指揮官が惚れたのは加賀だけどプロポーズしたのは加賀じゃないほうの加賀だった   作:麦果

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第十一話

 

 

「──私のお願いを一つ、聞いてはくれないかしら?」

 

 

 そう言った彼女の顔には何か含みを持ったような妖しい笑みが浮かんでいる。

 

 そんな彼女に、俺は恐る恐る問い返した。

 

 

「……お願い、って?」

 

「それは──」

 

 

 言いながら、ティルピッツは徐(おもむろ)に目深に被っていた帽子を脱ぎ、自身が座っていた執務机の上に置いた。

 

 そしてその場に立ち上がると、ゆっくりと俺が座るソファーの方まで歩み寄り、対面側ではなく、俺のすぐ隣の位置に身体を密着させるようにして腰を下ろした。

 

 ──って、エッ……!?

 

 

「なっ、おい……ティルピッツ……!?」

 

「指揮官。……私、寒いの」

 

 

 動揺する俺をよそに、俺の太腿の上に手を置いてくるティルピッツ。

 

 そのまま妙に艶めかしい手つきでさわさわと撫で始めた。

 

 そして──。

 

 

「──あなたが欲しい」

 

 

 ──ふっ、と耳元に彼女の熱い吐息が吹きかかる。

 

 

「…………!」

 

 

 瞬間、まるで脳が蕩けるような刹那的な快感が全身を駆け巡り、思わずその快楽に身を任せ彼女の身体を胸に抱き寄せたくなる欲求に襲われるが、俺はなんとか最後に残ったなけなしの理性を振り絞りその欲求に耐える。

 

 

「ねえ、いいでしょう、指揮官? ……私を温めて?」

 

「な、何を言ってるんだ、人をからかうのはよせ……」

 

「からかってなんかいないわ。私は本気。あなたのことが欲しくてたまらないの。寒くて切なくて仕方なくて、身体の全てがあなたの温もりを求めている。あなたの愛を欲しているの。……指揮官が悪いのよ。私をこんなカラダにした責任、取ってくれるわよね?」

 

「責任って、俺とお前の間には何もないだろ……。俺たちは同じ母港の仲間で、ただの上司と部下だ。決してそれ以上でもそれ以下でもない」

 

「……たしかに、あなたにとってはそうかもしれない。けど、私にとっては違う。ねえ、指揮官。覚えてる? わたしとあなたが初めて出会った日のこと」

 

「……あ、ああ。そりゃもちろん覚えているが……」

 

 

 ──“北の寒さと寂しさには慣れたつもりよ。今さら期待なんかしないわ”──。

 

 

 ……当時の彼女は、まさに氷のような女性だった。

 

 他者と一定の距離を置き、決して必要以上に会話をしようとはせず、与えられた任務をただ事務的に遂行するだけの存在。

 

 

「──私には記憶がある。とても旧(ふる)い記憶。出撃の機会を与えられず、ただ“艦隊にいるだけ”がすべてだった自分。寒さも孤独も慣れて、何も感じず、無為に過ごし続けた日々。そして戦果一つ得られず、絶望の煙に覆われる港の空を眺めながら破滅を迎える最期。おかしくて、虚しいだけの命だった」

 

 

 ティルピッツは「けれど……」と続ける。

 

 

「──今は違う。触れ合う楽しさ、そばに居てくれる安心感。私はそれを知っている。全てあなたが教えてくれた。この温もりをくれたのも、寒さと孤独を溶かしてくれたのもあなた。あなたのおかげで今の私が在る。あなたがいてくれたから私は孤独であることを忘れることができた。あなたが傍に居てくれたら、それだけで幸せだった。寒くて──寒くて寒くて寒くて寒くて寒くて寒くて寒くて仕方がない日も、あなたのことを想えば不思議と心に温もりが広がっていった。もうあなた以外の温度なんて求めない。いつしかそう心に決めて、私はあなたの温もりだけを求め続けた。……それなのに、どうして? どうして最近は私に会いに来てくれないの? 私はいつだってここであなたの“帰り”を待っているのに。だから今日は本当に嬉しいの。あなたが私に会いに来てくれて。十三日と二十時間と三十七分と五十四秒ぶりにあなたの顔を見ることが出来てとても幸せ。──あなたもそうでしょう、指揮官?」

 

「お、おい……、ティルピッツ……?」

 

「ねえ、私に会いに来てくれたんでしょう? そうなんでしょう? 仕事部屋を貸してくれ、だなんてただの口実。本当に災難だったわね。気もない連中にしつこく付き纏われて、本当は私に会いたくて仕方ないのに赤城やエンタープライズに邪魔されてそれが叶わなくて、きっととても辛かったと思うわ。私だって同じ。あなたに会えなくてずっと辛かった。でも、ようやくあなたは決心してくれたのね。鉄血に保護を願い出たのはそういうことでしょう?これからは他の女になんか関わりたくないって、私“だけ”とずっと一緒に居たいって、そういうことなのよね? ──嬉しい。本当に嬉しいわ。これからは“一生”一緒に、この部屋でずっと二人きりで暮らしましょうね、シ、キ、カ、ン……?」

 

「……………………ぶ……」

 

 

 ──ぶっちぎりでやべぇぇぇぇぇぇ!!

 

 というかお前もかよ!! ベルファストといいエンタープライズといい、なんで付き合いの古い連中に限ってみんなヤンデレっぽくなってんの!?

 

 ……たしかに、ティルピッツの言う通り、母港が大きくなってからは中々艦船一人一人とコミュニケーションを取る時間が作れず、彼女とこうして会うのはたしかに久しぶりではある。

 

 けどまさか、少し会わない間にこんなこと(・・・・・)になっているなんて普通思わないだろ……!

 

 これでは鉄血に保護してもらうというよりも、鉄血に一生軟禁される勢いだ。

 

 大声で助けを求めようにも、この部屋は完全防音仕様。よってどれだけ叫んでも助けは望めない。

 

 そしてティルピッツにピッタリ密着されているために退路も断たれてしまっている。

 

 ハッキリ言って絶対絶命であった。

 

 

「……ねえ指揮官、この部屋、寒くない?」

 

 

 ──ハラリ。

 

 そう言って彼女は着ていた上着を脱ぎ捨てた。

 

 

「……寒いわ、指揮官」

 

 

 そしてさらにスカートに手をかけたかと思うと彼女はそれをなんの躊躇もなく下ろし、その内側に隠れていた水色の布地が姿を現した。

 

 

「本当に寒い……」

 

 

 そうして最終的に白いブラウスのボタンに手をかけると、全て外し、前を完全に開け広げた。

 

 ブラウスの隙間から覗く、下に身に着けているものと同じく水色のブラジャーが何とも眩しい。

 

 と、未だ思考の整理が追いつかぬまま、俺の目の前であっという間に“下着ワイシャツ”姿のティルピッツが完成した。

 

 ……というか、寒いと言うならなぜ脱ぐんだろうか……。

 

 

「それじゃあ……温め合いましょう? 指揮官……♡」

 

「ッ……!?」

 

 

 耳元でそう囁いて、ティルピッツはソファーに座る俺の膝の上に腰を置いて、馬乗りのような形で覆い被さってくる。

 

 ──ハッ、もしやこれは対面座i──ってバカ!!

 

 

「お、おい待て、ティルピッツ! 落ち着け、一旦冷静になれ……!!」

 

「ほら、早く指揮官も脱いで。肌と肌を重ねて温め合いましょう? 恥ずかしいなら、ふふっ、私が脱がせてあげる」

 

「ひゃあっ!?」

 

 

 熱っぽい恍惚な瞳を浮かべながらティルピッツが俺の上着のボタンに手を伸ばした。

 

 そしてぷちり、ぷちり、と一つずつ俺の上着のボタンは外されていく。

 

 

「はぁ……はぁ……うふ、ふふふ……。ようやく指揮官と愛し合えるのね。嬉しいわ。指揮官を最後に見たあの日から、自分を慰めることもずっと禁止にしていたから、さっきから気持ちが昂って仕方ないの」

 

「いやいきなり何を口走ってるんだお前は!?」

 

「ずっとオ●禁してたの」

 

「ド直球ッ!!」

 

 

 ──うん、やっぱりこのティルピッツ全然冷静じゃないなっ!!

 

 ……というかどうしよう、この状況。

 

 このままでは我を失ったティルピッツに俺の身体が美味しくいただかれてしまう……!

 

 だが抵抗しようにも俺の両腿を挟み込む彼女の締め付ける力が強すぎて全く身動きが取れな──あっ、やめて! 腰をスリスリ前後に動かさないでぇ!

 

 ……ってか、もうそろそろ俺の理性も限界が──。

 

 

 ──と、その時だった。

 

 

「─────」

 

 

 ──ガチャリ、と唐突に部屋のドアが開かれる音。

 

 そして……。

 

 

「──戻ったぞ、卿よ。では、すぐにビスマルクの仕事部屋まで案内を──って……、──ッ!?!!??!?!!?」

 

 

 声に反応してドアの方に目を向けると、そこには執務室に置いてきた書類の束を手に抱えたツェッペリンが、驚愕に目を見開きながら立ち尽くしていた。

 

 そして怒りか照れか、彼女は一瞬にして顔の全面を真っ赤に染め上げながら──、

 

 

「な、なな、何をしているのだお前たちはァァァ──!!!!」

 

 

 ──と。

 

 妙に甲高い声になりながら、そんな風に絶叫したのであった。

 

 ……た、助かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 ──ツェッペリンのおかげでティルピッツから解放された俺は、一人、鉄血寮の廊下を歩き、ビスマルクが普段使っているという仕事部屋へと向かっていた。

 

 本当なら部屋まではツェッペリンが案内してくれる筈だったのだが……。

 

 ──“我は少し、ティルピッツと話がある”──。

 

 との事だったので、部屋の場所を聞いて鍵と書類を受け取って一人で部屋を出たのだった。

 

 しかしまさか、ティルピッツまでもがあんなことになっているとは……。

 

 今まで重桜の艦船ばかり目立っていたが、もしかしたら彼女のように既にヤンデレ属性に目覚めていながら、それを表に出していない艦船も多いのかもしれない。

 

 ……そう考えるともしかして赤城たちって病み具合が判断しやすい分、ヤンデレとしてはかなりまともな部類に入るのでは?

 

 ……って、なんか俺の思考回路がだんだん麻痺していってる気がする……。

 

 まともなヤンデレって何だよ……。

 

 

 と、俺が自分の思考に密かな戦慄を覚えていると、不意に──。

 

 

「──あっれ〜、指揮官じゃないですかぁ〜」

 

「ッ……!?」

 

 

 ──瞬間、俺の背筋にゾクリと正体不明の悪寒が駆け巡った。

 

 ずっと考え事をしていたせいで今の今まで気づかなかったが、俺の正面にはいつの間にか二人の艦船の姿があった。

 

 それも──。

 

 

「ふふっ。もしかして私に会いに来てくれたんですか? 嬉しいです〜! 最近は中々会えなくて寂しかったんですからね〜!」

 

「フフフ……ようこそ私の元へ。やっと私に甘えに来てくれたのね、ボウヤ?」

 

 

 ──“ローン”と“フリードリヒ・デア・グローセ”。

 

 鉄血が誇る特別計画開発艦の二大巨頭。

 

 そして特にローンと言えば──。

 

 

「……あれ〜? ねえ、指揮官。なんか、他の女の匂いがしません?」

 

 

 ……全ての艦船が満場一致で認める──この母港でトップクラスの危険艦船(じんぶつ)──!!

 

 

「……ねえ指揮官、壊(ハグ)していい……?」

 

「……………………」

 

 

 

 ──あ、死んだわ俺....。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 ──そして、その頃。

 

 

「──受け取れ、土佐」

 

「……っ。……これは、弁当……? いいのですか、姉上。だって、これは姉上が指揮か──」

 

「……いい。元からお前の為に作ったのだ。気にせず食え」

 

「姉上、しかし……」

 

「いいから食えと言っているッ……!」

 

「……いえ、その……、姉上が今朝作った失敗作の処理に追われ、天城さん共々既に満腹なのですが……」

 

「…………。それはすまん」

 

 

 

 ……結局弁当は一人で二人分食べ切る加賀なのであった。

 

 

 

 

 






……いかがだったでしょうか。
一応、ストック分はここまでになります。
続きに関してはまた後日、ゆっくり更新していければと思いますので、それまでどうか気長にお待ちくださいませ。
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