蒼い悪魔の英雄譚   作:魚の目108

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兄弟喧嘩

 

 昨夜の襲撃によって教職員だけでなく、夏休み中にもかかわらず学園内で鍛錬に励んでいた生徒たちまでもが医務室の世話になっている。

 そのため、今の破軍学園は通常の夏休み以上に静まり返っているはずだった。

 だが、その静寂を破るように、人気のない校舎には刃同士が火花を散らす金属音と、壁や地面が砕ける破砕音が絶え間なく響いている。

 

 しかし破軍学園では、時折こういった音が聞こえるのは特段珍しいことではない。

 

 学生騎士という超常の力を持った少年少女たち。

 彼らは法律では学生騎士となった瞬間に元服していると見なされ、大人と同じ扱いを受けることとなる。

 しかし、だからといって精神まで一夜にして成熟するわけではない。

 彼らの心は、まだ十代の未熟なものなのだ。

 

 そんな未熟な精神のまま強大な力を持てば、時には喧嘩や衝突の中で、その力を無闇に振るってしまうこともある。

 故に、この学園に慣れた者であれば、校舎のどこかで何かしらの破壊音が響いたところで、呆れ混じりに「またか」と呟く程度だっただろう。

 

 しかし、ある程度戦いに通じた者であれば、これがただの学生同士の小競り合いではないことに気付いたはずだ。

 

 剣同士がぶつかり合った時の音の重さや、攻防が入れ替わる間隔の短さ。

 そのどれもが並の騎士同士の戦いとは明らかに一線を画しており、互いに一線級の実力を持つ者同士が織りなす、本物の剣戟であることを裏付けている。

 

 そんな一瞬も気を抜けないであろう剣の応酬の合間に、この闘いの渦中にいる二人の男が言葉を交わしているのが聞こえてくる。

 

 これほどの領域にいる者同士だ。

 戦いの最中に交わされる言葉もまた、互いの技量を測り合うような、常人には理解の及ばない高尚なものなのだろう。

 そう思った者がいたとしても、何ら不思議はない。

 

 

 だが――

 

 

「どうよバージル先生、俺の剣は! 何かアドバイスはありますかってな!」

「お前がその名で呼ぶなッ、気色悪い! まずはその減らず口を黙らせてやる!」

 

 実際に飛び交っていたのは、達人同士の対話などとは程遠い、どうしようもなく子供じみた口喧嘩だった。

 

「そう言うなよ、俺は感動しているんだぜ? まさかお前がせ……先生とか……ククッ、おっとわりぃ、今のはわざとじゃねぇんだ」

Die(死ねッ)!」

 

 伝説の魔剣士スパーダの忘れ形見である二人の息子――バージルとダンテ。

 この二人の闘いが始まってから数分が経つというものの、互いを罵り合う言葉は一向に止まる気配がない。

 にもかかわらずその剣の応酬は、見る者が見れば目を奪われずにはいられないほど高度なものだった。

 バージルの鋭い斬撃をダンテが受け止め、ダンテの重い斬撃をバージルが紙一重で躱す。

 一歩間違えれば死に直結するであろうギリギリのラインを、二人はまるで踊るかのように華麗に搔い潜っていく。

 

「おいおい、先生がそんな乱暴な言葉遣いでいいのか? 生徒が真似するぜ?」

「ならば貴様を黙らせて、悪影響の根を断つまでだ!」

 

 バージルはいつもの居合の構えではなく、両手で刀を握り、真正面から振り下ろす。

 そんな叩きつけるような一撃を、ダンテは大剣で難なく受け止め、鍔迫り合いの状態へと持ち込んだ。

 

「ハッ、そりゃ教育熱心なこった!」

 

 互いに力任せに剣を弾いたことで、二人の距離がわずかに開く。

 その瞬間、バージルは腰に据えた鞘を掴むと、柄尻を前へ向けるようにし、ダンテの顔面目掛けて投げつける。

 不意を突くような一投。

 その速度も合わされば、避けることも敵わないであろう投擲にもかかわらず、ダンテはなおも余裕の笑みを崩さない。

 

「よっと」

 

 ダンテは上体だけを後ろへ反らし、飛来する鞘を軽々と回避する。

 しかも、それだけでは終わらない。

 自分の真上を通り過ぎようとした鞘を、なんと彼は左手で掴み取ったのだ。

 さらに、その勢いを殺さず身体を捻りながら跳躍し、空中で一回転するように体勢を入れ替える。

 

 そして、その勢いのまま鞘をバージルへと投げ返した。

 

「そら! 返してやるよ!」

 

 鞘口をバージルへ向けたまま、《閻魔刀》の鞘が一直線に飛ぶが、彼もまた動じない。

 手にしていた刀を、まるであらかじめ予期していたように、その飛来する鞘へ向けて投げ放った。

 

「フンッ!」

 

 放たれた刀身は、寸分違わず鞘口へ吸い込まれていく。

 刃が滑り込むように納まり、刀と鞘が一つになった瞬間、ぶつかり合った衝撃により、空中で《閻魔刀》の動きが止まった。

 そして、その一瞬を逃さず、バージルはダンテへ向けて地を蹴り疾走する。

 その道中で伸ばした左手が、宙に浮いた《閻魔刀》を掴み、そのまま流れるように腰へ引き寄せることで、体勢は一瞬で居合の形へと移行した。

 

 鞘を握りしめ、柄に手をかける。それと同時に抜刀。

 鋭い斬撃が着地した瞬間のダンテへ向けて走るが、その斬撃は意外にも空を切る。

 

「――ッ!」

 

 バージルは僅かに目を見開いた。

 目の前にいたはずのダンテの姿が、突然掻き消えたからだ。

 だが、そうした避け方をする姿をバージルは彼との幾たびの闘いの中で何度も目にしている。

 視界から消えたところで、次にどこから来るのかは、もはや考えるまでもない。

 バージルは振り抜いた刀を返すことなく、そのまま担ぐように背面へ回した。

 

 直後、瞬間移動(エアトリック)によって背後から現れたダンテの大剣が叩き込まれるが、事前に防御していた刀によって難なく防ぐことに成功した。

 

「チッ!」

 

 狙いを看破されたことにより、思わず舌打ちを零すダンテ。

 その声を聞いたバージルは、ダンテの思惑を挫いたことで嘲笑するかのように薄い笑みを浮かべた。そして振り返ることなく右脚を引き絞り、そのまま杭を打ち込むような後ろ蹴りをダンテの腹部へと叩き込む。

 

「へっ、残念」

 

 だが、その足すらも空を切る。

 バージルはまたもや消えたダンテの気配を追うが、それよりも早く彼の頭上に影が差し込んだ。

 

「上か……! 鬱陶しいッ!」

 

 攻撃を全て空かされたことに、思わず悪態をつきながら上を見上げると、そこには空中に突如として現れたダンテの姿が視認できた。

 バージルの記憶の中には彼が取る戦法の中に、こういった闘い方があることを知っている。

 

 縦横無尽に戦場を駆け、相手を翻弄し、惑わせ、狙いを定める隙を与えない。

 ダンテの複数ある戦法の一つである、相手を翻弄する戦法(トリックスタースタイル)

 この戦法を取る彼を捉えることは、たとえバージルであっても、なかなかに骨が折れるものだった。

 

 そしてダンテは、大剣を頭上高く掲げる。

 その姿勢は大振りで隙だらけにも見えるが、そこから叩き込まれる一撃の重さがどれほどのものか、バージルはよく知っていた。

 

「そらあッ!」

 

 ダンテは魔力を噴き上げるように放出し、その反動を利用して一気に急降下する。

 落下の勢い、己の膂力、そして大剣の重量。

 その全てを乗せた兜割り(ヘルムブレイカー)が、バージルの頭上へと振り下ろされる。

 

「舐めるな!」

 

 だが、バージルは即座に刀身を頭上へと掲げ、その一撃を受け止めた。

 

 轟音。

 

 刃と刃が噛み合った瞬間、足元の地面が円状にひび割れ、上から圧し掛かるような重圧にバージルの膝が僅かに沈み込む。

 

「ぐッ……貴様……!」

「まだまだこっからさ。Are You Ready(準備はいいか)?」

「……ッ!」

 

 頭上から叩き込まれた一撃を受け止めた直後、ダンテはそのまま力任せに押し込んできた。

 大剣の重みに加え、落下の勢いまで乗った一撃を不利な体勢で受けざるを得なかったバージルは、反撃へ移るよりも先に防御を強いられる。

 

 そこへ、ダンテの追撃が雪崩れ込んだ。

 

 右から、左から、上から、下から。

 大剣とは思えぬ速度で繰り出される連撃が、まるで死の舞踏(ダンスマカブル)のようにバージルの防御を削るように叩き込まれていく。

 この連撃もダンテの得意とする戦法の一つである攻撃に特化した戦法(ソードマスタースタイル)によるもの。

 まるで濁流のように押し寄せる斬撃に、さしものバージルも捌くことしかできず、立て直す暇すらない。

 そして、この連撃が終わりを迎える寸前、ダンテは止めとばかりに手首のスナップを利かせ、剣を逆手に持ち替える。

 

One(一発)! Two(二発目)!」

 

 続けざまに放たれた魔力の衝撃波が、至近距離からバージルへ叩き込まれる。

 一発目で《閻魔刀》の守りが軋み、二発目で刀身が大きく跳ね上げられた。

 ほんの一瞬、バージルの正面に隙が生まれる。

 

 その隙を、ダンテが見逃すはずもなかった。

 

 彼はそれを見計らったように、大きく身を引く。

 まるで大振りのバッティングフォームのように、大剣を肩口まで引き絞り――。

 

Finish(終わりだ)!」

 

 全身の体重を乗せて、横薙ぎに振り抜いた。

 

「ガハッ……!」

 

 直撃の寸前、バージルは辛うじて左手にあった鞘を盾代わりに差し込むことに成功した。

 だが、その凄まじい衝撃によって彼の身体が思い切り弾き飛ばされる。

 あまりにも強烈な痛撃を喰らったことで、自身の背後にあった食堂の壁を突き破り、中に並んでいたテーブルや椅子をまとめて薙ぎ倒しながら奥へと吹き飛ばされた。

 

 勢いよく吹き飛ばされる最中。

 バージルは何とか空中で身を捻り、崩れた体勢を強引に立て直す。

 そして刀身を床へ突き立てると、刃が床を削りながら長い傷跡を刻み、ようやくその勢いを殺した。

 普段であれば常に清潔に保たれているはずの食堂であるが、今は最早、見るも無残な状態へと変わり果てていた。

 そんな惨状の中、バージルはゆっくりと顔を上げる。

 

「チィッ……少し油断しすぎたか」

 

 そう言いながら立ち上がると、スーツに付いた埃を手で払いながら短く息を吐き、胸の内に残っていた苛立ちを押し殺す。

 本来であれば、ここまで容易く押し込まれることなどないはずであったが、ダンテに挑発されたことで頭に血が昇ってしまい、冷静な判断が出来なくなっていたようだ。

 

 バージルは思う。相手は自分の認めた唯一の好敵手であり、弟でもあるダンテ。

 こちらの癖や間合い、攻め方までも、全てを知り尽くされている。

 故に昔と同じやり方で挑めば、あの男は当然のように対応してくるだろう。

 

 ならば、見せてやればいい。

 

 この世界に来てから、自分が得たものを。

 ダンテの知らない、今の自分の力を。

 

「調子に乗るなよ、ダンテ……兄は俺だ。貴様には負けん」

 

 

*********************

 

 

 吹き飛ばされたバージルによって半壊した食堂を見つめながら、ステラは思わず息を呑んだ。

 

(あの先生が、押されてるなんて……)

 

 それは、ステラにとって信じがたい光景だった。

 これまで彼女が見てきた中で、バージルが誰かを相手に後手へ回る場面など一度たりともなかったのだから。

 ましてや、あの《比翼》を打倒し、世界最強へと至った彼が翻弄されるなど、想像すらしなかったことだ。

 

 確かに、バージル自身が「弟は自分に匹敵する」と語っていたことは知っているが、それでも実際にこの目で見るまでは、どこか現実味を持てずにいた。

 ダンテのことはまだ出会ったばかりのためよく知らないが、ここまでの短いやり取りだけでも、彼が軽薄で、どこか掴みどころのない男であることは分かっていた。

 しかし、だからこそ、その印象との落差があまりにも大きすぎたのだ。

 あれほど気安く、ふざけた調子で言葉を交わしていた男が、バージルと互角以上に渡り合っている。

 その姿は、ステラが抱いていた軽薄な男という印象を、一瞬で塗り替えるには十分だった。

 

 だが、それ以上に彼女の目を引いたのは、ダンテの闘い方そのもの。

 今まで何度かバージルの闘いを見てきたからこそ、ステラには二人の違いがはっきりと分かる。

 バージルの剣が、研ぎ澄まされた技術と型を土台にしたものだとするならば、ダンテの剣はその対極にある。

 

 型がないというわけではない。

 大剣を扱うための基本も、身体の使い方も、間合いの取り方も、確かに一流のものだ。

 だが、それだけに縛られていない。

 避けながら相手を翻弄する動きをしたかと思えば、強引にその剣で力任せに押し通す場面もある。

 一つの戦い方に固執せず、状況に応じて必要な手札を選び、瞬時に切り替えている。

 しかも、その切り替えには迷いがない。

 考えてから動いているというより、身体が先に最適解を選び取っているようにすら見えた。

 それは、積み上げた技術だけで成り立つものではない。

 戦いの流れを肌で感じ取り、相手の呼吸を読むことで次の瞬間に最も効果的な動きを選び取る、天性の勘。

 そして、それを一切の滞りなく実行できる圧倒的な戦闘センス。

 

 それらを一括りで言ってしまえば――"才能"。

 

 もちろんバージルも、ダンテと同等の強さの才能があるのだろう。

 だが、彼とダンテとではその才能の使い方が全く異なっているように見えた。

 

 例えるならばバージルは己の才能を制御し、磨き上げることにより、一つの究極へと至った完成形。

 対するダンテは、自らの才能そのものに身を委ね、自身の持つポテンシャルを最大限に引き出し、常に形を変える炎のようでもある。

 

「……ああいうふうに、戦えたら……」

 

 ステラは小さく呟く。

 才能を型に押し込めるのではなく、恐れずに解き放ち、感覚のままに乗りこなす。

 ダンテの戦い方は、今の自分に必要な答えの一つであるように思えた。

 何しろ、ステラもまた世界最高と称されるほどの魔力量を持って生まれた天才。

 それは自分でも理解しているし、疑ったことなどない。

 

 だが、破軍学園に来てからの幾多の敗北が、その確信に小さな罅を入れていた。

 一輝に敗れ、バージルと王馬には自分の得意とする領域で敗北した。

 そのたびに、自分は本当に己の才能を信じ切れているのかという疑問が、胸の奥に少しずつ積もっていく。

 

 ダンテのように、何の迷いもなく自分の才へ身を預ける。

 今のステラには、それがひどく眩しい。

 

「……ステラ。大丈夫?」

 

 隣から聞こえた声に、ステラははっと我に返った。

 見ると、パティが心配そうな表情でこちらを見つめている。

 どうやら気付かないうちに、かなり真剣に見入ってしまっていたらしい。

 そのせいで、彼女に気を遣わせてしまったのだろう。

 

「えぇ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。けど……どうしても見ておきたいの。あの二人の闘いを」

「いや、そうじゃなくて」

「え?」

 

 パティは半壊した食堂を見やり、引き攣った表情を浮かべた。

 

「これ以上被害が出る前に何とかしなくて大丈夫なのって意味なんだけど。さっき言ってた理事長先生を呼んだ方がいいんじゃないかしら……」

「え……あ、あぁ! そっちね!」

 

 ようやく意味を理解したステラは、一瞬だけ気まずそうに視線を泳がせる。

 

「えぇ~と……あと少し! あと少しだけだから! それに理事長先生だったら、建物の一つや二つくらいすぐ直せるし!」

「本当に怒られても知らないわよ……もう」

 

 そんなパティの心配をよそに、ダンテは大剣を肩に担ぎ、ボロボロの状態となった食堂の中にいるであろうバージルへ呼びかける。

 

「どうしたよバージル! 今度こそ俺が一点リードだぜ!」

 

 ステラたちの位置からでは、食堂の奥に吹き飛ばされたバージルの姿までは見えない。

 崩れた壁や舞い上がる粉塵が視界を塞ぎ、奥の様子を覆い隠しているからだ。

 だが、たとえ姿が見えなかったとして、あのバージルが倒れたままでいるなど、ステラには到底思えなかった。

 それは、彼の弟であるダンテが今も煽るように言葉を重ねていることからも理解できる。

 

 そう思っていた束の間、粉塵の奥から巨大な瓦礫が唸りを上げて飛来する。

 

「――ッ!」

 

 ステラが息を呑むより早く、ダンテは肩に担いでいた大剣を軽く振るう。

 たったそれだけで迫っていた瓦礫は、まるで豆腐でも断つかのように真っ二つに両断され、ダンテの左右をすり抜けて背後の地面へ叩きつけられた。

 

「物を投げるなんて行儀が悪いぜ。母さんに言われただろ」

 

 軽口を叩くダンテだったが、その視線は真っ直ぐ食堂の奥へ向けられている。

 すると、程なくして粉塵の向こうから歩いてくる足音が聞こえてきた。

 

「言われていたのは主にお前だったがな」

 

 そう言い返しながら、バージルは食堂の壊れた壁から現れるや否や、跳躍。

 ダンテから少しだけ離れた間合いに着地をすると、両手で刀を顔の傍らへ掲げ、切っ先を相手へ向けながら腰を下ろす。

 

「なんか仕掛けようって(ツラ)だな。どんなサプライズを見せてくれるんだ?」

「さぁな。だが、見ていろ。すぐに同点に戻してやる」

「へぇ、面白ぇ」

 

 その言葉を機に、場の空気が変わった。

 あの常に飄々としていたダンテの目が鋭くなり、バージルから視線を逸らさず身構える。

 

(うっ……すごい剣気だわ……)

 

 ステラは無意識に息を詰めた。

 先ほどまで子供じみた罵り合いをしていたとは思えない真剣な眼差しをぶつけ合う二人の圧が、この周囲一帯をまるで異界に連れ去ったかのようにさえ感じさせる。

 

(これが、世界の頂点同士の本気なのね……)

 

 しばらくの睨み合いの末、互いに同時に地を蹴り、疾走。

 そして、その錯綜の最中、最初に攻撃を繰り出したのはダンテの方だった。

 

「イイィイヤアァッッ――!」

 

 大剣を肩口に引き絞り、弾丸のような勢いで一直線に突進する。

 狙いはバージルの胸元。

 荒々しい踏み込みとは裏腹に、切っ先の軌道には一切のぶれがない。

 大剣の重量、踏み込みの速度、そしてダンテ自身の膂力。

 その全てを一点に集約した突き(スティンガー)

 

 一体、どれほどの回数をこなせば、これほど洗練された突きを放てるのだろうか。

 ステラの目から見ても、そう思えるほど、この戦いの中でひときわ完成度の高い一撃だった。

 

 しかし――

 

「――ッ!?」

 

 驚きの声を上げたのは、ダンテ。

 大剣の切っ先は、確かにバージルの胸元を貫いたはずだった。

 しかし、そこに手応えなどなく、まるで幻を突いたかのように剣の切っ先はバージルの身体をすり抜けていたのだ。

 

「あ、あれは、イッキのッ!?」

 

 ステラは思わず声を漏らす。

 

 落第騎士(ワーストワン)の切り札の一つ。

 第四秘剣《蜃気楼》。

 

 それは体捌きの急激な緩急によって残像を作り出し、相手の認識をずらすことで、ほんの僅かな隙を生み出す技。

 しかも厄介なのは、未熟な相手よりも、むしろ達人であればあるほど引っかかりやすいという点にある。

 優れた戦士ほど、相手の重心、呼吸、視線、筋肉の動きから次の行動を読み取る。

 だからこそ、精巧に作られた“偽の動き”を本物と誤認してしまう。

 そして、バージルほどの強者に言わせてみれば、その一瞬の錯覚は致命的な隙となり得た。

 

「もらった」

 

 バージルは自ら作り出した残像の横からダンテの懐に入り込み、そのまま横薙ぎの一撃を見舞おうとする。

 まさしく、ダンテにとっては絶体絶命の状況。

 こうなってしまっては、如何な彼であろうとも一撃をもらってしまうのは必定であっただろう。

 

「ハッ、甘ぇよ!」

 

 だが、さすがはバージルの弟というべきか。

 ダンテは即座にその不意打ちにすら反応した。

 突き出した大剣をそのまま地面へと突き刺し、勢いを殺すどころか逆に利用する。

 柄を支点に身体を跳ね上げ、バージルの斬撃から逃れるように空中へと舞い上がった。

 

 完全に間合いの外へ逃れた。

 少なくとも、ダンテはそう判断したはずだった。

 

「あ?」

 

 ダンテの目が見開かれる。

 地上で横薙ぎを放ったはずのバージルの姿が、まるで陽炎のように再び揺らいだのだ。

 

「お前がな」

 

 声は、上から降ってきた。

 ダンテが視線を上げた時には、すでに遅く、彼にしては珍しくその顔から余裕が消えていた。

 何故ならば本物のバージルは、彼よりもさらに高い位置にいたからだ。

 

 これこそ、バージルの仕掛けた策だった。

 一つ目の《蜃気楼》で突きを誘い、二つ目の《蜃気楼》で回避先を空中へ限定する。

 横薙ぎの一撃すら、本命ではなかったということ。

 そしてダンテが空中へ逃れることまで読んだ上で、そこに先回りしていたのだ。

 

 バージルは刀を両手で握り締め、頭上から一気に振り下ろす。

 

「ハアァアアアアアッ!!!」

「ぐぉッ!?」

 

 ダンテは咄嗟に大剣の腹を盾にするが、不完全な体勢で受け止めたその一撃はあまりにも重い。

 衝撃が大剣越しにダンテの身体を貫き、彼を背後の校舎へ向けて弾き飛ばす。

 空気を裂きながら吹き飛んだダンテは、そのまま壁へ激突する。

 直後、轟音と共に壁が砕け、彼の身体は校舎の中へと消えていった。

 

 そしてバージルは悠々と地面に降り立つと、刀を鞘に納めながら静かに息を吐く。

 

「あいつの真似事だったが、存外うまくいったようだな」

 

 そう呟くバージルに、ステラは舌を巻く思いだった。

 何しろ、出会った時点ですでに圧倒的な強さを持っていた彼が、自身よりも弱い存在であるはずの一輝の技術すら吸収し、それを自らの戦いの中へ組み込んでみせたのだから。

 普通なら、あれだけの力があれば、それ以上を求める必要などないと思ってしまうだろう。

 

 だが、バージルは違う。

 

 自分にないもの、有用だと判断したもの、勝利へ繋がる可能性のあるもの。

 それがたとえ教え子の技であろうと、彼は躊躇なく取り込み、己の力へと変えてしまう。

 強者としての自覚を持ちながらも、なお貪欲に力を求めるその姿勢は、一輝の背中を追いかけている今のステラにも通ずるものがある。

 

(……二人の戦いを見れば何か掴めるかと思ったけど、何だか、逆に分からなくなってきたわ……)

 

 ダンテのように、自分の持つ才能に身を委ね、感覚のままに力を引き出すべきなのか。

 それともバージルのように、どんな技術であろうと貪欲に掴み取り、自分の中へ取り込むべきなのか。

 二人の強さは、同じ高さにありながら、その在り方がまるで異なっている。

 だからこそ、ステラは決めかねていた。

 技術では一輝に劣り、力では王馬に劣る。

 そんな自分が目指すべき強さとは、一体どちらなのか。

 

 どちらの道も同様に歩むべきというのは簡単だ。

 しかし、今のステラには時間がない。

 七星剣武祭が始まるまでの短期間で、そんな中途半端なことをすれば、どっちつかずのまま一輝や王馬に追い縋ることもできずに敗北するだろう。

 

(アタシは……どうすればいいの……?)

 

 思考が迷路のように絡まりかけた、その時。

 

 砕けた校舎の奥から瓦礫が崩れる音が響く。

 次いで、何事もなかったかのように、ダンテがぽんと外へ跳び出してきた。

 赤いコートには埃が付着し、髪にも細かな破片が混じっているが、本人は大した怪我などしていないとばかりに首を回し、頭を掻きながらバージルの方へ歩いてくる。

 

「痛ってぇな。まさか俺が化かされるとは思わなかったぜ。いつの間にそんな手品が使えるようになったんだ?」

「……さぁな」

 

 バージルは素っ気なく答えるだけだったが、彼の様子だけでダンテは何かを察したように目を細める。

 

「ふぅん、なるほどな……」

 

 ダンテはちらりとステラの方へ視線を向け、次いで破軍学園の校舎へ目をやった。

 

「ここで、色々と面白いもんを覚えたってわけか」

「お前に説明する義理はない」

「ハッ、照れんなよ」

 

 ダンテは楽しげに笑い、大剣を肩へ担ぎ直す。

 

「まぁいいさ。それより、まさかこれで終わりだなんて言わねぇよな?」

「当たり前だ。このまま同点で終われるか。さっさと続きをやるぞ」

 

 そうして二人は、再び構えを取った。

 

 先ほどまで以上に空気が張り詰めていく。

 互いに一撃を取り合ったことで、次はさらに踏み込んだ攻防になる。

 それは、離れた場所から見ていたステラにも容易に分かった。

 

 だが、二人が地を蹴ろうとした、その瞬間。

 

「《クロックドロウ》」

 

 静かな声が響いた直後、バージルとダンテの周囲に無数の弾丸が現れる。

 それらは一斉に軌道を描き、二人へ向けて殺到した。

 

「「ッ!」」

 

 しかし、二人は即座に反応する。

 バージルは弾道を見極め、身体を半身にずらすことで必要最小限の弾丸だけを斬り落とす。それと同時に左手に持っている鞘で以て、迫りくる弾丸の軌道を逸らしていく。

 対してダンテは手に持っていた大剣を納め、瞬時に懐から白黒の二丁拳銃を取り出すと、まるで舞うように身体を回転させながら乱射する。

 明らかに狙いを定めているわけではないであろう滅茶苦茶な撃ち方にもかかわらず、寸分違わず迫りくる銃弾を尽く撃ち落とす。

 

 程なくして、二人は互いに背を預ける形で押し寄せる全ての弾丸を捌き切った。

 

 突如として現れた無数の弾丸に、先ほどまで戦いを眺めていたパティが目を丸くする。

 

「何、今の!? 急に弾丸が……!」

「今のは……」

 

 ステラには分かる。

 何しろ、今放たれた弾丸の主は自分たちのよく知る人物のものだったからだ。

 そして、その人物が頭に浮かんだ直後、ステラたちの背後から聞き慣れた声が響いた。

 

「今朝方ぶりだなバージル。随分と楽しそうじゃないか」

 

 ステラはぎくりと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。それと同時に、バージルたちも声の主の元へと視線を向ける。

 そこにいたのは、ダンテの持つ銃と似たような白黒の二丁拳銃を手に持ったスーツ姿の麗人。

 

 破軍学園理事長――新宮寺黒乃の姿があった。

 

 ゆっくりとこちらへ近づいてくる彼女をよく見てみると、その目元には濃い隈が浮かんでおり、瞳にはドス黒い殺意が渦巻いている。

 しかも、その周囲にはあまりの殺気に空間が歪んで揺れているような錯覚すら覚えるほどだ。

 そんな姿を見れば、どんな節穴の目を持っていたとしても誰しもが理解できるであろう。

 

 彼女は今、猛烈にキレているのだと。

 

 そしてステラとパティの横を通り過ぎ、バージルたちの目の前で立ち止まると、悪魔すら震えるような低い声音で話し始める。

 

「昨日、私が徹夜をしてまで直した学園が、何でこんなことになっているのか……ちゃんと説明してくれるんだろうな? なぁ、バージル?」

「……む、いや、これは……」

 

 普段の黒乃とはまるで違う、静かで重い怒気。

 それを真正面から向けられたバージルは、いつもの傲岸不遜な態度も鳴りを潜め、珍しく答えに窮していた。

 

「今朝の私の様子を見て、ここの修繕にどれだけ時間をかけたのか分からなかったか? それだけじゃない。昨日の襲撃と《比翼》の件で、今もその対応に追われているというのに、私の手伝いをほっぽり出して何をやっているのかと思えば……」

 

 黒乃はゆっくりと視線を巡らせる。

 

 抉れてボコボコになっている地面。

 穴の開いた校舎。

 半壊してテーブルや椅子が散乱した食堂。

 そこかしこに点在する瓦礫。

 

 それらを一つ一つ確認した後、彼女は再びバージルへと視線を戻した。

 

「まさか、弟と一緒に学園を破壊して回って遊んでいるとはな。兄弟の感動の再会ではしゃいでしまうのも分かるが、少々度が過ぎているとは思わないか? えぇ? バージル?」

「…………」

 

 バージルはバツが悪そうに冷や汗をかきながら、何も言えずに黙りこくるしかない。

 というよりも、言い訳の余地がないといった方が正しいだろう。

 いつものバージルであれば、反論の言葉がありそうなものだが、さすがの彼といえども今の状況は全面的に自分が悪いと感じているようだった。

 

 そして、そんなただならぬ雰囲気を察したのか、ダンテがそっと後ずさる。

 

「あー……ちょっと急用を思い出したんだった。俺たちはこれで――」

「動くな」

 

 黒乃の鋭く突き刺すような声が低く響いた。

 同時に、彼女の霊装である白銀の拳銃型霊装《エンノイア》の銃口が、ぴたりとダンテの頭へと向けられる。

 

「うちの敷地をここまで破壊しておいて、ただで帰れると思っているのか?」

「……なぁ、俺はあいつに喧嘩を売られたから仕方なくってやつで――」

 

 ダンテが言い切る前。

 パァンッという発砲音と共に、銃弾が彼の顔面の横を通り過ぎた。

 

「言い訳無用だ。お前もここにいろ」

「……オーケー。……全く、出会い頭に剣や鉛玉をぶち込んでくる女に何でこうも縁があんのかねぇ……泣けるぜ……」

 

 ダンテは渋々といった様子で、何やらブツブツと文句を言いつつも、その場に大人しく留まる。

 だが、黒乃の矛先はそこで終わらなかった。

 

「そして、ヴァーミリオン」

「は、はいッ!」

 

 突然名を呼ばれ、ステラは思わず裏返った声を上げた。

 振り返った黒乃の視線が、今度はまっすぐステラへ向けられる。

 その瞬間、ステラの背筋がこれまでの戦闘とは別種の緊張で強張った。

 

「随分と熱心に、二人の破壊活動を見守っていたようだが」

「うっ……」

「こういった時、どうするのが正解だったと思う? 今年、主席で入学した優秀なお前なら、当然理解しているものだと思っているが」

「り、理事長先生にすぐ報告するべきでした!」

「ほう。分かっているじゃないか」

 

 黒乃はにこりと笑う。

 笑顔とは本来攻撃的な性質を持っているとされているが、今の黒乃はまさにそれだ。

 彼女の剥き出しになった犬歯がギラリときらめいて、こちらを喰い殺さんとしているようでもあった。

 

「なら……何故そうしなかった?」

「……そ、それは……」

 

 ステラは気まずそうに視線を泳がせる。

 正直に言えば、見入っていたとしか言いようがない。

 止めるよりも先に、あの二人の戦いから何かを学べるのではないかと思ってしまったのだから。

 だがそんなことを言えば、瞬時にその弾丸によって身体を穴だらけにされるのは目に見えている。

 とはいえ、何かしら言い訳をしようものなら来週の七星剣武祭の期間中、ずっとベッドの上で過ごさなければならない可能性すらあった。

 故にステラが取れる選択としては、せめて七星剣武祭には出場できるくらいの軽傷に留めてくれるように祈りながら、包み隠さず本音を話すことしかない。

 

「その……昨日の襲撃で何もできずに負けたのが悔しくて……だから、二人の闘いを見れば何か掴めるんじゃないかと思ったというか……」

「学園が壊れていく様子を眺めながらか?」

「……はい」

「良い度胸だな」

「すみませんでした!」

 

 腰を九十度に曲げての全力の謝罪。

 これで許されないようであれば、最早土下座も辞さない。

 そう思ってから何秒が経っただろうか。

 だがしばらくすると、目の前から感じていた殺気が徐々に薄らいでいくのを感じた。

 

「はぁ……まぁいい。頭を上げろヴァーミリオン。大方、原因は後ろにいる馬鹿二人なのだろうからな」

 

 そう言われ、ホッと胸を撫で下ろしながら頭を上げるステラ。

 確かに、こちらを見つめるその目には報告を怠った自分への呆れはあれど、先ほどまでの全てを殺し尽くすような殺気は鳴りを潜めている。

 黒乃は次いでステラの横にいるパティに目を向けて、問いかける。

 

「それで、横にいる君は一体何なんだ?」

「え~っと、私はダンテの保護者というか……その、本当にごめんなさい……! ダンテに代わって謝ります!」

「何言ってんだ。保護者は俺だろ」

 

 余計な茶々を入れてくるダンテに、パティは「うるさい!」と怒鳴り付ける。

 今もそうだが、ここに来る道中でのパティとダンテのやり取りを見るに、ダンテが彼女の尻に敷かれていることは明らかだ。

 それは今しがた二人のやり取りを見た黒乃も感じ取ったのか、彼女を問い詰めるようなことはしなかった。

 

「……お前たち二人に関しては、とりあえず無罪放免ということで許そう」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。少なくとも、直接学園を破壊していたわけではないからな」

 

 パティとステラが安堵したのも束の間、黒乃の視線はそのまま後ろにいる二人の男へと向けられる。

 

「だが、そこの男共は別だ。お前らには私が手ずから罰を与えてやる」

 

 黒乃は白黒の二丁拳銃を手の中でくるりと回し、先ほどと同等の殺気を持った視線で二人を射抜いた。

 

「……新宮寺、待て。話せば分かる」

「俺は客人だぜ? もう少し手厚くもてなしてくれても――」

「黙れ」

 

 黒乃の声が低く響いた。

 その一言だけで、ダンテの軽口はぴたりと止まる。

 バージルもまた、下手に口を挟めば火に油を注ぐだけだと悟ったのか、無言のまま視線を逸らした。

 

「客人だろうが何だろうが関係ない。うちの敷地をここまで壊した以上、相応の責任は取ってもらう。まず、バージル」

「……何だ」

「お前はこの後、ヴァーミリオンの訓練を見てやれ」

 

 それを聞いたステラから思わず「え……」という呆けたような声が漏れる。

 当然だろう。何しろ、これは罰にすらなっていない。ここに赴任した直後のバージルであれば、罰になり得たかもしれないが、今の彼は生徒に関することであれば、面倒そうな顔はすれども別に断ることなどない。

 というよりも、ここに来る前にステラがバージルに対して頼もうと思っていたことだ。

 

「……それは罰になるのか?」

 

 バージルも同様の思いに駆られたのか、わずかに眉を寄せながら疑問を投げかける。

 だが、その反応を見た黒乃はバージルを鋭い視線で睨みつける。

 

「ほう。罰にならない、と。なら別のものにするか。昨日の襲撃と《比翼》の件の追加報告、それから始末書――」

「待て」

 

 淡々と口にする罰の内容に、バージルは即座に口を挟んだ。

 

「こいつの訓練を見る。それで構わん」

「賢明な判断だな」

「教師として、生徒の鍛錬を見るのは当然の責務だからな」

「さっきまで学園を壊していた奴がよく言う」

「…………」

 

 黒乃は呆れたように息を吐くと、今度はダンテへ視線を向けた。

 

「それと、お前もだ」

「あ? 俺もかよ。悪いが、そういう面倒なことは兄貴に任せる主義でね」

「そうか。なら、お前には修繕費を請求する」

「……修繕費?」

 

 黒乃は半壊した食堂と砕けた校舎を指差す。

 

「食堂の壁、校舎の外壁、窓ガラス、床、備品。ついでにその他諸々まとめて請求してやる」

「…………」

 

 ダンテは数秒だけ沈黙した後、面倒くさそうに肩を竦めた。

 

「分かったよ。ここに来てまで借金取りに追われたくねぇ。姫様の特訓に付き合えばいいんだろ?」

 

 渋々といった様子で承諾するダンテを見ながら、ステラは胸の内で小さく息を呑んだ。

 バージルだけではない。

 ダンテまでもが、自分の鍛錬に付き合うことになった。

 先ほどまで目の前で見せつけられた、まったく異なる二つの強さ。

 その両方から、直接学べる機会が与えられたのだ。

 これは明らかに、黒乃が悩んでいる自分のことを(おもんばか)ってくれたのだと、ステラはすぐに理解し、今度は謝罪ではなく感謝の意を伝えるための礼をする。

 

「理事長先生! ありがとうございますッ!」

「……別に感謝される謂れはないぞ。これはあの馬鹿共への罰なんだからな。まぁ、今回の七星剣武祭は例年とは違って色々な思惑が絡んでいる。それに巻き込んでしまった私からのせめてもの謝罪だと思ってくれ」

「別に理事長先生が気にすることじゃないわよ。でも、こんな機会をくれたからには絶対に優勝して応えてみせるわ」

「そうか……そう言ってもらえるならありがたい。期待しているぞヴァーミリオン」

 

 先ほどまでとは打って変わり、そこには悩む生徒の背中を押そうとする、いつもの黒乃の姿があった。だが、彼女は再度バージルの方へと視線を戻し、表情を引き締める。

 

「ちなみにだが、訓練はうちで管理している奥多摩の合宿所でやってくれ。巨人事件があってからというもの、まだ原因は分かっていないが、お前らなら別に危険でも何でもないだろう」

「別に構わんが……何故、わざわざそんな遠出をしなければならない?」

 

 当然のように問い返すバージルに、黒乃のこめかみがぴくりと動いた。

 ステラは思わず「あ」と小さく声を漏らしそうになる。

 今の発言が、明らかに黒乃の怒りを再度刺激したと分かったからだ。

 

「お前……今の惨状を作り出しておいて、よく抜け抜けとそんなことが言えるな。そもそも、ヴァーミリオンだけでも学園の訓練場は狭すぎるだろうが。だからせめて、やるなら向こうでやってくれ。合宿所ならいくら暴れたって構わん。……山を消し飛ばしたりしなければな」

「……善処しよう」

「いいか? く・れ・ぐ・れ・も、合宿所そのものを吹き飛ばすなんて真似はやめてくれよ? いいな? 今朝も言ったが信じているからな? これはフリじゃないぞ?」

「……あぁ。分かった」

 

 バージルの返事を聞いても、黒乃の表情はまるで晴れることはなく、むしろ余計に不安が増したようにすら見えた。

 黒乃はやれやれと眉間に指をあてながら頭を振ると、おもむろにバージルへ近づき、耳打ちするように小声で囁く。

 

「それと、あいつのことは今は連盟には伏せておいてやる。だから問題行動を起こさないよう、兄であるお前がきっちりと面倒を見ておけよ」

「なぜ俺が……それが一番難しいんだが……」

 

 二人の会話はステラたちの耳に届くことはなかったが、どうもバージルの困った表情を見るに無理難題を押し付けられていることだけは分かった。

 すると、今度はダンテがボヤくように言葉を漏らす。

 

「はぁ、アイツに会いに来ただけだってのに、何か妙なことになっちまったな」

「自業自得よ。まぁいいんじゃない、別に。長旅の良い息抜きになるし」

「お前はな。俺は働かされることになってるわけだが」

「いつも昼寝してるよりはマシでしょ。たまには働きなさいよ」

「…………」

 

 どうやらこの兄弟は、強い女性には敵わないらしい。

 黒乃に言い含められたバージルも、パティに小言を言われたダンテも、どこか釈然としない顔をしながらも、結局、それ以上言い返すことはなかった。

 

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