る事が出来た。

 

 ◆

 

「アンビリーバボー」

「びっくりー!」

 

 朝、早速窓の存在を二人に教えると、二人は期待通りの反応を見せてくれた。

 

「わたし達、一か月もこの部屋で暮らしてたのに、全然気づかなかったわ!」

「湖だー! 見てみて、大王イカ!」

「うわっ、ほんとだ!?」

 

 試してみると、二人のベッドの上の絵も窓に変わった。風景は代わり映えないけれど、わたし達はそれぞれの窓からの風景をたっぷりと堪能した。

 

「この窓、防音性がかなり高いみたいね。昨夜は風が強かったし、二人が寝入っていて静かだったから気付けたけど、今はまったく外の音が聞こえないもの」

「しかも、絵で隠されてたわけだしね」

「どうして、隠してたのかなー?」

「サッパリね! こういう時は上級生に聞くのが一番よ」

 

 わたしは早速談話室に向かった。困った時のシャノン頼りだ。

 

「シャノン!」

「……レイチェル。まだ、早朝だから静かにしなさい。眠っている子もいるんだから」

「はーい」

「また、フクロウ小屋に行きたいのね。すぐに仕度をするわ」

「ううん! 今日は違うの。シャノンに聞きたい事があるの!」

「聞きたい事?」

 

 小首を傾げるシャノンにわたしは昨夜の発見の話をした。すると、シャノンはしまったという表情を浮かべた。

 

「そう言えば、新入生にキチンと窓の事を教えてあげていなかったわね。えーっと、窓が絵で隠されていた理由が聞きたいのよね? 理由は簡単よ。寮の位置を隠す為」

「どういう事?」

「そのままの意味よ。ハッフルパフ寮だけじゃなくて、他の寮も他寮の生徒が無暗に入る事が出来ないように位置を秘匿されているの。窓の外は断崖絶壁に偽装されているのだけど、絵に触れると偽装が解かれるのよ」

「どうして、そんな事をするの?」

「その理由については魔法史の授業で習うわ。まあ、簡単に言うと寮生を守る為ね」

「守る? なにから?」

「あらゆる敵からよ。魔法生物、闇の魔法使い、変な思想に憑りつかれた他寮の生徒、小鬼、マグル。今の時代、そこまで過敏になる必要はないと思うのだけど、少し前までは生徒の脅威となる存在がそこそこ居たのよ」

「小鬼やマグルも脅威なの?」

「小鬼は幾度も魔法使いに対して反乱を起こしてるもの。16世紀や18世紀、それにほんの一世紀前にもランロクというゴブリンが反乱を起こしたばかりよ。彼らは今でも油断ならない隣人なの。礼儀を払いながらも、警戒しながら接するのが正解よ」

 

 わたしはその話に少なからずショックを受けた。

 小鬼と言えば、わたしにとってはラグノックの事だ。強面だけど、すっごく優しい小鬼。パパとオクラホマミキサーを踊っていたらしい小鬼。とてもではないけれど、脅威とは思えない。

 

「マグルも同様ね。反魔法使いのマグルはいつの時代にも存在するわ。まあ、脅威となる事は滅多にないけれどね。ただ、わたしが最も尊敬する魔法使いが著書に残している言葉があるのよ」

「言葉って?」

「『マグルを侮ってはいけない』」

 

 わたしはシャノンの手元にある本を見た。タイトルは彼女の手で隠されている。筆者の名前も頭の数文字しか読めなかった。

 

 “Gel”

 

 わたしの視線に気が付いたのか、シャノンはその数文字すら手で隠してしまった。

 

「……それって、どんな本なの?」

「まだ、あなたには早いわ。もう少し、分別がつくようになったら教えてあげる」

 

 分別ならとっくについている。そう反論しようとしたのに、なんだか喉がかさついた。

 

「ちょっと内容を読み解く事が難しい本なのよ。だけど、素晴らしい内容よ。あなたも、この言葉をよく覚えておきなさい」

 

 彼女は言った。

 

「『より大きな善のために』」

「……より、大きな善のために」

「人に優しくしてあげなさいという意味よ。さあ、そろそろ朝食の時間ね。あなたも授業の仕度をして来なさい」

「う、うん」

 

 わたしは寝室に向かって駆け出した。

 短い距離なのに、扉をバタンと閉めて、そのまま背中を扉にくっつけると、心臓がバクバクと鳴っていた。

「ど、どうしたの?」

「大丈夫ー?」

「……う、うん」

 

 どうしてか分からない。ただ、あの瞬間のシャノンの顔を脳裏にこびりついて離れない。

 

 ―――― 『より大きな善のために』

 

 そう口にした彼女の表情はいつもと違って見えた。

 すごく、不安になった。

 

 その後、大広間で再会した彼女はいつもの彼女に戻っていた。

 穏やかで優しくて、不安や恐ろしさなど微塵も感じない。いつもの彼女だった。

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