ベル君がオラリオに行く前にアナザーエデンのリュゼと出会ったら、という感じで書いてみました。
ダンまちは15巻くらいまでしか追ってないので、もしかしたらいろいろおかしいかもしれないですが、暖かい目で見ていただけたらと思います。
おじいちゃんがモンスターに襲われて死んでしまった。つい数日前のことだった。今はほんの少し落ち着いたけれど、これから先のことなんてまだ考えられない。
「そういえば、おじいちゃんの畑はどうなったのかな……」
おじいちゃんが世話をしていた畑があったけれど、ここ数日は様子も見られていない。今までずっと世話をして畑なんだし、せめてほんの少しでも手入れはしておきたい。何より、おじいちゃんのことが感じられる場所にいたかった。
力の入らない体を引きずりながら家のドアを開け、ノロノロと畑に向かって歩く。数分歩いたころ、畑と一緒に何か小さな影がいくつか見えた。警戒なんてものをしていなかった僕は何がいるのかも考えずに近づいてしまった。
「グギャギャギャ!」
畑を荒らしていたゴブリンたちは無警戒だった僕の足音を聞きつけ、一気に走ってくる。その足音と悪意のある目に腰が引けてしまった僕は、足を滑らせて逃げることが出来なかった。誰か助けて、この一言さえも喉が引きつって出てこなかった。眼前のゴブリンが腕をあげ、長い爪が僕をとらえようとする。僕は次の瞬間痛みが来ると思って目をつむってしまった。
「ギャア!」
けれど、痛みを感じる代わりに聞こえてきたのは断末魔だけ。痛みがやってこないことに気づいて目を開けて前を見てみると、目の前には見慣れない恰好の女の人と、モンスターの血だまりだけだった。その人は右手に持った槍の血を振って払うと、辺りを警戒していた。しばらくして周囲にもうモンスターがいないことを確認すると、僕の前に来て顔を覗き込んできた。
「あんた大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます……」
「私はリュゼ。あんたは?」
「僕はベル・クラネルです」
リュゼと名乗った女の人は周囲を見回した後、僕のほうに向きなおって質問をしてきた。
「ねえベル、ここってどこなの?」
「ここは名前もついてないくらいの小さな農村ですけど……」
「じゃあ、ラトルとかアクトゥールへの道は知らない?」
「いえ、知らないです……」
ラトル、アクトゥール……どっちの名前も聞いたことがない。多分街か何かの名前なんだろうけど、僕が知らないくらい遠くから来た人かもしれない。
「どっちも知らないなんて、もしかして別の大陸まで飛ばされた……? じゃあ、この辺りで有名な街の名前を教えてくれない?」
「この辺りでですか……。少し遠いですが、迷宮都市オラリオはですかね?」
「オラリオ……。うーん、ここで考えててもらちが明かないか。ところで、ベルはどうしてここに来たの?」
「おじいちゃんが世話をしてた畑の様子を見に来たんです。そしたらモンスターに襲われてしまって」
たまたまリュゼさんが来てなかったら、僕は今頃死んでしまっていたかもしれない。どうしてこんな強そうな人がここにいるのかとか、オラリオを知らないこととか、気になることは多い。けど、迷子の恩人をこのまま放っておくことはできない。
「もしよかったら、僕の家に来ませんか? 助けてもらったお礼をさせてください」
「いいの? 行く当てがなかったから助かるよ」
ほっとしたように笑うリュゼさん。警戒していた時の鋭いまなざしはいつの間にか消えていた。
リュゼさんと家に帰りドアを開けると、勢いよく埃が舞った。……そういえばおじいちゃんが死んでからずっと家のことは何もしていない。汚い家に案内してしまって怒っていないかと、後ろに控えてるリュゼさんをちらりと見てみたけど案外気にしていなさそうだった。
「ごめんなさい! ここ最近掃除ができてなくて……」
「休める場所があるだけでありがたいって。そういえば、おじいちゃんがいるって言ってたけど、どこにいるの? 畑にもいなかったし」
リュゼさんの何気ない質問に声が詰まる。改めてその事実を突きつけられて、現実に引きずり戻された気がした。
「それは……。おじいちゃんは数日前にモンスターに襲われてしまって……」
「……ごめん。軽率だったね」
「いえ、いいんです」
少し気まずい雰囲気が家の中に漂う。お礼をするために家に来てもらったのに、これじゃいけない。気合を入れて、何か料理でも振舞おうかなと思っていると、不意に僕の腹から音がなってしまった。
「あ、あはは……。何か作りますね!」
恥ずかしさからついつい照れ笑いをしてしまった。リュゼさんはなんだか微笑ましそうに僕のほうをみている気がする。
結局その日は二人で料理を囲み、穏やかに時間が過ぎていった。僕にとっては誰かと一緒に過ごすのは久しぶりで、少しだけ気が楽になった気がした。
「あっ! ライリスを呼べばよかった!」
リュゼさんがそんなことを言ったのは次の日の朝のことだった。二人でパンをかじっていると、何かを思い出したみたいに椅子から立ち上がった。僕には何を言っているのかわからなかったから、とりあえず聞き返すことにした。
「その人はリュゼさんの仲間なんですか? それに呼ぶっていうのは?」
「人じゃないんだけど……まあ、呼んだらわかるか」
説明するのが面倒なのか、リュゼさんは手に持っていたパンを口に頬張って飲み込んでから立ち上がった。結構せっかちというか、さっぱりしたひとだよなぁ。
僕もパンを口に詰め込んだ後、リュゼさんの背を追って家から出る。リュゼさんは庭に立って黒い小手を身に着けた手を前に掲げ、何か唱えていた。
「我と契約を結びし竜よ。召竜士リュゼの名において命ずる。聞け、我の声を。答えよ、我の求めに!」
すると次の瞬間、僕たちの目の前が光り始める。光の中から影のようなものが向かってきているように見えた。明らかに人ではない影に、僕は体がこわばるのを感じた。
「やっと呼んでくれた! いろんなところを探したんだよ!」
「あーもう、ごめんって。こっちも色々あって呼ぶ暇がなかったんだって!」
リュゼさんと言い合っているその姿は明らかに人じゃなくて、羽毛とか鋭い爪が見えている。姿は鳥のようにも、竜にも似ているようにも見えた。
僕はライリスの姿を見て驚いていたけれど、二人は僕をそっちのけで喧嘩をしている。どうやって呼んだのかも、二人がどういう関係なのかも僕にとっては分からないから、とにかく状況を整理したくて割って入ることにした。
「あの、この人? がライリスさんなんですか?」
「ねえリュゼ。この人は?」
「この子はベル。昨日はこの子の家に泊まらせてもらったの」
「えーひどい! 僕なんて昨日は一人で野宿してたのに! 早く呼んでほしかったな!」
一回止まったはずの口げんかがまた始まってしまった。このままじゃ話が進まないし、ヒートアップする前に口をはさんでしまおう。
「ええっと、僕はベル・クラネルです。よろしく、ライリスさん」
「よろしくね、ベル! それと、僕のことはライリスでいいよ! みんなそう呼んでるから!」
ライリスがたぶん握手の代わりに羽を差し出してきた。羽の先ついている鋭い爪が日の光を反射している。昨日のゴブリンを少し思い出してしまったけれど、態度に出さないように気をつけながら手を伸ばして握る。
握ってみると見た目以上にふわふわしていた羽の感触に少し感動していると、ライリスの屈託のない笑顔が見えた。最初こそ怖いモンスターなのかって思ったけど、こうして話してみると今まで恐れていたモンスターとは全く違うんだと思えるようになった。
「うん。よろしくね、ライリス!」
しばらくライリスの羽を握り返しているとリュゼさんが声をかけてきた。
「えーと、盛り上がってるところ悪いけど、少し確認したいことがあるの。ライリス、あんたさっきいろんなところ探したって言ってたよね」
「うん、そうだよ。リュゼに呼ばれるまでこの辺りを飛んでたんだけど、知ってる場所はなさそうだったよ?」
「そっか。やっぱり……。ねえベル。ライリスを最初見た時どう思った?」
「それは……。モンスターにみえましたし、やっぱり怖かったです。今は違いますよ!」
「うん。それは私もわかってる。ただ、私たちと常識が違うんだなって思っただけ」
常識……。僕にとってモンスターは、人類の敵で分かり合うことなんてできない存在だ。ライリスみたいに人と話すことが出来たり、人に対してこんなに友好的な目を向けてくるなんて聞いたことがない。
「私たちにとってのモンスターは、もちろん人を襲うやつが大半だ。でも、ライリス達天の竜みたいに人と共存している存在もいる。ベルはライリスが話してることにも驚いてたでしょ?だから、少し違和感があったんだ」
リュゼさんは僕の目をまっすぐ見て、確かめるようにこう言った。
「それに私とベルで知っている知識が違いすぎる。だからきっと、私たちは別の世界に迷い込んだんだ」
「別の世界、ですか?」
僕は全く状況が呑み込めず、おんなじ言葉をくりかえすことしかできなかった。でも、そう考えれば納得がいくこともある。リュゼさんはオラリオのことを知らなかったし、逆に僕もリュゼさんの言うことが分からない時があった。
「たぶん私は冥竜王の爆発のせいでここまで飛ばされたんだと思う。私がこの世界に来た時に空いた穴もまだあるはず。きっとそこを通れば帰れると思う」
「だったら、僕も手伝います!」
僕もこの人の力になりたい。きっとこの人には、帰る場所があるはずだから。
「ありがとう、ベル。じゃあ、ライリスの背に乗って」
「はい! ……えっ?」
屈託なく笑うリュゼさんに腕をつかまれてライリスの上に載せられる。リュゼさんが僕の前に座り、僕は後ろから腕を回す。ふわりといい匂いが僕の鼻をくすぐるし、体に回した手からは柔らかい感触がする。僕は恥ずかしくなって腕を放しそうになってしまった。
「ベルはしっかりつかまってて。ライリス、飛んで!」
「うん! とばすからね!」
「えっ、あの……!」
僕が何かを言う前にライリスがふわりと浮かびあがり、ぐらぐらと揺れてしまって反射的にリュゼさんに回している腕に力を込めてしまう。だんだんと離れていく地面が怖くて、目をつぶってしまった。
そしてしばらくは耳元を吹き抜ける風の音と、ライリスのはばたく音、それに時折聞こえる鳥の声だけを感じていた。
「ベル。目を開けてみて」
リュゼさんがそういった。恐る恐る目を開けてみると地面より雲が近くにあって、地平線の向こうまで見渡せるほど高く飛んでいた。
「すごい……」
「さあ、もう少し遠くまで行ってみよう」
どんどん変わっていく景色に目を奪われていると、遠くで空を突き破っているかのような塔が見えた。リュゼさんも気付いたのか塔を指さして僕に訪ねてきた。
「ねえ、あれは?」
「あれがオラリオです。世界中から富と名誉を求めて冒険者が集まってくる場所……」
高く囲われた外壁とその内側に密集した建物が見える。遠くて人が見えないけれど、きっとあそこには想像できないくらいの人が、冒険者がいるんだろう。
「ベルはオラリオに行きたいの?」
突然リュゼさんがそんなことを聞いてきた。
「ええっ! 確かに行ってみたいとは思いますけど、僕なんかが行ったって……それこそすぐにのたれ死んじゃいますよ!」
「そうなの? なんだかすごく目が輝いてたから、てっきり行きたいのかと思ったけど」
「昔おじいちゃんが読んでくれた英雄譚みたいな冒険をしてみたいと思ったことはありますけど……」
オラリオでならそんな冒険もきっとできる。そう思うけれど、こんな僕が行ったところで……。
「ねえ、ベルの夢ってなに?」
「えっ、何ですか突然?」
「いいから! 私はどんな夢でも絶対に笑わないから」
前を向いているリュゼさんの顔は見えないけれど、その声はすごく真剣だった。もしかしたら、僕の抱えている子供のような夢を笑わないのかもしれない。
「ぼ、僕は……」
いざ口からその言葉を言おうとすると顔が熱くなってくる。けれど、僕が言い切るまでリュゼさんは静かに待ってくれている。
「僕は、英雄になりたい」
風が僕の顔を冷やしていく。リュゼさんは笑い飛ばすことはなかったけど、愉快そうにこう言ってきた。
「いいじゃない。目指そうよ、英雄」
「そんなに簡単なことじゃないですよ!」
「そうだね。でも、さっきみたいに最初から諦めてるよりはマシだよ」
「どうして、そこまで言ってくれるんですか?」
僕の言葉を聞いて、リュゼさんは真剣な声色で話し始めた。
「……私は故郷だと落ちこぼれで、いつも誰かの背中を追っていた。里のみんなはそれでもいいって言っていたけど、私も召竜士みたいにかっこよく人を救いたかった。結局私は夢を諦められなくて、ずっともがいてきた」
首に手を置きながらそう言う。負け続ける人生がどれだけリュゼさんにとってつらかったのかは、僕には想像しきれない。
「つらかったことも多かったけど……それでも、私はこの道を歩いたことを後悔していない」
「リュゼさん……」
「私には、無責任に背中を押すことしかできない。それでも、これから先何をするにしても……ベルの意思で決めるべきだよ」
「……はい!」
僕の意思で決める……。その言葉がすとんと胸に入ってくる。英雄になりたいっていう子供のころに漠然と抱いた夢を、僕は追いかけてもいいのかもしれない。
「ねえ二人とも! 向こうで何か光ったよ!」
「近づいてみて!」
ライリスが指し示す林の中で、何かが光っていた。近づいていくと、青い光が渦に呑み込まれているように見える何かが浮かんでいた。
「リュゼさん、これは?」
ライリスから降りた僕たちは渦に向かって歩いている。もしこれが二人がこの世界に来た時の物だとしたら、もうお別れになってしまうのかな。
「時空の穴だね。これは多分私が来た時のだと思う」
「じゃあこれで帰れるんだね!」
リュゼさんはその言葉に軽くうなずいた後、ライリスの体を引っ張って歩き始めた。
「ライリスはちょっとこっちに来て。ベルはそこで待ってて」
二人が少し離れたところで何かしている。林のせいか二人の手元が見えなくてよくわからない。待っていろと言われたし、のぞきみようとしたら怒られそうだし、素直に待っておくことにした。
「……痛! ちょっとリュゼ! もっと優しくしてよ!」
「ごめんって。でも時間があんまりないし、急がないと……」
しばらくして、二人が僕のほうに戻ってきた。さっきまで怒っていたライリスは何かが楽しみなのか気持ちを抑えられないようにニコニコとしながら僕のほうを見ている。
「はい、これ。ライリスの羽根に細工をしたやつ」
そういって羽根飾りを僕に渡してくれた。ライリスの夕日を思わせる尻尾の橙、羽先の青、そして体の白。リュゼさんは三つの羽根を器用にまとめていて、すごくきれいな飾りに仕上がっていた。
「召竜士の里では天の竜の鱗とか羽を使って飾りを作ったりしてたの。天の竜は清らかなもので、冥を打ち払う存在。だからお守りとして昔はよく作ってたんだ」
「ほんとは自然と抜け落ちたやつとか使うらしいけど、今回は時間がないからってむしられちゃった」
ライリスが少し恨めしそうにリュゼさんをにらんでいる。手元の羽根飾りは急いで作ったものだけど、細かいところまで丁寧に作られている気がした。僕は羽根飾りを優しく握り、二人に向かって頭を下げる。
「ありがとう……ございます……!」
「ああもう、泣かないでよ! ほら、しゃんとする!」
「あはは……そうですね。二人を見送るのに、泣いているわけにはいかないですね」
涙を拭いて、二人をしっかり見る。別の世界から来た二人とは、きっともう二度と会えない。だったら、別れくらいはしっかりしないと。
「……そういえば、私の夢は話してなかったよね。ベルにだけ話してもらうのもアレだし……」
自分から話すのは少し恥ずかしい、リュゼさんはそんな風に頭に手を置きながら言った。
「リュゼさんの夢ですか?」
「うん。私の夢は……伝説を残すこと。私の作る伝説は、今のベルみたいにまだ何者にもなれていない人、特別じゃない人に聞いてほしい。そして、一人でも多くの人の背中を押してあげたい」
……だからこの人は僕の夢を笑わなかったんだ。リュゼさんはライリスに手を置いて言葉を続ける。
「私はこれからも進み続ける。そしていつか……この世界にも届くような偉業を打ち立てて見せる」
リュゼさんの目は本気で、自分の歩く道に迷いがない。僕もいつか、こんな風に誰かの背を押せるようになりたい。
「僕もリュゼさんに負けないように頑張ります!」
「うん。……そろそろいくよ」
「またね、ベル!」
「さようなら! リュゼさん! ライリス!」
二人は僕に手を振りながら、光の渦の中に消えて行った。僕も二人に向かって手を振り続けた。二人の姿が見えなくなった後、光の渦はどんどん小さくなっていき、最後には何もなかったかのようにすべて消えてしまった。
「二人が、無事に帰れますように……」
家に帰った僕は、すぐに荷造りを始めた。お金や服やオラリオに行くまでの食料。いろんなものをリュックに詰め込んだ。準備ができた僕は羽根飾りを首から下げて、リュックを背負って、家のドアを開く。
「いこう、オラリオに!」
あの人に負けないように、僕も歩き出そう。心が折れそうなときは、あの人の背を思い出そう。竜のように気高く、自由で強いあの人を。僕は羽根飾りを握り、一歩を踏み出した。