ダンまちin柳生新陰流 作:KKS
「ベル殿…一体何処に行かれたのでしょう……」
露店で物品のやり取りが行われ弾んだ声が行き交い、賑わうオラリオのメインストリートにて、ほとほと総一郎は困り果てていた。
冒険者から聞いた情報で、ダンジョンから出たところまでは分かったのだが、荒くれ者の冒険者が大半のオラリオでは見知らぬよそ者。
それも不気味な気配を纏わせたよそ者の質問に答えてくれるお人好しはそう居なかった。
手掛かりも無い上に総一郎にとって見知らぬ土地と来る。当然、足取りは重くなり、気分も沈み込むものだ。
「はぁ……恩義を果たせないまま別れるのは、柳生新陰流門下生として心苦しい限り…どこかに妙案はないものか……」
「今回は随分と少ねぇなぁ!アーデ!!」
総一郎の超人的な聴覚は人混みの中心からでも鮮明に、陽光が照らさぬ路地裏から連続して響く、その怒声の内容を聴き分けた。
「ふむ、妙案が向こうから歩いて来るとは、幸運ですな」
彼がオラリオに至る以前の地でも行っていた、とある考えが総一郎の脳によぎり路地裏へと首を向ける。
一人の少女が三人の冒険者らしき集団に囲まれ、殴られ蹴られの暴行を受けていた。その光景を視認し、迷わず歩を進める。
彼の目的に純粋なる善意から来る人助けなどありはしない、あるのは冷ややかな作業然とした、その先の結果による打算と己の利益のみである。
「そこな冒険者、足蹴にしている少女を離してくれませぬか?」
「あぁん!何だテメェこいつの知り合いか?」
「いいえ、今しがた初めて見た少女でござる。あぁ、勘違いして欲しく無いのですが、某に人助けの趣味はござらんよ。
これはあくまで某の利得、そのための行動でござる」
あまりに一方的で堂々たる言い草に荒くれ冒険者達や、助けられる側の少女すらも呆気に取られ固まってしまう。路地裏に一風のつむじ風が吹き、ようやく冒険者の一人が啖呵を切る。
「な、なんだてめぇ…?てめぇもこのガキ使って金稼ぎでもしようってのか!?」
「うーむ、利得とは言いましたがその様な下衆なことではないでござるよ?」
「じゃあなんなんだよ!」
「少女を痛め付ける下衆に教える筋合いはありませぬ。
いい加減に問答にも飽きてきた故、手早く立ち去れ」
総一郎の異様な気配にあてられ続けた冒険者達の頬から汗が一筋。
柳生の剣は特別なことはしていない、彼はただ気配を隠さず同じ空間で彼らと向き合っているだけ、刀に触れてすらいない、たったそれだけで人は怯え足がすくむ。
それ程の差、生物としては同一でもあまりに逸脱した有り様がこの異様な状況を生んでいるのだ。
「して、どうする?二度は言わぬぞ」
「………ッッ!!クソっ!覚えてろよ!!」
他人の気配に鈍い冒険者達にも感じれるように、今一度濃くはっきりと気配を露呈したのが効いたのか、冒険者達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「あ…」
視線が少女に向けられる。総一郎は何と声をかけようかと一考する仕草を見せただけなのだが、少女は総一郎のあまりにも淀み無く澄んだ真っ直ぐな瞳、彼の有り様とはまた違ったように見えるそれが自分に向けられ固まってしまう。
それから、少女が助けられたと自覚するのに更に時間を要した。
「ぼ、冒険者さま!ありがとうございますッ…!!」
「いえ、礼の言葉など不要でござる。重ねて言うと、そなたを助けたのは完全に某の利得を目的としてのことですから」
「利得……ですか」
「某も善意だけで人を助けるほど出来た人間でもありませぬからね。気分を害されましたかな?」
「と、とんでもない!恩人にそのようなことあるはずありません。受けたご恩を返すため、このリリがお手伝い出来ることなら何でもお手伝い致しますよ!」
リリと名乗ったその少女から怯えはいつの間に消えていた。つい先程までこの場に漂っていた異様な空気は知らぬ間に失せ、代わりに路地裏特有の雰囲気と、総一郎からは気の良い青年の印象が戻って来ていた。
狐につままれたか、それとも総一郎が意図的に空気を塗り替えたか。真偽はリリには知れず、総一郎のみが知る。
「うむ、義を理解しているようで助かる。それではリリ殿、道案内をお願いしても?」
「わかりました!どちらに向かわれたいのですか?」
「えぇ。この付近で冒険者が集まる場所を探したいのでござる」
薄暗く陰鬱な雰囲気を感じさせる路地裏から一歩踏み出し、二人は一転して陽の光の当たるメインストリートを歩く。
「冒険者様のその風貌から見て、リリ思ったのですが、冒険者様は極東の方からいらしたのですか?」
「極東、という地名は知りませぬな。某は生まれも育ちも日ノ本ゆえ⋯⋯そういえば、名乗りもまだでしたな。
某は柳生総一郎、『柳生新陰流』と呼ばれる剣術流派を扱うしがない浪人でござる」
「柳生総一郎⋯⋯それでは、柳生様と呼ばせて頂きます!」
唐突に始まる自己紹介。
幻でも見ていたと思えるような、路地裏で感じたあの異様な気配が尾を引くのを自覚しながらも、リリは営業スマイルをなんとか維持する。
「少々小っ恥ずかしいですな⋯⋯どうか、別の呼び名を考えていただけませぬか?」
「それでは総一郎様と!」
「⋯⋯⋯それでよいか」
「フフッ。なんだか、総一郎様は冒険者らしくありませんね」
それでよいか、で済ませた割に総一郎には長い間と葛藤があったようだが、リリはその意外性に思わず頬が緩んでしまう。
「先程リリを助けてくれた時も、冒険者なら真っ先に武器で場を治めるはずなのに、言葉と覇気だけでそれを行なってしまった。まるで神様の一柱みたいです」
「ハハッ!いささか大袈裟ですが、そう仰っていただけるのであれば、某も某の師範も嬉しい限りでござるよ」
リリの初めて見せる邪気の無い微小に絆され、総一郎も気を緩めて高らかに声を上げて感情を表した。
総一郎は纏う柔和な雰囲気のままに続ける。
「柳生新陰流の教えの一つに、活人剣というものがありまして。
武を以ってに場を制せるならばそれを至高とし、武を以って事を成すのは最後の手とする。
という教えでござる。ですが某、いささか気が短いところがありまして。いざ実践となると、どうにも苦手でしてな…⋯
⋯いやはや、先程のあやつらも引いてくれて助かった次第でござるよ」
柔和な雰囲気のままに話すにはあまりに真っ直ぐな教えで、末尾の部分からは異様なものを想起せざるを得なかった。
声色も声音も普通の喋り方とは何一つ変わりはしないというのに、路地裏で見たあの異様な雰囲気を纏う総一郎と、目の前の苦笑いする総一郎の印象のズレが、どうしてもリリに悪寒を覚えさせる。
『引いてくれて助かった』とは、逆に言え『引かなければ腰に下げた刀を使っていた』、とも捉えられる。
リリのこれまで培った優れた観察眼か、それとも幼少期から今に至るまでの経験から来る穿った目が、
「っと、リリ殿。案内はここまでで結構でござる」
「え?はい、たしかにここは冒険者ギルドですが⋯」
総一郎の視線の先にあるのは確かに冒険者ギルドである。
冒険者が集まる場所を探したい。と人に案内させるくらい総一郎はここら一帯の土地勘が無いのに、なぜか冒険者が集まるギルドの位置をピンポイントで当てたのだ。
「⋯なぜここが冒険者ギルドだと分かったんですか?」
「いえ、その『冒険者ぎるど』というものは存じ上げなかったのでござる。ただ、どうにも恩人の気配がしたものでしてな」
総一郎はおもむろに扉の先を見据えるような視線を向けると、ゆったりと目蓋を閉じ深く息を吐く。
「リリ殿。一歩、いや三歩ほど右へ」
「⋯?」
リリは首を傾げながらも総一郎の指示に従い、扉の正面から避けると間も無くして、扉が勢い良く開かれギルドから人影が3つ飛び出して来た。
「ベル・クラネル!お前にエイナさんの」
「まったくだ!エイナちゃんに感謝しろ!」
「ルヴィスさんドルムルさん、お二人とも本っっ当にありがとうございます!
この恩はいつか⋯ってえぇ゙!?!?」
エルフ、ドワーフ、ヒューマン、同じパーティーには見え無いちぐはぐな3人の内、最後尾のヒューマンが総一郎を見て驚愕し足を止めた。
なぜならは彼は、総一郎の恩人であり探し人でもあったからだ。
「総一郎さん!?ぶ、無事なんですか!?」
「えぇ、ご覧の通りこの身は無傷でござる」
「良かったぁぁ⋯」
ただし、彼は潰れたトマトを大量に浴びたかのように真っ赤だった⋯