艦隊の再編から、補充までを終えて暫くゆっくり出来そうだと一息吐いて落ち着いていた。
基本的な行動としては要塞近辺で訓練に明け暮れ、哨戒艦隊は帝国側回廊出入り口ぐらいまでを、哨戒という名目でウロウロをしながら偵察監視衛星や機雷をばら撒くと言うのが日常であった。
今のところイゼルローンは最前線でありながら平和だ。
「イゼルローンに赴任してきてかなり経ちますが、これから先我々はどうなるんでしょうか」
「統合作戦本部としては俺とヤン、ボロディン提督とウランフ提督の四人のうち二人をイゼルローンとガイエスブルクに配置しておきたいらしい。この体制なら常に帝国との出入り口に蓋をしておける構図になる訳だからな。だからもしハイネセンに戻るとなったら、ヤンとウランフ提督が代わりに前線に出てくる筈だ。ま、それまでは待ちだな」
「ハイネセンに戻ったらどうなるんでしょうねぇ」
「さぁ?どこのポストに放り込まれるか分からないからなぁ」
何しろ自分で言うのも変な話だが、大将に就かせるポストなんてなかなかある訳じゃない。
辺境になんか適当な、なんちゃら辺境方面軍司令官とか役職を作って一旦放り込んでおくと言う手もあるが、そっちは辺境方面総監部長としてグリーンヒル大将がテコ入れの為に就いているので俺が入る余地は無い。
もしそうなったら同格の役職が二人もいる事になるから、少なくとも現場は混乱する。
ぶっちゃけ適当な役職を作ったら指揮系統やら命令伝達やら、改革やらの辺りで色々と面倒臭そうだし多分無い。
「また以前みたいに予算案策定とかになるんでしょうか?」
「あ、その話が来たら俺は絶対に断るぞ。辞表を出してやる」
「でしょうなぁ」
チュン参謀長は苦笑いを浮かべながら頷いた。
金勘定はもうウンザリだ。
今年にはビュコック提督が退役される。
それから少し後にはシトレ校長がもう後の事を任せられるようにはなったし、と言う事で本部長職を辞職、軍をそのまま退役する予定だ。
となると統合参謀本部長と宇宙艦隊司令長官の、同盟軍ツートップのポストが丸々空くことになる。
このポストを埋める必要があるが、となると誰になる?と言う訳だな。
本部長にクブルスリー提督、宇宙艦隊司令長官にはボロディン提督が、と話されている。
幕僚総監にはホーウッド提督が就かれるらしい。
カールセン提督と交代でパエッタ提督が第五艦隊司令官としてエル・ファシル赴任が内示されたと言う。
カールセン提督は第一艦隊司令官に内示が出ている。
ヤンの後任となる総参謀長職にはムライ中将に内示されているとヤンが言っていた。まぁ向き不向きで言えば確かにムライ中将だろう。
ヤンは第十三艦隊司令官に戻り、イゼルローン要塞赴任が内示されたというし、ウランフ提督はガイエスブルク要塞に赴任が決定している。
ヤンとしてはムライ中将にまた参謀長をやって欲しかったらしいし、ムライ中将も構わないと言う感じだったのだが、人事部が流石に中将を一艦隊の参謀長にするのは、と却下したらしい。ヤンが「アルフのところにはメルカッツ提督がいるのに」とブツクサ文句を言っていた。
フィッシャー中将は第六艦隊司令官となり、シヴァ星域に着任予定らしい。
なんにしてもこっちは事情が事情だからなぁ。
ただ、交代時期が何時になるのかは分からないらしい。多分、ビュコック提督とシトレ校長の退任、退役と同時だと思われる。
「交代自体は今年中だろうから準備だけはしておいてくれ」
「はっ」
アンネローゼ達にも話をしておかないとなぁ。
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半年ほどしてシトレ校長とビュコック提督がそれぞれ退役。
後任として統合作戦本部長にクブルスリー大将が、宇宙艦隊総司令官にボロディン大将が就かれた。
更にヤンを総参謀長職から解き、イゼルローン要塞赴任が下命された。指揮する艦隊は第十三艦隊となる(薔薇の騎士連隊含め、白兵戦部隊三個連隊、市街戦部隊三個連隊が交代でイゼルローン要塞配備となっている)。
総参謀長にはムライ中将がエル・ファシルから呼び戻されて着任。
ワイドボーンは第八艦隊七八〇〇隻を率いてガンダルヴァへの赴任となった。
そして俺には第十四艦隊と共にハイネセンに戻るよう、命令が下った。
哨戒艦隊はそのままで、第十三艦隊と合わせて二万隻。
イゼルローン駐留兵力は艦艇二万隻を常に維持する事が決まっているから、元々一万五〇〇〇隻だった第十三艦隊は哨戒艦隊とは別に二〇〇〇隻の増強を受けた形になる。
で、俺はハイネセンに戻った後どうなるのかと言うと、どうやら第十四艦隊司令官にそのまま続投らしい。
次の本部長と司令長官の改選で別役職に、との可能性もあると言われたから少なくともあと四〜五年、一任期ぐらいは第十四艦隊司令官をやる事になるらしい。
第十四艦隊はハイネセン駐留バーラト星系直接防衛と何かあった時の戦略予備という扱いになる。
ーーーーーーーーー
「直接顔を合わせるのら久しぶりだね」
「だな。元気にやってたか?」
「まぁまぁだね。これで仕事を辞められれば万々歳だったんだけど」
「確かに。まぁ、暫くは軍も俺達を離してくれなさそうだからほどほどに頑張るしかない」
後頭部を掻きながらヤンは言う。
副官のグリーンヒル少佐は相変わらずらしい、文句をぼやく俺とヤンを苦笑いで見ている。
引き継ぎ式もそこそこに、ヤンの部屋に集まって酒盛り中だ。ヤンはハイネセンから良いウィスキーを持ってきたようで、俺は葡萄酒を出して互いのグラスに注いでは呑んでいる。ついでに帝国軍の状況も話しながらだ。
どうやら今日は仕方が無いと、アンネローゼもグリーンヒル少佐も酒量には目を瞑るらしい、おつまみを作り終わってから向こうでアレクセイを構っている。
「ユリアンは士官学校か」
「うん。首席入学だってさ」
「流石だな」
ユリアンは士官学校を受験し、見事合格した。
しかも首席入学だと言うんだから凄いもんである。
ヤンはユリアンに軍人以外の道を進んで欲しかったようだが、本人の意思が固くてヤンが説得に折れる形になったらしい。
今のところ伝え聞く話じゃ参謀職を希望しているとか。ユリアンなら艦隊司令官でもなんでも出来そうだし、なんならビュコック提督もクブルスリー大将もユリアンを随分と買っていて、将来的には資質を見てからになるが統合作戦本部長や宇宙艦隊司令長官を任せられるとも言っていた。
多分、ユリアンはヤンのところで参謀とかをやりたいんだろうけど有能な奴はそれ相応に、それはもうコキ使われるのだ。ましてや士官学校首席卒業者となれば尚更。
まぁ、流石に卒業してすぐに艦隊司令部の主席参謀や主席幕僚に放り込まれるとは思えないが、正規艦隊司令部に着任となればあり得るのは次席幕僚か作戦、運用参謀あたりかな。
階級が少佐ぐらいになったら正規艦隊の主席幕僚か哨戒隊司令官、或いは正規艦隊の駆逐艦戦隊(五〇隻前後)辺りの司令官を、大佐にでもなれば一〇〇隻越えの戦隊司令官って感じだな。
まぁ良い感じに武功を上げつつ後方勤務もやって、今の情勢が続くなら早くて三〇歳ぐらいで少将、場合によって中将もあり得るって感じだな。
「わぁ、可愛いですね……」
アンネローゼからアレクセイを渡されて抱っこするグリーンヒル少佐。
あの顔は、子供を欲しがるやつだな。なんとなくだけどイゼルローン赴任中にヤンとグリーンヒル少佐の間に子供が産まれそうな気がする。
聞いた話じゃ、ヤンはグリーンヒル少佐にしっかり尻に敷かれているらしいし。
「アルフも父親かぁ」
「ヤン、次はお前の番だぞ」
「え?」
「ほら」
そう言ってグリーンヒル少佐の顔を見てみろ、と促す。
「……ユリアンに歳の離れた兄弟かぁ」
なんかしみじみしているが、そんなもんだ。
ーーーーーーーーーー
艦隊を率いて、エル・ファシル、エルゴン、ドーリア、エリューセラを経由する六週間の行程を経てハイネセンに帰って来た。
皆、久々の首都星とあって艦隊中が浮き足立っている。皆にはこれから五週間の休暇が与えられる事になるので浮き足立つのも分かる話だ。
全員に休暇が与えられ、その間第十四艦隊一万七〇〇〇隻は一斉にドック入りとなった。
なんせ一ヶ月も(ついでに訓練しながら)丸々航海して来た訳だから艦体各部や機関部、とにかくあちこち整備や場合によってはオーバーホールをしなくちゃならない。
メンテナンスには全艦が終了するまで三週間は掛かるから、正規艦隊が丸々休暇で大丈夫か?と言う質問にも「まぁ、平気」と答えられる訳だな。
ハイネセンの宇宙桟橋は現在でも最大二万六〇〇〇隻の収容が可能であり、更に三〇〇〇隻が同時に入渠可能なドックを備えている。
これは駐留正規艦隊一個に加え、第一艦隊とバーラト星系警備艦隊一〇〇〇隻がある事から、何があった場合に備えて一斉入渠が可能となる場合に必要とされた数だ。
なのでこういう、全艦一斉に休み!なんてやり方ができる訳だな。
ただまぁ、休暇は基本的にハイネセンか一週間で行って帰ってくる事が可能な惑星までに限られている。
なのでだいたいはハイネセンに家族を呼び寄せたりして休暇を楽しんでいる。
まぁ、実は六週間もわざわざ時間を掛けて戻って来た理由がここにあるんだけどな。
経由して来た星系出身者に四日間づつの休暇を先に与えて、艦隊はちょっと点検したりするからその間に地元に帰って来て良いよ、って事で早めの休暇を四日間だけ与える事になった。
その代わり、彼らは四日間早く休暇が終わるので先に乗艦で持ち場勤務になる。
だいたいこう言う、戦闘を前提にしない航海の場合はこう言った事が司令官権限や裁量の範囲内として認められている。
軍や政府から咎められることもないし、もし文句を言われるとなれば他の乗組員からズルい、羨ましい、って言われるぐらいだな。
あちこちの演習宙域で演習や対抗演習をやる予定だからその時は出身者に休みをやるから、と説明するつもりだけど。
まぁ、そんな訳で最低限の人員を残して休暇だ。
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現状、配備状態にあるのは第五、第六、第八、第九、第一〇、第十二、第十三、第十四の八個正規艦隊となる(ただし第六、第八、第九艦隊は半個艦隊編成)
第一艦隊は訓練艦隊なのでこれには含まれない。
正規艦隊が駐留しているのは、
バーラト(第十四艦隊一万七〇〇〇隻)
イゼルローン(第十三艦隊一万七〇〇〇隻)
エリューセラ(第五艦隊一万三〇〇〇隻)
シヴァ(第六艦隊七八〇〇隻)
ジャムシード(第一〇艦隊一万五〇〇〇隻)
ランテマリオ(第十二艦隊一万三〇〇〇隻)
ガンダルヴァ(第八艦隊七八〇〇隻)
バーミリオン(第九艦隊七八〇〇隻)
の八ヶ所。
艦艇総数は九万八四〇〇隻。イゼルローンとガイエスブルクの哨戒艦隊三〇〇〇隻づつを加えて一〇万四四〇〇隻が正規艦隊の総艦艇数となる。
最終的に各地の警備艦隊計四万隻を加えて、総数十四万四四〇〇隻+第一艦隊七八〇〇隻、計十五万二二〇〇隻となる予定だ。
十四個正規艦隊体制時は正規艦隊だけでざっくり二〇万隻、警備艦隊や哨戒隊などの小戦力を加えると二十二万隻を超えていたが、現在は最終的には七万隻減となる。丸々五〜六個艦隊が削減される。
欠番の正規艦隊の再建予定は今のところ無いので当面の間、具体的には二〇年か三〇年は八個艦隊で同盟軍はやりくりする予定になる。
単純な余力だけで言えばもう一個ぐらいは揃えられるが漸く民間の方が色々と軌道に乗り始めた頃なのだからわざわざそこに水を注すような真似はしないで良い、として余裕を見ながら第六、第八、第九艦隊を拡充していく予定だ。
第六、第八、第九艦隊は軍内では一〇〜二〇年を目安に最終的に一万三〇〇〇隻まで増やそう、と言う話がある。二〇年以上掛けて一万六〇〇〇隻を揃えるというのだからのんびりした計画だ。まぁ以前に比べれば随分と健全ではあるが。
ただしそれ以上の正規艦隊は今のところ編成される予定はない。
軍内に残る軍拡派もイゼルローン、ガイエスブルク両要塞があるから八個艦隊で納得している。これが無かったら最低でも一〇個艦隊まで増やせと言っていたかもしれない。
この戦力で済むのは単純な話、こちらが防衛側であることが最大の理由だ。
二つの要塞を主軸に守りをガッチリ固めて引き篭もって、敵が来たら迎撃する、で良いのだから以前のようなこちらに入り込まれていた状況とは違って数は必要無い。
もっと突っ込んだ話をすると、防衛主体なら五個正規艦隊もあれば十分だった。ただし、俺とヤンがやったようにイゼルローンやガイエスブルクが落とされないと言う保証は丸で無い。
そうなったら同盟よりも戦力があるから同盟領に雪崩れ込んで来ないとは限らない。
そこで万が一に備えての予備戦力の意味合いも含めて三個艦隊(半個艦隊編成)と各地の警備艦隊を整備した訳だ。
各警備艦隊は万が一、帝国軍の同盟領侵攻を許した場合は可能な限り速やかに、敵の侵攻状況にもよるが深入りを許した場合はバーラト星系又はロフォーテン、マル・アデッタ、エリューセラ、レサヴィクに。
前線で食い止められている、或いは正規艦隊が前線を形成して戦っている場合はバーミリオン、ガンダルヴァ、エルゴン、ケリムの四箇所に集結し艦隊を編成、ハイネセン駐留の正規艦隊司令官を最高指揮官として前線に赴き戦うことが決められている。
まぁ、バーラト星系に集結しなければならない状況まで追い込まれたら、かき集めても二万隻になるかどうかってところだ。
上手く警備艦隊が逃げてくれば話は変わるが一〇〇〇隻の艦隊を見逃すのはむしろ難しい。合流されて大きくなるよりも先に、敵が小さい戦力のうちに叩くのは常道だからなぁ。
仮に第十四艦隊と、警備艦隊二万隻を加えたとしても十数万隻になるだろう帝国軍と僅か四万隻弱で戦わなければならないと考えるとゾッとする。
ヤンとラインハルトなら逆転勝ちを狙えるかもしれないが、俺にそこまでの手腕は無い。
ぶっちゃけそこまで来たら、同盟の滅亡待った無しだろう。
現状、各艦隊は戦略予備の一個艦隊以外は前線、或いはその後方に配置されており、帝国との道に蓋をしている状態だ。
以前までの十四個正規艦隊なら引き篭もりながら、もっと色々とやれただろうが、文句は主戦論者とそれを焚き付けた馬鹿共に言うしかない。まぁ連中は社会的に死んでるけど。
これらの体制はハイネセンにあった艦隊駐留設備を向こうに持って行ったり、新しく作ったりして漸く整えたものだ。どこかの誰かが言った『戦力の切り貼りをしている』とは良く言ったもんだ。
なんならガンダルヴァに関しては無人惑星を開拓するところから始まったのだから、それを担当したグリーンヒル大将の苦労は相当なものだったろうし、今もだな。この前、通信で話した時は言わなかったが頭髪の生え際が記憶にあるよりも後退していたぐらいだからなぁ。
ガンダルヴァは現在、軍の駐留があるということで商機があると踏んだ商人や民間人が十五万人ほど移住して暮らしているらしい。それに伴い鉱山惑星の開拓やらも進んで地域経済も随分と活性化しつつあるらしい。
これは他のところでも同じく言える事で、政府が民間に大規模に投資しているというのも大きな理由の一つだろう。
軍の再建とともにこうした地域経済の活性化、テコ入れも再建計画に含まれていた訳だな。
まぁ、帝国のざっくり二分の一程度とは言え一三〇億人もの人口がいるんだからそれを上手くやりくり出来ればもっと良くなるんだろうが……。
と言っても流石に帝国みたいにあっちの辺境、こっちの辺境と国民を飛ばす訳にもいかない。基本的には自分達の意思で行ってもらうしかない。
だから辺境星域の一番の悩みの種は、資源やらがあってもそれを採掘したりする人手が万年足りていない事だ。
まぁ、治安が良くて給料が幾らか良く、十分な食い扶持があると言うのならガンダルヴァみたいに、多少なりとも人が集まるのは実証された。
あとは中央からテコ入れの為に各地に送り込まれた優秀な行政長官やらの手腕次第、と言ったところだな。
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因みに人口比率に於ける軍の補充余力は全年齢を対象とした場合、帝国はどれだけ低く見積もっても五倍、マトモに見積もれば六〜七倍に達する。
貧困あるあるの多産傾向の強い帝国国民だ、十八歳〜三〇歳までの若年層に限っても四倍はあると思われる。
帝国は皇帝をトップとした政体である為、同盟よりも市場統制や徴兵は遥かに簡単に行える事を考えれば実際の軍事力の差は桁が一つか二つ違う。
同規模の戦力で戦った場合、単純計算で味方の損害の六倍以上の損害を帝国軍に与えなければ意味が無いと言う事になる。
これで何故今まで圧倒的に国力不利な同盟が帝国と戦えていて、なんとかなっていたのかと言うとフェザーンの三鼎並立政策に加えて、帝国の貴族社会と余りにも非効率な軍事政策があったからだ。要は同盟が軍事的に優れていたとか云々では無く、敵に主要因があった。
だがここ最近は徐々に改善されつつあったし、先の内乱で経済とかはともかく、軍の効率的編成や運用の妨げになっていた門閥貴族は文字通り綺麗サッパリ一掃された。
少なくとも五〇年は他貴族も下手な事をしたらどうなるか、恐ろしくて恐ろしくて、兎に角大人しくしている他はない。
実際、平民出身の有能な将官が多数登用されているのが帝国軍改革の実例だろう。先のイゼルローン要塞を巡る第八次攻防戦で帝国軍の指揮を執ったケンプ提督とミュラー提督が良い例だ。
あの二人も平民出身だから、以前までの帝国軍であれば良くて少将、パトロンを見つけられれば能力が高いから中将ぐらいにはなれたかもしれないが、ケンプ提督もミュラー提督も人としての人格や性格が優れているから大抵の貴族からはウケが悪かったのは想像に難くない。あれではパトロンなんて付きようも無かっただろうな。
何度も言うが、帝国軍は基本的に貴族出身と言う下駄履きが無ければ、少将ぐらいまでは独力と才覚でなれても、貴族の後ろ盾を得られなければそれ以上の階級に昇進する事は事実上不可能という不文律があった。
ミュッケンベルガーですら門閥貴族からの横槍で辟易していたようだかららそれが崩れた今は、それはもう清々しているに違いない。
有能な者が平民出身者からも多数上級司令部や艦隊司令官に登用されるのは間違いなく、情報部もそのような報告を上げてきている。
同盟にイゼルローンとガイエスブルクの両要塞があって、更に当面の間帝国軍が仕掛けてくるであろうイゼルローンの守りをヤンにバトンタッチ出来たのはある意味では同盟にとって良い事だろう。
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司令部の休暇は、流石に司令部を空っぽにする訳にも行かないので交代制になる。
最初にチュン参謀長とドールトン少佐が休暇に入り、次に俺とフィッツシモンズ少佐、ラップが休暇だ。
基本的には統合作戦本部内にある、第十四艦隊司令部オフィスにいる。
艦は宇宙桟橋にあるから、そことは離れている訳だ。
同盟軍の艦艇は基本的に大気圏内航行能力を持たない。これはコストカットと生産性を最優先にしてあるからだ。
基本的に同盟軍の艦艇は第一に数を揃える事が念頭に置かれていて、これを考えた場合、大気圏内航行能力はかなりの重しになる。
建造に際してはモジュール式建造、所謂ブロック工法までやって建造期間の短縮や損傷時の修理を簡単にしたり、と言う方式を取っている。
だから戦場に於ける応急修理や修理で戦線復帰がより迅速に、簡単に行える。実際、同盟軍は戦場でのこうした動きに力を入れているという側面もある。
こう言ったものは帝国との国力差を考えて選択された戦略と言える。
対して我々より国力の優れる帝国は全ての艦艇に大気圏内航行能力が備わっており、地上に港がある事もザラだ。
同盟軍みたいに宇宙桟橋を運用していないと言う訳では無いが、殆ど存在しない。
戦場での応急修理に必要な時間も長く、戦っている最中に修理をして戦線復帰という動きは中々帝国軍はやりずらい。
だがまぁ、そもそも我々同盟軍より国力に優位があるのだからわざわざそう言った努力をしなくてもいいという訳だな。
とまぁ、比べると持つ者の余裕と持たざる者の苦悩、みたいにも取れるぐらい違いがある。
艦艇に乗るには地上にある宇宙港からシャトルで行く必要がある。
基本的にシャトルは常に行ったり来たりしているからシャトルが無くて、みたいに困ることはない。
基本的に司令部要員として数えられるのは俺、チュン参謀長、主席幕僚ラップ、ドールトン(実質副参謀)、フィッツシモンズ(実質次席幕僚)両少佐の五人になる。
あちこち人手不足で、その辺を上手くやりくりしていた第十四艦隊には情報参謀や補給参謀が配属されていない。
事実上の情報参謀は第十四艦隊所属情報将校であるグレイブス・マンダレイ大佐が担っている。
黒人の身長192cmの巨漢で、情報将校には中々見えない優しげな顔の人物だ。ガタイだけ見たらどう考えても陸戦将校だし、実際白兵戦技能は高く、オフレッサーが「情報将校をやっているのが勿体無い」と評するぐらいには優れている。
補給参謀は第十四艦隊補給隊を束ねるアレーナ・グローバー大佐が事実上担っている。東欧系の女性で名前だけ聞いたら美人なのだろう、と思うが侮る事無かれ、こちらも181cmの身長に、そこらの兵や将校よりも肩幅が広く腕っ節が大変強い。なまじ顔立ちが整っているから余計に威圧感がある。
我が艦隊では「台所のママ」とか「胃袋大将」と呼ばれている。
本来であれば正規艦隊の情報参謀や補給参謀は専任の大佐か准将あたりの階級になるが残念ながら空席だ。職責は重くなるが階級はそのままになっている。代わりに上と掛け合って給料は上げてもらっている。
上には正規の人員を配属するか、二人の階級を上げてくれと掛け合ってはいるが、正規の人員は前線配備の艦隊や警備艦隊、補給基地などへ配属するのが現状は最優先、昇級も色々と都合があるらしく実現には至っていない。
なので実務上は二人に任せつつ、その上にラップを置く事で階級で発生し得る問題に対処している形だ。
副官二人は今現在、交代で高級幕僚教育を受けるか、と言う話をしている。二人とも専科学校上がりだが士官になるのに必要な一通りの幹部教育は受けている。
とは言えあくまで下級幹部教育なので、幕僚やら参謀になる為の教育は別途受ける必要がある。
そこで受ける必要があるのが上級幕僚教育課程である。
士官学校ならその辺も丸々在学中に受けるのだが、まぁ専科学校出身者は幕僚やらの高級幹部を育てると言うよりは各科に於ける現場指揮官の養成を目的としている為、違いが出るのは仕方がないと言えばそうなのだ。
期間は一年となるので交代で、という訳だ。
ウチは規模の割には司令部要員が少ない。特に意見を言える人材が。その点、ドールトン少佐も、フィッツシモンズ少佐も、副官ではあるが事実上幕僚みたいな働きをしているし、だったらハイネセンに居る間に正式な教育を受けてはどうか、となった。
幕僚が二人増えればそれだけ意見が多角化してより多くの事が見えるし選択肢も増えるだろう。あと色々任せて俺が楽したい。
本人達も乗り気でいるし、能力的にも問題は無いので試験には受かるだろう。唯一問題があるとすれば周りより階級が一つか二つぐらい高い事だな。
高級幕僚教育は大抵尉官の時に受ける。佐官が受けられない訳ではないが、まぁ周りから能力が低いという誹りを受ける可能性があるのは否めない。
階級を理由にした面倒事は階級社会の軍内では流石に起きないと思うし大将の副官殿だ、どんな馬鹿でも二の足を踏むはず。フォークとかみたいな飛び級の馬鹿がいなければ、だけど。
いざとなったら俺やチュン参謀長が出ていけばいいか、と考えているし、二人もそんな柔じゃないから大丈夫だとは思うけど。
現状、やる事は普段に比べても特に無い為、偶に上がってくる決済書類主に艦内待機組用の食事用)にサインを書く以外はカレイジャスの艦内をフラフラしたり、当番で勤務中の暇そうな奴を見つけてラップと共に酒盛りである。
「提督、ラップ大佐」
「ん?」
「ここ最近、提督とラップ大佐の飲酒量が大変増えた事を心配なされた奥様方から言伝を預かっておりますが」
フィッツシモンズ少佐が如何しますか、と呆れた表情で聞いてくる。
これはあれだな、酒を飲むなとは言わないから量を減らせと言うことだな。
「……ラップ」
「分かってる」
「「明日から呑む量を減らそう」」
グラスを鳴らし、フィッツシモンズ少佐の今日からじゃないのか、と言う呆れた様子の視線を受けながらそう誓った。俺達は次の日から呑む量をグラス二杯までにした。
ーーーーーーーーーー
交代で休暇に入った俺は、実家に久々に帰って来ていた。
ラップはジェシカと過ごすようだし、フィッツシモンズ少佐も官舎で心ゆくまでゴロゴロしながら勉強するそうだ。
フィッツシモンズ少佐は優秀だから試験にも問題無く受かるだろうが、やっておいて損は無い。
「じゃ、行こうか」
「えぇ」
実家から、車に乗って目的地を目指す。
「おぉ、良く来たの」
「お久しぶりです、ビュコック提督」
目的地は退役されたビュコック提督のご自宅だ。
将官含め、軍人は引退後も官舎に住む事が出来る。将官にもなれば一軒家を丸々与えられるし、なんならその家は退役後も与えられることになる。
「儂はもう引退した身じゃ、提督と呼ぶでない」
「ではなんと?」
「昔、儂に隠れて爺とか言っとったじゃろ。そんなふうに呼べばよい」
「分かりました」
あれバレていたのかと内心思いつつ笑みを浮かべて頷く。
あと言っておくが、誓ってジジイなんて言ったことはない。ちゃんと爺様と呼んでいた。
「ま、兎に角入れ。玄関先に突っ立っているのはお主はともかく奥方と赤ん坊には悪いじゃろうて」
そう言って爺様は家に俺達を招き入れた。
爺様の奥様がお茶とお茶菓子で色々ともてなしてくれる。奥様とは爺様の部下の時から知り合いになり、付き合いがあった。
爺様の家で食事を振る舞って貰ったことも何度もあるし、実家に招待して食事をしたこともある。
士官学校を卒業し、後方勤務を二年勤めてから、初めて実戦部隊に幕僚の一人として配置されたのが当時少将で、使い勝手のいい四〇〇〇隻余りの統合作戦本部直属独立艦隊を指揮していた爺様の下だった。
その頃から数えてもう二〇年以上の付き合いになる。
「遅まきながら、長子が産まれました事をご報告させて頂きます」
「そうかそうか……。あの若造が父親か。なんとも時間が過ぎるのは早いもんじゃな」
「おめでとう、アルフさん」
しみじみと言った爺様と、嬉しそうに言う奥様。
「勝手ながら、息子の名前に爺様のお名前から頂きました」
「なに?儂からか?」
「えぇ。アレクセイと言います」
そう伝えると爺様は腕を組んだまま、照れたように笑みを浮かべて鼻息を一つ吐いた。
「お〜、よしよし」
爺様がアレクセイを抱っこし、あやしている。
隣で奥様が久しぶりに赤ちゃんの抱き方を貴方に教えるわ、と笑っている。
爺様の表情は優しく、好々爺と言った風だ。
爺様の手は分厚くて硬く大きなものだったが、同時に兵卒上がりの苦労が滲み出るものでもあった。
俺の知る爺様は頑固で短気でおっかない部分が主であるが、されど優しさのある人だ。
今の爺様は厳つい顔で戦場に立っていた姿からはまるで想像出来ない、子供や孫に甘いお爺ちゃんそのもの。出会った頃からは想像が出来ないものだった。
その日は夕食をご馳走になってから帰宅となった。