同級生一色いろは、留年生比企谷八幡   作:10気筒VTEC

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構造的破壊

一色いろはとの通話を終えた後、俺は自販機の明かりが届かないベンチの端に深く腰を下ろした。手元に残るスマートフォンの微かな熱が、夜の森の冷気の中で妙に生々しく感じられる。

 

 一色いろはが提示した解決策「スクラップ&ビルド」。それは彼女らしい、極めて打算的で、かつ人心の急所を的確に突いた劇薬だった。だが、それを実行に移す前に、俺には整理しておくべきことがあった。

 

 俺は今日一日、ボランティアという名の監視員として、小学生たちのコミュニティを観察し続けてきた。標的となっている鶴見留美。そして彼女を囲む、あの女子グループの構造だ。

 

「……ありふれてるな、つくづく」

 

 俺は昼間の光景を反芻した。飯盒炊爨の火おこし。川遊びの準備。オリエンテーリング。彼女たちは、互いの動向に気を配っていた。病的なまでに。

 

「火おこしむずいー」

 

「ねー、すぐ消えちゃう」

 

「……これ、枝拾ってきたから……火おこしに使って」

 

「……」

 

「……って、てかさー、ハヤトさんかっこいいよねー」

 

「……っね、ねー、……なんか困らせてる人いるみたいだけど」

 

「そいつ、やばー笑」

 

鶴見留美を無視している少女たちは、決して彼女に対して激しい憎悪を抱いているわけではないだろう。もし彼女たちを個別に呼び出して「鶴見さんが嫌いか?」と問えば、おそらく多くが「別に」と答えるだろう。あるいは「あの子が暗いから」という、主体性のない理由を並べるはずだ。

 

 なぜなら彼女たちの繋がりの正体は、好意ではなく恐怖だからだ。あのグループにおいて、鶴見留美という犠牲者は、秩序を維持するための生贄として機能している。誰かをハブにしているという共通の秘密、共通の加害経験。それが彼女たちの間に、「自分はまだ安全な側にいる」という免罪符を与え、結束を固めさせている。

 

 入学当初、俺がした行動が頭をよぎる。あの時の一色いろはもまた、周囲の期待や打算という構造の中に嵌まり込み、身動きが取れなくなっていた。俺は彼女を「被害者」として再定義することで、その構造そのものを外側から破壊した。

 

だが、今回の相手はもっとタチが悪い。小学生は残酷なのだ。彼女たちは無意識に、この残酷なゲームを楽しんでいる。誰かを疎外することで得られる優越感と安心感。倫理と道徳を確立していないがゆえの本能的な行動。それは、一度味わえば簡単には手放せない蜜の味だ。

 

 雪ノ下雪乃や葉山隼人が提案するカーストへの処置は、その構造を真っ向から肯定した上での微調整に過ぎない。仲良くしましょう。歩み寄りましょう。そんな綺麗事を並べたところで、カーストの構造を超えた加害への動機づけは揺るがない。むしろ、大人という絶対的な権力者に和解を強いられることで、彼女たちの鶴見留美に対する陰湿な攻撃は、より見えにくい場所へと潜行するだけだ。

 

「……対等な関係なんて、最初から望んじゃいないんだよな」

 

 俺はベンチに背を預け、星の見えない夜空を見上げた。必要なのは、彼女たちの「安全圏」を物理的に、あるいは精神的に破壊することだ。自分がいつ、疎外される側に回るか分からないという、本当の意味での恐怖。自分を守るためには、今隣で笑っている友人を売るしかないという、剥き出しの生存本能。それらを引き出し、彼女たちの間に流れる空気を、一滴の衝撃で変質させる。    

 

彼女は電話で「スクラップ&ビルド」と言った。壊して、作り直す。だが、俺の考えは少し違う。 壊した後に、作り直す必要なんてない。 構造は、集団は歪みを持つ。ただ、彼女たちが依って立つ集団という名の足場を叩き折ればいい。一人になれば、誰だってただの、弱くて醜い子供だ。    

 

俺はゆっくりと立ち上がり、焚き火の残滓が揺れる広場へと視線を向けた。そこには、疲労により賑やかさを失いつつあった小学生と懸案事項への対処が走り出して明るさを取り戻していく二年生の影がある。 俺はポケットの中で、もう一度スマホの画面を光らせた。一色いろはの言葉と、俺が導き出した結論。  

 

それが交わる点は、明日の夜、暗闇の中で行われる「肝試し」の中にある。答えをつかんだ俺は、集団の力学に逆らう悠然さを装うために、地面を力強く踏みしめ、歩き出した。

 

 

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