銀パイ伝 〜銀河パイロット伝説〜   作:koshikoshikoshi

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44 責任

 

「メルカッツ提督には艦をおりていただきます」

 

 バーミリオン会戦は終了した。

 

 停戦成立直後、ヤンは自らの艦隊の生き残った幹部を招集した。彼らの今後について話し合うために。

 

 旗艦ヒューベリオンの会議室。多数の犠牲者をだしたうえ、実質的な敗戦の後だ。その空気はあきらかに重い。どんよりとした濁りさえ感じさせるように思えた。

 

 そんな空気のなか、会議の冒頭で司令官ヤンがきっぱりと言い放った。相手は帝国からの亡命者であるメルカッツ提督だ。

 

「帝国に屈した同盟政府があなたを帝国軍に差し出す可能性は十分に考えられます。私達は政府の愚行に付き合わねばなりませんが、あなたにそんな義務はない」

 

 当然のごとく、メルカッツは反論する。

 

「ありがたいお言葉です。ですが、私だけが逃亡して身の安全をはかれるとお思いですか?」

 

 誰しもの予想通り、それはいかにもメルカッツ提督らしい物言いだった。だが、ヤンは笑いながら答える。その表情は思いのほか明るい。

 

「戦艦を何隻かお連れください。そして、あなたには後日のため同盟軍の戦力、つまり『動くシャーウッドの森』を率いていただきたいのです」

 

 その場にいた多くの者は、それだけでヤンが言いたいことを理解できた。

 

 ヤン提督はこれで戦争が終わったとは考えていない。すなわち、我々は帝国に完全に屈したわけではない。再起の希望があるということだ。

 

 

 

 

 

「そのはなし、のった」

 

 口火を切ったのは、威勢の良いひとりの男だった。全員の視線が集中した先にいるのは、同盟軍屈指の撃墜王、第一空戦隊長オリビエ・ポプラン中佐だ。

 

「帝国の属領になった同盟に未練などない。自尊心のない女に魅力がないのと同じでね。俺はメルカッツ提督についていく」

 

 これもまた、いかにも彼らしい物言いだ。そして、ひとりが歩み出せば、それに続く者がつぎつぎと現れる。

 

「シェーンコップ閣下の許可をいただければ、私も……」

 

 薔薇の騎士連隊長カスパー・リンツ大佐も立ち上がる。

 

「私ももともと亡命者の子です。いまさら帝国の下風にはたてない。……とはいえ『薔薇の騎士連隊』はいつか必ずヤン提督に総指揮をとっていただきたいと考えていますが」

 

 

 

 

 

(これは、完全に軍閥化の第一歩だな……)

 

 威勢の良いポプランやリンツを前に申し訳なさそうな顔で頭をかいているヤン。その顔を眺めながら、シェーンコップは思う。

 

 そもそも『動くシャーウッドの森』などという思いつき自体が、文民統制の原則から絶対に許されるものではないだろう。ヤン提督自身だって自覚しているはずだ。それは民主主義の原則を踏みにじるものであり、同時に彼自身の過去の言動と整合性がまったく無いということを。

 

 そう、文民統制を理由として勝てる戦いをヤン自身の命令により停戦させたのは、つい数時間前のことだ。本来ならば司令官は、いまさら何をいっているのかと部下達から非難されても仕方が無い立場のはずなのだ。

 

 とはいえ、だ。

 

 まぁ、仕方がない面もある。こうでも言わなければ、メルカッツ提督は逃げてはくれないだろう。それに、帝国軍に屈したハイネセン政府はすでに民主的なものではない。停戦するまではともかく、停戦後のことまで連中に統制される筋合いはないという理屈には、確かに一理ある。

 

 そして、シェーンコップなりに上官の心理分析を試みる。彼はなぜ、いきなり『動くシャーウッドの森』などと言い出したのか。

 

 

 

 

 ……もしかしたら、ヤン・ウェンリーは『絶対民主主義の下の軍人』という窮屈きわまりない自分の立場に、この期に及んでやっと見切りをつけることができたのではないか?

 

 これが、シェーンコップの結論だ。

 

 ヤン・ウェンリーという人間は、もともと矛盾の塊のような人物ではあったが、少なくとも今までの行動は『軍人としての才能は有り余るほど有るくせに、政治的な責任からは徹底的に逃避する』という一点において一貫性があった、……といえなくもない。この無責任さは決して誇れることではないが、政治家ではない一市民の立場としてはそれもありだろう。

 

 だが、この戦争にてヤン・ウェンリーは変わった。おそらくそんな過去の自分の無責任さを自覚せざるを得なくなった。そして、反省したのだ。彼自身が非人道的だと感じている酷い作戦にここまでついてきてくれた忠実な部下達にたいして、今後は軍人としてではなく個人的に責任を果たそうとしているのだ。

 

 シャーウッドの森とやらは、軍人による戦力の私物化としては立派な犯罪行為だが、旧同盟政府に未練があり血の気の多すぎる部下達の生き場所を彼の責任においてつくってやったと考えれば、筋は通るかもしれない。

 

 シェーンコップは口の中で笑う。笑いを抑えられない。

 

 なんとまぁ不器用な人だ。だが、その不器用さがなんとも人間らしい。それも含めてたしかに魅力的だ。本当に罪作りな人だ。

 

 もちろんメルカッツ提督やポプラン、リンツ以外の他の部下達の行く末についても、ヤン・ウェンリーは自分の責任として考えているのだろう。ならば、そんなあなたにすっかり魅せられてしまったこの俺の今後の人生にたいしても責任をとってもらおうか。どうせこのまま乱世が終わるはずがない。あの金髪の小僧が銀河を完全に支配するまでには、まだまだ波乱があるだろう。この人についていけば、きっと楽しい人生が送れるだろうさ。

 

 

 

 

 

 ポプランやリンツが口火を切ったおかげだろう。メルカッツとともにシャーウッドの森についていこうと手を挙げる人間は思いのほか多かった。その多くは若手に分類される兵士であったが、小規模な艦隊を維持する程度には十分な数がそろいそうだ。

 

 一方で、気楽に決断を下せない者もいる。自分の意思だけで自分の行く末を決めるわけにはいかない者も、決して少なくない。

 

「私は残る。残らざるを得ない。将官が大量に消えては帝国軍に疑惑を招くだろう。ヤン司令官とともに処置を待つさ」

 

 そう言うのはアレックス・キャゼルヌ中将だ。同じ理由で、シェーンコップ、フィッシャー、ムライ、そしてアッテンボロー中将らの将官の多くも残ることになった。

 

 そして、さりげなく、ポプランが尋ねる。

 

「エリザは、……どうするんだ?」

 

 皆の視線が一点に集まる。保護者であるキャゼルヌの背中に隠れるように立っている、小さな少女に。

 

 

 

 

 

 この場にいるのは、基本的に生き残った各部隊の幹部だ。一応士官扱いではあるがいちパイロットでしかないエリザがここにいるのは、ヤン司令官直々のご指名があったからに他ならない。

 

 だが、エリザの個人的なおもいとしては、……あまり皆さんの前に出たくなかった。

 

 停戦命令に一時的に抗命したことは、実際に引き金を引かなかったこともあり、総司令官直々からお咎めなしとお墨付きをもらっている。

 

 しかし、エリザにとって問題はそれではない。味方だけではなく敵もふくめて公開された通信回線上で、いろいろと叫んでしまったことだ。

 

 

 

 

 

「あなたがいなくなったら、私も生きていけない!」

 

 提督にむけて自分からあんなことを叫んでしまった。しかも公開回線で。敵味方が聞いている中で。……思い出しただけで恥ずかしい。顔から火が出そうだ。死んでしまいたくなる。

 

 なぜ、あんなことを言い出してしまったのか。

 

 たしかにあの時あの瞬間、エリザにとってそれは本当に本当に切実で深刻な問題だった。アッテンボロー提督がいなくなることを想像したら、本当に自分も生きていけないと思った。

 

 だというのに、こんなにも心から心配してこんなにも想っているのに、どうして本人がそれを理解してくれないのか。どうして自分の心配をしないのか。それを感じて、おもわず逆上してしまったのかもしれない。

 

 自分はもともと、どちらかというと感情表現があまり上手くない、というか下手くそ、……いや、そもそも感情の起伏そのものがあまりない人間だと思っていた。あんな思いの丈をそのまま大声で叫び、激情(?)にまかせて激昂してしまうような人間だとは、思ってもいなかった。

 

 そして、スーパースパルタニアンのハッチ越しに提督の顔をみたとき、……全身の力がぬけてしまった。コックピットから提督にされるがまま抱き上げられたとき、やっと正気にかえることができた。

 

 母艦トリグラフに回収されてから、そしてこのヒューベリオンに向かうシャトルの中でも、アッテンボロー提督はいろいろと気を使ってくれた。いつも通り、……いつも以上に優しくて、頼もしくて、ちょっと格好良くて。

 

 だからこそエリザは、提督の顔を見られなかった。とにかく恥ずかしくて、どんな顔をすればいいのかわからなくて、どうしていいのかわからなくて、そんな自分がただ情けなくて……。ましてや、艦隊の他の皆さんにもあれを聞かれているかと思うと、このまま消えてしまいたいくらいだ。

 

 

 

 

 

「エリザは、……どうするんだ?」

 

「えっ、え、そ、その、わ、わたしは……」

 

 おずおずとキャゼルヌの後ろからでてきたものの、エリザはなんと答えていいかわからない。自分はいったいどうするべきなのか、自分で想像ができない

 

 意識せぬまま、視線が迷走する。空中を泳ぐ。キャゼルヌ中将の顔。メルカッツ提督の顔。司令官ヤン提督。そして……。

 

 アッテンボローと視線があった。彼は、微笑んだ。『大丈夫。俺とヤン先輩にまかせておけ』 そう言ったような気がした。

 

 

 

 

 

 実のところ、この場にいる者のほとんどは、エリザの今後について気にかけていた。艦隊の最後の切り札として命を賭けて単独で死中に飛び込まされた少女のことを、ひょっとしたら自分自身の今後の身の振り方以上に心配していた。基本的にみな司令官を信頼してはいたが、もし彼女が斬り捨てられるようなことがあればたとえヤン提督に逆らってでも守ると決めている者もいる。

 

 そんな者達の多くは、メルカッツやポプランが『動くシャーウッドの森』艦隊にいくというのなら、エリザも一緒に行くべきだと思っていた。彼らならば、帝国軍や同盟政府から彼女を守ってくれるだろう、と。

 

 だが、通称ヤンファミリーのすべての家族に責任を持つ司令官、ヤン・ウェンリー提督の意見は、それとはことなった。

 

「エリザには、ヤン艦隊に残ってもらいたいと、私は考えている」

 

 多くの者が顔をあげる。ヤンの次の言葉をまつ。

 

「メルカッツ提督は生死が帝国軍には知られてはいないはずだ。だが、エリザは違う。生きて帰ったことが知られている。もしエリザがいま艦隊から消えたら、帝国軍は血眼になって彼女を探すだろう」

 

 そうだ。彼女はローエングラム公に主砲を向けただけではない。銀河帝国皇帝の血を引いている。ローエングラム公が放っておくはずがないのだ。

 

「……もちろん、本人の意思を尊重するけどね」

 

 やさしくウインクしたヤンを、エリザは見上げる。そして、決死の思いで口をひらいた。ここで言わねば、一生後悔することになるだろう。

 

「わ、わ、わたしは、……い、今まで通り、キャゼルヌ家の一員として、暮らしていきたい、……です」

 

 最後の方は、蚊の鳴くような声だったかもしれない。だが、それはたしかに少女の確固たる意思の表明だった。

 

「空戦隊隊長としては寂しくなるが、戦争は終わったのだから家族がいる者は家に帰るべきだな。……あとは我らが司令官閣下がなんとかしてくれるだろうさ」

 

 ポプランがおちゃらけた口調で言うが、幕僚達全員に向けたその目は笑っていなかった。その視線をうけたヤンが苦笑い。そして、いつもと同じとぼけた表情のまま、しかしきっぱりと断言したのだ。

 

「うん、わかった。帝国軍とは私が話をつけるから安心してくれ。……司令官として部下の行く末には責任をもつよ」

 

 

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