星に蝕まれる少女 〜硝子の妖精と、最期の輝き〜   作:暁 蒼空

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第60話:溶ける闘技場、雪山の微笑み

 X792年、花の都クロッカス。

 大魔闘演武の最終日。優勝チームが決まり、会場が歓声に包まれたその瞬間だった。

 ズガァァァァァァァン!!

 闘技場の中央に、突如として巨大な火柱が上がった。

 熱気が観客席まで吹き荒れ、石造りの闘技場がドロドロと溶け始める。

「な、なんだ!? 敵襲か!?」

「熱い! 服が焦げるぞ!」

 パニックになる観客たちの視線の先。

 溶岩のように赤熱した地面に、フードを被った一人の男が立っていた。

「……燃えてきたぞぉぉぉ!」

 男がフードを脱ぎ捨てる。

 桜色の髪。鋭い瞳。そして、全身から溢れ出る圧倒的な魔力。

 ナツ・ドラグニル。

 1年前、姿を消した「妖精の尻尾(フェアリーテイル)」の滅竜魔導士が、そこにいた。

「よぉ! 久しぶりだな、フィオーレの諸君!」

 ナツはニカっと笑い、優勝チームを一撃で吹き飛ばした。

 強さは次元を超えていた。

「妖精の尻尾は……まだ終わっちゃいねぇぞ!!」

 その咆哮は、ただの勝利宣言ではない。

 世界中に散らばった仲間たちへの、再集結の合図(狼煙)だった。

 

 フィオーレ北部、極寒の雪山。

 吹雪が吹き荒れる洞窟の中で、ルーシィは新聞を広げていた。

 一面には、溶けた闘技場とナツの写真がデカデカと載っている。

「……ふふっ。相変わらずね、あいつ」

 ルーシィは懐かしそうに微笑んだ。

 1年経っても、彼は何も変わっていない。

 その無茶苦茶なやり方が、今はどうしようもなく愛おしく、頼もしかった。

「会いに行かないの? ルーシィ」

 スープを作っていたメルディが尋ねる。

 ルーシィは新聞を丁寧にたたみ、首を横に振った。

「ううん。……私は私の戦いがあるもの」

 彼女は自分の杖を握りしめた。

 魔力はまだ完全ではない。体も弱い。

 けれど、今の彼女には『魔女の罪(クリムソルシエール)』としての使命がある。

 黒魔導士ゼレフを信奉する教団『アヴァタール』の動向を探り、その野望を阻止すること。それが、今の自分にできる「世界を守る戦い」だ。

「それに……ナツならきっと、ギルドを復活させるために動くはずよ」

 ルーシィは洞窟の入り口、吹雪の向こうを見つめた。

「あいつは止まらない。……私がここにいても、きっと風の噂で『妖精の尻尾復活』の報せが届くわ」

 会わなくても繋がっている。

 それぞれの場所で、それぞれの戦いをする。

 それが、今の二人の距離感だった。

 

 クロッカス郊外の丘。

 ナツは、王宮の壁に炎で文字を刻んでいた。

 『Future』。

 未来へ進むという決意表明だ。

「ナツ、いいの? ルーシィを探しに行かなくて」

 ハッピーが魚をかじりながら聞く。

 ナツの手がピタリと止まった。

「……あいつは、あいつの道を行くって決めたんだ」

 1年前の別れ。

 『私は帰らない』と言ったルーシィの瞳は、強い意志で輝いていた。

 それを無理やり連れ戻すことは、彼女の覚悟を否定することになる。

「俺は俺の道を行く。……まずは散り散りになった仲間を集める! ギルド復活だ!」

「あい! 最初は誰のとこ行く?」

「決まってんだろ!」

 ナツは地図を広げ、指差した。

「マーガレットの街! 『蛇姫の鱗(ラミアスケイル)』だ! ウェンディとシャルルがいるはずだ!」

 

 商業都市マーガレット。

 今日は年に一度の感謝祭で、街は華やかな装飾と屋台で賑わっていた。

 その中央広場のステージに、大観衆が集まっていた。

「みんな〜! 盛り上がってますか〜!?」

「愛を届けるよ〜! ウイング・ビート!」

 フリフリの衣装を着て歌い踊るのは、「天空シスターズ」。

 シェリア・ブレンディと、ウェンディ・マーベルの二人組アイドルユニットだ。

「キャー! ウェンディちゃーん!」

「こっち見てー!」

 黄色い声援が飛ぶ。

 かつての内気な少女の面影はなく、ウェンディは笑顔で観客に手を振っていた。

 シャルルも人間の姿に変身し、バックダンサーとして踊っている。

 平和で、華やかで、幸せな光景。

「うおおおおおおっ!! ウェンディィィィ!!」

 そこへ、空気を読まない大音声が響き渡った。

「な、ナツさん!?」

 ステージ上のウェンディが目を丸くする。

 観客をかき分け、ナツとハッピーが最前列に躍り出た。

「見つけたぞウェンディ! こんなとこで何やってんだ!」

「な、何って……歌を……」

「そんなことより冒険だ! ギルドを作るぞ! 一緒に関東煮(おでん)食いに行こうぜ!」

 ナツは満面の笑みで手を差し出した。

 当然、ウェンディも喜んで手を取ると思っていた。

 しかし。

「……」

 ウェンディは俯き、シェリアの方をチラリと見た。

 そして、困ったように眉を下げた。

「……ごめんなさい、ナツさん」

 

「え?」

 ナツの笑顔が固まる。

「私……行けません」

「なんでだよ! 妖精の尻尾を復活させるんだぞ!?」

「でも……私には、今のギルドがあるんです」

 ウェンディは、背後の『蛇姫の鱗』のメンバーたちを見た。

 リオン、ジュラ、そして親友のシェリア。

 妖精の尻尾が解散した後、路頭に迷っていた彼女を拾い、家族として迎え入れてくれたのは彼らだった。

「裏切れません。……私はもう、蛇姫の鱗の魔導士なんです」

 その言葉は重かった。

 1年という月日は、人の心を変えるには十分な時間だったのだ。

 ナツは呆然と立ち尽くす。

 かつての仲間たちは、もう「同じ場所」にはいない。

 その現実を、最初に突きつけられた瞬間だった。

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