《こちらルクリリ!申し訳ありません、前後に挟まれて撃破されてしまいました!》
「なっ……!?」
ダージリンはルクリリからの報告に驚き、如何なる状況でも絶対に溢さないとされた紅茶を溢してしまう。
ルクリリとて、紅茶の名を貰っている実力者。頭に血が昇りやすい弱点はあるが、かと言ってそう簡単に彼女が指揮する戦車が撃破される訳はない。
警戒していたとは言えこの結果はーーーー。
「ダージリン、どうします?」
「向こうがこちらを分散させて各個撃破を狙うなら、こちらも分散している相手を端から潰して回りましょう」
やはり単騎で偵察に出したのは間違いだったか、と心の中で思いつつ。
「相手のどの車輌から狙いますか?やはり四号を?」
「いいえ、簡単な相手から順番に倒しましょう。そうねーーー」
頭の中で、大洗の洗車の中で動きの悪かった順に考える。
脅威度で言えば、火力の高い三突や、初心者とは思えない動きの四号が圧倒的だ。
八九式も良い動きだが火力、装甲共にチャーチルはおろか、マチルダⅡすら撃破し得ないだろうから脅威にはなり得ない。一旦放置でもいい。
「38tとM3リーにしましょうか」
「はい」
そう決断した聖グロは早かった。
地図を見て、大方潜んでいるか、自分達を探す為に通るだろうルートをダージリンはすぐに予想し、そしてそれは見事に当たった。
M3リーは聖グロを探している最中に側面から攻撃され白旗を上げた。
38tは見事なまでの手際であっさり囲い込まれて撃破されてしまう。
「これで4対4」
そう易々とやられてやるほど自分達という壁は低くない。
そんな意味が込められた一言だった。
ーーーーーーーー
《隊長、ごめんね~》
《西住隊長、やられちゃいました!ごめんなさい!》
「いえ、大丈夫です。皆さんは怪我とかしていませんか?」
《生徒会チーム、全員平気だ。なんとしても勝つんだぞ!》
《一年生全員平気です!》
みほは歯噛みした。
聖グロが本格的な反撃に転じてきた瞬間、大洗は生徒会チームと一年生チームがやられてしまった。
前者はどの方向からどれぐらいの距離で撃たれても一発でも命中弾を貰えばどうにもならないし、一年生チームは動きのぎこちなさを突かれた。幾ら一か月猛練習に励んだと言ってもそこは仕方が無い。
「皆さん、一旦考える時間をください」
さて、とみほは思考の海へ沈む。
地図を取り出し、今し方2輌が撃破された地点をマークする。
生徒会チームと一年生チームは連携を取って側面からの攻撃を仕掛けようとしていたところを逆手に取られ逆に2対1の図式でやられている。
聖グロは確実にこちらの作戦を見破っているし、それを逆手に取った戦術を繰り出してくることは想像に難くない。
問題はその聖グロ相手にどう立ち回るか。
さっきまでは数的有利があったから多少アグレッシブに動いても良かったし、偵察に車輛数を割けたが4対4の同数の戦いとなれば話が変わってくる。
「皆さん、偵察を続けてください。ただし必ず退路を確保しておくこと、攻撃は仕掛けないことを徹底してください」
《攻撃はしなくて良いのか?》
「はい。今攻撃してもさっきと同じように囲まれてやられてしまいます。なので一旦様子見をしつつ作戦を考えます」
《了解した》
うぅむ、とみほは唸る。
正直なところこれ以上、こちらが採れる戦術が無い。かと言って同じように戦い続ければ結果は目に見えている。
せめてもう一か月練習あればもっと戦術の幅が広がったんだけどな、とみほは思った。
それもこれもいきなり練習試合やるぞ、と言って来た兄のせいだが、かと言ってこれ以上先の時期に練習試合を組めないというのも事実。多分、兄なりにギリギリの時期まで練習させてくれたのだろう。
それはそれとしてもっと早い段階で言っておいて欲しかったものだが。
「西住殿、どうします?聖グロはこちらの作戦を見破っているようですし」
「うん……」
優花里の一言にみほは本当にどうするかな、と悩む。
なんせ戦車の性能でも練度でも負けているのに、唯一の手段である作戦が見破られている。
「ほんとに作戦見破られちゃってるの?」
「うん、聖グロの動きを見れば必ずとは言えないけど、殆ど見破られてるかな」
「えー、それじゃウチらどうするの?」
試合が始まってから2時間ほど。
逃げている時間の方がどう考えても多い大洗女子だが、それでも皆の疲労を考えれば多分、もうそろそろ勝負を付けないとグダグダ、ズルズルと負けてしまう。
「……よし。沙織さん、全車に集合を掛けてください。一気に勝負を決めます」
「わ、分かった!」
「大丈夫でしょうか?」
「多分、皆も精神的疲労がかなり来てる頃だから。これ以上長引かせても効果的な戦いは出来ないし、ズルズル負けちゃうと思う。だからまだ余裕がある内に勝負を決めましょう」
一旦、距離を取りつつ集めて作戦を説明する。
作戦は単純、四号と八九式が囮になっている間にそれを三突と三号で側面から叩くというシンプル・イズ・ベストな作戦。
八九式を囮にした理由は側面だろうが背面だろうが攻撃しても撃破出来ないから。だったら四号と一緒に囮になって貰おう、というわけである。
現状、最もパフォーマンスの良いチームは四号チームとバレー部チーム。この2チームなら早々撃破されないだろうという考えだ。一年生チームも良くやっているとは思うけど、やっぱりまだまだ動きがぎこちないし、そこを突かれたんだろう。
三突チームはまだ良い動きだが、車輛の汎用性に難がある。三号チームも段々パフォーマンスが下がっているのは目に見えている。
「四号と八九式の動き、こちらを誘っていますね」
「今までと同じ作戦ですか。見破られているのは分かっている筈なのに何故でしょう?」
「向こうの隊長がこちらの意図を見破っていないとは思えない。だけど見破られた作戦を続けている。そこから考えられる可能性は一つ」
「なんでしょうか」
「相手はその作戦以外で戦えないと言う事よ」
「何故でしょう?あれだけ動くことが出来るなら一つの作戦に固執する必要も無いのでは……」
チャーチルの装填手、オレンジペコの疑問にダージリンは笑みを浮かべながら答える。
「ペコ、貴方、相手が戦車道を始めてまだ一か月と言う事を忘れていないかしら?」
「え?……あっ」
「相手は他の作戦を採りたくても採れないのよ。練度に問題があるから」
「なるほど、今までの動きとかを見ていてすっかり忘れていました……」
オレンジペコの言葉にダージリンは仕方が無い、と思う。大洗の動きはそれほどまでに初心者とは思えないものだったからだ。
各車の連携はまだまだ甘いが、各車毎の練度は目を見張るものがある。少なくとも隊長車と目される四号と八九式に関しては各強豪校に混ざっても遜色無いどころか、一軍にいても何ら不思議はないぐらい。
それ以外の車輛もはっきり言って初心者がそこまで動ける訳が無いだろ、と思うレベル。
まぁ、38tの砲手に関しては最低レベルですらないと思ったけれど。
各員のポテンシャルの高さが伺える上に、練習が良かったのか、率いる隊長がそれほど有能なのか……、いいや、どちらもだろう。下手な練習ではここまでポテンシャルを引き上げる事は出来ないだろうし、並みの隊長ではここまで率いることも戦う事も出来なかっただろう。
「全車、側面と背後を十分に警戒しながら前進」
とは言え彼女達もこれまでだ。
ダージリンは前進を命じた。
あれから大洗チームは頑張った。それはもう頑張った。
「……負けちゃいましたね」
「うん……」
「ごめんなさい、私が油断して装填し損ねたばっかりに……」
「うぅん、あれは私も撃破できたと思って油断してたから……。すぐに指示出ししなかった私の責任だよ」
「私が一撃で仕留められていれば……」
全身、煤に塗れたみほ達が気落ちした声で話す。
結果としては大洗女子学園戦車道は聖グロに敗れた。
しかしその敗れた、という結果も過程を考えれば戦車道を始めてまだ日の浅い面々が残した結果としては最上のもの、と言って賞賛されるべき内容だと言える。
一年生チームと生徒会チームが撃破された後、みほは自身の搭乗する四号と、何故かやたらと良い動きをするバレー部チームと共に囮を買って出た。
しかし流石の聖グロも作戦は読んでいたし、対応力も見事なもの。
囮として躍り出た四号と八九式のうち、八九式に集中攻撃を加えて撃破すると側撃を狙っていた三突、三号を追い込んで撃破。
そして残る四号もそのまま撃破出来ると思っていたのに、そこからみほ率いる四号は獅子奮迅の戦いぶりを見せた。
マチルダⅡを3輌立て続けに撃破し、なんとチャーチルとの一騎打ちに持ち込んだのである。
しかしそこで差が出たのは経験値の差だった。装填のタイミングと砲撃の精度が、ごく僅かに落ちていたのだ。
本来ならチャーチルに一撃を加えた時に撃破出来ただろう。
だが初試合の緊張で自分では気が付かない程度に疲れていた華の砲撃精度が落ちていた。
それにより絶妙にウィークポイントを捉えられなかったのである。狙いの外れた砲弾は別のところに命中し、更には本来なら装填手である優花里はすぐさま再装填していなければならなかったのに、勝ったと思って一瞬弛み、装填し損ねた。
それに気付いたみほが次、と声を掛けるも間に合わずチャーチルの一撃で四号にも白旗が上がった。
それが試合のクライマックスであった。
総評としては初心者ばかりの初練習試合でこれだけやれると言うのは、常明にとっても予想外であった。
いいところまでやるんじゃないかとは思っていたが、まさかあと一歩、のところまで追い詰めるとは想定外。
みほの指揮だけではこうも上手くいかない。実際に動く手足が優秀だからこそこれだけ戦えたと言うことだ。
対戦相手だったダージリンからしても大洗女子がここまで戦えて、一対一になるまで自分達が追い詰めらるとは予想すらしていなかったのである。
正直に言えば、ダージリンの中で大洗女子の脅威度はトップ3に入るぐらいに跳ね上がっている。
理由は新興過ぎて情報が全くない上、隊長の指揮能力と隊長車のあの動き。聖グロどころか全国強豪校でも十分に通用するどころか、初めてからまだ数ヶ月でアレなら夏の全国大会で一軍入りも有り得るぐらいには強力だ。
他にも八九式なんか本当に初心者が操っているとは思えない動きで翻弄された。
戦車の性能で勝てた部分があるとも言える。仮に乗車していたのが似通った性能であるシャーマンや四号長砲身、三号戦車だったならば聖グロはもっと苦戦していただろうし、負けていた可能性も十分にある。
最後の場面なんかはダージリンの背中に冷たいものが流れていた。
常明は、正直に言えば冬の大会、無限軌道杯が今もやっていればそちらを目標にすれば十分に優勝を狙う事だって出来ただろう、と思っている。だが廃校が迫っている以上、それを覆すという条件があるので目標は夏の全国大会にならざるを得ない。
幾らポテンシャルが高いとは言っても、夏までに毎日練習して、土日や夏休みを大会まで全て合宿に使ったとしても優勝は厳しい。
今日は同数の相手だったというのもあって良い戦いと言うか、なんとかなったが、一回戦は最大10輌まで試合に参加出来る。ついでに砲弾数も40発までと制限がある。
しかし大洗女子は現状6輌だけで、相手は当然10輌全て出してくるだろう。4輌も差があると言うのは取れる戦術の幅が丸々一回りぐらい差があると言っていい。
極端な話、向こうは4輌を囮、言わば犠牲にしてこっちを擦り潰すことだってやろうと思えば出来てしまう。
仮に決勝戦まで進んだとしたら最大20輌、砲弾数は制限無し。
こっちは限界まで学園内を探したり、補助金や義援金を使って10輌揃えられるかどうかという状況なのに。
まぁ、戦車を購入するとなればかなりの金額が必要になるので、現実的には改造パーツを購入するのが関の山だろう。
例えば四号戦車改造キットとか、38t用ヘッツァー改造キットとか。あれは割と安い値段で売られている。理由はヘッツァーを使っている学校がそもそも無いから。
需要があると見込んで販売したはいいが、そもそも38tを使っている学校が少なかったり、車輌更新の際に38tからヘッツァーへの改造を選択しないということが普通だったりでまぁ、在庫が余っているらしいのである。
改造キット自体がある程度の加工や工作能力を前提としたものだった事もあって余計に拍車を掛けたのもある。
決勝戦まで勝ち上がっていくのは恐らく去年の雪辱を晴らそうと意気込む黒森峰か、連覇を狙うプラウダのどちらかだろう。
聖グロやサンダースも有り得るが、色々な理由から可能性としては低いと見ていい。なんなら四強が常にぶつかり合うトーナメントになって潰し合ってくれれば楽である。
基本的に一回戦の対戦相手とリーグの対戦表は籤引きで決まるので、よっぽど運が良くないと厳しい。
単純な戦車性能だけで見た場合、楽に勝てそうなのはアンツィオと知波単学園ぐらいだろうか。
アンツィオは調子に乗らせなければいいが、流れや調子が乗っていると多分、CV33が主戦力とは言え戦い辛くなる。
知波単はなんでか知らないが、突撃しかしてこないし、戦車も正直こっちよりも性能的には低い。とは言え練度は高い為、これも油断出来ない。
トーナメントは四強とぶつからなければ良し、あとは高い練度を持つ継続高校、BC自由学園辺りも90mm砲を装備するARL-44とかがいるから戦力的にぶつかりたくない。
「どこを相手にしても厳しい事には変わりないか」
息を吐きながら、ぽつりと漏らす。
しかしながら常明は同数の聖グロ相手にここまでやれたなら、見込みはかなり高くなるとも同時に思っていた。
寧ろ今日の練習試合は幾らみほが隊長をやっているとは言えボロカスとまでは行かないまでも、それなりに一方的な展開になると踏んでいたからだ。
その上で自分達が挑む山の高さを分かって貰いたかったのだ。
だが結果は負けはしたが善戦も善戦、状況を考えれば最良の結果だと言ってもいいぐらいのもの。
これは常明にとって全くの大誤算だった。
「じゃ、西住ちゃんはあんこう踊りね〜」
「!?!?」
「み、みほさんだけに辱めを受けさせる訳には行きません!私も踊ります!」
「ちょっ、華!?」
「おっ、い〜ね〜。まぁ、負けた責任を隊長にだけ押し付けるのもおかしい話だし、どうせなら皆で踊ろっか」
「「会長!?」」
哀れ大洗女子、全員であんこう踊り決定。
ーーーーーーーー
「常明さん、お久しぶりですわね」
「久しぶり」
常明は試合終了後、聖グロの隊長にお呼ばれしてお茶会に出席していた。
先日、みほに言っていた知り合いというのは何を隠そう聖グロリアーナ女学院戦車道隊長ダージリンである。
一人旅中に行き倒れかけ、偶々通り掛かったダージリンに助けて貰った事から交友関係がスタートした訳である。
もう一人、知り合いの女子高生がいるがあっちはかなりの変わり者で、常明はアレを女子高生と言うのは如何なものか、と思っていたりする。
「それにしても、全くの無名校で戦車道の監督をしていたなんて驚きましたわ」
「まぁね」
「私が仕事のお世話でもしましょうか、と言った時はあっさり断ったのに」
なんと情けないことに、常明は行き倒れを助けて貰ったばかりでなく就職先の世話までしてもらうところだったのである。
「そんな貴方が、監督をやっているということは、戦車道が貴方のやりたかった事でしたのね」
「聖グロの隊長さんはなんでもお見通しで」
「なんでもではありませんわ」
少し離れたところで、アッサムとペコの二人が様子を見ている。
普段は女子校で生活している上に、男の「お」の字すら無い、気配すらないダージリンがあそこまで気を許しながら楽しそうに会話をしているのを、二人は驚きを感じていた。
「まぁでも、本当に練習試合を受けてくれて助かった。これが無かったら試合経験0のまま全国大会に挑む事になっていただろうから」
「……全国大会に出場なさるの?」
「諸所諸々の事情ってやつでね、優勝させてやらないとならない。じゃないとたった一年で仕事をクビになる。というか職場が無くなる」
「あらまぁ……、それは……」
ダージリンは自身が戦ってきた事もあって、全国大会優勝というものがどれほど困難なものかを知っている。
侮りや嘲りではなく、単純に自分達ですら達成困難な目標を目指さなければならない事に、言葉に出来ないというように口に手を当てて驚く。
「可能だと思っていらっしゃるの?」
「んー、分からん。ただまぁ、今日の様子を見た感じ、望みはあるとだけ」
「そう……、でしたら私達の強敵になるのも時間の問題かしらね」
「かもしれないな」
こうしてお茶会は和やかに終わったのである。
因みにこの時、みほ達戦車道履修者は全員、ピンクの全身タイツに身を包んで市中引き回しが如く、あんこう踊りを披露させられていた。
「ふーん、へー。お兄ちゃんは私達があんこう踊りをやってた時に美少女女子高生とイチャイチャお茶会してたんだ。ふーん、へー」
「いや、別にやましいことは何も無かったけどな」
「どうだか」
ちょっと機嫌の悪いみほであった。
「河嶋。お前、装填手と無線手をやれ」
「なぁっ!?」
「角谷、砲手と車長な」
「今更変えるんですか?ちょ〜っと納得出来ないですねぇ」
試合後に伝えると、河嶋と角谷は反発する。
実を言うと、常明は今回の試合中を通して河嶋の射撃数と命中数を数えていた。
結果、河嶋27発の射撃を実施し、命中弾は0。それも待ち伏せで圧倒的に有利な状況や、市街戦の最中に於けるゼロ距離からの射撃すら外している。今までの練習を見ていても、やはり砲手としての才能は皆無と言っていい。
「河嶋。この試合でのお前の射撃数は27発。命中弾は0。これが何を意味するか分かるな?」
「っ、ですが!」
桃の撃った砲弾はカス当たりすらしなかった。
いつも通り、明後日の方向に飛んで行くばかり。至近距離で撃った砲弾すら当たるどころではなかった。
今までの練習で撃った数は約1700発。このうち狙った的に当たったのは0。これだけ撃ってこの結果ならば桃に砲手としての未来は無いと断言していいだろう。
「悪いが、いまのお前達に砲撃を全く当てられない砲手を抱えて試合をやる余裕は無いんだ。なんせウチは人が居ないから全員強制レギュラーだからな。なら適材適所で配置するしかない」
常明はこの練習試合が最後の審判と決めていた。
他の皆はなんだかんだ適性がそれぞれ上手く合致したポジションに付けているが、生徒会チームは柚子以外は正直言って合っていない。
38tは本来であれば乗員四名のところ、3人で回している。
杏は車長と装填手、河嶋は通信手と砲手を兼任しているが変えるべきだと常明は思っている。
とは言え今更変えるべきか、と悩みはした。
なんせそれなりに形になりつつある時期だ、ここで無理に変えてしまえば歪になり、そこが試合中の大きな綻びになる可能性すらある。
しかし勝つ可能性を少しでも上げるなら変えるべきだろうと判断したのである。
杏の車長適性は高く、そこはそのままでいい。寧ろ頭に血が昇りやすい河嶋を車長にしたら大変な事になる。大暴走の末に全車が引っ張られて全滅という結果も有り得る。
少しだけ河嶋に装填手をやらせて見たことがあるが、装填手として見た場合、恵まれた体格故の装填速度、カンによる適切な装填タイミングなど、適性は高い。
杏も見た目からは想像し難いパワーを持ってはいるが、大洗女子の現状を考えれば入れ替えて然るべきだろう。
「まぁ、俺も鬼じゃない。二人には好きな方を選ばせてやる。自分のエゴを取るか、全体の勝利を取るか」
嫌な言い方である。
3人が戦車道を始めたのはそもそも、全国大会で優勝して廃校を撤回してもらうという目的があるからだ。
それを釣り餌にしている訳である。これも汚い大人の話術というやつだな、と常明は思っている。
「……分かりました。交代します」
「悪いな。条件さえ無けりゃ自由にやらせるんだが」
少しして二人は頷いた。
常明としても楽しんで戦車道をやってもらいたいが、なんせ優勝する、という条件がある。
これを達成するには生半可では行かない。
今ならまだポジションを交代しても間に合う。だからこそ河嶋に与える最後のチャンスとしてこの練習試合を見ていたのだ。
嫌な役をやるのも大人の勤め、ねぇ……。
そう思いながら常明はその場を後にした。