葬送フリーレン~アフターオレオール~   作:rvr75_raiden

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マシュマロリクエスト作品です。
「シュタルクvsシュタアルのバトルが見たいです!
どんな状況でも良いのですが、シュタルクの強さを浴びたいです笑」

ということで、シュタルクとフェルンとの間に産まれた子で親子対決の話になります。
浴びるほどの強さに出来たかはわかりませんが、二人が何故に戦い、何を背負い、何処へ向かうのか?
と言いう部分が伝わる内容になれば良いなと。

時系列的にスピンオフシリーズからの設定流入が多いですがご容赦ください。

■関連作品
庭園を舞う蝶と蒼の試練 ~ Waltz of the Blue Butterflies and the Trial Garden ~
https://syosetu.org/novel/403476/18.html
途中で挟まる vs フェルン編のお話です。

竜の姫の求愛期 ~Courtship Season of the Dragon Princess~
https://syosetu.org/novel/403476/19.html
姉弟子ルーエの竜の本能が暴走したお話。


■マシュマロURL
https://marshmallow-qa.com/g6ovizis0w4yvse?t=y2mSpo&utm_medium=url_text&utm_source=promotion


英雄と鋼 Re:ACT ~英雄シュタルクと戦士の系譜~

■Re:湖畔の森に響く剣戟


 

中央諸国 クレ地方

 

シュタルクとフェルンが旅を終え、クレ地方に根を下ろしてもう少しで二十年が経とうとしている。

かつてこの地を治めていた戦士の村を滅ぼした魔族と、その後に押し寄せた魔物たちはフリーレン一行によって駆逐された。

 

現在は、グラナト伯爵といった有力な領主たちが推薦した英雄夫婦の治める地として再び人々が集まり、小さな自治領を形成している。

 

そんな平和な自治領の外れ、静けさに包まれた湖畔の森。そこは普段、街の喧騒から離れた穏やかな場所だった。

だが今、この空間の理は無残に塗り替えられていた。

 

――静寂を切り裂いたのは、音よりも速い白銀の閃光だった。

 

視界を焼き尽くす一条の裂光が森を一直線に貫いた刹那、遅れて大気を圧し潰すような衝撃波が吹き荒れる。

周囲の巨木が紙細工のようにへし折れ、激しい土煙とともに薙ぎ倒されていく。

大地には一筋の裂光痕が赤々と熱を帯びていた。魔法ではない。戦斧技だ。大陸最強と謳われた戦士アイゼンから引き継いだ絶技。

 

「……死ぬって、父さん……」

 

裂光痕の走った先端、ヒクついた表情で剣を構えている青年。青紫の外ハネした髪、少し目つきの悪い朱い三白眼の瞳。

彼の持つ剣は刃を封じる器具で包まれており、いかにも訓練中といった体裁だ。だが、その封印の金具はすさまじい力でこすられたように紅く光っている。

 

「今のタイミングを紙一重で躱すか。成長したなシュタアル!」

「いや、避けないと今のは死ぬから!!」

 

声の主は、紅い髪をした男。伝説の魔法使いフリーレンと、一級魔法使いフェルンを守り続けた戦士。かつて大陸各所の戦場を荒らしまわった大魔族、血塗られた軍神リヴァーレを討った英雄シュタルク。

そして、旅を共にしたフェルンを妻とし、子を育んだ、シュタアルの実の父。

 

現在、大陸で右に出る者のいない最強の戦士。――と、シュタアルは知っている。

 

彼は愛用の戦斧を――こちらも刃を金具で封じているものの――地面に叩きつけ、小さなクレーターのような痕を大地に作ってしまった。

そして、そのクレーターが裂光痕の起点となっている。つまり、シュタアルを吹き飛ばした所へシュタルクの『閃天撃』が放たれ、その衝撃波が襲ったのだ。

 

(本当は直撃を狙う技だけど……)

 

刃を封じているのに余波だけでこの威力だ。というか、叩きつけた衝撃で地面にひびが入ったのではない、半球状に砕けたのだ。

直撃でもすれば確実に塵芥となってしまう。

 

「じゃあ、この辺にしておくか?」

 

戦斧を肩に担いだシュタルクはニヤッと笑ってシュタアルに歩み寄る。

 

「冗談じゃねーよ!」

 

剣を構えなおし、体勢を整えたシュタアルは地面を踏みしめて父シュタルクに向き直った。

 

「よし、じゃあ、こい。お父さんは今日はいくらでも付き合うぞ!」

 

自然体で歩くシュタルクが構えていないのはシュタアルを舐めている訳ではない。

自然体こそ構えであるのだ。戦いながら歩くというのは、極めて高度な技術である。

 

一般的な戦士が戦闘中に用いる移動手段は、勢いを乗せるためのステップと踏み込みによる跳躍と疾走。

だが、この動きには踏み込みや着地など、様々な切れ目が生まれる。呼吸を悟られれば、攻撃の機脈まで見透かされてしまう。

 

歩くという技術は、この隙間をゼロにして移動するということ。天衣無縫。あらゆる瞬間が継ぎ目のない戦闘態勢。

歩くから隙をゼロに出来るのではない。あらゆる体勢から攻撃に転じる技術を持ち、隙を無くして動けるからこそ歩けるのだ。

 

(真似できない……)

 

見てもどうすれば良いのかすら分からない。だからシュタアルは、じりじりと地面を擦って間合いを測り、構えを崩さず迎え撃つしかないのだ。

 

昔は、ずっと立ったままシュタアルの攻撃をいなして反撃するだけだった父が、戦斧の間合いという、結界のごとき広大な射程を保ったまま近づいてくる。だが――

 

「負けてたまるかァァァァ」

 

踏み込みざまに、思考を一気に加速させる。父の射程に入った瞬間に反撃は来るだろうが、それを回避し、攻撃につなげる。

何パターンもの攻撃の手段と予測される父の動きや反応を想定し、身体に言い聞かせシュタアルは駆け出した――

 

「……やっぱり、お前の動き、剣筋、体捌き、どうしてだろうな――」

 

小さくつぶやいた、その声も耳に入らないほどに集中して。

 

――父に、まだ追いつける程甘いものではないと理解している。

だが、街を襲った狂人と戦い、糸を引く魔族を退け、覚悟を問いかける母と立ち合い、極限状態で暴走した姉弟子とも刃を交えた。

 

(戦績は酷いものだ。全部に黒星みたいなものがついてる……)

 

母と試合ったときに父に言われたことがある。

 

『魔法使いと、戦士の戦いってのはちょっと特殊でさ。色々相性ってものがある。

 そういう意味で、フェルンやフリーレンは戦士には不利になりやすい魔法使いなんだけど……』

『だから、ふたりとも多重の対策を取っている。これに対抗するのは普通は無理だ』

『ましてや今回、フェルンは初手から奥の手を出していた。出させたことと、出した状態で食い下がったこと――』

『自信を持って良い。お前は一流の戦士の領域に足を踏み入れている』

 

まだ片足で触れただけの一流の領域。だが、それでも、今は――

 

――それを認めた父シュタルクの前でだけは、その矜持を示さなくてはいけないのだ。

 

「――兄貴にそっくりだ」

 

そんな父の言葉は、剣と戦斧のぶつかる剣戟の音にかき消された。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

なぜシュタアルが、シュタルクと戦うことになったのか。それは遡ること1週間ほど前のことだ。

 

間もなく17歳になるシュタアルは魔法都市オイサーストにある高等学校の編入試験対応に追われていた。

彼の故郷であるクレ地方には魔法協会出資で作られた中等部までの学舎が存在している。一般的にはそこまでしっかり学べば生きる上で有利になる、様々な知識や技術が身につく。

高等学校とはその先にあるもの、更なる高みへ登るための学校だ。

 

生まれつき魔力出力が弱いため、魔法使いとしては半人前のシュタアルがオイサーストへ行くのには複雑な事情がある。

彼の目的にとってはおそらくそれが最も近道でもあるのだ。

 

「シュタアル様、学科試験お疲れさまでした。お話を聞いた限りでは、おそらく問題はないでしょう。

 次は来月の実技試験ですね。現地で内容を知らされるとのことなので……対策のしようはないのですが」

「うーん。まあ、いつも通りフリーレンから言われているような基本訓練はしているよ」

 

シュタアルにアドバイスをしてくるのは今まで学科試験を甲斐甲斐しく手伝ってくれた姉弟子のルーエ。

黒のロングヘアと黒い瞳、母フェルンを師と仰ぐと同時に、母の仕事の秘書もこなす、シュタアルより4つ年上の類い稀な才幹を持つ、美しい人物。

 

「先方もシュタアル様の事情をご存じの上でしょうから、出来ない事を要求はしないと思います」

「だと良いんだけどね」

「心配なのはその……私のつけた咬み痕の契約が変な感じで作用しなければいいんですけど……」

 

頬を赤らめ、伏し目がちになるルーエ。先日、彼女はある体の事情で暴走してしまったのだ。

幼い頃魔族に故郷を奪われた彼女は、その呪縛によって身体にある強大な竜の因子を混ぜられている。

そんな竜の本能が……フリーレン曰く、いわゆる交配期?のような状態になったらしく、シュタアルが狙われた。

 

原因は、シュタアルには分からない。聞かされていない。直前にあった事と言えば、「春からオイサーストに行こうと思う」と今の覚悟をルーエに告げたことぐらいだ。

 

彼女の意思に反した竜の本能は、それはもう、シュタアル個人にとっては天地がひっくり返るぐらいの大騒ぎになり、最終的に魔力を使い果たさせることで対処した。その結果――

 

「まあ、これは……姉さんとの約束だし、別に、いいよ。これからずっと付き合ってくものだと思うし」

 

なんだか相互所持契約なる状態になって姉弟子ルーエの暴走は止まった――止まったのだが。

 

「~~~っっ!!」

 

シュタアルとルーエの関係は抜き差しならぬ状況になってしまった。

互いに想い合ってはいても、本当に大切な将来のことはまずシュタアルが成人し、オイサーストの高等学校を卒業してから。それまでは保留!というのが、二人の結論である。

 

「姉さん?」

 

ルーエは両頬をパンと叩いて顔を上げた。照れて赤いのか、叩いて赤くなったのか、判別がつかなくなった。

 

「はい。失礼しました。魔法の修行に関しては私も協力します。

 純粋な基礎体力や戦闘技術は……シュタアル様が無理なら誰が合格するんだという疑問もありますが……」

 

そう、おそらく魔法を交えた戦闘訓練というのが、最も可能性が高そうだった。

通常の入試なら、基本的な魔法の使い方や精度の試験であろうが、シュタアルは1年遅れの編入。

そして、推薦者はなぜか一級魔法使いのゲナウ。シュタアルは会った記憶がないのだが、両親とフリーレンは「あー……」と言っていた。

 

連名にはヴィアベルの名前もあった。この人は知っている。何度かお世話にもなっているし、色んなことを教わったりもした。

推薦者ゲナウ、連名ヴィアベル、承認者メトーデ。フリーレン曰く『一級魔法使いの戦闘実践派が勢揃いだね』だそうだ。

 

そんな経緯もあって、「超高難易度戦闘訓練じゃないかな?」というのがフリーレンの予測だった。

 

(戦闘訓練か……)

「……シュタアル様?」

 

母と立ち合いはした。ズタボロにされたが、合格を言い渡された。姉弟子とも戦った。最終的には競り負けたものの、暴走を止めるという目的は果たせた。

 

(――となると、試験前にやるべきは、やっぱり……)

 

結局のところ覚悟の問題だと思う。だから腹を括るために、やるべきことは決まっている。

シュタアルにとって戦いの原点であり、今見えている頂の存在への挑戦。

 

「ルーエ姉さん……!あのさっ!」

 

意を決した様子でシュタアルがルーエに切り出すと、彼女はその視線に打たれたように肩をビクンと震わせた。

 

「え……、あっ、ひゃいっ!!……シュタアル……様……?」

 

ルーエをまっすぐ見つめる瞳は真剣そのもので、いつもの愛想笑いとは違う。彼女の師匠であるフェルンと同様に、普段は顔に感情を見せないルーエの仮面にピキピキとひびが入っていく。

 

「俺……」

「はい……」

 

ぐっと息を呑んだルーエと、何かを伝えようとするシュタアル。静寂の訪れた部屋に鼓動の音が響きわたっている気がした。

そして、口を開いたシュタアルの言葉は――

 

「俺、父さんに改めて挑んでみようと思う」

「……そうですよね」

 

父シュタルクへの再挑戦の宣言だった。

 

■残してはおけないこと


 

「俺とまた戦いたい?」

「だ、そうですよ」

 

クレ地方の領地を預かるシュタルクの平日の大半は交易街に建てた領主館の中の執務室。

押し寄せる書類に目を通して承認したり、諸々の問題に対応したり……と案外頭を使わざるを得ない案件も多い中に飛び込んできた、体を使う話。

 

シュタアルが、シュタルクとの再戦を望んでいる。そう伝えてきたのは、お昼時にお弁当を持って部屋にやってきたフェルンだ。

フェルンも領主夫人として、何なら実質シュタルクより権限が強いほどに街のことを見てくれている。

そんな妻が昼時に夫へ昼食を届けに来るのは、もはや日課だった。今日もそうだ。

 

ちなみに、さっきまでシュタルクの執務室で黙々と仕事をしていた参謀であり、斧技の教え子であり、ルーエの実兄でもあるエアフォルクは、外から部屋の鍵を閉めてそそくさと姿を消してしまう。

フェルンがやりづらいだろうという気遣いだそうだ。何がかというと、至極単純な理由。

 

「シュタルク様、ミニハンバーグです。はい、あーん」

「……いや、フェルンいつも言ってるけど自分で……あーん……」

 

自分で食べられるよ、と断ろうとした瞬間。フェルンの頬が膨れる気配を感じてシュタルクは口を開ける。

 

「美味しいですか?」

「美味しい……そうじゃなくて!シュタアルが俺と試合したいって話!!」

 

ついさっき、お弁当を鞄から出しながら準備する最中に、フェルンがシレッとシュタルクに告げた言葉がそれだった。

 

「半年前にフェルンとバチバチに戦ってから……まあ受験勉強もあって大人しくしてたけど。

 終わったからいよいよ俺って感じ?」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか?」

 

半眼のまま今度はブロッコリーを差し出してくるフェルン。もちろんシュタルクはそれも口を開けて受け取る。

ブロッコリーを咀嚼しながらも「まあ、シュタアルが前に進む準備ができたのかなって」と返した。

 

「もともと、そういう意味であの子は立ち止まってはいませんよ……強いて言うならルーエに交際を申し込んで保留されたときぐらいです。後に引くぐらいにへこんだのは」

「うん……まあ、そうだね……」

 

これに関しては、父としてあまり突っ込んだことは言ってあげたくない、というのがシュタルクの親心。

シュタアルは、ルーエの事を大切に思っている。その逆もまた然り。ルーエの中の竜の暴走を止めた後、シュタアルは意を決して弟弟子と姉弟子の関係を終わらせようとしたのだが。  

 

「――そこに関しては、私のルーエに対する情操教育が行き届いていなかったことを悔やむばかりです。彼女に背負わせてしまったものが多くて、変なところが不器用な子になってしまいました」

「結果論から言えば良かったんじゃないかなぁ……シュタアルも最終的に受験の方を頑張ったし」

「『当面は今まで通りです』と言いながら、ハートマークが入った差し入れを持っていく愛弟子の姿を何度見せられたことか」

「教え子は師匠の行動をよく見てるんだなぁ。俺も気を付けないと」

 

シュタルクの言葉にムッとしたフェルンは、持ち合わせの香辛料をたっぷりかけた野菜を差し出してきた。

 

「シュタルク様、あーん」

 

つーん、と香る匂いに彼女の感情を感じる。

ここに来たばかりの頃、全てを奪われたルーエが学び、吸収してきたものの真理が詰まっている気がしないでもない。

 

「辛い……。まあ、ルーエはもう大人だから、あの娘の判断にまかせるんだけど、シュタアルとの試合かぁ」

 

先日フェルンとの試合の末、限界まで戦ったシュタアルはフェルンの大技を前に逃げ延び、隙をついて背後を取った。

その結果、まさかのフェルンに投げ飛ばされて試合はそこで終了したのだが――

 

仰向けに倒され、杖を突き付けられたシュタアルに告げられた一言。

 

『動かないように。見事です。シュタアル。今の一撃を持って、この勝負は――あなたの勝ちとしましょう』

 

あれはつらい、男の子にあれは物凄くつらい。フェルンのナチュラルな心へし折り力がすごい。

無言で体操座りになって顔を伏せた我が子を傍で見ていて、股間がキュッと締め付けられたぐらいだ。

 

「あんなことには……ならないようにしたいな」

「何か言いましたか?」

「……いえ、なにも」

 

一年ほど前、シュタアルは街を襲った襲撃者たちや、裏で糸を引いていた魔族との闘いを経て変わった。

言葉で説明は難しいが、英雄にあこがれる少年はいなくなってしまった。

 

目の前で起きた惨劇を受け止め、敗北と勝利を噛み締め。自らに足りない力に涙し――その道を歩みだしてしまった。

まるでアイゼンからもらった彼の名前の如く、身を炎で熱し、敗北と経験を飲み込み、闘争により叩かれ鍛えられる鋼のように。

 

もう、きっとあの子は止まれないだろう。

未来に迷いながらも、試練を与えるフェルンと闘い、暴走するルーエを救い、そして新たな地へと旅立とうとしている。

そんな、我が子が剣を構える背中を見ているとき、シュタルクは時折思うのだ。

 

(兄貴に……剣を構えた時の、兄貴に似てる……)

 

滅んだ戦士の村最期の天才剣士。その剣舞を知っているのはもはやシュタルクしか残っていない。

だから、記憶違いかもしれない。確かなことは何もない。だけど、剣を構えるシュタアルを見ているとどうしても美しい白の外套の剣士が見えてしまう。

 

「……見極めてみるにはいいのかもな」

 

何にしても、父として見せるべき背をみせ、我が子が胸を張って前に進める形にするべきだろう。

フェルンがなおも香辛料付きで差し出してくる野菜を、もぐもぐ食べながらシュタルクは頷いた。

 

「これ……やっぱり、辛いよフェルン」

「ちゃんと食べないと、午後のお仕事に差し支えますよ」

「はい……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

父と母がそんな感じで自分をだしにいちゃついていることもつゆ知らず、庭で鍛錬中のシュタアルと――

 

「そうですか、父様に試合を申し込むつもりだそうですね」

「そう……121……試験前に後顧の憂いなく……122……戦いたくて」

 

腕立て伏せをするシュタアルとその上で魔導書を読みつつ腰掛ける少女。

燃えるような紅い髪、そして髪よりもなお真紅の瞳の妹、ティアフォートは視線をシュタアルに向ける。

 

「勝算はあるのですか?」

「ない……124……でも、このまま行くのもちょっとなって……125……」

 

シュタアルの答えに「ふーん」という様子でティアフォートは魔導書をパタンと閉じた。

 

「エリシア、おいで、姉様の膝の上」

「え、あ、はい。でもいいのですか?」

「私が許します」

 

二人から少し距離を置いて防御魔法の練習をしていた少女は、シュタアルたちの下の妹。

母のフェルンをそのまま小さくしたような姿に、瞳の色だけは少し朱のさす次女エリシア。

 

ティアフォートの言葉に、一瞬シュタアルの方を心配そうに見てから姉の膝の上に座る。

 

「おぐっ……127……」

「兄様。今のはいけません。まるで世界一可愛いエリシアが重いみたいじゃないですか」

「ティア姉さま、そんなこと思いません」

「思ってねえよ……129……重量変わってびっくりしただけだ……130……お前に比べたら羽根の如くだろ……131……」

 

兄の返答に眉をぴくりと動かしたティアフォートは、片手で杖を顕現させて近くの岩を物理操作魔法で持ち上げる。

大岩を手元に寄せると、それを自身の手の上に乗せるように重ねて魔法を発動させた。

 

「―― 重量を転嫁させる魔法――」

「がぁっ……!?」

「どうしました、持ち上がりませんよ兄様」

 

地べたに触れる寸前のところで耐えているシュタアルは、腕を震わせながら――

 

「お……ま……え……133……」

 

ゆっくりと持ち上げた。その姿に、ティアフォートも驚きの色を浮かべる。

 

「怪物の子は怪物ですね……」

「ティア姉さま、私たちもお父様の子という意味では同じですけど?」

「エリシアは良いの、可愛いはすべてを凌駕する……」

「……134……!!」

 

その状態でなんやかんやと200回までやりきり、いったん腕立てを終えた。

 

「シュタアル兄さますごいです。私にはできません」

「エリシアはしなくていいのよ」

 

肩で息をしながら「ありがとうな」とシュタアルはエリシアの頭を撫でる。

 

「ずっと鍛錬に付き合っていた私には?」

「お前が突然乗って来たんだろうが!!」

「兄様に自重トレーニングは簡単すぎでしょう」

 

ああ言えばこう言う妹に根負けして、結局ティアフォートの頭も撫でつつシュタアルはため息をついた。

 

「兄様は、昔と比べて強くなったと思います。でも、贔屓目に見ても父様に勝てるように見えませんが。

 半年前、母様にもぼろ負けしましたよね。ご本人は合格とおっしゃっていましたが」

「痛いところ突くなよ……勝てる勝てないの問題じゃないんだってば」

 

いつの間にか用意していたタオルをティアフォートから受け取り、汗を拭きつつも妹の詰問には一応答える。

こういう討論をして、ティアフォートの正論を撃破するのは大抵において不可能だ。しかし――

 

「勝てなくても、何処までやれるのか、自分の中で白黒つけないと次に進めない気持ち。そういうのって……あるだろ」

 

気後れしていてはいけない。男として、お兄ちゃんとして、妹たちに情けない姿は見せられない。

まあ、割といっぱい見せてるけれども。

 

「……無計画で、無謀で、トライ・アンド・エラーが好きな兄さまらしい考えです。嫌い、とは言いませんよ」

 

その言葉にやれやれという様子を見せたティアフォートだったが、それはそれという顔をして手を差し出してくる。

 

「なに?」

「……汗を拭き終わったなら、タオルを返してください。処分します」

「なんでいつも、処分するって言って回収しようとするの?もったいないでしょ。何なら自分で洗濯するよ?」

 

当たり前の疑問を口にすると、何故か妹に「何言ってんのこいつ」という顔をされてしまった。

ティアフォートは深いため息をついて続ける。

 

「兄様、私が用意したタオルです。私が処分するのが道理です」

「……そうなん?」

 

エリシアの方を見ると、彼女は苦笑いを浮かべて小首をかしげた。

 

「まあ……いいよ。はい……」

「最初からそうすればいいのです。まったく、兄様は、妹心というものをもっと知るべきです」

「いや、分からん……」

 

タオルを受け取ったティアフォートは言葉とは裏腹にうれしそうだ。

どうして同じ血を引いているのにこんなに理解不能なんだろうと、いつも思う。

一応、大切で愛おしい妹――なはず。臭いと文句を言いながらタオルの匂いを嗅いでいる、変な奴だが。

 

「日程が決まったら教えてください」

「応援でもしてくれるのか?」

「湖の底に沈んだ兄様を引き上げなくてはいけません」

「……もうちょっと期待してくれても良くない?」

 

ティアフォートはやっぱり辛口である。

「シュタアル兄さま頑張ってください」と両手を小さく握って、可愛いポーズで応援しているエリシアを見習ってほしい。

 

■父と子と


 

シュタルクとフェルンの一家は基本食卓を家族全員で囲むのがルールだ。

シュタルクとフェルン。そしてフリーレン。シュタアル、ティアフォート、エリシア、そして1歳になる末の弟のアストル。

 

シュタルクが多忙で家を空ける日もあるのだが、そういう時にフェルンがお弁当を包んでいそいそと領主館へ向かう姿を、子供たちもよく知っている。

いまは、比較的街の事情も小康気味。父もきちんと家の食卓に顔を出すし、母のご機嫌も良好だ。まあ、それは良いのだが……

 

『最近ずっとご無沙汰だったけど、今一度、勝負してほしい』

 

なんて話、どう切り出したものだろうと、内心頭を抱えていたシュタアルだったのだが――

 

「げふん、げふん……あー。シュタアル。最近どうだ? えーと、その~、ルーエと色々仲良くしてる?」

「ぶほぉっ!! ……いきなり何の話!? 普通だよ!?」

「あ、うん、そうだよね……」

 

水を飲もうとしていたシュタアルが父の言葉にむせて噴き出した。

訳が分からず父を見ると、何か言いたそうにちらちらとこちらを見ている。

母を見ると、それとなく目をそらされてしまった。

 

(普通に姉さんから母さんが話を聞いて、それで、父さんに話が回ったか)

 

妙にそわそわしながらこちらを気にする父の姿に、妹のティアフォートは「乙女か」とぼやいた。

 

「あ……えー。あー。あの、父さん……」

「おう!なんだ!今度の休みか!お父さんの予定は空いているぞ!!」

「……そ、そうなんだ」

 

(そんな食い気味に言われると切り出しづらい……)

 

その様子を見ている母とティアは顔をそらすが、肩が震えている。母娘そろって爆笑している時の反応だ。

エリシアとベビーチェアに座る末の弟のアストルはキョトンとしたまま。

 

進まぬ話に痺れを切らしたのか、パンと手を叩いたのは黙って話を聞いていたフリーレンだ。

 

「愉快な親子の交流といえば聞こえはいいけど、話が進まない。シュタアル。さっさと用件を言おう」

「はい……あの、父さん。お願いがあって」

「おう、なんだ!」

 

目がキラキラしている。そんなに嬉しいのか、と心の中で小さく突っ込む。

 

「今度の休みの日、俺と勝負してくださ――」

「――よし、俺に任せろ!!」

 

言い切る前に嬉しそうに了承するシュタルク。どんだけ息子と勝負したいんだと半眼で見つめるが、どこか誇らしげな笑顔は崩れることがない。

 

「――はい、決まりね。食事を続けよう」

 

(なんだこれ……?)

 

父との再戦はそんな家族団らんの場であっさり決まってしまった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

夕食後の夜のひと時も終えた頃合い。庭に出て夜空を見上げていたのだが、シュタアルの背後から近づいてくる気配に気づいた。

 

「父さん、どうしたの?」

「気づいたか。お前の背後を取るの難しくなったなぁ」

「……なにしようとしたんだよ」

「だーれだみたいなやつを」

「声でバレバレだろ!」

 

我が家で男はシュタアルと父のシュタルク、そして弟のアストルだけである。

こうなるともう自明のことだ。

 

「いやいや声色を変えてだな……」

「キモイわ!そんな話をしに来たんじゃないだろ」

 

シュタアルが手近な岩に腰掛けると、シュタルクは小さく頭を掻いて苦笑した。

 

「はは、ごめんな。でも嬉しかったんだよ。昔は、よく挑んで来てたのに、最近は練習試合どころか、戦闘の修行も一緒にしてくれなくなったじゃん。

 お父さんは、知ってるぞ。エアフォルクには付き合わせているのとか」

 

父から漏れた小さな愚痴は、要するに「寂しい」という本音なのだろうが、シュタアルからするとなかなか割り切りがたい。

 

「……分からなくなったんだよ。どうするのが正解なのか」

「なにがだ?」

 

首をかしげる父シュタルクにシュタアルは苦笑しながら説明する。

 

「日に日に父さんとの力量差が分かってくる。しまいには敵の罠に絶望した時、父さんが街を救ってくれた。

 俺が頑張ったから、父さんが間に合った……その理屈は理解している。だけど、やっぱりあれは俺にはできない」

 

街を襲った襲撃者は複数の巨大な魔物を奥の手として繰り出してきた。1体はシュタアルがルーエとフリーレンで協力してなんとか対処できたが、後から出てきた3体はシュタアル達に目もくれず、街の方向へと向かった。もう駄目だと思ったときに、街の防衛壁に現れたのはシュタルクとフェルンだったのだ。

 

「俺に、あの3体を一刀両断する力はやっぱりない。逆立ちしても今の俺は父さんには勝てない。挑む資格がない……と思ってた」

 

拳を強く握るシュタアルにシュタルクは苦笑しながら近づいてくる。

 

「そんなことで悩んで、一緒に修行してくれなくなったのかよ」

「俺にとっては重要だったんだ!」

 

シュタルクはシュタアルの頭をくしゃくしゃと撫でる。そうするとシュタアルは反射的に身を捩って逃げようとするのだが――

 

「挑んできてくれたってことは吹っ切れたんだよな!」

 

腕の中に抱え込んで、嬉しそうに何度も頭を撫でてくる。ふいにシュタアルが抵抗しなくなった。

 

「――そうだよ。やっぱり。確かめないと進めない。このまま立ち止まれない」

「ああ、戦士はそれでいい」

「俺、魔法も使うけど?下手だけどさ」

 

シュタルクは隣に立ったまま月を見上げて、ふっと息を吐いた。

 

「頑張ってるやつはみんな戦士だ」

「何だよそれ……」

「師匠が言ってた」

「爺ちゃん……」

 

微妙な顔をしていると、バンっとシュタルクが背中を叩いてきた。

 

「頑張ろうぜ、お互いにな……」

「父さんはこれ以上頑張ってどうするんだよ」

「お父さんは家族と、街と、あと、お母さんの機嫌を守らないといけないのだ」

 

腕を腰に当て胸を張り、堂々と答えるその姿にシュタアルは噴き出した。

 

「母さんの機嫌を守るのは難しそうだね」

「そうなのよ~。分かってくれる?」

「まあ、だいたい」

 

といっていると、小さな魔力球が二人の頭を直撃する。

 

「痛ったぁ!」

「聞かれてたみたいだな。という訳で母さんの機嫌を守るために行ってくる。お前も早めに切り上げろ。風邪ひいて今度の休みの日にダメになったらもう受けてやらないぞ!」

 

親指を立てながらウインクして去っていく父の背中を見送り、シュタアルは再び月を見上げる。

 

「高い壁なんだか、ただの親父なんだか……俺も寝よう」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

夜も更けて、シュタアルが寝静まると起き上がるものがいる。

 

―― 眠ってしまったか。すまないね。君の魔力出力が優れないのは俺の存在を支えるためだというのに何もしてやれない。

 

透き通ったその姿は、白の外套を纏う赤髪の戦士。この地で家族の命を繋ぐために魔族最強の将軍と闘い散った、シュタルクの兄シュトルツ。

今はただ、微かな存在となり、誰の目に触れることもなくシュタアルの魂と共にある。

 

―― ティアフォートと別室で寝るようになってから、本当に気配を悟られなくなってしまったな。

 

以前、妹のティアフォートだけはその存在に感づいていた。鋭く、才気あふれるあの娘はとても優秀な魔法使いになるだろう――とは、素人目にもわかる。

 

―― いよいよシュタルクに挑むのだな。俺はその時に力にはなれないが……約束の日までの間、わずかながら力になれるかもしれない。

 

シュトルツは、シュタアルの額に指で触れる。シュトルツ最期の剣戟の記憶を、この子へ。今はそれくらいしかしてやれない。

 

―― シュタルクは……強いぞ。何せ、戦士の村の全員が勝てなかった血塗られし軍神リヴァーレを討った男だ。そして……

 

シュタアルに記憶を分け与えたことで、シュトルツの身体が一気に薄くなる。今日の限界のようだ。

流石に、鮮烈で壮絶な記憶故に眠るシュタアルの表情が苦しげに歪んだ。すまないが、我慢してくれと祈りつつ。

 

―― 君もその最強の血を引いている。何一つ届かないなんてことはないさ。

 

蓄積した微かな魔力を使い果たし、掻き消えて残った光はシュタアルの中に再び入っていった。

 

■開戦


 

――夢を見ていた。

 

燃え盛る村、目の前には巨大な斧を構えた巨躯の魔族。自分以外誰もいない。

 

そんな中、ただひたすらに愛する家族を想い、掴み取れる未来を願い、行く先で出会う隣人の幸せを祈る。

剣を振るうたった一人の男の闘い。魔族の一撃は鋭く、速く、重く、かすり傷すら致死傷となりかねない必殺の刃。

ことごとくを避け、ただひたすらに剣を振るい、頑強なその肉体に太刀筋を刻んでいく。

 

おそらくは勝てない。勝てる勝負ではない。でも男は戦う。

闘う事で救えるものがある。全てを失った今でもなお、愛する家族がたった一人だけ希望として残る。

 

そんな願いを一撃に込めた剣舞はとても儚く――美しく――そして強かった――

 

―― 理想の一閃 ――

 

迷いも、歪みも、恨みも、怒りも、全てをそぎ落とし、明鏡止水の先の極致にある一撃。

それは、どんな刃も通さなかった魔族の身体を切り裂き―――

 

――それでもなお。勝てなかったのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「……また、あの時の夢だ」

 

シュタルクに試合を申し込んでから数日間、シュタアルはそんな夢を見続けている。

理由は分からない。けれど、なぜか戦士の村の最後の闘いが脳裏を巡るのだ。

 

魔族と戦う、最後の戦士の剣舞。それは、自身の中にある理想の剣筋をなぞるが如く美しく。

未だ到達できない一閃を成し遂げた凄絶なる記憶。

 

「父さんとの試合に、役立てろってことか?」

 

件の魔族は父が討ち取った。だからこそ父は当人がいくら嫌がっても大陸最強の戦士と名高い。

故に――

 

「―― あの一閃を上回らないと絶対に勝てないんだろうな」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― 夢を見ていた。

 

幼い自分は、弱く、臆病で、魔物の前で震えて何もできない無力な子供で――役立たず。

 

『来い、シュタルク』

『でも、親父が……兄貴に俺にはかまうなって』

『シュタルクが気にすることじゃない。さぁ、かかってこい』

 

だけど、時間を見つけては練習に付き合ってくれる兄は、強くて、優しくて、誰よりも誇らしい――

幼い自分の振るう木刀は、兄に全く届きはしなかったけれど。

 

『魂と覚悟の乗ったいい一撃だ。体の成長と共に、お前はきっと誰よりも強くなる。俺には分かる』

 

ずっと――そう言い続けてくれた。だけど――

 

『逃げろ』

『え……?』

『シュタルク。お前は生きるんだ』

 

運命のあの日、あの場所に置き去りにしてしまった想いは――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「……タルク様、シュタルク様」

 

肩を揺らし、聞き覚えのある声にシュタルクは目を覚ます。

 

「……フェルン?おはよう……もう朝か」

「おはようございます。大丈夫ですか?」

「何が……?」

 

上半身を起こし、胸元をシーツで覆ったままのフェルンに問いかけると彼女は鏡を指さした。

 

「泣いています。シュタルク様」

「……そっか、ゴメン。心配かけたかな」

「いえ……きっと大切な何かを夢に見たのだと思います。泣くことは悪いことではありません。

 大人になった今でも涙を流せるのはシュタルク様の精神が健全な証拠です。でも――」

 

フェルンは細い指でシュタルクの目元を拭い、微笑む。

 

「今日は、シュタアルにお父さんの背中を見せる日でしょう? しゃんとしてください。シュタルク様はシュタアルの自慢のお父さんなんですから」

「……そうだな。俺お父さんだから、あいつの前では情けない顔出来ないな。ありがとうフェルン」

「はい、情けないところは私が全部受け止めるので、存分に見せてあげてください。シュタルク様が最高にかっこいいお父さんだって所を」

 

シュタルクは、起き上がり、頭を掻いて苦笑する。こういう時のフェルンは本当に強い。

一生勝てない気がする。

 

「よし!頑張るぞ!」

 

そう言いながら、シュタルクは仕事の時には使わない、冒険者の時の装備を取り出し着替え始めた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「朝早く、悪いなエアフォルク」

 

まだ薄暗い、静かな湖畔の森。シュタルクとシュタアル。そしてシュタルクの教え子であり仕事上の右腕のエアフォルクが中央に位置する。

 

「いえ、シュタルク様とシュタアルの試合です。兄弟子の私が来なくてどうするのですか?」

 

エアフォルクは二人に剣と戦斧の刃の封印具を手渡した。

 

「ありがとう、エアフォルク兄さん。審判お願いするよ」

「……やれるだけやってみろシュタアル。妹のルーエも見ている」

「そういうプレッシャーの掛け方止めて……」

 

まあ、確かに、少し離れた位置ではルーエが見ている。何なら家族全員見に来ているのだけれど。

 

「それでは両者。これは真剣勝負であり、練習試合です。お互い怪我だけには気を付けて。

 決着は審判の私の判断により決定しますのでそのつもりで」

「了解だ」

「分かった」

 

エアフォルクの宣言に二人は頷く。

 

「それでは、勝負、始め!」

 

エアフォルクの言葉と共に、静かな湖畔の森に響いたのは、突風が巻き起こる風切り音と――鋼と鋼がぶつかり合う凄まじい轟音だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

愛剣越しに伝わってくる、父シュタルクの気迫。嬉しそうに笑っていたさっきまでとは別人という切り替え。

 

(一合を打ち合っただけなのに、腕がビリビリする)

 

シュタルクとシュタアル。戦士にしか分からない速度でぶつかり合った勢いで二人は後方へと弾かれた。

地面をこすりつけて着地する。

 

「はっ」

「ふっ」

 

深呼吸する暇もなく二人とも次の行動に出た。

相対する方向から真横に走り、回転しながら距離を測ろうとしたシュタアルにシュタルクは並走する。

 

「なっ……」

「もうちょっと打ち合おうぜ」

 

普段のシュタルクは待ちの姿勢が多いが、今日はやけに間合いを詰めてくる。

 

(ステップアップって事か。今日の父さんは攻めてくる)

 

巨大な戦斧を持ちながらもシュタアルのスピードについてくる父の姿に戦慄すら覚える。

その状態で撃ち込まれる一撃をシュタアルは剣でいなしては弾き、そして反撃へと繋げる。

それもまた弾かれ相手の一撃が来る。

 

そんな攻防が、地滑りでブレーキを掛けながらも続いた。

 

(スピードなら、完全には負けてないはず。でも……)

 

膂力の差は圧倒的。体格はもちろんシュタルクの方が大きい。だがシュタルク自身はそれほど巨躯の人間ではない。

一般的な成人男性とそう変わらない背丈。だというのに……

 

(攻撃が、重い……)

 

シュタルクの踏み込んだ一撃と共に足元の地面が割れる。そして振り抜かれる戦斧の一撃はシュタアルを大きく弾き飛ばした。

 

「ぐっ……」

「後ろに跳んで勢いを殺したか。良い判断だ」

 

シュタアルは空中で一回転しながら体勢を整える。だがシュタルクは目前へと迫ってくる。

もちろんそう来るのは分かっているからこそ――

 

「―― 大地を操る魔法(バルグラント)――!」

 

着地と共に地面を殴りつける様に魔法を発動させた。手元から隆起する土壁はやがてシュタルクの足元まで達し。

 

「甘い!」

 

急反転して真横にステップしたシュタルクは一回転して土壁を斧で薙いだ。

バターナイフで切ったかの様な勢いで土壁は上下に両断されて崩れ去っていく。

 

「それはこっちのセリフだ!!」

 

土壁を薙いだシュタルクの上空に剣を構えたシュタアルが躍り出ていた。

 

(獲った!!)

 

確信したシュタアルの振るう剣の一撃は――

 

「――がっ!!」

 

更に半回転したシュタルクが上空への足刀による蹴り上げで剣の柄を弾かれた。

 

「良い連携だ。並みの手合いなら今ので詰む」

「……父さんなら造作もないみたいな言い方だ」

「経験則だな……こう見えて、お前の2倍以上生きているから」

 

経験、だけではない。並外れた反射神経と体幹。あの状態で剣の柄を蹴りで弾ける、迷いのない狙い。

ここまでやられてなおも、余裕すら感じる。

 

(今までどんだけ子供扱いされてたんだ……)

 

成長したと思ったら、上には上がいることを理解する。いや、高い壁がもっと高い位置にあることを痛感する。

巨大な差に絶望すれば、人は足を止めてしまう。いや、足を止めてしまうからこそ絶望に呑まれるのかもしれない。

 

(だけど……俺は――)

 

試合を見つめる人たちの中にいる、姉弟子ルーエの視線を感じる。彼女もまた、この行方を真剣に見届けていた。

 

幼い日に家族も、領地も、人の尊厳すらも魔族に奪われ、神代の竜をその身に宿し、様々な機関からは禁忌の存在とされる大切な人。

何も救えない絶望の中で、彼女を救うと決めた。正義でも人道でも英雄的決断でもない。自身の我が儘で、シュタアルは姉弟子ルーエの運命を救うと決めた。

 

(――立ち止まれない!)

 

「さて、ステップアップしていくぞ!」

 

戦斧を構えたシュタルクは一気に跳躍して距離を詰めてくる。

ただでさえ、格上の相手、単純に受け手に回れば、そのまま押し切られて何もできなくなってしまう。

流れを持っていかれるリスクもあるが、同じスピードでぶつけて凌ぐほかない。

 

「押し切られるかぁ!!」

 

シュタルクの斬撃に合わせて、剣をぶつけて戦斧を弾き、バックステップで切り返そうと後ろに下がった瞬間。

失敗したことに気付いた。シュタルクの勢いが止まらない。弾いただけでは勢いが殺しきれていなかった。

 

「っっ!?」

 

初撃の勢いのままに一回転したシュタルクのもう一撃がシュタアルの崩れた体勢に追撃として襲いかかる。

 

「がぁっ――!!」

 

反射的に展開した防御魔法と愛剣で受け止めるが、空中にいるため衝撃はそのまま体に押し寄せる。

その勢いはシュタアルを吹き飛ばし、背後にある木々を薙ぎ倒しながら数十メートルも後方へと叩きつけた。

 

(ダメだ、この一瞬の隙は致命的だ!)

 

「行くぞシュタアル、受け止めろ!」

 

両腕で戦斧を天高く掲げ、大地ごと両断せんとする構え。何度も見たことがある祖父と父の必殺の一つ。

 

「―― 閃 天 撃 ――!!」

 

言葉に出来ない大地が砕ける音と共に、打ち下ろされた戦斧の生み出した衝撃は裂光となってシュタアルに襲い掛かった――

 

■剣と兄


 

戦士の村が、まだ健在であった頃――

 

「うわぁっ!!」

 

シュタルクの放った全力の一撃、それなりに形になっていたと思う。

だが、その一撃は、まるで流水のごとく淀みなく受け流され、弾かれ、ごく自然に繋がる反撃で逆に吹き飛ばされた。

シュタルクは、木刀を持ったまま勢いよく転がる。

 

「いてて……」

「立てるかシュタルク?」

 

模擬刀で吹き飛ばした本人。兄シュトルツがその手を差し伸べてくる。

 

「よっと。よし、擦り傷ぐらいか……いや、もう治り始めているな。すごいな……」

「兄貴……ごめん……やっぱり全然俺駄目だ」

 

力もなく、技もなく、勇気も足りない。どうしてこんな出来損ないなんだろう。

父も諦めて、訓練をしてくれなくなった。何度も、武器を振って、振って、振って、振っていても一向に改善しない。

 

「シュタルク。そんなことはない。お前はまだ見えていないだけだ。お前自身の力を。

 信じられていないだけだ。お前自身の努力を。ちょっとしたきっかけで花開くから」

 

どうして、兄はこんなに確信をもって言葉をかけてくれるのだろうか。

 

「俺には分かる。お前の力は、きっと愛する人を守りたいと思ったときに――」

 

どうして、そんなに真っ直ぐに――

 

「――お前を大陸最強の戦士にしてくれる」

 

俺を信じてくれるのだろう?

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― 今ならわかる気がするよ、兄貴

 

一撃必中。当たれば昏倒する程度に威力を抑えたとはいえ、あのタイミングでシュタアルは避けた。

あの日の兄を思わせる流れるような身のこなし。無駄な力みを捨て、迷いを捨て、その視線は真っ直ぐにこちらを捉えていた。

形のない衝撃波を力で受け止めるでもなく、刀身でまともに受けるでもなく、滑らせるように受け流した。

封印具ゆえに随分こすっているが、本当の剣の刃ならば、最小の力で流していたであろう。

 

距離が近ければ――おそらく反撃すら――

 

シュタアルの構えの背後に、あの日の白の外套の兄の姿が重なる。

その瞬間、ゾクリと背筋に電撃の様なものが走った。

 

(強い――強くなっている――フェルンと試合った時よりなお――)

 

『窮地に陥ったあの子の中に潜む、”信念と覚悟の怪物”――そう呼ぶしかない何かがあの子の両足を突き動かします』

 

試合の後、フェルンが言った言葉を思い出す。これがそうか。

これが兄の姿を重ねるのか、兄の魂がシュタアルに作用しているのか分からないが――

 

シュタルクの身体は、歓喜に震えていた。強者を前にした時に今なお覚える恐怖の震えではない。得体の知れない、だが確かな高揚感だった。

 

「その身に何を宿しているシュタアル――」

 

おそらく聞こえないであろう呟きに、答えたのは――

 

「……死ぬって、父さん……」

 

――ビビり散らかした我が子の表情だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そして、闘いは冒頭へと戻る。

 

(シュタアル……お前がまだ望むなら、少し本気で行くぞ)

 

全神経を集中し、シュタルクは歩みを進める。無形にして天衣無縫、不退転の歩み。

攻撃の悉くを避け、流し、領域内に踏み込めば、反射的に一撃を放つ。

必要なものは、これまでの修練と戦闘経験の積み重ね、そして覚悟と集中力だけ。到底、技とは呼べないようなもの。

 

――だが、それ故に圧倒的である。

 

シュタアルは、身体と思考を加速しながらもいまだに突き崩す答えが出せずにいる。

今までシュタルクとやってきた訓練の待ちの構えとは全くレベルが違う。

 

今回、刃のある武具はルールで禁じられている。投擲用の得物も持ち込んでいない。

 

「なら!!」

 

普段は球体にして投げつける魔法弾。これを鋭く尖らせていく。通常の弾丸に比べると消失も早いだろうが、目的を果たせればいい。

薄く、尖らせた魔力のナイフを3本分形成して、その手に握りさらに加速する。

 

お互い距離を詰めてきたため、攻防の接敵はあとわずか。おそらく、数メートル踏み出せば父の一撃が来る。

そのギリギリの瞬間を狙って魔力のナイフを2本シュタルクに向かって放った。

 

「……」

 

シュタルクは残像でも残るような、最小の動きでこれを回避する。

 

(無駄がない、隙も作れないっっ――)

 

考え切る暇もなく、戦斧の一撃がシュタアルを襲う。これを剣で受け止めた。

 

「ぐぅぅぅ……っ」

 

重い一撃に、そのまま地面にたたきつけられるかと思ったが、それを斜めに逸らして力を逃がす。

だがシュタルクの戦斧は地面につく前にぴたりと止まり、返す一撃がシュタアルの顔面へと跳ね上がる。

シュタアルはそれを上体反らしで間一髪、回避した。しかしシュタルクはこれを見逃さない。

崩れた体勢を捉え、瞬時に3撃目が迫ってくる。

 

それを腕を使わぬエアリアルで回避しながらもう一本の魔力ナイフをシュタルクに向かって投げつけた。

 

「っっ!!」

 

とっさのナイフにシュタルクもわずかに行動が遅延した。

これを機にシュタアルは体勢を立て直し、戦斧の攻撃を剣で受け流すように迎撃した。

 

「期待以上だ」

「俺は想定外だよっ!!」

 

剣と戦斧は封印具越しに重なり合い、擦れ合う鋼が火花を散らす。

 

(攻撃をやめれば防御にも回れないっっ!!)

 

攻め続けることでしか身を守れない。手を止めれば父の戦斧は、いとも容易く自分を吹き飛ばすだろう。

プレッシャーに息が詰まりそうになりながらもシュタアルは攻撃を繰り返す。

 

「やっぱり――この型、この剣筋は――宿っているな――本当に――嘘みたいだけど――」

 

シュタルクが何かを言っているが気に留めていられない。

互いの間合いに身を置いたまま、休むことなく、剣戟の攻防を繰り返すしかなかった。

 

■数手先の終の一撃


 

シュタルクが振り下ろした木刀は木偶を掠り、地面を叩いた。

跳ね返った泥が、シュタルクと――傍に歩み寄っていた兄にかかる。

 

『――ごめ……泥が……』

『――いい集中力だ。でも少し構えが悪いな』

 

一人で訓練中のシュタルクの元にやってきて、雨上がりのぬかるみにも動じず、飛び散る泥も気にせず。

闘いの中で血の一滴も許さなかった白いマントは泥の色に染まっていく。

 

屈んで、シュタルクの木刀を握る手を取り、優しく教えてくれる。

強く、誇らしく、大好きだった兄の姿。今となってはもうその白の美しい剣舞は、決して見られないものだと思っていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「うるああああああああ!!」

 

人生とはどう転ぶか分からないものだ。

そんな愚かで弱い自分が、一族の仇を討ち、過剰な名誉を押し付けられ、大切な人と結ばれ、子が生まれた。

 

そんな我が子が、ここまで育ち、今、目の前であの日の兄の剣舞をなぞる様に、シュタルクの前に立ちはだかっている。

そして、無力さゆえに愛情と感謝を返すことすら叶わず、こぼれ落ちてしまったその手を、今度は我が子へと伸ばすことができる。

 

――あの日、前を歩む者たちに追いつこうと、必死だった過去のシュタルクと同じ様に、手を伸ばそうとするシュタアルがここにいる――

 

「シュタアル!まだ行けるだろう!あの母さんを、一級魔法使いフェルンに奥の手を切らせた気迫は!

 極竜の本能に呑まれたルーエを救ったあの覚悟は!お前ならまだ出せるだろうっ!!」

 

決して、かの日の人類の天敵の一柱、血塗られし軍神程の脅威にはなれないだろう。

勇者ヒンメルの如き人類の希望にも、師アイゼンのような誇り高き戦士の頂にも、まだ達してはいない。

 

だが、だからこそ―― 目の前で、歴戦の英雄の歩んだ道を、懸命に歩き出したこの子の前だけでは――

 

「お前の今の限界を超えて! 俺に見せてみろ!!」

 

―― 戦士シュタルクは、英雄シュタルクであり、そして、大陸最強の父親であらねばならない。

 

「好き勝手言いやがってええええええ!!」

 

父であるシュタルクにとっては口の悪いシュタアルの叫びすら愛おしい。

言葉の裏にある、絶対なる期待と羨望と渇望。それに応じるように戦斧を振るうほかに、何があろうか。

 

今ひとたびの斬り結びに想いを乗せ、放つ―― だが、その瞬間――

 

―― ギィィィン!!――

 

「っっ!?」

 

剣と戦斧の激突で生じた衝撃に、シュタルクはかつてない驚愕と高揚を覚えていた。

 

(俺のテンポが、遅れた――いや、違う)

 

「うるああああああああ!!」

 

(速く―――なっているのか……?)

 

なおも、剣を必死に振るい、反撃の隙をお互いに生じさせないシュタアル。

闘う中で自身をアップデートして、手段を変え、些細な工夫を重ね、無駄を捨て、完全なる唯一に至ろうとしている。

こんなに無茶苦茶な乱取りだというのに、その構えは理にかない、美しく、無駄が少ない。

 

まるで、立場を変え、形を変え、あの日に失った――

 

「はは、はははは、さすがフェルンの子だ!」

「あんたの息子だ!!」

 

兄弟の語らいの延長が今、本当にここにあるような――

 

「そうだな!その通りだ!!」

 

そんな気さえしてくるのだ――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

父シュタルクの攻撃は息をつくこともなく続く。

いつもは常識の範囲で加減をしている、と父は言っていたが、おそらく今は違う。

加減などできない、本物の戦士の領域に足を踏み入れてしまったのだ。

 

普段、母のフェルンに責められて尻に敷かれている父とは異なる、未知の感覚。背中から汗が噴き出てくる。

今まで味わった死線の中でも特級といえるプレッシャー。

振るわれる戦斧の刃は封印具で閉じられている。だが、打撃武器となっている以上、巨大な戦槌と変わらない。故に一撃が命取りになる。

 

(漠然と避けるな。よく見て、予測して、感じて、考えろ、次の一手を、思考を止めるな、意識を逸らすな――)

 

かつて感じた明鏡止水の領域。あれは、無意識を利用するものではない。観測と思考の連続である。

 

(もっと速く、もっと正確に、思考も動きも無駄を削ぎ落とし、必要な行動だけに特化して)

 

そうして何度も何度も思考と動きを極限まで擦り合わせ、無駄を削ぎ落とし、今のシュタルクのスピードに食らいつき――

 

―― ギィィィン!!――

 

「っっ!?」

 

(追いついてみせる!!)

 

―― 白い外套の剣士が、大魔族リヴァーレへと放った一閃。アレに準ずる一撃が必要だ ――

 

弾かれた戦斧を引き戻し、流れるような動作で右肩を狙った袈裟懸け斬りが来るはずだ。

これを刃の上に乗せて力を逃がす様に切先へと流す。地面へと戦斧が着いた一瞬を突いて回し蹴りで頭を狙う。

それはきっと避けられるだろう。だが――そこから――

 

未だ起きていない現実が、思考と同時に追いかけてくる。

 

(このまま打ち合えば3手先で、父さんの上段からの一刀両断の一撃が防げない)

 

あの白の外套の剣士の一閃ですら、魔族リヴァーレは討てなかった。そしてリヴァーレを討った父に通じるとも到底思えない。

 

―― 多段の工夫が必要だ。

 

愛剣の機能を開放する時間もない。ならば、心を研ぎ澄まし、純然たる剣の腕だけで放つ明鏡止水の一閃の先。

水面に映る影を揺らさず水を斬り、風に揺れる木の葉を両断するが如く――

 

そんな、最大最速全力の一閃を英雄シュタルクへとぶつける。

 

(今はただ、全ての無駄を捨てて、その到達点に向けて突き進むだけだ)

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルの目つきが変わった。その眼は、あまりに自分に似てしまった不愛想な三白眼。

 

だが、その瞳の奥にある輝きが何なのか、シュタルクには痛いほどよく分かってしまう。

かつて自分を逃がすために魔族へと立ち向かった兄。あの日の笑顔の奥に秘められていた、決意と覚悟の光が、今まさに我が子の瞳に宿っていた。

 

(何を仕掛ける気だシュタアル)

 

徐々に速度を上げ、動きのキレが増すごとに、剣戟の音も鋭利さを帯びていく。

肩口を狙った一撃は、シュタアルの剣に滑るように受け流され、反撃の回し蹴りがシュタルクの鼻先を掠った。

先の一撃の直後に半歩引いていなければ、顔面に直撃していた。

 

掠った足先を追う様にシュタルクも回転し、中段を狙った一撃へと繋げる。

シュタアルはこれをしゃがんで回避した。

 

(速い、だが――!)

 

しゃがみ込んだ状態から、シュタアルは起き上がる勢いも乗せて、シュタルクの顎下から斬り上げの一撃を放ってきた。

これを読んでいたシュタルクは直線の軸をずらし、紙一重で回避した。それと同時に一歩前に踏み出し――

 

「――ぐうっっ!!」

 

小さくうめき声が聞こえた。攻撃の回避と同時にシュタアルの懐に滑り込み、肩口を胸元にぶつける体当たりをぶち当てたのだ。

 

(芯は外されたか――)

 

シュタアルは腕を交差させて直撃を避けつつ、瞬間的に後方へ跳んで威力を殺していたのだ。

吹き飛ばすには至らなかったが――

 

―― これは戦斧の間合い。

 

剣を構えたシュタアルがシュタルクに攻撃を与えるには前に出る必要がある。しかし戦斧のシュタルクは半歩踏み込んで打ち下ろせば当たる。

 

「シュタアル!いくぞ――!!」

 

上段から打ち下ろされる、シュタルクの一刀両断の太刀筋。回避不能の必殺が、シュタアルの頭上めがけて迫る。

 

■奥の手と絶技


 

予想した通りの展開。今の自分の実力ではこれは防げない。紙一重で回避できる速度でも、防御できる威力でもない。

 

そう――、戦士としての実力では無理だ。

 

『威力が出せなくても、発動さえするのなら、工夫次第で何にでも使えます。必要なのは判断力と発想力でございます』

『防御魔法が基礎中の基礎なのは、生存能力に直結するからだよ。魔法が苦手でも絶対使えるようになった方が良い』

 

父や母以外にも、シュタアルに知恵と技を授けてくれた者たちがいる。その言葉が今の自身を形作っていた。

 

(俺の魔力で出せる防御魔法は絞り出してせいぜい6枚。大した面は作れない。でも――)

 

攻防の合間に練り上げていた魔力を、頭上へと一気に解放する。同時に、斬撃を放つための一歩を踏み込んだ。

 

(6枚全部重ねればっ!!)

 

掌に収まる六角形の格子状障壁。防御魔法とはこれの連結である。だが、シュタアルが行ったのは6枚を全部重ね合わせること。

展開できる面積は掌ほどにも満たない。本来なら、魔法の直撃を防ぐことすら覚束ない極小の盾。

 

(目的を果たすにはこれで十分だっ!!)

 

防げるものなら防いでみろ、といわんばかりのシュタルクの一撃はシュタアルの生み出した防御魔法に触れる。

 

―― パキィィィィィン !!――

 

ガラスが割れるような甲高い音と共に防御魔法が砕け散り、シュタアルの頭上から魔力の破片が舞い落ち、霧散していく。

 

「やるなぁ、シュタアル――。フリーレンもやらないよこんなこと」

 

シュタルクがそんな言葉を出したのは、わずか1枚を残して、戦斧の一撃が一度停止したから。

それでもじりじりと最後の1枚すらヒビが入り砕けようとしている。その威力で改めて戦慄を覚えシュタアルは汗を流した。

刃が露出していたら確実に切り伏せられていた。こんなもの、戦士でも魔法使いでも、普通は繰り出された段階で終わる。

 

だが、これで十分だ。この一瞬が、重要だ。瞬きするようなこの時間こそが――

 

(勝負だ、父さん――!!)

 

水面に映る鏡姿を乱すことなく、刃を振るうのではなく通す――それほどに繊細なイメージで。

足先から、腰、脊髄、腕、そして切先まで。力みも脱力も超え、全身の力をただ一つの意思の下に束ねる――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

必中の一撃、防御障壁に防がれたシュタルクは驚きと共に次の攻撃に切り替えようとした。だが――

 

(シュタアルの方が速いか!?)

 

シュタルクの踏み込みに対し、シュタアルが肉薄したことで、間合いはすでに剣の領域。

先の戦斧の間合いはおそらく、絶対優位の一撃を打ち込ませるためのブラフ。それを局所防御魔法で防いだ。

障壁を多重に重ねるなんて、聞いたことがない大博打だ。だが、やってのけた。そして今、シュタアルの剣の一撃が迫ってくる。

 

(綺麗な形だ――)

 

かつて兄シュトルツが見せてくれた剣舞と、シュタアルの太刀筋が重なる幻影を見た気がした。

 

(だがっ!!)

 

この一撃をつぶせずとも戦斧を引けば防御ぐらいなら間に合う。まだ、単純に斬られるわけにはいかない。

腕力を尽くして戦斧を引き戻し、瞬時に防御の構えを取る。腰を引かず、斬撃の威力が最大になる出鼻を叩いて受け止め――

 

「おおおおおお!」

「あああああっっ!!」

 

戦斧がシュタアルの一閃の手前を遮る位置で構えられた。シュタルクはそれをあえて、導線を遮る様に突き出し始める。

 

「来ると思ったぞ!!」

「っっ!?」

 

だが、シュタアルの一閃は、斬るためのものではない様に変質する。

剣の切先はシュタルクの手前で引かれ、戦斧の刃の付け根を通して――まるでそれを打ち上げるためだけのように――

 

(これが狙いか!?)

 

―― カァアン!――という硬質な金属音と共に、シュタルクの戦斧が上段へと跳ね上がった。

 

「しまっ――!」

 

防御姿勢が崩れた―― だが、シュタアルの一閃も先の技で一度終わる――そう思ったとき、シュタアルは、剣を振り切りシュタルクへと背中を向けていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

戦斧を弾いた隙でも、次の一閃はおそらく間に合わない。それは分かっていた。

ならば作るしかない。どうやって?

 

―― 初撃を餌に防御を誘発し、あえて一閃を捨ててそれを崩す。

 

それでは攻撃にならない。どうやって父を倒すか?

 

―― 斬撃が一閃でなければならないなど、誰が決めた?

 

だったら。こうするしかないだろう。戦斧の防御を崩し、開いた父の構え。そこに通り抜ける剣の道を見た。

もう一歩を踏み出し、振りぬいた勢いを乗せてシュタアルはそのまま体を回す。

 

軸を揺らさず、身体の捻りをバネに変え、一閃目の速度と回転の慣性をすべて乗せて――

 

「父さん、これが今できる全部だぁぁぁ!!」

 

正面を捉えた一瞬、父の顔が満足げに綻んだように見えた。

 

「こいっ!!」

 

父の声と気持ちに応えるが如く、シュタアルは本命である必殺の二閃目を解き放った――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

試合を始めた瞬間。まさか、我が子にここまでされるとは思わなかった。

横腹から、肩口に向けて、真っ直ぐに斬られた感覚がある。

 

神速で放たれた一撃に、痛みすら遅れるほど。その精度と太刀筋の完成度は凄まじかった。

刃がついていない一撃だというのに服が破け、シュタルクの肌が裂けていく。これに刃がついていたらと考えるとゾッとする。

 

だが、正面のシュタアルは――悔しそうに唇を噛みしめていた。

 

「――まだ、届かないのかよ」

「いや、そんなことはないさ――新しい息吹を感じた。お前は、あの一瞬、確かに上回った――」

 

剣士シュトルツの剣技にはない発想と、一撃。シュタルクに止めることは出来なかった。だが――

シュタルクのこれまで蓄積した旅の記憶が、激戦の経験が、最後の一瞬で一歩を引かせ、致命傷に至らせなかった。故に――

 

「でも、俺はお前のお父さんだ。情けなくても、不器用でも、お前が前に進むためにまだ――」

 

はじきあげられた戦斧を握り直し、シュタルクは構えを直す。

 

「お前には、負けてやれない。故郷には俺とフェルンがいる。だから、お前は安心してオイサーストに行ってこい!」

 

ここまでの成長を見せてくれた我が子の奮闘と、その背後に確かに感じる兄の魂。

その全てに感謝と尊敬と、巡り逢えた――生まれ落ちた――再び邂逅できた喜びも――万感の思いを戦斧に乗せて。

 

「―― ありがとうな、シュタアル、そして兄貴。これは、手向けの一撃だ覚悟して受けろよ」

 

両腕で握り直された戦斧の刃はその加速度を増すとともに光を放ち始める。

目の前のシュタアルは防御姿勢を取り始めた。それでいい。願いごと受け止めろとシュタルクは叫ぶ。

 

「光 天 斬 ――!」

 

下方から天に向かって打ち上げる斧の斬撃と共に――森林を両断するような光の柱が空へと伸びて行った――

 

■旅立つ我が子へ


 

父の放った一撃を剣で受け止め、世界が眩い光に呑まれたその刹那。

 

音も、熱も、衝撃も消え去った白の世界の狭間で、シュタアルは奇妙な光景を目にした。隣には、呆然と立ち尽くす父シュタルクの姿。その視線の先――

赤い髪に、純白の外套を纏った麗しき剣士が立っていた。そしてその背後には、武器を携え、整然と並び立つ大勢の戦士たちがいた。

漠然と理解したのは、夢に見た戦士の村にいた英霊の姿であろうということ。

 

「これは……、ここは……何だ?父さん?」

 

隣にいる父に声をかけたが聞こえていない様子だった。

 

―― ダンッ ――

 

先頭の剣士が、静かに鞘に収まった剣で大地に打ち鳴らす。

 

―― ダンダンダンッ! ――

 

呼応して響き渡る、無数の武具の鳴動。

かつて滅び去ったはずの英霊たちが、今、二人の戦士を称えるように、大地を揺らして鳴らす声なきウォークライ。

横を見ると、父シュタルクが子供のように涙を流していた。何かを必死に呟いているが、その声は聞こえない。

 

鳴り止まぬ鬨の音の中、白き剣士は誇らしげに微笑み、シュタアルの背後――彼がこれから向かうであろう、遥かなる空の彼方を指差した。

 

(あれは……誰……なんだ、父さんは……どうして泣いて……)

 

それが何を意味するのか、まだ世界に生まれ落ちたばかりの”幼き英雄”には分からない。

ただ、剣士が指差した未来の空を見つめた瞬間、シュタアルの意識は急速に暗転し、深い闇へと落ちていった――。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタアル様――!!」

 

シュタアルとシュタルクの試合の見学は、見慣れたもので心配する要素は何もない――と思っていた。

が、森の木々を数百メートルにわたりなぎ倒す様な一撃に包み込まれた様子となると、流石に話が別である。

 

以前、自身の放った消滅魔法と相対しても五体満足でしのぎ切ったシュタアルだが、それでも心配なものは心配なのだ。

 

駆けだしたのはルーエと――ティアフォートだった。

だが、煙立つ光の柱の跡地に向かう途中。腕で遮ったのはエアフォルクだった。

 

「エアフォルク様……退いてください。兄様を治療して、父様に説教します」

「兄さん、どうしてここまで止めなかったのですか。勝てるはずが――」

 

実妹と妹弟子の苦情に苦笑いを浮かべるエアフォルクは二人の頭を撫でながら止める。

 

「落ち着け、アレを止めたら俺があいつに怒られる。お前らも少しはシュタアルの男心をわかってやれ。それに――」

 

エアフォルクが振り向いた先、煙を分けて現れた人影は。

 

「父様……」

 

気絶したシュタアルを抱いて運んでいるシュタルクの姿だった。

 

「勝負ありです」

「ああ、悪かったなエアフォルク」

「……肝は何度も冷えましたよ。胃薬を出してほしいぐらいです」

 

エアフォルクと話すと直ぐにルーエとティアフォートが駆け寄ってきた。

体中に小さな傷をつけて気を失っているものの、穏やかな寝息を立てるシュタアルの姿を見て、二人は安堵の胸を撫で下ろした。

 

「よかった……」

「二人とも、気持ちはわかるけど、後でな。シュタアルはこの状態だし」

「はい……」

「私は父様にも物申したいのですけど」

 

フェルンとよく似たふくれっ面で腕組みをするティアフォート。なんだかご機嫌斜めの娘の様子にシュタルクはしょんぼり顔になる。

 

「それは後で聞くよおぉ」

「ティアフォート。お父さんを許してあげて。父としてシュタアルの想いに応えようと懸命だったのです」

「母様……」

 

ティアフォートの抗議を遮るように現れたのは末の弟アストルを抱いた状態でやってきたフェルン。

 

「一歩間違えたら死ぬような攻撃の加減の方法については今夜、私がじっくりとお父さんと会話します」

「え……」

「分かりました。母様がそう言うなら、仕方ありません。アストルは私とエリシアで寝かしつけます」

 

お願いねと言いながら、ティアフォートの頭を撫でるフェルンに、シュタルクは冷や汗をかく。

 

「いや待って……フェルン。シュタアル無事だよ?」

「シュタルク様、まずはシュタアルをベッドに寝かせましょう。話はそれからです」

「はい――」

 

珍しくにこにこと笑みを浮かべたまま、フェルンは有無を言わさぬ気迫でシュタルクに詰め寄る。

そんな、やけに冷たい笑みのまま、フェルンはシュタルクの身体についた斜めの傷痕を見つめていた。

既に流血は止まっている――こと自体が異常なのだが、打撲痕にもなっているので少々蒼くもなっている。

 

「痛ったぁぁぁー!無言で突かないで!」

「シュタアルとやんちゃした結果の、その名誉の負傷も治療します。シュタルク様。さっさと帰りますよ」

 

ちょっと頬を膨らませるフェルンはすたすたとシュタルクの前を歩いていく。

 

「自分だって半年前滅茶苦茶やったじゃん……」

「何か言いましたか?」

「いいえ!!あー、今夜ゆっくり話そうかフェルン。たぶん、話せばわかる……俺たちには言葉がある……」

「ええ、そうですね、ゆっくりと話しましょう、今後の事とか、色々と――」

 

とまあ、「なんでフェルンはそんな視線が攻撃色?」と思わなくもないけれど。

ひとまず誰もが矛を収め、一家揃って家に向かう帰路の途中――

 

「お疲れ様、シュタルク。やっぱり、こういうのはシュタルクじゃないと難しいね。魔法使いの私たちだと引き出せない」

「フリーレン。ありがとう、フェルンの隣で落ち着かせてくれてたの、見てたよ」

「フェルンは、やっぱり母親だからね。子供の事はどうしたってね……半年前の試合でも心を無理やり鬼にしていたのを、シュタルクも知ってるでしょ」

「はい……」

 

フリーレンはシュタルクの腕の中で眠るシュタアルの頬に触れる。

 

「この子は頑張ってる。自身の望む結果に届かず、何度も膝をついては立ち上がりながらね」

「そうだな……」

「きっと、近い内にシュタルクとフェルンもびっくりするぐらい強くなるよ」

「いや、俺は今日、既にびっくりしまくったよ。いつの間にこんなに強くなったんだ」

 

シュタルクの様子にフリーレンは苦笑する。シュタアルが強くなった理由は多層的で簡単には説明できない。

それに、おそらくはフリーレンより本能的にはシュタルクの方が理解しているはずだ。

 

「シュタルクもフェルンも、死線を超えるたびに強くなった。強くなるために必要なのは信念と覚悟と根性だ。

 この1年程のシュタアルの戦いはこの子自身を変えた。もう子供ではいられなくなった。今では、命がけで守りたいものまで決めてしまった」

 

フリーレンは視線を前方を歩くルーエに向ける。先ほどから心配そうにちらちらとこちら――というより胸元のシュタアルを気にしているようだ。

 

「いや、救いたい……の間違いかな。まあ、いいや。でも、太古の昔から、そうあれる人の事を――」

「フリーレン……」

「”英雄”って呼んだんじゃないかな? シュタルクとフェルンがそう呼ばれたように」

「そっか……寂しくなるなぁ」

 

胸元で眠るシュタアルを見おろしたシュタルクのつぶやきにフリーレンは柔らかな微笑みを返した。

 

「なに言ってるんだ。寂しがってる暇ないでしょ。まだシュタアルだけだよ。ぜんぜん忙しいでしょ。あと3人もいるんだよ」

「うっ……」

「あと、アストルが自立する前に、シュタルクとフェルンは立場上お祖父ちゃんとお祖母ちゃんになる。賭けてもいい」

「えっ……いや、まぁ、そうか?」

 

目の前のルーエを見ながらシュタルクは言葉に詰まる。ダメとは言えない。

当人たちも、シュタアルのオイサーストの学校卒業まではどうもしないと言っているが――それだって数年の話だ。

 

「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんかぁ……そっか――」

 

ちょっと前まで可愛い我が子がもうそんなことを考慮する年齢という事実に、嬉しいやら、寂しいやら複雑になる。

 

「よかったね、きっとまた家族が増えるよ!」

「増えるかなぁ……?」

 

フリーレンは、シュタルクの肩を叩いてからそのままフェルンの方へと駆け寄って行った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

目が覚めたシュタアルが回りを見渡すと、自分の寝室だった。外は明るい。お昼過ぎの頃合い。

どうしてこんな時間に目覚めたのか、覚醒する頭で思い返すとジワジワ記憶が湧いてくる。

 

目の前には母の書置きとサンドイッチ。それをつまんで食べながらシュタアルは上着を羽織って、窓から身軽に飛び出し、外へ向かった。

 

向かうは、いつも父と釣りをしたりする岩場のある川辺。なんとなく落ち着く好きな場所。

飛行魔法を使う事も出来ないシュタアルが、地面を歩くこともなく木々を飛び越え、凄まじい速度で突き進むのは、なんだかそういう気分だったからだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルが姿を消した。呆れ顔の妹弟子からそう聞かされたのは、少し時間を置いて師の元へ様子をうかがいに来たルーエだ。

 

『多分、川辺です。こういうパターンの時はいつもそこにいます。……私はルーエが行くべきだと思います』

 

という、ティアフォートはどこか悔し気で寂しげだった気もするが、いつもの強気なあの子らしい笑顔にも見えた。

憚ることもなく、兄を盲愛していると言って差し支えないティアフォートなりにいろいろ考えてはくれているのだとは分かっている。

ルーエは、ティアフォートに礼を述べて件の川辺に来ていた。

 

「シュタアル様――」

 

隠れている訳でもないのでその場に着けばすぐにわかるシュタアルの姿。

泣いてるわけでもなく、表向きには平静な様子で、釣りをしていた。

 

「ごめん姉さん。やっぱり届かなかった――」

「私に謝ることではないですよ」

 

苦笑したルーエはシュタアルに背中合わせで座る。今はこうするのがいい気がした。

 

「ここ最近、全部負けてる気がする。そんなにダメかなぁ……」

「前にも言いましたけど、シュタアル様は挑戦していることの格を正しく知るべきです」

 

人差し指を立てて、先生の様な口調でルーエは述べるが――

 

「前の姉さんも含んでるんだけど」

「……まあ、そういう事もありましたね」

 

竜の力で暴走して、押し倒していろいろしそうになった時の事である。それを気にされるとルーエもつらい。

 

「だから、シュタアル様は旅立ってシュタルク様とフェルン様の強さと優しさを客観的に知るべきです」

「そっか……そうかも」

 

再び訪れる静寂にルーエは膝を抱える。もどかしい。勝負の結果に迷う弟弟子にどう伝えればいいのか。

今ひと時は恋人同士にはならない。そう切り出したのは自分。だから、これ以上は踏み込んではいけない。

 

しかし、幼い頃に心を救われ、果ては、襲い掛かる魔族を前に立ちはだかり命まで救われた。

4年も年下の、まだ成人していない大切な弟弟子に。

 

(シュタアル様が18になるまであと1年と少し……)

 

くだらないことかもしれない。でも大切に想うからこそ、守るべきだと思う。

 

「……姉さん。俺、父さんに届かなかったけど、でもまだ進んでみるよ。これから先に待ち構えることも、姉さんの呪いも。

 街を襲った奴らも、魔族の事も、全部まだまだだけど、やれるだけやってみるよ」

 

そんな、弟弟子の宣言に「はい」としか答えられない今の自身がもどかしい。

でも、振り返ったシュタアルの顔は、優しげな笑顔を浮かべていた。眩しくて――やっぱり気の利いた言葉は出てこなくて――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――という、アオハルな光景を草葉の陰から見守っていたフェルンは手元にいるシュタルクの頭を掴んでぐりぐりしている。

 

(痛い痛い痛い痛い!フェルン痛いよ!)

 

という夫の訴えはとりあえず無視しつつも。フェルンは深々とため息をつく。

 

(もういい! もういいんですルーエ!押し倒しても!初めてが外でも!どうせ後々いい思い出になります!)

(いや、ダメでしょ……外は……いろいろアレだし、シュタアルは未成年だし。二人とも経験ないし)

 

夫の正論的な反論にフェルンはムッとしてぐりぐりを強める。

 

(空気も読まずに『落ち込んだ息子にアドバイスをするのは父の役目だ』とかほざいたシュタルク様は黙っててください)

(ええ、言い方酷い!)

(誰のせいで落ち込んでいると……いえ、勝負の結果は別に良いですけど、シュタルク様が言ったら本末転倒でしょう。ただの精神マウント行為です!)

(えええ……、お父さんは……息子と語り合うっていう、浪漫ってあるじゃん!)

(圧勝した側がそれを仕掛けるなといっているのです!今はルーエに任せて!)

 

でも、やっぱり、押し倒すのはダメだというシュタアルの事情を優先するシュタルク、ルーエの今までの想いを海より深く知るフェルンの決着はなかなかに難しい。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――更にそんな両親の様子を遠巻きに見ているティアフォートと妹エリシア。

 

「父様、母様……いえ、今の兄様に気取られずあの距離を保てるのはすごいのですけど……」

「ティア姉さま。シュタアル兄さまを励まさなくていいんでしょうか?」

 

エリシアならあの空間に行ってもワンチャン許してもらえそうな気もする。……が流石に水を差すとルーエに申し訳もない。

 

「私たちが近寄ると、兄様に気付かれます。そうなると、多分なんかいろいろアレになるので」

「難しいのですね」

 

父と母が余計なことをしないのかと心配になって見に来たのだが、見解の相殺で結局何もしないというのが結論になりそうだ。

そんなことを想いながら周りを見渡したティアフォートは目を見開いた。

 

シュタルクと、フェルンのすぐそばに、白い外套の父によく似た人物が立っていた。

 

(あれは……!?)

 

その人物は、ティアフォートに気取られたことに気付いたらしい。嬉しそうに笑ってから口元に人差し指を当てた仕草をして消えていく。

覚えのある気配。だが、あんなに姿が明確に見えたのは初めてな気がする。そんな折、隣にいたエリシアから更に予想外な言葉がかけられた。

 

「時々、シュタアル兄さまを守ってる人ですね」

「えっ?」

 

ティアフォートの反応にエリシアは首をかしげる。当然、エリシアの言葉に一番驚いているのはティアフォートだ。

 

「あれ?ティア姉さまも、知ってるって言ってて……あれ?」

「あなた、声を聞いたことがあるの?」

「うーん、姿は見えないけど、居ることが分かるというか、声?想い?みたいなのはなんだかわかるというか」

 

可愛く小首をかしげる妹に、ティアフォートは深い吐息を漏らした。

 

「エリシアは兄様の予想外の驚愕をいつも別の方向から上書きしてくれますね」

「褒められてるんでしょうか?」

「大絶賛してます」

 

妹の頭を撫でると、相変わらず嬉しそうに子猫の様にぐいーッとすり寄ってくる。

 

「ちなみに、エリシアが夢に見た、オイサーストに行った先でいろいろありそうな女性が二人ぐらいいたって話。

 もう一度詳しく聞かせてくれる?」

「夢の話ですよ?」

「貴方の夢は、ほぼ確実に当たるから……」

 

あの、今のルーエの気持ちを言葉通りに受け取ってしまう兄がこれから先どうなるのか。

いちいち気にしてても仕方ないのだが――

 

「まあ、見守るしかないのでしょうね」

 

兄の行く先が、少しでもマシになる様に祈りつつ。妹の手を取りティアフォートは家路につくのだった。

 

~ 英雄と鋼 Re:ACT Fin ~

 




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