※カクヨムにも投稿したものです

「孤独と暇」こそが、人生で最も憂鬱な時間だと思っていた。
白髪の少女・天兎(あまう)ソラは、入学したばかりの高校で疎外感を抱えながら過ごしていた。
そんな彼女の日常は、ギャルのクラスメイト・ヨーカによる強引な勧誘で一変する。
誘われた先は、個人用飛行兵装『WIND』を駆使して空で戦う競技――通称『Plasma戦』。
初めて空へ飛び立った瞬間、ソラは知る。
重力なんて、最初からなかったのだと。
仲間との出会い、専用機『徒桜(トランジェンタ・チェリー)』との絆。
孤独だった少女が、自由な空で自分の居場所を見つけるまでの物語。

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第1話

 最も憂鬱な時間はいつだろうか、とソラは思案していた。

 天兎(あまう)ソラ、16歳、現役女子高生真っただ中。外見的特徴は、長めの白髪だ、ということぐらい。2111年度、『私立蒼穹高校』入学。それから二週間程経った。

 最も憂鬱な時間はいつだろうか。彼女の中で答えが定まった。

 「孤独と暇」だ。

 今日に至るまで、彼女はそれらしい話し相手さえ作ることが出来ていなかった。

(まずいな……)

 疎外感は彼女にとって、もっとも忌み嫌うものだった。その理由を彼女はまだ言語化できていない。

 

 月曜の放課後、学生の喧噪の中、彼女は特に何をするでもなく、ただただ窓の外を眺めていた。

 青空を飛ぶジェット。雲を描き宙を舞い、遅咲きに散る桜が視界の上で重なる。拡張現実――オルタナ、コンタクトのように付け、現実に様々な情報が記述される光学デバイス――が、ジェットと、徒桜という言葉の情報を窓に張り付ける。

 そこに微かに自由を感じた。

 

 さて帰ろうと立ち上がった、その瞬間。

 

「ソラちゃんっ!!!! お願いがあるのっ!!!」

 

 ソラの机に両手を叩きつけた女子が一人。ソラは目を丸くして目の前の女子を理解する。

 黒淵(くろぶち)ヨーカ、同じく16歳。ひとつ前の席の女子。所謂、『ギャル』だろうか。とはいっても校則遵守の恰好はしている。まだ4月なのに半袖なのは如何なものか、とは思うが。

 そして声を絞り出す。

 

「な……なに――」

「『飛翔部』入ってくれないかなぁ!?!?」

 

 絞り出した声はヨーカの懇願に打ち消された。

 

 

 

 私立蒼穹高校。工業・情報系に強いと言われており、実際に十クラス中の七クラスが理系で構成される。ソラ、及びヨーカは文系だったが。

 そして、この校風はある部活の存在を認めていた。

 

 『飛翔部』。全国的にはあまり多くない部活の一つだ。分類としては文化部だが、実態は運動部に近い。吹奏楽部的な、朝練・走り込みなども存在する場合がある。また、女子比率が高い、なぎなた部的な側面もある。

 

 では一体なんの部活か?何をするのか?

 その疑問をソラの顔から感じ取ったヨーカは、発言する。

 

「私たちはね~、『Plasma戦』をするんだよ!」

「な……何……?」

「おね・がいっ! 一週間だけの体験入部でいいから!! 来週の日曜まで!!」

 

 ヨーカは両手を今にも火が起きそうな程激しくこすり合わせている。

 ソラはまったくもって腑に落ちない、というよりもPlasma戦だとかそういった単語が一体何なのか、理解できていなかった。

 

 が。

 

「……分かった、いいよ」

 

 不思議とそこにワクワクを見出していた。

 

「うぇ! いいの!?!? ありがとう……!!

 えっとじゃ、今から、屋上来てね! お願いね!」

 

 そう言ってヨーカは去ってしまった。

 

「……今?」

 

 そしてこのお願い、がソラの高校生活をがらっと変えることになる。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 屋上に入る生徒は少なかった。少なくとも、今日まで屋上に入る教師も生徒も見たことは無いし、もちろん、私も入るのは初めてだった。

 もしこれが陰湿ないじめの始まりだったら、と思うと、やっぱり逃げ出すべきなのではないか、とも思えた。

 

 孤独。この屋上の、重々しい鉄製の扉の奥では、孤独は死んでくれるのだろうか。

 

 思い切って扉を開け始める。もうすでに日が傾きつつあって、橙色の光が少しづつ広がった。

 

 目の前には『それ』が在った。

 

 その見た目を形容するのは難しかった。しいて言えば、超小型ジェット機の羽を二対、背と足から生やし、腕と足にはめる為の器具があり、頭蓋にはめる為のメット、そしてショットガンのような見た目をした銃を右足に、両手に柄だけ剣と、盾、がある、何か。

 ひとつ確かに言えることといえば、それは白かった。銃や関節部は黒かったり、鋼が見え隠れしている箇所もあったが、限りなくそれは純白。

 連想されるのは――

「これが私の機体、『(クラウド)』だよ!」

 そう発言したのはヨーカ。扉の影に隠れていた。

「これを装備して、空を飛んで、撃ち合う!ってのが、私たちのこれの使い道」

 ヨーカは『(クラウド)』に近づき、そっと表面を撫でた。

「え、そんなことしちゃ危ないんじゃ……」

 私は素朴な疑問をそのままぶつける。

 

「だからコレを使うんです」

 背後から声がして、振り向く。

 私より背の小さい少女。が、何も書かれていない地球儀のような物を持っている。というかその装置で顔が全て隠れている。

「えと……あなたは……」

 少女は装置の横から顔をひょいと出して、

「お初にお目にかかります! 蒼穹高校飛翔部二年、副部長の『宇鏡(うきょう)カリン』です!」

 二年……? 今、二年って言った……?

 そして副部長とも。

「話はヨーカさんから聞きました! 体験入部生のソラさんですねっ!」

 あっはい……そうです……。すごいニコニコと聞かれてしまって、逆に怖い。

「では、簡単に飛翔部と、その活動の主である『Plasma戦』について解説しますね、多分ヨーカさんは適当にしか教えてないでしょうから……」

 

 カリンさんは語る。

 『Plasma戦』。

 WIND武装――Weightless Inverse Navigation Device、無重力逆航兵装――と呼ばれる、個人装備型兵装を駆使し、空中を飛び回り、相手の撃墜を目指す、空戦型スポーツだ。

 『(クラウド)』もWIND武装のひとつ。

 つまり、飛行する機械に乗って戦うサバゲー、のようなものらしい。

「そして、やっとコレの紹介ができます……ねっ、と」と、カリンさんは屋上の地面に、さっきから持っていた謎の装置を置いた。重そうだった。

「これはPlasma coreといい、オルタナの発信機です。あと同時に発電機でもあります。」

 曰く、この装置からWIND武装の銃撃や剣戟の光像が現実に映し出されるらしい。現実がスクリーンで、Plazma戦が映し出す映画である投影機、といった具合だろうか。

 黒い球体が台座の上でゆっくりと円転し、その周りを細い金属製の大小異なる、球体の円周を囲うような部品が逆回転したり、縦横に回っていたりする。

 さながらそれは一個の惑星のように思えた。

「ソラさんは……えっと、とりあえず今使ってないのが一機あるので……ちょっとアセンブルしますね……」

 カリンさんは屋上に置かれている大きなロッカーのような箱に鍵を挿し、扉を開ける。そしてその機体を取り出し、何やら改造のようなことを施している。

「今日だけこの機体を使ってもらいますね」

 

 深い青、紺色に近い金属が鈍く光っている。右手には長い銃、左側の腰には柄だけのダガーナイフのようなものがある。両肩から二対の羽のような部品が伸びており、まるでそれは機械化された堕天使のオブジェのようだった。人間が乗り込むための、中央の空洞(コックピット)が、少し不気味さを醸し出している。

「名前は『引力(イレジスタ・ブルー)』と言って……まぁ性格の悪い機体ですね……」

 カリンさんが苦そうな顔をする。

「で、ヨーカさんととりあえず練習戦をしてみましょうか!」

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 カリンさんに基本的な操作方法を教えてもらいながら機体に乗り込む。

「ソラちゃん、行くよ~!」

 ヨーカが屋上から発進するのを見て、一呼吸して、私も発進レバーを倒す。

 夕日に染まる空に向かう。そして。

 

「飛ん……でる……」

 

 空中で縦方向に半回転し、宇宙に放り出されたかのように空中を浮かんでいる。

『大丈夫ですか!? もし危険そうなら助けに行きますが!』

 耳元でカリンさんの声がする。機体同士の通信機能らしい。

「いや……大丈夫です」

 心臓が跳ね、興奮しているのが汗の滲みからも分かる。

 でも心は落ち着いていた。

 

 私は、やっと今、気付いた。今、この瞬間が、自由そのものであると。

 重力なんて、無かったんだってこと。

 

 ゆっくりと姿勢制御を行い、空中でヨーカに向き合う。

『いったん、地面に降りよっか?』とヨーカの声。

 操作に手惑いながらも、グラウンドに着地する。他の運動部は既に居ない。

「これってどうなったら勝ちなの?」『ダメージを一定以上負うと飛行能力が剥奪されて、終了する』「じゃあ」

 腰に掛けられていたライフルを手に持ち、構える。

「撃ってみる」

 トリガーを人差し指で引く。全身にリアルな反動が来て、それと同時に光の弾丸が飛ぶ。

 ヨーカは低空を飛行しつつ私から離れるようにバックステップ。エネルギーシールドを展開して弾丸を防ぐ。

 

 のが。どうしてだろうか。

 『視』えた。ような気がした。

 

 ヨーカがシールドを展開するのに合わせてブースト、接近してダガーをシールドに突き立てる。

「何!?」

 弾丸に隠れていた上、シールドの光像、さらに暗くなり始めた空による疑似的な迷彩効果の三重の視界効果(エフェクト)で、ヨーカは私のことが見えていなかったらしい。ダガーを逆手に持つ左腕に力を込め、シールドを貫通。刃がヨーカの喉に触れる。

 ヨーカの機体からビープ音が鳴る。それが終了の合図のようだ。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

「ソラさん、すっごいセンスですね!?」

 再び屋上に(階段は使わずにWINDを使って)登った私とヨーカを見て、カリンさんは興奮した様子で言った。

「負けたな~……さすがに部長の機体だし油断してる余裕なかったか……」と、呟いたヨーカの声を聞いて、そういえば、と思う。

「そういえば、部長さんはどこに……? お休み?」

 ふと尋ねる。すると二人の顔は曇った。

「あ~っと……」「ちょっと今居なくって……」とはぐらかされた。なぜ居ないのかを聞きたかったが、まあいいかと思った。

 

「……また明日も来ていいですか?」

 

 と聞いて、カリンさんは目を一瞬見開いてこちらに、改めて向き直る。

 

「はい! 今週の日曜日まで!」

 

 今週は、人生の中でも異常な一週間になる。

 暇も孤独も、感じる余裕なんて無さそうだ、と感じた。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 火曜、木曜、金曜とソラは飛翔部の部室として運用されていた屋上へ赴いた。水曜は部がそもそも休みだった。

 カリンとヨーカの空戦を見たり、WIND武装の歴史について話を聞いたり。そしてもちろん、ソラ自身もWINDに乗り、銃撃訓練や飛行演習を行った。使用した機体は、ずっとソラが最初に乗った紺の機体だった。カリンは黄と白、黒の重機のような機体にのっていた。あまり飛行能力が高くなく、地上戦を得意とする機体。メイン武器はサブマシンガンとハンマー。

 カリンもヨーカも、自身の専用の機体を持っていた。

 そして、カリンはソラに「もし良ければ、明日、ちょっとお出かけに行きませんか?」と、尋ねた。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 土曜日。

 私はあまり来たことのない駅で、スマホを片手にそわそわしていた。

 カリンさんは『ごめんなさいちょっと遅れます~』とメッセージを送ってきている。やはり、憂鬱なのは、こんな時間だ。

 辺りを見回していると、遠くに小走りしている少女の姿。

「ごめんなさい〜!!」

 カリンさんが、制服とはまたちょっと違った、カジュアルな服装でいる。まだ出会って数日だが、新鮮。

「じゃ、早速行きましょうか!」と言っているが、私はまだどこに行くか知らない。「行ってからのお楽しみですよ」とカリンさん。

 

 徒歩十五分程度だろうか。大通りから外れていき、静かな路地が多くなる方へと向かっていき、現れたのは。

「WINDショップ……?」

「はい! WIND武装公式専門店であると同時に」

 と言いながら、カリンさんは店の扉を開けつつ、衝撃的な言葉を放った。

 

「ただいま! 後輩を連れてきたよ!」

 

 整理する。

 私が今居るのは、WIND武装を販売する専門店であり、そしてカリンさんのお家。

 ……なら遅刻するような事ある?

 

 でも、そんな疑問はすぐにどうだってよくなった。

 

「ようこそです! 深淵なる飛翔の世界へ!」

 

 店は広く、清潔感のある白く明るい光に満ちており、車を販売している店のような感じだった。そして、もちろん、その車の代わりには、数多のWIND武装。

 様々なカラーで、様々な形。私が見たことのない銃に、剣に、翼。とてもワクワクした。不思議な胸の高まりを感じていた。

 

「で、なんとソラさんには超オトク情報です! この中の一機を差し上げます!」

 わーお、そりゃまたすごい。

「いや……え?」

 言ったままですよ、と言われ、まぁそういうものか、と納得することにした。

 

 そんなこんなで、私は店内を見て回っていた。とにかく、ずっと圧倒されていた。

 いくつもの、見たことのないWIND武装。

 

 どれくらい経ったか、多分小一時間経った後に、「これが、いいです」と指を指す。

 

(ファンネル)を駆使する中距離型の機体ですね~。薄桃色の限定モデルですね、良いセンス……」

 そこそこ操作難度が高い機体ですけど、と小さな声で言われたが、私はその機体にした。

「名前はどうしますか? 一般的には日本語に何らかの当て字ですが……。 あ、私のは『踏切物語(レイル・ロード)』って名付けました。ちょっと恥ずかしいですが……」

「じゃあ……」

 

 『徒桜(トランジェンタ・チェリー)』。

 

 儚く無為に散る、徒桜。でもそれは、きっと自由に宙を舞うから。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 店を出て、もうすっかり暗くなった道を歩く。カリンさんは、駅まで付き添ってくれることになった。購入した機体は、明日学校に届くらしい。

「えっと……前日に急に呼んで申し訳ないです」

 いえ、今日は予定が無かったし、別に、と答える。我ながら素っ気無さ過ぎる言いぐさだなと思う。

 こんな街には珍しく星が幾つか、夜空に見えた。

 

「遅れたのは、ちょっとお母さんに交渉してたんですよね。さっき買った機体のお金を貸してくれないか、って。」

「え、もしかして無理して買ってくれたんですか……!? 悪いですよ」

「いや、違って」と手を振って否定された。

「すぐに返す当てはあるんです、きっかり、さっきの機体の値段分」

 というと?

「全日本高校飛翔振興財団っていうおっきな組織があって、そこに申請すれば、新しく高校生が飛翔部に入部すると、初めて購入する公式機体一機分のお金が帰ってくるシステムがあるんです」

「それってつまり」

 

 言い切るよりも前に、カリンさんが立ち止まる。慌てて私は振り向く。いつになく真剣な表情で、カリンさんは切り出す。

 

「ソラさん、お願いですっ! 私達の飛翔部に正式に入部して、明日の試合に出て欲しいんですっ!」

 

 そういえば、明日部活があるのか、私は知らされていなかった。

 明日の、試合。

 

「公式戦に出るためには三人のプレイヤーが出場する必要があって、もともと居たネア部長が今ちょっと出れない状況なんです……。 だからソラさんが入部してくれないと……!」

 

 大会に出ることが出来ない、と。そのために身を削って、入るかも分からない私のためにWIND機体を購入する手続きをした、と。

 まるで情に訴えているようで、結構合理的な手段で詰めてくるんだな、と思った。

 でも、そんなことしなくたってよかったのに。

 

 頭を下げ続けているカリンさんに、意を決して言う。

 

「こちらこそよろしくお願いします、カリン……先輩。」

 

 カリン先輩が、わっ、と顔をこちらに向ける。泣きそうな寸前に見える。

 

「あ、ありがとうございます~~!」

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 私とカリン先輩が駅に着く直前に、カリン先輩が私に言った。

「そういえば、『WIND MAKER』っていう伝説を知ってますか?」

 首をふる。

 

 なんでも、ほんの僅か一握りの人は、神経接続技術の用いられているWIND武装を、まるで手足のように自在に動かし、超人的な能力を得て、戦場を風そのものの如く舞うという伝説があるらしい。

 

「私、ソラさんがそうなんじゃないかな〜、なんて思ったりしてて……」

 

 と、言ったあたりで駅に着いてしまった。

 

「あ、じゃ、また明日ですね!お疲れ様でした!」「お疲れ様でした」

 

 怒涛の展開に、まだまだ気持ちが追いついて無いように思えた。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 それから、十七時間程経って。現在は日曜、昼の十二時。

 私は、今度は知らない駅ではなく、知らない学校に来ていた。

「あつくね?」「暑い」「暑いですねぇ……」

 今日は春先にしてはちょっと異常なぐらい気温が高く、入部届の提出やらで走り回り、すでに体力を持ってかれている。というか顧問は居ないの?この部。

 

 今居るのは、私立印彩高校のグラウンド。今回の試合の相手チームの学校らしい。

 殆ど説明を受けずに来てしまって、どうするべきか。

 

 グラウンドの反対側に、三人の人影が見える。遠いからそこまでよく判別できるわけではないが、長い黒髪、そんなに長くない髪の子が二人。

 

 まず、三人対三人であることもよくわかっていない。

「そういえば、作戦の説明をしないとですね。

 まず、Plazma戦には大きく二つのルールがあります。で、いずれのルールでも、五人戦と三人戦がありますが、今回は三人戦ですね。で、今日は『大将戦』というルールです。三人の内、一人を『大将』として、そのプレイヤーが撃墜(ロスト)されるとゲーム終了です」

「ってことは、やっぱり一番強いプレイヤーが大将になるんですか?」とカリン先輩に尋ねたが、答えたのはヨーカだった。

「セオリー通りならね! 敵さんもそうすると思う。でも、今回は私の考えた頭良い作戦で意表を突きに行くよ!」

 

 まさか……と思ったが、そのまさかだった。

 

 不安が募るが、もうすぐに試合の時間になる。

 ともかく、徒桜(トランジェンタ・チェリー)の初陣だ。がんばろう。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

『行くよ~! 準備良い!?』と、軽快な声が耳元のデバイスから聞こえた。

『問題ないです!』と、先輩の声。

「……うん。大丈夫」

 

 行ける。飛べる。

「天兎ソラ、行けます!」

 

 同時に鳴り響く、試合開始のサイレン。試合は、ランダムに選ばれた地点からスタートするので、ヨーカとも、カリン先輩とも今は距離がある。

 試合のフィールドは印彩高校、校舎内を除く全域。歩いて隅々まで回るのは、そこそこ時間が掛かるだろう。

 だが、WINDなら、むしろ狭く感じるぐらいだ。

 私のスタート地点は屋上だったので、とりあえず上昇。チームとの合流を目指したいところ。

『おーけー! ソラちゃん視認した! 合流に向かうね!』

 とヨーカの声が聞こえて辺りを見回す。下方に白い機体。私も向かう、と言おうとした。

 が、すぐさまその予定は取り消される。

 

「ヨーカ! 横に敵機!!」

 

 校舎と校舎の間の影から敵機が飛び出てきて、ヨーカの横から近接戦を仕掛ける。ヨーカも反応したが、空中でもつれて私の方から遠ざかる。

 

『まずいですソラさん! こっちも敵が来てます! 応戦してますが――』カリン先輩の声と、銃声が耳から流される。

『相手は合流してません! 一対一(タイマン)で来るようです!』

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 ヨーカは乱入した機体と地表付近で近接戦闘を続けていた。

(クッソ!速いなこの機体!)

 十分に(クラウド)はスピードを出せるカスタムを施している。しかし、敵機はそれ以上に――

(翻弄される……なんだ……?)

 敵機は長めのサーベルを両手に持ち、激しい連撃を繰り出してくる。

 敵機に搭乗している相手の息切れの声が聞こえてくる。しかしそれは、攻撃の激しさの裏返しだった。

(見ろ!見ろ見ろ! よく見て攻略の糸口を探せ!)

 焦り。ヨーカは焦っている。

 どれだけ回避のためのクイックブーストを掛けても、その先に刃。

 シールドを展開しながらフェイントを掛けても、その先に刃。

 短刀で攻撃を弾いても、その先に刃。

 刃、刃、刃。

 

(刃……か。)

 

 近接戦闘武器は、弾薬数や狙い(エイム)の事を考慮せずとも、最短で最大のダメージを簡単に稼ぐ手段だ。

 近接戦闘の最大の弱点は。

 

「――ッ!」

 

 思わず敵機の搭乗者(パイロット)から漏れたのであろう声が、ヨーカに聞こえた。

 着地時の隙を見つけ、ヨーカ本体に両の剣を突き立てた。

 

 そしてそれを、ヨーカは。

 

「……防御して無い……!?」

 

 体を透過する光の刃。ヨーカはそのダメージを覚悟して。

 隠し持っていたショットガンを相手の頭蓋に向ける。

 近接戦闘の最大の弱点は。それが『近接』であるということ。

 

「相打ちで申し訳無いね!」

 

 ヨーカは引き金を引く。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

<message>

 SIGNAL LOST、黒淵ヨーカ。

 SIGNAL LOST、佐々木イナ。

 いずれも非、大将機。

</message>

 

 無機質なオルタナの音声が聞こえる。

『ヨーカ!? やられた!?』

 そして、驚きと焦りに満ちた後輩の声が聞こえる。

「落ち着いてくださいソラさん! 相打ちのようです!」

 

 とは言うものの、私は落ち着いていられない。

 数秒に一度の間隔で、どこからともなく光学式の銃弾が飛んでくる。おそらくライフル的な、フルオートの銃を持った光学迷彩(ステルス)機が近くで私のことを攻撃している。

 家(というか店)にも置いてある、ごく一般的な銃。しかし、ステルス下で砲撃され続けるとなると――

「くっ……」

 足に着弾。幸い装甲が厚い機体ではあるから、ダメージは大きくない。が、このまま機動力を削がれ続け、ダメージを受け続けると、最悪撃墜されかねない。

 しかもおそらくこちらからソラさんへの通信が途絶えている。ENジャマ―か。

 

 でもちょっと。

 

(懐かしいな……)

 

 光学迷彩機、こういってはアレだが、陰湿な戦術。

 昔、私が苦戦した機体があった。

 

『名前は『引力(イレジスタ・ブルー)』と言って……』

 

 先週を思い出す。私とソラさんが会った時のことを。

 

『まぁ性格の悪い機体ですね……』

 

 『引力(イレジスタ・ブルー)』、今学校に来ていない、蒼穹高校飛翔部部長の、布野ネア先輩が使っていた機体。ステルスに光学デコイに、スモーク。ありとあらゆる『嫌われる』ような戦法を詰め合わせたような機体。

 今思えば、その特殊機構の数々の所為で本体性能は落ちているはずなのに、ソラさんはよく経験者のヨーカさんに勝ったなぁ、と。

 一時期、飛翔部は、私とネア先輩だけが所属していて、練習試合は私と先輩でするしかなかった。だから、引力に打ち勝つ為に。

 私らしく飛ぶために。

 

「勝ち方は作っちゃってるんですよねぇ……」

 

 両手の武装を背中側にレックして空け、地面に合わせる。それと同時に私の周囲に小さな半円状(ドーム)のシールドが発生する。

 相手は銃撃を止めない。

 

「素直で愚直ですね」と、ついつい零してしまう。

 

「部長には及ばないですよ」

 

 シールドの内側から見える視界は、現実とはかけ離れた極彩色だった。

 その色は、熱画像機能(サーモグラフィ)によって、敵機ライフルと、その搭乗者の体温が真っ赤に染まって見える。

 相手は射撃と同時に建物の影から影へと移動する。その移動先は単純で、最も近くの後ろというだけ。

 さすがに相手もこちらの異変に気付いたのか、射撃を躊躇う。その隙は誰だろうと見逃さないほど、大きな隙。

 狙撃手(スナイパー)は一点に留まらない。そして光学迷彩(ステルス)機は、飛行音を嫌って、飛翔を必要最低限まで減らす。

 

(つまりチャンスは今!)

 

 シールド解除、レックから近接専用、特注光学ハンマーを取り出す。打撃部はレーザーとしてオルタナが見せている、つまり柄だけの剣と同様、軽い。

 部長を何度も何度も叩いた、愛すべき武器。

「どおおりゃああ!」

 ありったけのエネルギーを消費しながら急接近、そのまま柱を壊す勢いで槌を振るう。

 柱を透過し、敵機に打撃。鈍い命中音が聞こえた。

 

超え(メタっ)てしまってごめんなさい!」

 

<message>

 SIGNAL LOST、髪結ニェベ。

 非、大将機。

</message>

 

 そして勝利のシグナルも、聞こえた。

 

(よし……早くソラさんのとこに――

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

<message>

 SIGNAL LOST、宇鏡カリン。

 非、大将機。

</message>

 

「……は?」

 私がカリン先輩の通信網を見失ってもののニ、三分。先輩の周囲にはENジャマ―という通信妨害技術(については先日教わった)が展開されていたらしく、必死で飛行して探していた。

 矢先に、この通信が入る。

 つまり、私と、相手校の大将機以外は、全ロストした、ということになる。

(じゃあ作戦の意味ないじゃん……!)

 

 ヨーカの考えた『賢い』作戦。それは単純を超えた単純だった。

初試合機体(わたし)を大将にすること』

 そうすれば、私は逃げに専念して、その間に敵大将を討ち取って、そのまま勝利。

 の、予定だった。

 

「お前が大将か、未確認機」

 

 目の前に現れたのは赤い機体だった。赤と黒を基調とした、パステルカラーの機体。ジェット機構が複数見え、瞬発力に優れるようだ。

 光剣(ビームサーベル)を両手に携えこちらを正面にじっと見据えている。搭乗者は黒い艶やかな髪をして、深く青い瞳。

 

「お前のことを調べた、過去の戦績や機体情報をな。が、なんの情報もヒットしなかった。つまり……素人(ビギナー)ということか?」

 

「……そう、だけど? なんか悪い?」 形だけでも威勢を張ってみる。

 

「いや、いや。いいんだ。」

 正面の少女が伸びをする。

 

(さっきの宇鏡とかいう搭乗者(パイロット)と一緒で、すぐに墜とせるんだろうからな)

 

 脳に――声?

 

「一応言っとこう、私は福地ミヤ。印彩飛翔部のエースで、今から――」

(お前を倒す)

 また声がする。

「天兎ソラ。」

 発言に割り込んで入っていってしまった。怪訝な顔をされている。

「天兎ソラ、私立蒼穹高校、飛翔部一年。」

 

 でももう後には引けない。

「今からあなたを、墜とす」

 

 ブースターオン。索敵モードから戦闘モードに切り替え。

 飛翔。

 

「飛ぶか! いいぞ!」

 ミヤも次いで飛翔。空中に向けてヘッドパーツにある銃砲から弾丸を発射する。

 のが。また、『視』えた。

(ヨーカの時と同じ?)

 

 ミヤが弾丸を発射する。だが、それらを全て回避。「やるな!」と下方から声。

 私は今敵機を見下ろしている。ライフルを装備、ビーム照射。が、光像シールドに防がれる。

 そろそろ、使ってみたいな。

 

(ファンネル)っ!」

 

 私の背中から五枚の(ファンネル)が飛ぶ。(ファンネル)はWINDから分離し、機体操作とは別個にドローンを操作するようにして軌道するビーム装置の総称。それらがミヤを取り囲み、それぞれが攻撃する。

 

(素人にしては操縦センスが高いな!)と、また声。これはミヤの声だろうか?

 

 何なんだ、と一瞬よぎった疑問に回答が見つかる。

 

(『WIND MAKER』……?)

 

 ミヤは攻撃を受け、避け、空中で体勢を崩す。「クソッ!」という叫びが聞こえる。

 

 たぶん、その時間は一瞬だったはずだ。でも、この時間がとても緩やかに感じられた。

 風。今、私は。

 

 自由。

 

 ミヤに急接近! サーベルを取り出し、斬り付ける。ミヤは歯を食いしばり、両手のサーベルで鍔迫り合いの形になる。

 

 赤と黒と、青のプラズマがぶつかり合い、火花を散らす。

 

(一体何なんだこの未確認機は!)

 という、多分ミヤの心の声がまた聞こえた。それと同時に。

 

(頑張れ~……ソラちゃん)(やっぱりソラさんなら行けるんじゃ……!?)

 

 聴き馴染みのある、声もした。まだ聴き始めて一週間と経っていない。

 だけど、どうしてだろう。これからもずっと、この声を聴く気がする。

 いや、違う。

 聴いていたい。明日も、明後日も。

 

 だから、絶対に、

 ――負けたくない!

 

 

 意識が歪んで、何て言ったのか分からなくなった。何を思って、何をしたくなったのか、何をして、何て叫んだのか。まったく覚えていない。

 でも、これだけは言える。

 

 

 私の孤独は、とうに死んでいる。

 もう、暇なんてやってこない。

 

 

 ブオン、と飛空音がして、ミヤの背後に桜の花びらの銃口が五つ。

 一気に両手を伸ばして、相手を突き放す。

 桜色のビームがミヤの体を貫く。

 

 そして、ビープ音。

 

 終了の合図。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

<message>

 SIGNAL LOST、福地ミヤ。

 大将機。

</message>

 

<message>

 勝者が決定しました。

</message>

 

 ミヤが飛行能力を失い墜ちるのを見届けたのとほぼ同時に、ソラも気を失った。

「うわああ!! 落ちてるよ先輩!?!?」

「キャッチ! キャッチしてくださいヨーカさん!!」

 

 制御不能になって重力に引っ張られて落ちるソラを、(クラウド)に乗ったヨーカが抱く。

 数秒後、ソラが目を覚ます。

「あれ……? ヨーカ?」

 あっぶなぁ……とヨーカが安堵。ゆっくりと降下して、着地する。

 ソラを地面に立たせ、ソラは辺りを見る。

 

 印彩高校の黒く長い髪をした少女が、周りの少女たちに慰められているようだ。

 

 そして少し視線をずらし、ソラはカリンが駆け寄ってきているのを見つける。

「やっぱり凄かったです、ソラさん!」

 手をぶんぶん振りながら興奮気味で言う。

「いや……勝ちましたけど……」

 勝ちましたけど、私を大将にする意味ありました?

 と、ソラが言うと「あー、実はねぇ?」とヨーカが切り出す。

 

「昨日の夜、カリン先輩が『絶対ソラさんはWIND MAKERですよ!大将にしましょう臨時部長権限でそうします!ぜったいぜったい!』って鬼程連絡してきてて――」

「ちょっと恥ずかしいんでやめてもらえます!?」

 

 

 少しづつ日が傾き始めていて、青空の時間は、もう終わってしまうんだな、と感じた。

 でもまた明日、青空がやってくる。それだけでいいんだと思えた。

 

―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―☆―

 

 数日後の放課後、学生の喧噪の中、ソラは特に何をするでもなく、ただただ窓の外を眺めていた。

(まだかな……)

 そう思って間もなく。

 

「ごめーん!おまたせ~!!」

 

 とヨーカが来る。

 

「じゃ行こっか! 今日から県大会に向けてガツガツ練習するよ!」

 

 飛翔部。

 

「うん、行こう」

 

 私の仲間がいる場所。


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