帝国宇宙軍#1 接触領域   作:ZENINAGE

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04 行政弁務官

【帝国】歴四八六年十月 惑星サクセサー

 

 ローエングラム伯爵領行政弁務官、マリーンドルフ伯フランツの一日は、質素なれど典雅な朝食から始まる。彼がマリーンドルフ伯爵家を継いでから、欠かすことは決してない習慣だった。それは帝都オーディンから一万光年を隔てた【辺境の惑星】サクセサーにあっても変わることはない。

 ゆったりと朝食を終えた後、伯は紙媒体に印刷されたサクセサーの各種新聞(高級紙、経済紙などが主である)を一時間ほどかけて読み通す。その後は日によって変わる。同盟の大使館のような仕事をするために行政弁務官事務所へ詰めている時もあれば、【蛮地の有力者】も居住する【ローエングラム伯領の大屋敷】へ【接待を受ける】ために向かうこともある。『帝国』の『皇帝』がおわします『帝宮』へ向かい『親善活動を行う』とは言えないのが【帝国】である。神聖不可侵にして唯一絶対なる【皇帝】と対等の存在など、【帝国】が認めるはずもない。

 今日は【ローエングラム伯領代官所】へ向かう日だった。そこで【ローエングラム伯領の代官】と会い、【蛮地における政務の監督】を行政弁務官として行うのである。一般的な言葉で言うと、外交官としてワンジク市にある『帝国』執政府に出向き、その主と会談するということになる。ローエングラム伯領だったり【蛮地】だったり、一貫性がないにもほどがあるが、【帝国】こそが人類唯一の政体であるという建前はなんとしても守らねばならぬのだ。

 

 【帝国】で言う【代官】、すなわち『帝国』宰相アークハートは、マリーンドルフ伯をいつも通りに出迎えた。つまり笑みの一つもない、厄介者を迎えるような態度だ。自分が厄介者であるだろうとはマリーンドルフ伯も当然のように思っている。交渉ではなく、政務への干渉を堂々と謳いあげる役職の者を受け入れたい統治者など、この世のどこにもいない。マリーンドルフ伯も大貴族に比べれば小なりとはいえ領主である。ゆえに、『帝国』執政府内での地位は他の国家における大使と同じであると心得ていた。

「こちらが【政務の資料】となる。是非ともオーディンに送っていただきたい」

 アークハートは古風がかった【帝国】語で言った。マリーンドルフ伯に向けて秘書官が【帝国】で使用されるデバイスに接続できる保存素子と、わざとらしく積み上げられた紙製の資料の束を差し出し、伯の従者の一人が仰々しくそれを受け取った。

「しかと、お預かりしました」

 伯がそう答えることで、【蛮地における政務の監督】という行政弁務官の欠くべからざる半月に一回の業務は終了した。『帝国』に住む一般臣民が、下手をすれば自室でGネットへ接続しながら書き上げられそうな(つまり機密も何もない)内容の書かれた紙束とデータは、この後高等弁務官事務所と帝都オーディンへ集積され、重要な統治データとなるのだ。実にばかばかしい儀式であった。

 儀式を完璧なものにするべき時間が過ぎたのち、アークハートはおもむろに言った。

「いつも貴方に言っていることで申し訳ないが、最初から貴方が高等弁務官であったなら、どれだけのすれ違いを避けることが出来ただろうか。私は、常々思っている」

「アークハート殿の苦衷、【帝国】にとって実に残念なことですが、理解できます。先に来た二名には申し訳ないが、彼らが貴方の求めるものに達していなかったこと、国務尚書殿も悔いておりました」

「出来ればその二名にも悔いていてほしいところだ」

 アークハートはにべもない言い方だった。マリーンドルフ伯は軽くうなずいて答えた。アークハートが真意の見えない追従を嫌っていることは、一年以上の付き合いから伯もよくわかっている。この狷介な老人、『帝国』では珍しく見た目と年齢が一致している男が、彼の基準を満たさない相手へどのような冷酷さを見せるかも。

 

 マリーンドルフ伯が高等行政弁務官となる前の話である。

「最悪の接触」以後、【帝国】は何はともあれ『帝国』の情報を必要とした。ローエングラム伯爵カイルより与えられ、また、同志団(パイオニアズ)からも得た情報には裏付けがなかったからだ。しかし、外交官など送れない。人類唯一の政体である【帝国】にはそもそもそんな発想がない。そうこうするうちに自由惑星同盟が外交官を派遣するとの情報がフェザーン自治領からもたらされ、【帝国】政府のひっ迫感はいや増した。官僚組織が、太祖ルドルフの時代には貴族領の政務を補佐するための行政弁務官があったという事例を埃の被った事例集から引っ張り出したことで、【帝国】もどうにか得体のしれない【蛮地】に足を踏み入れる準備が出来た。(余談だが、おそらくルドルフが中央集権の維持を目的として設置した各種弁務官という役職は、貴族の力が拡大するにつれ縮小、廃止されていった)

 ここで妙な話をねじこんできたのは大貴族ブラウンシュヴァイク公の派閥だった。利権、勢力拡大の種になると公が考えたのかは不明だが、派閥に所属する少壮気鋭の男爵殿が弁務官に名乗りを上げたのだ。もしかしたらたかが蛮族、支配するなどわけないと思っていたのかもしれない。

 意気揚々と乗り込んできた男爵殿はあっという間に能力の限界を露呈させた。特権と威光によって守られていた男爵殿に、それが通じない地の【政務の監督】、つまり外交官としての活動が務まるはずもなかった。そのことをアークハートが古風な【帝国】語で、情け容赦ない正論と皮肉で締め上げると、男爵殿はひと月ほどで精神の平衡を崩し、オーディンに悲鳴交じりの救援要請を行った。ならばとばかりに手を挙げたブラウンシュヴァイク公の対抗者、リッテンハイム候派の男爵が二か月後サクセサーに現れ、そのひと月後、彼は前任者と同じ末路を辿った。つまり二人の男爵殿は、狷介な老人が繰り出す正論と皮肉からなる複合火線に雄々しく突撃し、塹壕線への横隊突撃がごとくこてんぱんにやられて敗走したのだった。

 こうしてアークハートが執政府から馬鹿二人を叩き出した後にやってきたのがマリーンドルフ伯フランツだった。アークハートの伯を見る目は、彼が三人目の馬鹿であるか否かを見極めるため、必然的に厳しかった。しかし、保守的なところはあれど良識的で誠実な伯と対話することで、アークハートの心象もずいぶん柔らかくなった(視線の険しさは変わらなかったが)。二人は(あくまで仕事の上だが)面会を重ね、同盟大使館の成立から遅れること八か月のころ、【帝国】の建前では【政務の監督】、『帝国』では『外交官の会談』と言う手順がようやく正式化した。

 

 アークハートが手の動きで秘書官を促すと、執政室の重層な机の上へ立体的に文章が表示された。二つの帝国間で進められている交渉の進捗状況だった。様々な項目に「否定(NEIN)」の表示があった。

「オーディンにいる泰英より報告があった。貴方の元にもオーディンからの話は届いていると思う。同志団の返還、国交正常化などの第二次交渉を始めているが、そちらの各派閥貴族が干渉を行い、思うように話を進められていない」

「はい。国務尚書閣下より、同じ内容の話を聞かされております。【ローエングラム伯とその領土】――ええ『帝国』にはいささか迷惑をかけているとも」

「いたしかたない部分はあると思う。我々は最低でも百五十年ほど断絶していた。地球から分かたれた時代を考慮すれば千五百年弱。いくつもの国家が現れ、消えて行くのに十分すぎる時間だ。オリオン座方向と、射手座方向ほどに常識が離れていてもおかしくはない」

「その断絶を、少しでも埋めていくのが本来、私に求められていること、そして、そちらの泰英様も同じことを求められていると、私は理解しております」

「ああ、だが、オーディンでは別の結論を持っている人々が活発らしい」

「……悲しいことです。ですが、その結論を理解できてしまう部分は、私の中にもあります」

「率直に言っていただきありがたい。あなたは信用できる人間だ」

「【銀河帝国】は永久不変、ゴールデンバウム王朝は絶対不可侵にして唯一無二。それは、私たち貴族のみならず、【帝国】臣民にも刻み込まれている考えかたなのです。それから離れた思想、と言えばよろしいでしょうかな、それにはまず心理的な反発があります。我々の考え方は、百五十年前、叛徒と呼ばれる自由惑星同盟との接触時、揺らぐかと思われた時もあるらしいのですが、むしろ、百五十年の戦争が続いている現在、より強固となって私たちに根付いているように思われるのです」

「ありうることだ。状況の固定は、現状の肯定に容易く傾く」

「はい。そして――『帝国』の存在は」

「明らかに状況の流動化をもたらした。そして、現状を肯定するものはそれにこそ最も過激な反応を表す」

「そういうことになります、アークハート殿」

 アークハートは机の上で手を組んだ。内心、いくつのため息を吐き出しているかを慮ってマリーンドルフ伯も神妙な表情になる。

「我々の関係は、悪化する一方なのでしょうか。「最悪の接触」よりなお、悪しき状態となることを許容し続けなければならないのでしょうか」

「情動はひとたび流れ出すと止まらない。それは、集団であっても変わらない。いや、集団心理は一つの方向に動き出すとそれ自体が推進力を持って動き出す。なおのこと、止めることは難しい。だが、所詮は心理だ。どれだけ強固な個人であってもあいまいであやふやなものだ。わずか一つの事象で逆方向に流れることもよくある。だから、友好ならずとも、理性的な対話を行いうるような関係を築きうるほうに打開の方向性を向かわせる方策はあると信じる」

「はい」

「この場合、本来必要なのは心理療法だ。ただし、これは効果が出るには時間が掛かるだろう。それより先に、外科手術を行って病巣を取り除こう、という意見が出てくることはありうる。我々は今のところ、恐らくそれを抑え込むことはできる。ただし、そちらのことは分からない」

 伯は沈痛な表情でアークハートの話を聞いていた。もし、外科手術、つまり武力を持って解決することを大貴族が望んだ場合、国務尚書や政府、そして軍はそれを抑え込めるだろうか?

「我々とそちら、どちらでも、それに魅力を感じた人間が意思決定者の多数となった時は――」

「ギャラルホルンが鳴らされる、そういうことですな」

 アークハートは深くうなずいて伯に答えた。

「今はまだ可能性の領域に所属する程度の話ではあると思う。干渉地域で楽しいゲームが続いている限りにおいて、お互いにそれ以上のことを望んでいないと見ることはできる。逆に言えば、それを許容しない動きが見られた時、それは二つの帝国に取って、差し引きならぬ事態に入ったというサインとなる」

「願わくば、そのような事態が起こらぬことを願いたいものです」

「私も同じ気持ちだ。だが、『明日は必然性の高い偶然に過ぎない』と古代の哲学者が言うように、万物は流転する。そして、我々の間にあるバランスはとても危ういものだ。唐突にラッパを吹き鳴らすことが起きないとも限らない」

 アークハートは内心に溜まっていたものを解放するように、大きく息をひとつ吐き出した。次の言葉を紡ぎ出すことは、彼にとっても勇気が要った。

「――その時、私は外科手術の白衣をまとうことを許容するだろう」

 伯は奥歯を噛みしめながらその言葉を聞いた。【帝国】と同盟に対して、粘り強い交渉を許容してきた彼は、目の前の『帝国』宰相はこれからの交渉に、戦争さえ覚悟している。

「私とてそれが起こることは望んでいない。『帝国』臣民の大多数もだ。だが、弱腰である、それを恐れている、という妙な誤解が生じないようにはしておきたいのだ。であれば、過激ととらえられるだろうが、こちらの意志は明確にしておきたかった。我々も、決して空想上の理想国家ではないのだ。右の頬を張られたら、左手で打ち返す」

「ええ、理解は大事です。前提にすれ違いがあれば話は遥か彼方へ飛び去ってしまいますからな」

「その通りだ。貴方が今ここにいること、ひとたび大神オーディンに感謝したい」

 アークハートが不可知論者であることを知りつつ、マリーンドルフ伯は返答した。

「ありがとうございます。それでは、本日の【政務監督】を終わりといたします」

 

 

 ワンジク市の外環高層道路を走る地上車より『人類圏』最大のメトロポリスを眺めながら、マリーンドルフ伯は考えていた。

 やはり、八月の案がつぶされたのは良くなかったか。

 八月に暫定的にまとめられそうだった案は、一部から弱腰すぎるとの声は上がっていたが、金で人間が帰ってくるならそれに越したことはないという『帝国』世論の評価を受けていた(なお、世論を気にすることができることこそ、リヒテンラーデ候がマリーンドルフ伯を抜擢した理由だった)。補償については相当ごねるだろうが、向こうも瑕疵あることだし、何より同盟との挟み討ちを食らうことは避けるだろうから交渉は前向きに進むはず。そんな楽観論も聞こえていた。オーディンの貴族政治を知っている伯は、そううまく行くことはないだろうが、国務尚書が妥協することはありうると考えていた。現実は伯の予想を飛び越え、貴族の面子というもののために、どうにか出てきた妥協案が潰されることとなった。『帝国』は自らも貴族を抱えながら、政府関係者でない貴族がそこまでする可能性をあまり考えていなかったらしいのが伯には興味深く感じられた。二つの帝国では貴族と呼ばれるものさえ精神性が違う。

 だからこそ、戦争をも覚悟しているということをアークハートが伝えてきた意味を、伯は考えざるを得ない。

 同盟との戦争は自然休戦状態になりつつあるが、実際に和約が成立しているわけではない。そしてそこに『帝国』が参戦することは可能性だけでも【帝国】を震撼させるだろう。たとえ、『帝国』の機動戦力が五万隻に満たないとしても。そのような情勢を示すことで最低限の妥協へ至る、今はそういった道を期待しているのかもしれない。恐らく、「より穏健な接触」を掲げて宰相になった彼には不本意であろうが。

 だが、【帝国】は理性でなく感情で動き出すことしばしだ。大体、【蛮族】に示された道を素直に受け入れるか? 特に貴族が関わることあれば。

 もし、この考え方そのものを挑発行為と捉えて、懲罰を考え出すとしたら?

 国務尚書はともかく、門閥貴族諸卿に知られた場合、その可能性は十分にありうる。

 その時、二つの帝国、いや銀河には何が起きるのか?

 遮音された地上車でさえ完全に遮ることのできないメトロポリスの賑わいを感じつつ、伯は不吉な予感に囚われた思索を無理やりに絶った。伯にはほかにも考えなければならないことがあった。弁務官としての仕事。あまりに離れてしまった領地の統治。娘のヒルダ。甥のキュンメル子爵。いずれも、決して疎かにしてはいけない事項である。一つ一つを、誠実に解決していく必要があった。

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