「……お母さン」
「
無慈悲な一撃が人を模した魔物を貫く。
勇者ヒンメルの死からXX年後。
中央諸国の森。
木の根を跨ぎながら、フェルンは思案していた。
「フリーレン様、魔族にも家族はいるのでしょうか」
「何、フェルン。もしかして絆されたの? あれはただの鳴き声だよ」
「いえ……興味本位というか」
気まずげに頬をかくフェルンを横目に、フリーレンは立ち止まって空を見上げた。
まだ日はあるが、少し早めに野営を行ってもいいかもしれない。
「そうだね……親がいるかは知らないけど。ちょっと昔話でもしようか」
魔王討伐からXX年後。
中央諸国のとある村の教会。
「教会に魔族とはね」
魔導書を集めている旅の途中、一晩の宿を求めたところ教会に案内されたフリーレン。
そこには子供たちに勉強を教えている、赤毛の魔族がいた。静かに杖を構える。
「お、お待ちください! 彼女は悪い魔族ではないのです!」
ここまで案内してくれた村長が立ちはだかる。
いつものパターンだ。
「魔族は人の声を真似る魔物だ。何を言おうが全部嘘だよ」
うんざりしつつも一応伝える。
奥にいる魔族を見やると、生まれたばかりなのか魔力が明らかに少ない。
まあ魔力を誇る魔族が、私のように魔力制限しているわけないか……。
暴漢を前にした村娘のように震える魔族が、おずおずと口をはさむ。
「あ、あの……私たちに時間をくれませんか?」
「時間? 私が諦めて帰るまでの?」
「分かり合うまでの時間です。私たちとあなたは、互いに脅かすものではないと知るための」
杖を向けたまま、考える。
このまま強行して村から追い出されたり、人を傷つけてしまうよりはマシかな。
「――わかった。様子見させてもらうよ」
元より教会に寝泊まりするつもりだったので空いた部屋を借りる。
いきなり杖を向けただけに最初は村人や子供たちも警戒していたが、
だんだん慣れてきたのか話しかけてきた。
「ねーねー、フリーレンって魔王を倒したっていう魔法使いなの?」
「魔王ってどんなのだった?」
「どんな冒険したの?」
「まあ、そうだね。怖かったよ。いろんな冒険をしたかな……」
寝泊まりの代価は教会の子供たちの相手だった。
近頃南方諸国の情勢が悪く、親を失い教会の保護を求めた子供たちがここまで流れてくるらしい。
「もう、そんなに話しかけたらフリーレンも困ってしまうわ」
微笑む魔族が子供たちを後ろから抱きしめる。
恥ずかしがって逃げ出す子供たちは、すぐに追いかけっこに移行した。
「元気な子供たちだね」
「毎日賑やかで疲れないかしら?」
「まあ、ちょっとは……」
横目で魔族の様子を見た。表情がよく変わって、まるで人間みたいだ。
視線に気付いた彼女は頬を膨らませた。
「それよりフリーレンは私たちの名前を呼んでくれないのね。一応もう一度自己紹介するけど、リーベよ」
「知ってるよ、リーベ」
「名前は大事よ。その人がいる証で、家族からの贈り物だもの」
少し目を見開き……納得する。魔族の嘘だ。
「魔族に家族がいるなんて聞いたことないけどね」
「あー! また魔族って! リーベって呼んでよね!」
片耳を塞ぎながら説教を受け流す。
どうにもやりづらい。
「昔に神父様がね、名前を付けてくれたの。愛される子になりますようにって」
「血が繋がってないじゃん」
「血は繋がってなくても家族よ。教会の子たちも、村のみんなも」
夜中。
子供たちはとっくに寝静まり、フリーレンも毛布に潜り込んでいた。
しかし魔力感知は部屋に近づく魔族を捉えていた。
静かなノック。
「フリーレン、起きているかしら」
「……入っていいよ」
寝間着姿のリーベがドアから顔を覗かせた。
「わざわざ声を掛けなければ、確実に殺せたんじゃない?」
「またフリーレンはそんなこと言って! ……今日はその話をしに来たの」
リーベは不機嫌そうに頬を膨らませた後、神妙な顔をした。
そのまま持っていた燭台を置き、椅子に座る。
フリーレンもそれに倣って、起き上がってベッドに腰かけた。
「そろそろ私たちをどうするか決まったかと思って、聞きに来たの」
「おまえを殺すかどうか?」
「……まあ、そう。もうちょっと気遣いできないかしら」
「魔族相手に言葉を飾る必要を感じないよ」
「むー!」
確かに奇妙な魔族だった。感情豊かで人間に馴染んで、騙す様子がない。ただ、それが不自然だ。
ここまで擬態できている以上それなりに生きているはずなのに、生まれたばかりのように少ない魔力量。
それも魔力に揺らぎがない。とんでもない馬鹿か、恐ろしい化け物のどちらかだ。
「人間が女神を信仰するように、魔族は魔法を信仰している。おまえの魔法を洗いざらい吐けるか?」
「えーっと、賄賂に魔法を教えろってこと?」
「……まあそれでいいよ」
思わずしょぼしょぼした渋い顔になる。
やっぱりただの馬鹿かもしれない。
「えっとね、私の魔法は「
精神系の魔法だろうか。だとしたら魔族がここまで受け入れられているのも納得がいく。
「抱きしめながら発動するんだけど、大丈夫?」
「杖を持ったままでいい?」
「まあ、うん……」
抵抗できるかは賭けになる。正直余計な村人がいない今、ここで始末したほうが楽だ。
ただ、化け物だったときに藪をつくよりは、不意を打てる可能性のほうに賭けたい。
リーベが両腕を背中に回し、体が強張る。
杖から魔法を立ち上げ、耳を澄ませる。
「
……?
なんともない。
どこかほっとしたような気持ちにすらなった。
リーベの肩を押して顔を見る。魔族だ。
「ぴゃっ」
顔すれすれに魔法を飛ばした。
おかしな精神干渉もないようだ。
「え、魔法を見たら用済みってこと!?」
「洗脳の類じゃないみたいだね」
魔族の魔法とは思えないほど単純だ。
少し魔法を習った程度の人間でも発動できるだろう。
狼狽えているリーベを見やる。
「まあ、ちょっとは信じてもいいかもしれない」
爪を隠した化け物ではなく、ただの馬鹿だったということを。
「全然信用されてなかった!!」
翌日の昼、フリーレンは街に買い出しに行った。
元々その街に行く途中で村に寄ったのだ。
魔族のほうが重要ではあるが、大きな市が開かれるから間に合ってよかった。
「いいもの買っちゃった」
数日ほど滞在し、日が暮れて夕日が僅かに森を赤く染める頃。
フリーレンは街へ買い出しに行った帰り道を満足げに歩いていた。
いくつか民間魔法の魔導書を見つけることが出来たのだ。
ふと焦げ臭さを感じ取る。
村の方角を見上げれば、夕日と反対で蒼くなるはずの空が赤い。
「まさか」
開発中の飛行魔法を使い、急いで飛んでいく。身を切る風がだんだん熱を帯びる。
魔族は鳴き声で嘘を言う魔物だったはずなのに、わかっていたはずだったのに。油断してしまった自分を責める。
村は火に巻かれ、教会に人が集まっているのが見えた。
「お願い、私たちを殺さないで……っ!!」
それは思っていた光景とは真逆だった。
たしかに血塗れの村人は何人も倒れ伏している。
けれどそれは同じ人間によるものだった。
「邪魔だクソ魔族!」
汚い身なりの男に縋りついたリーベが蹴り倒される。
「俺たちは勇者様だからよぉ、魔族を匿っていた悪い村を討伐しにきたのさ!」
「はは、そりゃいいな! おら! 勇者様に逆らうんじゃねぇ!」
「う゛っ」
「とっとと金目のもの差し出して死ねや!」
リーベを何度も蹴りつけていた男が剣を振りかぶる。
「
「なんとお礼を言っていいか……」
村長はボロボロの姿で何度も頭を下げた。
リーベと共に抵抗していたのか、あちこち怪我している。
「南方諸国から流れ込んできた盗賊だろうね。お礼はいいから、今は無理せず休んでよ」
「本当にありがとうございます……」
小さく穏やかな村だから、襲撃への備えがなかったのだろう。
だからこそ魔族が受け入れられ、だからこそ盗賊に狙われた。
焼け落ちる家の音、亡骸に縋りついてすすり泣く声。
その中で何人もの子供たちに抱きしめられている姿があった。
何箇所も切り傷があって血塗れだ。そう長くはないだろう。
「リーベ、生きてる?」
「来てくれてありがとう、フリーレン……」
リーベは子供たちを順番に抱きしめてから言った。
「"私たち"はフリーレンと大事なお話があるの。二人にしてくれるかな?」
何度か感じていた違和感。彼女は自分を"私たち"と呼ぶ。
「ねえフリーレン。実は私たち、ちょっと悪い子なの」
リーベははいたずらっぽく笑った。
「死んだら女神様が天国に連れてってくれるっていうけど、信じられなかったの。だって女神様に会ったことないんだもの」
「だからね」
「お願い、フリーレン。私たちを未来まで連れていって」
リーベが弱々しく手を握る。
「私たちが居たっていうこと、覚えていてほしいの」
「……しょうがないな」
疲れ果てた村人たちが集まって眠る中、少し離れたところでリーベはぽつぽつと語った。
「アレクはやんちゃで騎士を目指してたけど、村長になってみんなを守ってくれてるの。マレシアは裁縫が好きで帽子屋さんになるためにいっぱい練習してるの。それでね……」
"リーベたち"の話を、夜が明けるまでフリーレンは静かに聞いていた。
「それでね、リーベは……私は、みんなに愛されたかったの。それだけの、女の子なの。覚えていてね、フリーレン……」
苦しげに微笑むリーベの手を握って唱える。
「
朝日に溶けるように、彼女は塵に還った。
勇者ヒンメルの死からXX年後。
中央諸国のとある村。
「っていう魔族がいたんだよね」
結局昔話は夜だけでは終わらず、翌日村に着くまで続いた。
「魔族は自己愛しかない。でもあの魔族は自分を拡大し、村のみんなを家族という自己の延長で捉えた。それで私たちと呼んでいたんだろう。まあ、変わった魔族だったよ」
「ハイター様と私のように、家族だったのですね」
共感できるような、してはいけないような、フェルンは微妙な表情をする。
「さあね、魔族が本当はどう思ってたかなんてわからないよ」
見知った道を歩きながらフリーレンは肩をすくめる。
村の教会で子供たちが元気に遊ぶ声が聞こえた。
「お姉ちゃん! あれやってー!」
「ふふ、アンナちゃんは寂しがり屋さんね」
シスターは少女を抱きしめて唱えた。
「