時は半年前まで遡る。
魔界で偶然見つけた空間の裂け目。
その中へ引きずり込まれたバージルを追って飛び込んだダンテが辿り着いたのは、とある田舎の港町だった。
明らかに普通ではなかった裂け目から、こうもあっさり人間界へ戻ってこられたことには若干拍子抜けしたものの、無事に戻れたこと自体は素直に喜ばしかった。
バージルの姿は近くに居ないようだったが、恐らく自分とは別の場所へ放り出されたのだろう。
とはいえ、どこへ飛ばされていようとアイツなら問題ない。
いずれ喧嘩の続きをするために何食わぬ顔でひょっこり姿を現すだろうと、ダンテもその程度にしか考えていなかった。
ひとまずダンテはその足で、自らが経営する便利屋兼悪魔狩人の事務所――『Devil May Cry』へと帰ってきていた。
放り出された港町は事務所から遠く離れており、戻ってくるだけでもかなりの時間を要したが、それでもようやく我が家へと帰ってこられたのだ。
レッドグレイブ市での一件より以前から続く金欠のせいで、もう何か月もピザとストロベリーサンデーにはありつけていない。
ひとまず今日はツケでも何でもいいから出前でも頼み、久しぶりの我が家でゆっくり一息つくつもりだった。
しかし――。
「おい、嘘だろ……」
既に陽が傾きかけている中、ダンテは愕然としながら呟きを洩らす。
目の前に広がっている光景は自身にとってあまりにも衝撃的だったのだ。
何故ならば。
「……売られてやがる」
数十年もの間、事務所として、そして自宅として使い続けてきた『Devil May Cry』。
その建物が、見事なまでに売り家として出されていた。
かつて入口を赤く照らしていた『Devil May Cry』のネオンサインは跡形もなく撤去され、まるでそんな店など最初から存在していなかったかのように、古びた建物だけがそこに佇んでいる。
さらには追い打ちをかけるように、扉には堂々と『売り家』であることを示す張り紙まで貼られていた。
「…………」
ダンテは呆然とそれを見つめる。
普段の彼ならば、どれほど絶望的な状況へ追い込まれようとも冗談を口にして笑ってみせる。
生来の性格もあるが、長い年月の中で幾度となく死線を潜り抜けた彼の精神は多少の出来事で取り乱すようなことはない。
しかし、今のダンテにそんな余裕はなかった。
如何に物への執着が薄いダンテといえど、数十年にわたって事務所兼自宅として使ってきた場所が、知らぬ間に売り払われているとなれば話は別。
豪華でもなければ住み心地がいいわけでもないが、それなりに愛着というものはある。
「モリソンのヤツは何をやってんだ……」
続いてダンテの口から零れたのは、古くから付き合いのある仲介屋の名だった。
モリソンは悪魔絡みの依頼をダンテへ斡旋してくれる、いわば仕事上の窓口のような存在だ。長い付き合いの中で幾度となく世話になっており、面倒事を持ち込んでくることこそ多いものの、その仕事ぶりについてダンテは信頼を置いている。
だからこそ、レッドグレイブ市での一件へ向かう前にも、事務所の権利書を彼へ預けていた。
自分が留守にしている間、仕事仲間であるトリッシュとレディ――特に借金の取り立てに容赦のない後者に、事務所をどうこうされないためである。
ところが戻ってみれば奪われるどころか、事務所そのものが売りに出されているという考え得る限り最悪の状況となっていた。
まさかモリソンに裏切られたのか。
そんな考えが頭を過り、さしものダンテもこればかりは苛立ちを覚えずにはいられなかった。
だが、一瞬だけ浮かんだその疑念をダンテはすぐに自ら否定する。
「……いや、アイツに限ってそんなことするか……?」
モリソンは金の管理に疎い自分とは違い、その辺りもしっかりしている男だ。それに、わざわざ長年の付き合いを反故にしてまで、人の事務所を勝手に売り払うような真似をするとも思えない。
となれば、次に浮かぶのは別の二人の顔だった。
「……まさかあいつらが売り飛ばしやがったんじゃねぇだろうな」
トリッシュとレディだ。
もっとも、トリッシュについてはすぐに候補から外れる。
彼女は自由気ままなところはあるが、ダンテの留守をいいことに事務所そのものを処分するほど悪趣味ではない。
そもそも、あの事務所はかつて彼女と共に悪魔狩りをしていた頃、『Devil Never Cry』の名を掲げていた場所でもある。
ダンテだけでなく、トリッシュにとっても少なからず思い入れのある場所なのだ。
自分の物にするのならば分かるが、わざわざ売り払う理由などないだろう。
問題はレディである。
ダンテには、彼女から借りたまま積もりに積もった借金がある。
特に最近は生活費すらまともに払えないほど困窮していたため、返済も滞りっぱなしだった。
それにしびれを切らしたレディがモリソンから無理やり権利書をもぎ取り、事務所を差し押さえた挙げ句そのまま売却した。
そんな強硬手段に出たとしても全くあり得ないとは言い切れない。
「とりあえずどうするか……」
モリソンに事情を尋ねようにも、いつも向こうから仕事を持ってくるため、ダンテはそもそもモリソンの居場所を知らない。レディとトリッシュに関しては常に各地を転々としているせいでより見当がつかない。他にも知り合いがいるにはいるが、この事務所が売られた事情など、その三人以外には深く関わりがないため知る由もないだろう。
もはや完全に手詰まり。
これなら、まだ魔界で人間界への道を探す方が幾分かマシだった。
「クソ、参ったな……今日はもうどこかで野宿でもするしかねぇか?」
半ば諦めかけたその時。
不意に後ろから少女の声が聞こえてきた。
「ねぇ、あなた大丈夫? 大分困ってるみたいだけど、こんな所で何してるの?」
「……ん?」
聞き覚えのある声だった。
そして同時に、ダンテは今さらながら思い出す。
モリソンやレディたちほど直接事情を知っているかは分からないが、この事務所へ何度も足を運んでいた人間なら、もう一人いるではないか。
そう思い至った瞬間、ダンテはすぐさま振り返り、その少女の名を呼んだ。
「パティか!」
そこに立っていたのは、夕陽を受けて美しい金髪を輝かせる少女――パティ・ローエルだった。
ダンテにとっては、随分と長い付き合いになる少女である。
出会いのきっかけは、まだ幼かった彼女を護衛するという一件の依頼だった。それ以来、何かと『Devil May Cry』へ顔を出しては散らかった事務所を勝手に片付け、だらしない生活を送るダンテへ小言を飛ばしてくるようになった。
成長してからは昔ほど頻繁に訪れなくなったものの、それでも顔を合わせれば説教が飛んでくるし、何だかんだと理由をつけてはプレゼントを要求される。
常日頃から『非日常』を生きるダンテからすると、数少ない『日常』へと自身を引き込む少女。それが、パティ・ローエルという少女だった。
何にせよ、彼女ならば事務所について何か知っているかもしれない。
ようやく事情を聞けそうな相手が現れたことに、ダンテは僅かに安堵した――のだが。
「……何で私の名前を知ってるの?」
「あ?」
「私たち、どこかで会ったことあったかしら?」
首を傾げながらそう尋ねるパティの表情には、明らかな警戒の色が浮かんでいた。
その反応にダンテは一瞬面食らう。
だが、すぐに「ああ」と納得したように思い出した。
心当たりならある。
レッドグレイブでの仕事の前に彼女から誕生パーティのお誘いがあったのだが、それを事情も告げずに無理やり断ったのだ。
(あれから何か月も経ってるってのに、まだ根に持ってやがったか……)
知らないふりまでしてくるとは、随分とご立腹らしい。そう解釈したダンテは、面倒そうに頭を掻きながら謝罪を口にする。
「なぁ、誕生パーティに出れなかったのは悪かったって。あの時はデカい仕事があったんだ。分かるだろ?」
そう事情を説明しても、パティの表情が晴れることはなかった。
それどころか、先ほどまで以上に警戒を強め、怪しいものでも見るようにダンテを睨み始めた。
どうやら、そう簡単に機嫌を直してくれそうにはないらしい。
「あー……確か十八になったんだったか? 悪いが今は持ち合わせがなくてな、誕生日プレゼントは次の依頼の報酬が入ったら買ってやるから――」
「ちょっと待って」
「あ?」
パティが一歩、後ずさる。
「何であなた、私の誕生パーティのことまで知ってるの?」
「何でって、そりゃ……お前が電話で――」
「それに私の歳も知ってるし、名前まで……」
先ほどまでとは違う意味で、パティの顔が徐々に強張っていく。
「もしかして……」
「……?」
普段とは明らかに様子の違うパティを前にし、ダンテは思わず首を傾げる。
するとパティは、自分の身体を庇うように両腕を抱きながら、勢いよくダンテを指差した。
「あなた……私のストーカー!?」
あまりにも予想外の言葉に、ダンテの思考が一瞬だけ止まる。
まさかこの歳になってストーカーの烙印を押されるとは夢にも思わなかった。
「おい、待て待て待て待て」
「何が待てよ! 名前だけならまだしも、歳も誕生日も知ってるなんてどう考えてもおかしいでしょ! 今日はどうも視線を感じるかと思ったら、やっぱりそういうことだったのね!」
「いや、だから俺とお前は――」
「近寄らないで! これ以上近づいたら警察呼ぶわよ!」
一歩踏み出したダンテに合わせて、パティも大きく後ろへ下がる。
喧嘩した際、彼女はよくこうして騒ぎ立てることが多かったが、今回はあまりにも度を越えているとしか思えない。
「おい、そろそろ悪ふざけは止して話を聞いてくれって」
「ストーカーの話なんて聞くわけないでしょ!」
「だからストーカーじゃねぇって」
ここの敷地はどちらかといえば人通りが少ないとはいえ、これほど騒ぎ続けていればいずれ本当に警察がやって来かねない。
「……ったく、どうなってんだ……?」
売りに出された自宅に自分の事を知らないと言い出すパティ。
ここへ戻ってきてからというもの、訳の分からないことが立て続けに起きている。
流石のダンテも、ようやく単なる行き違いでは済まない何かが起きていることを感じていた。
*********************
それからしばらくして。
場所を近くの公園へ移した二人は、少し距離を空けてベンチへ腰を下ろしていた。
ひとまず大声で騒ぐのをやめてもらうことには成功したものの、パティの警戒が解けたわけではない。
ベンチの端に座り、いつでも逃げ出せるよう身構えながら、未だ疑わしそうな視線をダンテへ向けている。
「ダンテだったかしら……話くらいは聞いてあげる。でも変なことしたら本当に警察呼ぶからね」
「分かったから落ち着いてくれ」
それからダンテは、パティにいくつかの質問を投げかけた。
自分との面識は本当にないのか。『Devil May Cry』という名に覚えはないのか。モリソンやレディ、トリッシュといった共通の知人についても尋ねてみたが、返ってきたのはどれも「知らない」という答えばかりだった。
挙げ句の果てには、悪魔について尋ねても、パティが知っているのは宗教や物語に登場する空想上の存在としてだけ。
ここまでくると、単に記憶を失っているという話ではなさそうだった。
「……マジでどうなってんだ?」
ダンテが眉間に皺を寄せて考え込んでいると、不意にパティの首元にあるべきものがないことに気が付いた。
「そういえばお前……ペンダントはどうしたんだ?」
幼い頃から、彼女が肌身離さず身に着けていたペンダント。
まだ母親の行方も分からず孤児として暮らしていた頃のパティは、その中に収められた母親の写真を時折眺めていた。
普段は年齢以上にませていて、こちらがうんざりするほど口やかましい少女が、その時ばかりは年相応に寂しがっている表情をしていたことをダンテも覚えている。
今は母親とも再会して共に暮らせるようになったが、それでも大切な思い出の品であることに変わりはないだろう。そう簡単に手放すようなものではないはずだ。
「ペンダント……? ちょっと待って、私の
「
聞き覚えのない単語がパティの口から出たことに首を傾げると、彼女が突然、胸元に手をかざして集中するかのように目を閉じる。
「――来て《エンピレオ》」
その一言と共に、淡い光が彼女の胸元へ集まっていく。
やがて光が形を成し、パティの首元に一つのペンダントが現れた。
「これが私の霊装よ」
「…………」
ダンテは呆気に取られる。
もちろん突然虚空からペンダントを取り出したというのもそうだが、今のパティからは、はっきりと魔力の気配を感じるからだ。
だが、ダンテの知る限りパティ・ローエルは普通の人間だ。
少々特殊な家系に生まれてはいるものの、自ら魔力を生み出したり、それを具現化したりするような力など持っていなかった。
「……随分と面白い手品ができるんだな。そういうのは俺の専売特許かと思ってたが」
「ていうことはあなたも
「超能力者?」
「あなた、ホントに大丈夫? 世間知らずにもほどがあるでしょ」
パティは呆れたように眉をひそめながら、超能力者について簡単に説明し始めた。
生まれつき特殊な力を持つ者が存在すること。
そうした者たちは、自らの魂を
国によって呼称は異なるが、アメリカではそういった存在を超能力者と呼んでいること。
どれも、ダンテにとっては聞いたことのない話ばかりだった。
それも、ごく一部の人間だけが知る裏社会の話というわけではない。パティの口ぶりからすれば、この世界では広く知られた常識らしい。
「なんだそりゃ……だったらお前はどんな能力者なんだ?」
「魔力を溜めておけるのよ」
「……それだけか?」
「それだけって何よ、失礼ね! ちょっと手を出してみなさい」
「手? って、うおっ……何だこりゃ」
言われた通りに手を差し出すと、パティがその手に触れてくる。その瞬間、自身の体内の魔力が彼女の中に吸い込まれていくのを感じた。
突然の出来事に驚くと同時に、何故かパティも同様に驚いた様子でこちらを見つめてくる。
「え、すご……あなた、とんでもない魔力量ね。全然底が見えないわ」
「お褒めに預かりどうも。ちなみにこいつは、どういう仕組みなんだ?」
「こうやって自分の魔力だけじゃなくて、別の人の魔力も蓄えておけるの。必要になったら取り出して魔力が切れた人に分け与えることもできるわ」
「なるほどな。つまりは充電器みてぇなもんってことか」
「そうだけど……なんかその言い方、腹立つわね……」
どこか不満そうに言うパティだったが、ダンテは改めて《エンピレオ》へ目を向ける。
他者の魔力を受け取り、そのまま内部へ保存しておける。
それだけ聞けば、特に派手さのない能力だった。
少なくとも常に尽きることのない膨大な魔力を持っているダンテにとっては、世話になることのない力だ。
「……ところでいつまで吸い続けるつもりなんだ?」
「あ、ごめん……!」
我に返ったパティが慌てて手を離す。
ダンテからすれば、今取り込まれた魔力など、巨大なプールから手のひらで一掬いされた程度のものにすぎない。
しかしパティの反応を見る限り、彼女にとってはそれなりの量だったらしい。
「だ、大丈夫? 頭がクラクラしたりしない? ちょっと取りすぎたかも……」
「これくらいなら何ともねぇよ」
「ホントに? 無理してない?」
「あぁ。蚊に刺された方がまだ気になるくらいだ」
「……それならもっと取ってやればよかったかしら」
呆れたように言いながらも、パティはまだ心配そうにダンテの顔を窺っている。
対するダンテは特に気にした様子もなく、へらへらと笑ってみせると本当に問題ないと思ったのか、パティの表情から心配の色が薄れた。
「ところであなた何者なの? さっきの魔力量からいって、ただのストーカーって訳じゃなさそうだけど」
「だからストーカーじゃねぇっての。俺は――」
ここまでくると、もはや質の悪いサプライズというわけでもなさそうだった。
そしてようやく、ダンテの中に一つの考えが浮かぶ。
思えば、似たような経験なら以前にもあったではないかと。
《獣の首》
かつて仕事で関わった魔具の名前だ。
悪魔へ莫大な魔力を供給するだけでなく、異なる世界線へ干渉する力まで持っていた厄介な代物であったと記憶している。
その《獣の首》を破壊しようとした際、ダンテ自身もそれの防衛機構によって別の世界線へ強制的に飛ばされたことがある。
そこには、自分の知る歴史とは異なる世界があった。
ネロ・アンジェロとして魔帝に従っていたはずのバージルが、マレット島の悪魔たちを率いて魔帝へ反旗を翻し、人間を守るために戦っていた。そんな、本来ならばあり得なかったはずの世界。
《獣の首》の時と状況は違うが、起きていること自体はよく似ている。どうやらあの裂け目は、単に人間界へ繋がっていたわけではなかったらしい。
つまりは――。
「どうやらまた別の世界に飛ばされちまったってことか……」
考えを整理するように、ダンテは小さくそう呟いた。
以前飛ばされた世界では、悪魔が堂々とそこかしこに存在していたため、異変にはすぐ気付くことができた。
だが今回は違う。街並みも人々の暮らしも、元いた世界とほとんど変わらない。
だからこそ、ここまで何の疑いも持たずに人間界へ戻ってきたものだと思い込んでいたのだ。
それが今、目の前でパティが見せた不思議な力によって、ようやく答えに辿り着く。
しかし、その呟きを聞いたパティの目は明らかに頭のおかしい人物を見る目になっていた。
「やっぱり警察じゃなくて医者を呼んだ方がいい? 診察料くらいなら出してあげてもいいわよ」
「心配すんな。自慢じゃないが、俺は生まれてから一度も医者にかかったことはねぇんだ」
「でしょうね。診てもらってたら、もう少しまともになってるはずだもの」
「口の減らなさはここでも変わらねぇな」
とはいえ、パティが信じられないのも無理はない。
今の彼女は悪魔と一切関わりがない人生を歩んできたのだろうから。
そんな彼女に、悪魔だの魔界だの別世界だのと話したところで、頭のおかしな男だと思われるのが関の山だろう。実際、先ほどから向けられている視線がそれを物語っている。
「……ま、信じる信じないは好きにしな。これ以上話したところで信じちゃくれねぇだろ」
「当たり前でしょ。いきなり別の世界から来たなんて言われて、はいそうですかって信じられるわけないじゃない」
「そりゃそうだ」
パティは呆れたように小さく息を吐く。
そしてしばらくダンテを眺めていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「……で、これからどうするの?」
「ん?」
「あなたよあなた。どちらにしろ、帰る場所がないんでしょ?」
「まぁな。事務所もあの有様だし、知り合いも全滅みてぇだ」
「お金は?」
「あるように見えるか? まぁいいさ。遠出から帰って来たばかりで疲れてんだ。今日はもうここで寝るとするさ」
呆れ果てた様子のパティだったが、それ以上世話を焼くつもりもないらしい。ベンチから立ち上がると、服についた埃を軽く払った。
「……そ。じゃあ私は用事があるからそろそろ帰るわ。職質される前に何か仕事が見つかるといいわね」
「ご忠告どうも。それとお袋さんにもよろしくな」
「……! え、えぇ……」
そう言い残し、パティはその場を後にした。
別に薄情だとは思わない。
今の彼女は、自分の知るパティとはよく似ていても、別の世界を生きてきた別人だ。向こうからすれば、今日初めて出会った得体の知れない男にすぎない。
それを考えれば、ここまで付き合って話を聞いてくれただけでも十分だった。
「さて……」
ダンテは両腕を枕代わりに頭の後ろへ組み、ベンチに横になりながらこれからのことを考える。
元の世界へ戻る方法を探すにしても、このままホームレス生活を続けながらというのは御免だった。となれば、兎にも角にもまずは金が必要になる。
(まずは仕事探しかねぇ。気は進まねぇが、明日はあそこに行ってみるか? まさかこの歳になって、ガキの頃と同じことをする羽目になるとは思わなかったが)
まだ自分の事務所を構えるよりも前、ダンテという名を隠し、トニー・レッドグレイブとして生きていた頃。
彼は便利屋たちが集まる『ボビーの穴倉』という酒場へとよく足を運び、そこで仕事を漁っていた。
元の世界では、ダンテを狙った悪魔の襲撃に巻き込まれ、顔馴染みの便利屋たちと共に一度は廃墟と化した場所でもある。後にモリソンから再建されたという話を聞いてはいたが、自分が原因であの惨事を招いたという負い目もあり、わざわざ訪ねようとは思わなかった。
だが、ここは別の世界。
もしこの世界にも同じ店が存在するのなら、便利屋としての仕事を探すにはうってつけの場所かもしれない。
(……まぁ、あればの話だけどな)
そんなことを考えながら、長旅の疲れを取るように目を閉じる。
だが突然、思わぬ匂いがダンテの鼻をつき、ベンチから跳ね起きた。
「こいつは……」
この匂い、この感覚。
知っている。
忘れるはずもない。
ついこの前まで魔界で嫌というほど嗅いでいた、悪魔特有の匂いだ。
「やっぱり、この世界にもいやがったか。悪魔が」
気配は一瞬で消えたが、どの方角から漂ってきたのかまでは分かる。
ダンテはそちらへ視線を向け、僅かに眉をひそめた。
何故ならその方向はつい先ほど、パティが帰っていった方向だったからだ。
*********************
「何だったのかしらあの人。お母さんのことも知ってたみたいだったし……」
パティは既に陽が落ちて、やや薄暗い道を歩きながら先ほど出会った奇妙な男について考えを巡らせていた。
自分の名前や年齢、誕生日。
それどころか別れ際には、まるで当然のように母親だけへよろしくと言っていた。
確かにパティに父親はおらず母親と二人で暮らしているが、事情を知らなければあんな言葉が出てくるとも思えない。
何より妙だったのは、あの男の自分に対する接し方だ。
どこかで事前に調べた情報を並べているというよりも、本当に昔から自分を知っているかのように、ごく自然に話しかけてきた。
何か自分に用があってあのような仕込みをしていたのかとも思ったが、その割にはあっさりと別れを告げたことも不自然だ。
「……別の世界、ね。ホント、何言ってるのかしら」
超能力者という物理法則を超えた存在がいるからこそ、多少の不可思議な現象には耐性があるとはいえ、まさか別の世界からやってきたなどというのはさすがに荒唐無稽にすぎる。
何か別の目的があるのかとも思ったが、あまり深く考えていても答えは一向に出る気配はなかった。
「って、こんなこと気にしてる場合じゃない。早くお夕飯の準備をしないと」
答えが出ないのなら考えていても仕方がない。そう思ったパティは先ほどの考えを切り替えて目的地へと向かう。
ちなみにだが、今向かっているのは自宅ではない。
幼い頃から何度も足を運んでいる、馴染みの孤児院だった。
パティ自身は孤児ではないが、院長と母親が古くからの知り合いであり、幼い頃は母親が仕事で家を空けるたび、よくそこへ預けられていた。
今となってはもちろん誰かに面倒を見てもらうような歳ではないが、それでも昔からの習慣はなかなか抜けず、加えて元来の世話好きな性格もあってか、今では逆に子供たちの面倒を見る側として頻繁に顔を出している。
今回も母親が出張で留守にしている間、夕食の支度を手伝う約束をしていた。
「今日の献立は何だったかしら。昨日はシチューだったし……」
子供たちの顔を思い浮かべながら献立を考え、慣れた道を歩いていく。
この辺りは幼い頃から何度となく通ってきた場所だ。考えながら歩いたところで、今さら道を間違えるようなこともない。
「……あれ?」
だが、しばらく歩いたところでパティはふと足を止めた。
何かがおかしい。
顔を上げて辺りを見回すと、いつの間にか周囲の景色が一変していた。
人通りのあった道は消え、代わりに目の前に広がっているのは人の気配すら感じられない薄暗い路地裏だった。
「いつの間にこんなところに……?」
パティは戸惑いながら来た道を振り返る。
孤児院までの道順なら、目を瞑っていても辿り着けるほど覚えている。
いくら考え事に気を取られていたとはいえ、こんな見覚えのない場所まで迷い込むなど考えにくい。
それにいつ、どこで道を外れたのかすら思い出せなかった。
「……変ね」
場所のせいもあるのだろうが、自身の胸の奥に言い知れぬ不安がじわりと広がっていく。
早く来た道を戻ろう。
そう思っていた時だった。
「パティ・ローエルだな」
「――ッ!?」
突如として背後から聞こえた、冷淡な男の声にパティは肩を大きく跳ねさせ、弾かれたように振り返った。
「え……?」
そして、そこに立つ男を目にした瞬間、今度は別の意味で目を見開く。
知り合いではないし直接会ったことも当然ない――のだが、その顔には見覚えがあったからだ。
「あなた、もしかして……エイブラハム・カーター?」
《超人》エイブラハム・カーター。
米国における超能力者の頂点にして、精鋭の超能力者によって構成された特殊部隊《サイオン》を率いる男だ。
この世界において、強力な超能力者の存在はそのまま国家の軍事力へ直結する。
中でもエイブラハムほどの能力者ともなれば、もはや一個人でありながら国家戦力の一角と見なされるほどだ。彼は表舞台へ頻繁に姿を現す人物ではないものの、その圧倒的な実力と立場ゆえに国内でその名を知らぬ者は少ない。
ましてやパティもまた超能力者であり、その育成を目的とした学校へ通う学生だ。
直接顔を合わせたことはなくとも、《超人》エイブラハム・カーターがどれほどの人物なのかは嫌でも耳に入ってくる。
だからこそ、余計に分からなかった。
「何でこんなところに……それに、どうして私の事を知って……」
自分が同じ超能力者といっても、戦闘に秀でているわけでもなければ、何か大きな功績を残したわけでもない。
そんな自分に、なぜ彼ほどの人物がわざわざ接触してきたのか。
困惑するパティを前に、目の前のエイブラハムは表情一つ変えずに口を開く。
「本人で間違いないようだな」
感情の籠もらない声でそう告げながら、こちらへ近づいてくる。
「パティ・ローエル。お前には俺と共に来てもらう」
「えっ? な、なによ急に。私が何したって言うのよ……!?」
「理由を知る必要はない」
あまりにも一方的な宣告だった。
そこにはパティの意思を確かめようという気遣いなど欠片もない。まるで既に決定された事実を、ただ伝達しているだけのような酷く機械的な口調だった。そもそも彼にとって、パティが従うかどうかなど最初から問題ではないのだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私、あなたに連れてかれるようなことなんて何も――」
「…………」
もはや問答など不要とばかりに無言のままこちらへ歩みを進める。
その姿に、パティは即座に理解した。
この男は最初から事情などお構いなしに自分を無理やりどこかへと連れていくつもりなのだと。
「……っ」
背筋に冷たいものが走る。
次の瞬間、パティは弾かれたように背を向けた。
「や、やだっ……!」
恐怖に駆られたパティは、一目散にその場から逃げ出した。なぜ自分が狙われているのか、理由など欠片も思い当たらない。だが、このまま大人しく捕まっていいはずがないことだけは分かった。
相手は理由すら告げず、こちらの意思など初めから存在しないものとして連れていこうとしている。そんな男に捕まった先で何をされるのかなど、考えたくもなかった。
とにかく少しでも人のいる場所まで逃げて、誰かに助けを求めなければならないという一心で、パティは必死に足を動かす。
だが、いくらも進まないうちに、先ほどまで背後にあったはずの気配が、忽然と消えた。
「無駄だ」
「ッ!?」
気付いた時には、彼はパティの進行方向を塞ぐように目の前へ立っていた。
あまりにも唐突な出現に、パティは咄嗟に足を止める。
「そんな……」
引き攣った表情を浮かべながら、パティは学校で耳にしたことを思い出す。
彼の能力――《
およそ“超能力”と呼ばれる異能の数々を、一つの能力として行使することができる規格外の力だ。
先ほど、自分でも気付かぬうちに見知らぬ場所へ迷い込んでいたことも、今となっては偶然とは思えない。恐らくは、彼の催眠術によるものだったのだろう。
「ぁ、あ……」
米国の特殊部隊《サイオン》を率いている生粋の軍人であるエイブラハムに、非戦闘系能力者であるパティが戦ったところで勝てるはずもない。
もはや逃げられる可能性が万に一つもないことを悟ったパティは、あまりの恐怖で立っていられず、ペタンとその場に座り込むしかなかった。
だが、そんな哀れな姿を見てもエイブラハムは何の感慨もない目で容赦なく歩み寄ってくる。
「来ないで……誰か……!」
そんな懇願が通じることもなく、ついにエイブラハムの手がパティの腕を掴もうとする。
その指先が彼女の腕へ触れようとした瞬間――。
一発の銃声が鳴り響いた。
「――ッ!?」
弾丸が二人の間を駆け抜け、エイブラハムの手を掠めるようにして地面へと突き刺さった。
エイブラハムは即座に腕を引き、パティから僅かに距離を取る。
そして初めて、パティではない別の存在へ視線を向けた。
「え……?」
パティもまた、銃弾が飛んできた方向へ顔を向ける。
人気のない道の向こう。
そこには、つい先ほど別れたばかりの赤いコートの男が立っており、その片手には黒檀の拳銃が握られていた。
「ダンテ……?」
「よう、いくら何でも男の趣味が悪いんじゃねぇのか? もう少しマシな男を選ぶことを薦めるぜ」
パティの声に、ダンテは軽く片手を上げながら冗談を言う。
この状況でそんな軽口を叩ける精神にどこか頼もしさを抱きつつ、何故彼がこの場に居合わせたのか不思議に思っていた。
「な、何でここに……」
「そいつは後だ」
拳銃をくるりと回し、再びその銃口をエイブラハムへ向けると、突然鼻をスンスンと鳴らす。
するとダンテはまるで嫌な臭いでも嗅いだかのように眉を顰めた。
「くせぇが、純粋な悪魔じゃないな。自分でやったのか誰かにやられたのかは知らねぇが、まぁそんなことはどうでもいい。何もんだ、お前」
「…………」
「喋れないわけじゃねぇだろ。それともただの無口か? なら喋りやすくなるように風穴をいくつか増やしてみるってのはどうだ?」
ダンテの脅しにもエイブラハムはまるで動じる様子を見せず、ただ静かにダンテを見つめている。しばしの間、二人の間に張り詰めた沈黙が流れるが、やがてエイブラハムの瞳が僅かに細められた。
「……どの未来を視ても、俺が殺される結末にしか辿り着かない。遠くから観察していたが、やはりスパーダの息子の一人だったか」
唐突にエイブラハムの口から出た“スパーダ”という名に、パティはまったく心当たりがなかった。ただ、今の言葉から、その人物がダンテの親であるということだけは分かる。
しかし、軍の中でも重要な立場にあるエイブラハムが、なぜダンテの親を知っているのか。
少なくともパティの知る限り、ダンテという男は世間に名の知られた人物ではない。そんな男の素性をエイブラハムは当然のように知っている。もしかすると、世間に知られていないだけで、ダンテは自分が思っている以上にとんでもない人物なのかもしれない。
そして当のダンテも、“スパーダ”という名を聞いた瞬間だけ僅かに目を見開くが、その驚きはすぐに消える。代わりに、その瞳には先ほどまで以上に鋭い光が宿っていた。
「おい、今のは聞き捨てならねぇな。どこでその話を聞いた? それとも親父はこっちにもいたことがあるってのか?」
「その質問に答える気はない。パティ・ローエルの身柄と引き換えならば、答えてやってもいいが」
「ハッ、ならそのまま口を閉じてな。すぐに地獄に送ってやるよ」
そう吐き捨てると、ダンテは空いていた手で懐から白銀の拳銃を抜き放ち、二つの銃口をエイブラハムへと向ける。いつ引き金を引いてもおかしくない、完全な臨戦態勢。
しかし、それを前にしてもエイブラハムは身構えるどころか、僅かたりとも動こうとはしなかった。ただ無機質な眼差しをダンテへ向けたまま、淡々と告げる。
「現状での任務継続は困難と判断した。撤退させてもらおう」
「あ?」
思いもしない言葉だったのか、ダンテから困惑の声が漏れる。
しかし、それもほんの一瞬のことだった。すぐさま二つの銃口をエイブラハムの頭部へ向け直す。
「逃がすと思うか?」
言葉と同時に引き金が引かれた。
けたたましい銃声が立て続けに響き、まるでマシンガンのような勢いで銃弾がエイブラハムへ殺到した。
だが、それらが届く寸前。
エイブラハムの姿が忽然と掻き消える。
行き場を失った銃弾はそのまま背後の壁へ次々と突き刺さり、乾いた破砕音を響かせた。
「チッ……」
逃げられた。
ダンテは銃を構えながらしばらくの間、周囲を窺うように目を尖らせていたが、やがて完全にエイブラハムがいないことを確認し、ようやく銃を懐にしまい込んだ。
「ダ、ダンテ……」
「思ったよりも小心者だったらしいな。ビビって逃げちまいやがった。……大丈夫か?」
ダンテから手を差し伸べられ、座り込んでいたパティはその手を取り、立ち上がる。
未だ恐怖の余韻が抜けきっておらず、足元は僅かに覚束ない。それでも傍らにダンテがいることで、先ほどまで感じていたどうしようもない恐怖は幾分か和らいでいた。
「……うん、ありがとう」
震えの残る声で感謝を伝えると、パティはエイブラハムが消えた場所へ視線を向ける。
「今のは何だったの? どうして私が狙われるのよ……私、何も悪いことなんてしてない普通の学生なのに……」
「さぁな。アイツは俺のことを知ってたみたいだが、最初から狙ってたのは俺じゃなくてお前さんらしい。なんか心当たりはないのか?」
「そんなこと言われても、さっきも言った通り私はただの学生だし……うぅ、それにこんなこと警察に通報しても、信じてくれるかどうか……」
《超人》エイブラハム・カーターに突然襲われ、誘拐されかけました。
そんな話を何の証拠もなく伝えたところで、果たしてまともに取り合ってもらえるだろうか。
何しろ相手は名も知れぬ犯罪者などではない。この国の軍事力を象徴するような超能力者だ。
仮に訴えたとして、むしろこちら側が不利になるだけだろう。
しかもエイブラハムは、わざわざ催眠術まで使ってパティを人気のない場所へ誘導している。人目につく場所を避けたのが偶然とは考えにくく、監視カメラなどの記録についても何らかの対策を施している可能性が高い。
最初から証拠を残さないつもりで、用意周到に準備されていた。そう考えるのが自然だった。
「どうしよう……」
ようやく絞り出した声は、ひどく弱々しいものだった。エイブラハムは撤退したが、諦めたとは一言も言っていない。今日のところはダンテがいたから助かっただけで、次も同じように逃げ切れる保証などどこにもなかった。
「まぁ、何はともあれしばらく一人で外を出歩くのはやめといた方がいいだろうな。つっても、あんな風に突然現れたりされたらどこにいても関係ないかもしれねぇけど」
「…………」
どうしてわざわざそんな不安にさせるようなことを言うのだろうか。
そう思い、恨めしげにダンテを睨みつけるが、当の本人は事実を言っただけだとでもいうような顔でこちらを見返してくる。だが、腹立たしいことに言っていること自体は間違っていない。
エイブラハムは瞬間移動を使えるのだ。
今日のように突然目の前へ現れられるのであれば、家に閉じこもっていたところで安全とは言い切れない。かといって、自分一人で身を守ることなど到底できそうになかった。
そこまで考えたところで、パティの視線が自然と目の前の男へと向く。
公園で目の当たりにした底知れない魔力量からタダ者ではないとは思っていたが、あの《超人》を相手に一歩も退かず、それどころか撤退すらさせてみせた。
戦っている姿こそ見てはいないが、その実力に疑いの余地はないだろう。
ならば、とパティはダンテへ向けて問いかける。
「……ねぇダンテ。あなた、便利屋をやってるって言ってたわよね」
「あぁ、今は事務所もなくなっちまって廃業寸前だがな」
「だったら、私から依頼してもいい?」
「へぇ、どんな依頼だ?」
ダンテは顎をさすりながら、こちらを吟味するような視線を向ける。
今の状況を考えれば、どんな依頼を持ちかけようとしているのかくらいは察しているのだろう。そのうえで引き受けるかどうかを考えているようにも見えた。
やはり、問題は報酬だろうか。
便利屋を名乗っている以上、仕事として頼むのなら当然対価は必要になる。
だが、ごく普通の学生でしかないパティに、命を狙われる危険まで背負わせるほどの大金を用意できるはずもなかった。
「……この件が解決するまで私の護衛をお願いしたいの。ただ……正直、払えるお金はあんまりないから。その……報酬は、私にできることなら何でもするわ……! だからお願い。私を助けて……!」
口にしながら、パティの胸に不安が過ぎる。
今日会ったばかりの相手に頼むには随分と重い話だ。危ないところを助けてもらったとはいえ、これから先も命を狙われるかもしれない自分の護衛まで引き受けてくれる保証などない。とはいえ、もし断られたら、その時はどうすればいいのか。
警察を頼れるかも分からず、自分一人ではエイブラハムから身を守ることもできない。
他に当てがあるわけでもなく、不安は否応なく膨らんでいく。
だが、そんな心配をよそに。
「オーケーだ。乗った」
「えっ……」
即答だった。
断られる確率が高いと踏んでいたため、思わず呆けてしまった。
「何だよ、断る理由もないだろ? 俺もアイツの言ってたことが気になってたんだ」
どうやらダンテは、最初から依頼を断るつもりなどなかったらしい。
もしかすると先ほど不安を煽るようなことを言ったのも、こうしてパティ自身の口から頼むよう仕向けるためだったのかもしれない。もっとも、本当にそこまで考えていたのか、それとも単にストーカー呼ばわりされた仕返しに意地悪でこちらから言わせたかっただけなのかまでは読めなかったが。
「……こっちから頼んておいてあれだけど、本当にこの依頼を受けてもいいの……? さっきの人はこの国の軍人よ。敵対したら、あなたにとっても厄介なことになると思うけど」
「だとしたら言うのが遅すぎるな。さっき俺がアイツにやったこと思い出せよ。お前を攫おうとしていたところを邪魔した挙げ句、思いっきり銃までぶっ放しちまった。今さら仲良くしようぜってのは無理があるだろ。それに――」
そこでダンテは、先ほどまでとは打って変わって楽しげに口元を歪めた。
「報酬も魅力的だったからな。何でも、だったか?」
「……ッ」
その一言に、パティの表情が固まる。
「……ええ、言ったわ。何でも、よ……」
命が懸かっている依頼なのだ。本来ならどれほどの報酬を要求されてもおかしくはないし、自分にそれだけの大金を用意できるはずもない。だからこそ、金で払えないのならそういう形で対価を求められる可能性くらいは口にした時点で覚悟していた。それでも、先ほど自分を助けてくれたダンテなら、そんな要求はしてこないのではないかと、どこかで期待していたのだが。
意味ありげな笑みを浮かべる彼を前に、その期待もどうやら甘かったらしい。
パティは小さく息を呑み覚悟を決めると、ダンテがその対価を口にしようと口を開く。
「ストロベリーサンデー。確かお前、作れたよな?」
「……え?」
「それとピザだ。オリーブ抜きのLサイズ。できればアンディの店がいい」
「……それだけ?」
「何だよ、不満か?」
「別に不満じゃないけど……」
「なら決まりだな。しばらく食ってなかったんだ。ちょうどいい」
先ほどまで一体何を警戒していたのか。
急に恥ずかしくなり、パティは誤魔化すようにぷいと顔を背けた。
「ハハッ、何を考えてたのかは知らねぇが、こういう時はもうちょい余裕を持って返すもんだぜ。いくら成長したっつっても、まだまだガキだな」
「~~~ッ! うるっさいわね……! ホント、あなたの世界の私の苦労が知れるわ」
「お、少しは信じるようになってきたってことか」
「……少しはね。まだ半信半疑だけど」
米国一の超能力者であるはずのエイブラハムが何もせずに撤退を選択するほど警戒している男だ。そんな人物が、ただ空想を垂れ流すだけの男だとはさすがに思えなくなっていた。
もちろん、危ないところを助けてもらったことも大きい。さすがに全ての話を鵜吞みにするほど信じ切れているわけではないが、少なくともこの男がただの変人やストーカーではないことくらいには、パティも考えを改めていた。
「とりあえず、これからよろしくねダンテ。いい? 依頼を受けたからには、ちゃんと私を守りなさいよね」
「あいよ、お嬢様。安心しな。大船に乗った気でいていいぜ」
パティが手を差し出すとダンテもそれに応じ、握手を交わす。
こうして何の因果か、ダンテはこの世界でもまたパティ・ローエルという少女と奇妙な縁を結ぶこととなった。
ボビーの穴蔵
小説版デビルメイクライに登場した酒場。
ダンテがまだトニー・レッドグレイブと名乗っていた頃によく利用していた。
5時点ではダンテと懇意にしていた便利屋仲間であるグルーの娘たちが『グルーの穴蔵』と改名して建て直している。
獣の首
小説版デビルメイクライ2で登場した魔具。
所持している人物に未来視能力を付与したり、人間を取り込んで魔力へと変換したり、パラレルワールドへと飛ばしたりと、何か色々と変な機能てんこもりの魔具。