世間知らずで引きこもりがちの少女が、学校に通う話




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四葉継承編記念(今更)



一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────奇跡があった。

 

 

「っオギャーー!!」

 

 望めるはずもなかった我が子が宿り、産むことを決断した四葉真夜の胸中を推し量れる者はいなかった。誰しもが彼女に踏み込むことを恐れ、そして彼女自身も踏み込まれることを恐れた。

 

 ────だから、これは奇跡だと思った。

 

 産声を上げたその子を抱いた真夜に何かが込み上げる。押し殺しても押し殺しても声にならないその感情に、真夜は戸惑う。

 

 『世界』へ復讐を。経験になってしまった少女/真夜の代わりに憎み続けることだけが、この呪われた生の証明だった筈なのに。

 胸に渦巻くこの白熱の感情は、一体なんだ。

 手足に巡るこの血潮の源流は、何処からだ。

 今懸命に泣いているこの子は、どうして私を震えさせる?

 

「あーぅ?」

「────ッ!!」

 

 知らないのが怖い。分からないのが怖い。

 

 でも、拒絶する方がもっと怖い。

 まるで自分の一部になったようなこの子が、こんなにも愛(・)お(・)し(・)く(・)思えて仕方がない。

 

「『生きているだけで良い』────そんな言葉が嫌いだったわ」

 

 ぽつりと思いが零れる。

 

「私の過去を、今を、世界を知らないで勝手を言うなと腹が立ったわ」

 

 真夜を襲った悲劇と恐怖。

 やり場のない復讐心だけが、心の真ん中に残った。それだけが、人生の意味だと思った。

 

 でも。

 

「────貴女は、小夜(さよ)。四葉小夜」

 

 今、実感を伴って理解した。

 

 それは祈りだ。

 母が子に思う陳腐な想い。

 ただ健やかに生きていてほしいという、母親の願いなのだ。

 

「小夜、私はっ、貴女のお母さんよ……っ!」

 

 全身を震わせて誓う。

 

 この子を抱く為にこの腕はあり、この子の名を囁く為に口がある。

 

 そしてこの命の為に、復讐(わたし)を犠牲にする。

 

 今日この日、この瞬間から。母親になることを世界に告げたのだ。

 

 

 

 ────そこからは怒涛の日々(親バカ)だった。

 

 

「まぁ……ま?」

「っそう、そうよ!私は貴女のお母さんよ?…………葉山さん、今の録音しましたか!?」

「えぇ、バッチリです」

 

 初めて意味ある単語を発音できた日。

 

「ぅ、あぅ……」

「歩いたっ……歩いたわ葉山さん!小夜、凄いわ!」

「奥様、落ち着いてください」

 

 初めて歩いた日。

 

「まま……さよ、ぴーまんいや!」

「あらあら……食べないと大きくなれないわよ?」

「いやったらいやなの!」

「ん〜しょうがないわねぇ」

「奥様、あまり甘やかしすぎては……」

 

 初めてわがままを言った日。

 

「さよ、これほしい……」

「いいわよ!他に欲しいものはないかしら?」

「んと、えっと、これも……」

「えぇもちろんよ!!」

「…………奥様?」

 

 何回目かのおねだりを言った日。

 

 

「ひぃん……」

「小夜(さよ)、大丈夫よ。ここにいる人たちはみんな貴女の親戚……家族よ?」

 

 小夜(さよ)は内向的でマイペースな子だった。成長も少々遅かったこともあって、真夜はすこぶる甘やかした。とことん甘やかした。甘やかして甘やかして……甘やかし過ぎた。

 

 

 その結果。

 

 

「お、お母さん……小夜(さよ)、このゲームほしい。買ってくれる……?ありがとう……にひひ……」

「今日は絶好の、お昼寝びより、だから…………すやぁ…………」

「沖縄旅行……?小夜は行かない……!積みゲーが待ってるから……!!」

「コ、コイツ、今、煽った……っ!!」

 

 

 ────完全無欠の社会不適合者が誕生した。

 

 

「どうしてこうなっちゃったのかしら……」

「奥様、本気で仰っていますか?」

「……ええそうね。少しあの子を甘やかしすぎた自覚はあるわ」

「少し?」

「紛れもなく」

 

 真夜は凛とした声で言った。

 自分は少しも間違えたことをしていない、とでも言いたげだ。

 

「これもあの子が可愛すぎるのが悪いわ……っ!!いや可愛いは正義よね?じゃあやっぱり悪くないじゃない!」

「奥様、奥様、どうか落ち着いてください」

「ふぅ、ごめんなさい葉山さん。少し喉が渇いたわ」

「こちらお召し上がりください」

 

 丁寧に濾された紅茶を味わいつつ、ほっそりとした指をおとがいに指し当てた。

 

「いつまでも甘えてくれるのは嬉しいけれど、やっぱり自立も促さないといけない時期かしらね……気が進まないわ……ええ、本当に……」

「しかし、必要なことでしょう。奥様、ここは心を鬼にすべきです」

 

 四葉家筆頭執事である葉山は毅然として言い放つ。

 主人の言うことにただ聞き従うのは三流。一流は命に背いてでも諫言(かんげん)する。

 

「それに、小夜(さよ)お嬢様の学業成績は、ここのところ低下しつつあります。そろそろ高校受験に向けて準備することも考えねばなりませぬ」

「実技はともかく、問題は筆記ね……」

 

 家庭教師を雇うことは何度もしたが、やはり人見知りが災いしてサボり気味になってしまったこともある。

 真夜が教えたいところだが、当主として表向きの仕事と裏の仕事の両方の激務をこなさないといけないため、物理的に時間が取れない。

 

 ならば、と。

 

「そうね……達也さんに家庭教師をお願いしようかしら」

「黒羽殿達の対応は如何されますか?」

「無視して構わないわ。小夜(さよ)の成績の為だもの」

 

 

 忠誠心を図る…………とまではいかないが、小夜(さよ)に厳しくできない真夜の代わりは姉の子である司波達也以外いないと確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦──────♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う、この場合に使用される魔法は─────」

「ちょ、ちょっと休憩したい、な……!」

「駄目だ。二十分前にとったばかりだろう」

「ひえぇ………鬼、悪魔、たっちゃん……!!」

「何か言ったか??」

「な、何でもない……」

 

 司波深雪にとって、四葉小夜(さよ)とは従姉妹(いとこ)であり、何かと世話のかかる妹のようでもあった。

 

 自分の兄、司波達也のスパルタ指導を受ける姿を見て、なんとも言えない気持ちになる。

 兄に勉学を見てもらえることに羨ましいと思う自分。

 随分と遠慮のない兄の姿を引き出していることに嫉妬する自分。

 そしてそんな自分に嫌悪する自分もいる。

 

「お兄様、コーヒーをどうぞ」

「あぁ、ありがとう、深雪」

「ミルクと砂糖はいる?小夜」

「あ、ありがとうみーちゃん……ほしい、な」

 

 コーヒーを受け取った小夜は容赦なくミルクと砂糖をドバドバ入れた。せっかくの風味が台無しである。

 

 文句を言ってやりたいのは山々だが、ちびちび飲む姿を見ていると溜飲が下がる。何となく、小夜を甘やかしてしまうご当主様の気持ちがわかる気がした。

 

「小夜はどこの高校に進学するつもりなの?やっぱり四高かしら?」

「えっと……わかんないけど、四高は難しそうだから行かないかも……」

「四高は魔法工学や魔法理論を重視する高校だからね。本家から近いとはいえ、小夜には向いていないかもしれないな」

 

 四葉家は岐阜・長野、東海方面を守護している。

 土地的に最も近いのは四高なのだが、小夜のモチベーション的にも理論ばかりの四高は向いていないだろう。達也の意見は間違いなく事実だった。

 

「た、たっちゃんとみーちゃんはど、どこに行くの?」

「俺達は今のところ一高だな。もっとも俺の実技成績で入学できるかは五分五分といったところだろうがね」

 

 達也は皮肉げに肩を竦めた。

 

「もしもお兄様を不合格にしたのなら、優秀な魔法師をむざむざと取りこぼす愚かさを宣伝するようなものです。その時は私も入学を辞退します」

「……流石に妹の最終学歴を中卒にする訳にはいかないな。どうやら俺は、なんとしてでも入学しないといけないみたいだ」

「じ、実技なら小夜が教えれるよ……!コツはね、びゅがーんってしてキュピーンってしたらビーしてバキィっ!もわぁーんってなるの……!」

「全然分からないんだが、米でも炊けたのか?」

 

 むんっ、と気合いを入れる小夜の申し出を丁重に断った達也。

 

 今の説明を受けてもわかる通り、小夜は教える立場に世界で一番向いていない人種だ。

 幼い頃に深雪も教わった事があるが、感覚派過ぎて同じ人類かどうか疑ってしまったものだ。

 

 というか小夜には人様に教える余裕はない。

 ちょっとこのままだと入学すら危うくなるレベルだ。

 

「はい、じゃあ続きをしましょうか?お兄様、厳しくいきましょう。私もお手伝いします」

「へぅ!?」

「助かるよ深雪」

「きゅ、休憩が短い……ひぃん……」

 

 逃げようとした小夜を取り押さえ───あまりにも動きが遅すぎて深雪が片腕で捕まえた───目尻に涙を浮かべた彼女を無理やり机に向き合わせる。

 

「(お兄様との二人の時間を侵略してきた小夜に、手加減はしませんっ)」

 

 面倒見のいい達也はなんだかんだ言いながらも小夜にあれこれ世話をかけてしまう。なんてうらやまけしからん話だと深雪は憤慨する。

 

 しかし高校入試までの辛抱だ、と深雪は自分に言い聞かせた。

 そこまで我慢すれば、堂々(?)と達也に甘えることが出来るのだ。

 

 

 

 ────そして一高に小夜も入学してくるのだが、それは余談である。

 

 

 

 

 

 




♦Tips

『四葉小夜』

実母である真夜に甘やかされ続けた結果生まれてしまった究極の箱入り娘。
真夜の意向により表舞台に全く出てこないため幻の存在と認知されてしまっているが、当人はそれを知らない。
基本的に世間を舐めてる。
達也をたっちゃん、深雪をみーちゃんと呼ぶ。
得意魔法は〔流星群〕と〔ふわとろオムライスを作る魔法〕、〔安眠できる魔法〕。

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