冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
世界を存続させるため、真樹には再び人類悪となる役割が求められます。
独自設定、Grand Order要素、原作とは大きく異なる展開を含みます。
間桐邸があった場所には、巨大な穴だけが残っている。
抉れた地面の底で、真樹は成長した白野と立香を見比べていた。顔立ちには幼い二人の面影がある。白野の長い茶髪も、立香が困ったときに眉を下げる癖も、初めて見るはずなのに見覚えがあった。
確かめたいことはいくらでもある。
それでも真樹は、未来の子供たちとの再会に浮かれるより先に、二人がここへ来た理由を尋ねた。
「桜ちゃんのことを今は言えないとしても、何も話せないわけではないでしょう? 理由を明かせないなら、私たちの前へ出てきた意味がないもの」
隣に立つ綺礼も同意を示した。
「未来へ影響する情報を伏せる必要は理解できる。しかし、接触した目的まで隠すのでは話にならん。まずは、我々へ何を求めているのかを話せ」
二人の視線を受け、白野は微かに笑った。
「流石はお母さんとお父さん。話が早くて助かります」
「私たちは、貴方たちの直接の未来から来ました。平行世界から来た可能性も考えましたが、おそらく違います。この冬木で起きた一連の出来事を、私は記憶していますから」
「つまり、今夜の続きに二人のいた未来があるのね?」
「少なくとも、私たちはそう認識しています。ただし、その未来はこのままでは失われる。私たちがここへ来たのは、それを防ぐためです」
白野は周囲へ視線を巡らせた。士郎も凛も、サーヴァントたちも、彼女の次の言葉を待っている。
「このままだと、世界は終わります」
続いて告げられた言葉に、凛の顔が強張る。士郎も何かを問いかけようとしたが、それより早く真樹が目を丸くした。
「……どういうこと? 綺礼さんが破産して、家族みんなで路頭に迷うってこと?」
「なぜ私が破産するのだ、真樹よ」
綺礼の返答には、さすがに困惑が混じっていた。
「だって、世界の終わりでしょう? 私たちにとっての世界なら、まず家の危機かと思って」
「話の規模を勝手に縮めるな。立香は人類の生きる世界について話している」
「でも綺礼さんなら、急に思いつくかもしれないわ。『恵まれない子供たちへ全財産を寄付することこそ、正義の味方に相応しい』とか言って、通帳の残高を全部ボランティア団体へ振り込んでしまうの」
その瞬間、綺礼の目に今までとは違う光が宿った。
「その発想はなかった……」
「お父さん、待ってくれ!」
「今、致命的に世界線が分岐しかけた。人助けはいいけど、全財産はやめてくれ。未来の俺たちにも生活があるんだ」
「善行を行うには、相応の代価が必要ではないか?」
「自分だけじゃなく、家族全員へ払わせる代価になってるよ!」
未来の息子から抗議されても、綺礼は寄付という選択肢を捨てた様子がない。真樹は心配そうに夫の袖を掴み、白野は小さく息をついた。
凛には頭を抱える余裕もなかったらしい。苛立ちを隠さず、話を本筋へ戻した。
「世界が終わると言った直後に、どうして家計の心配ができるのよ。未来から来たという話も、まだ何一つ説明されていないでしょう」
「それもそうだな」
綺礼も寄付の検討をひとまず中断し、未来の子供たちへ向き直る。
「魔力を介した通信ではあるまい。どのような手段で、この時代へ来た?」
「レイシフトです」
「レイシフト……霊子転移のこと? 時計塔の天体科で、理論だけなら聞いた覚えがあるけれど」
「人間を未来から過去へ送れるのか?」
「通常なら簡単にはできません。ただ、今の冬木市は歴史から切り離された特異点になりかけています。本来なら繋がらない時代との間に、私たちを送り込める隙間が生じているんです」
士郎には、説明の半分も理解できなかった。
未来の魔術師が、人間を霊子にして過去へ送った。今の冬木だからこそ、その移動が成立した。分かるのはその程度だ。
それよりも、確かめるべきことが残っている。
「それが、桜が生きていることとどう繋がるんだ?」
士郎の問いに重ねるように、慎二も白野へ詰め寄った。
「魔術の理屈なんかどうでもいい! 桜はどこにいるんだ。生きているなら、どうして今すぐ連れ戻せない!」
白野は責めるような口調を使わなかった。慎二の焦りを受け止めたうえで、先ほどと同じ答えを返す。
「それは、まだ言えません。慎二おじさん」
「……おじさん?」
自分を指差したまま動かなくなる。
いくら未来から来たとはいえ、同年代にしか見えない女性から呼ばれるには、いささか受け入れ難い言葉だった。
その反応を見たギルガメッシュは、ヴィマーナの上で腹を抱えた。
「ハッハッハッハ! シンジよ、ハクノやリツカから見れば、貴様は紛れもなく叔父であろう! 未来にまで若造扱いされると思っていたか!」
「うるさい! あんたまでおじさん呼ばわりするな!」
「私たちは普段から慎二おじさんと呼んでいますよ」
「普段から!?」
白野は慎二の動揺を置き去りにして、ヴィマーナを見上げた。
「王様も相変わらずですね」
「当然であろう。時が流れようと、王の在り方まで変わるものか」
◇◇
立香は姉の横へ戻った。
「そろそろ本題へ入ろう。時間はあるけど、無駄にはできない」
「ええ。ここからが、私たちの来た理由です」
白野は改めて真樹と向き合った。
「お母さんには、この聖杯戦争を勝ち残ってもらわなければなりません」
「私にはサーヴァントも令呪もないわよ?」
「これまでと同じ聖杯戦争なら、そうでしょう。でも、今回行われているのは聖杯を奪い合う戦争ではありません」
白野の視線が、集まった者たちを順に捉える。
「これは、この世界の存続を巡る審判です。被告はこの世界。原告も、また世界」
「同じ世界が、訴える側と裁かれる側へ分かれているというの?」
凛の疑問に、白野は頷いた。
「ここで生きている人たちの世界は、この先も続こうとしている。一方で、それを認めない世界もある。二つの側から判決を争っていると考えてください」
「それで、聖杯審判か」
立香が一歩前へ出る。
「お母さんに課せられるミッションは、この審判を最後まで勝ち抜くこと。そのために倒さなければならないのは、通常の聖杯戦争へ招かれる英霊じゃない」
声の調子は落ち着いていたが、その内容に反応して、アルトリアとモルガンの表情が変わる。
「人理を護るため、その時代における最高峰の七騎が現れる。英霊の頂点に位置する、始まりの七つ――冠位英霊、グランドサーヴァントです」
英霊の頂点に立つ七騎。
単独でも、通常のサーヴァントとは比較にならない霊基を持つ。それを七騎すべて倒すことが、この審判を勝ち残る条件だという。
「じゃあ、さっき僕たちを襲ってきたガウェインが、冠位のセイバーなのか?」
「いいえ。違います」
白野は明確に否定した。
「あれは抑止力による小手調べに近いものです。私たちの知る冠位英霊は、まだこの場へ顕現していません」
「小手調べで、あれほどの騎士を差し向けたのですか」
「世界そのものが敵へ回ったという話も、誇張ではないようですね」
「はい。だから、お母さんには勝ってもらわなければならない」
白野は他の誰にも視線を向けず、真樹だけを見つめた。
「そして、もう一つ。冠位の七騎と戦うために、必要なことがあります」
すぐに続きを言えず、唇を結ぶ。代わりに話そうとした立香を制し、自分の言葉で告げた。
「お母さんには、ビーストⅤへ戻ってもらわなければなりません」
共感の獣。
かつて誰よりも人類を愛し、誰よりも人間の痛みを理解した末に、すべての選択を奪おうとした人類悪。それは打ち倒すべき敵の名であると同時に、真樹が二度と戻らないと決めた場所でもあった。
「なぜだ」
綺礼の声が、沈黙を断った。
「あれが再び顕現すれば、それだけで世界を滅ぼしかねん。真樹がどのようにして人類悪へ至り、そこから戻ったのかを知りながら、なぜもう一度同じものへ戻せる」
普段の綺礼なら、追い詰められた相手の反応を楽しむ余裕を見せる。だが今、未来の子供たちを見る目に愉悦はない。
真樹が獣へ戻ることだけは、受け入れられなかった。
「それこそ、この世界を終わらせる選択ではないのか?」
白野は父の反対を予想していたのだろう。言い返さず、正面から受け止めた。
一方、ギルガメッシュは何かに気づいたらしい。赤い目を細め、真樹から白野へ視線を移す。
「なるほど。そういう筋か」
「待った、王様!」
立香が慌てて割って入った。
「そこで全部言うのは禁止だ。俺たちが説明するから、先回りしないでくれ」
「ふん。わざわざ時を越えて参じながら、王より遅く答えへ至った己らを恥じるがよい」
ギルガメッシュは不満げに腕を組んだ。それ以上は口にしないものの、既に仕組みの大半を見抜いている。
夫が自分のために反対していることは分かる。それでも、白野と立香が何を求めているのか、最後まで聞かずに背を向けることはできなかった。
「説明して。どうして、私がもう一度ビーストⅤにならなければいけないの?」
◇◇
「逆説的に言えば、ビーストが現れなければ、冠位英霊も揃わないからです」
白野は真樹の問いに答えた。
「グランドサーヴァントは、本来、人類悪へ対抗するために召喚されるものです。今の冬木が特異点になりかけていても、それだけで七騎すべてを完全に顕現させるのは難しい」
「だから、先に人類悪を用意する?」
「はい。ただし、どのビーストでもよいわけではありません。この冬木に限れば、ビーストⅤは必ず討伐対象になる」
真樹は自分の胸元を押さえた。
「私が、既に被告として数えられているから?」
「そう。今まで現れた英霊たちは、いわば証人だ。ここにいる皆へ、それぞれの罪を問いに来たに過ぎない」
「罪?」
「世界から見れば、今の冬木は起こるはずのなかった出来事が重なってできている。だから、この場にいる全員が被告になる。でも、その中で主犯と見なされているのは、お母さんなんだ」
彼女に救われた者にとって、それは罪ではない。
それでも世界の側は、真樹を中心に起きた変化を見過ごさなかった。
「お母さんが再びビーストⅤとして顕現すれば、世界は無視できない。討伐のため、冠位英霊を送り込む。それが七騎をこの審判へ揃えるための条件になる」
「そして、現れた七騎を全部倒すのね」
「それが、聖杯審判の勝利条件です」
白野の説明を、立香が引き継いだ。
「世界が判決を下すために用意した最高戦力を、被告である俺たちがすべて退ける。この世界は、消されるのを待つだけの存在じゃないと示すんだ」
「失敗すれば?」
「この世界は終わる」
立香は言葉を濁さなかった。
真樹の再覚醒は、世界を救うための方便では済まない。
綺礼の反対は変わらない。真樹の手を握ったまま、未来の子供たちを見ている。
凛も士郎も、すぐには言葉を出せなかった。
今ここで受け入れるにも、拒むにも、あまりに大きな話だった。
モルガンだけは、白野と立香の説明を黙って吟味していた。やがて視線を真樹へ移す。彼女もまた、答えを促そうとはしなかった。
決めるべき者は、一人しかいない。
けれど白野と立香は、母へ決断を迫る言葉を続けなかった。
二人は並んで立ち、わずかに姿勢を変える。それだけで、重く沈んでいた場が一つの舞台へ変わった。
「さあさ、お立ち会い! 共感の幕は一度降りれども!」
白野が声を張り、立香も母から受け継いだ調子で続ける。
「客が帰らぬ、戻れぬと! アンコールを叫んでいる!」
二人の口上を聞いた真樹は、目を見開いた。
内容は決して明るくない。母親へ人類悪へ戻れと頼み、世界との戦いへ誘っている。
それでも、その言葉の選び方は間違いなく真樹の子供たちだった。
「今一度、すべての書き割りを超克し、共感の獣を目覚めさせて」
「その時にこそ僕たち、人理刻銘保証機関カルデアと共に行こう。世界の延命を人理に刻むため、聖杯探索――グランド・オーダーへ」
未来から来た二人の声が、大穴の底から夜の冬木へ広がった。
真樹は答えない。
白野も立香も、返事を急かさなかった。
綺礼に手を握られたまま、真樹は成長した子供たちを見つめている。
世界を存続させるため、もう一度人類悪になる。
それは、共感の獣が演じる二度目の舞台への招待だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、白野と立香から真樹へ、本当の任務が告げられる回となりました。
世界を救うためにビーストへ戻り、七騎の冠位英霊と戦う。
真樹が再び引き受けた「共感の獣」という役が、今後どのような意味を持つのか、見届けていただければ嬉しいです。