星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜 作:暁 蒼空
X792年、花の都クロッカス。
大魔闘演武の最終日。優勝チームが決まり、会場が歓声に包まれたその瞬間だった。
ズガァァァァァァァン!!
闘技場の中央に、突如として巨大な火柱が上がった。
熱気が観客席まで吹き荒れ、石造りの闘技場がドロドロと溶け始める。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「熱い! 服が焦げるぞ!」
パニックになる観客たちの視線の先。
溶岩のように赤熱した地面に、フードを被った一人の男が立っていた。
「……燃えてきたぞぉぉぉ!」
男がフードを脱ぎ捨てる。
桜色の髪。鋭い瞳。そして、全身から溢れ出る圧倒的な魔力。
ナツ・ドラグニル。
1年前、姿を消した「妖精の尻尾(フェアリーテイル)」の滅竜魔導士が、そこにいた。
「よぉ! 久しぶりだな、フィオーレの諸君!」
ナツはニカっと笑い、優勝チームを一撃で吹き飛ばした。
強さは次元を超えていた。
「妖精の尻尾は……まだ終わっちゃいねぇぞ!!」
その咆哮は、ただの勝利宣言ではない。
世界中に散らばった仲間たちへの、再集結の合図(狼煙)だった。
フィオーレ北部、極寒の雪山。
吹雪が吹き荒れる洞窟の中で、ルーシィは新聞を広げていた。
一面には、溶けた闘技場とナツの写真がデカデカと載っている。
「……ふふっ。相変わらずね、あいつ」
ルーシィは懐かしそうに微笑んだ。
1年経っても、彼は何も変わっていない。
その無茶苦茶なやり方が、今はどうしようもなく愛おしく、頼もしかった。
「会いに行かないの? ルーシィ」
スープを作っていたメルディが尋ねる。
ルーシィは新聞を丁寧にたたみ、首を横に振った。
「ううん。……私は私の戦いがあるもの」
彼女は自分の杖を握りしめた。
魔力はまだ完全ではない。体も弱い。
けれど、今の彼女には『魔女の罪(クリムソルシエール)』としての使命がある。
黒魔導士ゼレフを信奉する教団『アヴァタール』の動向を探り、その野望を阻止すること。それが、今の自分にできる「世界を守る戦い」だ。
「それに……ナツならきっと、ギルドを復活させるために動くはずよ」
ルーシィは洞窟の入り口、吹雪の向こうを見つめた。
「あいつは止まらない。……私がここにいても、きっと風の噂で『妖精の尻尾復活』の報せが届くわ」
会わなくても繋がっている。
それぞれの場所で、それぞれの戦いをする。
それが、今の二人の距離感だった。
クロッカス郊外の丘。
ナツは、王宮の壁に炎で文字を刻んでいた。
『Future』。
未来へ進むという決意表明だ。
「ナツ、いいの? ルーシィを探しに行かなくて」
ハッピーが魚をかじりながら聞く。
ナツの手がピタリと止まった。
「……あいつは、あいつの道を行くって決めたんだ」
1年前の別れ。
『私は帰らない』と言ったルーシィの瞳は、強い意志で輝いていた。
それを無理やり連れ戻すことは、彼女の覚悟を否定することになる。
「俺は俺の道を行く。……まずは散り散りになった仲間を集める! ギルド復活だ!」
「あい! 最初は誰のとこ行く?」
「決まってんだろ!」
ナツは地図を広げ、指差した。
「マーガレットの街! 『蛇姫の鱗(ラミアスケイル)』だ! ウェンディとシャルルがいるはずだ!」
商業都市マーガレット。
今日は年に一度の感謝祭で、街は華やかな装飾と屋台で賑わっていた。
その中央広場のステージに、大観衆が集まっていた。
「みんな〜! 盛り上がってますか〜!?」
「愛を届けるよ〜! ウイング・ビート!」
フリフリの衣装を着て歌い踊るのは、「天空シスターズ」。
シェリア・ブレンディと、ウェンディ・マーベルの二人組アイドルユニットだ。
「キャー! ウェンディちゃーん!」
「こっち見てー!」
黄色い声援が飛ぶ。
かつての内気な少女の面影はなく、ウェンディは笑顔で観客に手を振っていた。
シャルルも人間の姿に変身し、バックダンサーとして踊っている。
平和で、華やかで、幸せな光景。
「うおおおおおおっ!! ウェンディィィィ!!」
そこへ、空気を読まない大音声が響き渡った。
「な、ナツさん!?」
ステージ上のウェンディが目を丸くする。
観客をかき分け、ナツとハッピーが最前列に躍り出た。
「見つけたぞウェンディ! こんなとこで何やってんだ!」
「な、何って……歌を……」
「そんなことより冒険だ! ギルドを作るぞ! 一緒に関東煮(おでん)食いに行こうぜ!」
ナツは満面の笑みで手を差し出した。
当然、ウェンディも喜んで手を取ると思っていた。
しかし。
「……」
ウェンディは俯き、シェリアの方をチラリと見た。
そして、困ったように眉を下げた。
「……ごめんなさい、ナツさん」
「え?」
ナツの笑顔が固まる。
「私……行けません」
「なんでだよ! 妖精の尻尾を復活させるんだぞ!?」
「でも……私には、今のギルドがあるんです」
ウェンディは、背後の『蛇姫の鱗』のメンバーたちを見た。
リオン、ジュラ、そして親友のシェリア。
妖精の尻尾が解散した後、路頭に迷っていた彼女を拾い、家族として迎え入れてくれたのは彼らだった。
「裏切れません。……私はもう、蛇姫の鱗の魔導士なんです」
その言葉は重かった。
1年という月日は、人の心を変えるには十分な時間だったのだ。
ナツは呆然と立ち尽くす。
かつての仲間たちは、もう「同じ場所」にはいない。
その現実を、最初に突きつけられた瞬間だった。