Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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水着イリヤ実装ッ!!!!!!!
なので更新です


VSエインズワース~奪われた家族~

「ありゃりゃ、吹っ飛んじまったか」

 

 モードレッドは手を望遠鏡でも作るように丸め、眼下を見渡す。

 彼女の放った渾身の一閃は凄まじく、城壁ごと襲撃者を吹き飛ばしたのだ。無論マスターの生け捕りにしろという命令の都合上、殺す気はないが、ここまでせねば止まる様子もなく、やむを得ずと言ったところである。

 これで死ぬ、もとい止まれば楽なのだが。

 

「……バケモンか、ありゃ? 少なくとも、四肢を切り落としても止まんねえな」

 

 落下する襲撃者は何度か痙攣した後に、その身を隠していた襤褸切れが空を舞う。

 それには、そもそも手足が無かった。

 四肢の全てを切断され、達磨のようになったそれは、モードレッドの見間違いでなければ、確かに少年の形をしている。だが少年は四肢があった断面から、刀剣を生やして、それを代替にしているのだ。

 

「……斬る手も、足もねぇんだ。止まるわきゃないわな」

 

 ブリテンにいた魔獣の類いであっても、ここまで奇っ怪な生物はいない。

 痛覚がないのか、あっても構わないのか。

 

「あれは諦めろ、マスター。取っ捕まえたところで、刺されんのがオチだ。首を切り落とさないなら、ここは撤退するのが一番賢い」

 

 魔術を余り心得ていないモードレッドでも分かる。周囲に張り巡らされた魔術の数々は、彼女の母親のモノと少し似ている。

 悪意、敵意、殺意。一人たりとも逃さないという、執念。

 

「おい聞いてんのか、マスター。オレが守るのにも限度が、」

 

「……そんな、はずが」

 

 そこで、モードレッドはようやく気付いた。

 背後で控えていたルヴィアの顔が、青白くなっていることに。まるで死人の顔でも見たように。

 

「……シェロ……?」

 

「……、」

 

 そしてモードレッドも、気付く。

 このねばついた陽気を駆け抜ける、清廉な風を。

 

「……まさか」

 

 視線は眼下、襲撃者の側。

 この訳も分からぬ状況で唯一、それだけはモードレッドにも理解が及んだ。

 砂金のような金髪、青く、それでいて華美になり過ぎない騎士甲冑。そして何より、その手に持つ透明な何かと。

 モードレッドと類似した、その顔は。

 

「……アーサー王」

 

 

 

 

 それを見たのは理科の教科書だったか、それとも昆虫図鑑だったか。

 イメージは野菜につまようじを数本刺したようなもの。伸びたつまようじが、人の手足のようだと思って、少し不気味だと思ったのは、イリヤの考え過ぎか。

 つまるところそれは、人のイメージからそれほどかけ離れてはいない。

 

「……、」

 

 ギシ、とバネが伸縮するような音が、肉体から発せられる。機械化なんて生易しいモノではない。その内側からせり出す無数の刃が、筋肉のように伸縮する度、擦れているのだ。

 一見、死神のような人形。

 なのにそれは、見覚えのある顔をしていた。

 

「……おにい、ちゃん……?」

 

 喉が乾いていく。カレイドの魔法少女になっているというのに、どうしようもなく背筋が震える。

 赤銅色の髪は、ほぼ色が抜け落ち、何らかの呪いで変質していた赤黒い肌は、今や火傷の痕みたいに爛れている。吐息は荒く、空洞の眼窩から漏れ出るような幻覚すら見えた。

 衛宮士郎。

 イリヤの兄であり、イリヤ(彼女)の弟。

……なのか?

 分からない。だからこそ、結論は周囲の行動で決定した。

 

「下がって、イリヤスフィール!!」

 

 ドゥッ!!、と青い騎士が、イリヤを追い越し、突貫する。

 セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。確かそう……第五次聖杯戦争では元々、衛宮士郎のサーヴァント。

 

「セイバーさん、まっ、……!」

 

 彼女がどういうつもりかは知らないが、この突貫はそれこそ、サーヴァントに対して行うそれと同等のモノだ。転身したイリヤでも反応が難しいほどの。

 だが遅い。制止は間に合わず、そして。

 ()()()()()()()、剣群が出現した。

 

「、イリヤさんっ!!」

 

 ぐい、とルビーがステッキ状態のまま、イリヤを引っ張る。後ろに引き摺られたところで、石畳に剣群が突き刺さる。

 意表を突くという意味では、これ以上ない奇襲。明確な殺意の発露が、イリヤの心臓を鷲掴みする。

 

「おい大丈夫か!? チッ、衛宮の奴、仮にも妹にマジになりやがって……!!」

 

 慎二が助け起こすが、彼が何を言っているのか、イリヤの耳にはよく聞こえない。兄に殺されそうになったという事実がイリヤにとって、余りに大きい。

 その間にも、状況は動く。

 

「シロウ!!」

 

 激昂と共に放たれる一閃。逆巻く台風を思わせる剣を、衛宮士郎はいとも簡単に回避、更には手元に投影した剣を投擲する。

 その数、都合二十五本。竜属性を持つアルトリアに対して、効果を発揮するものばかり。かすればそれだけで、アルトリアの肉体は血を噴き出すだろう。

 

「言葉が通じないのは分かっている。ですがイリヤスフィールは、イリヤスフィールはあなたの姉でしょう!? それに手をかけようなど、本当にもう以前の貴方は死んでしまったのか!? 答えろっ、シロウ!!」

 

 アルトリアの問いに、衛宮士郎は剣で答えるのみ。それも腹立たしいのだろうが、アルトリアは剣群の勢いに縫い止められている。

 

「オイオイ騎士王サマよォ……アタシを忘れてチャンバラ始めてんじゃねェよ、なァ!?」

 

「、しまっ、……!?」

 

 最後の一本を何とか弾き、今度こそ追撃しようと前傾姿勢になったアルトリアの、真後ろ。

 飛びかかったベアトリスが、その鉄の巨腕を振り下ろす。

 受け止めきれるわけがなかった。小柄な体は宙を回りながら、アルトリアの唇から血が垂れる。

 

「セイバー……! くそっ、くそくそくそっ、最悪だ……よりにもよって、ここで衛宮とかち合うのかよ……!!」

 

「……シンジ、さん……」

 

「なんだよ!? 立ち上がれるなら早く立ち上がれ、お前にも戦ってもらわないとこのままじゃ共倒れだ!!」

 

「あの人、ほんとにお兄ちゃんなんですか……?」

 

 イリヤの投げ掛けた言葉に、慎二は言葉を詰まらせた。

 つまり、そうなのか。

 あれが本当に。

 

「ったく、お前さァ」

 

 ベアトリスが石版のようなハンマーを担ぎ、衛宮士郎を一瞥する。

 

「あんだけ言ったろ。アレは捕縛対象だって。美遊サマのスペア?にしようかってハ・ナ・シ。なのにそれを殺しかねるとか、これだからお人形は」

 

 あくまで、会話はベアトリスの一方的なモノだった。応答もなく、壁に話す方がマシと言われても可笑しくない。

 だが、衛宮士郎はそこから離れない。攻撃もしない。それこそ忠実な僕のように、控えている。

 そちら側の人間だと、思い知らされる。

 

「……なんで? なんでお兄ちゃんが、エインズワースの仲間に……」

 

「仲間ァ? はン、なわけねーだろ」

 

 めんどくさそうに頭を掻くベアトリスを、チャンスだと思ったか。吹き飛ばされたアルトリアは、今度こそ一閃を叩き込もうと、真横から一直線に向かう。

 気付いた衛宮士郎が剣群を放つものの、そう易々と騎士王が怯むわけがない。それらを逸らし、弾くと、彼女は風を纏った聖剣を振りかぶる。

 直後だった。

 

「これはエインズワースの下僕に決まってんだろ」

 

 ベアトリスが、無造作に。衛宮士郎の体を、アルトリアの前に差し出した。

 肉の盾。余りに自然な動作で行われたそれに反応したアルトリアは、流石サーヴァントと言うべきか。ギリギリのところで聖剣は踏み止まり。

 ベアトリスが相好を崩し、石槌を振るう。

 

「隙だらけだなァ、アーサー王ォ!!」

 

「貴、様……!!」

 

 直前で石床を砕くほど踏み込んだのが幸いしたか。アルトリアは不格好ながら防御に成功すると、イリヤ達の前まで下がる。

 しかし無茶な防御は決して少なくないダメージを与えたらしく、顔を歪め、聖剣を持つ手が不自然に揺れた。

 

「騎士ってのも大変だよなァ。それが王となればがんじがらめになるのも仕方ねェ。例え守るもんが敵に味方していても、だ」

 

 ククク、とギザ歯を見せるように笑う、ベアトリス。

 それで、なるほど、とイリヤは納得した。

 士郎がどうしてエインズワースの仲間になったかは、よく分からない。ただ、あの女の隣に衛宮士郎がいれば、あんな風に好き勝手に使われてしまうだろうということだけは、理解した。

 故に。

 イリヤは太股のホルダーから、一枚のクラスカードを引き抜いた。

 

「……セイバーさん。お兄ちゃんのこと、お願い出来ますか」

 

「? イリヤスフィール?」

 

「あん……?」

 

 怪訝な顔をするアルトリアとベアトリスだが、その意味は二人とも違った。

 アルトリアはそのまま、何をする気だという問い。そしてベアトリスの疑問は、イリヤが()()()()のクラスカードを持ったことについて、だろう。

 

「おいおい……ハサン・サッバーハのカードなんて見せびらかして、暗殺しか出来ねえ雑魚サーヴァントでなにすんだ? こちとら仮にも神霊降ろしてるっていうのに」

 

「どうだっていいよ」

 

「……はァ?」

 

 ベアトリスが苛立った様子で睨んでくるが、イリヤも睨み返す。そう、腸が煮えくり返っているのは、そっちだけではない。

 

「家族をこんな風にされて、それでも怒らないと思ってるなら、大間違いだよ」

 

「……おー、コワ。んじゃやってみなよ、お嬢ちゃん」

 

 カードをステッキに添え、そして。

 

夢幻召喚(インストール)

 

 魔力の爆発。しかしやはり、ベアトリスと比べると、その規模は小さい。さながら渓流のような風が、エインズワースの庭に吹いていく。

 それで、ベアトリスは異変に気付いた。

 

「……あん? なんだ、そりゃ?」

 

 しゃらん、という鈴の音と共に、風が両断される。

 まず目を引いたのは、大きな太刀だった。風を斬り裂いたその長さたるや、身の丈にも迫るほどであり、刀というよりは棒だ。

 それを握るイリヤの姿もまた、変化している。暗殺者らしからぬ、桜色の和装。はだけた胸元を隠すように巻かれたサラシに、星型の簪が長髪を纏めていた。

 そう、これはハサン・サッバーハではない。

 

「アサシン、佐々木小次郎」

 

 二枚目のアサシンのカード。それこそは、日本に二人といない大剣豪の一人、佐々木小次郎。

 イリヤの知る限り、最強の剣技を持つサーヴァントである。

 

「……兄妹揃ってクズカード使いかよ。ったく、ムカつくなァオイ!!」

 

 ベアトリスが四つん這いになったかと思えば、跳ねる。獅子が飛びかかるような挙動に加え、その背後で衛宮士郎が投影を開始していた。

 

「下がりなさいイリヤスフィール、ここは大人しく撤退を……!!」

 

「セイバーさん、もう一度言うね。お兄ちゃんのこと、お願いします」

 

 す、と。流れるように前に出るイリヤ。そこに先程までの、状況に振り回される彼女はいない。

 そして、巨大な石槌がイリヤの頭蓋を砕かんと迫り。

 太刀が、閃いた。

 

「なに……?」

 

 その現象に、さしものベアトリスも眉を潜めた。

 確かにハンマーは寸分違わず、イリヤに振るったはず。しかし実際は僅かに逸れ、イリヤの真横の地面を木っ端微塵に砕いた。

 さながら舞い散る木の葉が、風によって流されるような軌道。

 

「チッ……!!」

 

 ベアトリスは地面を砕いた槌を、そのまま薙ぎ払う格好で振り回す。これなら、アサシンのイリヤでは受け止められないと踏んだか。

 しかし、イリヤはそもそも受け止めなかった。

 とん、と蹴るのは、ベアトリスの巨腕。イリヤは片足で乗り上げると、そのまま回転しながら斬りかかる。

 

「く、そっタレがァ!!!!」

 

 ベアトリスが衛宮士郎の方を見るが、そこにはイリヤのお願いに従ったアルトリアが士郎を押し留めていた。

 太刀、備中青江のリーチは長い。ベアトリスは瞠目しながら、何と変化していないもう片方の腕で、太刀の一閃を弾き返す。

 

「っ、固い……!!」

 

「たりめェだ、クズカードごときで血を流すと思うなよゴラァ!!」

 

 弾かれながらもイリヤは再度、攻勢に出る。狙うは袈裟。当然ベアトリスはそのひ弱な攻めごと押し潰そうと、ハンマーで迎え撃つ。

 しかし、ベアトリスの攻撃は当たらない。まともに合わせれば、砕かれるのはイリヤの武器だというのに、いかなる技術かその苛烈な攻めを刀一本で押さえ込んでいた。

 

「コイツ……!!」

 

「、フッ……!!」

 

 柳のように柔軟に、枯れ葉のように躍るような剣技。

 ほんの僅かな、恐らく逸らされている側は意識すら出来ない、一閃。それが攻撃の軌道を変えているのか。

 しかし、これが攻撃となると、秋霜三尺とはいかない。

 ベアトリスの皮膚が、固すぎるのだ。佐々木小次郎は剣技にこそ優れているが、剣自体はただの刀剣。ベアトリスの体ーー本人曰く神霊を斬るには、流石に届かない。

 

「くぅ~~!! 固すぎですってイリヤさんこれ!! がむしゃらに攻めても意味ないですよ多分!!」

 

「分かってるってば!!」

 

「ガチャガチャうるせェなァ!!」

 

 ルビーの忠告は最もだが、攻撃を逸らされるベアトリスはよっぽどフラストレーションが溜まっているのか、力任せでより暴力的な攻撃が増えている。佐々木小次郎の神業とも呼ぶべき剣技であっても、完全に押さえ込むのは難しくなってきていた。

 カレイドステッキの頑強さなら、備中青江の刀身が歪むことはないが……。

 

(決定打がない……っ!!)

 

「どうしたどうしたァ!! さっきより随分と苦しそうじゃんか、なァ!?」

 

 漏れでる雷と共に、ベアトリスの一撃は更に重くなっていく。槌を振るうだけで庭の花は舞い上がり、砂が空へ吹き上がる。このままではもう押さえ切れない。

 ならば。

 イリヤは大きくバックステップし、備中青江を構える。

 上段、霞の構え。隙が多く、刀の挙動が制限されてしまうそれは、今の状況では致命的と言って良い。

 

「カッコつけてんじゃねえぞ、クソガキィ!!!」

 

 狂化しかけているベアトリスは、犬歯を剥き出しにしながらイリヤに突進する。

 そう、傷つけられないと侮ったからこその、直線的な動きを。

 

「秘剣ーーーー」

 

 思い描くは、翼持つ獣。

 翼を斬ったところで、獣は死なない。

 首を斬ろうとしたところで、翼があっては獣は斬れない。

 これは、その獣を一太刀で斬るためだけの魔剣。

 それに生涯を懸け、成し遂げた、何者も知らぬ秘剣。

 故に必殺、故に必中。

 その名も。

 

「ーーーー燕返し」

 

 物干し竿が光る。

 上段からの縦一文字。首を狙ったそれは、暴れ狂う獣からすればしゃらくさいだけのモノ。

 しかし。

 それが三本あれば、獣の首など地に墜ちる。

 

「!?」

 

 ベアトリスが視認したのは、一文字ではない。

 上段、中段、下段。刹那の時間、あり得ざる三本の一閃が出現し、獣の首を落とさんと唸る。

 虚をついた完璧な一撃。神にすら届く一閃。だからこそ、か。

 神は非情な手を取った。

 三本の剣を、ベアトリスは歯で噛み、受け止めた。

 

「な、……!?」

 

 獣の本能か、それとも彼女が宿した神霊によるものか。

 彼女は同時に首に迫っていた三本の剣を、全て、歯で受け止めたのだ。

 燕返しは、あくまで同時に首だけを狙う宝具でしかない。最終的に全ての一閃は首に到達するため、分かっていれば受け止められるが……事はそう簡単ではない。神の肉体があっても、通用するデタラメではない。

 

「よォ……よくも散々やってくれたな、オイ」

 

 不味い。引き抜けない。ベアトリスは備中青江を咥えたまま、ぐい、とイリヤを引き込み。

 神が、ほくそ笑む。

 

「今度はこっちの番にゃーん☆」

 

 刀を手放す暇もなかった。

 ドゴォッ!!!、と。ベアトリスの膝が、イリヤの鳩尾に突き刺さった。

 

「か、っ、……!?」

 

 ブレる。意識というより、魂そのものが。芯からブレて、崩れ落ちる。

 くの字に折れたイリヤを、ベアトリスは鷲掴みにする。あえて変化していない腕を使ったのは更なる追撃のため。

 小さな神霊が、槌を振りかぶる。すると濃厚な魔力が雷となって迸り、それはやがて天の色すら塗り潰す。

 

「ーー召雷」

 

 局所的な黒雲。今度は逆に黒雲から、ベアトリスへ稲妻が落下する。

 人が当たれば、まず感電死するほどの電圧。それを受けて、神はニヤリと笑みを溢した。

 

「ぶっ潰れろ、元素の源まで!!」

 

 蓄えられた雷によって、石槌が回転し始める。

 それは神の権能の具現化。かつて崇め、畏れられ、一つの例外もなく……あらゆる神話において神と定められた、絶対的な自然の頂点。

 

万象打ち焦く雷神の竜巻(ミョルニル)ッ!!!」

 

 そして。

 暴風雨が、イリヤを呑み込んだ。

 まさしくそれは、嵐を打ち込むような苛烈な宝具だった。削岩機のように繰り出されたハンマーは、イリヤの肢体を容易く粉砕しながらも回転し、捻れる。その威力たるや、エインズワースの庭が荒れ果てるほど。

 まるでミキサーで潰れる果物みたいに、少女の体からは鮮血が噴き出し、そして噴水に激突した。

 辺りに撒き散らされる、水と血、そして瓦礫。パリ、と電気がそこかしこで弾け、その中心でイリヤは倒れていた。

 

「づ、つ、……は……、……」

 

 夢幻召喚は解除されたものの、かろうじて転身だけは維持している。しかし体に刻まれた傷は大きい。

 全身を苛む痺れと火傷、上半身は内側から砕かれたように激痛が走り、足に脳からの信号が行き渡らない。

 立てない。戦えない。

 

(……ま、ず、い……)

 

「ありゃりゃ、もうギブアップか。んまァ、頑張った方じゃね? アタシ相手にさ」

 

「イリヤスフィールッ!! くっ、このっ……そこを退け!!」

 

 ベアトリスの声に反応出来ない。アルトリアは……士郎と、そして黒化英霊達に囲まれて、思うように動けていない。見ればアルトリアの動き自体も、心なしか悪くなっているようにも見える。何らかの制限があるのか。

 アルトリアの言う通り、逃げるべきだった。私情に駆られてこの様。情けないにも程がある。

 声が遠くなっていく。ステッキを握る力も、何もかも虚空へ消えていく。

 

「……うんともすんとも言わなくなっちゃったねェ。ま、知らないのもカワイソだし? クソガキのだーいすきなお兄ちゃんのこと、教えてあげよっか」

 

 そう言って、膝を抱えたベアトリスは、憐れんだ目でイリヤを見つめる。

 

()()()()()()()()()()

 

……。

 

「アンタら守るために自分の運命斬ったんだ。そりゃあ、死ぬでしょ。生者は運命に繋がれてこそ生者たり得る、だっけ? だからアタシらがその死体をドールズに再利用してるってワケ」

 

「ドール、ズ……?」

 

「こんなの」

 

 ベアトリスが、生身の手を振る。すると先程まで確かに人の手だったはずなのに、瞬きの間にそれは球体関節のあるマネキンの手へと変化していた。

 いや、ドールズというからには戻る、と言った方が正しいのか。

 

「アタシらの意識を人形に置換して行う、擬似的な死者蘇生。それがドールズ。アンタのお兄ちゃんも同じよん」

 

「……じゃあ、お兄ちゃんの体は……?」

 

「あー、あれねえ。置換した瞬間灰になっちゃってた! ま、意識だけで運命に抗ってたんだから、大したもんショ。死んだけどな!」

 

 ベアトリスは笑う。嘲笑う。ここまで来たけど御愁傷様、そんな風に。

 今にも倒れそうなのに、イリヤは意識を手放せない。血で変色した手袋を握り締め、

 

「……そんな、の……人の、やることじゃ、ない……!!」

 

「当たり前じゃん、アタシだって死人だもん」

 

 まるでそれはこの世界で当然のことみたいに、ベアトリスは語る。

 

「ジュリアン様は使えるものは何だって使う。例えそれが死人だろうが、利用価値があるのなら構わない。むしろ死人だからこそ、救うべき価値(・・)がある」

 

「だからって、……!!」

 

「分かんないかなァ」

 

 ベアトリスがイリヤの頭を踏みつける。革靴がゴリ、と脳天を削る。

 

「黙って拝めてりゃ、アンタらのこともジュリアン様は救ってくれんだよ。それとも何? アタシ達は死人だから元ある状態に戻してみんな死ぬんですゥ~~、ってかァ? は、馬鹿馬鹿しい。大量自殺がやりてぇなら勝手にやって野垂れ死ね」

 

 ここで否定するのは簡単だ。子供のように駄々を捏ねて、こんなことを止めろと言うのも。

 だけど。

 

「言い返せねぇよなァ、自分もお兄ちゃんも助けられないんだから」

 

 その言葉が、重く突き刺さる。

 

「みんなでみんなを助ければいい? ご立派だよねェ、その考え。で? アンタは何が出来んの? 痛いコスプレしてるだけの頭お花畑が、世界の命運背負えんの?」

 

 言い返したい。出来ると、そう言い返したい。

 でも現実の自分はこんなに弱くて、何も良い考えが思い浮かばない。世界なんてもの、背負う方法だって知らない。

 

「だから大人しくしとけよ。しゃしゃり出ないでさァ!!」

 

 イリヤには分からない。

 アルトリアとて、その答えは分からないと答えるしかないだろう。

 この場で何か答えられる人間は、一人もいない。

 その、はずだった。

 

 

「あーーあ、重いし長いわ、話がさ」

 

 

 心底鬱陶しそうな声の後だった。

 こん、と。ベアトリスの後頭部に、石ころがぶつかった。

 

「あァ……?」

 

 ベアトリスが額に青筋を立てながら、投げてきた方向を見やる。

 そこに居たのは、この場で最も力のない人間。

 間桐慎二。

 

「世界の命運だ、死人だ、僕には関係ないよ。衛宮だってそうさ。死ぬなら勝手にすれば良い」

 

「ちょ、……!?」

 

 なんだその言い方は。手の中で石を転がす慎二は、この状況に不釣り合いな軽薄さで、

 

「アンタらもさ、エインズワース。別に何しようが知ったこっちゃないけど、生き汚いにもほどがある。ぶっちゃけ見苦しいよ、おたくら。引き際くらい弁えろよな、全く」

 

「……テメェ、死にてぇのか?」

 

「気に食わないんだよね、アンタらのやり方は」

 

 慎二は続ける。石を転がす手は震えていて、足も今に崩れそうなほど。

 なのに慎二は、退かない。恐らくこの中で誰より、死に近いというのに。

 

「救ってやるから黙って従え? 死んだとしても生き返るからそれでいい? ハッ、なんだそりゃ。自分が神様のつもりかよ、ダサすぎ。そんな押し付けてくる救いなら、僕はいらないね」

 

「テメェは死んでねぇだろ、ワカメ。だからそんなことが言えんだよ。テメェの勝手な尺度で語ってんじゃ……!!」

 

「お前達こそ、僕を勝手な尺度で計るなよ、クソ野郎ども」

 

 イリヤは勝手に、間桐慎二という人間は度しがたい性格の人間だと思っていた。

 友人への嫉妬、殺意、それらが全て混ざって叩き上げられた人間だと。

 しかし。

 そこにいる彼は、確かにこう言ったのだ。

 

「大切なモノを奪ってきた奴らに、はいそうですかって従えるほど、僕は安いプライドなんて持ち合わせてないんだよ」

 

 ともすれば、イリヤ以上の我が儘。

 気に入らないから従わないし、抗う。

 世界の命運など知ったことかと鼻で笑い、それでも求める。

 自分自身の未来を。

 

「お前もだ、ガキンチョ」

 

「……へ?」

 

 まさか飛び火するとは思わなかったのか、イリヤは面食らう。

 

「言われっぱなしとかダサすぎて笑うわ。こんなとこで躓いて救えるんですかねえ、世界? あんだけ啖呵切っといて、たった一回の問答であーだこーだ考えてるんじゃないよ。世界救うとかのたまうバカが一人で思い付くわけないだろバカ」

 

「ひ、ヒドイ……」

 

「いやぁシンジさんの罵倒、心に来ますよねえ。ヒエラルキーワーストの人間に言われると普段耐えられる言葉も耐えられないと言いますか」

 

 ともかく、と慎二は言う。

 

「ガキなんだからもっとゴネればいいんだよ。そういう年頃だろ、お前。衛宮がなんだ、死人がなんだ。そんなの、()()()()()()で十分な理由だろ」

 

「……あ」

 

 その言葉は、本当にスッ、とイリヤの心に染み込んだ。

 そうだ。元々世界を救うことを邪魔するつもりで、このエインズワース城に来たのだ。その時点で自分が悪だってことぐらい分かり切っていたはずだった。

 こんなことは認めない。それが全ての始まりだった。

 

「……そうだ」

 

 諦めきれない。

 失いたくない。

 手離したくない。

 たったそれだけで世界に歯向かうと、そう口にしたのなら。

 今だって、それで立ち上がってもいいハズだ。

 

「……ったくよォ……」

 

 しかし。ベアトリスの足は、イリヤから離れない。

 

「我が儘したがりがゾロゾロと……ほんと、ウザくて嫌んなるよなァ」

 

「ぁ、……」

 

「イリヤさん!!」

 

 脳天から異音が響く。ルビーが全力でイリヤの体を回復させているが、未だに起き上がれるほどの力はない。

 慎二の言葉で自分を取り戻しはしたが、以前として状況が最悪なことには変わらない。

 アルトリアの救援は望めず、慎二は戦力外。自身で打開しようにも手持ちのカードでは一手しか防ぎようがない。

 どうしたって、詰み。

 

「……それ、でも……!」

 

 我が儘でいようと、そう決めた。

 誰もが切り捨てるモノを、切り捨てないと決めた。

 だから。

 

「それでも、わたし、は……!!」

 

 

「ーーよく言った。そういう馬鹿は嫌いじゃないぜ、ピンク髪」

 

 

 その声はまさに、意識外からのモノであり。

 刹那、ベアトリスを()()が呑み込んだ。

 

 

 

 

 ここにたどり着くまで、随分とかかった。セイバーが壁を壊して進んだところで、エインズワースの魔術はその壁自体に術が発動している。故に、ここまで遅れてしまった。

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは左手の令呪を掲げる。

 

「『凪ぎ払いなさい、セイバー!!』」

 

 令呪が一際強く光を放つ。同時に、モードレッドの霊基が大幅に強化。叛逆の騎士は楽しそうに笑う。

 

「へっ、気前がいいなマスター!! ならばオレも応えよう、我が全霊を懸けて!!」

 

 モードレッドが銀の剣を腰に構える。すると鍔が開閉し、そこから赤黒い光が漏れ出す。

 これなるはかのブリテンを滅ぼし、そして騎士王伝説を終わらせた一振り。栄光の明星ではなく、失墜の黄昏をもたらす破滅の極光ーー!!

 

「これこそは、我が父を滅ぼし邪剣!! 我が麗しき(クラレント)父への(ブラッド)叛逆(アーサー)!!!」

 

 令呪を伴った一撃は、凄まじかった。

 ベアトリスだけでなく、黒化英霊や衛宮士郎すら巻き込むほどの範囲と、庭を丸ごと消滅させかねない大火力。余りの威力にルヴィアは顔を覆ってもなお目を開くことが出来ず、立ち止まってしまうほどだった。

 赤雷が、止む。赤熱した石床の上には、ほぼ何も残ってなかった。

 ルヴィアの知る彼女達以外は。

 

「大丈夫ですか、皆さん!?」

 

「僕達ごと殺す気かオマエッ!!?!」

 

 走り込んできたルヴィアに対し、体育座りの体勢で慎二が非難する。

 

「誰だか知らないけど、こんな大雑把なやり方で大丈夫だとぅ!? こちとら自慢の癖毛が跳ね回って海から浮上したみたいになっただろうが!! あと死にかけた!!」

 

「髪を気にする暇があるなら元気そうですわね。えぇと……ミスター……シーウィード?」

 

「見た目でその二つ名つけられても意味分かってんだからなこの金ドリル……」

 

 ルヴィアは慎二から目を離し、腰を下ろす。

 そこには、傷つき、精魂尽き果てたイリヤが倒れていた。

 酷いものだ。確かカレイドの魔法少女は、使用者の保護を最優先するため、可愛らしい見た目とは裏腹に防御は鉄壁だ。

 その魔法少女状態ですら、イリヤは全身傷だらけであり、ルヴィアの見立てでは骨が幾つも折れていることが伺えた。

 だというのに、イリヤは力なく笑う。

 

「……ありがとう、ルヴィアさん……おかげで、助かった……」

 

「……いえ、こちらこそ。遅くなってすみませんイリヤスフィール。本来なら私が、そのステッキを持って戦うべきだというのに……」

 

「はは、大丈夫……たぶんルビーもサファイアも、ルヴィアさんを拒否るだろうし」

 

「そ、そういう問題ではないでしょう? ただこれは大人の責任として……」

 

 と、そこで。ルヴィアはハッとなった。

 イリヤの唇が、震えていることに。

 

「……何も、出来なかった」

 

 回復した右手で、少女は目元を隠す。

 つう、と垂れる雫。

 

「わたし、お兄ちゃんを助けたかったのに……そのためにっ、来たのに。何も、何も出来なかった……!! 何も、言えなかった……!!」

 

「……イリヤスフィール」

 

 やはり。あれは衛宮士郎だったのか、とルヴィアは確認する。

 であれば、最早手遅れなのか。そう口から出そうになるを何とか押さえ、ルヴィアは気持ちを切り替える。

 自分がしっかりしなければ、と。

 

「衛宮シェロの安否は確認しました。今回はこれで引き上げましょう。ルビー、あなたなら逃走経路を知っているのでしょう? 案内、お願いしても?」

 

「もっちろんですよー! こんなところにいつまでもいたくはないですしネ! ああでも、出来ればイリヤさんを抱えてくださると助かるんですが、この通りまだ動けないので」

 

「私にお任せください」

 

 そう言って、ルヴィアの隣に現れたのは、青い騎士だった。モードレッドとは対照的な、清廉潔白な騎士。そう、間違いでなければ。

 

「……あなたが、あのアーサー王」

 

「ええ。イリヤスフィールのことならお任せください。必ず守り抜いてみせましょう」

 

 それは助かる。かのアーサー王なら、不足はない……が。

 ルヴィアは目だけで背後を注視する。そこには居心地悪そうに佇むモードレッドの姿があった。

 今すぐいがみ合うこともなさそうだが、何が火種になるやら。とにかく優先すべきことを。

 

「では撤退を」

 

 ルヴィアのその言葉に全員頷くと、速やかにその場を去っていく。

 そうして。

 波乱のエインズワース城攻略は、終わりを迎えた。

 

 

 

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