あらすじ:婚約者と破局した夜、ジョルジュは家族思いの青年クリスと出会う。
現パロのジョルジュ×クリス(男主人公)です。背景にアスミディ。マリルーはマイユニット・女。他の現パロとは別もの。

注:本作はAI(Gemini)を使用しています。ネタ・プロットは自分、自身の文章を学習させた上でAIの考えた文の使用率は全体の31%です。

※pixivとAO3にも投稿済み

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補足:スループル……3人で付き合う恋愛の形


第1話

 

 

晩秋の冷たい風が吹く夜だった。

「あなたには、本当に悪いと思っているの。ジョルジュ。」

河川敷の遊歩道を二人並んで歩きながら、婚約者のミディアは美しい貌を曇らせて、言った。先ほどのディナーで知らされた親友と婚約者の裏切り。あまりのショックにジョルジュは料理の味も覚えていない。

「……けれど。あなたは私にとってもアストリアにとっても大事な人。」

そこでミディアは一度言葉を切った。

――その、『大事な人』を君とアストリアは裏切ったわけだが。

ジョルジュが冷めた目でミディアの横顔を見遣る。

「……だから。」

ミディアが立ち止まり、身体ごとジョルジュの方を向いた。

「あなたと私たちでスループルの関係にならない?」

――何を言い出すんだ?

 ジョルジュが眉を顰めるが、真面目な顔でミディアは続けた。

「それなら皆が幸せになれるわ。三人で愛し合うのよ。」

「……この国の法律では一人としか結婚できない。社会的にいつまでも”独身”でいるつもりか?」

「…いえ。」

ミディアは緩くかぶりを振った。

「いずれ私とアストリアは結婚する。でもあなたとの関係は私たちが結婚したって何も変わらないわ。あなたは私たち二人にとって特別な存在なのだから。」

「……将来、君とアストリアは結婚して夫婦になり、俺は『二人にとって特別な存在』という名の"愛人"になる、ということか?」

「愛人だなんて、そんな…」

ミディアは心外だという顔をした。が、ジョルジュは無視して続ける。

「同じことだ。俺は俺だけを見てくれる誰かを望んでいる。残念だが君の提案は受け入れられない。君とアストリアの幸せを願っているよ。……大事な”友達”、だからな。」

そう言うとジョルジュは、硬い表情で口を噤んでしまった元婚約者に背を向けた。

予想はしていたがやはり、追いかけては来なかった。

 

 

ミディアと別れてから、ジョルジュはふらりと目についたバーに入った。飲まなければやっていられなかった。

そこは薄暗い小さなバーで、ジョルジュの他に年配の男性客が二人いるだけだった。彼らはカウンター席に隣り合って座り、何やら楽しげに話している。ラグビーでもやっているのか、ジョルジュは彼らの初老という年齢にも関わらず、服の上からでもわかる逞しい筋肉に感心した。

ジョルジュはコートを脱いで隣のスツールに置き、男性客二人から離れたカウンター席に掛けて初老のマスターにウィスキーをオーダーした。

「どうぞ。」

ほとんど待つことなく、ウィスキーとつまみのピーナッツが前に置かれ、ジョルジュはグラスに口をつけた。

 

 

ジョルジュはどれだけ過ごしても、気がつけば元婚約者との思い出に浸っている自分自身に気づき、呆れた。ふと腕時計を見ると、終電に近い時間だった。ジョルジュは会計を済ませ、コートを着て店を出ようとドアへと足を向けた。そのとき。

「じいちゃん!」

「おお、クリス、こっちだ!」

まだ学生だと思われる青年が店へと入ってきて、彼は真っ直ぐにジョルジュが店を訪れたときからいた年配の男性たちの元に行き、今はカウンターにつっぷしてしまっている一人の肩を揺さぶった。だが彼は呻くだけで起きる様子はない。そこでもう一人の男性と共に両脇から肩を貸して立ち上がらせようとするが、彼もかなり酔っているようで上手くいかなかった。かといって青年一人で面倒を看るには対象のガタイが良すぎる。ジョルジュは見かねてつい。

「手を貸そうか?」

と声を掛けていた。青年と初老の男性が驚いてジョルジュを見る。

「え…あなたは…?」

「ただの通りすがりだ。」

「おお、済まぬな、若者よ。クリス、ありがたく手を貸してもらえ。儂もちと飲み過ぎてしまった故。」

そう言って男性が離れたので、ジョルジュは彼が居たポジションに入れ替わり、酔いつぶれた男性の腕を自身の肩に廻して立ち上がった。

「ありがとうございます、助かります。ジェイガンさん!あなたの方は一人で帰れますか?」

ジョルジュに真摯に礼を言った後、青年がジェイガン老人を気遣って訊くが。

「ああ、問題ない。」

ジェイガンはそう言って会計を済ませ、フラフラした足取りで店を出て行った。

「タクシーは呼んであるのか?」

彼を見送り、ジョルジュはドアへと歩きながら青年に尋ねる。

「え、いえ。自宅が歩いて2、3分のところにあるので、このまま担いで行こうかと……」

「そうか。わかった。」

ジョルジュは頷いた。

 

 

大の大人を支えながらの道のりは予想以上に大変で、青年の自宅に着くまで15分以上も掛かってしまった。しかも駅から反対方向だったため、今から駅に向かって走っても恐らく間に合わないだろう。

「済まない。終電を逃してしまった。タクシーが来るまで中で待たせてもらってもいいか?」

青年と二人、やっとのことで老人を彼のベッド(幸運にも彼の部屋は一階にあった)に寝かせた後、そう言ってジョルジュはタクシーを呼ぼうとしたが。

「えっ!?それならウチに泊まっていきませんか?」

と青年に言われてスマホを下ろした。

「……迷惑ではないのか?」

「いえ、迷惑を掛けたのはこちらですし。」

青年があっさり返し、彼の言葉にジョルジュの心は急速に傾いた。はっきり言って老人の運搬でひどく疲れており、婚約者と破局したばかりであることも相まって、これから一人で家に帰るのも気が重かった。結局。

「それなら、お言葉に甘えよう。」

「よかった。俺、クリスです。」

「ジョルジュだ。」

ジョルジュは人好きのする笑顔で青年が差し出した右手を握り返した。

 

 

「……他の家族は?」

リビングに通されたジョルジュが尋ねた。家の中を快適にしているセントラルヒーティングの柔らかな暖気が、張りつめていた彼の肩を弛緩させる。

「父は海外に赴任していて、母も父の赴任先について行っているので居ません。妹は俺と違い、通う大学が遠すぎて都内で一人暮らしをしています。」

「そうなのか。」

ジョルジュは話しながら、とりあえず着ていたダークネイビーのトレンチコートを脱いだ。

「あっ、そっか。スーツ、着替えないと寝るとき皺になっちゃいますよね?」

クリスが彼のコートの下のスーツ姿を見て言った。今日は金曜日でジョルジュは仕事が終わった後に会社から直接ミディアとの待ち合わせ場所に向かったため、スーツを着ていた。

「……別に、何着かは持っているから、皺になってもどうってことはない。」

投げやり気味に、ジョルジュが答える。何もかも、どうでもよかった。

「いえ、俺の服でよかったら着て下さい。あなたの方が背が高いけど、たぶんいけると思います。……あ、そうだ。シャワーしますか?」

「…いや、一日くらいしなくても大丈夫だ。」

「わかりました。なら、早速俺の服を……」

クリスはリビングのチェストからグレーのスウェットの上下を取り出して。

「ここに置いておきますね。」

とソファ脇のサイドテーブルの上に置き、次に寝床の準備に取り掛かった。まずL字型ソファの前のローテーブルを離して下部分を引き出し、中の座面を引っ張り出してベッドの形にする。

「便利だな。」

「たまに友達が泊まりに来るので重宝しています。ええと敷パッド…」

言いながらまたチェストを探ってそれを取り出し、テキパキとソファベッドに広げていく。

「枕代わりにこのクッションを使って下さい。」

とソファの背凭れに置いてあった大きなクッションを肘掛けに置き直した。

「あとは毛布ですね。」

そう言ってクリスはリビングの奥のウォークインクローゼットに姿を消し、ほどなくして毛布を抱え戻って来た。クリスは毛布をソファベッドに置き、休む間もなく今度はサニタリーに向かうと、手に幾つかのものを持って戻った。

「これ、買い置きの歯ブラシと歯磨きです。それにタオル。」

「ありがとう。」

ジョルジュが礼を言う。

「いえ。…あ、そうだ。ホットミルク飲みますか?」

「いただこう。」

クリスの申し出にジョルジュは微笑んだ。

 

 

ジョルジュは堅苦しいスーツの上着を脱いでソファに座り、クリスが対面式キッチンでホットミルクを用意するのをぼんやりと眺めていた。今日は色んなことが起こり過ぎていた。酔っているのもあって、今自分が見知らぬ人の家に居て一晩過ごすことになったのも、どこか現実味がなかった。

やがて二つのマグカップを手にクリスが戻って来た。一つのマグをジョルジュの前に置き、ローテーブルの横にあるオットマンに腰を下ろす。そして申し訳なさそうにマグを持っていない手を後頭部に遣った。

「あの…改めて。助けて下さって、本当にありがとうございました。じいちゃん、重かったでしょう?」

「…まあ、確かに重かったが…彼は何かスポーツを? 」

「ええ。祖父は若い時から武道をやっていて、ジェイガンさん…あ、一緒に飲んでいた人です…とは同級生で彼も武道をしていて、時折あのバーで飲むんです。」

「そうか、武道を…。道理で体格がいいわけだ。」

どうやら、あの筋肉は鍛錬の賜物だったらしい。ジョルジュはマグを持ち、温かいミルクを一口飲んだ。熱すぎず、程よい温度。クリスの細やかな気遣いが感じられた。

「君も武道を?」

「はい。幼い頃から祖父に師事しています。」

「そうか。」

今クリスはゆったりとしたニットを着ているためわからなかったが、きっと引き締まった二の腕をしているのに違いない。ジョルジュがそんなことを考えていたら、クリスからも問いを投げかけられた。

「ジョルジュさんも細身に見える割には力がありますね。あの重い祖父を運べるなんて。あなたも何かスポーツを?」

「……ああ、まあ。弓道を、な。」

「弓道!言われて見れば、あなたの背筋の伸びた姿勢や静謐な雰囲気にしっくりきます。」

「はは、そうか?」

クリスの言葉に、ジョルジュは思わず笑ってしまった。今までそんな風に言われたことはなかったからだ。

それから。ホットミルクを飲みながら二人で少しの間、他愛のない話をした。温かい飲み物とクリスの明るさにジョルジュは束の間、自身の辛い出来事を忘れることができたことに感謝した。

 

 

ホットミルクを飲み終えるとクリスは二人分のマグを片付け、自室のある二階へと引き上げて行った。

リビングに一人になったジョルジュはクリスが用意してくれたスウェットに着替えた。予想通り丈や裾が少し短いが、窮屈なスーツから解放されて身体が楽になる。クリス曰く、二階にもサニタリーがあるので一階のものを気兼ねなく使って欲しいとのことで、ジョルジュは先ほど彼が持ってきた歯磨きと歯ブラシ、タオルを持ってサニタリーへと向かった。

鏡の前に立つと、そこに映るのは疲労と、まだ拭いきれない虚無感が混じった自分の顔だった。ミディアへの未練はない。ただ、長年築き上げてきた関係が一夜にして崩れ去ったという事実の重さ、そして彼女が提示した“愛人”という形への屈辱感が、ジョルジュの心を重く沈ませていた。

歯を磨き顔を洗ってリビングに戻り、ダウンライトを暗くするとソファベッドに横になる。寝心地は存外、悪くなかった。ジョルジュはじんわりと疲れが溶けていくのを感じる。だが目を閉じてもなかなか寝付けない。静寂は、今日の出来事を反芻させるのに最適な環境だ。

ミディアとアストリア。彼らがジョルジュを通して知り合ったことは皮肉という他ない。……何となく。彼らの互いを見る目に友情以上のものを感じることはあった。だがまさか、自分が彼らにとって“二番目”になるとは。ジョルジュの求めている愛は、当事者たちが納得した上で結ぶ、オープンな関係性ではなかった。

 

『俺は俺だけを見てくれる誰かを望んでいる。』

 

ジョルジュがミディアについ言ってしまった、あの言葉は紛れもない彼の本心だった。自分だけを愛してくれて、自分もその人だけを愛する。

――そんな誰かがこの先、俺の人生に現れるだろうか?

今までの人生の、取り留めのない記憶がジョルジュの脳裏に浮かんでは消えていく。そんな中で。彼はいつしか眠りに就いた。

 

 

翌朝、ジョルジュは誰かが動き回る気配と調理をする音、食欲をそそられる香りに目を覚ました。ジョルジュがソファベッドの上に起き上がると、キッチンで朝食の準備をしていたらしいクリスが気づいてにっこりと笑った。

「あ、起きたんですね。おはようございます。」

「おはよう。」

外はすっかり明るく、時計を見ると8時だった。寝すぎた、と言うほどの時間ではない。ジョルジュはサニタリーで洗面と手洗いを済ませ、髪を整えると、毛布と敷パッドをきれいに畳んで端に置き、ベッドの座面をソファに仕舞って元のL字型へ、枕にしたクッションとローテーブルの位置も元に戻した。それが済むとスウェットを脱いで元のワイシャツとスラックスに着替え、ネクタイを締める。長居をするつもりはなく、ジョルジュは朝食を食べたらすぐにお暇するつもりで支度をした。

その間にもクリスは出来上がった料理を次々とダイニングテーブルに並べていき…

「朝食の準備ができました。」

彼が声を掛けたので、ジョルジュは礼を言って食卓に着いた。バターを塗ったトーストにベーコンエッグにサラダ、そして淹れたてのコーヒー。質素だが、心温まるメニューだ。クリスも席に着くと二人は朝食を食べ始めた。

「昨日は本当にありがとうございました。よく眠れましたか?」

「ああ、お陰様で。久しぶりにぐっすり眠れたよ。…君のお祖父さんは、まだ寝ているようだが。」

「ああ、きっと昼まで起きてこないでしょう。今日は休みだし、起きて来るまで寝かせておいてあげようと思います。」

「そうか。朝食までご馳走になってしまって、すまないな。食べたらお暇するよ。」

「はは、お気になさらずに。別にゆっくりしてもらっても大丈夫ですから。」

二人がそんな風に話しながら朝食を摂っていた、そのとき。玄関の鍵が開く音がした。

「あれ?鍵は家族しか持っていないはずだけど…まさか!」

クリスが一人の人物に思い当たった、その直後だった。

「ただいまー。…って、クリス!誰よ、この美形のお兄さん!?」

大きな声と共にLDKに入って来たのは、クリスと面差しの似た、紺色の少し癖のある長い髪をポニーテールにした、快活そうな女性だった。ジョルジュが思わず、その顔に見入る。クリスの持つ実直な清潔感とはまた違い、彼女には華やかで、人を惹きつける明るさがある。

彼女はジョルジュを凝視し、慌ててクリスに駆け寄った。

「ちょっとクリス!なんでウチでこんなイケメンが朝ごはん食べてるのよ!?何があったの!?」

「ル、ルー!急に帰ってくるなよ!ええと…この方は、ジョルジュさん。昨日、じいちゃんが酔っ払って動けなくなったのを助けてくれた人で、終電を逃したから泊まってもらったんだ。」

クリスが早口で説明するが、ルーと呼ばれた女性は納得いかない様子でジョルジュとクリスを交互に見る。その視線は探るような冷たい眼差しではなく、純粋な好奇心と少しの警戒心を含んだ、明るいものだった。

「へえ…。このお兄さん、ナンパでもしていて終電を逃したんじゃないの?クリスも口裏を合わせているんでしょ。だって、こんな美貌の持ち主が偶然居合わせたなんて…」

「ルー、失礼だぞ!彼はジェイガンさんも酔っぱらっていて俺だけじゃ、じいちゃんを連れて帰れないのを見かねて手伝ってくれたんだ。」

クリスが思わず立ち上がり彼女を窘めるのを見て、ジョルジュは思わず笑ってしまう。

――ナンパ、か。たしかに、自分はそういう風に見られることもあるだろう。

「ご心配なく、お嬢さん。クリス君の言う通りだ。ただの通りすがりの、哀れな失恋男ですよ。」

ジョルジュが苦笑すると、彼女は一瞬固まったが、すぐにハッと目を見開いた。

「…失恋?あ、ごめんなさい!デリカシーのないこと言って!」

彼女は慌てて謝罪し、改めてジョルジュに向き直った。

「私、クリスの双子の妹でマリルーって言います。親しい人は皆ルー、って呼ぶわ。」

「ジョルジュです。よろしく。」

ジョルジュは立ち上がって軽く会釈した。

「それで、ルー、どうしたんだ?いきなり帰ってきて。」

「別に自分の家だもの、私がいつ帰って来ようが自由でしょ?…まあ。冬物を取りに来たんだけど。……ところで。」

マリルーは改めてジョルジュを上から下まで見た。如何にも高級そうなワイシャツにネクタイ、スラックス。

「ジョルジュさん、随分高価なものをお召しなんですね?どんなお仕事されてるんですか?」

「え…ルー?」

クリスは戸惑ったが、マリルーが興味津々と言った様子で尋ねる。一方、ジョルジュは彼女の鋭い観察力に感心していた。そして遠慮なく踏み込んでくる、その明るい押しの強さにも好感を持つ。

「アカネイア・コーポレーションで企画をしています。」

「「えっ!?あの超一流企業の!?」」

双子の声が被る。そのときの驚く二人の顔がそっくりでジョルジュはまた笑ってしまった。そして。

「そろそろ食事に戻っても構いませんか? 」

と訊き返すと。

「え、ええ、もちろん。」

彼が食事の途中だったことを思い出したのか、マリルーが慌てて答えた。

「お前、朝食は?」

「食べてきたわ。コーヒーだけ淹れさせてもらうわね。」

クリスに問われてそう返すとマリルーはキッチンに入って行った。

 

 

コーヒーを淹れて戻って来たマリルーはクリスの隣、ジョルジュのはす向かいに座るとニッコリ笑い、まるで雑誌のインタビューをするかのように好奇心に満ちた眼差しを向け、身を乗り出した。

「それで、ジョルジュさん。失恋したっていうのは、いつ頃の話ですか?」

「ルー!」

「いいじゃないクリス。これは世間話よ!」

クリスの制止も聞かず、マリルーはジョルジュに笑顔を向けた。

「昨日の晩のことですよ。」

「「えっ、昨日!?」」

マリルーとクリスが目を丸くする。二人は本当にそっくりだった。ジョルジュが笑いを堪える。

「じゃあ、ホントにホヤホヤの失恋じゃないですか。こんなに素敵なイケメンなのに。相手はよっぽどの見る目のない人だったのね!」

ジョルジュは、マリルーの歯に衣着せぬ物言いにまたも笑みがこぼれた。ミディアたちへの憤りも、この明るさの前で少し和らぐ。

「まあ、事情は色々ありますよ。」

わざと軽く言う。

「色々、か……」

マリルーは顎に手を当てて何か考え込んでいたが、唐突に顔を上げた。

「あ!もうすぐクリスマスですけど、失恋した、ってことはジョルジュさん、一緒に過ごす人がいないんですか?イケメンなのにもったいない~~!」

「こら、人の事情に首を突っ込むな。」

クリスが小声で窘める。

「いいじゃない。お兄さんも一緒に過ごす人がいなくてきっと困ってるよ。私も彼氏がいなかったらジョルジュさん、全然アリなんだけどな~~」

「何を言っているんだよ…」

「あ!そうだ!クリス、ジョルジュさんと一緒に過ごせば?」

クリスは心底呆れた顔をしたが、マリルーがいいことを思いついた、とでも言うように大きな声を出した。

「はあ!?」

今度はクリスが驚いて大きな声を上げる。

「いっつもクリスマス、自宅で家族と過ごしているじゃないの。どうせ今年もでしょ?」

「な、何を言うんだ!俺だって予定くらいある…かもしれないだろ!」

マリルーは悪びれもせず事実を突きつけたが、クリスは顔を赤くしてすぐさま否定した。

「嘘つき。ジョルジュさんも、もし本当に誰もいなかったらこの不肖の兄貴と過ごしてやって下さいね?」

「おい、ルー!」

だがやはりマリルーに断言され、ほとほと困り果てた様子でクリスが妹を見る。一方ジョルジュは二人のドタバタ劇を微笑ましく見ていた。ミディアやアストリアとの、欺瞞に満ちた関係に疲れていたジョルジュにとって、この素直で飾らない兄妹のやり取りは、妙に心地よかった。

それから。朝食を終えて。

「クリス、マリルーさん、私はそろそろお暇します。楽しい時間をありがとう。」

「あ、俺、送っていきます。」

ジョルジュが暇を告げるとクリスも立ち上がった。ジョルジュはスーツの上着とコートを着て最後にマリルーに微笑み、玄関へと足を向ける。

「じゃあね、ジョルジュさん!クリスのこと、よろしくお願いしますね!」

「なんだよ、ルー!」

クリスが叫ぶのを背中に聞きながら、ジョルジュはクリスの家を出た。

 

 

晩秋ともなれば、秋晴れでも空気は冷たかった。ジョルジュとクリスは閑静な道を二人並んで駅へと歩く。

「…マリルーの言ったことは、気にしないでくださいね。あいつ、無神経なところがあるんです。」

「気にしていないさ。むしろ、君の妹さんの明るさには助けられた。おかげで少し気分が晴れたよ。」

「はは…、そう、ですか?」

「ああ。」

刹那の沈黙。クリスは彼の妹のように決して踏み込まない。だが共に居るだけで彼の気遣いと優しさが伝わって来る。それがジョルジュに、彼に甘えたい気持ちにさせた。この真摯な青年になら、自分の弱さを見せても良いような気がしたのだ。

「……実は昨晩、婚約者と別れたんだ。」

「えっ。」

クリスは驚いたが、すぐに真剣な表情になった。

「…そう、だったんですか。それは…大変でしたね。」

「家同士の付き合いもあって、幼馴染だった彼女は両家合意の下に俺の許嫁になった。だが愛のない結婚はお互いが不幸になると思い、学生の頃からごく普通の恋人同士のように交際してきた。ずっと……昨日まで、な。」

「……その。何があったか訊いても?」

そして。ジョルジュは婚約者が自身の親友と恋愛関係になったこと、彼女が自分にスループルの関係を提案してきたことをクリスに話した。

「彼らは俺も含めて三人で対等な恋愛関係になることを提案してきた。だが俺にはわかっていた。将来、彼らは夫婦になり、俺だけが生涯『二人にとって特別な存在』という名の"愛人"になることが。俺はそれが嫌だった。俺は俺だけを見てくれる誰かが欲しかったんだ。」

「ジョルジュさん……大丈夫。あなたならきっとそんな人が見つかりますよ。」

「君は、優しいな。」

ジョルジュが微笑む。

「ありがとう、クリス。君のおかげで少しだけ救われた気がする。」

そのとき微笑み返したクリスの瞳に。同情ではなく、純粋な心配と、何か新しい感情が宿っているようにジョルジュには見え…二人の間を満たす空気ももはや、単なる通りすがりの見知らぬ人同士のものではなくなっていた。

 

 

駅に着いたとき。改札の前でジョルジュは立ち止まり、クリスに向き直った。

「クリス。改めて、本当にありがとう。君がいなければ、俺は今頃、孤独と自棄で最悪の週末を迎えていただろう。」

「そんな…俺の方こそ、祖父のことで助けていただいて…」

ジョルジュは微笑み、少し真剣な瞳でクリスを見つめた。

「考えてみたんだが……クリスマス・イヴ、一緒に過ごさないか?」

「……え。」

「まだ次の恋をする気にはならないし、賑やかな場所で過ごす気分でもない。……だがやはりイヴに一人は寂しい。昨夜と今朝、君と過ごしてとても居心地がよかった。だからイヴを君と過ごすのも悪くないと思えてな。…もちろん、君には何の負担もかけない。ただ、美味しい食事でもしながら、静かに酒を飲むだけでいい。」

ジョルジュはクリスの応えを待った。彼の顔は驚きと戸惑い、そして少しの期待で複雑に揺れているようだった。

「……そう、ですね。」

クリスはジョルジュから目を逸らさず、まるで覚悟を決めたように真っすぐ目を見て答えた。

「それならそうしましょう。ジョルジュさんのおっしゃる通り、俺もきっと一人でいるでしょうから。」

クリスの素直な答えに、ジョルジュの胸に微かな温かさが灯った。

「ありがとう、クリス。では俺の連絡先を。」

ジョルジュはスーツの胸ポケットから名刺を取り出し、クリスに手渡した。名刺には、先ほど彼が明かしたように、一流企業の企画部長であることを示す、輝かしい肩書が記されていた。

「ジョルジュさん、部長なんですか…!?」

「ああ、それは……ウチは代々アカネイア・コーポレーションに勤めていてな。…まあ、身も蓋もない言い方をすればただのコネだ。」

驚くクリスにジョルジュが肩を竦める。クリスは名刺を丁寧にポケットにしまった。

「…イヴ、楽しみにしています。」

「ああ。俺も。……では、な。」

ジョルジュはそこでクリスと別れ、駅の改札へと向かった。クリスの若く、真っすぐな瞳と、クリスマス・イヴの約束。それは昨日、婚約者と破局したばかりのジョルジュにとって、予想もしていなかった小さな光となった。

 

 

それから。ジョルジュとクリスは時折連絡を取り合いながら、イヴの計画を立てて行った。だが。ジョルジュもクリスもイヴを二人で過ごすつもりでいたところ、クリスの祖父マクリルが自身が酔いつぶれた日のことを聞き及び、あの時のお礼がしたいから、とジョルジュを自宅に招くと言い出した。

 

Kris:じいちゃんがイヴにあなたを家に招きたいと言っています。

 

クリスは仕方なくジョルジュにラインしたが。

 

George(ジョルジュのハンドルネーム):どうしても見せたいものがあるから、君をウチに招待したい。

 

と返されてマクリルも納得し、クリスがジョルジュのマンションに行くことになった。

 

 

そしてクリスマス・イヴ当日。雪がちらちらと舞う寒い日だった。

「クリス。儂が作ったものも持って行ってくれ。ちゃんと儂が感謝していたことを伝えておくれよ?」

クリスが家を出ようかというとき、マクリルが中身の詰まったタッパーを差し出しなら、言った。タッパーの上には弁当用のケチャップとマスタードの小袋が載っている。

「うん、わかったよ。じいちゃんは何を作ったの?」

タッパーを受け取って手提げに仕舞いながら訊くと。

「むー…特に名前のある料理じゃないんじゃが…チーズやミニトマトを肉で包んで油で揚げたものじゃ。つまみにいいぞ。ケチャップとマスタードをつけるとなお良い。…で、お前は何を作ったんじゃ?」

「ミートパイ。」

「ほぉ、それはいいのう。」

「…じいちゃん、俺がいなくて寂しくない?」

「ジェイガンが来てくれるから大丈夫だ。」

クリスの家族は子供らが独立して遠方に行き、妻に先立たれたジェイガンを毎年クリスマスに家へ招いていた。クリスの祖母が数年前に他界し、父母が海外に行き、妹が家を出て、共に過ごす家族の人数が減っても彼は毎年やって来た。そして今年もやって来るという。

「そっか。じゃあ俺、そろそろ行くね。」

「ああ。気を付けてな。」

マクリルはにっこり笑って手を振った。

 

 

「えー…と。確かこの辺り…」

ジョルジュがラインで送ってくれた住所と地図を頼りに都心にやってきたクリスだったが、イヴで普段よりも混雑した、ビルの乱立するこの場所に目が回りそうだった。ネオンが明るいとは言え陽も落ちて暗くなりかけている。もし道に迷うようなことがあればジョルジュが目印になる建物まで迎えに来てくれるとのことだったが、なるべく迷惑はかけたくなかった。クリスは住所をネットマップに入力して自身の現在地を把握すると、目的地のマークを目指して歩みを進めた。

そしてついに。

「あっ、ここだ。…って、すごい建物だな……」

聳え立つタワーマンションの、あまりの場違い感に怯みそうになるが、約束の時間に送れるわけにはいかず、とりあえず中に入る。エントランスでコンシェルジュに話すと事前にジョルジュから聞いていたのか、笑顔でエレベーターに案内された。

「ここの最上階……か。」

滑るようにエレベーターが上がっていくにつれ、クリスの胸がドキドキしてくる。

最上階に着き、伝えられていた部屋番号のインターホンを押すとすぐに応答があり、ほどなくして扉が開き、ジョルジュが出迎えた。

「いらっしゃい、クリス。」

スーツではなく、ローズマダーのカシミアのセーターにタイトなベージュのチノパンというラフな装いだが、その洗練された雰囲気は変わらない。

「お邪魔します。ジョルジュさん、改めてお招きありがとうございます。」

「さあ、中へ。」

ジョルジュがドアの脇に避け道を開ける。クリスが躊躇いがちに中へと入り、リビングで持って来た手土産を差し出した。

「あ、これ。俺が作ったミートパイと、じいちゃんが作った揚げ物です。お世話になったお礼に、って。」

クリスが少し照れくさそうに笑い、ジョルジュは彼の家庭的な一面に、思わず目を細めた。

「それは嬉しい。ああ、コートを脱ぐといい。」

ジョルジュが手土産を受け取って言うと、クリスはネイビーのダッフルコートを脱いだ。コートの下はライトグレーのセーターに黒のデニムパンツ姿だ。

「今日はケータリングを頼んだのだが、少し寂しい気がして、俺も得意な料理を少しだけ作ってみたんだ。」

ジョルジュがダイニングへと彼を案内すると、そこにはすでに美しい盛り付けの料理が並んでいた。プロの手による華やかなオードブルと、ジョルジュが作ったらしいローストビーフの皿が、テーブルの中心を飾っている。クリスが持ってきた香ばしいミートパイと揚げ物が並べられると、食卓は一層豊かなものになった。

「すごい!美味しそうですね!ローストビーフ、ジョルジュさんが作ったんですか?」

「ああ、まあ。得意料理だからな。…コートを預かるよ。」

両手が空いたジョルジュはクリスのコートを受け取り、ハンガーラックに掛ける。

「さあ、早速ワインで乾杯しよう。」

クリスを振り返り、そう言って微笑んだ。の、だが。はっとして。

「クリス。君、歳は…?」

「今年の夏、ハタチになりました。」

「そうか。」

大学生だとは聞いていたものの、正確な年齢まで確認しておらず一瞬動揺してしまったが、クリスの応えを聞きジョルジュはほっと胸を撫で下ろした。

 

 

二人は食卓につき、賑やかな皿の数々を前にジョルジュが用意していた赤ワインを開け、乾杯した。

「ジョルジュさん、このローストビーフ、とても美味しいです!」

「君のミートパイも絶品だ。」

互いが作ったものを褒め合い、食卓にあるものを感謝しながら口に運ぶ。穏やかで楽しいディナーにいつしかジョルジュは心がじんわりと温まっていくのを感じた。

美味しい料理とワインを嗜みながら近況やお互いのことを話しているうちに些か酔いが回り、ふと会話が途切れたとき。ほろ酔い気分で目の前の相手を見つめて。

「……あなたのように素敵な人とイヴを過ごしているなんて、夢でも見ているようです。」

ぼんやりとついクリスが言ってしまった言葉にジョルジュが固まる。クリスははっとして自分が今、何を言ったのか気づき、すぐにわざとらしく声を立てて笑った。

「あはは、こ、このキッシュ、美味しいですね!」

「そうか?余ったら持ち帰ってもいいぞ。」

ジョルジュがさり気なく返し、微笑む。食卓には再び軽い笑い声と会話が戻った。

 

 

夕食を終えて。二人で他愛のない話をしながらマクリルの作ったつまみを食べ、ワインを飲んでいたのだが。

「……クリス。お前にどうしても見せたいものがあるんだ。」

「ああ…そう言えばそんなことを言っていましたね。見せたいもの、って何ですか?」

ふいにジョルジュに言われ、クリスは不思議そうに尋ねた。

「今から見せるからリビングに行こう。」

そう言うとジョルジュはワイングラスを片手に持ったまま、悪戯っぽい笑みを浮かべて席を立ったので、クリスも立ち上がり彼に続いた。ジョルジュはリビングのライトを消し、クリスをパノラマウィンドウに向けて置かれたソファへと導く。ジョルジュがクリスの手をそっと引いてソファに座らせ、自身も彼の隣に座ると、スクリーンのような窓から都心のイルミネーションが宝石のように輝いて見えた。クリスが思わず感嘆の声を上げる。

「すごい夜景ですね。こんな高いところから見るの、初めてです。」

「気に入っていもらえたなら幸いだ。」

ジョルジュはグラスをサイドテーブルに置き、隣のクリスを見た。ダイニングから辛うじて届く光がクリスの横顔を浮かび上がらせている。今ジョルジュは、彼と二人きりであることを痛いほど意識した。

彼と初めて会ったときからひと月。日常の何気ない瞬間に、仕事の合間にさえ、彼のことを考えてしまう自分に気づいていた。彼の優しさ、誠実さ。笑顔。ひと月ぶりに会った瞬間、その感情が恋であることをジョルジュは確信した。

「ジョルジュさ…」

クリスが隣を振り向き何かを言い掛けたが、自分を真剣な貌で見つめるジョルジュに言葉を途切らせ、静寂が二人の間に横たわる。ジョルジュは隣のクリスに身体ごと向き直った。

「クリス。」

「……はい。」

ジョルジュは、意を決して口を開いた。

「実は……君とイヴを過ごしたいと誘ったときから、ずっと考えていたことがある。」

ジョルジュは一呼吸置いてから、続けた。

「俺は、君が好きだ。……俺は俺だけを見てくれる、誰かを求めていた。そしてそれは君なのではないかと、君と初めて会ったときからずっと、考えていた。」

クリスの瞳が、大きく見開かれた。彼の中で何かが弾けたような表情だった。そして、彼は震える声で答えた。

「ジョルジュさん……俺も……自分の気持ちがよくわからなくて、ずっと疑っていたんです。ジョルジュさんからの連絡を待つたびに落ち着かなくなって……」

クリスが目を伏せる。

「助けてくれた人に十分なお礼をしていないから気にかかっているだけだと思っていました。でも、違った。ジョルジュさんのことを考えると、胸が苦しくなるんです。」

ジョルジュはクリスの素直すぎる告白に愛おしさと戸惑いを覚えた。彼にはまだ迷いがあるのかもしれない。自分たちには年齢や立場の壁があることも、理解していた。

ジョルジュは、ワイングラスを手に取った。

「そうか。……ありがとう、クリス。」

ジョルジュはワインを一口飲み…

「今日はイヴで、酒も飲んでいる。…だから、試しに…キスしてみないか?」

グラスをサイドテーブルに戻すと、アルコールの勢いを借りて大胆な提案をした。クリスが驚いて固まるが、ジョルジュの瞳は真剣そのものだった。

「もし君の気持ちが勘違いだったとしても、すべてそれらのせいにできる。俺の一方的な提案で、酔った上での失敗だったと、笑い飛ばせる。……どうだろう、クリス。試してみる勇気はあるか?」

ジョルジュは彼に逃げ道を与え、判断を委ねた。クリスは、ジョルジュの真摯な挑戦を前に、迷いの色を消す。彼は大きく息を吸い込み、そして静かに頷いた。

「……はい。」

ジョルジュは喜びと緊張で胸を高鳴らせながら、クリスの柔らかな頬に触れる。目の端に、白や橙に輝くイルミネーションが遠く見えた。二人の距離がゆっくりと、確実に縮まっていく。

そして。ジョルジュは自身の唇をクリスのそれにそっと触れさせた。温かく柔らかい。ジョルジュはすぐにただ触れ合わせているだけでは足りなくなり、クリスの上唇と下唇を食む。

「は……っ…」

驚いてクリスが思わず身を引き僅かに口を開いた。その彼の唇を、ジョルジュが追いかけ、何度も啄んで。

――いつしか。クリスはジョルジュの首に腕を回し、ジョルジュも優しくクリスを抱き締めていた。恋人同士のように。互いを求め合うのに夢中で、このキスが試すためのものだということを二人とも既に忘れ去っていた。

イルミネーションの光が溢れる夜景の前で、静かなイヴの夜が新しい恋の始まりを祝福していた。

 

 

-fin-

 

 


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