葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション

オルデン卿は祝いたい」、「ワスレナグサとトコハナの唄」に続くオルデン家シリーズです。

今回の主役は次期オルデン卿となるムートのお話。



オルデン家次期当主は断りたい~Too Cute to Accept: Heir’s Engagement ~

■可愛い許婚は遠慮したい


 

中央諸国 クレ地方 中央交易街

 

ここはかつて、ある大魔族によって滅ぼされた戦士の村があった地域。

長年放置されたこの地は現在、旅から帰ってきた戦士の青年と魔法使いの妻の二人を中心に、多くの人の助力の元で街の形をなそうとしている。

 

そんな、場所で……

 

(何故だ。どうしてだ!?)

 

北側諸国3大騎士の一角、オルデン家の次期当主ムートは目の前の女性……そう、父から許婚になると聞かされた人物との会話に頭を抱えていた。

ムートはこれまでの事情から今の状況を何度も反芻する。

 

確か……程々にコミュニケーションを取り、「相性はそんなによくないよね、やっぱり無かったことに」という合意をもって一度婚約は解消し、それぞれの人生を歩む。

その上でお互いの家系の道を歩む。家の事はあるが個々人ではそれが最善。そういう口裏を合わせよう。

 

そう思っていたのだが……

 

「……ぁっぃ!」

 

ついさっき飲んだ紅茶が熱すぎたらしい眼の前の少女。小さな舌を出して恥ずかしそうに必死に冷ましている。猫舌なのか。

 

「大丈夫ですか? あの、お水を……」

店員さんに冷水を頼み、持ってきてくれたものを彼女に差し出す。

 

「――ッッ」

 

色々言いたいことがあるらしい彼女は慌てて何かを伝えようとしているが、いかんせん声が小さい。

 

「あの……、お互いこの縁談は気が合わないってことで……いいですよね?」

 

客観的には正直可愛い。可愛いが、家督の問題はそういうレベルの話ではない。

 

……と、思う。だが

 

「――!!――ッッ!!」

 

ブンブンと首を振る目の前の女性。

 

「ええと、この縁談は、当家の都合があってですね……もう、力関係も気にせず断って頂いて……」

「――!!」

 

ムートの袖を掴み、小声で何かを伝えようとしている……彼女はどう見ても自分より年下。

 

(どうすれば良いんですか、教えてください!ヴィルト兄さん!)

 

そんな、亡き ”兄ヴィルト” の許婚だった人物を前にして身動きが取れない状況にぶち当たっていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「あれってうまく行ってるの?それとも破談の流れに向かってるの?」

 

状況をうまく読み取れない赤毛の人物は、このクレ地方の領主とも言える英雄……と言うと本人は嫌がる戦士シュタルク。

 

「あの雰囲気が破談っぽく見えるなら、シュタルク様には色々言いたいことがあります。

 このような時の機微というものについて、今夜寝る前によく話し合いましょう」

 

シュタルクの言葉に呆れて言葉を返すのは紫の髪の女性。シュタルクの人生に寄り添った結果、領主夫人となった魔法使いのフェルン。

 

「いや、今回の件、まだ着地点もよく見えてないんだけど……?」

「手紙にもあったとおりです。うまくいきそうなら推して、ダメそうなら普通に別れて終了。そういうことです」

 

それならうまく行ってほしい。せっかく来てくれたのだからなにか良いことがあってほしい。

領主的にはそう思うシュタルクではあるのだが……

 

「つまり、今はどういう状況?」

「当人たちに聞いて下さい」

なんかちょっと赤い顔でお見合いしている観測対象の二人。

 

「いや、判らん……」

 

気持ち的には、発展的な結論に至ってほしい。

しかし、ムートの説明によると双方、そこまでは望まぬ縁談だと言っていた。

今現在、聞いている限りは遠慮がちな会話(?)をたどたどしく交わしている。

 

結局どうしたいのだろう?

 

シュタルクに判ることは、妻フェルンの面倒くさい感情の揺れぐらいで、他の男女がどうとか全然わからないのだ。

 

■妙な騒ぎはやめてほしい


 

北側諸国 要塞都市フォーリヒ

 

事の発端は数ヶ月前になる。

 

『ところで、ムート。お前の婚約の話の進捗はどうなっている?』

 

と、父である現オルデン卿の問いかけ。

ムートが答えに詰まった理由は他でもない。

本来この縁談は亡き兄ヴィルトの受けてきたものだから。

 

『だれか別に気に入った相手がいるのか?

 お前が気に入った者がいるなら、市政の者でも、騎士団内の者でも、メイドの中からでも構わんぞ』

 

という爆弾発言に端を発する。

これには、部屋に控えていた使用人たちがざわついた。

 

『わ……かりました……先方の相手と一度会ってきます』

 

咄嗟にその時はそう答えた。しかし……

 

『ムート様だが、あれから縁談の話、進めていないぞ』

『やはり、乗り気ではないのでは……』

『これは、あるいは……』

 

日々の忙しさを理由に先延ばししてしまった油断。それを機に、噂が流れ始めた。

そんなある日。使用人の長のガーベルが困った顔でムートに報告し、ムートは頭を抱えることになった。

 

『使用人……特に若い者の間で噂になっております。

 押し倒したらワンチャンあるぞ……と』

『え……』

 

と言う訳で、慌てて動き出したのが先月の事。

いや、冗談ではない。オルデン家の使用人たちはそんな生易しいものではない。

 

外部の防衛を担う騎士団に対して、内部で隠密に防衛も兼ねているのが使用人たちだ。

全員、何らかの武家から出てきている者たちとなる。

 

少し前に屋敷を去り、クレ地方に移った元メイド長ライニなどがその典型だ。

近接術、隠密術、暗器等々。とにかく、そのメイドたちが押し倒しに来るというのはちょっと洒落にならない。

 

(態度さえ……ちゃんとしていれば……当面は何も起こらない!はず!)

 

しかし、乗り気ではない縁談。これを一度崩した後、どうすればいいのかはまだ未知数。

あるいは一番乗りしてきたメイドとどうにかなってしまうのか……

 

「どうしよう……」

 

そんなため息とともに、ひとまず、許婚の約束をした家宛に手紙を書いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

それから数日経ったある日、父のオルデン卿から執務室への呼び出しが掛かった。

 

「クレ地方へ行くがいい」

「突然何事です?」

「くだんの縁談の話だ」

 

父の話はいつも唐突だ。結論からくるので要件はわかりやすいが、事情がわからない。

 

「なぜ……クレ地方なのです?」

「暖かくなり、花も咲き誇るいい季節だ。前回訪問からも少し発展したらしい。穏やかな場所で話すには丁度いいだろう」

「はあ……」

 

要するに、見合いの場の話をしている。

補足された説明によると、先方もOKだという。

 

「フォーリヒでは駄目なのですか?」

「要塞都市だぞ。落ち着かなかろう」

「私たちの住んでいる場所、そんなに落ち着きませんかね?」

 

オルデン卿は「ふむ」と言いながら窓辺へと歩き出した。

相変わらずあの場所が好きなんだなと思いながらも眺めていると。

 

「ハイハイを……始めたらしい」

「はい、……はい?」

 

突然何を言い出すのだこの人はという表情で父を見つめる。

父は説明を求められていると察したらしく、そのまま言葉を続けた。

 

「……シュタルクの子のシュタアルの事だ」

 

真剣な表情でこちらに振り向く父のオルデン卿。

 

「私の勘違いでなければ、縁談の話をしていましたよね?」

「うむ、そうだ。だからクレ地方はどうだろうと」

 

要望を理解し、頭痛が痛くて額を抑えてしまう。

 

「つまり、……今可愛い盛りのシュタアルくんの写真をついでに撮って来いと」

「ああ、それだ」

「それじゃないですよ!息子の縁談の話ですよね!?」

 

問い詰めるとオルデン卿は顎に手を当てて首をひねる。

そして、何かが思い当たる節があったのか、「ああ」と佇まいを直した。

 

「それに関しては特に心配していない」

「なぜですか?」

「お前が選ぶからだ、ムート。そこに他意はない。励め」

「はあ……」

 

……結局、父オルデン卿から言い渡されたのは

「可愛い盛りのシュタアルくんの写真を撮ってこい。そして見合いをしてこい」だった。

それ以外の父の言い分に関しては……腹落ちはしなかったが。さりとて止まるわけにもいかない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

中央諸国 クレ地方

 

「ムートのお見合いをここで?」

「はい。旦那様より是非にと」

 

シュタルクとフェルンに向かって用件を告げるのはオルデン家の元使用人であったライニ。

彼女は長年務めたオルデン家を出て、クレ地方に来てくれた人物だ。

現在は諸々不慣れなことも多い若葉マーク夫婦に、様々な助力をしてくれている。

 

そんな彼女から受けた依頼は元主の一家のお見合いの場の提供。

 

「私達は問題はありませんが、いいのですか?

 正直、それほど華やかな場所がある訳でもありません」

「はい、穏やかな雰囲気こそ必要だと思います」

 

そんなものだろうか?

ピンと来ないのはシュタルクとフェルンがお見合いというものに無縁ゆえ。

 

シュタルクとフェルンは理想形とは言えないファーストコンタクトから始まり、フリーレンとの旅を通し、ずっと一緒にいて……

いつの間にか信頼し合っていて……一緒にいないことの方が不自然な関係になっていた。

結局、結婚した理由もお互い離れ離れになりたくない気持ちに気づいて心を通じ合わせた。

おそらく、ずっと前から既に家族だったのだ。一緒にいることがただ自然。

 

「俺も全然いいんだけど……ムートと……誰?」

「オルデン家の古い付き合いのある家の、クライネお嬢様と伺っています。本来はヴィルト様の許婚でございました」

 

んー?という様子でシュタルクはフェルンと顔を見合わせる。

「元々はヴィルト様の許婚だった方と、ムート様……というのは問題ないのですか?お気持ち的に」

 

フェルンの言葉にライニは目を閉じて「そうですね……」と呟いた。

「そもそも、許婚とは家の取り決めの間柄です。婚約者ではありません。取り決めにもよりますが……

 旦那様としては当人同士に任せる方針で……双方共にまだ会ったことがないのですよ」

「そうなんだ……」

 

それは自由恋愛なのか……そうではないのか……シュタルクにはちょっとよくわからない。

 

「たしか、ヴィルトの戦没の発表って結構期間を開けたんだよな。

 相手は……それで良かったのか?」

「そうですね……旦那様も、公表した時に方々回って説明して回っていたのですが。

 その折に……相手側からも次期当主権の移ったムート様とも一度会うべきだとお話されたそうです」

「貴族社会って難しいな……

 いや、ちょっと待って。許婚って……あの時俺のダンスの相手フェルンで良かったの?」

 

ふと、思いついた不自然な点。

隣でフェルンがちょっとムッとしている。あと、彼女が胸元に抱く赤ん坊のシュタアルはその様子を不思議そうに見ている。

 

「いや、フェルン。違うよ。そうじゃないから一旦拳下げて」

 

シュタアルを抱きかかえているため、ポコポコ片手版が振り下ろされる前に止める。

 

「あの時、その許婚の人が出てこなかったのはなんでだ?」

「いい洞察力でございます、シュタルク様。致し方なかったのですよ。何せクライネお嬢様は当時――」

 

■妙な詮索は遠慮したい


 

ライニの相談から数日が経過し、到着したムートが一息ついた後。

 

「はい……相手となるクライネ嬢は……当時まだ10歳に満たなかったそうです」

 

現地についたムートにも確認を取ったところ……ライニの手に入れた情報は本当らしかった。

 

「マジか……」

 

ヴィルトの年齢は概ねシュタルクと同じ。なのでその段階で18歳のはず。

その段階で自分の半分ぐらいの年の女の子が許婚……どう受け取れば良いのか自分にはわからない。

 

「貴族のお家の事情とは、難しいのですね……」

「はい……私も聞かされたのはこの話を進めてからすぐです。

 まあ、この縁談の話が続いている理由でもあります。父は知っていたようですが」

 

ちなみにシュタアルは今ムートが抱きかかえている。

なんか我が子から癒やしのオーラでも出ているのかムートも随分幸せそうだ。

 

「シュタアルくん可愛いなぁ……保留してきた仕事のこと、どうでもよくなってきたぁ~」

「あぃっ!」

 

いや、なんか違うな。変な現実逃避している。

随分疲れている様子にシュタルクは苦笑する。

 

「で、どうするんだ?」

「まだ、決めかねています……先方もまだ若い。

 オルデン家の未来は盤石か?と言われると私次第という部分はあります」

「つまり……?」

「正直、兄に比べると私はまだ未熟者です。クライネ様の未来を思えば……」

 

俯いて答えるムートには色々思うところもあるらしいというのは判った。

亡くなってしまった兄に代わりに家督を継ぐという重責。

何もかも判る訳ではないが、兄のシュトルツに守られて生き延びたシュタルクとしても他人事とは思えない話。

 

(できれば、力になってやりたいんだけど……)

 

そんな風に思いながら隣のフェルンをちらっと見ると目があった。

『言いたいことは判っています』と言いたげな小さな笑顔にシュタルクは頷いた。

 

「まあ、俺達にも出来る限りのことはするよ。

 方向性はムートとクライネさん……次第だから任せるけど、二人が快適に話せるように」

 

「お願いします。ああ!そう言えば」

 

何か思い出したらしいムートはカバンから書状を取り出す。

 

「こちら父からシュタルクさんとフェルンさんへと。

 中身については私は把握しておりませんが……、おそらくはこの縁談についてのことだとは思います」

「まあ、そりゃそうだろうな……ここで開けても?」

「いえ、私は内容を聞くなと言われています」

「そうなんだ……」

 

ムートには聞かせられない内容を書いているのだろうか?

ちょっぴりもやっとする感情も感じつつシュタルクは書状を受け取った。

 

「判った。後で確認をしておくよ。長旅疲れただろ。街の方に一応、宿みたいなものが出来たんだ。

 貴族向け、とは言い切れないけど、頑張って綺麗にしたから――」

「構いません。普通の一旅行者として扱っていただければ」

 

普通の宿でちょっと申し訳ないかなとも思ったが、ムートは快く鍵を受け取ってその場を後にした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

その日の夜

 

「はははっ……なんというか……」

 

困ったような、喜んでいるような……そういう表情をしているシュタルク。

 

「面白いことでも書いてあったの?」

 

と、これはフリーレンのコメント。

 

「シュタルク様はオルデン卿の熱いメッセージに心打たれて目頭を熱くしているのですよ」

「苦笑いしているけど」

「心の中で泣いているのです」

「人間の心は難しいね……」

 

自分をネタによくわからないコントを始めた師弟コンビにシュタルクはこらこらと割って入った。

 

「まあ……ざっくりと言うなら、ムートのやりたいようにやらせてくれってさ。書き方はあの人らしいけど」

 

実はフェルンの言ったことは当たらずも遠からじ……

 

「貴族の婚姻に関わることなのに随分投げやりだね」

「まあ……理屈だとそうなるのかな?」

「こういうのは結構大事な事だよ」

 

最近はそういう勉強も始めたシュタルクだが、頑なに爵位を受け取らない。

もちろん、フリーレンもそれでいいとは思っている。シュタルクとフェルン、そして産まれたシュタアルにそれはちょっと重い話だ。

 

とは言え、理解はするべきだろうと嘆息した。

 

「良いかいシュタルク。北側諸国三大騎士の一角のオルデン家クラスになると、家督と婚姻はもう個人の理屈じゃない。

 彼らが従える従者や騎士団、ひいては守護する地域全体の未来に関わる話だよ」

 

「お……おう」

「北側諸国は、魔族や魔物も多い過酷な地だ。その意味はわかるね?」

「そりゃまあ……」

「一族の長の血が健在である事を示すのは周辺諸国の平和に繋がるからね。

 本来当人の感情の有無とか関係なく、両家の使命として結婚することなんて珍しくない」

 

子供用の椅子に座って、時間的にうつらうつらし始めているシュタアルを見たシュタルク。

 

「そういえば。ライニさんにシュタアルの許嫁探し、めちゃくちゃ勧められたなぁ」

 

家の格はなくても戦士の村の一族の血筋はプライスレスらしい。

そんなプライスレスの我が子から垂れそうな涎をフェルンが拭っている。

 

「ウチには大袈裟だよなぁ」

「でも住み始めた人達からすると、統治者の将来はそのまま生活基盤にかかわるもの。

 私達みたいに誰もが旅暮らし出来るわけじゃない」

「確かに……」

 

要塞都市フォーリヒは地域一帯の守護の要。

シュタルクが社交界の影武者になったのも結局はそういう理由だ。

 

「ムートは大変だな……」

 

他人事とも言い切れない話ではあるのだが、選択肢は彼にある。

 

「ムート様は、少し乗り気ではなさそうでしたね」

「……気持ちは分かる気がするけどな」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

オルデン卿の手紙の内容は概ねこうだ。

 

『そちらにいるムートだが、おそらく縁談に納得した顔はしていないであろうな。

 判ってやってほしいが、ムートは個人の都合で嫌がっているわけではない。むしろそれなら簡単な話だった。

 領民や配下の者たちからも信に厚いムートは家督を継ぐ事に人生の心血を注いでいるとも言える。私はそう信じている。

 だが、自身の力や能力。様々なものにまだ自負を持てない……そういう時期だろう。

 

 縁談はいい機会だと思った。シュタルク、お前が隣を歩くフェルンに支えられている様に。

 共に人生を歩める者を隣人として迎えられるなら……ムートも一歩前に進める。私にも覚えがある。

 先方からも、まずは一度会いたいと聞いている。対話の機会を持つべきだ。

 

 ただ無理強いもしたくはない。望まぬ関係ではムートの人生は前に進まない。

 当人たちが望まないならこの話は私の名義で断っても問題ない。私もしばらくは現役でいよう。

 未来を行く若人の明日を見守ってやってくれ』

 

「オルデン卿らしいですね」

 

寝室でシュタルクの腕を枕に横たわるフェルンは改めて感想を述べた。

 

「そうかもな……」

「シュタルク様はどう思うんですか?」

「ムートの望むようにしてやりたい。あいつがオルデン家の当主として後を継ぎたいなら、協力してやりたいし……今回の話もうまくいけばいいなって」

「では……積極的に後押ししますか?」

 

フェルンの質問にシュタルクは改めて悩む。

 

「うーん。ムート側の意思がなぁ……、そのクライネお嬢様って人もどうなのか判んないし」

「明日到着するそうですね」

「どんな子なんだろうね……」

 

そして、なぜヴィルト戦没報告の中で縁談を断らなかったのか……

 

「とにかく、全部明日考えよう……」

 

シュタルクは隣にいるフェルンを抱き寄せた。こうすると暖かくてよく眠れる。

 

「んっ……はい、おやすみなさいシュタルク様」

 

■可憐な仕草は控えてほしい


 

「はじめ……まして…… ク……クライネ……と、申します」

 

事前に聞いていた年齢の話などからある程度予想をしてはいた。

してはいたのだが出迎えた馬車から降り立ったのは……想像の倍は可憐な少女だった。

 

華美すぎないシンプルなドレス……というよりデートの装いの町娘ぐらいの衣装だ。

よくよく見ると衣装のそれぞれが上質な仕立てであることがわかる。

そして亜麻色で緩いウェーブの髪を赤い花のアクセサリーで可愛らしく纏めてあって、軽装の衣装によく似合っている。

 

要するに、のどかな場所で人と会うというTPOがよく考慮されている。

 

「ええっと、ようこそ。クライネお嬢様……大したおもてなしは出来ませんが、歓迎いたします」

 

ただ、予想の7~8割ぐらいの身長。いわゆる今からが成長期……という感じの小柄な女性だ。

その容姿とたどたどしい挨拶に呆気にとられていたが、膝をついて挨拶をする。

 

「あの……私、そういう……立場では。顔をあげて……ください!!」

 

ワタワタする少女はまるで小動物のように慌てる。膝をつく必要はないという様子にどうしようかと迷っていると。

 

「シュタルク様。立ってください。クライネ様も困っています。

 あなたはここの領主でホストなのです」

「フェルン……」

「クライネ様、はじめまして、シュタルクの妻のフェルンと申します」

 

フェルンはスカートの両側を優雅につかみ、立礼で挨拶をする。その姿にクライネはほっとした様子を見せた。

 

「あ……、はいっ!……伺っており……ます。大魔法使い……だと」

「それは、師のフリーレンの事でしょう。噂には尾ヒレが付いています。私は一介の魔法使いですよ」

 

普段、英雄煽りするくせに……というふうに横目で見ると、「なんですか」と睨み返された。

 

「……なんでもないです」

 

その様子を見たクライネは、クスッと小さく笑ったようだった。

 

「ムート様の方も準備をしていますので、まずはこちらに」

 

街中に建てられたシュタルクとフェルンの執務用の領主館、その客間に通すことにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ふぁぁぁぁぁッッ!!」

「あーぅ?」

 

ライニさん曰く、とりあえず連れていて損はないと言われ、「本当か?」と思いつつ連れてきてもらっていたシュタアル。

彼女の監視下のもと、カーペットの上でおもちゃのボールを追いかけている、その姿を見た時のクライネ嬢の反応が今の言葉。

 

シュタアルの前にぺたんと座り、指をワナワナさせながら「何だこの可愛いの?」「触っていいのか?」「抱っこしていいのか?」という反応をしている。

 

ライニさんがこちらを見て確認してきたのでとりあえず頷く。

 

「クライネお嬢様……、シュタルク様とフェルン様の御子息のシュタアル様でございます。抱っこしてあげてください」

「――ッッ!!」

 

ライニがシュタアルを抱き上げて彼女に渡すと、クライネ嬢は目を輝かせて受け取った。

 

「……かわいいッッ!」

「ぅぅ?」

 

頬ずりをしながら喜んでいる目の前の少女にシュタルクとフェルンは苦笑する。

 

(なんか……もっとお嬢様然とした感じの娘が来るのかと思った)

(可憐で優しい方のようですね)

 

可憐というか、年相応というか……聞いた限りだと今年で16歳ぐらいだそうだ。

大陸の地方によってまちまちだが、将来を誓って婚約をするぐらいなら問題ない年齢と言える。

 

「……シュタアルくんは、元気ですね~」

「まうっ!」

 

ナデナデしてくるクライネに謎の掛け声で答えるシュタアル。そんな様子を微笑ましく見ている最中。

 

「シュタルク様、フェルン様。少しお耳に入れたい話がございます」

「何?」

「資材の搬入などのやり取りの中で……少々素振りの怪しい者が……」

「……手練れ?」

 

一瞬、応えづらそうにした彼女は一拍置いてから答える。

 

「所作を見るに、同業の者ですね。オルデン家は北側諸国三大騎士の一角です。その引き継ぎに関する家督の話となると……」

「うーん……あんまり来る人の制限したくないんだけどなぁ」

「ムート様の来訪にあたって数名、私の元部下たちも来ています。見張りはつけておきますよ」

 

何人かいた使用人の人たち、やっぱそういう感じだったんだ……と思いつつ、ライニの言葉にシュタルクは頷いた。

 

「何かをしに来たのか、様子だけ見に来たのか、見極めが必要ですね」

「そういう可能性もあるか……」

フェルンの言葉にシュタルクは腕を組んだ。

 

「何もしていないうちに敵対行動は取れないから、慎重にね」

「かしこまりました。ときに、可能性の話ですが――」

 

ライニから耳打ちされた話にシュタルクは目を見開いた。

 

「本気で?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その後、クライネがシュタアルと遊ぶこと15分ほど。ムートの方の準備が整ったと連絡があった。

 

「じゃあ、向いましょうか」

「……はい。……じゃあね、シュタアルくん」

 

ライニへシュタアルを渡した彼女は随分名残惜しそうだったが、

……まあ、さすがにシュタアルを連れて行くのは意味がわからないので一旦はここで待機……と言うか、そろそろお昼寝の時間だ。

 

なんにしても随分と緊張は溶けたようだった。

 

「子供、好きなのですか?」

 

フェルンの問いかけに彼女は小さくうなづいた。

「姉弟とか……いなかったから……新鮮で……でも小さな子は……かわいいと……思います」

「そうですか。子供が可愛く思えるのは、将来にとっても良いことだと思います」

 

フェルンは柔らかく微笑みながら、少女にそう告げた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「……ッッ!?」

 

シュタルクとフェルンが連れてきた少女を見た瞬間。目を奪われてしまった。

つぶらで大きな瞳は、こちらをじっと見つめている。あちらも意外なものを見ているかのようだったが。

 

亜麻色の長い髪を後ろに纏め、緩いウェーブの掛かった前髪は肩にかかるぐらいで整えられている。

赤い花のアクセサリーが彼女の可憐さを際立たせているように思えた。

 

(あのアクセサリどこかで見たような?)

 

一瞬、デジャヴのようなものを覚えて放心していると……

 

「ムート?」

 

シュタルクに声をかけられてハッとする。

 

「あ、はい。すいません! 要塞都市フォーリヒから来ましたムートです」

「……お初に……お目にかかります。あなたの……許婚の、クライネ……でございます」

「……」

 

今更ながらに、事前に出した手紙の内容を思い出す。

 

『兄ヴィルトの件では当家の都合で大きなご迷惑をおかけし、申し開きもなく。

 クライネ様、私はあなたの許婚であったヴィルトとは事情を異とする存在です。

 おそらく、両家で当初願っていた約束は果たされるものではありません。

 長年、あなたに送られていた情報とも乖離するでしょう。

 ですから――』

 

『初めてお手紙いたします。ヴィルト様の件に関しては深くお悔やみ申し上げます。

 仰ること。この縁談に思う所がある旨、理解いたしております。

 一度会って、お話したうえで。お互いの進むべき道を模索しませんか?』

 

(理解したうえで、互いの道を探すと言っていた……そうであるならば)

 

保留か破談か。このように若い……可憐な人物であるならば……もっと良縁もあるかもしれない。

思わず初見の姿に目を奪われてしまったことを反省しつつ、ムートは覚悟を新たにする。

 

―― 父を……当主である現オルデン卿を安心させてやりたいとは思う。しかしまだ至らぬこの身に誰かを巻き込むわけにはいかないのだ。

 

■見透かす瞳は勘弁してほしい


 

まずはゆっくりと会話してもらおうと教会の近くに建てられた軽食の料理店。

夫婦でやってきた若い店主が切り盛りしており、なんだかんだと繁盛している。

……と言うか、まだここしかないという理由もある。

 

バレてはダメということもないのだけれど落ち着かないだろうと、一応ムートとクライネの二人の身分はまだ公開していない。

二人ともこの街に来た時点で一般の人と見える程度の格好をしてもらっている。

 

……とはいえ。

 

(なんで領主様はずっとあの若い二人を見ているの……?)

(さあ……)

 

という、ヒソヒソ声も聞こえてシュタルクも冷や汗をかく。

まあ、怪しいよな……致し方ない。

 

「フェルン!久しぶりのデート楽しいよなぁ!」

「……そうですね。シュタアルを預かってくれているライニ様とフリーレン様には感謝ですね……」

 

シュタルクのわざとらしい演技に表情を曇らせながら答えるフェルン。

 

(ごめん~)という目配せをするが。

(言い出したのはシュタルク様ですからね)という表情を返された。

 

素早い手つきでテーブルの上のショートケーキをスパっと切ったフェルンはフォークに刺してそれを差し出してくる。

 

「シュタルク様……このケーキ、とても美味しいですよ。口を開けてください。はい、あーん……」

「いっ!!……グッ……あ、あーん……」

 

思わぬ反撃に話を振ったシュタルクは眉を寄せながら口を開ける。恥ずかしい……

 

(なんでフェルンちょっと怒ってるんだよ……)

 

と、思いつつもケーキを咀嚼する。表情からするとフェルンの溜飲は多少おりたようにも見える。

なお、フェルンが怒っているのは忙しさにかまけて最近二人で出かけるとかやらない夫が、よりにもよってこういう事のダシに使ったから。

そういうのはちゃんと正式に誘え!という抗議は果たして伝わるのか。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「何やってるんだあの二人……」

 

なんとなく、警護的な意味で遠くから眺めてくれているだろうことはムートもさすがに判るのだが……

微妙な顔でケーキをあーんしている光景に若干目を細める。

 

「御夫婦で……仲が……お宜しいのですね……。先程まで……御子息の……シュタアルくんと……遊ばせてもらいました」

「ああ、シュタアルくんですか。可愛いですよね。雰囲気はシュタルク様に、髪色はフェルン様由来と言った感じで」

「……はい!」

 

よほど楽しかったのか、嬉しそうに微笑む姿に一瞬ドキッとさせられる。

そうか、小さな子供も、好きなのか……なるほど……と思ったところでムートは頭を振った。

待て待て、そうではない。とにかくややこしい状況を一度整理せねば。

 

「あの、クライネ……さん。改めてなのですが。どうして縁談の話を継続していたのですか?

 オルデン家は確かに名前の大きな家柄です。ですが、あなたも聞いているでしょう?」

 

北側諸国の要所。要塞都市フォーリヒ。その城下と南側の地域を付け狙う魔族に対する防衛戦。

フリーレン一行の旅の中で災害クラスの大魔族は減ったが……それでも魔族は存在し、人と敵対している。

 

「……嫁いだとて、幸せになれるとは……限らない一族……三大騎士の一角……」

「はい。その通りです。私の母も比較的若くして命を失っています。そういう地であり……そういう役目であらねばなりません」

「聞いて……おり……ます」

「……」

 

さて困った。何故こんな話の切り出し方になったのか……と言われると難しいが。

彼女の纏う雰囲気が想定と異なっていたからだ。

人前に出るのは苦手なのか、言葉はたどたどしくはあれども、その瞳には意思が宿っている。

 

『私の話を聞いて下さい』

 

そう言わんばかり。

口裏を合わせて一旦破談にする……はずだった。おかしい。もちろん、ムートとしては破談の後もまあまあ大変なのだが……

己の不出来による家の未来の不安に良家の娘を関わらせてはいけない。なにせ、彼女はまだ未成年だ。

 

「そういう意味では、そのお手紙にあった通りで、我々の隠蔽や不始末、その責任に置いてこの話は――」

 

そうして、ムートが突き放そうとするほどに目の前の少女は――

 

「はい……だから……お手紙した通り……お話をしに……参りました……」

 

――クライネはおずおずと一歩を踏み込んでくる。

 

「お……話……ですか?」

 

彼女は胸の前で両手を祈るように握りながらムートに訴えて来ている。

その瞳はムートの迷いを見透かしているように見える。そして、まっすぐなその視線は脳裏に訴えかけてくるのだ。

 

―― お互いの道の話を、今ここでするために、私はここにいます。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そして、話は冒頭に戻る。

 

「俺は、ムートの言いたいことも判る気はするんだけどな」

 

遠巻きに二人を見ていたシュタルクは呟く。

 

「シュタルク様も私達が背中を支えないと劣等感でよく足踏みしますからね」

「うぐッ」

 

先程から差し出したら素直に食べてくれるシュタルクに気を良くしたフェルンは、いつの間にか椅子をシュタルクの真横に移動している。

注文していた二個目のチーズケーキを少し切っては自分で食べ、もう少し切ってはシュタルクの口に運んでいる。

もちろんフォークは一本だけしか使っていない。

 

「ムート様はオルデン家の後を継ぐことになります。いずれ出さねばならない結論だとは思いますけれど」

「だからだよ。目の前のクライネさんをその覚悟に巻き込んでいいのかわからないんだ」

 

シュタルクの言葉にふむとフェルンも考え込む。

 

「『俺はフェルンが大事だから。一緒にいたいけど、俺の勝手でフェルンからフリーレンのことを奪えない。フリーレンからフェルンを奪えない』でしたっけ?」

 

紅茶を飲もうとしてたシュタルクが思わず吹き出してむせこんだ。

それを見てフェルンはくすくす笑う。

 

「シュタルク様も迷っていましたね」

「今言う!?」

 

旅の終わり、結果的にフェルンと将来を誓った日のちょっとしたいざこざ。

シュタルクは大いに迷って一時的にフェルンから距離を置こうとした。今考えると思い上がりではあった気がする。

 

土台無理な話だったのだ、彼女の手を離すことなんて。

 

「さて、シュタルク様。あの日、迷っていた時……本当に必要としていたのは何でしたか?」

「……ごめん、降参するからこんな場所で言わせないで……」

 

両手を上げてしょんぼり顔で降参ポーズを取るシュタルク。さすがにこんなところで詳らかにしたくない話だ。

 

「ムート様も一緒です。迷っているからこそ、本当は必要なのです。オルデン卿の手紙は芯を捉えていますね」

「そっかー。そうかも……?」

 

フェルンがなおも差し出してくるケーキをパクっと食べながらシュタルクは考える。

 

「それに……シュタルク様もムート様もクライネ様を侮りすぎです」

「??」

「直にわかりますよ。大人しい姿でわかりにくいですが。彼女は視線をそらすことがありません。そういう女性は強いのですよ」

 

じーっと隣からシュタルクの顔を真っ直ぐに捉えるフェルンの瞳。

なんとなく場の空気に耐えられなくなって、シュタルクは顔が赤くなり、視線をそらしてしまった。

 

「ほら、私の勝ちです」

「なんの勝負だよ……俺の負けだからもうやめてよぉ」

「これはシュタルク様が始めたデートではありませんでしたっけ?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「落ち着きましたか?」

 

――『あの……、お互いこの縁談は気が合わないってことで……いいですよね?』

――『この縁談は、当家の都合があってですね……もう、力関係も気にせず断って頂いて……』

 

結論を急いだムートの言葉に首を振ってNOを突きつけてきたクライネ嬢。

 

「――っ」

 

小さな声で彼女が呟いた。同じ言葉をもう一度告げて来たので、彼女に向き合いその言葉に耳を向ける。

 

「私の話も……聞いて……下さい!」

 

というもの。

確かに、一方的にすぎたのかもしれない。彼女の言い分も何も聞いていない。

 

言葉に告げてはいないが、クライネの話を聞きたいというムートの意思は彼女にも読み取れたのだろう

 

「一方的に……拒絶しない……で、下さい」

 

たどたどしく語る少女。しかし瞳はこちらを捉えたまま離さない。

 

―― 瞳に宿る意思の強い……御仁だ……

 

彼女の語りにムートはそう感じる。

 

「私は……私達は、まだ何も……始まって……ません! 話合えます」

「いや、しかし……」

「折り合え……ます!」

「……しかし、私は兄のヴィルトでは……」

 

ガタッと立ち上がった彼女は手を伸ばしてテーブルの上にあったムートの手を掴む。

 

「ここにいるのは……私とムート様です。……これは、私とムート様の……未来の話……ですっ!

 この先に……広がるのは……ムート様が……切り開かなければ……ヴィルト様の想いは……胸に秘めても……助けては……くれませんっ!!」

「……」

 

何も言い返すことは出来ない。

 

「……私はッ……支え会える……未来の話をっ!!」

 

目を離すこともできない。

どうして、初めて会うのに……ここまで――。

彼女の覚悟は――どこから……?

 

■昔の話は掘り返さないでほしい


 

更に彼らの様子を遠巻きに見ている数名の人間。

レンズの入った筒を使って唇の動きを見ている。

 

「……情報だと、オルデン家の後継ぎは縁談を断るという話だったが……」

 

どうにも雲行きが怪しい。逆に言うとうまくいきそうな気配もある。

雇い主としては、うまくいく流れなら妨害をせよ、とのことだったが。

 

断ってくれれば様子見だけで終わった依頼が、面倒なことになってしまった。

介入するか。足がつくと非常に厄介だ。

ただの貴族であれば良かったのだが、三大騎士の一族は下手に手を出すと雇い主の身も危うい。

 

「クソっ……あの令嬢の方を黙らせるか」

 

この地は強力な魔法使いが見張っている。故に魔力を介さない方法で仲間に連絡を……

 

「――面白そうなことをなさっておりますね」

「ッッ!!」

 

壮年の女性の声。全く気配もなかったため、慌てて振り向こうとした瞬間、首筋に冷たいものが当たった。

 

「要求は……なんだ」

 

ここで暴れても状況は良くなるまいと考え、大人しく手を挙げた。

 

「冷静なご判断です。練度はそこそこ。お客様は5名でお越しですね。他の皆様は私の元部下が制圧済みです」

 

仲間の数を言い当てられた。表情にも出さず、黙っていたが……

 

「まあ、良いでしょう。依頼主への沙汰は旦那様側に任せるとしましょうか。

 さて、今の主はこの地で流血沙汰を好みません。諸々を話してもらったうえで、少しご協力いただきたいことがございます」

 

暗部の仕事を始めてから暫く経つが……こんな底冷えのするプレッシャーは初めて感じた。

依頼主に禍が及ぶのは非常に困る。なんとか切り抜けたい……

 

「な……にを……」

「ああ、抵抗は無駄ですよ。世界屈指の魔法使い葬送のフリーレン様があなたがたのもてなしをしてくれます。

 余計な関係性を根本から切ってくれれば、あなたがたの保護は検討できますよ。どうなさいますか?」

 

「何が……望みだ?」

 

背後の女が口角を上げて笑ったのがなんとなく分かった。

 

「迫真の芝居を……打っていただきましょう」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ムートは目の前の少女の強い瞳に圧倒されていた。表面的な気弱さとは裏腹に……強い意志。

 

「どうして、クライネさんは……そこまで私に……?」

「私、小さい頃……フォーリヒに……お父様と……行ったこと、あります」

 

ムートの疑問におずおずと答え始めた、クライネ。

 

「その頃……この縁談の話も……知らない時……城下町を見たくて……」

 

それは過去にフォーリヒへと訪れた日の話だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「お父様……どうして、今日はフォーリヒに?……私も来てよかったのですか?」

「ああ、少し特別な話があってね。お前もこの街の様子を見ておいたほうが良い」

「うああ……大きな街……」

 

今より少しばかり……やんちゃだったのでしょう。屋敷の外に出られた喜びで、胸が躍っていました。

 

「すまないな。会議続きで、明日落ち着いたら一緒に街に出よう」

「……むぅ~」

 

私は父の目を盗んで外に出たのです。

 

「わぁ……」

 

要塞都市フォーリヒの城下町は賑わっており、当時の私にとっては新鮮なものでした。

賑わうマーケット、出店に並ぶ料理、衣服、武具や日用品など。

屋敷の華美な光景とは異なる、多数の人の喧騒。

 

しかし……

 

「あぅっ!!」

「おっと……、悪いな嬢ちゃん」

 

突然ぶつかってきたのは、おそらく大柄な冒険者でした。その人に悪意はなかったのですが、私には見たこともない風貌で――

 

「あ……ああ……、ごめ……ごめん……ごめんなさ……い」

「ちょ、おい、嬢ちゃん!? うえっ、だいぶ良い服着ているな……どこの子だ?」

「おーい。どうした……」

 

次々に現れる、冒険者の人達にびっくりしてしまって。

後で考えると、フォーリヒほどの街になると、犯罪の取り締まり」も厳しい街ですから、そんな事あるわけなかったのに。

 

「ごめ……ごめんなさい……、痛いこと……しないで……」

「おいー、泣かせるなよー。憲兵来たらまずいぞー、いいとこの子だぞこれ」

「嬢ちゃん、嬢ちゃん、頼む。泣き止んでくれ。家まで送るから、なっ!」

 

迫ってくる大きな手に腰を抜かしそうになった時。

 

「――待って。その子、僕の友達なんです。街に来たばかりで、案内している途中ではぐれてしまって!」

「お、坊主。マジかー。たすかるー」

「ねえ、行こう!!」

 

その少年は、当時の私にとっては黎明のように……その手を伸ばしてくれました。

 

「もう、手離すんじゃねーぞ、坊主ーー!」

「わかったーー!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「すとーぉぉぉぷ!!」

「……はい」

 

途中から、なんか微妙に覚えのあるような気がしてムートは顔を抑えながら話を制止した。

穴があれば顔から入りたい。どう言えば伝わるのだろうこの感情……

 

「待って下さい……あの……その話。フォーリヒの城下町で……声をかけてくれた男の子は……」

「私より……4~5歳程……年上の方……でした」

 

嬉しそうに語るクライネの言葉に、ムートは肩を震わせながら頭を抱えた。

 

「まさか……」

「少し、お散歩しながら……話しませんか?」

 

小さなバッグを持って立ち上がったクライネは、店員に向かって手を上げた。

 

「ちょ……待ってください。支払いは……それぐらいは私がなんとかしますから!!」

 

些細なことだが、これぐらいは……なんとか見栄をはらせてほしい

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

私の手を引きフォーリヒの街を駆け抜けていくその少年は。明るい。当時の私よりやんちゃな少年でした。

使用人たちのお仕事のお手伝いで貯めたお小遣いを持って城下町にこっそり遊びに出ていたそうです。

そんなことを楽しそうに語ってくれました。

 

お父様の話やお兄様の話、使用人たちのことを……きっと私が何も喋らなかったからでしょうね。

 

「君は、どこから来たの? きっと……街の子じゃないよね?」

「私は……その……ええっと……」

「わかんないか……お父さん、お母さんは?」

「……多分、お仕事が終わったお父様が……探しに来ると……思います」

 

こっそり戻る予定だったのですが、そうもできず、きっと大目玉を食らうことになるでしょう。

そんな様子を見たその少年は……

 

「ねえ、あそこにアクセサリー屋さんがあるんだよ。お迎えが来るまで見に行かない?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「そう言って……男の子は……お小遣いの入った袋を握って……私をアクセサリー屋さんに……連れて行ってくれました。……ムート様?」

 

前髪に止めている赤い花のアクセサリーを触りながら懐かしそうに語るクライネ。

 

「あ、がががが……」

「……ここまでに、しましょうか……?」

 

苦笑いしながら中断を聞いてくるクライネ。

美化して語られる、その黎明の少年の話を聞くたびに全身がむず痒くなる。

だが……彼女にとって大事な思い出だというなら……どうすればいいんだ!助けてくれ兄上!

そんなふうに思いながらムートは空を見上げて深呼吸をする。

 

「いえ……聞きましょう……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「これ……君にあげるよ」

 

少年が渡してくれたのは、私が見つめていた赤い花の髪留めのアクセサリー。こっそりと購入して渡してくれました。

 

「フォーリヒはいい街なんだ。怖い思い出で終わったら、なんかさみしいし、これで元気を出してくれないかな?」

「……いいの?」

 

当時の私は幼く、細かい貨幣の価値などわかりませんでした。

何かを買うにはお金が必要で、持ち合わせていない私には見ていることぐらいしかできなかったのですけど。

それでもその少年は……

 

「いいよ。代わりにさ、お友達になろう。またどこかで会って、一緒に遊ぼう!」

 

そう言って笑ってくれました。

 

「クライネ!」

「お父様……」

「ん……そこにいるのはムートか?」

「げ、父上!!まずいっ!!ごめん!!お父さん来たみたいだし、ここまでだね。またね!!」

「待て!ムート!城下に一人で出るなと言っただろう!くっ……卿、私も致し方ない事情ができたので、ここで失礼する」

「いえ……こちらこそ大変ご迷惑をおかけしました」

 

そうして……その少年は名前を残して去っていきました。

そして、私は数年後、オルデン家への許婚となっていたことを知ります。そして、そのすぐ後にヴィルト様が亡くなられたことも。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「その……弟君の名前が……ムート様だと、その時に聞かされました」

 

俯きながら顔を赤くして語るクライネ。そして――

 

「はは……ははは……なるほど……初対面ではなかったのですね……」

 

もはや何も言えない。当時の格好つけの自分にバカ野郎と罵りたい気分に駆られる。

 

「……はい。一目で判って……くださらなかったのは……少し残念ですけれど、でも」

 

クライネは顔を上げて、ムートの方をまっすぐに向いて――

 

「私は、ムート様がお優しい人だと知っています。困っていたら手を差し伸べる、勇気ある人だと知っています」

「クライネ……さん……?」

 

―― その言葉にはたどたどしさも気弱さも感じられなかった。

 

「だから……ムート様はムート様です」

 

―― ムートの両手を握り、彼女は告げた。

 

「その価値をお兄様と比べないでください。皆があなたを見ています」

 

―― 満面の笑顔で

 

「私は、ようやくあなたにたどり着きました。あの日のお約束、果たすべき時です」

 

―― そう、宣言したのだ。

 

■邪な横槍は許しがたい


 

「なんか、うまくいきそうだ。すごいなあの子……本当に16歳?」

 

領主館の屋上から、フェルンのかけてくれた遠見の魔法で様子を見ていたのはシュタルクとフェルンだ。

経験者ゆえにわかる、ちょっとした劣等感の面倒くささ。

シュタルクの悪癖をなんとかしたフェルンの苦労は知っている。それ故の感嘆。

 

「だから言ったとおりでしょう。クライネ様を侮り過ぎだと」

「それは……そうだね。ごめん。侮ってました」

「シュタルク様は素直でよろしいです」

 

フェルンは空いている方の手でシュタルクの頭を撫でる。空いていない方の腕は……

 

「なあ、フェルン。どうして腕組んでるの?」

「今日はデートだと言ったのはシュタルク様です」

「ずっとこうするの? 改めて時間を作るからさ、今日はこのへんで普通にしよう?」

「嫌です」

 

頑として譲ってくれない……

 

「シュタルク様、フェルン様。お楽しみのところ、よろしいですか!?」

「「ッッ!!」」

 

気配もなく後ろに立っていたのでびっくりした。

というか、さすがに気を抜きすぎだと反省する。

 

「わざと最大限に気配を消したので、シュタルク様の不警戒というわけではありませんよ」

 

考えてたことがバレてた。

 

「いや、それは良いから要件の方をね……」

「はい。件の作戦の方ですが、準備と教育が整いました」

 

しれっと教育と言ったけど、ライニさん達は何をしたんだろう?

 

「本当にやる必要があるのですか?」というのはフェルンの当然の疑問。

「はい、この際まとめて解決してしまいましょう。ムート様には次期オルデン家当主として男の貫目をあげていただきます」

「貫目って……」

 

半目でライニの言葉に反応するシュタルク。

 

「旦那様がおっしゃっておりませんでしたか?

 ヴィルト様のような才覚を持たずとも、ムート様は努力家であり、いつかは旦那様を超える器だと」

「あー、言ってた気はする、な」

「私はそれを固く信じております」

 

くすりと笑うライニさんの笑顔は、女性特有というより戦闘者特有の笑い。シュタルクにはなんとなくわかる。

 

「ライニさん、ちょっと楽しんでない?」

「いいえ、決して。長年務めたオルデン家の未来のことを思ってこそです」

 

絶対に楽しんでるな、これ……と思いながらシュタルクはしぶしぶ了承した。

止めたら多分余計にこじれそうだし。

 

「止めないのですか、シュタルク様?」

「まあ、ムートの努力ってやつを信じたいのは俺もだ」

✧ ✧ ✧ ✧

 

「クソ!なんでこんなこと!!」

「言うな……オルデン家の連中に絡んだのが運の尽きだった……」

「明日からの仕事どうしよう……下手するとあのババアの手下って……」

 

口々にぼやくのは先程制圧された男たち。

危うく銀髪のエルフに魔法の実験台にされかけて、一言で言うなら命惜しさに屈した。

 

『そうだな……逆らうなら……逆らうならかぁ……

 死なない程度に全身黒焦げになるのと、氷漬けになるのと、電撃を与えられるのと……一生消えない魔法の墨で顔に恥ずかしい落書きをされるのとどれがいい?

 私としては、今開発中の最後に挙げた魔法を強くおすすめしたいんだけど……どうかな?』

 

「どうかなじゃねーよ、なんで伝説の勇者一行の魔法使いの実験台にならなきゃならないんだ……」

 

もちろん、その謎の拷問が怖かったからではない。

もっと怖い脅迫を受けたからだ……

 

『依頼主は、喋れない? ええ、問題ございません。既にガーベル様に調査を依頼して動いていただいております。

 何を証拠にですか? そうですね、例えば貴方の装備品のいくつか……これは特注品ですね。製造地をたどると……

 あと、この衣類もそうですね。依頼主から潜伏用に渡されたものだと推察します。しつらえから……

 ええ、正当かどうか、語らなくても結構ですよ。表情で判断します』

 

吐くこともなく、ほぼばれていた。いや、雇い主も迂闊ではあるのだが……

おかげさまで明日から無職だ。嫌が応にも、連中の茶番につきあわされている。

 

「で、やることは結局、襲撃って……」

「安全にな……令嬢の方は傷一つつけるなと、逆にオルデン家の倅の方は殺さない程度で何をしてもいいって……イカれてるのか、あのババア」

 

腐っても仕方ない。「よし、やるぞ」と男たちは行動に出ることにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

気がつけば今歩いてたのは湖畔の見える、公園予定地。

芝生の広がる丘の上。まだ人のいないこの場所で、クライネとムートは向かい合う。

 

「――あの日のお約束、果たすべき時です」

 

告げられた彼女の言葉と、その瞳はムートの心の中央、その芯を掴んで離さない。

 

(どう……すれば……いい?)

 

その小さな彼女の大きな勇気は、ムートへと告げている。

 

オルデン家の次男ではなく、ムートという個人こそが大切なのだと。

 

何にも縛られず、小さな勇気と優しさで踏みだした少年の差し出した手が一人の少女の手を掴んだこと。

そんな小さな物語にこそ、ムートという個人が宿っっているのだと。

 

(兄上の代わりの、後継ぎではない……自分自身)

 

「きっと皆さんも願っています……貴方だから開ける未来はあると」

 

彼女の言葉を聞いてムートは自嘲気味に笑った。

今までどれ程曇った視野で真実を見誤っていたのだろう。

 

(父も、騎士団も、使用人も、シュタルクさんやフェルンさんも……クライネさんも……”俺”を見てくれていたのに)

 

ムートのたどり着く未来へと、目の前の少女はあの日の約束を手に……背中を押してくれようとしている。

 

「はははっ……」

「ムート様?」

「降参です。クライネさん。私の降参です。

 私はきっと貴方から逃げようとしていました。格好もつかないような理由で見えないものに怯えて。

 でも、もうやめにします」

「……」

 

ムートは片膝をついて彼女に前に騎士らしい仕草で跪く。

 

「ムート……様……?」

「貴方が18歳になる年、迎えに上がります。だから私と――」

 

その先の言葉を告げたら運命が決まる。その瞬間。

 

―― 嫌な予感がしてクライネをかばうように陣取り、ムートは立ち上がる。

 

「実に困っちゃいますね……こういう大きな縁談が決まると。とても困ってしまうのですよムート様」

 

現れたのはムートに見覚えのない男。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「何だ、お前たち!?」

 

ムートの前に現れたその男はニヤッと笑った後、指を鳴らす。その瞬間、背後から物音が聞こえた。

 

「きゃあ!!」

「クライネさん!!」

 

死角から現れた二人の男がクライネを掴み、ムートから引き剥がす。

 

「さてと……お嬢さん。困るんですよねとても。それは我々雇い主のメッセージだ」

 

と言って控えていた男が紙を取り出しクライネの前に広げた。

ムート側からは何が書いてあるのか、いまいちわからない。

 

「――ッッ! ……??」

 

突然の事態に驚愕の表情を浮かべていたクライネ。彼女は書状の中身を見て一瞬眉をひそめたが……

文末まで目を通したところで、コクコクと頷いた。

 

「理解が早くて助かるぜ……」

「え……クライネさん、なに?」

 

ちょっと今の彼女のリアクションの意味が判らなくてムートはつんのめる。

 

「む……ムート様!!あの、えっと……たす……たすけてください~」

 

若干、覇気のない呼び声に引っ掛かりを覚えるが……

「へっ……」

襲撃者は適当なごろつきではない。訓練された所作を感じる。楽観視はできない。

 

「……人質というわけか、要求は、縁談の破談だと言っていたな――」

「お嬢さんが退かないってのなら……こいつに痛い目にあってもらうしかないなぁ」

 

一応、騎士という身分上、模擬刀とは言え帯刀していてよかった

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「始まったか……クライネさんには?」

 

というシュタルクの疑問にライニが答える。

 

「私とクライネ様のお付のものの署名付きで手紙を見せました。おそらく演技であるのは伝わったと思います」

 

ライニの手回しに感嘆を覚えつつも、ふと気になることがある。

 

「人質を取っている状態で、更に数名で斬りかかるのは流石に無理があるのではありませんか?」

 

そう、普通に追い詰められてしまう。いくら手を出さないとは言えあちらにその前提はないのだ。

 

「問題ございません」

「そうなのですか?」

 

心配そうに見つめる夫婦にライニはニヤリと笑った。

 

「オルデン家の剣技。たとえヴィルト様より歩みが遅くとも……ああ見えてムート様は旦那さまより既に合格を取っております。

 さらに……私を代表とするオルデン家の使用人たちにも囲まれているお方ですよ?」

「なるほど……」

 

とシュタルクは苦笑する。人は見かけによらないのかもしれない。

 

「さて、フェルン様、名残は惜しかろうがシュタルク様をお離し下さい。シュタルク様はこの後の片付けをしなければなりません。

 しばしお借りしたく存じます」

「え……どういうこと?」

 

シュタルクを連れていくという、ライニの言葉にちょっとふくれっ面で眉を寄せたフェルン。

 

「それは私のなので後でちゃんと返して下さいよ」

「はい、必ず。今夜のベッドメイキングと共にお届けいたします」

「待って、何に届けられるの俺?」

 

ベッドメイキングセットで返却はおかしいでしょ?

と突っ込むも二人にスルーされる。

 

ふむ、と考えたフェルンは頷き……

 

「わかりました。それで手を打ちましょう」

「手打っちゃうのかよ」

 

よくわからない理由でフェルンは腕を離してくれた。

 

「ではシュタルク様行きましょう」

「いや、何をしに?」

「とても単純な話です」

「??」

 

ふっと、笑ったライニはきょとんとしているシュタルクとフェルンに告げる。

 

「本気になったムート様をしっかりと止められるのは、シュタルク様ぐらいでしょう」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

目の前の貴族の青年はオルデン家の後継ぎだということだ。見た感じ二十歳になりたての青二才。

 

「武器を構えたなら判ってるな……こっちには人質だっているんだぜ」

 

(まあ、手を出せないけどな……)

 

実に面倒なことだが変な加減は茶番がバレる。ぶっちゃけ捕まえなきゃよかったまである。

 

「ちょっと痛い目を見てもらうぜ!」

 

これを命じた婆さんに渡された模擬刀を構える。魔法で加工しており、模擬刀だが相手は本物に錯覚するもの……だそうだ。

いったい誰がそんな妙なものを作ったのだか。

 

――『気絶させれば。あなた達の勝ち。無罪放免。雇い主は……さておき、あなた達は見逃しましょう。しかし……』

 

「さてと――」

 

という言葉が言い終わらぬうちにゆらりと体を動かし、加速する。

男は素早い動きでムートとの間を詰め、そのこめかみへと模擬刀を走らせる。

 

暗部の人間が使う、打ち合いより即殺を是とする、一瞬の隙をついた無形の剣術。

 

「ふッ!!」

 

だが……

 

「……ッ!!」

 

周囲に響く金属音は硬質な模擬刀同士がぶつかった音。

 

(こいつ……防ぎやがった)

 

男はそのまま剣を弾きながら、至近距離の蹴りを放つ。脳天をめがけた回し蹴り。

そして響いた鈍い物音。

 

「ぐぁッッ!!」

 

目を見開きつつも表情を変えないムートは、逆の手に持った鞘で男の足のすねを打ち据えていた。

「―――ッッ!!」

訓練の賜物か、それとも痛すぎたのか声もなく男は足を抑えて倒れる。

 

「……俯瞰し……流れを……読み……さりとて……動きは……基礎に……忠実たれ……」

 

周りへの意識を遮断するように小さくつぶやきながら構えを整え、クライネを捕まえた男と向き直る。

 

「くそっ、マジか……」

「クライネさんを……離してください」

 

ムートは身をかがめたと思うと凄まじい速度でクライネの正面まで近寄った。

 

「もう一度言います。クライネさんを離してください」

「調子に乗りや――ごはぁ――」

 

肯定の言葉がでなかった瞬間のムートの行動は早かった。至近距離、刃を使うでもなく剣の柄の先端で男の顔面をぶん殴る。

 

「ムート様ッッ!」

 

男の腕が離れたことでクライネは自由になり、ムートに駆け寄って飛びつく。

 

「良かった……ご無事ですか?」

「はい……はいっ!!」

 

一瞬で二人がのされた。残った男たちは焦る。一応は戦闘訓練を積んだ者たちだ。街のごろつきとはわけが違う。

それでも実直で真っ直な剣技で、こちらを圧倒してくる。しかも不殺で。

 

(どんな練度だよ!!)

 

「……私の剣技が、どこまで通じるかわかりません。クライネさんはシュタルクさんたちの元へ」

 

ここから逃げるように伝えるとクライネは必死に頭を振る。

「私は……ずっと……ムート様のお側にッッ!」

 

「……。であれば、全力で……お守りします!!」

 

ムートはそう叫びながら残った男たちへの詰め寄っていった。

 

■君と歩む未来は華やかであってほしい


 

(ボンボン坊主と思っていたら……なんつーやつだ)

 

初撃で打ち込まれた男はゆっくりと立ち上がった。

打ち込まれたからわかる。これはオルデン家の一族ゆえの血のなせる才覚……というわけではない。

 

「へっ……」

 

まだ青臭いところはある。穢れを知らない。だが、剣筋は馬鹿正直に真っ直ぐだ。

裏方仕事が多かったからこそ、そう思う。

 

―― 嫌いではない。

―― 大切な女を守るため剣を構える。

 

「上に立つ、若いヒーローってやつは……最初はこれぐらいでいいよな……」

 

誰かの主となるなら、綺麗事だけでは済まない。

だが、その真っ直ぐさゆえに誰かが後ろで支えてくれる。

 

(雇い主はもっと選ぶべきだな……マジで)

 

男は自嘲気味に苦笑した。

 

「ぐぁぁっ」

 

控えていた最後の仲間が顎を打たれて吹き飛んだようだ。

 

「あーあ……しゃあねぇなぁ……」

 

痛む膝を抑えて立ち上がる。

 

「こちらも『はい、そうですか』では退けねぇんだ。

 ……そうだな、そこの嬢ちゃんが愛想をつかす程度に顔を歪ませてやるよ」

「……」

 

無言でこちらを向き直ったムートは、構え直す。

その背中にクライネは不安げに寄り添った。

 

「守り抜けるものなら……守ってみろよ!!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

立ち上がった襲撃者は正面にいるムートと対峙する。

クライネはその様子を少し後ろから見ていた。

 

駆け出した二人はその剣の刃を重ねた。

 

―― ギィィン!!――

 

金属がぶつかりこすれる音があたりにこだまする。

 

二人は撃ち、流し、弾き、お互いにその一撃を身体に受けることを良しとしない。

クライネには細かい技術はわからない。それでも……

 

「……ムー……ト……様」

 

自身を守ろうと剣を振るう彼の背を見守るべきなのだろう。

 

「……ムート……様!!」

 

その背を、支えるべきなのだろう。だからこそ――

 

「―― 頑張って……!! ムート様っ!!」

 

―― 今絞り出せる限りの声で彼の名を呼んだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

クライネの声が聞こえた瞬間。時間が止まったような気がした。

襲撃者の動きがとてもゆっくりと感じる。スローモーションで斬りかかってくる一撃。

 

(剣を握る掌を柄で打ち――)

 

襲撃者の一撃は、斬りかかる直前に跳ね上げられ、握りが甘くなった。

 

(鍔を剣で絡め――)

 

相手の視線は驚いたようにこちらを見つめる。

 

(打ち上げるっ!!)

 

――乾いた音を立てて襲撃者の握っていた剣は空高く舞った。

 

「このっ」

 

剣をはねられてもなお、襲撃者は拳を握る。

 

「――とどめだ」

 

ムートも返す刃で襲撃者へと――

 

―― 「そこまで!」 ――

 

その瞬間、上空から紅い烈風が凄まじい勢いで降り立った。

土煙をあげながら起きた突風はムートの顔に圧力をかけた。

 

「――ッ!!」

「これ以上は、俺が預かる。ここまでだ」

 

正面に立っていたのは左手で襲撃者の拳を受け止め、

右手でムートの繰り出した一撃を掴んだシュタルクの姿だった。

 

「ムート……やれるじゃないか。正直、驚いた……」

「シュタルク……さん……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「いや……本当にごめん。ムート、聞いてくれねぇか?」

 

あの後、ライニと、シュタルクを連れたフェルンがやってきて二人に事情を説明した。

シュタアルは……ムートへの襲撃が始まった頃に突然目覚めて騒ぎ出したのでフリーレンが連れてきたらしい。

現在フェルンが胸に抱えてあやしている。心音を聞かせている……とフェルン本人は言っていた。

 

それは良いとして――

 

「ライニさん、あれは酷いよ」

「そうでしょうか?」

 

ライニさんは「襲撃は演技です。ゴメンネ」という旨が書かれたプラカードを掲げて出てきたのだ。

結果、真剣だったムートの表情は百面相のように様々変わり……

 

「木の根元で拗ねちゃったじゃん……」

 

現在、ムートの背中に手を添えてクライネが何かを話しかけている。

 

「拗ねているわけ……ではなさそうですけどね……」

「……どちらかというと、冷静になると改めてクライネ様と顔を合わせられない様子ですね」

「あー……」

 

格好はついていたと思うんだけどなぁ……とシュタルクは思っているのだが……

なかなか難しい心情かもしれない。

 

しかし……彼の振るった剣技は立派なものだった。決してオルデン卿を代表する騎士達に引けを取るものではない。

 

腕を組んで悩んでいるとフェルンがシュタルクの方を叩いた。

 

「私達の役目だと思いますよ」

「そう……かな?」

「行きましょう」

 

フェルンはそう言ってシュタルクの腕を取ってムートとクライネの元へ向かった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

勢いよく、調子に乗って戦ったら全部演技でした。

そんな馬鹿な。恥ずかしすぎるだろ……

 

「ムート様!!ムート様!!……お願いです。こちらを向いて下さい。

 決して皆さんからかうためにやった訳ではないんです」

 

説明しようとしてくれるクライネにムートは返事ができないでいる。

 

(違う……違うんです。そうじゃないけど情けないッッ!)

 

「ムート!」

「ムート様」

 

ふと、別の聞き慣れた声が聞こえた。

 

「シュタルクさん、フェルンさん……」

「本当に悪かった。クライネさんの言うとおりだ。お前をからかうつもりはなかった。

 でも、お前に気づいてほしかったんだ」

 

「……」

 

「あの襲撃者、手を抜いてはいないのではありませんか?

 全員一流の兵士です。襲撃は演出でしたが、戦闘は決して手抜きではありません」

「……ムート様……」

 

シュタルクに続き、フェルンはムートに語りかけてくる。

 

「ムート、お前に情けなさなんてない。彼女を守ろうとした覚悟。それは確かな本物だ。胸を張れ」

「……しかし、危機的な状況なんて、なかったじゃないですか」

「……大事なのはそこじゃないよ。隣を見ろ。さっきからずっとお前の背中を支えているのは誰だ?」

 

……覚悟を決めて隣を見ると、すこし涙ぐむクライネの顔が見えた。

 

(どうして……泣いて)

 

「やっと、こっちを……向いてくれました……嫌われてしまったのかと……」

 

そんなわけがない。そんなわけがないのに。

 

「ムート。俺も、ずっと自分に自信が持てないよ。戦士の村を率いていた親父や兄貴を見捨ててしまった俺に何ができるんだろうって」

「……」

 

ムートはゆっくりとシュタルクへと視線を向ける。

 

「ヴィルトだったらもっと上手くやれたかもしれない。そう思うか?」

「……はい」

「まあ、そうかもしれないし……そうじゃないかもしれない。でもそんな問答に本物はない。本物は……ここにある」

 

そう言ったシュタルクは屈んでムートとクライネの肩に手を載せた。

 

「……どういう?」

「本当は誰だって怖いんだ。誰の命や生活に責任を持つということって。

 ヴィルトだって怖かったはずだ。その両手、その両肩にたくさんの命を預かることを……それでも戦えた。やり遂げた。それは――

 

 ――きっと、お前みたいなやつが背中を押していてくれたからだよ、ムート。

 

 ヴィルトを信じるムートのことを、ヴィルトも信じてたんだ。みんなそうして戦っている。

 俺も、俺のことを信じてくれるフェルンのことを誰より信じている。だから俺も前に進める」

 

「……」

「ムート様」

 

シュタルクはしょうがないやつだという顔でムートの頭を撫でた。

 

――『よく頑張ったな、ムート』

 

いつだったか、剣術の稽古の後に頭を撫でてくれた兄の顔を思い出してしまう。

 

「今さっき、それを実演したはずだ、お前を信じたクライネさんを信じて戦えた。だからムート」

 

違う人物だ、そう何度も言い聞かせてもどうしてもリフレインしてしまう思い出がよぎる。

 

「―― お前は、お前だ。

 剣を握り振り続けて努力した日々も、フォーリヒや家のために懸命になる事も、

 隣を歩く人を信じて前に進む道も……

 

 強さも優しさも、全部含めて、ムートの人生はヴィルトに何一つ引けを取るものじゃない――」

 

――だから何も恥じず、誇り高く、胸を張って立ち上がれ。

大切な人の手を取って、誰かの代わりではないムート自身の道を進め。

 

兄そっくりな顔をしたシュタルクはそう告げてくれた。

 

言葉を噛み締めるムートはクライネへと向き直る。

その瞳は、変わらず、ムートの心の芯を捉えて離さない。

 

(自分を、信じてくれる人……か……)

 

―― オルデン家の歴史に恥じぬ当主としての一歩を踏み出すのは……今なのかもしれない。

 

「ムート様……」

 

ムートは不安そうにこちらを見つめるクライネの頬に、ガラス細工に触れるように、恐る恐る手を当てた。

すると彼女は少しくすぐったそうにしてからその手を握った。

 

「クライネさん、すいません。遠回りをしてしまいました。

 本当に私はままならない。きっと一目見た時にこうするべきだったんだ」

 

そう。目を奪われたときにこう言うべきだったんだ。

兄と比べて自分には資格がないとか、そんなことは……勇気が出せない言い訳でしかなかった。

 

「貴方が成人する時、私が迎えに上がります。他の何者でもない、オルデン家のムートとして」

 

今この人生の手綱も、何もかも、自分自身で握るしかないのだ。

 

「だから……その時、この手を取って……いただけますか?」

 

重いのであれば、それを分かち合える人の手を離さないこと。

 

「……はい……はい! 私こそ……幾久しく、末永く……ムート様とともに……」

 

今この身に必要なことは、そんなシンプルで大切なことで……

 

「必ず」

 

―― 覚悟だったのだろう

 

■未来を願う若人を見守ってほしい


 

それから1ヶ月ほどが経過した。

 

「シュタルク、フェルン、ムートから手紙だよ」

「お、ようやくか」

 

フリーレンから手渡されたそれをシュタルクはいそいそと開封した。

シュタアルを抱いたフェルンは、その後の経過が気になるのか、手紙を覗き込むようにしていた。

 

「シュタルク様。それで、その後どうなったのですか?」

「まあ、ちょっと待ってよ。よし……」

 

手紙にざっと目を通し、内容を確認したシュタルクは、ふっと苦笑した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「そうか……」

「はい。クライネさんと婚約を交わしました」

 

互いにシンプルな回答を返した親子。

ふたりともそっけない態度だが、この短い言葉に込められた想いは深すぎて言葉にできない。

 

「分かった。ムート。それで良いんだな。結婚をし、一族から認められたら……それ以降はお前がオルデン家の長だ。私は退くことになる」

「承知の上です。それでも、彼女と紡ぐ未来に……価値があると思えました。彼女が成人したときに、私は家督を継ぎたいと……」

 

説明を続けようとしたムートの言葉を、オルデン卿は手のひらを差し出して遮った。

 

「いい。その先の覚悟は、その日に聞こう。当面は準備だな。今日は下がっていいぞ。ムート」

「承知しました」

 

ムートがその部屋から出た後、オルデン卿は静かにガーベルに告げた。

 

「ガーベル。今日は……酒が飲みたい。私が……家督を継いだ年に蔵に保管したものが数本あるはずだ。一本開けてくれないか?」

「かしこまりました、旦那様。残りは?」

 

ガーベルが頭を下げながら問いかけると、オルデン卿は窓の外を眺めながら、薄く笑った。

 

「数年後……新しい家族と共に味わうとしよう。保管しておいてくれ」

「はい、かしこまりました。素晴らしいことだと思います」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「オルデン卿に報告して……色々な手続きは、クライネさんが成人してからの2年後に進めるんだってさ」

「そうですか」

 

膝の上で不思議そうに見上げるシュタアルの頭を撫でながら、フェルンは安心したように微笑んだ。

 

「近いうちに発表して、しばらくは『清純なお付き合い』をするらしい」

「まあ、当然だろうね。でもこれでフォーリヒ周辺はしばらく安泰ムードが漂うかもね。

 未来への希望は組織の士気を高めてくれる」

 

「ライニ様も別途連絡を受けていたそうです。随分と上機嫌でした」

「今回のこと、結構気にかけていたからな」

 

そこまで話したシュタルクは、背もたれに体重をかけて、大きく伸びをした。

 

「何にしても、準備を頑張った甲斐はあったかな?」

「そうですね。破談で終わっていたら……少しさみしい思い出になったかもしれません」

 

―― そう……うまくいって良かった。

 

「まあ、ムートはいつも頑張ってたし。オルデン卿にも世話になりっぱなしだからな」

 

―― こうして、誰かが幸せになることを願える。

 

「街のことで借金も多いですしね。無利子・無担保にしてもらってますから、これくらいは役に立たないと」

 

―― そうあることは、口で言うほど簡単なことではないけれど。

 

「言わないでよ……生きているうちに返済できるように、計画を立てているじゃん」

 

―― そうあるように努力することが、自分たちの未来の幸せに最も近づくと思うから。

 

「そうですね。明日も頑張りましょう」

 

―― だからこそ願うのだ――

 

「おうっ!」

 

―― 未来を願うすべての人たちに、幸あれと

 

~ オルデン家次期当主は断りたい fin ~




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