「実被害が一つも報告されてない!?」
毛利探偵事務所にて。
小五郎から聞かされた事実に、恋太郎が愕然と声を上げる。
依頼者に向けての体裁だろう、姿勢を正した小五郎が宥めるように答えた。
「ちょうど別件で依頼受けて調べた直後なんですが、そんな窃盗犯による被害者なんて一人もいないのですよ。
ツテを使って確認しましたが、その窃盗犯に対して被害届が出された記録もない。
ただの噂です、噂。気にするこたァありません」
「そ、そうなんですか…」
そのことに安堵し、息を吐く恋太郎。
しかし、何か引っ掛かることがあったのか、彼は慌てて小五郎に問い直した。
「別件云々は俺たちが聞いてもよかった情報なんですか?」
「あのおっかねー執事さんからの依頼ですし、あなた方に隠しても仕方ないでしょうよ」
「志都児さんが…?」
「ええ。自分でいくら調べても出ないから、プロに任せたいって言われまして」
恐らくは小五郎の能力ではなく、警察とのコネクション目当てで依頼を出したのだろう。
石橋を爆破して鉄橋を作り直すあの執事のことだ。徹底して犯人を追い詰める腹積りだったのは明らか。
もしそうでなければ、「本気を出さないヘボ探偵」と揶揄される小五郎をわざわざ雇ったりしないだろう。
コナンがそんな推察を広げていると、小五郎が苦笑を浮かべた。
「しかし、お嬢さんも災難ですなぁ。
そんな狙い撃ちされてるみたいな噂流されるなんて」
「いえ、ただの噂で良かったです…」
言って、安堵に胸を撫で下ろす愛々。
これで一件落着か、と思うも束の間、事務所内でくつろいでいた元太が半目を小五郎に向けた。
「おっさんと、その…羊?ってヤツの調べ方が甘いだけなんじゃねーの?」
「んだとォ!?」
「まあまあ、お父さん…」
元太に食ってかかる小五郎を蘭が宥める。
それによって多少は頭が冷えたのだろう、小五郎は滲んだ不機嫌をなんとか繕い、恋太郎たちに向き直る。
「執事さんに報告したところ、今回の件は『華暮さんへの名誉毀損にあたる』として調査の続行を希望されまして。
こちらもその線で調査しますんで、なにか心当たりがあれば、教えてもらえますかな?」
「え、えっと、そう言われても…」
心当たりがない、と告げようとする愛々。
と。それを遮るようにして、美々美が人差し指を立てた。
「一つ、心当たりはありますわ。疑問は多少残りますが…」
「それは…?」
「
「
小五郎、コナンをはじめとした全員が体勢を崩した。
「こんな場面で名前間違えるか、普通…」と引き攣った笑みを浮かべるコナン。
小五郎も同じことを思っていたのだろう、滲む呆れをなんとか隠し、問いかける。
「その、雉根田さんというのは?」
「わ、私たちが通う、お花の蜜大学附属高等学校…、その新聞部の部長さんで…、以前、いざこざ…みたいなものがありまして…」
「いざこざみたいなもの、というのは?」
「愛々さんを記事にしたんですの」
それの何が問題なのかわからず、怪訝そうに眉を顰める小五郎。
その疑問を察したのだろう、恋太郎が怒りに震えた声で説明を始める。
「愛々ちゃんは極度の恥ずかしがり屋で、写真を撮られるのはもちろん、記事にされるなんて耐え難いことだったんです。
しかも、一度記事にした挙句、愛々ちゃんが一番見られたくない素顔まで写真に収めようとして…。
ですから、なんとか写真を撮られないようにして切り抜けたんです」
「なんとか、というのは?」
「愛々ちゃん、美々美先輩、お願いします」
「は、はい」
「わかりましたわ」
二人の返事を確認し、恋太郎はスマホを取り出し、愛々の写真を撮るふりをする。
その刹那。一瞬にして美々美がポーズを取り、愛々の姿が消えた。
「き、消えた!?」
「マジかよ…!?」
「どこに行ったの、あのお姉さん!?」
愕然とする少年探偵団の面々。
皆が事務所の中を見渡し、消えた愛々を探していると。
ふと、歩実の座っていたソファの裏から声が響いた。
「こ、ここです…」
「きゃあっ!?」
先ほどまで椅子に腰掛けていたはずの愛々は、なぜか遠く離れたソファの裏に回っていた。
その光景に皆が唖然とする中、愛々が辿々しく説明を続ける。
「……こ、このように、一瞬だけあみぐるみと美々美先輩の美貌に意識を集中させて、その間に隠れたんです…」
「その名も、『ミスディレクション・ビューティーフロー』ですわ!」
「つまるところ…、バスケ漫画のようなアレ、ということですかな?」
「そういうことです」
「漫画の技って本当にできるんだな」と感心する小五郎。
それを前に、コナンは「あんたの柔道と射撃も大概だろーがよ」と自分を棚に上げて苦笑を浮かべた。
「なるほど…。ですが、その程度でこんな噂まで流しますかね…?」
「ええ。そこが疑問なんですの」
小五郎の疑問に、美々美もまた怪訝そうな表情を作った。
「雉根田さんは部内の規定を遵守し、隠し撮りではなく、真正面から愛々さんに取材を申し込んで写真を撮ろうとしていました。
返事を聞く前に写真を撮っていましたので無許可ではありますが…、それでも規定違反になる隠し撮りだけは決してしませんでした。
だからこそ、そんな彼女が腹いせにこんな真似をするかと聞かれたら、疑問が浮かんでしまうのです。
それに、彼女はわざわざ捏造するまでもなく、私たちの弱みを握っていますから」
「ふむ…」
確実に複数股のことだろうな。
コナンがそう確信する中、逡巡する小五郎。
自分の中で推理を組み立てていたのだろう。
暫し沈黙を続けた小五郎は、神妙な面持ちを浮かべ、口を開く。
「しかし、こうも考えられませんか?
華暮さんが無理矢理にでも素顔を晒さねばならない状況を作り出すため、わざわざあなたが容疑者になってしまう事件を作り出した…。
そして、元々握っているあなた方の弱みを使い、あなたにやってもいない犯行を認めさせようとした…とね」
「なっ、そんなっ…!」
小五郎が語った推察に、思わず狼狽えてしまう愛々。
が。その狼狽はすぐさま霧散した。
隣に座っていた恋太郎が、明らかに黒いオーラを纏いながら立ち上がったのだ。
「新聞部行ってくる」
「まだ『そういう可能性がある』ってだけですわよ!?」
「か、確定ではないですから…!」
「あ、そっか」
彼女たちに諌められたモンスター彼氏は、すぐさま落ち着きを取り戻し、椅子に座り直す。
副音声で「殺してやる」と聞こえたのは、気のせいではないだろう。
いつか本当にやらかしそうだな、とコナンが呆れた、その時だった。
小五郎の携帯が鳴り響いたのは。
「おっと、失礼。……ん?高木から…?
少し、いいですかな?今、警察から連絡がありまして…」
「は、はい」
冷たい針が頚椎に刺さっていくような感覚がコナンを襲う。
何故だろうか。先ほどより強く、嫌な予感がする。
「もしもし?………は!?なんだって!?」
やっぱりな。そんな呆れがコナンたちの顔に滲む。
消える窃盗犯事件はこれで終わりか、と思ったその時。
小五郎の瞳が、恋太郎たちを捉えた。
「すみませんが皆さん、私と同行していただけますかな?」
「えっ…?」
「つい先ほど、ある事件があったんですよ…」
小五郎が前置きし、息を吐く。
それだけで何があったのかを悟ったのだろう。3人の顔が青く染まった。
────今しがた我々が話していた、『消える犯人』による、殺人事件がね…!!
モンスター乱入と大惨事が確定した。
コナンが予想できる展開に口元をひくつかせる横で、灰原が深いため息をつく。
「気になるのは犯人の安否の方ね」
「オイオイ…」
毛利 小五郎…恋太郎たちへの対応が丁寧なのは、以前に普段の態度で接したところ、無自覚に地雷を踏んで激怒したモンスター執事に懇々と詰められたから。それ以来、依頼に来る人間には基本的に今のような態度で接している。今回の犯人には同情している。
愛城 恋太郎…犯人を粉微塵にする。
犯人…逃げたところでページ破って殺しにかかるモンスターに目をつけられた。多分、「犯人、お前、消えるのか…?」の「犯」の時点で木っ端微塵にされる。