ボクにとって「アイドル」などただの手段・道具にすぎない。
当たり前だ、あの「姉」がいる限りボクがその世界でトップになることなど不可能だし、そもそもこんなボクがアイドルのトップというものに熱意なんかあるわけないのだ。
故に手段・道具。
誰かがボクを認めてくれるためだけの手段・道具。
そうさ、もし誰かが認めてくれるのなら「アイドル」など別になりたくもないのだ。
そうグダグダと頭の中で言い訳を反芻しても何も意味がない。
それをわかっているのにやはりやめられない。
いつのまにか「アイドル」というものに未練でもできてしまったのだろうか?我ながらどこまでも愚かだ。
このボク白草四音、現在20歳はとあるツテで伊豆大学ーボクがこれから入る新しい学舎ーへと向かっている。
別に浪人したとかではない、最初は極月の大学へとそのまま内部進学したが、アイドルへの思い高等学校の段階で失ってしまったボクにはあそこは何とも居辛い場所であった。
というか「姉」ー月花お姉様もなんやかんやでそこに進学しいまだに活動拠点を日本のままにしている。
こうなるともうボクにとっての安息の地は天川市に存在しない。
こうして逃げるようにボクは伊豆大学へと編入した。
まぁ書類の手違いで編入ではなく再入学という形となりまた1年からやり直しだがどうでもいい。むしろ家族から離れられる期間が伸びてせいせいする。
というわけでボクは伊豆大学へと向かっているのだが、さっきも言った通り私はとあるツテ、要するに親のツテ(本当は使いたくなかった)のもと大学のある伊豆へと向かっている。
「どうだい四音ちゃん?結構長い間車に乗せちゃってるけど、大丈夫?」
「いえ、お構いなく。わざわざありがとうございます」
今車を運転している男の名は古手川登志夫、伊豆でダイビングショップを営んでいる、そしてこれからのボクの下宿先の大家である。
何でも二つほど部屋が空いているので使っていいとのことだ。
別にかつてのようにわざわざちょっかいをかけるような相手でもない。最低限の「良い関係」というものが築ければそれでいいだろう。
そんなことを考えていると登志夫さんがボクに対して口を開いた。
「あぁ、それで悪いんだが、駅によってもいいか?ちょうど嬢ちゃんと同じでうちに下宿に来る身内を迎えに行かなくちゃいけなくてな」
「あぁいえ、別に構いませんよ」
実際問題どうでも良い。
そんなこんなで駅に向かうとボクと同い年の青年が駅の改札前で立っていた。
黒髪でやや筋肉質、まぁ少し顔が整ってるぐらいの利発そうな男。
特徴といえばそのぐらいであった。
「お、来たか伊織」
そう呼ばれた青年はこちらを振り返った。
「おじさん!…と、その後ろの女の人は…」
「あぁ、お前と同じでうちに下宿するお前の同居人だ。と言っても当然違う部屋だからな、勘違いすんなよ」
「ちょっとおじさん!!そんな風に揶揄わないでくださいよ!!」
「悪い悪い。あとそれと敬語はなしだぜ、これから家族だからな。あ、嬢ちゃんは別に気にしないでくれていいぜ」
「いえいえ、別に気にしてませんよ」
…家族ねぇ。
ボクにとってはあまりいい思い出はないが別に今のやりとりを見て屈辱的になるほどではない。
そこに「姉」がいないのであれば何の問題もないのだ。
そんなことより自己紹介ぐらいはしないと失礼か、そう思い彼に向かって挨拶をする。
「はじめまして、わたし白草四音と申します。以後お見知り置きを」
「あ、ど、どうも、北原伊織です。こ、こちらこそこれからよろしくお願いします」
そんなこんなで挨拶を終えて再び古手川さんの営むダイビングショップ「Grand Blue」へと向かうボクたち。
とりあえず今のことでわかったことはこの北原伊織がボクと同じ大学に入る同じ一年(二浪)であることと、高確率で彼が童貞ということぐらいだろうか。
もちろんこちらも経験などないので彼のことをとやかく言えないが、この世の中、童貞よりも処女の方が圧倒的に立場が高いのだ(たぶん)。
マウントの取り合いには使えるだろう。
(まぁこの男と仲良くする予定などないですが)
そんなこんなで適当に世間話などをしてついにボクたちはダイビングショップ「Grand Blue」へと到着した。
北原はワクワクした様子だったがボクにとっては住む場所が天川市の極月付近のアパートから伊豆大学付近のダイビングショップに変わっただけ、別に感動などない。
(まぁいいさ。この第二の大学生活の中で何かしらいいことでもあれば)
そう思っていると何故か店の戸を開けた北原が戸を閉め直してこちらに戻ってきた。
「ちょっと、どうしたんですか?顔もそんな青くなって」
「白草さん、絶対にここの戸を開けない方がいい。後悔しますよ」
何をバカなことを。あながち鮫の骨のレプリカでも置いてあったのだろう。男なら逆に興奮しそうなものだがそんなに大きかったのだろうか。
「いいから行きますよ、荷物も置きたいですし」
「あ、ちょっと!」
全く、しつこい男だ。そう思い店の戸を開けるとそこには、
「「「「「アウト、セーフや良いのよい!!!!!」」」」」
「「「「「Ye aaaaaaaa!!!!!!」」」」」
裸の筋骨隆々の男たちが野球拳をして酒を飲んでいた。
「ひぃぃぃ!?!?!?!?」
訳がわからん、訳がわからん、訳がわからん!!!
ここはダイビングショップだろう?何でこんな飲み会末期みたいな状況になっているんだ!!
「ちょっと登志夫さん!!何なんですかこれは!?」
「そうですよおじさん!!すっごい変なんですけど!?俺の待ち望んだ大学生活と180°違う世界が目の前に!!」
「逆に登志夫さんは何で平然としてるんですか!?こんな変なのに!?」
「ん?あぁ、よく言われるよ俺にこのエプロンは似合ってないって」
「「そっちじゃねぇよ!!!!」」
今お前がエプロンに着替えてそれが似合わないことなんてどうでもいいわ!!
とにかくこの状況とるべき行動、そうそれは
「「実家に帰らせていただきます!!」」
奇しくも北原も同じ結論に至ったようだ、ボクたちは全力で店から逃げ出していった。
こんなところいられるか!!
⭐︎
そんなこんなでしばらく走って息が切れた頃一度立ち止まって北原と顔を合わせた。
「し、白草さん意外と足早いんっすね」
「これでも運動系の学校にいたもので…」
アイドルは肉体労働なので別に間違ってはない。
そんなことよりもだ、走り出したはいいもののこれからどうすればいいのか?
「白草さんは別で住むところとかある?」
「ある訳ないでしょう」
「ですよねぇ……」
まさかこんなにも早く路頭に迷うとは。
もはや大学生活どころではない。
というか何だあれは?新手のセクハラか?伊豆にモラルはないのか?てかエプロン似合ってなかったな、他にないのかよ?まさかこの男とドキドキキャンパスライフが始まるとでもいうのか?
そんなことを考えていると不意に遠くから大きな音が聞こえる。
「一体何だ……は?」
「どうしたんですか伊おr……は?」
そこでボクたちが目にしたのは
「待てや新入生ーーーー!!!」
「新入生ゲットだーーーー!!!」
「「ギャアアアアア!?」」
全裸のマッチョ2人がこちらに迫って来た。
というか公道で全裸は完全アウトだろうが!!
「に、逃げますよ北原さん!!」
「まっ待って!!」
「コラ新入生、何故逃げる!?」
「その格好で追いかけられたら誰だって逃げるわボケェ!!」
「格好などどうでもいいだろ!!」
「「言い訳あるかーーーー!!!」」
結局僕らはこの変態に捕まることとなってしまった。
⭐︎
「ホームシックは治ったか、伊織、嬢ちゃん?」
「さもこちらに原因があるように言わないでください登志夫さん」
「10:0でそっちが悪い」
「なるほど新入生2人が10か」
「「お前らだろ!?!?」」
何でこの変態どもはそう思うのだろうか?
明らかにホームシックの人の逃げたかでは無かっただろうに。
ただここでこのことを言っても意味はないだろう、ボクの高校生活みたいに
「というか何故先輩(?)方は服を脱いでるのでしょうか?」
「「仕方なくだ」」
「いやそうは見えないんですけども?」
「「否定はしない」」
「どこが仕方ないんですか?」
「だって野球拳をしてたんだから」
「なぁ」
「何で野球拳なんかするんですか?」
「ここがダイビングショップでボンベを運ぶ係を決めるのにジャンケンは別にふつうだろう?」
「だったら脱がなくていいんじゃないですか?」
まさか初星の連中よりもイカれた連中を伊豆で見るとは思わなかった。
今度嫌がらせでこの人たちを初星に送り込んでやろうか?
いや、今の自分に初星もアイドルも関係ない、そう関係ないんだ。
だめだ、目の前の光景がわけわからなすぎて考えがまとまらない。
何でこんな目にボクは会わなきゃならんのだ。
そうぐるぐる頭の中を回していると全裸の変態の片割れ、金髪の男がボクと北原に尋ねて来た。
「せっかくなら2人ともダイビング機材運ぶの手伝ってくれや。俺は伊豆大機械工2年の寿竜次郎だ」
「はぁ、わかりました。わたし、伊豆大学一年の白草四音です。一応20歳です」
「同じく北原伊織です。こっちも20歳です変た…間違えた先輩」
「おお、お前ら2人とも後輩か。ちょっと待ってろ、今服を着る」
何だちゃんと服を着れるではないか。常識とかあったんだな、コイツ。
「何言ってんだ、服を着るのは当たり前だろ」
「心の声を読まないでください。てか一発ぶん殴っていいですか?」
「落ち着け白草さん。俺も同じこと考えましたが成人が手出したら逮捕されますよ」
「こんな状況でも殴っちゃダメなんて、それなら世界が間違ってる」
「それはそう」
「いいから手伝うんだったら早く来てくれ2人ともー」
本当に何なんだこの男は。
そんなことを思いながら北原と一緒にボンベを運ぶ。
中々に重い、まぁ憎たらしい花見姉妹の妹なら余裕そうだが。
というかあの先輩どもワンチャンあの妹より身体能力高いのではないか?
これが男女の差なのだろうか?
くだらないことを考えつつ先輩との雑談に応える。
ダイビングの勧誘を受けたが断った。
ここに来る前に聞いてまぁ興味はあったがそれは別として別に水泳は得意ではないのだ。やれるかどうかは別だ。
北原も同じようなことを言っていた。まぁ当然だろう。
すると突然寿先輩は笑い出した。
「ははは!!お前らさては国語とか苦手だろう?何で「やりたい」に対して「できる・できない」で答えてんだ?」
「そりゃあできなきゃ恥かきますし?」
「わたしもそういうのはいいかなって」
「たくっ、いいかお前ら?別にダイビングは優劣を計る競技じゃねえし、大体、最初から自分ができるものだけ選んでたら何も始まらんぞ?」
「ーーー」
痛いところを、突かれた。
そんなことわかってる。わかっているけどボクは逃げたのだ。「汚い手」という自分ができることに。
沈んだボクの顔に気づいたのだろうか、寿先輩はこう続けた。
「おっと白草、大丈夫か?まぁ大事なのはお前たちが何に興味を抱いているかどうかだ。大学生活の中で見つけられるようにな!というわけでうちのサークルに…」
「「結構です」」
「……(無言で白草と北原の指に朱印をつけて入部届にサインを押そうとしている)」
「「……!!(全力で抵抗している)」」
☆
しばらくすると海から1人の女性が上がって来た。
名前を古手川奈々華といい、まぁ見てわかる通り、登志夫さんの娘でどうやら北原の従兄弟らしい。
どうも柔らかな物腰があの年下の姉を思い出させるので個人的には苦手である。
「2人ともここのサークル、「ピーカブー」には入らないの?」
「いやいや奈々華さん、俺、こういう男子校のノリが苦手だからこっちに来たんですよ?」
「わたしもこういうのはちょっと…」
「まぁ女子には少しキツイかもねー、あはは…」
そんなことを話しているとさっきの先輩、寿先輩と時田先輩(もう片方の黒髪角刈りの男)がこちらに来た。
「新入生、お前らの歓迎会だ、存分に飲むぞ!!」
「お断りします」
「アルハラですよ?てかわたしたち入部した覚えは」
「細かいことはいいだろう?」
「「よくない」」
本当に何でこんなことに……
とりあえず言えることは一つ、
「「俺/わたしは絶対に先輩がたみたいなノリには染まりませんから!!」」
☆
今日は伊織と元アイドル(?)の人がウチにやってくる。
そんなことを考えながら古手川千紗は夜道を歩いていた。
今日は水族館でのバイトで遅くなってしまい昼間から会えることはできなかったがまぁ大丈夫だろう。
伊織の姿は小さい頃のままで記憶されているし、白草(確かそんな名前)の人はどこかでちょっとした有名な学生アイドルだったと聞いたことがある。
(2人ともと仲良くできるかなぁ…?)
そんなことを思いながら自分の家ーGrand Blueーの戸を開ける。
「ただいま」
そう言って家に入ると目の前には
「だっしゃーーーー!!!!どうしたんですか先輩?早く俺のご立派様をお披露目させてくださいよ!えぇ?」
完全に飲んだくれた従兄弟の姿と
「ふん、なーにがご立派様だ?いいだろう、初星の雑魚どもへの八つ当たりだ!!北原伊織、ボクがこの手で貴様のプログレッシブナイフひん剥いてやるよ!!」
同じく完全に性格の悪さを露呈させたアイドルの姿がそこにあった。
「………」
「「はーはっははは、はぁ………あ」」
飲んだくれ2人がこちらを向いたがもう遅い。
わたしの中で2人への評価はそこいらのゴミと同程度にまで落ちていた。
「ま、待ってくれ千紗!!これには深いわけが!!」
「そ、そうだ!!ボクは悪くない、悪くないだ!!」
そう言って2人が肩に手を乗せて来たが今更もう遅い。
もうこの服は着れないかもしれない……
この後何故か白草さんが私の服を預かった姉のすがたを見て発狂していたがどうでもいいことであった。
☆
頭が痛い。
それが起きた時の初めての感想だった。
確か昨日は古手川奈々華、つまり古手川千紗の姉がその妹の服を預かってそれをスーハースーハーしてるのを見て頭がおかしくなりそうなところで記憶が途切れた。
ありえない。姉とは妹という存在に対する圧政者であり恐怖の象徴なのだ。それをまるであんなふうに…
気持ち悪い、理解できない。
とりあえずあの女とは関わらないようにしよう。
そう思っていると何故かボクの周りに人だかりができているのに気付く。
というか何故こんなに人がいるのだ?しかもいくらまだ4月といえども寒すぎる。
そう思い自分の服装を見直してみると
下着姿だった
「?????????????」
そしてボクの隣には同じく下着姿の北原と先輩がいた
そういえば確か先輩が「絶対に遅刻しない場所で二次会をやる」とか言っていたがまさか……
「どうだ、いい考えだと思わんか?大学の門の前で飲み会というのは?」
「「バッカじゃねぇの!?!?!?」」
こうしてボクの、ただやなことから逃げて波風なく過ごそうとした大学生活は、それ以上の地獄をボクに与えて始まろうとしていた。
ちなみにその日のガイダンスは結局北原と一緒に下着姿で受けた。
「「先輩ども絶対殺す」」
とりあえずはこれを目標に大学生活を過ごしていこうか……
場所を変えてここは100プロ
葛城リーリヤは初星学園卒業後、紫雲清夏と雨夜燕でユニット「夜光」を結成し活動していた。
なりたい自分へとなりそれぞれがそれぞれの目標のために活動している中、どうしても彼女らが思い出す人物がいる。
それは白草四音である。
(((白草四音もいればよかったのに…)))
それが全員の総意であった。
確かに彼女は悪辣で自分達を苦しめて来た。
それでも、やはりライバルであり、自らを高みへと進めてくれた友なのである。
もちろん本人がそう思うかは別であるが少なくとも彼女たちはそう思っている。
そんなある日、彼女らのPー彼も初星からそのまま100プロへと入ったーが有力な情報を手に入れた。
白草四音の情報を。
「Pっちそれ本当?」
「えぇ、本当です」
「よくやったぞプロデューサー」
「そ、それでセンパイ、四音ちゃんは一体今……?」
「それがですね、皆さん、落ち着いて聞いてください……」
「「「ゴクリ」」」
「何でも全裸で大学で酒盛りした後、同級生と手を組んで男たちの衣服をひん剥いてるだとか何とか……」
「「「………は?」」」
彼女たちは一週間、状況が飲み込めず白草四音のことを頭から消すこととなった。