厄ネタヒロインたちとラブコメをすることになった 作:灰鉄蝸@機甲猟兵エルフリーデ発売中
「……あっ、そういうことか! どうしよ、うわー、やられた!」
突然のことだった。
ツキシマ・センリは何かを気付いたかのようにうめくと、なんとも言えない表情で虚空を睨んだ。
不都合なことに気付いてしまった、とでも言いたげに。
「センリ姉ちゃん? どうしたんだ?」
「あーうん、リョウくん。つまりさ、私って今、いろいろ怪しいところあるから疑われてる感じだよね?」
「そうなる、かな。いや、本当は怪しくない方がいいけど」
だよねー、とセンリは困ったように微笑む。
年上の従姉妹は相変わらず最高に美人だったが、今はその鋭利な美貌に腸が煮えくりかえるような怒りを乗せていた。
うっすらとリョウマは察した。
たぶん従姉妹の感情の上下の原因は、アシュモ絡みのことだろう、と。
「説明……した方がいいよね」
「もちろん、そうだけど」
「……だからアシュモは引き上げたんだってこと。私が自己弁護するには、必然的にややこしい因果関係を説明しなきゃいけなくて……ああもう、これ本当なら異世界に勇者召喚なんてやらかしたやつが言うべきだよ!」
センリは思い悩んだ風になると、ちょっとだらけた雰囲気になってきた。
異世界風の刀剣を片手に
こうなってくるとリョウマにもわかる。
彼女は今、死ぬほど説明が面倒くさいと思っている。ツキシマ・センリは基本的に面倒見がいい姉貴分だが、オフのときは自堕落な姿を見せたりもする。
そういう気配がした。
「よし、センリ姉ちゃん。一から完璧な説明はしなくていいって。ベルカ、いい感じの質問を考えてくれ」
「リョウマ、一見すると場を仕切ってるように見えて、その実、わたしに仕事をぶん投げてるよね?」
「俺はできないことはしないぜ?」
「まあまあカスみたいな言い分……!」
適材適所ということにしておいてほしい。
金髪碧眼にしてスタイル抜群の幼馴染みは、その豊かな胸の前で腕組みするとため息ひとつ。
そして行儀よく腕を膝に降ろすと、さして考える様子もなく、するりと質問を口にした。
「センリさん、それじゃあ質問なんですが──今までのお話を総合すると、あなたは大きな嘘をついていましたよね。それは
「……そうなのか?」
リョウマは戸惑った。まさかそこで大嘘をつかれているとは思わなかったからだ。
というのも根拠はある。
もしセンリが今まで異世界の記憶を保持していて、それを黙っていたのなら──遠慮なく他人の脳みそに踏み込む異能者、ホシノ・ミツキによって秘密は暴かれていたはずである。
彼女は嘘発見器を鼻で笑えるすごい超能力者で、下手をしなくても深刻な人権侵害を自動的に行えるヤバい存在だった。
携帯端末の向こうから声が上がった。
『リョウマさん、あたしがものすごく悪い子みたいな考え方です!』
「倫理的には悪の側じゃないか?」
『ダークヒーローってかっこいいですよね』
「善悪の問題から格好良さの問題にすり替えてる?」
『だいじょーぶです、リョウマさん。あたしは嘘をつかないので』
「安心できる材料ないのに自信満々なのおかしいだろ」
思わず突っ込んでしまった。
ベルカに肘で突かれた。ちょっと白い目で見られている。
「リョウマ、ぐだぐだした流れに逆行するから黙って。キミが喋ると無駄に話が長引く」
「マジで?」
「自覚なかったら怖いんだよね」
「ミツキちゃん、俺たちは戦力外だ……ごめんな……」
『悲しいです……』
そういうことになった。
バカみたいに緊張感がないやりとりに対して、テーブルの向こう側ではセンリが目を丸くしていた。
「……ええっと、これって私に対する気づかいかな?」
「センリさん、リョウマはこういうやつなんです。あとミツキちゃんは道徳がゆるふわですけど……悪い子じゃないので……」
「今の間はやや苦しい言い訳を感じたよ。うん、ベルカちゃんも苦労してるわけだ……」
この短時間で空気を察してしまわれた。
おそらく今、イヌイ・リョウマの評価はツキシマ・センリの経験した時間の中で過去一、低いことになっている。
悔しいが原因は自分自身しかいなかった。
気を取り直して、センリはゆっくりと言葉を選び始めた。
「それでベルカちゃんの指摘だけど……そうだね、全部正しいよ。さっき話したとおり、私の視点だとリョウくんに出会ったのは高校時代。異世界に勇者召喚された頃の話で……そのときの記憶があるから、ほとんど縁が切れてた親戚なのにリョウくんの保護者に名乗り出た」
「……待ってくれ、それはおかしいんじゃないか? アシュモさんの話だと、異世界に召喚されるのは分身みたいなものなんだろ? 地球の本体がどうして記憶を持ってることに……」
リョウマは自分を見つめる視線に気付いた。隣の席のベルカ、向かいの席のセンリが、それぞれ黙ってこっちの顔を見ている。
何か間違ったことを言ったかな、と不安になる。
二人はそれぞれ美人で美少女だけれど、凝視されるとそれなりに迫力があった。
ベルカがぽつりと呟いた。
「リョウマがぼんやりしてない……! 冴えてる指摘だ、すごいよ!」
「待てよ、俺が残念な子みたいだろ!」
「そうだね」
「否定しない!?」
言ってからリョウマは遅まきながら気付く。たぶんここで変な茶化し方をするから、自分は
かといっていきなり人生の路線変更は難しい。
こっちはむしろ、四月に起きた事件──ホシノ・ミツキと出会い、家族の死の元凶を倒し、いろいろやり遂げた感じ──以来、ちょっぴりスッキリしてのびのびと生きているというのに。
そのせいか、ぼんやりしてると苦言を呈される回数は増えたが。
センリが真剣な表情で、リョウマの問いかけに答えた。
「リョウくん、いい質問だね。うん、それがニルスタリヤの連中のやり口──地球人から強そうな異能を秘めてる子を選んで、その力だけパクって記憶は返さない。だから絶対に露見しない完全犯罪なんだよね」
「普通に最悪だ……」
「アシュモ・カーダドートはマジで悪いやつらの元締めです。お姉ちゃん、あいつをお嫁さんにするのはオススメしません」
センリは冗談抜きの強めの口調で断言した。恐るべき犬猿の仲、ひとたび言及すれば必ず批判するぐらいには嫌悪しているらしい。
それも無理はなかった。
だって明らかに、センリの視点での異世界への召喚は──強制的な拉致の類だからだ。
実態がコピー人間だから、実質的に無罪なんていうのは、使役するニルスタリヤ人の都合と言ってしまえばそれまでである。
そういう理屈はわかる。
わかるのだけれど。
「……ええっと、待ってくれ。たしかさっきの説明だと、センリ姉ちゃんはその聖剣の力で、地球に記憶を持ち越したんだっけ?」
「よく覚えてるね、さっすがリョウくん!」
従姉妹の快活な微笑みに、リョウマは少し照れた。センリはものすごく美人で、スタイルもよくて、しかも明るくて好意的なので──たまに心臓に悪いぐらい綺麗に見える。
勘違いしそうになってしまう、本当に。
身じろぎする気配がした。
目を動かすとベルカ・テンレンがテーブルに突っ伏していた。
「……ベルカ?」
「わたしの幼馴染み、チョロすぎてヤバい……!」
「俺の名誉に挑戦的すぎないか?」
「名誉を気にするなら直せ、その壊滅的なチョロさを! キミにサスペンスは無理だよ、騙される才能ありすぎ!」
「ミツキちゃん、俺たちは戦力外みたいだ……」
『あたし今、何も言ってないのに巻き込まれてます!?』
だが待ってほしい。
リョウマはぼんやりしてるし、ミツキは倫理観がゆるふわだ。
たぶん罪を重ねてるところも似ている。
よって同罪ということにしておこう。
『論理の飛躍がテレポートしてるみたいになってます、リョウマさん!』
ミツキのツッコミは冴えていた。
またやってしまった、これじゃあ話が終わらないわけだ──そうリョウマは思ったのだけれど。
テレポートという単語を聞いた瞬間、センリは我が意を得たりとばかりにうなずいた。
「そう、テレポートだよリョウくん──たしかに異世界に呼び出された分身の記憶は持ち越せない。でもね、記憶を保存してる入れ物が直接、地球までやってきたらその限りじゃないんだ」
「へっ?」
ものすごいことを言われた気がする。
リョウマが減らず口をたたく前に、ベルカが素早く問いかけを重ねた。
「……つまりセンリさんはその……異世界の聖剣に記憶を保存していて、任意で自分の記憶を取り出してたんですか?」
「そういうことだよ、ベルカちゃん。心を読む異能とか呪術とか、そういうのに万全の備えってわけじゃないから──私は聖剣を
ようやく鈍いリョウマにもわかってきた。
ある種の矛盾の解決──センリに異世界の記憶がなければ、リョウマを手元に引き取るなんて選択肢は生まれない。だが記憶があったなら、もっと早期にミツキによってその秘密は暴かれていたはず。
そうなっていなかった理由は単純明快だった。
必要に応じて、自分自身の記憶すら操作できる力が、センリには存在している。
あるいは聖剣の機能として、そういう器用な芸当ができるのかもしれない。
すごい、すごすぎる。
──あれ? でも聖剣って異世界の武器なんだよな?
──でもアシュモはたしか、こう言っていた。
──人間の精神だけを呼び出すのが、一番効率的だからそうしてるとかなんとか。
なのにテレポートで地球に直接、聖剣がやってくるなんてありなんだろうか。
いや、それを言うならアシュモがこっちの世界にやってきていること自体、相当に変だった。
異世界への勇者召喚の原理原則があるとしたら──アシュモとセンリの話を聞く限り、基本的に
考えれば考えるほど、筋が通らない例外が
「……待ってくれ。確認したいんだけど、センリ姉ちゃん。ニルスタリヤって遠く離れた異世界なんだよな?」
「そうなるね。少なくとも地球からその存在を確認するのは、ほぼ不可能だと思う」
「……じゃあどうやって、ニルスタリヤ人は地球人の精神なんてものを見つけてるんだろう? センリ姉ちゃんの聖剣とか、アシュモさん本人とか、物質的にこっちに来てる存在が多すぎて……俺はもう、わけがわからないんだ」
そもそも異世界という概念がふわふわしていた。
もちろん現代社会で多少なりとも、アニメや漫画やゲームに親しんでいたら、異世界の概念はわかってしまう。
剣と魔法のファンタジーとか、架空の歴史を辿った地球の似姿とか、そういうよくあるやつである。
これが罠だった。
アシュモ・カーダドートはおそらく、意図的に──リョウマがフィクションの概念と混同するように喋っていた。
ところが異世界帰りのセンリが参戦したことで、アシュモの言動は一気に疑わしくなっている。
なので困ってしまう。情報量は増えたのに、わからないことばかり増えていた。
リョウマの率直な疑問に対して、答えたのはセンリではなかった。
「リョウマ、それはたぶん……わたしに説明できそうかな」
ベルカだった。
彼の幼馴染みはその青い瞳に知性をたたえて、そっと安心させるようにうなずいた。
「センリさん。もしわたしの説明が間違っていたら、すぐ言ってください」
「いいよ、ベルカちゃん。たぶん大丈夫だと思うけど」
うなずき合うベルカとセンリ──二人の間には絶大なる信頼があった。
これが日頃からの家族同然の付き合いの成果なのだろうか、お互いの人間性に対しての強固な結びつきを感じた。
呆気に取られるリョウマを横目に、金髪碧眼の美少女は語り始めた。
おそらく真実と思われる推論を。
「──じゃあリョウマ、まず最初に基本的なルールを説明しておくね。それはこの宇宙に横たわってる原理原則で、基本的にアシュモの故郷も同じだと考えていい」
力強い言葉に戸惑った。
「あ、ああ……ルールって?」
「それはね、リョウマ。
おいおい、と思った。
自慢ではないが、リョウマは嫌というほど普通じゃない世界を
おぞましい宇宙的恐怖の語った歴史──全能者と呼ばれる強大な存在によって、膨大なスケールで過去が書き換えられ、現在が改変されているというあれこれ。
その産物として自分やベルカが生まれたことだって聞いているし、それは彼女自身が事実と認めていた。
この時点で物理法則だの因果関係だのは馬鹿らしい。
考えていることが伝わったのか、ベルカは肩をすくめた。
「キミの考えている例外は正しいよ、世の中には現実をねじ曲げる手段がいろいろある。キミのタイムリープもそのひとつだね」
「原理原則の破綻が早くないか?」
「うん、人間のスケール感だとそうなる。この世界は不確かで、いくらでも書き換えられるように思えるよね……ここで
「えーっと?」
いまいちわからない。
スケール感というとあれだろうか、蟻と象の視点は違うみたいな話だろうか。
困惑しているリョウマに対して、人差し指をピンと立てて、ベルカは楽しそうに言葉を続けた。
「わたしたちの身の回りに限ると、世界の改変っていうのはものすごく影響が大きそうに聞こえる。実際、歴史がちょっとズレたら大惨事なんてSFの定番だよね──でもこれって、地球の外側からだとそうでもないんだ」
「……宇宙の広さヤバい、それに比べたら地球はちっぽけって話か? でもそれ、光の速さがどう関係あるんだよ?」
「もし今この瞬間、地球が粉々に砕け散ったとするじゃん? 当然、爆発と一緒にすごいエネルギーが放出される。それは電磁波とか重力波とかを放つかもしれない。でも全部が
いきなり例え話が物騒だった。
体感時間でついさっき、地表をぐしゃぐしゃにする巨大な触手に襲われた身としては──現実味があるたとえなので反応に困る。
だけどまあ、なんとなくベルカの言いたいことがわかってきた。
「……ああ、それで光の速さ? つまり何か異変が起きても、何かあったって知るまでの時間差がある?」
「いいね、冴えてるよリョウマ! さて、ここで問題なんだけど……人類が絶滅、その痕跡も消滅するような大惨事が起きたとしても……遠く離れた銀河の彼方には伝わらない。伝わらないってことは何も起きてないのと同じ。もしかしたら数万年後とか、数億年後には影響あるかもしれないけど」
「…………地震が起きてから、実際に建物が揺れたりするまでの時間差みたいな?」
「そういうことだね。これの宇宙ヤバいバージョンを
「なるほど……」
例え話が身近になるとわかりやすい。
リョウマは思うがままに呟いた。
「その言い方だと……世界を改変できる能力者って、実は影響力がそんなにないのか?」
「人間のスケールで実感できるような改変なら、宇宙の外側から見たときは誤差レベルだろうね。だって太陽系の内側で何が起きようと、何億光年も離れた場所にとっては無関係だし。人類滅亡の時期が変わったりしたとしても、それは同じ」
ベルカは
思えばこいつはSF映画が好きなタイプの
しかし困った。
たしかに面白い話ではあるのだが──
「──これってセンリ姉ちゃんとかアシュモさんに関係あるのか?」
ピンとこなかった。
光の速さでしか物事は推移しないので、極論すると地球が滅亡しようと宇宙スケールではどうでもいいという論理は飲み込めたけれど。
それって異世界と関係あるんだろうか。
そんなリョウマの疑問もお見通しだったらしく、ベルカはやはり、にっこりと天使みたいに笑うのだった。
自分が好きな話題を話すときの
「大ありだよ、リョウマ。推測だけどね──アシュモさんの故郷のニルスタリヤって、たぶん
「へっ?」
いきなりだった。
これまでのありとあらゆる会話の大前提をひっくり返されたせいで、リョウマはろくに言葉を返すこともできない。
そんな彼の表情に目を細めて、ベルカはこう言った。
「つまりさ、アシュモ・カーダドートは
ちゃぶ台返しがひどすぎて、リョウマは叫んだ。
「──スペースオペラかよ!?」
思ってたのと違いすぎる。
ベルカ「なんかやたら空間とか時間の概念を重視してるのが怪しくってさ…これ同じ宇宙の話してない? 勇者召喚って精神だけ超光速移動させてるみたいな話でしょ?」
アシュモ「……わたくしは異世界ナーロッパ出身ですよ?」
センリ「こいつマジで本当のこと喋ってない!!!」
リョウマ「偽装がどんどん暴かれてる…」
だいたいこんな感じ。