猿猴捉月   作:嘘風

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おたえ視点が難しすぎる なんでこれを選んだんだ
続きます


《たえ:2》Smells Like Usagi Spirit

「あ、紗夜さんだ」

 

 練習まで時間があるし練習してようかなと思ってRiNGに来たら見慣れた後ろ姿があったので、どっか行っちゃう前に駆け足で近付いていく。背中にはギグバッグ……あれ?

 前に見たやつより分厚い、というか、私のと一緒かな? でもちょっと違うかな。スラッとしてるから物の厚みがわかんない。

 背中について回ってじっくり眺めていると、いつの間にか半身になって振り向いた紗夜さんが私を見下ろしていた。

 目が合う。お互い真顔でぱちぱちと瞬き。色々聞きたいけどとりあえず。

 

「紗夜さん」

「はい」

「こんにちは」

「……はい、こんにちは」

 

 姿勢を正してお辞儀をすると、なんだか困ったような笑顔で紗夜さんも返してくれた。どうしたんだろう、何か見てたのかな。

 

「ギター見てたんですか?」

「まあ……いえ、そうですね。はい。あまりじっくり見たことはない気がしたもので」

 

 紗夜さんがいたのは併設のギターショップだった。ほとんど初心者向けとか、あってもミドルクラスくらいだけど、ここに勤めてる身としては良いものが揃ってると思ってる。

 

「花園さんはバイトですか、それとも」

「練習です。みんなは来るのは夕方ですけど、暇だったから。紗夜さんは……ギター買いに来たんですか?」

「違います」

「わかんないですよ」

 

 空っぽのギグバッグを持ち歩く人はいないけど、これはふたつ入るから。空いてる席に収める一本を探してるかなと思ったけど、紗夜さんは首を横に振った。

 

「予定も今のところはありませんね。……必要に駆られて買ってしまいましたし」

「えっ」

 

 つい声を上げちゃった。ずっと準エントリーモデルを使ってた昔のロックスターみたいな紗夜さんが、新しく?

 背中のギグバッグを軽くノックして「それで見てたんじゃなかったんですか」と聞かれる。

 

「見ますか」

「はいっ」

 

 買ったばかりだからスタジオに空きがあれば慣らしていこうと思ってたらしい。一部屋だけあったから私も一緒に入らせてもらい、ギグバッグを受け取る。丁寧にソファへ横たえて慎重に分離し──ふたつ入るっていうか、ふたつのバッグをくっつけられるタイプだった。お揃いで嬉しい──それぞれ開封する。

 かたっぽは前にも見たアコギだった。国産の、そんなに高くないけど良い音がする準エントリーモデル。だけどもう一方は……おぉ。

 

「アコスタだ!」

「あったら便利だ、と日菜に押し切られまして」

 

 MiDDay-Moonの周年記念もあったし、と零す紗夜さんに渡して構えてもらう。

 アコギの弦を張ってアコギとして使える、だけどエレキ、っていう面白いギターだ。左右非対称の綺麗な青いボディに真ん丸のホール、素朴な木目の輪郭。可愛くてお洒落。

 

「かっこいい」

「ありがとうございます。……弾く前からまっすぐ褒められるのは面映ゆいですね」

「配信でも褒められてるじゃないですか」

「画面の向こうの顔も見えない不特定多数の褒め言葉と、目の前にいる知人の褒め言葉は違いますよ」

 

 知人。

 ……ちょっと、もやっとする。

 

「……知人なんですか? 私」

「え?」

「一緒にライブしたのに。楽奈も」

「要さんは猫じゃないですか」

 

 じゃあ、うさぎだったらいいよね。

 私はまだ覚えてるのだ。高校の頃、初めてうさぎ小屋で一緒に遊んでからもたびたび構ってもらったことを。うさぎに群がられたら断れない人だってことを。

 私はうさぎ、私はうさぎ……じっと目を見る。

 

「……まあ、そうですね。ギター友達ではあります」

「やった」

 

 ぐっとガッツポーズ。いや、違った、今の私はうさぎだった。拳をほどいて頭に添えた。ぴょんとうさぎポーズ、よし。

 

「紗夜さん紗夜さん」

「はいはい」

「セッションしましょう。スメルズとかやりたいです」

「……これはジャズマスターモデルだそうですが」

「ジャガーもオフセットボディです。スケールは違いますけど」

「……雰囲気は出ますか」

 

 頷いてくれた。嬉しいな。

 マーシャルアンプをハウリングしないところに動かしはじめた紗夜さんを尻目に私もセッティングしていく。私も借りたアンプにストラトを繋いで──あ、そうだ。

 お礼、ちゃんと言わないと。

 

「紗夜さ……ううん、えっと、あのときは氷川先輩だったけど」

「はい……はい?」

 

 あのうさぎ小屋での付き合いを続けてくれたこととか、またギターを聴かせてくれることとか、色々、そう。

 

「ありがとうございます。ロックでいてくれて」

「……これからやるんですよ」

「それもそっか」

 

 今日だけじゃなくてずっと続くんだもんね。

 じゃきん、とミュートしながらワンストローク。スメルズは私も歌えるけど、紗夜さん歌ってくれないかな……だめかな?

 私はうさぎ……うさぎ……どう?

 

「……ギターに専念させてください。これの試運転でもありますから」

「残念」

 

 絶対に素敵なのになぁ。

 

 

 

 

 紗夜さんのアコギを弾かせてもらってふたりでポピパの曲をアコースティックアレンジしたり、スメルズだけじゃなくてスモーク・オン・ザ・ウォーターやレイラを弾いたりなんかもしてるうちに時間が来ちゃった。

 RiNGは今日も盛況で、ポピパで取ってる時間まで入りっぱなしじゃいられない。紗夜さんも用事はないっていうから構ってもらうことにした。並んでやまぶきベーカリーへ入っていく。

 

「いらっしゃいませー」

「沙綾? あれ、店番?」

「あはは、用事済ませて帰ってきたとこだからむしろお客さん側なんだけど、ついね。紗夜先輩もこんにちは」

「ええ、こんにちは」

 

 トレーとトングを持って棚巡り。なんとなくカチカチしてみる。顔を合わせると紗夜さんもカチカチした。

 

「なんか鳴らしちゃいますね」

「こうしてトングを鳴らすのはパンを威嚇するためなのでいいんですよ」

「威嚇……」

 

 くるんと三日月型のクロワッサンにトングを差し向ける。カチカチ。……カチカチ。間合いを測らないと危ないかな。

 

「どれくらい脅かしますか」

「クロワッサンはある程度柔らかい方がいいので脅かしすぎないようにしてあげましょうか。逆にハード系のパンは後でバターを塗って焼き直しますし、締まってた方が美味しいでしょうね」

「ハード系……」

 

 クロワッサンを優しくトレーに輸送して、次の獲物を探す。ハード系、ハード系……フランスパン!

 

「こんちゃ〜す……およ、センパイじゃないですかー」

「青葉さん、こんにちは」

「どしたんですか〜、もしかして春のパンブーム到来だったり」

「青葉さんのせいですよ」

「センパイの自制心の問題でーす」

「この味を教えたのは貴女のくせに」

「……じゃ、おいしいのが悪いってことで〜」

「ではそれで」

「こーらこらこら、モカ。褒めてくれるのは嬉しいけど変なこと言わない! っていうか……」

 

 カチカチ威嚇して、隙を見てシュバッと掴み取る。これぐらいにしておいてあげるべき?

 

「紗夜さん! どうですか!」

「冗談ですよ」

「え」

 

 トレーにフランスパンを取り落としちゃった。そんな……どこから冗談だったんだろう。バターを塗るところから? やまぶきベーカリーがマイブームなところから?

 

「やまぶきベーカリー美味しいって言ってたのも……?」

「それは本当です。……威嚇のことですよ。してもしなくてもパンは美味しいものです」

「あ……よかった」

 

 やまぶきベーカリーは美味しいのはほんとだった。よかったね、の気持ちで沙綾の方を見ると変な顔をしてる。

 

「……紗夜先輩、冗談とか言うんだ」

「けっこーテキトーだよ〜? ですよね〜」

「ギターを構えた面白お姉さん、くらいの親しみやすさを目指していますよ」

「親しまれても困るくせに〜」

「言ってくれますね」

「モカと仲いいのもなんか意外なんですけど」

「いえ〜い、仲良しですもんねー?」

「……いえーい」

「ホントに意外だ……」

 

 ……楽しそうにしてる。

 モカと何度かギター弾いてるのはSNSで見たことある。あとRoseliaとAfterglowが仲良しなのも知ってるし。私と一緒でギター友達なんだろうな。

 ……私もなんだけどな。

 

「おたえ?」

「おー?」

 

 紗夜さんを肘で突っついてるモカの、逆隣にくっついてみる。……うーん。もやだ。のけものみたいでちょっと寂しい。

 紗夜さんはうさぎに甘いから、のけものじゃなくてケモノになろう。うさぎ……オッちゃんなら、そう。

 肩に、おでこをぶつけてみる。

 

「……花園さん? あの、花園さん……?」

「おたえ、ヤキモチ?」

「……ちょっと寂しいです。ほっとかれてたので」

 

 りみが留学に行ったりしてバンドをできない時間を味わってから、前より寂しがりになった気がする。

 うさぎは寂しいと死んじゃう、っていうのは迷信だけど。繊細だからきちんとこまめにお世話しなくちゃ弱ってしまうのは本当。

 友達がいないのは心寒くて、つらくて、死んじゃいそうな気持ちだ。魂がうさぎになっちゃったみたいな。

 

「またやってるんですか〜? 女誑しぃ」

「人聞きが悪いですよ」

「紗夜さんの体面の方がじゃありません〜?」

「……奢るのでトレー持っててください」

「まいどあり〜」

 

 何度かとんとんしてると、紗夜さんがこっちに向いてくれた。自分でも恥ずかしいことしてるなーとは思ってて、だけどなんだか甘えたい気分だった。受け止めてくれるかなって思惑は当たってた。

 顔を上げる。まつ毛の長い、綺麗な目が近い。

 

「花園さん。ポピパの練習まで、まだ時間はあるんですよね」

「……はい」

 

 聞きながら、紗夜さんは沙綾の方を向いていた。頷いてくれるのに私も返した。夕方の予約までまだまだある。

 

「路上ライブ、付き合ってもらえませんか」

「ライブ……」

「せっかくアコギを持ち出していますから。夕食代でも稼いで、それで何か食べて帰ろうかと思っていたんです。よければ一緒にどうですか」

 

 ライブ。紗夜さんと一緒に。

 アコギで並んで音を鳴らして、その稼ぎで打ち上げして。

 それは、とってもロックだ。

 

「……やります。紗夜さんと、ロックしたい」

「よろしい。……すみません山吹さん、少しお借りします」

「ご迷惑おかけします……」

「いえ、私も楽しみですから」

 

 話がとんとん纏まって、私たちはやまぶきベーカリーを出た。しょんぼり手を引かれながら、RiNGの最寄り駅へと移動していく。

 

「……紗夜さん、その、ごめんなさい」

「別に、花園さんにやらされているつもりはありませんよ」

 

 紗夜さんの口調は軽かった。

 

「せっかく道連れがいるんですから。相方がいるなら流れで弾くのも悪くない」

「……浮気はちょっと」

「青葉さんみたいなこと言いますね……」

 

 モカにも怒られてるんだ。実際、紗夜さんは日菜さんともっといっぱい演奏していいと思う。ネットとかでも。

 でも、うん、嬉しいものはやっぱり嬉しい。

 

「紗夜さん」

「はい」

「ありがとうございます。遊んでくれて」

「まだ早いですよ」

「……そっか。それもそうですね」

 

 紗夜さんは、優しい人だ。

 うさぎを無下にしないし、私にも。

 それから……ううん。構ってもらってばっかりで、ちょっとわかりにくいや。

 

「いっぱい聞かせてください、紗夜さんの音」

 

 そしたらきっとわかる、はず。

 

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