汝に、問おう。

王女は鍵を手に入れ、方舟は用意された。

悠久の時を経て、かの王女も忘れ去られ、薔薇の蕾は枯れゆき諸共と成し、棘のみが残る。

さぁ、最後に楽園に辿り着きし者を、どう証明するか。



舞台は病を克服できずに死へと近づくセイアとそれに寄り添う先生の2人。
果たしてセイアにとっての”楽園の証明”は出来るのか?

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.1 楽園の証明とその先に

汝に、問おう。

 

王女は鍵を手に入れ、方舟は用意された。

 

悠久の時を経て、かの王女も忘れ去られ、薔薇の蕾は枯れゆき諸共と成し、棘のみが残る。

 

さぁ、最後に楽園に辿り着きし者を、どう証明するか。

 

———キヴォトス旧約聖書 第3章 楽園の証明より

 

***

 

窓から朝日が差し込み、子鳥のさえずりが聴こえてくる。

 

それは何時も聞いた変わらないものであり、私に安心を与えるものでもある。

 

「...もう朝かい」

 

私はそう呟く。瞼を開ける訳でもなく、身体を起こす訳でもなく、ただ、傍に居る君へと問うために。

 

「うん、朝だよ。セイア」

 

その君の声色は、私にとって大切な物であり、譲れない物。それが例え誰であろうと。

私はその返事を聞いてようやく瞼を開ける。すると視界の端に君が映り、視覚が、君が私の傍に居る事を証明する。

 

「おはよう、セイア」

 

本を読む手を止め、私の方へと向き直る君。そんな君からの挨拶に私も返事を返す。

 

「おはよう、先生」

 

お互いがお互いを大切に想い、今日も共に生きて行く。

ふと、君が読んでいた本に目を落とす。

 

「”楽園の証明”かい?君がその本を読むなんて意外だね」

 

私が冗談混じりにそう問いかけると、君は少し恥ずかしそうにしながら

 

「あはは...少しね、読んでみようかなって」

 

君の誤魔化しを混じえた答えに、私はからかい心が湧いた。

 

「その本は、どうやら私の物のようだね?」

 

そう再び問うと、図星だったのか君は驚いた表情で慌てていた。そんな君の姿を見ていると自然と笑みが零れてしまう。

 

「別に勝手に読んでもらっても構わないよ、ただからかっただけさ」

 

そう微笑しながら伝えると、君は安堵のため息をついた。

 

「さぁ、今日は調子が良いみたいだ。私を外に連れてってくれないか?」

 

朝からこれだけ会話が出来て、笑う事が出来た、今日は良い日の様だ。そんな日だからこそ、久しぶりに君と外に出たい。

 

「今日は体調大丈夫なの?」

 

君はやはり心配してくる。だけどそんなのは想定済みだ

 

「あぁ、大丈夫だよ。君と一緒なら何があっても助けてくれるだろう?」

 

再び微笑しながらそう答えると、君はどこか諦めたような表情でただ一言「わかった」と返事をして、準備をしに行った。

 

しばらく部屋に残された私は、君が読んでいた”楽園の証明”を手に取る。そして目に入ってきたページにはこう書かれていた

 

———————-

汝に、問おう。

 

王女は鍵を手に入れ、方舟は用意された。

 

悠久の時を経て、かの王女も忘れ去られ、薔薇の蕾は枯れゆき諸共と成し、棘のみが残る。

 

さぁ、最後に楽園に辿り着きし者を、どう証明するか。

————————

 

丁度、私が読み進めていた場所だ。私の栞も挟まっている。

 

最後に楽園へと辿り着いた者の証明。それは何を意味するか、やはり難しい。

 

「私の楽園は、どこなのだろうか」

 

ふと呟いたその一言。ただの独り言で終わる筈が、何故か頭から離れない。私がそんなことを考えていると

 

「戻ったよ、セイア。さぁ、準備しようか」

 

いつものスーツに身を纏い、準備を整えた君が、どうやら私の着替えを持ってきたようだ。

 

「あぁ、頼むよ」

 

私はベッドから身体を起こし、座る体勢になる。傍に来た君に着替えの補助をしてもらいながら、何時もの姿に身を包む。

それからもまた、君の補助を貰いながら廊下を歩き外へと向かう。

 

「久しぶりの外だよ、やはり風は気持ちがいいね」

 

君と再び玄関を出れた事が嬉しい。ゆっくりと、君の補助を貰いながら杖をも頼り、だけど確実に1歩1歩、前を歩く。

 

「私も嬉しいよ、セイア」

 

君が不意にそう言ってくる。それが例え本意でなくても私は嬉しいものだ。

 

「あそこの木陰に行こうか」

 

かなり距離の離れた草原まで歩いてきて、木陰で休憩する。ゆっくりと腰を下ろして、君にもたれかかり背中を預ける。

 

「風の靡く音が聴こえるよ、鳥のさえずりも聴こえる」

 

淡い緑の地平線を眺め、君と居る今という時間を噛み締めるように脳に刻む。決して、忘れないように。

 

「いつもあの部屋で寝たきりだからね、たまには外に出ないと廃れてしまうよ」

 

私がそう言うと、君は笑いながら

 

「そうかな、セイアはきっと綺麗なままだよ」

 

そう言う。

 

「そう言ってもらえると嬉しいものだね」

 

お互いが笑みを浮かべ微笑する。今だけは、身体の事も何もかも忘れて、ただ君と一緒に居るという幸せだけを感じることが出来る。

 

それから夕暮れ前には戻り、いつもの部屋で寝たきりの生活へと戻る。

 

「君が傍に居てくれて嬉しいよ」

 

私がふと、そう呟くと君は

 

「私も、セイアが居てくれて嬉しい」

 

そう言われると、分かっていても胸が高鳴ってしまう。

 

「すまない、もう少し傍に来てくれないか?」

 

そうお願いすると、読んでいた本を置き私のさらに傍へと来てくれる。

 

「どうしたの?どこか辛い?」

 

そっと私の手を握ってそう問いかけてくる。

 

「そうじゃないんだ、ただ」

 

やはりこれを言うのは毎回恥ずかしいな。だけ君はそんな事は分からない。

 

「ただ?」

 

そういう鈍感な所が、君の短所なんだよ。

 

「言わせないでくれ、私はこれでも一応乙女でね...」

 

少し視線を外しながらそう答える。顔がとても熱い。すると、ようやく意味を理解したのか、君は

 

「ごめん、そうだよね」

 

そう言って、私のベッドへと入ってくる。密接するとやはり君は男なのだと再認識させられる。

 

「少し、怖くなってね、こんな歳にもなって今更だが...」

 

自傷気味にそう言い訳すると

 

「君はまだ17なんだから怖くなって当たり前だよ。大人でも怖くなるんだから」

 

そう言って優しく抱き締めてくる。その抱擁が心を落ち着かせ、恐怖心を和らげる。

 

「私は、やはりもう生きられないのか...?」

 

君にそう問う。

 

「...私は医者では無いからね、なんとも言えない」

 

君は先生であって、医者では無い。そんなの私だって理解している。だけど、それでも、嘘でもいいから、大丈夫だと言って欲しい。

 

「私は、怖いんだ...」

 

君の胸により一層顔を埋め、抱き締める力を強くする。

 

「君にもう、会えなくなってしまう事が、共に話し合う事が出来なくなるのが、怖いんだ...」

 

目頭がとても熱い、そうか、泣いているのか、私。

 

「セイア、楽園の証明は何か知ってる?」

 

いきなりそう問い掛けてくる君のその言葉に、私は一瞬理解が遅れたが、すぐにあの本の事だと理解した。

 

「さぁ、私はまだ考えている途中でね」

 

涙を拭いながら、必死に平然を装う。

 

「あの本の問い掛けはね、『今の絶望を、未来への希望に変えて再び悠久の時を得る者を証明せよ』っていう意味なんだ」

 

君から出たその言葉を聞いた私は、正直驚いた。

 

「だからさ、セイアにとっての”楽園の証明”を、今からでも一緒にしない?」

 

君は、やはり先生なのだと、今一度分かった。私は生徒で、君にとって大切な存在。

 

「時間が無くたって、構わない。必ずセイアに楽園の証明をさせてみせるからさ」

 

だから君は、私に最後まで正解を見つける事への喜びを知って欲しい。なら、私はその誘いにこう答えよう。

 

私は微笑する。

 

「私と君は、アダムとイブで、再び楽園を探そうか」


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